《第一回放送》―システム01:円環の理―

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『おはよう、みんな』

 六時ジャスト。
 正確な時計があったとすれば、秒針が十二の数字を刺したと同時に、その声は響いた。
 殺し合いという『儀式』に呼ばれた参加者達が聞き漏らさぬよう、『念話』を使って脳内へと直接、強制的に、否応なしに響き渡った。
 例外があるとすれば、狂っているか、眠っているか、気を失っている人物だけだ。

『初めまして、と言うべきかな。僕の名前はキュゥべえ。
 この『儀式』において六時間毎の放送を担当しているんだ』

 キュゥべえ―――インキュベーターは己の役割を忠実にこなす。
 それはあたかも、彼、或いは彼女が、第二次成長期の少女たちに魔法少女の契約を持ちかけた時のように、悪意の欠片も感じられない声だった。

『僕の事を知っている人もいれば、知らない人もいるだろう。けどその事に大した意味はないね。
 僕たちから君たちに言うべき事は、最初のアカギの説明で大体終わってるんだ。
 あるとすれば、それは君たちの内の誰かが『勝者』になった時だけのはずだ。
 だから君たちにとって意味があるのは、僕が六時間毎にする放送。つまり、『禁止領域』となるエリアの事と、そして、この六時間で死んでしまった『脱落者』の事だけだろう。
 それじゃあ早速だけど、『禁止領域』の発表をさせてもらうよ。
 今回の『禁止領域』となるエリアは、【】【】【】の三カ所だ。それぞれ2時間後、3時間後、4時間後の順に『禁止領域』となるから、間違えないで欲しい』

 それも当然。
 彼に感情はない。彼に個性はない。彼に自己はない。
 彼は己が目的のために自らの役割を果たす、機械の如きシステム。
 『超個体』とも言える性質を持つ、宇宙から来訪した生物の集団、その一端末なのだから。

『次に『脱落者』の発表だ。
 今回の六時間以内に死んだ人は、

 【松田桃田】
 【遠坂凛
 【サトシ】
 【ヒカリ】
 【篠崎咲世子】
 【菊池啓太郎
 【千歳ゆま】
 【ルルーシュ・ランペルージ】
 【弥海砂】
 【南空ナオミ】

 以上の十人だ。
 みんな頑張ってくれているようで、僕たちとしてはとても嬉しい。
 それだけ強い想いが、叶えたい願いがあるという事だからね。

 うん。最初の放送としてはこんな所かな。
 今回の放送で、僕から君たちに伝える事はこれで終りだ。
 それじゃあまた、六時間後に放送を行うね』

 そうして、“彼”の最初の仕事は終わった。
 あとはまた、次の放送まで待機するだけだ。
 だからこれは、彼らの一種の“癖”とも言えた。

『繰り返すようだけど、ここに呼ばれた誰かが死ねば、それだけ君たちの願いに近づくって事を忘れないで欲しい。
 僕たちは君たちの内の誰かが生き残り、自分の願いを叶える『勝者』となるのを待っているよ』

 自らの目的を知られ、拒絶を受けた後も変らずにそうしたように。
 変わる事なく、繰り返し契約を迫ったように。
 『儀式』に呼ばれた者たちへ、ただ一人の『勝者』となれと。

『願いを叶えられるのは一人きり。
 奇跡を欲するのなら、汝。
 自らの力を以って、最強を証明せよ―――ってね』

 そうして『念話』による放送は終わった。
 次に参加者たちが彼の声を聞くのは、六時間後にくる二回目の放送の時だろう。



        ◇


 パチパチと小さな拍手が響く。
 無機質な部屋の中、一匹佇むキュゥべえの後ろに、いつの間にか一人の男が立っていた。

「お疲れ様と言った方がいいかね?」
『いや。あれくらいなら僕たちにとっては負担にならないよ。
 それより、君の方の仕事は良いのかい?』
「問題ない、一段落付けてきたところだ。
 まあだからと言って、わざわざ君の所へ来る必要はないがな」
 青い髪の男――アカギはそう言って、両手を後ろに組んだ。
 キュゥべえの表情は変わらない。だがこれが他の人物であったのなら、怪訝な表情をしていただろう。

『ならなぜここに来たんだい?』
「なに。こうして無事、一回目の放送を迎えたのだし、一つ確認したい事があってな」
『確認したい事?
 いいよ、僕に答えれる事なら何でも聞いてよ』

 アカギへと向き直り、そう言ったキュゥべえに、彼は満足そうに頷いた。
 そうしてアカギは、

「では聞こう。キュゥべえよ、『魔女』は間違いなく産まれないんだろうな」

 この儀式の、根幹に関わる事の断片を問うた。

 『魔女』
 それは、参加者達を縛る『術式』を生み出した存在であり、
 グリーフシードと呼ばれる黒い宝石から産まれる存在であり、
 魔法少女がいずれ、絶望の果てに至る存在だ。

「アレが産まれてしまえば、心の弱った者が自殺をする可能性ある。
 そうなると『儀式』が破綻してしまう恐れがあるからな」

 この『儀式』の目的は、参加者達を殺し合わせ、最後の一人となった『勝者』に因果の糸を集中させる事にある。
 だが参加者達が誰とも関わらず自殺してしまえば、その人物の因果の糸は途切れてしまう。
 一人や二人ならまだいい。だが十人や二十人と自殺されてしまえば、目的を達するには因果の糸が足りなくなってしまうのだ。

 そして魔女は、魔女の口付けによって心の弱った者を自殺へと導いてしまう。
 故にアカギは、魔女が産まれることを危惧しているのだ。
 だがそれは、キュゥべぇにとっては問題ではなかった。

『その心配は無用だよ、アカギ。『魔女』が産まれる事は絶対にないだろう』
「ほう。それは何故だ?」
『参加者達の居る会場は“円環の理”によって括られているからね。産まれ様がないんだ』
「なるほど。全ての魔女を産まれる前に消し去るというアレか」

 とある平行世界において鹿目まどかが願い、宇宙の法則さえも再編した“奇跡”。
 希望を信じた魔法少女を泣かせないための、最後まで笑顔でいてもらうための願い。
 それがある限り、魔女は決して産まれ得ない。

「だがそれでは、『術式』や参加者に支給されたグリーフシードはどうなる。アレらは魔女によってもたらされたものだぞ?」
『その点は大丈夫さ。鹿目まどかの願いはあくまで“魔女を産まれる前に消し去る”ことだ。
 魔女の口付けや魔女の卵は、魔女そのものじゃない。だからそれらは“円環の理”の範疇外なんだ』
「屁理屈だな」
『そうだね。けど、それで罷り通っているんだから、気にする必要はないと思うな』
「確かにその通りではあるが」
 アカギはキュゥべえの言葉に苦笑する。
 確かに気にする必要はない。
 『儀式』が終わるまで問題なく機能してくれれば、その後どうなろうと知った事ではない。


「しかし、それならそれでもう一つ疑問が生まれる」
『なんだい?』
「“円環の理”とは、言わば鹿目まどかそのものだ。
 しかしそうなると、今現在会場にいる鹿目まどかと合わせ、一つの世界に二人の鹿目まどかが存在することになる。
 ドッペルゲンガーという例もある。因果律の点から見て、それは大丈夫なのか?」
『そのことに関してなら、前例はある。問題にはならないよ』
「前例?」
『第五次聖杯戦争において、アーチャーのクラスで呼ばれた存在のことさ。
 彼はサーヴァントとして呼ばれた時点で、英霊となる前の自分と邂逅している。
 けれど彼らにも世界にも、何の問題も起こっていないんだ。
 それと同じように、“円環の理”となった鹿目まどかとただの人間である鹿目まどかは、世界的に見て別物なんだろう』
「なるほどな、合点がいった。いやむしろ、因果の糸という点から言えば推奨すべき事態でもあるか」
『そうだね。だから、出来れば彼も呼び寄せたかったところなんだけど』
「それはすまなかったな。こちらの都合で断念させてしまって」
『構わないさ。因果の糸自体はもう十分集まっているからね。
 あとはそれを紡ぐだけで、僕らの目的は十分果たせる』

 そう。準備は滞りなく終わり、既に『儀式』は始まっている。
 第一階の放送を終えた今、なすべき事は『儀式』を円滑に進める事だけだ。
 今更多少の差異に拘るのは、無意味でしかない。

 そうしてアカギの懸念はなくなった。
 あとは自分の仕事に戻り、自身の役割を果たすだけだ。
 だからこれは、彼にとって蛇足でしかない疑問だった。

「そういえば。あのアーチャーは確か、“抑止の守護者(カウンターガーディアン)”と呼ばれる存在だったな。
 人類全体を守るために、滅びの要因となるモノを殲滅する殺戮機構。
 見方によっては、君たちに似ているとは思わないか?」
『そう言われればそうだね。確かに守護者と僕たちは似ている』

 人類全体を守るために滅びの要因となる人間を抹殺する霊長の守護者。
 宇宙の滅びを回避するために魔法少女を生み出したインキュベーター。
 大局的に見れば、どちらも“大を生かすために小を犠牲にしている”。

『まあ、だからこそ理解出来ないんだけどね』
「ん? 何か言ったか?」
『何でもない。ただの独り言さ。
 それよりアカギ、君もそろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないかい?』
「確かにそうだな。こういう時、君のようにいくつも体があったらと思うよ。
 それではまた、疑問が出来たらここに尋ねに来よう」
 そう言ってアカギは、一歩も踏み出す事なく姿を消した。
 後に残ったのはキュゥべえ一匹。“彼”は次の放送まで、ここに留まり続ける。


 この一時の会合は、一つの事実を示していた。
 アカギは疑問を投げかけ、キュゥべぇは答えた。
 それだけならなんと言うことのない出来事。
 だがそれは、“彼らはお互いに全てを話した訳ではない”、ということを示していた。


『英霊エミヤ。君は君の願い通り、立派に人類を救えているじゃないか。
 それなのにどうして君は、自分を殺そうとする程に絶望しているんだい?』

 己れ以外誰もいない空間で、彼は己と似た存在へと問いかける。
 当然、答えはない。
 当たり前の人間であれば理解できたかもしれないそれは、しかし。
 人間を理解できない彼らだからこそ、理解する事が出来ない疑問だった。

『君自身に聞けばこの答えは判るのかな?
 だから、その機会が来ることを待っているよ、衛宮士郎

 自ら会いに行くことはしない。それは『儀式』のルールに反するからだ。
 だから彼は待ち続ける。その疑問の答えを与えてくれるだろう人物を。
 彼らは役割を果たし続ける。その『目的』が果たされる、その時まで。


【第一回定時放送終了―――死者合計:十名/残り参加者:四十七名】

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