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そういうのじゃないのよね

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そういうのじゃないのよね ◆Vj6e1anjAc


 この世界に住む不思議な生き物。
 動物図鑑には載っていない、ポケットモンスター……縮めて、ポケモン。
 そのポケモンと絆を深め、共に戦う者達を、人はポケモントレーナーと呼ぶ。
 マサラタウンの少年・サトシは、世界一のポケモントレーナー――ポケモンマスターになることを目指して、日々、旅を続けていた。

「――わあぁぁぁ~っ!?」
 そのサトシ少年はというと、たった今窮地に立たされていた。
 走る、走る、疾走する。
 情けない悲鳴を上げながら、一目散に駆け抜ける。
 私立アッシュフォード学園の、西洋建築の廊下を走る、サトシの姿がそこにはあった。
「ギャオォォォォォンッ!」
 そして現状の原因を作ったのが、背後から迫り来るこの雄叫びだ。
 ずしん、ずしんと足音が響く。
 ゆらゆらと床が振動する。
 曲がり角から姿を現し、猛然と迫りくる影がある。
 サイドン――身長1.9メートル・体重120キログラムのドリルポケモン。
 鉄骨を軋ませ走るのは、灰色の甲冑を纏った巨体。
 鼻先にその名の通りのドリルを付けた、大型のいわタイプポケモンだ。
 怪獣めいたその巨躯は、ガタイ通りの重戦車である。まともに突撃を食らってしまえば、人間などひとたまりもないだろう。
「くっそー、何でいきなりこんな目に遭うんだよ!?」
 悪態をつきながら、サトシは走った。
 「こんな危険な儀式なんて認めるもんか! 俺があいつを捕まえてやる!」――そんな宣言をした矢先に、あのサイドンが現れたのである。
 支給品のチェックどころか、名簿を読んでいる暇すらなかった。
 それどころか逃げる拍子に、名簿を落としてしまった気もする。
 とにかく、こんなカッコ悪い有り様で、いきなりゲームオーバーなんてのは御免だ。
「こうなったらやるしかない!」
 標的へ向き直り身構えると、左手にデイパックを掴む。
 空いた右手で中を探り、1つのボールを取りだした。赤と白の装飾は、ポケモンを収納するモンスターボールだ。
「……まさか、またお前と一緒に戦えるなんてな……」
 手にしたボールの感触は、見覚えのあるものだった。
 このポケモンは知っている。シンオウ地方に渡った今でも、共に戦った記憶を覚えている。
 一瞬、感慨に浸ったサトシの、ツリ目が穏やかに細められた。
「いけっ、モンスターボール!」
 次の刹那、表情が変わる。
 気持ちを戦士へと切り替え、モンスターボールを正面へ投擲。
 カッ――と2つに割れた紅白球から、眩い閃光がほとばしった。
 白熱の中より現れるのは、炎に燃える巨大な翼。
 丸太のごとき尻尾がしなった。先端に煌めく篝火が揺れた。
 長大な首が振り上げられ、青き双眸が眼光を放つ。
「頼んだぞ――リザードンッ!」
「ヴォオオオオォォォォォォッ!!」
 開く翼が爆風を起こす。
 轟く声が大気を揺らす。
 短いながらも太い両足が、がっしりとアッシュフォードの床を掴んだ。
 唸りと共にほとばしるのは、鉄をも溶かす灼熱の業火だ。
 その名はリザードン。
 身長1.7メートル、体重90.5キログラム。
 こと戦闘に関しては、相棒・ピカチュウ以上の信頼を寄せる、サトシの最強の切り札。
 蒼翼を広げる紅蓮の竜が、灼熱のプレッシャーを振りまき顕現した。
「今回はマジでピンチなんだ。かえんほうしゃはナシで頼むぜ!」
 念のため釘をさしておいた。
 かつての反抗期ぶりはどこへやら、今ではまともに友情を築いているリザードンだが、
 どうにもこいつはかえんほうしゃを、挨拶か何かだと誤解しているようなフシがある。
 こんな生きるか死ぬかの瀬戸際で、余計な怪我をするわけにはいかない。
 故にそこだけはきっちりと、普段以上に念を押しておく。
 肩越しにこちらを向くリザードンも、軽く頷いて了承した。
「よぅし、今回の相手はアイツだ! かえんほうしゃはアイツにぶつけてやれ!」
「ヴォオオオオッ!」
 サトシの指先がサイドンを示す。
 炎竜の顎が勢いよく開き、灼熱の炎が放たれる。
 深夜の学校の暗黒を、一筋の赤熱が眩く照らした。
 まさに必殺の熱量だ。
 リザードンの炎は岩石をも焼き、山火事すら引き起こすと言われている。
 いかに相手がサイドンと言えど、そう易々とは防げまい。
「ガアアァァァッ!」
 その、はずだった。
「ヴゥゥッ!?」
 瞬間、炎を掻き消し荒れるのは暴風。
 重戦車の突撃が、熱を払い竜を突いたのだ。
 かえんほうしゃを押しのけて、猛ダッシュで突っ込んできたサイドンの頭頂部が、リザードンの腹部に直撃する。
 重さ90キロにも及ぶ体躯が、ぐいぐいと押し出されていった。
「リザードンッ!」
「グゥ、オオオッ!」
 それでも、たかが一撃で倒れるほど、やわな鍛え方はしていない。
 むしろこの程度で終わるのならば、サトシと別れた意味ない。
 苦悶の表情をきっと引き締め、両足を踏ん張らせ、減速。
 そのままちきゅうなげの要領で、後方へとサイドンを投げ飛ばす。
 相手の勢いを利用した体さばきは、さながら柔道技のようだ。
 リザフィックバレーでの修業の日々は、暴れん坊を更なる高みへと導いていた。
「ガウッ!」
 ずぅん、と音を立てて激突。
 廊下の向こうまで投げ飛ばされ、壁に背中から突っ込んだサイドン。
「グゥゥゥゥ……!」
 さりとてその頑丈な巨体は、その程度ではびくともしないらしい。
 パラパラと身に積もる破片を払い、瓦礫の山から難なく立ち上がる。
 がん、がんと灰色の両腕を、威嚇するようにして打ち合わせた。
「相性が悪いからって、リザードンの炎がまるで通じてないなんて……こいつ、とんでもなく強いぞ……!」
 伊達にカントー地方を踏破してはいない。
 相手が生半可なポケモンならば、たとえこうかがいまひとつであっても、ある程度のダメージを与えられる自身はあった。
 さりとてこのサイドンは、あのリザードンの炎を受けて、傷一つ負っていないのだ。
 互いのレベルは同格か、あるいはこちらのリザードンを凌ぐか。
 生半可な鍛え方ではない。こいつを育てたトレーナーは相当な手練れだ。
 最強に対峙する最強――久しく感じたことのないタイプの、独特なプレッシャーがサトシを襲った。
「ヴォ」
 先を促すようにリザードンが唸る。
 次はどうする。俺はどう動けばいい。そう言わんばかりに視線を送る。
 互いのレベルが拮抗しているなら、勝負を分けるのはタイプの相性だ。
 それを覆すには、どのようにリザードンを立ち回らせれば――
「――ボサッとしてるんじゃないわよ! ほら、さっさと反撃しなさい!」
 思考に割って入ったのは、聞き覚えのない女の声だった。
 サトシがリザードンを動かす前に、相手のサイドンの方が先に動いた。
「ガァァァァァッ!」
 絶叫。
 そして急接近。
 どすんどすんと足場を揺らして、サイドンが猛スピードで突っ込んでくる。
 地鳴りの中に混ざるのは、ちゅぃぃぃん、と響く回転音。
 あれは必殺つのドリル――まともに直撃を食らってしまえば、一撃必殺もあり得る凶悪な技だ。
 あれを食らうのはまずい。
「っ……かわせ、リザードン! 続けてほのおのうずだ!」
 判断してからの行動は素早かった。
 即座に指示を出すサトシ。リザードンもまたそれに素早く従い、翼をはばたかせ上昇する。
 炎竜の突風と怪獣の烈風――同時に巻き起こる風圧が、ばたばたと前髪を暴れさせた。
「ヴォオオオッ!」
 渾身の突撃が空振りに終わり、無防備になったサイドンを襲ったのは、またしてもリザードンの炎熱だ。
 口から放たれた炎の線が、着弾と同時に螺旋を描く。
 あっという間に灰色の巨体は、赤熱の筒に飲み込まれてしまった。
 ほのおのうずの性質は、かえんほうしゃのそれとは異なる。
 細い炎を竜巻状に巻かせ、敵を閉じ込め身動きを封じるのが、このほのおのうずの持ち味だ。
「もうっ、火は効かないんでしょ!? だったらそんなの消しちゃいなさい!」
「グォオオオオンッ!」
 またしても響いたその声は、このサイドンを支給されたトレーナーのものか。
 若い女のヒステリックな声は、なかなかその主を現さない。
 その女の曖昧な指示に応え、灰色の怪獣が唸りを上げた。
 瞬間、足場が勢いよく揺れる。
 がたがたと窓枠が音を立て、教室では物が倒れる音が鳴った。
 じめんタイプの大技・じしんだ。
 戦場全体の足場を揺らすこの技は、床から巻き上がるほのおのうずを、あっという間に霧散させた。
 砕けた渦は火花をなし、サイドンの巨体を照らし出す。
「まだまだっ! リザードン、はがねのつばさ!」
 しかし、ほのおのうずが破られるのは先刻承知だ。
 これは本命を叩き込むための、足止めと牽制の技に過ぎない。
「ヴォオオオオオオーッ!」
 きぃぃぃん、と音を立て、急降下。
 風切り音を伴う竜が、天井から猛スピードで殺到する。
 その翼は蒼ではなく、銀。
 白銀色の鋭い光が、リザードンの巨大な翼を覆っていた。
 はがねのつばさは剣の一閃。
 推進装置を凶器へと変え、一直線に叩き下ろす。
「ギャアァァァァッ!」
 がんっ――と轟く音と共に。
 悲鳴のようなサイドンの声が、アッシュフォードの廊下に響いた。
 これまであらゆる攻撃を、ノーダメージで防いできた巨体が、うってかわってもだえ苦しむ。
 原因はやはりタイプの相性だ。
 リザードンの攻撃・はがねのつばさは、その名の通りはがねタイプ。
 岩より硬い鋼の一撃は、より脆い岩をことごとく砕く。
 いわタイプのポケモンにとって、はがねタイプの攻撃は、まさにこうかばつぐんなのだ。
「よぉし! リザードン、もう一度はがねのつばさだ!」
「ヴォオオッ!」
 命令を受けた炎竜が、翼をはばたかせ距離を取る。
 目一杯加速をつけた一撃を、再び叩き込むためだ。
 ようやく見つけた攻略の糸口――そこにはタイプ差のみならず、互いの戦闘スタイルの差も織り込まれている。
 重量とパワーに物を言わせた、サイドンの突撃戦法は確かに脅威だ。
 しかしその体格差と、飛行能力の2点によって、リザードンはサイドンよりも、遥かに高い機動力を有していた。
 当たらなければどうということはないということだ。
 スピードで大いに勝るリザードンは、ヒット・アンド・アウェイの高速機動で、サイドンを翻弄することができるのだ。
「いけぇ、リザードンッ!」
 蝶のように舞い、蜂のように刺す。
 敵の攻撃をかわし続け、一方的に攻撃し続ければ、確実に勝利することができる。
 一気呵成に攻め立てるべく、サトシはリザードンを突撃させた。
「ギャオオオオォォォォッ!!」
 その、瞬間だった。
「!? しまった! よけろ、リザードンッ!」
 突如サイドンを中心に、石の津波が巻き起こったのだ。
 巨大な質量と重量が、轟然と唸りを上げて襲いかかる。
 じしんで砕かれた床の破片が、壁となって立ちはだかる。
 いわタイプの技・いわなだれだ。ひこうタイプを持つリザードンにとって、食らえば一大事になりうる。
「ヴォオオオオッ!?」
 しかし、加速のついた竜の軌道は、そう簡単には曲げられない。
 結果リザードンはいわなだれに、真っ向から突っ込む羽目になった。
「リ、リザードン!」
 不安げな響きを宿したサトシの声を、岩の濁流が塗り潰す。
「いいわよサイドン! そのまま一気にやっちゃいなさい!」
 謎のトレーナーの指示を受け、灰の両足でスタートダッシュ。
 いわなだれを食らったリザードンの懐へ、サイドンが一直線に飛び込んでいく。
 一撃、一撃、そして一撃。
 鼻先から伸びた螺旋の角を、乱れ飛ぶように浴びせていく。
 まさにみだれづきというわけだ。
「グォォォォ……!」
 一気に体力を削られた竜は、弱々しい悲鳴と共に地に伏した。
 ずん、と軽い振動を伴い、うつぶせの姿勢で床に倒れる。
 いわなだれの強烈なダメージには、相手をひるませる効果がある。今のリザードンは、身動きを取ることすら困難なはずだ。
「よしっ、よしよし! さぁとどめよ! 一番強いのでやっちゃいなさい!」
 ずしん、ずしんと音を立て、サイドンがじわじわとにじり寄る。
 ちゅぃぃぃん、と凶悪な回転音が、サトシの鼓膜を揺さぶり続ける。
 このままじゃ駄目だ。早く何とかしなければ、確実にあのつのドリルを食らってしまう。
 ならば、どうする。どうすればいい。どうやってこの状況を打開する。
 焦りが頬に汗を垂らした。
 喉も唇もカラカラだ。
 床に倒れ伏したリザードンと、そこに歩み寄るサイドンを、交互に余裕なく見回し続ける。
 こんなところで死にたくない。
 これ以上リザードンを傷つけたくない。
 そのためにはどんな手を打つべきか。
 この万事休すの戦況を、一挙に逆転できる必勝の策は――
(……床?)
 その時、不意に。
 はっ、と目を見開くサトシの脳裏を、電撃的なひらめきが駆け抜けた。
 先ほどじしんを放ったおかげで、今サイドンが歩いているあたりは、床に亀裂が入っている。
 それはその時生じた瓦礫が、いわなだれに混ざっていたことからも窺えるだろう。
 ひび割れた床。
 そこから欠けた瓦礫。
 つまり今、その足場は――
「――リザードンッ! サイドンの足元にはがねのつばさだ!」
 無我夢中で指示を叫んだ。一分一秒が惜しかった。
 正直苦しい命令だということは分かっている。意味が分からないと言われても仕方がない。
 だが、今は自分を信じてほしい。
 疑問も懸念も後回しにして、今この瞬間に動いてほしい。
 頼む、リザードン。
 これが最後の賭けなのだ。
「ヴォウッ!」
 かっ、と見開くは青き瞳。
 ぐい、と突き出すは橙の両腕。
 ほとんど条件反射だった。声なきサトシの祈りに応え、竜は即座に行動を起こした。
 腕立ての姿勢で身体を浮かせ、再度翼を輝かせる。
 銀に煌めく破壊の翼を、足元目掛けて叩きつける。
 結果、命中。
 渾身の力を込めたはがねのつばさは、見事サイドンの足元を叩いた。
「っはははは! なぁにそれ? そんな馬鹿みたいなこと……」
 やはり、そうか。
 未だ顔を見せない相手トレーナーは、この行動の意味を理解できていない。
 ポケモンの強さとトレーナーの腕前が、全く釣り合っていないのだ。
 これまでの戦いの様子から、何となく予測できた通りに、こちらの目論見に気付かずにいてくれた。
「グォォォッ!?」
 その油断と愚かさこそが、こちらの付け入る最大の隙だ。
 刹那――サイドンの足元が沈んだ。
 轟々と音を立てながら、足を支える床が崩壊したのだ。
「え、えええっ!?」
 戸惑いも露わな、相手トレーナーの声が上がった。だが、それも今となってはもう遅い。
 細かなヒビはその幅を増し、大きな亀裂は穴へと変わる。
 じしんによって脆くなった足場が、最後のとどめをその身に食らい、一挙に叩き崩される。
 さながら蟻地獄のほうだ。
 じわじわと口を開けていく大穴に、サイドンがずぶずぶと飲みこまれていく。
「リザードン! 外に向かって飛んでくれ!」
 橙色の背に跨り、窓の方を指さし、言った。
 このまま穴へと飛び込んで、はがねのつばさで追撃をかけてもいいだろう。
 しかし、敵の頑丈さを考えれば、まともに食らってくれるのはよくて一発。
 また反撃にいわなだれを放たれれば、今度こそリザードンは戦闘不能となってしまう。
 故に、ここはもうひと押しが必要だ。
 更なる連撃を叩き込むために。
 着実に勝利をものにする、最強のコンボを叩き込むために。


「な、何よ!? 一体何がどうなってるのよ!?」
 サイドンを操るトレーナー――弥海砂は混乱していた。
 相手が攻撃を空振らせたかと思ったら、突然足場が崩壊し、サイドンが下の階へ落ちてしまったのだ。
 これは一体どういうことだ。誰も答えるはずもない問いを、狼狽と共に連発する。
「リザードン! 外に向かって飛んでくれ!」
 殺そうとした少年が、あの竜の背中に跨ったのは、ちょうどこの瞬間だった。
「ああっ、ちょっと待ちなさいよ!」
 待てと言われて待つ者はいない。
 すぐさまリザードンは離陸を開始し、程なくして廊下の奥へと到達。
 ばりん、と破砕音が鳴った。
 サイドンがへこませた壁の上の、大窓をかち割り外へと飛び出た。
 奴め、このまま逃げるつもりか。
「アイツらが外に逃げたわ! さっさと追いかけなさい!」
 そうは問屋が卸すものか。
 床の大穴へと駆け寄り、窓の方向を指さして、言った。
「ガウッ!」
 頷くと同時に、突進。
 眼下のサイドンが指示を受け取り、その方向目掛けて猛ダッシュ。
 このポケモンとやらは頑丈だ。そのまま地上2階の高さから飛び降りても、さして問題にはならないだろう。
 この時はまだそう思っていた。故に海砂はその突撃を、咎めることなく見送った。
 ばきばき、と鉄骨が軋む。
 めりめり、とコンクリートが崩れる。
 体当たりで壁を突き破り、漆黒の夜空へと躍り出る。
 その、瞬間だ。
「――ちきゅうなげだ! 頭っから叩き落としてやれっ!」
 逃げ出したはずの少年の声が、壁の向こうから響いてきたのは。


 俺はあくまでポケモンだ。
 人間のように頭はよくないし、戦術も戦略も何もかも、難しいことはよく分からない。
 だから人間の指示通りに動いたって、何がどうなるかなんて予測もできない。

 それでも、俺はこいつを信じている。
 考えることはこいつの仕事だ。俺に戦う力があれば、こいつはそれを活かす最高の策を、必ず俺に与えてくれる。
 だから、疑うことなんてしない。
 俺に理解できないからって、それは立ち止まる理由にはならない。
 それがこいつの仕事なら、戦うことは俺の仕事だ。
 こいつの策を実行し、こいつに勝利をくれてやる。
 いいや、こいつだけの勝利じゃない。俺達2人で掴む勝利だ。
 お前が俺を信じるのなら、俺もお前を信じてやるさ。
 だから、俺は立ち止まらない。どんな無茶な指示だろうと、必ず実践してみせる。

「ちきゅうなげだ! 頭っから叩き落としてやれ!」

 へぇ、なるほどそういうことか。
 そういうことなら話は早い。一発お見舞いしてやろうじゃないか。
 そのかわり、お前もしっかり掴まってろよ。
 この程度の飛行で振り落とされたら、今度こそかえんほうしゃを食らわせてやるからな。

「ガウッ!?」

 悪いな、サイドン……別にお前に恨みがあるわけじゃねえ。
 だが、こいつは俺のトレーナーの頼みだ。文句はこいつに言ってくれ。
 とにかくそういうわけだから、ここは遠慮なくいかせてもらう。
 お前とはなかなか楽しかったからな。だから、せめてものお礼として、最後にフルパワーの一撃を見せてやるよ。

 さぁ――いくぜっ!

「ヴォオオオオオオオォォォォ―――ッ!!!」


 重さ120キロというサイドンの体格は、それ自体が強力な矛であり、同時に堅牢な盾でもある。
 押し倒そうにも投げ飛ばそうにも、それだけの重量を持った相手の姿勢を、正攻法で崩すのは困難だ。
 ならば、その攻略法は3つに1つ。
 合気道や柔道のように、相手の勢いに乗りかかって倒すか。
 足場や足そのものに攻撃を仕掛け、重量を支えるのを困難にするか。
 あるいは足場のない空間に追い込み、無抵抗な状態から投げ落とすか。
「ヴォオオオオオオオォォォォ―――ッ!!!」
 最後にリザードンが取ったのは、それらのうち3番目の戦法だった。
 雄叫びと共に翼がはばたく。
 逃げ出したはずの炎竜が、突如死角から姿を現す。
 リザードンは逃げたのではない。
 サイドンの視界から己を外し、海砂が視線を逸らした隙に、アッシュフォード学園の外壁に張りついていたのだ。
「ガウッ!?」
 サイホーンよりはマシとはいえど、物忘れが酷いと言われるサイドンは、あまり頭のいいポケモンではない。
 その上これまでの適当な指示を見るに、彼を使うトレーナーは素人だ。
 具体的な内容を持たない、漠然とした命令を与えられるサイドンは、力任せに建物から飛び降りてくる。
 そう判断したサトシは、そこにリザードンを隠れさせ、この瞬間を演出したのだった。
「ヴゥ、オオォォッ!」
 がし、と灰色の巨体を掴む。
 両手で標的をホールドし、地上の石畳を睨みつける。
 空中はリザードンの独壇場だ。超重量を吸いつける地面は、この空間には存在しない。
 むしろ重力加速がつくことによって、より強烈な「投げ」を放てるだろう。
 狙うはサトシの指示通り。
 いわタイプの敵にも通用する、リザードンのフェイバリット・アーツ――ちきゅうなげをお見舞いするのだ。
「ヴォォォォォンッ!!」
 大きく振りかぶり、投擲。
 円形回転を省略し、思いっきり下方目掛けてシンプルに投げる。
 ぎゅん、と風切り音が耳に響いた。
 剛腕轟く一撃が、大怪獣を地面へと叩き落とした。
 がぁぁぁん、と鳴り響く落下音は、さながら地に落ちた隕石のようだ。
 もうもうと立ち込める粉塵の中、クレーターを作ったサイドンは、狙い通り頭から地に突っ込んでいる。
 これで条件はクリアーだ。
 どんな頑丈なポケモンでも、頭は他の部位より弱いはずだ。これだけの勢いが乗った一撃で、平気でいられるはずもない。
「とどめだ、リザードン! はがねのつばさっ!!」
 そこに真の勝機が見える。
 こうして怯ませたこの瞬間にこそ、最大のチャンスが到来する。
 あの床を崩した攻撃ですら、確実にプランを成功させるための布石でしかない。
「ヴォオオオオオォォォォッ!!!」
 銀色の稲妻が駆け抜けた。
 絶叫と共に落雷が襲った。
 さながら電光石火のごとく、眼下へと急降下を仕掛けるリザードン。
 持てるパワーとスピードを、このここ一番にこそ注ぎ込む。
 地面に倒れたサイドンの懐に、こうかばつぐんの一撃を叩き込む。
「グギャアアアアアアアアッ!!?」
 悲痛な叫びを上げた瞬間、サイドンの意識が急速に遠のいていく。
 リザードンのはがねのつばさが、地に落ちたターゲットのきゅうしょ目掛けて、寸分の狂いなく命中したのだ。
「ヴォオオオオオオーッ!」
 ――10年早いんだよォッ!
 そんな勝利の雄叫びが、ぼやけた脳裏に響いた気がした。


「どうだ! ポケモンバトルの極意は、ただ強い技を使うことだけじゃないのさ!」
 眼下で目を回すサイドンを見下ろし、サトシがガッツポーズを取る。
 少年を乗せたリザードンは、アッシュフォードの校庭を離れ、再び宙に戻っていた。
 ポケモンバトルの勝敗を分けるファクターは、レベル差とタイプ差以外にももう1つある。
 それはトレーナーとポケモン、両者の研鑽と信頼の間に成り立つ、完成されたタクティクスだ。
 ただ適当に攻撃するのではなく、攻撃の効率、更には周囲の影響も計算して、最善の戦略を展開する。
 場当たり的な指示を出し続ける素人のサイドンと、バトルフロンティアを制したサトシのリザードン。
 両者のタクティクスの差がタイプ差をも凌駕し、この勝利へと導いたのだった。
「リザードンもよくやってくれたな。ありがとう」
 強面の炎竜へと手を伸ばす。
 サトシの手に応じ下げられた頭が、優しくゆっくりと撫でられた。
 彼らのコンビネーションは、実にそのバトルフロンティア以来の御無沙汰である。
 しかしそれでも、固い絆で結ばれた両者のコンビネーションは、微塵も揺らぐことはなかった。
 これもひとえに、リザードンがサトシを信じ、サトシに応えてくれたおかげだ。
 最大限の労いを込めて、サトシは竜の頭を撫でていた。
 程なくしてリザードンは、先ほどの3階廊下へと戻る。
 サイドンは戦闘不能になったものの、それを操っていたトレーナーは、まだこの3階にいるはずだ。
「よし……」
 懐からモンスターボールを手に取る。
 タイプの相性が悪い相手と、あれだけの戦いを演じたのだ。リザードンも、そろそろ疲れている頃だろう。
「戻れ、リザー――」
 紅白色のボールをかざし、ポケモンを休ませようとした瞬間、


 ――ぱぁん。


「……え……」
 破裂音と衝撃が、不意にサトシの身に襲いかかった。
 ぐらり、と視界が歪んでいく。
 程なくして苦痛が脳にせり上がり、怪我をしたのだと悟る。
 痛みの源泉は、胸だった。
 心臓を、貫かれていた。
 耳鳴りに掻き消える聴覚と、霧散していく視覚の中、胸元を染める赤が目につく。
 傍にいるはずのリザードンの声も、今はろくに聞こえない。
 まっすぐに立っていられなくなり、遂には意識そのものが朦朧としていく。
 霞がかった視界の中に、ゆらりと人影が現れた。
 黒髪の若い女性の姿だ。すぐにその女の影が、サイドンのトレーナーだと悟った。
「どう、して……ポケモン、トレーナーが……トレー……ナー、を……」
 何故、トレーナーが直接攻撃するのか。
 何故、トレーナーを直接攻撃するのか。
 考えが、上手くまとまらない。
 疑問の先が、続かない。
 思考も、視覚も、聴覚も。胸から上る痛覚すらも、何も感じなくなっていく。
 何もかもが遠のいて、何もなくなってしまった瞬間。

「ざーんねん。あたし、そういうのじゃないのよね」

 最期に響いてきた言葉だけは、不思議とハッキリと、聞こえていた。


 かつ、かつ、かつんと音が鳴る。
 小気味いいステップの靴音が、深夜の静寂に響き渡る。
「もー、全然駄目だったじゃない。次役に立たなかったら、承知しないからねっ」
 半ば可愛い子ぶったような、わざとらしい響きの不平が挙がった。
 女の手がモンスターボールを掴むと、その視線の先へと突き出される。
 瞬間、妖しく光るは赤い色。
 紅白の境界のスイッチから、真紅の光線が伸びていく。
 その先に倒れていたものは、今だ目を覚まさぬサイドンだ。
 やがて2メートル近い巨体が、光を浴びたかと思うと、それがあっさりとボールの中へ消えていった。
「でもこのポケモンとかいう生き物、不細工だけど強いわよねぇ……」
 言いながら懐から取り出したのは、もう1つの同じデザインのボールだ。
 いわの怪獣・サイドンのボールと、ほのおの飛竜・リザードンのボール。
 これで手持ちは合計2匹。それも揃って上級ポケモン。
 赤と白のモンスターボール越しに、その戦う姿を追想しながら、海砂はまじまじとそれらを見つめていた。
「……うん、こんなに強い手下がいたら、月もきっと喜ぶよね」
 にっこり、と笑みを浮かべると、2つをデイパックへとしまった。
 そうしてウキウキとした表情のまま、鼻歌交じりに歩を進める。
 彼女の名は弥海砂。
 新世界の神たらんと、超常の力を持って罪人を裁く、死神キラの盲信者。
 愛する者を救うために、彼女は笑顔と共に武器を取り、笑顔と共に壁を壊す。
 邪魔する者には、死あるのみ。
 無邪気に笑う死神は、道筋に屍を残すのみ。
 全ては神たる男の敵を、絶滅させんとするために。


【サトシ@ポケットモンスター(アニメ) 死亡】


【C-3/アッシュフォード学園 校庭/一日目 深夜】

【弥海砂@デスノート(実写)】
[状態]:健康
[装備]:コイルガン(5/6)@コードギアス 反逆のルルーシュ
[道具]:基本支給品、モンスターボール(サカキのサイドン・戦闘不能)@ポケットモンスター(ゲーム)、モンスターボール(サトシのリザードン・ダメージ大)@ポケットモンスター(アニメ)、不明支給品0~1、サトシのデイパック(中身:基本支給品、不明支給品0~1)
[思考・状況]
基本:月を優勝させるために、他の参加者を殺す
1:月を探して合流する
2:ポケモンを回復させて、また武器にする
[備考]
※参戦時期は、月に会いに大学へ来る直前


【支給品紹介】
【サトシのリザードン@ポケットモンスター(アニメ)】
サトシがカントー編でゲットしたポケモン。ほのお・ひこうタイプ。オス。
ドラゴンタイプは持っていないが、大きな羽や長い首は、まさにドラゴンそのものである。
そのパワーとタフネスはピカチュウをも上回る、サトシの切り札に当たるポケモン。
DP編時には手持ちに入っておらず、リザフィックバレーと呼ばれる場所で修業の日々を送っている。

【サカキのサイドン@ポケットモンスター】
赤緑青ピカチュウバージョンにて、サカキが用いていたポケモン。いわ・じめんタイプ。
全身を鎧のような皮膚で覆った、怪獣然とした容姿のポケモン。鼻先には小さなドリルがついている。
トキワジムリーダーのポケモンなだけあり、かなり高い能力を有している。

【コイルガン@コードギアス 反逆のルルーシュ】
ルルーシュがクロヴィス殺害の時に使用した拳銃。
この世界では火薬式ではなく、こうした電磁石による銃技術が普及している。


021:檻の中の猫 投下順に読む 023:monster. ~愛故の狂気
時系列順に読む
初登場 サトシ GAME OVER
初登場 弥海紗 038:反抗


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