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starlog・星と絆

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starlog・星と絆 ◆Z9iNYeY9a2


体を拘束する手はすでに幾重にも及んでいる。
魔力の侵食も進み、全身に痛みが走っている。

「本当、悪い子ね。
 ママと話しているっていうのに、無視して話して」

動けないイリヤに迫り、その頬に手をやる。
その目が、先程までのどこか逃げ腰でもあったようなものとは異なる、強い決意を感じさせるものになっていることをアイリスフィールは気にしなかった。

「だけどいいのよ。あなたをこうして抱けたんですもの」

その体を抱きしめると同時に、イリヤの後ろの泥が、静かに体を覆うように迫り。
体を抑えていた拘束を解きながら、地面に広がる泥の中へとゆっくりと飲み込んでいった。



アヴェンジャー・アイリスフィール・フォン・アインツベルン。


彼女が現界において聖杯から与えられた役割は、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを愛し、その心を侵して取り込む者』

しかし、心せよ。

母として娘を愛することを全うできなかったアイリスフィールには。
そして泥に取り込まれその願いに取り込まれてしまった彼女には。

母親として娘を愛する形がどこか歪なものとなっている。
だからこそ、気付けない。目の前で起きていることに。

子供の成長は早い。
いつしか親の手元を離れていくものであることに。
自分の手で道を切り開ける者として立つことに。




膠着状態を打ち破る手段はないわけではない。
ずっと、手の中にあった。

ただ、心が弱かった。
どこか逃げようとする想いがあった。
だからこそ気付けなかったのだ。

気分は悪いし体の痛みも酷い。
だけど、まだ動ける。

ホルダーから、一枚のカードを取り出す。

『イリヤさん、使うのですね』
「うん」

危険なのは分かっている。
ともすればサーヴァントとしての身が引っ張られて戻ってこれなくなるかもしれない。

『ですが、気をつけてください。そのカードを使えば、イリヤさんはおそらく正気を失うかもしれません』

牛のような頭をした怪人が描かれたカード。
バーサーカー。
他のカードと比べても扱いづらく危険なクラスだ。
実際、間桐桜が持っていたものを先のクラスカード英霊との戦いで使った際にはその戦闘本能に身を乗っ取られそうになったこともある。
そのリスクを考えて、使うことを躊躇っていた。

「大丈夫」

だけど、今のイリヤの中には強い確信があった。
このカードは大丈夫だと。

「私は信じてるから。このカードの英霊は、強いって」

それは、私ではないイリヤの記憶であり。
同時に彼と相対した自分だからこそのもの。

体を闇に奪われてなお、一人の少女を守ろうとした英雄。
狂気に落とされても、心まで堕ちることなく守り続けたその者の名は。

「お願い、力を貸して。
 ヘラクレス―――ううん、バーサーカー!!!」

カードを掲げて、イリヤは叫んだ。

泥の中に、眩い光が溢れ出した。






「―――!」

取り込んだはずのイリヤの体から、まるでこちらの侵食を阻むかのような強い魔力が溢れ出すのを感じたアイリスフィール。
取り込むどころか、その体は泥から抜け出そうとしている。それも抑えきれないほどの力をもって。

そう感じ取ったアイリスフィールは、咄嗟に後ろに大きく下がった。

泥が弾け飛び、その中から小さな体が姿を現す。

銀の長髪は後ろに一本に結ばれ。
身を包む衣装はどこか古代の人間を思わせるサラシと巨大な腰布を身につけ。
その手には、小さな体に不釣り合いなほど巨大な岩の剣を携えている。

ギリシャ神話に名を連ねる大英雄、ヘラクレス。
イリヤの身に宿った英霊の名だ。

『イリヤさん、このカードを夢幻召喚した以上、長期戦は避けてください!』

ルビーの声が警告する。
これを長い間身に宿していれば、狂化が体を侵食し自我を保てなくなる。

「うん、分かってる。だけど、大丈夫」

手にした剣を前に構える。
確かに少し思考は酩酊している感覚がする。
だがそれ以外の体の状態は万全以上だった。


(当然だよね、だって、バーサーカー、あなたは)

糸の鳥が、剣が一斉に弾幕のように降り注ぐ。
カードを取り込んだ体を警戒してか、これまでのものとは比べ物にならない数だ。

それを避けることなく、その場で剣を大きく振りかぶり。

「誰よりも、強いんだから――――!!!!!」

一気に薙ぎ払った。

至近距離まで迫ったものは粉々に砕け散り。
その後を追っていたものは風圧で吹き飛ばされ消滅していく。

同時に地を蹴り、視線の先にいる敵へと一直線に迫る。

前方と両側から迫った鳥が、目の前で糸へと解けてイリヤの体に絡みつく。
しかしその魔力の糸を、走りながら引きちぎる。


小さな体に、その不自然な怪力と技量。
不釣り合いなはずのそれらは、不思議なほどに体に馴染んでいた。
バーサーカーと自分の体が、一点の曇りもなく同期しているようにも思えた。

もしかすると平行世界における縁かもしれない。
イリヤとバーサーカーが通じ合い共に歩んだ存在であるからこその。

そしてもう一点。
イリヤが自覚していない要素があった。

バーサーカーの戦いを、英雄としての心を知識として触れ。
そして一瞬とはいえイリヤはバーサーカーと心を通わせた。
故にイリヤは知っている。彼がいかに偉大で力強い存在かを。

カレイドの魔法少女の力としての最大の原動力、イリヤが魔法少女足り得る大きな要素。
それは思い込む力、信じる力。
幻想を信じ、できると疑わない心、それこそが多くの困難を乗り越えさせるイリヤ自身の力。

そしてバーサーカーの力を一片も疑わず信じる今のイリヤにとっては。
その身に宿した狂戦士の力は、本来引き出し得るものを越えて振るわれている。


「…この力は…!」

空間を震わせるほどの力を振りまくイリヤ、その圧倒的姿を前にアイリスフィールに焦りが生まれる。
鳥や剣は弾かれ、糸での拘束も一瞬で振りほどかれる。

後ろに下がりながら、足元に黒い泥を展開する。

同時にイリヤの周りに数羽の鳥を舞わせ、その体を縛り付ける。
無論、それがイリヤを足止めするには至らず、ほんの一瞬拘束を破るまでの時間を作っただけに終わる。
その一瞬で十分。アイリスフィールは泥を巨大な池のように広げ、イリヤの足元まで覆い尽くした。

一斉に泥の中から現れた漆黒の手がイリヤの体を包み込む。
いくつかは引き千切られるも、それを越える数でその体を抑え、やがて体全体を覆い尽くす。

「サーヴァントの力を取り込んだのは失敗だったわね。
 この泥は、サーヴァントの魔力をも汚染するもの」

泥はやがて球状にイリヤが見えなくなるほどに広がり。
その体を一瞬で泥の中に沈めていった。




(痛い。苦しい。気分が悪い)

覆われた泥はイリヤの体を、それまで以上の速度で侵食してくる。

だけど、その苦痛は耐えられないものではない。
本来であれば一流の魔術師だろうとやがて発狂するほどの苦しみを味わうものでありながら。

(この苦しみに、バーサーカーは耐えてきたんだから)

イリヤが身に宿した英雄は、狂気と苦痛の中でも自我を保っていた。
前後不覚で状況も分からない中でも、ただ一人の少女を守らんと戦い続けていた。

「なら、今の私に、耐えられないわけないでしょ!!」

手の巨斧を振るう。
衝撃が、風圧が、轟音が泥の中に響き渡る。
泥の飛沫が撒き上がり、地面が割れる。
その中から、小さな影が飛び出す。

漆黒の手のことごとくを引き千切り、戦意に赤く瞳を光らせたイリヤが、上段に大きく構えた斧を振りかぶる。

そのイリヤを見つめるアイリスフィールの顔に驚愕が移る。

「だああああああああああっ!!!」

叫び声を上げながら、それを振り下ろす。
そのイリヤに向けて、一直線に飛び出す一本の線。

泥から飛び出したそれは、それまで出していた手とは違い細く鋭く、こちらを貫かんとするもの。

既に構えて飛びかかったイリヤにはそれを避ける手段がない。

(見誤った…!?)

攻撃が拘束、侵食に特化していたことでこんな直線的に鋭い一撃を放ってくることが想定できていなかった。

その攻撃は、イリヤの眼前へと、その眼孔へと迫っていた。





顕現したアイリスフィールの内にあったのは強い歓喜と、深い愛情。
願いを叶えられないままに命を落とした元の人格は、己の娘に対する愛を与えられなかったことで飢えていた。

だから、彼女にとっては目の前に立つ少女との戦いも、母子の触れ合いの一環だった。

例えばその愛の果てにイリヤの身を焼き心を壊してしまうことがあったとしても、それは今の彼女にとっては触れ合った末の結果でしかない。
最もそういった思考になっているのはこの世全ての悪に汚染されている影響だが。

そして、だからこそアイリスフィールにとってはイリヤとの戦いは言ってしまえば児戯のようなもの。
魔法少女の力で抗うイリヤの力は自分には届かない。そう確信しておりかつその通りだったからこそ立ち振る舞いには大いに余裕があった。

しかし、目の前で狂戦士の力を振るうイリヤの力はアイリスフィールにとっては知らないものだった。

ただ英霊の力をその身に宿しただけであれば汚染すればいい。
泥はサーヴァントにとっては最悪の相性であり、ただその力を振るうだけであれば何ら問題はない。

だがイリヤとバーサーカーの間にある繋がり、信頼。それはアイリスフィールの知らないもの。母子の間に何ら関わりのないもの。
それがイリヤの力を大きく増幅させていることなど知る由もなかった。

娘が、既に自分の手元を離れて飛び立っていることなど、知ろうはずもなかった。

故に余裕がなくなった。
イリヤを愛だけで捕らえることができなくなった。

今のアイリスフィールにとって、イリヤの足止め、ないし始末は与えられた役割。それは外すことができないもの。

ならばどうやってその力強い歩みを止めるか―――

(―――もう、殺すしか)

ほんの一瞬だけそんな考えが脳裏をよぎり。
攻撃に対する迎撃としてその殺意をイリヤに向けて。

(―――――)

私は、何をしようとしてるの?

アイリスフィールの中で自己に亀裂が走った。

例え泥で取り込むことでイリヤを壊してしまうことがあっても、それはアイリスフィールにとっては愛の成した形であり。
大きく歪んでこそいるが、彼女自身の母の愛として逸脱したものではなかった。

だが、その一直線に向けた殺意は違う。
母親が娘に、決して向けてはいけないもの。

世界を見ればそうとは言い切れないこともあるだろう。親が子供を殺すことなど珍しいことではないかもしれない。
しかし母を全うできなかったアイリスフィールにとっては。人間ではない人造人間が一人の少女の母としてあり続けたいと願っていた彼女にとっては。
それは決して有り得てはいけないもの。

一直線に向かう殺意。イリヤには避けきれない。

「ダメっ!!!」



「……どう、して?」

動揺を抑えきれぬ声で問いかけるのはイリヤだった。
顔を貫くはずだった一撃は、イリヤの目の前で泥となって霧散。貫くはずだった右目付近に飛びかかって顔を汚したがその程度で進行を止められるはずもなく。

アイリスフィールの体は、その大斧で大きく肩から腹部にかけて切り裂かれていた。
その一撃は確かにアイリスフィールの霊核を砕いている。

死を覚悟した。
だからこそその現象に、この想像と異なる結末を前にして驚かずにはいられなかった。

「ふふ、そう、よね。私はあなたにとってはただの門番だけど。
 私にとってのあなたは、大事な娘の一つの形なんですもの…。
 母親としてのあり方を望んだ私が、あなたを殺そうなんて思っちゃ、ダメなのよ…」
「………」

喋るアイリスフィールの口から血が流れる。
体は魔力の粒子となって消滅しつつある。

「ねえ、イリヤちゃん」

そんな彼女の顔を真っ直ぐに見つめるイリヤの顔に、ゆっくりと手をやる。

「本当に、大きくなったわね」

そう言って、ニコリと微笑んで。
静かにアイリスフィールの体は消滅した。

イリヤの体からカードが排出される。
同時に体を駆け巡っていた闘争本能が収まる。

「っ…、はぁ、はぁ」
『大丈夫ですか、イリヤさん!』
「うん、大丈夫。たぶんだけど、バーサーカーが力を貸してくれてたおかげで、思ったほどは」

膝を着きそうになった体を無理やり持ち上げる。
顔に泥を浴びたところがヒリヒリと痛む。火で炙られて火傷をしたかのようだ。

『顔の傷ですが、目には問題なさそうです。ただ、跡まで完治させるには少し時間がかかるかもしれません』
「目が大丈夫なら後回しでいいから、今はそれ以外のところに魔力を優先させて」

と、視界を上げると空間に亀裂が走った。
クラスカード回収の時に虚数空間が崩壊する時のような光景。

そういえば今巧の方はどうなっているのか。戦いに集中していたから向こうの状況が把握できていない。

消滅していく結界の中で、もう一方の戦いの様子が見えるようになっていく。
その視界に2つの戦う影が入った。

一方は、乾巧の変身していたファイズの姿。

「巧さんっっっ!!!!」


思わずイリヤは、声を張り上げて名前を呼び―――――




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