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EndGame_叛逆の物語(前)

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周囲の光景は不安定になりどことも言えない場所になっていく中で。
ほむらの意識はただ一点、目の前に立つ少女に向いていた。

「なん、で…」

魔法少女の姿になった鹿目まどかの姿。
そうならないために戦ってきたし、キュゥべえも追放したはず。
だというのにそこに立っている変身したまどかはほむらの思考を停止させるには充分すぎた。

ほむらの意識が戻ったのは、背後にいた桜が操った影に翼を攻撃されたところでようやくだった。

「っ!」

意識を戻したほむらは影を切り裂きつつ時間を停止。
即座にまどかの背後に回ってその体を締め上げた。

「ほむらちゃ…!」

まどかの体に触れる。
ソウルジェムの存在は感じ取れない。ただその体の内側に力を生み出す何かの存在を感じ取る。
先程自分が体に取り込んだクラスカード、それと同じ力を感じ取った。

手を離して時間停止を解除する。
どうやらまどかの姿は魔法少女契約によるものではなく外的要因でこの力を引き出しているだけのようだ。
ひとまず安堵する。そして次に現れた感情は苛立ちだった。

手を離して距離を取るほむら。

「どいてまどか。あなたと戦うつもりはないの」
「もう止めてほむらちゃん。こんな戦い、絶対間違ってる」
「…勘違いしないで。私はあなたのために戦ってるんじゃない。私の願いのために戦ってるの」
「分かるよ。あなたが見捨ててきたたくさんの"私"、それを助けるために戦ってるんだよね」

ほむらの目が見開かれる。

「あの日、ワルプルギスの夜に負けちゃった私を、ほむらちゃんがソウルジェムを壊すしかなかった私を。
 それ以外にもたくさんの、助けられなかった私を、みんなを救いたいんだよね」

ほむらの心が揺れる。

「あなたは、誰なの?
 まどか、あなたは、誰と繋がってるの!?」

目の前にいるまどかが、まるで過去に救えなかったまどかと被るような、そんな錯覚に陥る。

「私、ネモさんの力でほむらちゃんの歩んできた道を見てきたの。
 だから分かるの。ほむらちゃんがどれだけ苦しんでたのか、何をしようとしてるのか」
「―――黙りなさい」

会話していられなかった。
これ以上話すと、誰にも知られたくなかった心の奥底に仕舞い込んだものを全部吐き出せられてしまいそうで。

翼を変化させた竜の腕がまどかの体に迫る。
地面を叩いたそれを、まどかは飛び退いて回避。
どうやら身体能力や攻撃は自分が知る魔法少女・鹿目まどかのそれの様子だ。

「魔法少女になったって言うなら、多少は耐えられるわよね」

殺す気はない。ただ黙らせたいだけだ。
今の自分の前にあの鹿目まどかが立っているのは心が耐えられない。

間桐桜の隣に立ったまどかをギロリと睨みつける。

「桜さん、一緒に戦いましょう…!」
「鹿目さん…」
「ポチャ!」

ほむらの目を見て戦うしかないと決意するまどか。
元よりこの姿になった時点で覚悟していたことだ。

腕の盾の時計が動いたのを見て、瞬時に弓を放つまどか。
次の瞬間にはほむらの姿は消えており、背後から巨大な竜の爪が地面を抉っていた。

ほむらの姿が消えた瞬間にまどかは桜を突き飛ばして後ろに飛び退くことで攻撃を避ける。

再度時間を停止させるほむら。
咄嗟に、桜は帯状の影を生み出してほむらの足を縛り付ける。
狙いがあったわけではない。ただほむらの動きに何か対応しなければならないと急いで動いただけだ。

まどかとポッチャマの動きが停止し。
その中でほむらと、帯で繋がった桜の体だけが動き続ける。
周囲の様子が変わったことに一瞬困惑する桜だが、すぐに意識を戻して小さな獣を象った影を飛ばす。

止まった世界に入り込んだ異物に舌打ちしながら、ほむらは自身の姿を影の中に移す。
その瞬間帯は千切れ、桜の時間も止まる。

桜の背後で再度ドラゴンクローを構えつつ時間停止を解除。
その体を切り裂こうとしたところで横から迫る魔力を探知しそちらに向き直る。
先程まどかの放った光の矢が方角を変えてほむらの元に飛来していた。

爪を振るい矢を叩き落とす。
竜の腕と矢が衝突したところで強い光が巻き起こり腕は吹き飛んでいた。

その威力を見てまどかの今の戦闘力を図るほむら。
ワルプルギスの夜を一撃で吹き飛ばすような威力はない。かつて共に戦ってきた頃と同じくらいの力だろう。
だが、まどかの弓には対象を追尾する機能が備わっている。ワルプルギスに対抗できるほどではないとはいえ矢の威力も軽いものではない。時間停止で避けても気を抜くと落とされる。

桜の方へと向き直ると、既にまどかがその体を抱えて離れていた。

「桜さん、動ける?」
「その、ごめんなさい…。目もおかしいし体のバランスが取れなくて…」
「ううん、分かった。じゃあ私が前で戦うから、お願いがあるの」

桜の前に出つつ、耳打ちをするまどか。

「お願い。あなたのことは絶対私が守り切るから」

翼を魔力で修復しつつまどかの方を向くほむら。
向き合う2人を見ながら、地面に片手を置く桜。

破れた翼が元の形に戻ると同時に。
時間が止まる。

こちらを向いたまま動かないまどか。
その横を通り過ぎて、後ろの桜の隣に立つ。

翼を変化させた爪を抜き、一撃の元にその体を叩き潰そうと振るう。
まどかと違い、間桐桜を殺すことに躊躇などない。むしろその影の攻撃の多様性はあまりにも厄介だ。

振り下ろされた爪。しかし桜の体に触れる直前、何かがその腕を食い止めた。

「くっ…」

視界の外にいた、動くはずのないまどかが割り込んでその手の弓で爪を受け止めている。
腕の軌跡を変えつつ後ろに後退。

見ると、まどかの腰に細く黒い影のリボンが結びついている。
その先は間桐桜が手を付けた影の中。更に追っていくと、自分の足元の影から足首に結びついたリボンがあった。

いつの間に、と舌打ちしつつ影に潜り込んで繋がりを絶とうと手を翳す。

「ポッチャマァァァ!!」

大きな鳴き声が響き、ほむらの手の先で巨大な渦が巻き起こった。
逃げ込もうとした影の前ですさまじい水の流れが発生し、止まる。

時間停止の影響と合わさり、水の渦は壁となってほむらの移動を阻む。
その渦の上から、ポッチャマを肩に乗せたまどかが飛び込んできた。

「しっかり捕まってて!」
「ポチャ!」

手にした光の矢をまるで剣のように振り下ろす。それを翼で受け止めつつ弾き飛ばすほむら。
狭い空間で地に足をつけると同時に手にした矢を放つ。

狭いが故に矢はほむら目掛けて飛来、それを体を傾けたところでその背後、渦を突き抜けた先で停止する。
矢を放った後それが停止するより早く走り出したまどかは再度手にした光の矢でほむらの元に迫る。

ドラゴンクローを構えて迎え撃つほむら、しかしその動きは鈍くアリスや桜と戦っていたような精細さがなかった。

渦の中は狭く、行動が縛られる。
渦潮に覆われた空間ではシャドーダイブで影に潜り込むより早くまどかが迫ってくる。
加えてまどかはほむらにとって殺害対象ではない。できれば傷付けずに済ませたいとも思っている相手。そんな彼女と狭い場所で戦うことは強いストレスだった。

爪で矢を弾きながらまどかの体を抑え込もうとするも、肩のポッチャマが的確に迎撃してくる。
吐き出された泡は止まった時の中で留まり続けるだけだが、体が当たりやすい狭所では地雷のごとき障害物だ。

矢と爪、互いの武器がぶつかり続ける中で徐々に焦れていくほむら。
時間停止、自分に有利なはずの空間で押し切ることができない。
そんな相手、アリスだけで充分だというのに。

「なら、まずはあっちから…!!」

まどかの矢を弾きながら、渦の上部に向けて羽の一群を飛ばす。
飛び上がったそれらは渦の上で間桐桜へと向いた状態で停止した。

「…っ、させないよ!!」

狙いに気付いたまどかが上に向かって弓を引く。

同時にまどかの意識が逸れたことを確認したほむらは時間停止を解除。
まどかとほむらの体が渦に呑み込まれ錐揉み状態に打ち上げられていく。

羽は一斉に桜へと向けて飛び始める。
まどかが天高く撃ち込んだ矢は空で巨大な魔法陣へと形を変える。

放たれた羽の弾丸は、魔法陣から放たれた矢の雨が一斉に撃ち落としていく。
直線的に動く羽を、それらを追うかのような軌道を描いて降り注ぎ、桜に辿り着くことなく落ちていく。

その状況の中、ほむらは宙で作り出した影の中に飛び込んでいく。
まどかが着地したところでほむらの姿は視界から消えている。ほむらの足に巻かれていた影の帯も途中で途切れている。

「桜さん、今そっちに――」
「大丈夫です、まどかさんはそのまま…!」

ほむらの狙いが桜になることは分かっている。
駆け寄ろうとしたまどかを、桜が止める。

同時に、2人のいる空間の時間も止まった。

影から姿を現したほむらは桜の背後に立ち、ドラゴンクローを構え。
時間を解除してその爪を振り下ろした。

「桜さんっ!!!」

まどかの叫び声と共に、爪に体を引き裂かれる桜。

「……!しまった…!」

その声はほむらが漏らしたものだった。
切り裂いたはずの桜の体は爪が触れた瞬間、まるで糸が解けるように形を崩して影の帯へと変わり。
体を切り裂いた爪を起点にほむらの全身を縛り上げていく。

「まどかさん、今です…!」

少し離れた場所で、影で体を覆うようにして身を潜ませていた桜がまどかに呼びかける。

手足のみならず翼も拘束されており振りほどくには時間がかかる。
時間を止めようにも帯の一部は桜の手にある。さらに振り切った帯の端が別の一端と繋がっておりまどかも巻き込むため意味がない。

一瞬の焦り。
目の前でまどかが光を引き絞っている光景が見えたところで意識を戻す。

「ほむらちゃん、かなり痛いかもしれないけど…!」

放たれた一迅の光がこちらの体へと向けて一直線に飛来する。

破れかぶれに、これまで使わなかったギラティナの技を放つ。
両手両足と翼を拘束されていても発動可能な技。
収束させた魔力が岩のような形をとって眼前に展開される。
それらは障壁となってまどかの放った矢を受け止める。

ほむらの発動させた原始の力とまどかの矢がぶつかり、一瞬の拮抗の後矢がほむらへと着弾する。
体を覆っていた影を引き裂きながら吹き飛ばされていくほむらの体。
しばらく宙を舞い、地面を転がって仰向けに倒れ込む。

矢が当たった腹部はドレスが破れ血が付いている。
使い勝手を把握していなかったがためにギリギリのタイミングで撃つことになってしまった原始の力では受け止めきれなかったようだ。

魔力で怪我を治しながら体を起こす。遠くからまどかが桜を伴って近付いてくるのを感じる。
同時に、ここから離れた場所に光の柱が立ち上るのを確認した。あの方向は確か多くのポケモンがアーニャの部下達と戦っていた場所だったと思う。
アーニャから制御を預けられていた最終兵器を通して、この空間の状況を確認する。

ポケモン城にいた最後の刺客であるエラスモテリウムオルフェノクはいない。
アーニャのナイトメアは枢木スザクと刺し違えたようだ。
それ以外の参加者は健在である。

N、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
乾巧はいない。ニャースの存在も感じ取れない。それぞれ会場内で刺客が倒したか、あるいはこの場で死んだか。

残り5人。殺すべきは3人。

「まどかと間桐桜の2人に苦労してる場合じゃないわね…」

おそらく残り2人も寄ってくる。それだけではなく、ポケモンも何匹かが残っている。
アリスとの戦いで消耗しすぎた。時間停止だけに頼っている場合ではないかもしれない。

腹の傷に触れながら、ふと気付く。
あのまどかがどの世界のまどかと繋がっているのかは分からないが、知っているまどかは全力で射った矢の一撃で魔女を射抜くほどの力を持っている。
少なくともこの体であっても無事で済むものではない。

ふと感じた違和感から、体の状態を確かめるほむら。

「…なるほど」

そうして今体にかかっている状態に気付いたほむらは、立ち上がりつつ翼を広げる。
そういうことであれば、ゼロから引き継いだ魔女の力、ギアスが使えるかもしれない。




追いついてきたまどかと桜。
もしもの時間停止に備えるようにその手には影の帯が互いに結ばれている。

血に濡れた腹部は少しずつ修復されている。
自分なりに全力でぶつからねばほむらは止められない、それに魔法少女としてのほむらであればあの一撃で命までは奪わないだろうとの攻撃。
ただ、まどかには想定よりもダメージが少なそうにも見えた。

「やっぱり強いわね、まどかの力は。あの時私を助けてくれた時もそうだったわ」
「ほむらちゃん…」
「私の行動パターンも、だいたい把握してるんでしょうね。時間停止の特性も、弱点も、それを活かしての私の動き方も。
 なら、それ以外でやらせてもらうわ」

額に浮かんだ紋様から赤い光が放たれる。
ほむらの広げた翼から、風が巻き起こされた。

まるで魔女の結界の中に入り込んだ時のような、嫌な感じがする風だと思った。
風は強いがそこまでの暴風というわけではない。動きは制限されるが飛ばされるほど強くはない。

だが、何故か仰ぐ一発ごとにその風の勢いが増しているようにも感じられた。

「ポ、ポチャポチャ…!ポチャア!!」

そのほむらの姿を見ながら、ポッチャマが真っ青な顔になって慌てている。

やがて風を起こすのを止めてこちらへと向かい直す。
まどかにはその時のほむらが何故か先程よりも大きくなっているように感じられた。視覚的には何も変わってはいないのに。

風を起こしている間に桜が作り出していた影の使い魔数体。一歩踏み出したほむら、それに対して桜はその行く先を封じるように展開させる。

「無駄よ」

地を蹴って踏み込んだほむらは、手に込めた魔力を使い魔に一気に叩き込んだ。

「っ…!うぁっ!!」

吸収の能力を備えた使い魔は、その能力を発揮することもなくたった一撃で吹き飛んだ。
想像を越えた威力は桜の元にも衝撃を与え、まどか達の身をも吹き飛ばすほどの風を巻き起こす。
攻撃の威力だけではない、先程と比べて移動速度も異常に上がっている。

「桜さん!」

桜に呼びかけながら矢を放つ。
矢は一斉に分岐してほむらの前を覆うように飛びかかる。
先程は体を撃ち抜かれた矢、それが数発分一斉に襲いかかってきた。

それを、ほむらは手を前にかざして魔力で生み出した岩を浮遊させる。
先程受け止めるのに使った原始の力。
矢が直撃する。しかしそのまま砕けることなく、逆にまどか達の元に降り注ぐ。

咄嗟に桜を抱えて避けたまどかだったが、余波だけで吹き飛ばされた。

「…っ、うあっ!!」

桜を抱えた状態で受け身を取るまどか。

理由は分からないが、ほむらの能力が全体的に跳ね上がっている。
まるで魔法少女の力で自分の身体能力を強化したよう。だがそれでもここまで強化されることはない。


「なるほど、因果を操るギアス、こうやって使えばいいのね…」

ゼロから受け継いだことで発現したギアス。
鹿目まどかの運命を変えたいという強い意志から生み出された能力。
強力なものとは思っていたが、この会場で発現させた故に制限から逃れることはできず、他の参加者の因果や運命まで捻じ曲げることはできなかった。
もっぱら最終兵器を起動させた際に神を殺すこととその後の世界の作り変えのための能力と思っていたが。

ギラティナの使う技の原始の力、怪しい風。
この2つは時として自身の能力全般を底上げすることがある。それに気付いたのはまどかの矢を受け止めるために原始の力を発動させた時だった。
確率は低いが、発生しうる事象。その確率を捻じ曲げて呼び寄せた。
原始の力で1回、怪しい風で5回。これが底上げの限界らしい。
それでも、まどかの弓矢にもびくともしない防御力、そして彼女達を圧倒できる力があるのを感じていた。


桜が影を生み出し、ほむらの周囲を結界のように覆っていく。
檻のごとく体を閉じ込めるために囲われたそれを、ほむらは翼の一振りで吹き飛ばす。
ポッチャマがその外側からハイドロポンプを放出、水の柱で体を押し返そうとする。しかしドラゴンクローがこともなげに切り裂いて消失。

まずい、とまどかは感じていた。
おそらく今のほむらは自分でも止められない。
なんとしても桜だけは他の皆と合流させないと、それまでの時間を稼がないと。

ほむらの姿が影の中に消失する。
周囲を見回すまどかだが、どこに行ったのか、その場所が掴めない。
現れた時には桜を狙ってくるだろう。

「桜さん、目を閉じて!」

上に向けて矢を放つまどか。
矢は宙高くで形を変え、光の魔法陣を形成する。

桜のすぐ傍の空間に影が表出、その奥からほむらが姿を表す。
手には魔力が集まっておりそれで桜の体を貫くつもりなのだろう。

同時に上から矢が降り注ぐ。
魔法陣から放たれた光の矢の群はほむらの元へと軌道を描く。
今の体であれば当たったところで影響は少ない。無視したまま桜へと踏み込み。
ほむらに命中する直前、集まった魔力の矢がいきなり弾けて眩い閃光を放った。
思わず目を閉じるほむら。視覚に与えられた刺激に腕の軌跡が外れる。

その腕を、目を閉じながら迫ったまどかが掴み、背負い投げの形で投げつけた。
勢いのまま遠くに飛ばされるほむら。

息を切らしながら少しずつ目を開いていくまどか。
1人では厳しい相手だ。増してや桜を守りながらではそろそろ限界が来る。

「桜さん、逃げてください。私が時間を稼ぎますから…!」

決定打がないことは分かっている。しかしカードを通した記憶から、ある程度ほむらの動きに対して立ち回ることはできる。
せめて他の生存者と合流してくれれば、桜は助かるだろう。

言うと同時に、桜の近くで影が獣や人形を象って現れる。

「…ダメです。私も…」

この戦い自体が、桜にとっては贖罪を意味するもの。逃げられるものではない。
だがそれ以上に、まどかの言葉、それは自分がどうなっても他人を助けようとする人のものだと。
脳裏によぎったある姿が、自分にその犠牲を許容させてはいけないと決意させていた。

それでも、まどかは桜の息が荒くなっているのが見逃せなかった。
使い魔を生み出したり影を使役するたびに、体に負担がかかっている。

一方でまどか自身も度重なるプレッシャーで心が締め付けられていた。
一手のミスで命が奪われる状況、己の行動に全てがかかっている。
息が荒くなっていることに、まどか本人が気付いていない。



そんな2人の様子を見ていたポッチャマ。
心の様子と体に与えられている負担も。何より間桐桜の先の言葉が。
ポッチャマ自身逃げるべき状況だと思う。だけど桜は逃げないだろう。戦うことを贖罪と思っているから。

小さな歩幅で2人の元に歩み寄る。

「ポチャ!」

呼びかけると2人がこちらに向く。

「ポチャ、ポチャポチャ、ポッチャマ!!」

手を胸の上に置きながら、自分の思いを伝える。

自分が前に出れば、少しは時間が稼げる。その間に2人は他の皆と合流するように。
そういったことを伝えていた。

通じてはいないだろうが、何となく言わんとすることは分かってもらえたのではないかと思った。

桜の体に手を置く。

ほむらの方に進み始めたポッチャマ、それを追いかけようとしたまどかは周囲に現れた水の渦に足止めされた。

「…!どうして…」

渦の中に閉じ込められたまどかはその場から動けない。
ほむらの元へと走っていくポッチャマの背中を、ただ見送るしかできなかった。


まどか達に歩んでくるほむらの前に、ポッチャマが立ちふさがる。
その小さな体を一瞥した後無視して進もうとするが、その進行先に割り込む。

「ポチャ!」

そういえば、時間停止の中で渦を作ってこちらの行動を縛ってきたのはこのポケモンだ。
他の参加者が集まってくるまでに障害は減らしておくのがいいだろう。

「思い返したら、あなたとの付き合いもそれなりの時間があったわね。まさかここまで立ち塞がってくる相手になるなんて思わなかったけど」

アリスとて手にかけたのだ。今更容赦することなどない。

その小さな口から吐き出した巨大な渦潮を、翼の一振りで弾き飛ばす。
続いて吐き出された泡の光線を、右手をかざして受け止める。
続いてハイドロポンプを撃ち込むも、ドラゴンクローが難なく受け止め切り裂いた。

「もう終わりかしら?」

その爪をほむらはポッチャマに向けて振り下ろした。
命中する直前、ポッチャマの体が光に包まれる。

叩き落された巨腕はポッチャマの体を切り裂きながら吹き飛ばす。
その一撃でポッチャマの片腕が切り裂かれて吹き飛んでいく。

地面を転がるポッチャマ。周囲の地面に血が飛び散る。
もう起き上がれないだろうと進むほむら。

「ポ、ポチャ…」

数歩歩いたところで、ポッチャマの鳴き声がほむらの耳に届く。
後ろを見ると、傷ついた体を引きずりながら起き上がる姿があった。
重傷ではあるが、まだ死ぬほどでない。手加減したつもりはない。体の小ささ故に爪の動作調整が難しかったんだろうと考えた。

「どうしてそこまで戦えるのかしら。自分の主の仇のために」

あまりにも理解ができなくて、思った疑問が口に出ていた。
そんなにボロボロな状態になっても守りたいものなのだろうかと。
自分であれば許せないだろう。
まどかを殺した美国織莉子を許さなかったように、まどかを庇うような形で死んだ今でも許してはいないように。

「ポチャ…」

言った言葉は分からない。
ただ、その瞳がこちらを笑っているように思えた。
そんなことも分からないのかと言っているような、そんなことを気にしているのかと言っているような。

どこか憐れまれているような表情が、癇に障った。
その首を掴み上げる。

「分かったわ。次の攻撃で死なせてあげる。
 主の後を追えばいいわ」

持ち上げたポッチャマの体を放り投げる。
上に高く打ち上げられたポッチャマの体に向けて、巨大な爪が掲げられる。
今度こそその生命を断つための一撃。
その爪を見て、自分は死ぬんだろうなとポッチャマは思っていた。
桜を守ろうとした理由は大したものではない。ただ、ここで桜を見捨てるような自分がヒカリのポケモンとしていられるかが分からなかった。

ピカチュウやニャース達はどうなっただろうか。まだ生きていてほしい。そう信じたかった。
桜は立ち直れるだろうか。ヒカリのことだけではない、たくさんのことを背負った状態で。それでも少しずつはきっと変わっている。そう信じよう。

果たしてこれが通じるか、せめて時間稼ぎにはなっていて欲しい。
この一撃で、即死さえしなければ。発動までの間を堪えることができたら、自分の勝ちだと。
体が引き裂かれる。
傷が腹から背中まで貫くのが分かった。
遠ざかる意識を、一瞬だけ堪える。
発動準備が整った。体の光が、勢いを増す。

「ポッチャマァァァ…!!!」

最後に叫ぶ声を上げて。
ポッチャマが最後に準備していた技、がまんが発動。
受けたダメージをほむらに返すように、膨大な光のエネルギーがほむらの翼を貫いて包み込んだ。



閃光が奔ったのと、ポッチャマが放った渦潮が消滅するのは同時だった。

「ポッチャマちゃん!」

状況は分からないが嫌な予感を感じて、大声で呼びかけるまどか。
その隣で、魔力、エネルギーを通して状況を感じ取っていた桜が震えている。
ポッチャマが気になったもののそちらも放ってはおけず、まどかは桜に駆け寄る。

「桜さん…!」
「今…、すごい力が現れて……、命が一つ、消えたような……」
「…っ!」

まどかの顔から血の気が引いていく。

同時に、迫ってくる強い魔力の気配も感じ取った。
振り返るまどか。

「ほむら…ちゃん…?」

翼は破れ、肩から右胸にかけてが消滅し、顔は片目から頬にかけて大きく抉れていた。
人間であれば生きているのが不思議な損傷。

それでも魔力を通すことで体を修復しようとしているようで、少しずつ肉が、骨が、血管が治っていく様子はまどかには見るに堪える姿ではなかった。
ポッチャマの最後の足掻きであるがまん、それによって反射されたのは増幅された威力で放たれたドラゴンクロー2発分×2のダメージ。
強化された体を持っていたほむらであっても甚大なダメージを受けるほどのものだった。

それでもほむらの命であるダークオーブに当たることがなかったため、大きな損傷を受けつつも生き延びていた。

魔力で体を修復しつつも、それだけに意識を割くこともなく残ったもう一方の翼を掲げる。
あれだけのダメージを受けていても彼女から感じる力には衰えを見つけられない。

桜を庇うように弓を構えるまどか。

次の瞬間、まどかと桜の後ろから一筋の光が奔る。
まどか達に向けたはずだった翼は、それを払うために振るわれる。

「まどかさん、桜さん!!」

振り返った先で聞こえた少女の声。
赤い竜、リザードンに乗ったイリヤが赤い外套を纏った姿で弓を構えていた。
その後ろからはもう一匹のリザードンに乗ったN、あとは幾匹かのポケモンの姿が見える。

「1人ずつ相手をしようと思っていたけど、まあいいわ。
 集まってくれたなら探す手間が省けたんだし」

そんな光景を見ながら、ほむらは呟いて不敵に笑った。

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