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杯-世界の色彩

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杯-世界の色彩 ◆Z9iNYeY9a2



『あなたは光に溢れた人生を歩んできたようですね』

織莉子との会話でそう言われた時、一瞬心の中に緊張が走っていた。

両親のことは愛している。
セラもリズも、お兄ちゃんのことももちろん。

学校の友達も、美遊も、……クロのことも、みんな大切な、かけがえのないものだ。

だけど、そんな中にどうしても混じってくるものがある。

バーサーカーを連れた私。
エミヤキリツグを憎む私。
お兄ちゃんが大好きで、同時にどうしようもなく憎い私。

違う。
それは自分ではない。

そして、その中に見える間桐桜という少女。
お兄ちゃん、いや、士郎さんの恋人。

状況が整理できない。情報が纏まらない。
どこまでが自分で、どこまでが自分じゃないのか。

バーサーカーのことは自分で背負うことができるものだった。
だけど、士郎さんが、アインツベルンの1000年の悲願が関わってくることは。
あまりにも重すぎた。

ifの自分。もしもの自分。
並行世界の自分。

知らない方が幸せなこともあるというのを思い知らされた。
知ってしまえば無視することができない。

お母さんに聞いた時も実感すら沸かなくて、だからこそ流せた。
逆に言えば、実感してしまえば心を縛るように締め付けてくる。

だけど、これを言える相手はいない。
ルビーは同時に見た記憶であるから知ってはいるだろう。しかし相談できる相手ではないと思った。
だからこそルビーもあれ以降それに触れてはこない。

整理しようとしてもできない。問題の核が複雑なようにも見えた。

やるべきことは分かっているし、そこを迷ってもいない。
ただ、自分の中にあるそういったもやもやだけは、どうしても整理することができなかった。その術が思いつかなかった。



「イリヤ」
「え、何美遊?」
「何だかさっきから表情が優れないから。何か悩んでるなら力になる」
「別に何でもないよ。ちょっとこれからのこと考えてただけだから」

ふと考えていたことが表情に出てしまっていたのか、隣を飛んでいた美遊が声をかけた。




「それにしても、何だかさっきと比べて空を飛ぶことに対する消耗が少なくなってきてる気がする」
『確かに制約が減っているようにも感じます。L様が考察していた魔女化のことと関わりがあるのでしょうか?』

確かに滞空時間は伸びている。魔力効率が改善されているということだ。
それでもあまりにも高くまで飛ぼうとすれば魔力消耗の増加は避けられないだろうが、さっきまでに比べれば遥かにマシだ。

「う~ん。だけどちょっと降りよう。
少し休憩が入れたいの」
「分かった」

イリヤと美遊は着地。加えてイリヤは転身も解除して美遊の元を離れていく。
ルビーすらも残して。


「イリヤ?」
「ちょっと一人にさせて。大丈夫、そんな遠くには行かないから」

そう言って、イリヤは小さな家屋の中に入っていく。


「…ルビー」
『はい何でしょ~』
「イリヤに何があったの?今イリヤは何を考えてるの?
ずっとイリヤといたルビーなら知っているはず」
『………こればっかりは、かなり難しい問題なんですよね』
『姉さん、もし話すのが難しいなら私が直接情報を受け取ってやり取りすることもできる』
『いえ、…そうですね。美遊さんとサファイアちゃんならいいでしょう。
ちょっとイリヤさん、バーサーカーを倒す時にミュウツーってポケモンからバーサーカーの記憶の断片を受け取ったんです。
とりあえず再生してみますね。何か紙とか持ってないですか?』




少し一人になりたかった。
支給品に入っていた水を飲み込み、気を紛らわそうとするイリヤ。
体に冷たいものが通る感覚は体を落ち着けるが、心の重りまでは取れなかった。

(間桐桜さん)

衛宮士郎が守るといったらしい少女。
もしその存在を知っていれば、彼との触れ合い方も変えていただろうか。
そんなifは現実にはない。
それでも、たぶん向き合わなければいけないもの。

だけど、あの映像の中にいた人は想像と大きく違った存在だった。

(私は、向き合えるの?)

考えすぎた頭を冷やすように、洗面台に向き合ったイリヤは顔に水をかけて冷やす。
顔を振るい目の前の鏡に向き合ったイリヤ。
一瞬そこに映った顔が、自分のものではない別のもののようにも見えた。





「これは…」
『聖杯戦争に携わったイリヤさんの、本来の姿というところなのでしょうか。
ミュウツーさんがバーサーカーの記憶から、イリヤさんに明け渡したものです』

今のイリヤとは似ても似つかない。
いや、むしろ反転してるとでも言える少女の人生の一部がそこにはあった。

『たぶんこれ、アイリさんとお父さんがそういう生き方を選択した結果なんじゃないかってルビーちゃんは思うわけですけど』
「でも、そんなもの、今のイリヤには何も関係ないはず」
『本来ならそうなんでしょうけどねー。うちのイリヤさん、この記憶の中に映ってる士郎さんに守られてるんですよねー』

本来ならこの生もイリヤにとって無関係、で通せるはずのものだっただろう。
しかし衛宮士郎と関わりを持ったことで

『士郎さん、うちのイリヤさんにどんな想いを抱いて守っていたのか。たぶん想像したらイリヤさんにはかなりキちゃうくらい重いんじゃないですかねこれ』
「でも、それはイリヤには関係ない、イリヤが背負うべきものじゃない」
『そうなんですけど、イリヤさんあれでまだ人生経験ないですから、そう割り切るのも容易じゃないんですよ。
かといって誰かに相談できることでもないし。まあサファイアちゃんと美遊さんには私が喋っちゃったんですけどね』
「私が、イリヤの力になれれば…」



『美遊様』

思い悩む美遊に、サファイアが呼びかける。

『イリヤ様に結花様やロロ様のことを重ねていませんか?』
「そ、そんなことは、ない」
『イリヤ様のことは大事です。美遊様が力になる必要があることだとは私も思います。
しかしそのために美遊様自身が身を削って、などということは考えないでください。それではイリヤ様が尚更追い詰められます』
「分かってる」

と、再度ルビーがモニターにして出した映像に映っている少女に目をやった。
己のサーヴァントを御するための調整を幾度も行われ続ける姿、そのために必要とあらば非情とも思えるような苦痛を受ける姿。

「このイリヤは、私に似てる…」
『美遊様?』
「なんでもない」
『ところで話の途中ですが、ここに二人ほど近づいている人がいます。
魔力の色からすればおそらく美樹さやかさん、だとすればもう一人は巧さんだと思います』
「分かった。イリヤを呼んだら合流に行く」




「…希望と絶望の差し引きはゼロ、か。今になってあんたが言ってたこと、すごく実感してるわ、佐倉杏子…」

目を覚まさぬ巧を地面に下ろし、地面に座り込んで暗闇の虚空を眺めるさやか。
一刻も早く安全といえるだろう場所、他の皆と合流できる場所に移動すべきなのは分かっていた。
しかしただ闇雲に近い歩みを続けていたこともあって気づいた時には自分の居場所を見失いかけており、慌てて地図を開いて進行方向を正し。
だけど一旦休みを入れてしまえばその間にどうしてもそれまで思っていたこと、溜め込んでいたものが噴出して体の動きを止めてしまっていた。

マミさんが魔女に成り果てたこと。
それがきっと魔法少女の真実だったのだろう。
今まで倒してきた魔女は、かつて魔法少女だったものの成れの果てだった。

もし、かつてそれを知っていれば自分は戦えただろうか。
今の自分が魔法少女であることに胸を張れただろうか。

自分がもうかつてのような正義の味方ではいられないということはあの時、自ら狂気の道に踏み外すことを選んだ時から分かっていた。
だけどこの数時間の出来事で道そのものが崩れ去っていくのを感じていた。

魔女の正体は魔法少女、つまりはいわば倒されるべき敵ではなく、それ自体は哀れな犠牲者にすぎなかった。
マミさんを倒した巧の敵、木場勇治もまた、人との共存を望みながら強く生きられなかっただけだった。

倒すべき敵を見失って、それがもしかしたら自分がなり得た未来なのではないかと気付いた時、自分の道がわからなくなってしまった。


「あんたはさ、分かってたのかな。私がいつかこういうことにぶつかるって」

空っぽになってしまいそうな頭を振るい、立ち上がるさやか。
今は自分のやることが分からなくなってもやらなければならないことはある。
早く他の皆と合流し、巧さんの安全を確保する。

今はそのやらなければならないことがあったのはありがたかった。



そこからしばらく移動した辺り。

さやかがイリヤ、美遊の二人と合流するのに時間はかからなかった。

『さやかさんちょっと不用心ですよ。ただでさえ怪我人背負ってるんだから、もう少し周囲に気を配らないと』
「あはは…、ごめんなさい」

イリヤが空から呼びかけたところで驚いてよろけて倒れ込んださやかの姿を見たルビーが注意を促す。
幸いというべきか、前に倒れたため背負っていた巧を地に叩きつけることはなかったが、さやか自身は服が土に汚れている。

現在はイリヤと美遊が共同で巧に魔力による回復を行っている。
おめかしの魔女、そして木場勇治との連戦は少なからぬダメージを巧に蓄積していた。

「でも、大丈夫なの?ここでじっとしてたらゼロが追っかけてくるんじゃない?」
『まあ心配なのは分かりますが、流石に大人一人を背負って移動というのはきついですし、少しだけ待ってみましょう。それで起きなければ私達が背負って動けばいいですし』


そんな会話をしつつも現状についての情報整理が終わった辺りで、ふとルビーがさやかの方を向く。

『さやかさん、何か悩んでますね』
「え?いや、そんなこと別に…」
『顔見てたら分かりますよ。ってかあなたの世界の魔法少女の真実を見たんでしょ?なら悩んでないのは嘘でしょう。
どーんと話してみなさい。こう見えてかなり広い人生経験をルビーちゃんは持っているのですよ』

ルビーの言葉に、さやかは顔をあげて悩みを吐露してみた。



『なるほど。まあ大方予想通りな感じではありましたが』
「予想通りって、どこまでのこと言ってるのよ」
『いやまあ、さやかさんが悩むならその魔法少女の真実を知ったこととかかなぁというのは薄々想像してはいましたし』
「……あんた達、知ってたの?魔女のことを」

ルビーの口調にその辺りの事情を把握していたかのような雰囲気を感じたさやかは若干剣呑な気配を出しながら問いかけた。

「いや、その、知っていたというか…」
「鹿目まどかから話は聞いて把握していた」
「…!まどかから?!一体何で―――」
『落ち着いてください、さやか様』

こじれる気配を感じ取ったサファイアは弁明を行う。

『確かにまどか様はそれを知っておられました。ですが、それは―――さやかさん、あなたが魔女となった時に知られたのです』
「…!?それって、どういう…」
『まどか様とさやか様、お二人の来られた時間には差異があるのではと。おそらく、まどか様はあなたよりも未来の時間から来られているのです』

さやかの脳裏に浮かぶのは、目を覚ましたまどかのこちらを見る目。
ただ少し会わなかっただけだったというのに、その顔に浮かんだ表情はかつて先輩の魔法少女が命を落とした翌日に再び会った時のようだった。
こんな場所だ、無理もないと自分を納得させていたが、そうではない別の意味があったのだとしたら。

「じゃあ…まどかは…」
『さやか様に気を遣われたのでしょう。いえ、むしろそのことも全部背負い込もうとしていたのかもしれません。
他ならぬあなたに余計な心配をかけないように』
「……あー……。そっか。そっかー……」

額を抑えてしゃがみ込むさやか。
どうにか明るく振る舞おうと努めているようではあるが、ショックは大きいようだ。

魔法少女が成り果てたものが魔女であり。
それがいつか自分もそうなるものであったという事実。

そして、その結果まどかにあんな顔をさせたのだという。

「ははは…、バッカみたい…。勝手に希望を抱いて、勝手に裏切られて、友達にはあんな顔をさせて…。
何のために魔法少女になったのよ、私は……」

知りたくなどなかった真実、運命。
その事実に打ちひしがれるさやかに。

『どうしますか?さやかさん』

ルビーの問いかけが投げられた。

「ど、どうするって何がよ」
『今のさやかさんは今後どうするかの分水嶺に立たれているとも言えるでしょう。
もし選択肢が分からないなら示してあげましょうか。例えば今のさやかさんには戦うことを止める、逃げるという選択肢を選ぶ権利もあります』
「に、逃げるって…」
『まあ言葉面だと日本人というのはやたらマイナスに捉えがちな言葉ですがね。
逃げてもいいんですよ、人間誰も自分の命が一番で、それに変えられるものなんてそうあるものじゃないんですから。
ぶっちゃけると、イリヤさんとか都合が悪くなったらしょっちゅう逃げますし』
「うっ…」


思わぬ流れ矢に思わず呻くイリヤ。

『その辺りはまあ、今は状況が状況ですから時間があるとは言えませんが、多少は悩む猶予はあるでしょう。
ただ1つ。その決断を出す前に、さやかさんは自身のことを知らなければならないと思うんですよルビーちゃんは』
「私の事って、何をよ」
『例えばさやかさんが何のために戦うのか、戦おうと決断したのか。
今尚も戦おうとするのが何のためなのかみたいなことですよ。
たぶんこの辺の答えはさやかさんの中にしかありません』
「私が、戦う理由……」

ふと考え込むさやか。
自分はどうするべきなのか、どうしたいのか。
自分が何のために戦っているのか。

『まー敢えてもう少しアドバイスするとですねぇ。
もっとバカになってください。イリヤさんみたいに』
「ちょっと?!」
『このイリヤさんの魔法少女力の秘訣ですけどね。なーんにも考えてないところなんですよ。
考えるより感じろ、をその身で実践してると言いますか。
行動の結果どうなるのかなんて深く考えずに、思ったままの行動をしている。まあこういうのは人としての正しさがなければ悪性へとも転じてしまうものですが。
ですがさやかさんは少なくとも一般的道徳心や善性は持っています。まあ極端に心配することはないでしょうと思いますし。
だからこそ、自分の中の声に従って突き進むということも、そう願うならできるんじゃないでしょうか』

自分の中の声。
そういえば、自分は魔法少女になった時に何を思っていただろう。どうしたいと思ったのだろう。

遠くない過去の話なのに、ずっと昔の出来事のように思えている。

「…すぐには分からないと思う。
だけどありがとう、ちょっと気は紛れたかもしれない」
『よーく考えてくださいよー。ルビーちゃんの見立てではさやかさん、素質はなかなかなんですから』

素質って何よと問いかけながら僅かに笑みを浮かべるさやか。
迷いは晴れてないが、さやかの表情はさっきまでと比べればだいぶいい色になったように見えた。

そんな時だった。あまり会話に入ってこなかった美遊とサファイアの呼びかけが聞こえた。

『姉さん、話をしている途中で悪いけど』
「誰か来たみたい」




先輩は私を守ると言ってくれた。
私だけの味方になると言ってくれた。

私だけのものに、なってくれた。


でも、だからこそ憎かった。嫌いだった。
私を守ろうとする先輩に、何もできない私が。

だからこそ、羨ましかった。

私にないものを持っていた、あの人達が。
先輩を守る力を持っていたセイバーさんが。
先輩に背中を預けられるほどの信頼を任されていた姉さんが。

そして、先輩に屈託のない無邪気な笑顔を、何のわだかまりもなく向けることができるイリヤさんが。

だけど、セイバーさんや姉さんと比べたらイリヤさんを妬ましいと思ったことはあまりなかった。
だってあの子は、私以上に”人”ではないんだから。
体の機能も私以上に聖杯のために特化させられたあの子は、寿命自体も限られたものだ。
だから憐憫だろうか。あの子に先輩の傍にいさせてあげることに抵抗が少なかったのは。

自分と同類の可哀想な子。
仲良くはなれそうにはないが、そういう親近感から悪感情は湧いてこなかった。

もしもあの子が姉さんやセイバーさんのような、強く逞しい子で、望むものは何でも持っているような子だったら。

なんて、そんなあり得ないことを考えても仕方ない。
そう、そんなことはあり得ないのだから。
決して。




移動がてら間桐桜からたどたどしいながらも情報を聞き出した村上。
聞かれたことには答えるが、桜から何かを聞いてくることはない、まるで人形みたいだと感じていた。

情報の中で収穫であったものは、彼女がかつてデルタギアによる変身を行ったことがある者だということ。
そのまま持っていてくれれば探す手間も省けたのだが、戦いの中で紛失してしまったという。
それには落胆したものだが、一方で村上の中には別の興味が湧いてきた。

デルタギアのデモンスレート、オルフェノクでないものが変身すれば精神を侵される機能。それが今の彼女からは働いているようには思えない。
オルフェノクでないこの娘に対しあれが機能しないとすれば考えられることは何か。
彼女自身が人間ではないか。
憔悴しきっていることが今の彼女の凶暴性を抑えているのか。
あるいは、低確率ではあるが人間の中でデルタギアに適応する素質を備えた者であるか。

一番目か三番目であれば村上の興味の対象たりうるものだ。

故に少し話をしてみようと思った。

「桜さんは、人間のことをどう思いますか?」

声をかけられ虚ろな瞳をこちらに向ける桜。
眼こそ動いたが、表情、そして眼の映すものは変わらない。
だが、それでいい。感情が混じらないなら彼女自身の本心が聞けるだろう。

「どう…ってどういうことですか?」
「言葉通りの意味ですよ。といっても少し定義が広すぎましたね。
私の見立てでは、あなたは並々ならぬ人生を送ってこられたのではないかと推測します。
当たっていますか?」
「…はい」
「それは人間によってもたらされたものですか?」
「……いいえ」

その返答は少し意外、ではあったが、しかし興味深い事実にも確信が届く。
要するに彼女の世界には人ならざるものがいるということ。

ともあれ話の腰を折らないように会話を続ける。

「なるほど、ではあなたにとって人間とはどのような存在ですか?
特定の誰か、という意味ではなく人間という概念としての問いかけですが」
「別に、どうでもいいです」
「本当に?」
「いいんです。私が痛くて酷い目にあっても、ただ普通に幸せに過ごしていて助けてもくれないような人なんて…」

死んでしまおうが構わない。

立ち消えるように放った言葉の呟きを、村上は聴き逃しはしなかった。
そしてその言葉を聞いた時、期待通りの存在であることを感じたが、一方で一つの疑念も感じ取った。
言葉の裏にある妬み。そして裏返せば殺意ともなり得るその感情が、間桐桜とは別の何かが口にした言葉のような、そんな違和感を感じられたから。

それがこの娘の本心なのか、それとも違和感の正体が口にさせているものなのか。
どちらか次第では対応が変わる。探りをしばらく入れる必要はあるだろう。

だが、どちらにしても今は友好的である、ということを示しておかねばならない。

決して、あの得体の知れない闇を恐れたのではないのだから。


「ではもし、人を殺すことが赦される、そんな世界になるとしたら、あなたはどうしますか?」
「…分からない、です。だって、人を殺すことは、いけないことです…」

村上の中に少し呆れる思いが立ち上がる。
既に彼女は何人もの人を殺めている。にも関わらずそのようなことが言えるのは。
人を殺したという自分を切り捨てているのか、あるいは自分が見えていないのか。
もし見所があるとするなら、その悪に進んでなろうとしている時だろうか。

「確かにそうですね。しかし法も倫理も、全てを決めるのは強者です。
もし人の定めた倫理が受け入れられないというのであれば、人を越えてしまえばいい」
「人を、越える…ですか…」
「ええ。あなたよりも弱い人間の言葉など聞き流せばいい。それだけの力があるのなら、どのような振る舞いをしようともあなたが避難されることはない」

桜の瞳が少しだけ上がる。どこかに興味を引くところがあったのだろう。
だが、彼女が何を考えているのかは読めない。

もう少し探りを入れてみようかと思ったところで、桜の体がビクリと震えた。

「どうしました?」
「…え、誰、なの…?」

何かを捉え、何かに気付いて困惑するかのように反応する桜。
聴覚に意識を集中させたところ、ここからそう遠くない場所で何者かが話すような声が聞こえた。
内容は聞き取れないが、大まかな位置は掴めた。

「ふむ、もしかして向こう側にいる者のことですか?」
「………」

無言の桜の返答を、肯定と受け取った。
乾巧かもしれない。向かってみるとしよう。




イリヤ、美遊、さやかは既に姿を変えて魔法少女のそれとなっている。

目の前にいる男、村上峡児。
かつて一度だけゼロと戦う際に共闘したと言っていたが、しかし決して油断できる者ではないと巧は言っていた男。

「そこで眠っている乾巧を、こちらに渡してもらえますか?
彼はこちらで保護します」

彼はこちらがその姿を知っていると悟ったのか、自己紹介もそこそこにそう乾巧の引き渡しを要求してきた。

「巧さんをどうするつもりなのよ」

その声に剣を構えた状態でさやかが返す。

「彼は我らオルフェノクの一員。その中でも選ばれた存在になり得る者です。
であれば私が保護するのは道理でしょう?」
「…違う。巧さんは違う!」

村上は知らない。
自身の罪を精算するために罪の証、魔女となったマミと戦った巧の姿も。
互いの想いを吐露しながら戦いを続ける巧と木場勇治の姿も。

「彼はあんたたちみたいなやつとは一緒に行かない!」
「何故赤の他人であるあなたがそう言い切れるのです?」
「見届けたからよ。巧さんと木場勇治の戦いを。
木場勇治も、巧さんの手で救われたのよ。もうこの人があんた達みたいなやつの仲間になんてならない!」

最後にゼロから自分たちを庇った彼の心境は分からない。
だが決して憎悪に満ち、弱さ故の罪を背負い続けた己から解放されたものと信じたかった。

「…何?」

顔を顰める村上。
木場勇治と乾巧の戦い。救われた木場勇治。
言葉の意味を推測すると、二人が戦い、乾巧が勝利した。

そして、救われたということは生死に関わらず木場勇治はもう決して自分たちの力とはならないということを意味しているのだろう。

二人の候補を、失ったということ。

裏切り者であったはずだが、四つ葉の一角と認め帝王のベルトを託した者。
高い素質を持っていて、あとは精神面さえ補えれば強力な味方とできた、オルフェノクの処刑人とも言えた者。

その二者を、共に。

「なるほどなるほど。状況は思った以上に悪いようだ。
そして現状最も罰されるべきは、そこにいるその男のようだ」

苛立ちはその根源である乾巧に向けられる。
そしてその彼を守るように、立つ三人の少女もまたこの怒りをぶつけるに足る存在だろう。

「子供といえど乾巧を護るというのであれば容赦はしない。死ぬがいい」

顔に紋様が浮かび上がり、その肉体が白い異形へと変異する。

「美遊!巧さんを連れて下がって!ここはさやかさんと私で対処するから!」
「……分かった!」

イリヤの言葉に少しの迷いの後応えた美遊は、巧の体を持ち上げて空へと跳び。
そんな美遊に向けて放たれた薔薇の花弁を、星型の障壁が受け止めた。





戦いが始まった頃、桜はそこから少し離れた場所で待機していた。

桜は知る由もないが、村上は乾巧の存在を遠目から確認したことで、先程の嘘を思い出して彼女を連れて行くことを止めたのだ。

だがその村上の手回しも意味のあるものではなかった。
そもそも桜は村上が感覚を研ぎ澄ませなければ気付かない気配にいち早く気付いたのだ。
村上が視認できる場所を確認できないはずがない。

ある一定の存在が桜の持つ”機能”に存在を知らせる感覚があった。それがその二人に気付いた理由。

二つ。
一つは自身と近似した願望機のようなもの。
そしてもう一つはイリヤスフィール。これは言うまでもない。桜が憐れむことで受け入れた自分と同類の少女。
だと思っていた。

そのはずなのに、今村上と戦っている少女が誰なのか分からない。
姿は他人の空似というには似すぎている。
しかし聖杯としての共感していたものを感じない。むしろ隣に立つ見ず知らずの少女の方がそれらしさをうっすらとだが感じるほどだ。

ただ、その様子は見ていると心の中から何故かふつふつと湧き上がる黒い感情がある。
その正体は自分にも分からない。

まず目の前の少女の正体を確かめなければならない。

村上の言いつけも忘れ、静かに桜は戦いの場に足を進め始めた。




「斬撃(シュナイデン)!!」

イリヤの放った斬撃波は薔薇を纏った腕の振り払いでかき消された。

「はあああああっ!!」

さやかが接近して連続斬りを繰り出すも、ローズオルフェノクの手にしたバスタードソードがさやかの太刀筋を的確に受け止めていく。
両手で振るうさやかの剣を的確に片手に持った剣で受け止め、残ったもう一方の手でその体に掌底を打ち込む。
胸を叩かれ大きく仰け反るさやか、しかしすぐさま態勢を持ち直し、今度は両手に持ち込んだ剣で斬りかかる。

受け止めが間に合わず体にいくつか命中するも、決定打になっている様子はない。
いや、むしろ決定打にならないと分かっているからこそ受け止めているのだろうか。

村上は最初から気付いていたことを、数度の斬り合いを通して気付いたさやかは背後に飛び退く。

開けた視界の中で、空に光を見た村上。
次の瞬間、村上のいた場所に桃色の閃光が撃ち込まれた。

「当たった?!」
『いえ、直前にどこかに消え――イリヤさん右です!』

ルビーの声に反応して右を向いたイリヤの目の前に、青い炎が広がる。
ローズオルフェノクの打ち出した炎がイリヤに直撃し、その体を地に叩き落とした。

急いで駆け寄るさやか。

「イリヤ!あんた大丈夫?!」
「っうぅ…」
『大丈夫です。威力自体は耐えきれないものではないですが、おそらく早さを求めて威力を絞ったものかと。
二人とも、追撃が来ます!』

と、離れた位置にいる二人に向けてその透明な頭部から放たれた赤い花弁が二人を覆い尽くす。
爆発する花弁を防ぎきれず、地に伏せる二人。

「…、っ、強い…!」
『やばいです、これ北崎だったかとかいうオルフェノクに匹敵するくらいの強さがあります!』
「だったら、…今の私だったら」

足のバンドからカードを取り出すイリヤ。
手にしたのは、魔術師の絵が描かれたもの、キャスターのクラスカード。

何をするのか分からないが警戒を絶やすことがない村上は、その手に薔薇の蔦を連想させる鞭を作り出す。
撓る蔦がイリヤの元に放たれるも、さやかが剣で受け止め防ぐ。

「何をするかは分からないけど、急いで!そんなに時間取れない!」
「ありがとうさやかさん!
夢幻召喚(インストール)!!!」

一瞬振り向いたさやかの前で、イリヤはカードをかざして詠唱。
イリヤの体が光に包まれその体を黒きローブが覆っていく。

キャスターの英霊・メディアの力を宿したイリヤは空へと飛び上がる。

キャスターのカード。神代の魔術師の力をその身に宿した、魔術師としては右に出るものがいない使い手。
しかし宝石翁の作成したカレイドステッキは多くの機能を備えた魔術礼装。基本・応用各分野の多数の魔術機能は兼ね備えている。下位互換だとしてもある程度のことはカレイドステッキでも可能。
であればこのカードを使う意義は何か。

一つは彼女の宝具、魔術殺しの短剣。
そしてもう一つは、かつてのクラスカード英霊との戦いからイリヤスフィールが失った、純粋な威力や効率としての魔力運用。

例えば、高い対魔力を持った英霊は魔術による攻撃を低減、無効化する。しかしカレイドステッキの魔力弾は純粋な魔力攻撃。故に英霊に対してはメディアのそれより効果を持つ。
だが、相手が魔力攻撃による威力比較が意味をなさない相手であれば話は変わる。

イリヤの指先から紫の魔力弾が射出される。
それまでイリヤが放ってきた魔力弾よりも高い威力、しかし高い魔力を持つ英霊達には効果が薄い一撃。

威力変換すればジェットスライガーのエネルギー弾にも匹敵するかもしれないと見た村上はとっさに回避。

「龍牙(コルキス)!」

詠唱と共に、牙で構成された兵士が顕現する。
短時間の詠唱ではせいぜい3体、村上に対しては時間稼ぎにできるかどうかくらいの役割だろうが、数が増えれば本命の敵ができる。

「はあっ!!」

ローズオルフェノクが竜牙兵をその拳で叩き潰す隙をついてさやかが斬りかかる。
小さな一撃でも、幾度も叩けばいずれダメージが積み重なる。
問題はこの相手に対しどれほどの攻撃を届けられるか。

そして、それでも届かないのであれば更なる巨大な一撃を叩き込めばいい。

竜牙兵を砕きさやかを叩き飛ばしたところで空を見上げると、闇夜を照らす巨大な紋様が目に入る。
巨大な魔法陣が魔力の光を収束していた。

避けようとする村上にさやかが足止めとばかりに斬りかかる。
しかし、それは悪手だった。

「ヘカテッィク――――…!!」

砲撃を放とうとするイリヤの手が止まる。
村上の手元に捕えられたさやかの姿が目に入ったからだ。

村上にしてみればさやかの技量が如何程のものかを計るのにそこまでの時間は必要なかった。
致命傷になるだろう攻撃を持っておらず、剣の技量も高いわけではない。砲撃を防ぐための人質として捕まえる程度造作もなかった。

「撃って!!私は大丈夫だから!!」

さやかの発破を受けても砲撃を躊躇うイリヤ。
多少のダメージならば、ソウルジェムさえ守りきれれば回復できるだろう。だがそれでもイリヤにはさやかを傷つける選択は取れなかった。

さやかの体を抑えたまま奪い取った剣を投げつけ、同時にさやかの体を殴りつけて叩き飛ばす。
砲撃展開中のイリヤは障壁を張れず、構えた杖を吹き飛ばされて地面に落ちる。

不気味な笑い声を上げながら、少女二人に歩み寄ろうとする村上。
しかしその動きが突如として静止する。

その視線は自分の後ろに向けられている。そうイリヤが気付いた瞬間、その体にゾワリと怖気が走った。

数メートル先のさやかもこちらに視線を向けたまま動かない。
一体彼らは何を見ているのか。
得体の知れない寒気に鳥肌が立つ。

『イリヤさん!!!』

ルビーの呼びかけにはっと意識を取り戻したイリヤは、蛮勇を振るうかのように振り返った。


黒い、のっぺりとした影がそこにいた。

『飛んでください!早く!!!!』

再度呼びかけられた声に、考えるより先に体を反射で動かして飛翔するイリヤ。
次の瞬間、イリヤのいたはずの場所の地面をそれが伸ばした黒い影が侵略していた。

『あれに触れないでください!イリヤさんの魔力、ごっそり持って行かれます!』

ルビーの緊迫した呼びかけが響く。

魔力だけならばルビーの力を持ってすれば時間をかけて取り戻すこともできるだろう。しかし実際に魔力を奪われればそれに追随して体力の消費も膨大となる。
もしそこで更なる追撃を受ければ、ステッキの力を持ってしても回復が間に合わずイリヤの体も飲み込まれてしまうだろう。

空を飛んでは影に対処は難しいのか、イリヤに向けた触手を収める影。
地面を見ると、影が脅威と判断するのが早かったのか村上は既に距離を更に取っていた。今影の近くにいるのは。

「さやかさん逃げて!!!」



三本の触手がさやかの元に放たれる。
イリヤの呼びかけが功を奏したのか、あるいは触れてはまずいということを本能的に察したのか、影の軌道を見切るように走り出すさやか
一度目の影はさやかを掠ることもなく過ぎ去る。しかし戻って二度目に放たれたそれは学習したかのようにフェイントを交えて放たれた。
僅かにタイミングをずらされた一本がさやかの逃走先を遮るかのように追撃をかける。しかしさやかはそれを跳躍して回避。
だが、跳び上がったさやかは着地に際しての対応ができなかった。
地に足を付ける場所は落下を始めた時点で読める。その着地先に影を伸ばしてきたのだ。
気付いたイリヤが飛んで駆け寄るも間に合わない。

「くっ……!!」

狙いに気付いたさやかが避けられないと舌打ちをしたところで。

「―――前に構えて!!」


声が響くと同時にさやかに向けて一筋の光が走った。
反射的に前に手を構えたさやかを、光の正体―魔力を纏った小石の衝撃が吹き飛ばした。

「うぐっ…!」

威力自体はさやかの魔力をもってすれば許容できないものではないが、足を浮かせていたため受け身を取れず必要以上に宙を舞う。
空中で体制を立て直し着地する。しかし離れた距離にして数メートルほど。まだ影の射程範囲から離れたとは言い切れなかった。
しかし追撃が放たれる前に、さやかを吹き飛ばした光の放たれた方から青い魔力が飛来。さやかの体を宙に持ち上げ飛び上がった。

「美遊!!」
「巧さんは離れたところに。もっと離す予定だったけど、強すぎる魔力を感知したから戻ってきた」

宙に立つ美遊。
ローブを纏って浮遊するイリヤ、魔力の足場の上に立つ美遊。さやかは美遊に抱えられたままだった。

「…ちょっと離して」
「今地面に降りると危ない」
「大丈夫、ちょっとやってみたいことがあるから」

さやかの言葉に抱えていた腕の力を緩める美遊。
宙に浮いたさやかの足元に魔力が集まり、青い音符の形をした足場が形成された。

「これで、大丈夫」
『おや、美遊さんの飛び方からヒントを得ましたか。なかなかにいい素質持ってるじゃないですかー』
「うっさい。それよりあれ、何なの?」
「あれは…」
『早い話が、魔力や生命力の吸収に長けた影です』

イリヤが口を開くより先に、ルビーがさやかの求めているであろう答えを開示する。


『あれに触れたらさやかさんのような魔力と生命力が直結した存在には致命的となります。
さやかさんとの戦闘スタイルも合わせたら相性が悪い。少し離れていてください』
「……分かった。
あれ?そういえば村上は…?」
『影が現れてから姿が見えませんが…』
「…!まさか…!?」

足場を蹴って美遊が現れた方へと跳ぶさやか。
おそらく彼はは乾巧を追っていったのだろう。彼の目的は乾巧を殺すこと、イリヤ達は二の次であり殺してくれる第三者がいるのであれば構わないということか。


「森の中の建物の近くに、乾さんは!」
「分かった!!」
「イリヤ、私達も…、イリヤ?」

先行していったさやかの後を追おうとしてイリヤの方を振り返った美遊。
しかしイリヤの視線はある一点に固定されていた。
そこには、ボロボロになった服の下に地面で蠢く影と同じ色をしたものを身に纏った白髪の少女がいた。

「間桐、桜…さん…?」

イリヤの呼びかけにゆっくりと顔を上げ。
次の瞬間、二人の背後にあった影が肥大化、影の巨人となって二人に向けて触手を振り下ろした。



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