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キミがくれたKISEKI

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キミがくれたKISEKI ◆Z9iNYeY9a2


『イリヤさん、しっかりしてください!
 あれは、あなたのお母さんではありません!』
「分かってる、分かってるんだけど…!!」


知らなければ戦えたかもしれない。
顔が違ってくれれば戦えたかもしれない。

多くの要素が絡み合ってしまい、イリヤの攻撃の手が鈍っている。

それでも抗おうと反撃を行うが、決定打にならない。

アイリスフィールの放つ糸の使い魔、泥の手の数々を躱す。
その心中には強い焦りが生じていた。

自身の母親と同じ顔をした、別世界の人間。
脳裏によぎるのは殺し合いの場で会った衛宮士郎のこと。

自分の知る衛宮士郎とは違い、しかしそれでも"イリヤ"にとっては兄に違いなかった存在で。
同一視してしまうのを克服できたのは、彼が命を落とした後だった。

そしてその時に克服に時間のかかったものと同じ感情が、イリヤの心にこびりついて離れない。

加えて、アヴェンジャーという特殊な存在であるがゆえか、あるいは対イリヤとして与えられた役割であるがゆえか、その力も驚異だった。
砲撃や斬撃をいくつも放っているが、泥に阻まれる。
濃密な負の魔力で構成されたそれは、防御に転じれば今のイリヤの攻撃が届かない。
能力はおそらく、かつて戦った黒化英霊に匹敵、いや、自我がある分それ以上かもしれない。

接近して魔力刃で直接切り裂けるならあるいは突破できるかもしれないが、それはあの泥の中心に突っ込むということ。あまりにリスクが高い。

もし手があるとすれば。
先程の戦いの中で回収した、2枚のクラスカード。
それ以外のものは全て消費済で、現状ではこれらだけが使用可能。
だがこれを使えば、カレイドステッキによる飛行能力を失う。泥から逃げ切ることが難しくなる。
サーヴァントに対する泥の影響はあの黒いセイバーを見た後ならば分かる。下手をすれば心まで侵食されるかもしれない。

「ねえ、どうして逃げるのイリヤちゃん?」


優しく微笑んでくるその表情と声色がイリヤの心を揺さぶる。

「一つになることに、何も怖いことなんてないのよ。
 私だけじゃない、美遊ちゃんもクロちゃんも、あなたのお友達ともみんな一緒にいられるのよ」
「…っ、止めて!!」

友の、妹の名を出されて思わず声を張り上げて砲撃を放つ。
しかし泥が一凪すると桃色の砲撃は霧散する。

『このままじゃ埒が明きません。
 イリヤさん、ここは巧さんと相談して作戦を練り直すべきです』

未だ攻め手に欠け続けるイリヤに、ルビーが提案を持ちかける。
撤退は難しいかもしれないが、少なくとも彼との会話でイリヤの心の膠着状態に何らかの動きをもたせられる可能性はある。


『姿は視認できないので向こうの状況は分からないですが、音声は届くようです。
 今はこちらの戦いに集中していたのでそれでも現状は分からないですが、私が音を拾って向こうに伝えることに集中すれば通話は可能でしょう』
「なら、お願い!」

言いながらも飛来する糸の剣に地面に落とされそうになるのを捌く。

この結界は自分と巧、両方に立ちふさがっている敵を倒さなければならない。
ルビーの反応を見るに向こう側も苦戦しているというところなのだろう。
撤退か戦闘継続かあるいは何らかの連携が取れるかどうか。
いずれにしてもどうにかしなければこの状況の打破は難しい。

『分かりました。音声を繋げます。
 まず音を拾う方を優先して状況把握に努めますので、その間の攻撃対処はイリヤさん、どうにか耐えてください!』

ルビーはそう言って、結界の向こうの音を拾い始めた。
ステッキとのパスを通じて、見えない結界の向こうからの音がイリヤの聴覚に響き始めた。


うつ伏せに倒れた巧。
ライダーキックの衝撃を受けて、オルフェノクの姿すらも解けている。
しかしまだ死んではいない。体が小さく動いている。

「こんなものか。所詮はあの時の幾度も戦った乾巧と何ら変わらないな」

体のダメージは大きいだろうに、それでも立ち上がろうとするのはまだ戦う意志が折れていないということだろう。
それでこそだろうなと4号は思いながらも、今の乾巧に彼の底を見ていた。

故にその最後の意志を折るかのように、4号は言葉を紡ぐ。

「もういいだろう。立ち上がってどうなる、乾巧。
 お前はまた、結局失い続けるだけだ。
 巴マミのように、衛宮士郎のようにな。
 守るものももう残っていない、何も守ることができない。そんな空っぽのお前が生き続けてどうなるというんだ?」
「お、れは……」
「何も守れない。何も残っていない。
 生きる価値ももうない。
 ならばお前がこのまま生きていることには何の意味もない」

このまま生きる気力を失えばここまま死ぬだろう。トドメを刺すまでもない。
そう判断した4号は巧の体を踏みつける。

「夢を守る、か。
 希望もないお前に、守れるものなんてないんだよ」

起き上がろうとする力が少しずつ抜けているようにも感じた。
倒れた巧を見下ろしながら、4号は冷酷に言い放った。

「ただ失い続けるだけのお前に、生きている意味などない。
 さあ、その虚無の中で静かに死んでいけ、今のお前はただの敗北者だ」



思えば、何も残らなかった。
助けられない者、取り零した者もたくさんあった。

この手で奪った命を背負う覚悟はあっても。
取り零した命を背負う覚悟はなかったのかもしれない。

失うたびに傷ついていった心。
4号が言っている言葉が、その傷をえぐり、広げ。
粉々に砕こうとしてくる。

もし心が壊れれば、今かろうじて繋いでいる命は断ち切られるだろう。

だけど、それもいいのかもしれない。
これ以上失うことも、これ以上背負うことも。

もう疲れてしまった。

ここで、立ち上がることを止めてしまってもいいのかもしれない。

瞳が、ゆっくりと静かに閉じそうになる。



「ねえ、ルビー。お願いがあるの」

状況は分からない。
拾えたのは、何者かが巧に話しかける声だけ。

だけど、その声で、巧に向けて言われている言葉が何なのかは理解することができた。


静かに小さな声で、イリヤはルビーに語りかける。

「たぶんこれからしばらくの間、攻撃避け切れないと思うから。
 だから魔力を防御に回して」
『――分かりました』

冷静に、しかし彼女に親しいものが聞いたら底冷えしそうなほど冷たい声で。


腹が立っていた。
乾巧の生き様を否定、侮蔑する言葉を投げる何者かにも。
その言葉に負けそうになっている巧にも。
そして何よりも、彼が苦しんでいる状況の中で、彼に頼ろうなどと甘えたことを考えた自分自身に。

どこか楽観視していたところもあったのだろう。
今自分たちの目の前に現れた敵がどんな相手かを把握せずに。
どこかで巧の現状を考えることが抜けていたのだろう。
こんな戦い、力を合わせれば先程のクラスカード英霊のように勝てる相手だと。

巧が戦っている相手が、巧自身の内にある絶望をもって追い詰めてくる者だとは、予想だにしていなかった。

その絶望を知っていたのに、伝えなければならないことを言わず、その結果が現状なのだから。

ルビーの防壁が、糸の鳥を弾き飛ばす。
避けられるはずの攻撃だったが、しばらくは避けきれない。いくつかの攻撃は当たってしまうだろう。

それでも、言わなければならない。

「――――それは違う!!!」

イリヤは、大空洞の中一帯に響き渡るような大声で叫んだ。


最初に会った時は無愛想そうな人だなと思った。
そこからしばらくの間は、自分のことで手一杯で彼に意識を回すことができなかった。

それでも今にして思えば、彼がいたからこそ自分と衛宮士郎は心を支えられたのではないか、と。
もし彼がいなければ、ゼロやバーサーカーと戦ったあの乱戦の中で命を落としただろう。
互いを守ろうと必死で庇い合って、きっとその噛み合わない戦いの中で死んでいたかもしれない。

思えば、一緒にいた時は色んな場面で彼の力にも守られて生き残ってきている。


だというのに数々の出来事を経て、最終的に心に余裕ができたのは、数々の死を乗り越えた4度目の放送が終わった頃だったと思う。

その頃には、彼は既に傷だらけだった。
もしかしたら出会った時から傷だらけだったのかもしれない。気付くのが遅かった。

彼も自分も、この殺し合いの中で多くのものを失ってきた。
だけど、仲間の多くが自分の手の届かぬ場所で死んでいった自分と違って、乾巧は手の届く場所にあったもの全てを取りこぼしていた。

自分が衛宮士郎や美遊を目の前で失ってきた。
それに匹敵するものを、彼は殺し合いの中でずっと背負い続けてきたのだ。

『俺にとっては死ぬことよりも、失うことの方が怖いんだよ』

自分が死ぬことよりも恐ろしいと思うほどのものを失ってきたのだと。

それでも違うと。
多くを取り零したかもしれないけど。
あなたは確かに、守ったものがあるのだと。

少なくともその何者かが言うような、何も守れなかった敗北者ではない。
その言葉は、守られた自分達や、それを守って命を落とした衛宮士郎達皆を侮辱するに等しい言葉だ。

全てを取り零してなどいない。
守りきることができなかったとしても、そこに意味がなくなどないのだと。


あの時言いそびれた言葉を、今こそ言う時だと。


「あなたは、確かに守ってる!!何も無いなんてことはない!!!」

避けきれなかった剣と鳥がイリヤの体を撃つ。
防壁のおかげでダメージは少なかったが、衝撃で地面に落ちそうになる。

「私も、桜さんも!!あなたがいなかったらこうして生きてない!!
 巧さんが助けたものは、無意味なんかじゃない!!!」

メドゥーサを夢幻召喚した桜の宝具と撃ち合った時。
もし巧の援護がなかったら、きっとあの砲撃に撃ち負けて死んでいた。
そしてそうなったら、間桐桜はきっと止まることなくカードの力に取り込まれて怪物に成り果てていただろう。

他にも言葉にして伝えきれない、たくさんのことが思い出される。


『おい、アヴェンジャー。そいつを黙らせろ!』
「言われるまでもないわ、ライダー。
 悪い子ね、イリヤちゃん、ママを無視してお喋りなんて」

数えるのも億劫になるほどの糸の剣がイリヤに降り注ぐ。
着弾のたびに飛んでいる体の高度が下がる。

それでもイリヤは、気にせずに叫び続ける。

「もしあなたが、全部失いそうで、折れそうになるなら!!
 私があなたの希望になる!!生き抜いて、あなたの戦いの証を証明する!!!」

巨大な糸の掌で地面まではたき落とされる。
泥から現れた黒い手がイリヤの体を拘束する。
ルビーが魔力を防御に回しているおかげで、侵食速度は遅い。しかし振りほどけないなら時間の問題だ。

それでも。

「だから!!!希望を、あなたの夢を捨てないで!!!」

ただイリヤは。
壊れてしまいそうな仲間の光とならんと、言葉を叫び続けた。



閉じかけていた瞳がゆっくりと開き、消えかけていた光が少しずつ蘇る。

「俺の……夢……」

その言葉は、確かに乾巧の元に届いていた。

同時に、巧の意識が遠ざかっていった。



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