序章 プロローグ ―― 多元世界史の幕開け
二十一世紀初頭、人類は自らの歴史がひとつの連続した世界線に属していると信じて疑わなかった。
だが、二〇二〇年前後より世界各地で報告された「消失現象」が、その前提を根底から揺るがせた。
街路に忽然と現れる光の歪み。
人や物が一瞬にして姿を消し、二度と帰還しない事例。
そして二〇二五年、南極氷床下において、初めて安定した「門(ポータル)」が観測されるに至った。
この現象は偶発的な災厄ではなく、異なる世界同士を繋ぐ構造的な現象であることが次第に明らかとなった。
人類は初めて「多元宇宙(マルチバース)」という概念を、理論ではなく現実の課題として突きつけられたのである。
多元史観の成立
やがて研究機関 JISO(異世界門観測機構)が設立され、各地の現象記録や生還者の証言が収集された。
その過程で、人類の歴史は単一ではなく、複数の世界線が干渉し合い、時に融合し、時に衝突してきた事実が浮かび上がった。
この認識は「多元史観」と呼ばれ、従来の歴史学に決定的な転換を迫ることとなる。
記録と編纂の意義
門の出現から銀河文明の成立に至るまでの出来事を、可能な限り客観的に整理・記録したものである。
記載される諸事件の多くは、直接の当事者の証言や当時の公的記録に基づくが、なお不確実性を免れ得ない。
それでもなお、この編纂は人類と多元文明の未来にとって不可欠な試みである。
なぜなら、歴史を記録することは、
それを 忘却の彼方に沈めず、未来へと伝える行為 だからである。
ここに綴られるのは、単なる年代記ではなく、
人類が異なる世界と出会い、衝突し、調和を模索した歩みの記録である。
本編に入る前に、読者はまず知るだろう。
――世界はひとつではなく、数多の歴史が並び立ち、交錯してきたという事実を。
1章 世界の混乱と統一
2020年:物体消失現象の報告
【事件概要】
2020年、世界各地で突発的に物体が消失する現象が相次いで報告された。都市部では建築物の壁や道路の一部が突然消失し、交通事故を引き起こす例もあった。郊外では農機具や倉庫が跡形もなく消失し、一部では人間や動物が巻き込まれたとされる事例もある。消失規模は数センチから十数メートルに及び、規則性は認められなかった。当初は錯覚や局所的事故とされたが、複数の研究機関の調査により、確かに物質が「現空間座標から消えた」ことが確認され、国際社会を揺るがす出来事となった。
― 解説 ―
物体消失現象は後に「クデュック現象」の初期兆候と位置づけられ、人類史において転換点となった出来事である。当初は各国政府が軍事的要因を疑い、敵対国による新兵器実験や事故とみなし、徹底した情報秘匿を行った。しかし市民の目撃記録や映像が流出し、隠蔽は限界を迎えた。ここから科学者たちの独自研究が始まり、時空の不安定性が現実の課題として共有されるようになった。この現象は国家の防衛体制が無力であることを露呈し、従来の国制中心の秩序に対する不信を高めた。やがて「支部制」への移行を正当化する思想的基盤がこの時期に形成されたのである。
― 主要各国の動き ―
アメリカでは、この現象が発生した直後から国防総省が極秘の調査班を編成した。
冷戦後も覇権的立場を維持し続けてきた同国にとって、突如として制御不能な現象が国内外で発生することは重大な脅威であり、同時に潜在的な機会でもあった。
アメリカの安全保障政策は「脅威を制御できなければ覇権を維持できない」という発想に基づいており、物体消失現象は新兵器開発競争の前兆として理解された。
国内では軍需産業と研究機関が協力し、現象を再現するための実験が非公開で行われたが、結果は不安定で制御不能であった。
世論に対しては「自然的な異常」と説明し、軍事的意図は否定されたが、裏ではデータが軍事利用を前提に集積された。
国際的には「自由主義陣営の科学協力」を掲げ、EUや日本との研究提携を試みたが、その実態は情報の囲い込みであり、同盟国の不信を招いた。アメリカの動きは、この時点から既に現象を「安全保障資産」とみなす姿勢を鮮明にしていたといえる。
ロシアは当初からこの現象を「他国による軍事的挑発」と位置づけ、中国を含む周辺国の行動を強く警戒した。
ロシア連邦安全保障会議では、物体消失現象を新型兵器実験の副作用と断定し、軍事情報機関GRUに徹底した情報収集を命じた。
国内では公表が一切禁じられ、現象に関する報道は国家反逆罪に準じる扱いを受けた。
民間の観測データも厳しく検閲され、ネットワーク上から削除された。
しかし、実際にはロシアの研究機関も現象の本質を解明できず、むしろ軍内部では「自国が出遅れている」という危機感が広がった。
エネルギー資源に依存する体制を維持していたため、このような新技術領域での後進性が国内批判に繋がることを恐れた。
結果としてロシアは一貫して「情報秘匿」と「国外調査」に依存し、自国での公開研究は抑制された。
この秘密主義が、後の国際協力体制におけるロシアの孤立を決定づける要因となった。
中国はこの現象を国内的には「自然現象」として処理したが、実際には人民解放軍が直轄する研究部門で徹底的に調査が進められていた。
中国共産党指導部は現象を「国家の安全保障と科学的覇権のための好機」とみなし、軍事研究に直結させることを決断した。
国内で発生した複数の消失事例は地方政府により事故として処理され、被害者遺族には口止め料が支払われた。
並行して国際学会には「自然災害」として限定的なデータを公開し、透明性を演出した。
しかし裏では現象を人工的に発生させる試みが行われ、その過程で重大な実験事故が発生したとの記録が残っている。
中国の狙いは、現象を制御し、次元を跨ぐ兵器や資源探索技術を開発することであった。
アメリカやロシアと同様、軍事利用への傾斜が顕著であり、科学的解明よりも実利が優先された。この姿勢が後の「クデュック事件」における中国の立場を規定していくことになる。
EU諸国は相対的に開放的な対応をとった。
フランスやドイツを中心に科学者チームが組織され、現象の学術的分析が国際的に発表された。特にドイツの理論物理学者たちは、物体消失を「時空の局所的崩壊」と解釈し、既存の量子論と一般相対論の狭間に位置づけた。
EUの対応は「国際協力」と「科学の透明性」を強調するものであったが、加盟国間の利害調整は難航した。
フランスは軍事研究に傾き、ドイツは純粋理論を優先、イタリアやスペインは資金難から研究参加を限定するなど、足並みは揃わなかった。
しかし国際社会からは「比較的信頼できる発表源」と認識され、後のJISO設立において理論的主導権を握る下地を形成した。
EUはこの事件を契機に「科学共同体による超国家的対応」を強調する方向へ舵を切り、国家主権よりも集団的知の重要性を訴えた点で特異であった。
日本は市民社会において最も強い不安が広がった地域の一つである。
都市部で発生した小規模な消失現象が報道されると、「都市が透明化する」という不安が広がり、SNSでは恐怖を煽る映像やデマが拡散した。
政府は当初「自然的な異常」と説明し、内閣府危機管理センターと防災庁が対応を担当した。
しかし実際には理化学研究所や大学研究室が独自に調査を開始し、特に理論物理学分野での関心が高まった。
日本の科学者たちは現象を国際学会に積極的に発表し、欧州の研究者と連携して理論の共有を進めた。
一方で、軍事利用に関しては政治的にも社会的にも強い忌避感があり、政府も防衛研究への投入は抑制的であった。
その結果、日本は国際社会で「科学的理論の発信源」としての役割を担いながらも、政治的・軍事的影響力は限定的となった。
この非軍事的姿勢は後の
ピースギア体制下でも継承される特徴となる。
2023年:ポータル現象の初記録
本年、南米大陸のアンデス山脈一帯において、突如として空間に環状の歪みが観測された。現象は光学的には巨大な光輪として認識され、周囲の気圧・電磁環境に異常をもたらした。
この「ポータル現象」は約三時間持続し、その後消滅した。
現象発生中に付近の探査隊が無人観測機を投入したが、機体は光輪を通過した瞬間に通信が途絶し、二度と帰還することはなかった。
これが人類史上初の「ポータル現象」と記録され、後の多次元的理解の基盤となった。
― 解説 ―
2023年のポータル現象は、2020年に発生した物体消失現象と密接に関連していると後に位置付けられた。
当初、各国は単なる自然的な空間異常か、あるいは未知の兵器実験かで見解が分かれていたが、観測データが積み重なるにつれ「時空の亀裂」という新たな認識が共有されるようになった。
特に南米での事例は、国境を越えた共同調査を促し、国際政治の対立と協力の両面を加速させた。
以後、各国は「ポータルの発生は偶発的なものではなく、再現性がある」という前提のもとに安全保障戦略を見直し始めた。
これがやがて国家体制の揺らぎを招き、
共立世界における「国制廃止・支部制移行」の思想的背景を形成したと評価されている。
―― 各国の情勢 ――
ポータル現象の初記録に対し、アメリカは「国家安全保障上の最優先課題」として緊急対処を宣言した。
特にアンデス地域での発生が自国領内ではなかったことから、中南米諸国への影響力を高める口実とし、軍事顧問団や特殊観測部隊を派遣した。
国防総省は「ポータルは他国による新兵器の実験である可能性が高い」との見解を示し、国内では新たな防衛予算案が急速に成立した。
NASAも巻き込まれ、宇宙探査技術を応用した「次元干渉観測計画」が立ち上がったが、結果は機密扱いとされ公開されなかった。
国内では現象を宗教的な「終末の兆し」と結び付ける声も広まり、社会の分断をさらに悪化させた。
アメリカの動きは軍事・宗教・学術が入り乱れる複雑な構図を形成し、後の「軍事支部化」の契機となった。
ロシアはポータル現象を「アメリカが背後で関与している」と喧伝し、国営メディアを通じて反米感情を煽った。シベリアでも微弱な空間歪みが観測されていたことから、ロシアはこれを「自国も標的にされている」と強調し、軍事的自立を掲げて核戦力の再整備を推し進めた。
一方で学術界は独自に「ポータルは自然宇宙現象であり、人為的操作は困難」との見解を示したが、政府はこれを無視した。結果的にロシアでは現象を外敵の陰謀として扱う姿勢が支配的となり、強権体制の下で国民の自由がさらに制限された。
しかし裏では一部の研究者が極秘裏に欧州科学者との交流を持ち、観測データを非公式に共有していたことが後年明らかとなる。
ロシアの二面性は、のちに支部制に移行する際の「秘密保持型支部文化」の礎となった。
中国政府はアンデスでの現象を「域外の出来事」として表向きは慎重な姿勢を取ったが、実際には即座に極秘調査班を立ち上げた。
国内でも小規模な光環が確認されており、政府は「自然的な光学現象」と説明しつつ、軍により完全封鎖を行った。
中国は観測衛星群を再構築し、ポータル現象を探知する専用アルゴリズムを実装するなど、情報独占を図った。
その裏で「次元干渉技術を掌握すれば覇権を確立できる」との議論が高まり、研究予算を大幅に増額した。
都市部では「異世界移住」や「新宇宙の門」といった噂が広まり、若者層を中心に文化的ブームが起こった。
だが政府は徹底した情報統制を敷き、最終的に「技術集中型支部」としての性格を深めていった。
EUはアンデスでの発生に対して「国際的科学連携の必要性」を最も強く訴えた。
ドイツ・フランスを中心に観測ネットワークの共同開発が進められ、南米諸国への技術援助も行われた。
だが加盟国の間では軍事利用を求める声と純粋研究を志向する声が対立し、統一方針の策定に時間を要した。
ポータルの哲学的意味合いは学術界や宗教界に大きな議論を巻き起こし、「人類の存在基盤が揺らいでいる」という警鐘が広まった。
特に東欧では「 NATO の防衛圏では対応できない」という危機意識が高まり、対ロシアへの警戒と相まって軍事費が増大した。EUの動きは足並みこそ乱れたが、最終的には「調整・協調型支部」の原型を形成し、共立世界の科学調整に重要な役割を担うこととなった。
日本はポータル現象の初記録を受けて、学術界と防衛省が合同で「時空間異常研究委員会」を設立した。
国内では沖縄近海で微小な空間歪みが観測され、政府は国民に「安全上の問題はない」と発表したが、学界では大きな注目を集めた。
理論物理学者や宇宙工学者が共同で研究に取り組み、国際シンポジウムを通じて欧州研究者との交流が進んだ。
日本の特徴は軍事対応よりも学術探求に重点を置いた点であり、この姿勢は国際社会から高く評価された。
市民社会では「新たなフロンティア」としてポータル現象を前向きに捉える意見が目立ち、悲観的反応は比較的少なかった。
この冷静かつ積極的な対応は、のちに支部制下での「研究・調整支部」としての役割を担う素地を形成したとされる。
2028年:クデュック設立
本年、
最上イズモらを中心とする科学者・技術者・政治家の連合が、日本を拠点として国際多次元研究機関「クデュック」を正式に設立した。
クデュックは、2020年の物体消失現象および2023年のポータル現象という二度の異常事態を受け、「国家単位の研究体制ではもはや人類の生存を保障できない」という共通認識から生まれたものである。
設立当初から国際的な枠組みを志向しており、各国から派遣された研究員や資金協力を受け入れる体制を整えたが、その背後には政治的思惑や軍事利用の可能性をめぐる緊張が絶えなかった。
― 解説 ―
クデュックの設立は、単なる学術機関の誕生ではなく、人類社会の新たな時代区分を告げる画期的な出来事であった。
2020年の物体消失現象、2023年のポータル現象はいずれも「未知の次元的脅威」を人類に突きつけたが、各国はそれを断片的にしか理解できず、研究は分散し、対策も不十分であった。
そのため、2028年の段階で「多次元現象に対する統合的かつ国際的な研究機関」を設けることは必然とされ、最上イズモが旗手となった。
クデュックは「学術の中立性」と「人類全体の生存」を掲げ、国際連合や各国政府から一定の承認を受けつつも、設立当初から軍事転用への懸念を内包していた。
設立の背景には、市民社会における不安と混乱を和らげる意図もあったが、同時に「誰が次元研究の覇権を握るか」という冷徹な国際政治の思惑が交錯していたのである。
クデュックはその後、共立世界の成立や支部制移行の基盤を準備する「序章」として歴史に記録されることになる。
―― 各国の情勢 ――
アメリカはクデュック設立に表向き賛同を示したものの、国内では強い警戒心があった。
軍部は「多次元研究の成果が他国に流出すれば、国家安全保障に致命的な穴が開く」と主張し、研究資金拠出に厳格な制約を課そうとした。
結果として、政府は民間企業を通じて限定的な資金と人材を提供する一方、国防総省直轄の研究プログラムを並行して推進した。
議会では「クデュックは学術機関か、それとも軍事的脅威の温床か」という論争が続き、国内世論も二分した。市民社会では依然としてポータル現象の不安が残っており、宗教団体や保守派は「人類が触れてはならぬ領域」として設立を批判した。
それでも、技術覇権競争の観点から参加を拒む選択肢はなく、アメリカは「協力と牽制を同時に行う」という二重姿勢で臨んだ。この態度は後に軍事色の濃い「米国系支部」形成へと直結していく。
ロシアはクデュック設立を「自国の影響力を強化する機会」と捉え、積極的に参加した。
科学アカデミーを中心に研究者を派遣したが、政府は彼らに「情報の逆流を必ず確保せよ」と命じ、スパイ的な役割も担わせた。
国内では物体消失現象の再来への恐怖が広がっており、政権は「ロシアは人類防衛の最前線に立つ」と宣伝して求心力を高めた。
しかし実際には資金難が深刻であり、派遣研究員の待遇は劣悪であった。
軍部は「クデュックは西側主導の隠れ蓑にすぎない」と不信を募らせ、独自の研究を秘密裏に継続した。
この二重構造はやがてロシア系支部の「秘密主義」と「国家直結性」を強める要因となり、共立世界における強権的な立場の伏線となった。
中国はクデュック設立に対し「人類共同の挑戦に応じる」と公式声明を出しつつも、実態は「次元研究の主導権争い」として強く意識していた。
国内の研究機関を統合して「国家次元研究計画」を立ち上げ、クデュックへの参加研究員は徹底的に監視された。
中央政府は巨額の資金を拠出し、研究成果を必ず国家へ還元させる体制を整えた。
国内世論は厳重に統制され、一般市民には「中国は世界を救う先導者である」と宣伝が徹底された。
都市部ではポータル現象に関する噂や映像がなお広がっていたが、当局は即時削除し、学術成果のみを強調する姿勢を取った。
この一貫した国家統制は後に「中央集権型支部」として結実し、クデュックを通じて国際舞台での影響力を強める結果となった。
EUはクデュック設立に対して最も積極的に学術的協力を行った地域である。
フランス・ドイツを中心に多くの科学者が派遣され、理論研究と観測技術の双方で中心的役割を担った。
欧州議会では「クデュックこそが人類共同体の象徴である」と高く評価され、市民社会からも強い支持を受けた。
しかし加盟国内部では意見の相違があり、軍事応用を警戒する国と積極利用を志向する国が対立した。
イタリアやスペインでは「財政負担が重い」と批判が起こった一方で、北欧諸国は環境保全と結びつけた次元研究に期待を寄せた。
思想界では「人類は国境を超えて未知に立ち向かうべき」という理念が広がり、これは後の「協調・調整型支部」の思想的基盤となった。
日本はクデュック設立の中心地として最大の影響を受けた。
最上イズモが主導者となったことで、政府は全面的に支援を行い、東京近郊かつたとえ南極の氷が温暖化による全融解においても維持できるとして箱根に本部施設が建設された。
国内世論は当初こそ「危険な研究ではないか」と警戒したが、度重なる現象への不安と「日本が国際科学の中心となる」という期待が上回り、次第に支持が強まった。
学術界は大きく活性化し、若手研究者の流入が加速した。
また、産業界も次元研究の周辺分野で多大な投資を行い、経済成長の新たな柱とした。
一方で、一部宗教団体や市民グループは「人類が越えてはならぬ境界を侵している」と抗議を続け、社会の分断も見られた。
それでも日本は「調和的研究拠点」としての役割を果たし、後の支部制における「研究・協力支部」の基盤を確立することとなった。
2032年:異世界からの生存者を受け入れる
2032年、クデュックは史上初めて異世界からの生存者を受け入れた。
彼らはポータル現象によって流入した者であり、既存の地球社会に適合することが困難であったが、調査の結果、彼らの証言や持ち込んだ物資、遺物などが既存の科学体系に多大な影響を及ぼすことが判明した。
クデュックは倫理的・人道的な観点から彼らを庇護下に置き、特別居住区を設置。
これにより「異世界存在との共生」が国際社会で公式に議論される端緒となった。
同時に、受け入れに反発する勢力も各国で現れ、宗教的対立や国家主権をめぐる緊張が高まった。
― 解説 ―
異世界生存者の受け入れは、クデュックが単なる研究機関から、国際的な人道支援・安全保障機関へと性格を変化させる転換点となった。
2020年の物体消失現象、2023年のポータル現象初記録を経て、次元間干渉が「学術研究」から「現実の脅威」に変化していたことは否定できない。
生存者が持ち込んだ証言には、崩壊した文明や異質な生態系の情報が含まれており、それはクデュック内部で未来の危機シナリオを構築する重要な手掛かりとなった。
また、受け入れに伴い異文化・異文明を管理するための「次元難民政策」が議論され、国連をはじめとする国際機関との連携も強化された。宗教団体は「禁断の領域に踏み込む行為」として抗議を繰り広げ、一部国家では国内治安の悪化を招いたが、それでも生存者受け入れは国際的に既成事実となり、後の共立世界体制に直結する布石となった。
― 主要各国・支部の情勢 ―
アメリカは異世界生存者の受け入れに積極的ではなかったが、彼らがもたらす情報が軍事技術の飛躍に繋がる可能性を重視した。
国防総省は独自に生存者の取り込みを画策し、クデュックを通じて共同研究の名目で情報を収集した。
同時に、国内の保守派や宗教団体は「異世界人は国家に混乱をもたらす存在」として激しく反発し、社会的分断が拡大した。
最上イズモらが掲げた「共存の理念」に理解を示すリベラル層と、強硬な排斥を唱える右派の対立は、この時期のアメリカ社会の特徴であり、後に「次元安全保障法」を巡る大規模議論へと発展した。
ロシアは異世界生存者を「潜在的な戦略資源」として扱い、公式にはクデュックの庇護方針を支持しながらも、裏では生存者の中から有用な者を密かに自国施設に収容したとされる。
特に生存者が持ち込んだ金属加工技術や薬物学的知識は軍事研究に流用され、諜報機関はクデュック内部に影響力を拡大させようと動いた。
また正教会は倫理的観点から強く反発し、宗教指導者と政府の間で軋轢が生じたが、指導部は「国家存亡のためには利用できるものはすべて利用する」という実利的な姿勢を崩さなかった。
中国は異世界生存者の受け入れを「新たな技術覇権競争の舞台」と捉えた。
国家科学技術委員会は彼らを迎え入れるために国内特区を整備し、同時に生存者から得られる情報の国家独占を狙った。
特に農業技術や都市防衛に関する知識は、中国国内の政策に反映され、同国の長期的な自給自足戦略に組み込まれた。
一方で、地方部では「異世界人は労働力の脅威になる」との不満が噴出し、都市部と農村部の社会的緊張を加速させた。
それでも中国政府は「多次元時代における中華の指導権」を標榜し、積極的な関与を続けた。
EUは人道主義的観点から最も積極的に異世界生存者を受け入れた地域である。
特にドイツやフランスは難民政策の延長として彼らを庇護し、文化交流を進めた。
ただし加盟国内部では「社会福祉の負担が増大する」との批判もあり、EU議会では加盟国間での負担分担を巡る対立が激化した。
それでも欧州の科学者たちは彼らを「新たな人類的知見の源泉」と捉え、教育機関への受け入れを進め、研究対象としても扱った。
結果としてEUはクデュックとの連携を深め、学術面での国際的影響力を確保することに成功した。
日本はクデュック設立の中心地であり、異世界生存者受け入れの最前線となった。
最上イズモの提唱する「共立理念」に基づき、生存者専用の居住区や教育プログラムを国内に整備し、彼らを社会に統合する方針をとった。
しかし一部国民の間では「日本社会の均質性を乱す」との懸念が高まり、政治的論争が激化した。
それでも政府はクデュックの主導的役割を背景に、人道的イメージを国際社会に示すことで外交的立場を強化し、結果として「次元難民政策」のモデルケースを提供することとなった。
2039年:アズ=イリューム事変と世界線調整任務の成功
この年、クデュックが探査していた多元宇宙のひとつ「アズ=イリューム」において、ポータルの不安定な開閉が原因となり、時空振動が拡大。
現地文明が世界線崩壊の危機に直面した。
アズ=イリュームは技術的には地球よりも劣っていたが、高度な精神文明と独自の哲学体系を保持しており、文明そのものが人類にとって大きな学術的価値を有していた。
クデュックは文化干渉のリスクを認識しながらも、緊急的に介入を決定。「ポータル安定装置」を現地時空座標に適合させ投入し、歪んだ世界線を収束させることに成功した。
これが後に「世界線調整任務」と呼ばれる初の実例である。
調整には最上イズモが立案した高次エネルギー収束モデルが適用され、結果として多元エネルギーの反発干渉を制御する新技術が確立された。
この任務はクデュックを「観察者」から「調整者」へと位置付けを変化させる契機となり、後の「次元調停機構」の設立構想に直結するものとなった。
― 解説 ―
アズ=イリューム事変は、多元宇宙に対して「人類は傍観者でいるべきか、それとも守護者として関与すべきか」という問いを突き付けた事件であった。
従来のクデュックは、観察・研究・記録を主目的とする組織であり、干渉は最小限に留める方針をとっていた。
しかしこの事件では、文明そのものが存在消滅の瀬戸際にあったため、人道的見地からの介入が避けられなかった。
世界線調整の成功は、人類が多元宇宙の安定に直接寄与できることを証明し、技術的にも倫理的にも大きな転換点を示した。
最上イズモが提唱した「高次エネルギー収束モデル」は、量子ゆらぎとポータル座標を同時に補正する理論であり、これにより「多元エネルギーを制御する技術」が実現された。この技術的進歩は以降のポータル安定化研究の基盤となり、同時に「過剰干渉は新たな破局を招く」という教訓も残した。
アズ=イリュームでの経験は後の国際倫理規範にも組み込まれ、科学と倫理を同時に扱うクデュックの姿勢を決定的なものにしたと評価されている。
― 主要各国・支部の情勢 ―
アメリカはアズ=イリューム事変を契機に「多元宇宙における軍事的優位」を強く志向した。
世界線調整任務の成功に用いられた高次エネルギー収束モデルは、理論上は軍事兵器や戦略防衛システムへの応用が可能であると判断され、国防総省は即座にクデュック内の技術者との接触を強化した。
一方で、国内世論は二分された。リベラル派は「異文明を救うことは人道的義務」と賞賛したが、保守派や宗教右派は「神の領域に踏み込み、人類の枠を超えてしまった」として警鐘を鳴らした。
議会では「世界線調整に関わるアメリカの発言力を強化すべきだ」という主張が優勢となり、結果としてアメリカはクデュック内部での発言権拡大を狙って資金提供と人材派遣を増大させた。
こうしてアメリカは「調整者の地位を共有する国」として自らの立場を確立しようとしたのである。
ロシアはアズ=イリューム事変を「新たな世界秩序の試金石」とみなし、クデュックの対応に強い関心を寄せた。
政府は公式には成功を歓迎しつつも、「人類が多元宇宙に干渉する権限を誰が持つのか」という主権的問題を強調し、調整権限の国際的分散を求めた。
また、軍部は世界線調整技術が戦略的抑止力として利用可能であることを察知し、秘密裏に独自研究を推進したとされる。国内では正教会を中心に「異世界救済は神の意思に反する」との宗教的批判が噴出し、社会的議論が過熱した。
しかし政府は最終的に「現実的利益を優先する」という姿勢を貫き、クデュックとの関与を続けた。
この二面性はロシアの典型的な外交スタイルであり、倫理的議論を盾にしながら実利を追求する動きとして評価されている。
中国はアズ=イリューム事変を「多元宇宙における主導権争い」の一局面と位置づけた。
特にポータル安定装置の技術的成果に注目し、独自の研究チームを急速に拡大した。
政府は「次元秩序の守護者」を標榜し、国内向けには人道的イメージを強調したが、その実態は国家主導の技術囲い込みであった。
また、生存者の受け入れや現地文明との交流を「国家の威信」として利用し、プロパガンダに積極的に組み込んだ。
一方、地方や農村部では「自国民より異世界の存在を優遇するのか」という不満が高まり、社会不安の要因となった。
しかし政府は情報統制を強化し、国際舞台での影響力拡大を優先した。
中国にとってアズ=イリューム事変は、科学技術と外交戦略を同時に推進する絶好の機会であったのである。
EUはアズ=イリューム事変を契機に「多元倫理規範」の制定を提唱した。
特にドイツとフランスの学者たちは「人道的介入は必要だが、過度な干渉は新たな破局を招く」との立場をとり、クデュックに対し倫理委員会の設立を求めた。
EU内部では加盟国ごとに温度差があった。
北欧諸国は積極的に介入を支持し、南欧諸国は財政負担を理由に慎重姿勢を示した。
結果としてEU議会では「調整技術を共有し、国際的ガバナンスの枠組みを構築する」という決議が可決され、これが後の「次元調停機構」構想の基盤となった。
EUは人道と倫理の旗手としての立場を確立し、国際社会での存在感を強めた。
日本はアズ=イリューム事変において中心的役割を果たした。
最上イズモが立案した収束モデルはクデュック内部の作戦を成功に導き、日本国内でも「世界における科学技術の主導国」としての評価を高めた。
しかし同時に、国内では「日本が他世界にまで責任を持つべきか」という議論が巻き起こり、政治的分断を生んだ。政府は「人道と科学の両立」を掲げ、クデュックの活動に全面協力したが、保守派の一部からは「過剰な国際責任を背負うことは国益に反する」との批判が根強く残った。
それでも日本はこの任務を契機に「多元宇宙の守護者」としての立場を国際的に確立し、後の次元調停機構設立に向けた推進役となった。
2045年:世界線融合危機の回避とポータル制御理論の確立
― 本文 ―
2045年、世界各地において複数の世界線が交差・融合する異常現象が発生した。
これは、ポータル技術の濫用や未認可ゲートの無秩序な開閉が原因とされ、一部地域では地理的形状の重複、歴史的事象の重なり、さらには生物の存在情報の二重化まで報告される深刻な事態に発展した。
この現象は「世界線融合危機」と呼ばれる。
事態を重視したクデュックは、JISOおよび各国研究機関と連携し、「高次時空アルゴリズム」によるポータルの自動制御・干渉調整技術を開発。
これに基づいて新型のゲート管理システムが構築され、世界線間エネルギー流の安定化に成功した。
結果として融合は回避され、ポータル制御理論は多元宇宙運用の根幹技術となった。
この出来事を契機に、世界的に無秩序であったポータル運用が初めて法的・科学的統制下に置かれ、時空平衡を守る新たな国際体制が整備された。
この年をもって、探査主義的であったクデュック時代は終焉を迎え、調和と秩序を標榜するピースギアの時代へと移行することとなった。
― 解説 ―
世界線融合危機は、人類が多元宇宙に直接的に干渉し続けた結果として生じた最初の大規模な「文明存続規模の危機」であった。
これまでのポータル技術は、探査や救出、交流を目的としつつも、各国や個人が自由に利用する段階にあり、制御原理は未成熟であった。
そのため、時空座標の乱用や未認可ポータルの乱立が次元構造そのものを不安定化させたのである。
クデュックはこの状況を受け、単なる研究機関から「多元宇宙管理機構」への性格転換を迫られた。
「高次時空アルゴリズム」は、ポータル開閉時に発生する微細なエネルギーの位相差をリアルタイムで補正する理論であり、これによりポータルの自動安定化と干渉抑制が実現された。
この技術的成果は「無秩序な探査時代の終焉」とされ、倫理的・政治的な枠組みを伴った秩序的管理体制の礎となった。
危機の回避は人類に「多元宇宙は科学的冒険の舞台であると同時に、維持されるべき秩序的空間である」という新たな自覚をもたらしたのである。
― 主要各国・支部の情勢 ―
アメリカは世界線融合危機を「次世代覇権を賭けた科学戦争」と見なし、国防総省とNASA、そして民間の巨大テック企業が一体となって対応に乗り出した。
特に「高次時空アルゴリズム」開発においては、アメリカの量子計算基盤が大きく寄与しており、国内では「人類を救ったのはアメリカの科学だ」とする論調が広まった。
一方で、議会では「ポータル管理を国際機関に委ねるべきか、それとも国家主権の下に保持すべきか」を巡って激しい対立が起こった。
リベラル派は国際協調を重視し、ピースギアへの移行を支持したが、保守派は「アメリカ独自の管理権を放棄するのは国家の衰退を招く」として反発した。
結果として、アメリカは形式的にはピースギアへ協力する一方で、独自の時空防衛網を水面下で整備し、二重戦略を取るに至った。
国内世論は科学への自信と不安が交錯し、国としての姿勢は一枚岩とはならなかったが、技術的主導権を握ろうとする意志は一貫していた。
ロシアは危機を「西側諸国の技術的放縦が引き起こした惨事」と位置づけ、国際舞台で厳しい批判を展開した。
政府は公式声明において「多元宇宙管理の主導権は特定国家に属さず、全人類に属するべきである」と強調し、ピースギア設立への布石を打った。
他方、国内の軍事研究機関は「高次時空アルゴリズム」を独自に解析し、軍事応用の可能性を模索した。
特に、時空干渉の抑制技術を応用した「防御型世界線障壁構想」が浮上し、秘密裏に研究が進められたとされる。
国内世論は分裂していたが、ロシア正教会は「世界線融合は神罰であり、人為的な調整は傲慢である」と非難し、保守的層で一定の影響を持った。
それでも政府は現実的利益を重視し、クデュックと協調路線を選択した。
ロシアにとってこの危機は、科学と宗教、国家主権と国際協調の狭間で揺れ動く象徴的事件となった。
中国は世界線融合危機を「多元宇宙秩序を巡る権力闘争」と認識し、国家的危機管理体制を総動員した。
国内では複数の地域で融合現象による地理的歪みが発生し、農村や都市の一部に甚大な影響を与えた。
これを受けて政府は迅速に住民を強制移住させ、情報統制を徹底した。
一方、科学技術分野では「時空安定委員会」を新設し、クデュックやJISOとの協力を表明する一方で、独自のアルゴリズム研究を推進した。
中国メディアは「中国が人類を救った」とする宣伝を繰り広げ、国威発揚に利用した。
国際的には、ピースギアの設立を支持する一方で、「アジア地域の時空安定は中国が主導すべき」と主張し、地域覇権的な姿勢を明確にした。
結果として中国は、危機を自国の影響力拡大の好機と捉え、内政的には統制を強化しつつ、外交的には積極的介入を進めた。
EUは危機の過程で最も強く「倫理的統制」を訴えた勢力であった。
特にドイツとフランスは「科学の自由は人類の存続と調和のために制限されねばならない」と主張し、クデュックに対して厳格な規範制定を迫った。EU議会では「時空干渉規制法」の制定が進められ、加盟国は未認可ポータルの全面禁止を可決。
科学者コミュニティの中では「世界線融合危機は科学の暴走が招いた自己破壊」との反省が広がり、倫理審査機関の権限が強化された。
市民レベルでは一時的な恐怖と混乱が広がったが、EUは統合的危機対応に成功し、「倫理的調整者」としての立場を国際的に確立した。
この姿勢は後のピースギア時代における倫理委員会の設立へ直結することになる。
日本は世界線融合危機において特異な立場を占めた。
危機の震源の一部が日本国内に生じ、都市部で「地理的重複」や「歴史的事象の錯綜」が現実に観測されたのである。
これにより国内では大規模な社会不安が発生し、政府は非常事態宣言を発令するに至った。
最上イズモをはじめとするクデュック日本支部は即座に対応にあたり、アルゴリズム開発の中心を担った。
この成果により、日本は「危機を収束させた立役者」と国際的に高い評価を受けたが、同時に「日本が世界線干渉の温床である」という批判も浴びた。
国内では「国際責任を果たすべき」という肯定派と「過剰な負担を避けるべき」という慎重派が対立したが、最終的に日本はピースギア体制への移行を全面的に支持する方向へと舵を切った。
日本にとってこの危機は、多元宇宙における「責任国家」としての自覚を強化する契機となったのである。
ピースギア設立時代
新宇宙歴1年(2045年):ピースギア設立
世界線融合危機を契機として、時空調和と世界線管理の必要性が強く認識されるようになり、同年中に多元宇宙統治機構「ピースギア」が設立された。クデュックの探査部門を中心に各国の研究者や技術者が参加し、国連主導ではなく、人類全体の意志に基づいた新たな組織として発足した点が画期的であった。初期本部は日本列島上空の軌道プラットフォームに設置され、各地に次元ゲート監視センターや平衡調整拠点が建設された。一方、クデュック内では理念の対立が深まり、一部派閥がマルチフレーム兵器256機を暴走させる事件が発生。ピースギアはこれを鎮圧することで統制力を示すが、これによりクデュックは事実上解体され、その理念はピースギアに吸収される形で幕を閉じる。ピースギアは単なる科学機関ではなく、次元間政治・倫理・文化の仲裁機構としての役割を担い始め、人類が「単一宇宙存在」から「多元宇宙調和者」へと変化する象徴的な転機を迎える。また、この設立をもって各国の従来の国制は解体され、代わってピースギアの下部に配置された「各支部制」が採用され、以降の世界秩序の基盤となった。
― 解説 ―
ピースギア設立は、単なる危機後の再編ではなく、文明そのものの枠組みを変革する大事業であった。世界線融合危機で露呈したのは、各国単位でのポータル技術運用や軍事利用が、全体の時空構造を危険に晒すという現実であった。このため、国際協調や従来の国連機構ではなく、地球文明を代表する「統合支部制」の枠組みが選択された。これにより「国」という単位は事実上廃止され、旧国家はピースギアの支部へと再編される。理念上は人類全体が一つの共同体を形成することであり、政治的な利害対立は最小化され、次元安定維持を最優先とする統治が可能となった。理念的な中心には最上イズモらクデュック出身の指導者が位置し、技術と倫理を両輪とした組織原理が確立される。
― 各支部の情勢 ―
日本支部(旧日本)
日本支部は、ピースギアの初期本部が日本列島上空の軌道プラットフォームに設置されたことから、事実上の中枢支部としての役割を担うことになった。
最上イズモを中心とするクデュック出身者が主導権を握り、彼らの理念である「科学と倫理の両輪による多元管理」が組織の基本方針として採用された。
旧日本政府機構は解体され、その人材の多くがピースギア行政部門に吸収されることで比較的スムーズに移行が進んだが、それは同時に「日本中心主義」との批判を招いた。
特にアメリカや中国の一部勢力は、日本支部が規範や制度設計を主導していることに警戒感を示し、後の国際的対立の伏線となった。
とはいえ、日本支部の国内情勢は他地域と比較して安定しており、経済基盤も再編後すぐに安定を取り戻したため、ピースギアの「安定の象徴」として認知されていった。
こうした状況は最上イズモの強い影響力を裏付けるものであり、彼の指導が支部制初期における混乱を収束させる重要な役割を果たしたといえる。
アメリカ支部(旧米国)
アメリカ支部は、旧合衆国の国力を背景に大規模な支部網を形成したが、その内部には深い亀裂が存在した。
世界線融合危機により旧アメリカ大陸の一部が深刻な時空崩壊の影響を受けたことから、民衆の多くはピースギア体制を支持したが、軍産複合体をはじめとする旧権力層は強い不満を抱いた。
とりわけ、ポータルを兵器化し優位性を確保しようとした研究が全面的に制限されたことは、軍事的覇権を基盤としてきた勢力にとって受け入れ難い事実であった。
このため、アメリカ支部は表向きには調和と協調を標榜しながらも、内部では軍事的影響力を保持するべく秘密裏に研究を継続しようとする動きが絶えなかった。
だがピースギアによる監査や倫理監視体制が厳格に敷かれたため、結果的に彼らは「防衛技術支援」と「資源供給」で影響力を行使する方向へとシフトした。
支部民衆の多くは「融合危機からの復興」を最優先とし、技術的リーダーシップよりも生活の安定を望んだため、アメリカ支部は二重構造を抱えたままピースギア体制に順応していったのである。
ロシア支部(旧ロシア)
ロシア支部は、長らく強固な中央統制と軍事文化を維持してきた旧国家の性格を色濃く残していた。
世界線融合危機ではシベリア地域に複数の重複現象が発生し、地形や集落が一夜にして変容するなど甚大な被害があった。
これによりロシア支部は「防衛と監視」の任務を自らの責務と位置づけ、ピースギア内部においても安全保障部門で強い発言力を獲得した。
旧軍人や情報機関の人材が多く流入したことから、防衛部門の実務力は群を抜いており、実際にマルチフレーム兵器暴走事件の鎮圧作戦では重要な役割を果たした。
しかし同時に、支部内部には「独自の軍事力保持」を求める強硬派も存在し、ピースギアの中央統制としばしば衝突した。
こうした二重性は、ロシア支部が「防衛の要」として信頼されながらも、常に警戒の対象でもあるという独特の立場を形成する要因となったのである。
中国支部(旧中国)
中国支部は、人口規模と資源量において最大規模を誇り、ピースギア内でも重要な人的リソース供給源となった。
旧中国時代から多次元研究に積極的であり、ポータル関連技術やゲート建設に必要なインフラ整備能力で突出した成果を示したため、研究・技術部門において大きな影響力を持った。
しかし、旧国家としての権威を失い「支部」という枠組みに組み込まれたことに対して、一部指導層や知識人が強い不満を抱き、「中国文明の独自性を守るべきだ」とする論調が現れた。
これは時に「支部独自の文化的自治」を求める運動に発展し、ピースギア中央と摩擦を生む要因ともなった。
それでも、大規模な人的資源と工業力は無視できず、ピースギアは中国支部に研究開発の多くを委託する形を取った。
その結果、表向きには調和と協力を装いながら、実際には「支部としての影響力拡大」を常に模索し続ける、したたかな立場を築き上げていったのである。
欧州支部(旧EU)
欧州支部は、もともと多国籍的な連合体であったEUの延長として比較的スムーズに移行を果たした。
その歴史的経緯から、学術研究・倫理監視・外交交渉に強みを持ち、ピースギア内部では「規範と文化の調停役」として機能した。
世界線融合危機の影響で中欧地域に複数の文化的・地理的重複が生じたが、欧州は長い歴史の中で文化的摩擦や多言語共存を経験してきたため、比較的冷静にこれを吸収・再編することができた。
そのため、欧州支部は危機後の「倫理規範制定」や「文化調停」において主導的役割を果たし、他支部の信頼を得た。
ただし、経済基盤は危機によって大きく揺らぎ、復興の過程で資源供給に乏しいという弱点が浮き彫りとなった。
このため、欧州支部は軍事や経済で優位に立つことは難しかったが、その代わりに「理念と規範」を通じて影響力を確立し、ピースギア全体における倫理的指針の形成に寄与することとなった。
結果として、欧州支部は新時代における「価値観の仲裁者」としての役割を象徴的に担う立場となったのである。
新宇宙歴7年:初代エリス・ドライブ試験成功
この年、ピースギアが独自に開発を進めていた次元航行装置「エリス・ドライブ」の初期型が、初めて実地試験で成果を挙げた。
従来のポータル航行とは異なり、エリス・ドライブは自艦そのものを高次空間に一時転写し、再配置することで広大な距離を瞬間的に移動するという革新的な理論に基づいていた。
試験航行では人類未踏の系外惑星「アルメシアIII」へ到達し、そこには知的存在が残したと思われる建造物や異星語の刻印が発見された。
この成果は単なる航宙技術の成功にとどまらず、宇宙文明との接触可能性を現実のものとする歴史的な転換点であった。
― 解説 ―
エリス・ドライブの試験成功は、ピースギアにとって「探査機関から航宙文明への転身」を意味していた。
世界線融合危機後、ピースギアは秩序維持と次元管理に重点を置いてきたが、この年を境に「星間進出」と「異文明遭遇準備」が新たな使命として加わったのである。
試験の実施にあたっては、倫理監査部門が「未接触文明への影響リスク」を強く懸念し、技術部門と激しく対立した。
結果として、現地探索は限定的調査に留められ、アルメシアIIIへの本格的な介入は凍結されることになったが、それでもエリス・ドライブの実用化計画は中止されることなく、以降の銀河航宙網構想へと直結していくこととなる。
この成功は、ピースギアを単なる調停機構から人類文明拡張の先導者へと押し上げる契機であった。
― 各支部の動き ―
日本支部
日本支部は、エリス・ドライブ開発の中核を担った研究班を抱えており、今回の成功は「日本支部の主導性」を世界に示す結果となった。
最上イズモの理念を継承する研究者たちは、この成果を「調和と探査の両立」の象徴と位置づけ、慎重ながらも人類進出の必要性を訴えた。
国内の世論はおおむね肯定的で、エリス・ドライブを人類の新たな航宙時代の扉と見なしたが、一方で「日本支部ばかりが功績を独占するのではないか」との批判も他支部から寄せられた。
日本支部はこれを受け、成果を国際共同研究として発表し、功績の共有を強調する姿勢を取ったのである。
アメリカ支部
アメリカ支部はこの成功を技術的・軍事的優位の機会と捉え、直ちにエリス・ドライブの軍事応用に関心を示した。
特に軍産複合体出身の勢力は「艦隊に導入すれば銀河規模での抑止力を獲得できる」と主張した。
しかしピースギア中央の統制下で研究成果の独占は許されず、アメリカ支部は「安全保障支援」と「防衛技術試験」を名目に技術へのアクセスを模索することとなった。
民衆の反応は複雑で、星間進出を夢見る一方、再び覇権主義に逆戻りすることへの懸念も強く表明された。
結果としてアメリカ支部は、公式には「星間移民計画支援」という形で協力を打ち出したが、その裏では独自解析を進め続けることとなった。
ロシア支部
ロシア支部は、世界線融合危機以来「防衛の要」としての役割を担ってきたため、新技術に対しては懐疑的な立場を取った。
高次空間航行の安定性や安全性に強い疑念を抱き、「不安定な技術の拡散は新たな時空災害を引き起こす」と警鐘を鳴らしたのである。
しかし、同時に軍事的価値を無視できないと判断し、表向きは協力姿勢を見せつつ、裏では独自にシミュレーション研究を強化した。
民衆の間では「アルメシアIIIの知的痕跡」に対する興味が強く、ロシア的な宗教観・哲学観と結びつき、異星文明を「脅威ではなく同胞」とみなす論調も現れた。ロシア支部は技術導入には慎重でありながらも、精神的・文化的側面では積極的な議論を進めていたのである。
中国支部
中国支部は大規模な人的資源と工業力を背景に、エリス・ドライブの量産計画に強い意欲を示した。
とりわけ「銀河航宙網構築」の一翼を担うことは、自らの影響力を拡大する絶好の機会と捉え、インフラ整備や造船技術において主導権を握ろうとした。
しかし、旧来から根強い「中国文明の独自性維持」の論調がここでも表れ、「異星文明接触において中国的価値観をどう反映させるか」が国内で大きな議論となった。
結果として、中国支部は「技術導入は中央と協調、文化接触は独自性を保持」という二重戦略を採り、ピースギア内部での影響力拡張を狙い続けることとなった。
欧州支部
欧州支部は、アルメシアIIIで発見された知的痕跡の解釈において主導的な役割を果たした。
長年の人文学的研究と多言語解析の蓄積が活かされ、異星語刻印の初期解読作業は欧州支部の研究者によって主導されたのである。
そのため、欧州支部は「文化的調停者」としての地位をさらに高めることになった。
一方で、経済的基盤が依然として脆弱であったため、大規模な航宙計画には直接的に関与できず、文化・倫理面での貢献に特化する形となった。
民衆は星間進出に熱狂するよりも、未知文明との「価値観共有」を重視し、科学だけでなく哲学的な探求としてエリス・ドライブの成果を受け止めていた。
新宇宙歴20年:茨波綾音の『多元調和理論』発表
この年、新司令に就任した茨波綾音は、長年の研究を結実させた「多元調和理論」を発表した。
この理論は、複数の世界線が持つ時間振動パターンや存在波共鳴を解析し、世界線同士の調和状態を数値化して評価・予測するものであった。
彼女は、無秩序なポータル使用や強制的な次元干渉が各世界線の「存在基底」に深刻な負荷を与え、やがては融合や崩壊を誘発する危険性を警告した。
しかし同時に、この理論の核心は単なる物理学的分析にとどまらず、「異なる世界線に属する人類は争うのではなく、共に理解し合い歩むべきである」という理念に根差していた。
このため、多元調和理論は科学的理論であると同時に、政治哲学的な宣言としても強い影響を与えたのである。
― 解説 ―
多元調和理論の意義は、ピースギアを「危機管理機構」から「文明間調停機関」へとさらに進化させた点にある。
理論の導入により、ピースギアは調和指数の計測を義務化し、各世界線における干渉の限度を数値で定める新たな基準を設けた。
これに基づき「次元調停機構」が創設され、技術部門だけでなく倫理部門や文化研究班が正式に干渉計画に関与する体制が確立した。
また、多元調和理論は「次元間友好政策」の理論的裏付けとなり、各世界線に存在する住民や文化との交流を政治的にも正当化する役割を果たした。
エリス・ドライブによって開かれた銀河進出の道は、単なる拡張ではなく「共存の道」として位置づけられるようになったのである。
この理論は以後数世紀にわたり、ピースギアの活動理念を根幹から支えることになる。
― 各支部の動き ―
日本支部
日本支部は、茨波綾音が所属していたこともあり、この理論発表において中心的役割を担った。
日本国内では「イズモの理念を継ぎ、調和を科学で裏付けた」と称賛され、支持世論は極めて高かった。
研究者たちは理論を現実の調停実務に適用し、世界線ごとに固有の文化・倫理を尊重した「干渉上限マニュアル」を整備した。
批判的には「日本支部が思想的主導権を握りすぎる」との声もあったが、茨波本人が国際的な功績の共有を強調したことで、国際的対立は最小限に抑えられた。
アメリカ支部
アメリカ支部は当初、この理論を「過剰な制約」とみなし慎重姿勢を取った。
星間進出を加速させるためには軍事的・技術的自由が不可欠と考える勢力が強く、干渉限度の導入を「手枷足枷」と批判したのである。
しかし理論が正式にピースギア規範へ採択されると、アメリカ支部はこれを逆手に取り、「調和の名の下での軍事展開」や「防衛協力」を正当化する戦略を打ち出した。
民衆レベルでは賛否が分かれたが、結果的にアメリカ支部は理論の「実用的解釈」を推進する立場へと転じた。
ロシア支部
ロシア支部はこの理論に強い共感を示した。
かつて世界線融合危機を間近で経験した同国の研究者は、「存在基底の崩壊」という概念に大きな説得力を見いだしたのである。
ロシアの思想界では、多元調和理論が宗教的・哲学的議論と結びつき、「異世界の住人もまた人類の兄弟である」という精神的潮流が広がった。
軍事部門は依然として慎重であったが、国内世論の後押しを受け、ロシア支部は理論を積極的に導入する立場を強めた。
中国支部
中国支部は、理論を「多元文明における秩序の枠組み」と解釈した。
強力な工業力と人的資源を背景に星間進出を狙う中国支部にとって、調和理論は「自国的価値観を銀河規模に広める正当化手段」となり得たのである。
そのため理論を形式的には受け入れつつも、自国流に解釈する姿勢を鮮明にした。
国内では「中国文明を基軸に多元調和を実現すべき」という声が高まり、支部内部には文化外交部門が新設された。
欧州支部
欧州支部は、理論の理念的側面に最も強く共鳴した。
多様な言語・宗教・文化が共存する欧州圏の経験が、多元調和理論と自然に接合したのである。
欧州支部は文化・倫理調査班を拡充し、異世界社会への「調和指数調査」を主導した。民衆の反応も熱心で、哲学・人文学的議論として理論が広く受け入れられた。
資源面では貢献が限定的であったが、「理念的主導権」を獲得することで、ピースギア内における存在感を高めた。
新宇宙歴35年:『レクス・セリア』との同盟関係設立
この年、ピースギアは初めて正式な次元間同盟を締結するに至った。相手は並行世界線に存在する高度文明国家『レクス・セリア』であり、その社会は精神波動を基盤とした統治と、全市民の意識を接続する共有ネットワークを特徴とする「高度精神文明」であった。レクス・セリアは、茨波綾音が提唱した「多元調和理論」と高い親和性を示し、両者は数年にわたる文化・技術交流を経て、包括的な同盟条約を締結した。条約には「次元相互不可侵条項」「文化的尊重原則」「次元災害時の相互支援協定」が盛り込まれ、ピースギアにとって初の「宇宙外交」の成功例となった。
この同盟から誕生した「精神共鳴翻訳技術」は、従来の言語翻訳を超え、思考や感情の深層レベルでの相互理解を可能にした。技術的には精神通信や記憶共有の分野に応用され、交流の効率を飛躍的に高めた。同盟締結は、多元宇宙における調和と共存の理念を具体的成果として証明し、ピースギアの存在を銀河規模で認知させる契機となったのである。
さらにこの年を境に、ピースギアは他恒星系およびパラレルワールドに支部建設を開始した。特に「アルメシアIII」恒星系に建設された観測・外交拠点は、異文明との交流を円滑に進める基盤となった。また、精神波動技術の研究を進めるために、レクス・セリア世界線内にも初の公式支部が設立され、共同研究体制が整えられた。これらの支部網は後に「銀河拠点網」と呼ばれ、次元間秩序を維持するための物理的・政治的インフラとして機能することになる。
― 解説 ―
レクス・セリアとの同盟は、ピースギアの歴史において「初の外交的成功」と位置づけられる。従来は世界線間の干渉や調停が主な任務であったが、この同盟締結をもってピースギアは「宇宙外交機関」としての新たな役割を獲得したのである。また、精神共鳴翻訳技術の開発は単なる技術的進歩にとどまらず、「他者の感情や思考を理解することが共存の前提である」という哲学的示唆を全人類に与えた。これを契機に、ピースギアは単なる軍事的・技術的枠組みを超えて、文化・倫理的な国際機関としての性格を強めることとなった。
さらにこの年に始まった支部建設は、ピースギアの組織構造を根本的に変化させた。地球や主要国家ごとの支部に加え、恒星系単位・世界線単位の拠点が整備され、運営には各支部の代表者が参加する「多次元運営評議会」が発足した。これにより、ピースギアは地球発祥の組織を超え、真の意味で「多元宇宙規模の調停機関」として拡大を遂げたのである。
― 各支部の動き ―
日本支部
日本支部は、同盟交渉において「文化的架け橋」として大きな役割を果たした。レクス・セリアが重視する精神的共鳴理念は、日本的な「和」の価値観と結びつきやすく、交渉団の主導は日本支部の研究者が務めた。国内世論もこの同盟を「調和理論の実証」として支持し、支部内では精神共鳴翻訳技術の実用化研究が重点的に進められた。
アメリカ支部
アメリカ支部は、同盟を「新たな安全保障枠組み」として捉えた。精神通信技術を防衛システムや艦隊指揮系統に応用することを模索し、技術移転交渉では最も強硬な姿勢を取った。民衆の間では「覇権的利用への懸念」も強まったが、同盟によって星間進出に現実性が増したことで、長期的には肯定的に受け止められた。
ロシア支部
ロシア支部は、レクス・セリア文明を「精神的共同体」と捉え、強い共感を示した。宗教的・哲学的観点からも精神共鳴の概念は高く評価され、理論研究と思想運動が結びつく独自の展開を見せた。一方で軍事部門は「意識共有技術の濫用」を懸念し、利用制限を強く主張したため、国内では賛否の対立が生じた。
中国支部
中国支部は、支部建設の拡張に最も積極的であり、アルメシアIII支部建設に主導的に参加した。膨大な人的資源と産業力を投入し、「銀河拠点網」の実質的な建設者として存在感を高めた。一方、精神共鳴翻訳技術に対しては「文化的独自性の侵食」を警戒し、独自の中国流解釈を試みた。これにより支部内には「精神文明研究院」が設立され、自国的枠組みでの技術吸収が進められた。
欧州支部
欧州支部は、文化交流面で突出した役割を果たした。異星語や精神共鳴の初期研究において、哲学・言語学の蓄積を活かし、翻訳技術の基礎理論を確立したのは欧州研究者である。民衆はこの同盟を「異文化共存の実験」として受け入れ、支部は文化・倫理的交流の拠点として地位を高めた。経済的影響力は限定的であったが、文化的正統性を背景に「精神共鳴外交」の中心拠点となった。
アルメシアIII支部
アルメシアIIIは初代エリス・ドライブ航行の成果として発見された惑星であり、その後の探査で知的建造物や古代語刻印が見つかったことで、学術的にも宗教的にも重要視されるに至った。
支部は惑星表層の遺跡群近傍に建設され、遺産保護と研究を兼ねた「アルメシア記録院」が設立された。
この支部は単なる調査拠点にとどまらず、宇宙各地から研究者・探検家・宗教関係者が集う学際的な拠点となった。またアルメシアIIIは生態系が安定しており、移民先としての価値も高く評価され、居住区画も徐々に拡張されていった。
ここでの調査から「アルメシア文明」が世界線間移動の痕跡を残していた可能性が浮上し、ピースギアの多元宇宙史研究に決定的な影響を与えた。
この支部は、過去文明と未来文明が交錯する「記憶と調和の拠点」として機能している。
レクス・セリア共同支部
同盟成立後、ピースギアとレクス・セリアの両者は共同で支部を設置し、次元外交の実務拠点とした。
この支部はレクス・セリアの主要都市セリオ=ヴァナに置かれ、精神共鳴翻訳技術を基盤に両文明の意思疎通を完全に保証する仕組みを持つ。
施設は物質空間の建造物でありながら、精神波動層に同期する「共鳴議場」を備え、物理的な会合と精神的な協議が同時に行えるという独自の形態を取った。
また、ここでは文化交流として「意識共有演劇」や「共鳴美術展」などが常時開催され、両文明の市民が互いの文化を体験しながら交流を深めた。
共同支部の存在は、条約の単なる文面以上に両者の信頼を実質的に育む場となり、その後の次元間同盟のモデルケースとして広く参照された。
シリウス系支部
シリウス恒星系は地球から比較的近距離にあり、エリス・ドライブ航行の量産化後に最初に開拓された居住惑星を有していた。
ピースギアはここに「防衛・探査兼用支部」を設置し、銀河内における安全保障の前線拠点とした。
シリウス系支部は広大な宇宙港と防衛艦隊基地を備え、エリス・ドライブ艦の実戦運用テストが集中的に行われた。
またこの支部は交易中継地としても発展し、地球圏から供給される物資と外宇宙由来の資源が集約されるハブとして機能した。
その結果、シリウス系は「経済・軍事両立拠点」としてピースギア全体のバランスを支える重要な役割を担うに至った。
ここで培われた安全保障と交易の両立モデルは、後に他星系支部に展開される際の基盤となった。
パラレルワールド支部(第零界)
パラレルワールド支部の中でも最初に設置されたのが「第零界支部」である。
この世界線は地球と酷似していながらも歴史的経過が大きく異なり、科学発展よりも宗教統治が支配的であった。
ピースギアはこの支部において、調停と文化保護を中心とした活動を行い、過剰な干渉を避けつつ調和的共存を模索した。
第零界では世界線固有の「時空律法」が存在し、ポータル干渉が特定条件下で禁忌とされるため、支部は技術導入に極めて慎重な姿勢を取った。
しかし、この制約が逆に「多元調和理論」の実証場として最適であることが判明し、調和指数の計測と社会影響分析が継続的に行われた。
第零界支部は「干渉最小化型支部」として、倫理的・文化的配慮を最優先するピースギアの姿勢を体現した存在であった。
新宇宙歴44年:並行次元からの難民流入と惑星移住計画
この年、隣接世界線の一つで突発的な次元崩壊が発生し、同世界線の住人たち数十億人規模がポータルを通じてピースギア管理下の宇宙に避難してきた。
これにより人類史上最大の次元間移民事態が発生した。ピースギアは緊急会議を招集し、「惑星移住計画」を即時発動。未開発惑星群のテラフォーミングが加速され、生命維持ドーム都市の建設や衛星ベースの物資供給ラインが整備された。
難民の中には技術者や学者、精神共鳴者も含まれており、移住後の文化融合は多方面にわたる影響をもたらした。
しかし一方で、居住圏を巡る軋轢や文化的摩擦も表面化し、受け入れ先の自治政府では治安維持や情報統制に追われる日々が続いた。
ピースギアはこの問題に対し、「多次元人権協約」を発布し、全住民に共通する権利と義務を明文化した。
この事件は人道と安全保障の両立を巡る初の本格的な試練であり、ピースギアの統治機構が実戦的に運用される最初の事例となったのである。
― 解説 ―
並行次元からの難民流入は、ピースギアにとって初の「人道的危機管理」の試練であった。
それは単なる移住計画や技術問題にとどまらず、異世界由来の人々とどのように共生するかという倫理的・政治的課題を突きつけたのである。
「多次元人権協約」の制定は、従来の条約や条項では対応できない現実に直面した結果であり、これ以降ピースギアは人道的存在としての側面を強く帯びるようになった。
加えて、この事例は今後の多次元的移民・難民問題におけるモデルケースとなり、調和的な受け入れと秩序維持の両立を図るための基盤を築いた出来事といえる。
― 各支部の動き ―
日本支部
日本支部は難民受け入れに際し、文化的摩擦を最小限に抑えるための「精神共鳴教育プログラム」を提案した。
これは精神共鳴翻訳技術を応用し、難民と受け入れ市民が互いの価値観や生活習慣を理解するための教育システムである。日本国内の世論は賛否両論であり、一部には「治安悪化への懸念」や「文化的同化圧力」への批判が見られた。
しかし支部は、和の価値観を基盤とした「共存モデル」を打ち出すことで、社会的不安の軽減を図った。また、難民の中に存在する精神共鳴者と日本人研究者との共同研究が始まり、精神医学や心理療法への応用が模索されるなど、医療面での成果も現れた。
日本支部はこの移住計画を単なる負担ではなく、文化的進化の契機として受け止め、独自の共生政策を推進したのである。
アメリカ支部
アメリカ支部はこの事態を安全保障上の重大課題と捉えた。
数十億規模の流入は治安や統制の観点から大きなリスクを孕むと考え、まずは難民を徹底的にデータ化し、管理システムに組み込むことを優先した。
生体情報登録やAI監視網の導入が強化され、受け入れ先の社会における「監視型共生」が現実化した。
これに対して民間からは「人権侵害の懸念」が噴出したが、政府や支部は「安全保障のためには不可欠」と主張した。
また、難民の中に優秀な科学者や技術者が多く含まれていたため、軍事産業や宇宙開発企業は彼らを積極的に吸収し、研究開発力の強化を図った。
その結果、アメリカ支部は難民問題を「新たな人的資源確保の機会」と捉える独自の路線を歩んだのである。
ロシア支部
ロシア支部は難民問題を哲学的・精神的な課題として受け止めた。
宗教指導者や思想家が先頭に立ち、難民を「同じ宇宙に生きる兄弟姉妹」と位置づけ、共生の必要性を強調した。その一方で、軍事部門は大量移民がもたらす潜在的脅威を強く警戒し、難民キャンプ周辺における厳重な軍備配備を実施した。
結果として、社会全体では「理想と現実の乖離」が際立つことになった。
文化的には、ロシア特有の共同体意識と精神共鳴が難民との親和性を生み出し、思想的交流が活発化した。
だが同時に、移民流入による資源配分の問題は深刻であり、経済的緊張は高まった。
ロシア支部は「共生と防衛の二重路線」を採用せざるを得ず、社会的分裂を抱えながらも独自の調和を模索する姿勢を示した。
中国支部
中国支部は難民受け入れを「国家的事業」として積極的に推進した。膨大な人的資源を受け止めることで労働力の拡大を見込み、テラフォーミング事業や新惑星都市の建設に大量の難民を労働者として組み込んだ。
その結果、開発速度は飛躍的に向上し、中国支部は「惑星移住計画」の実務的中心としての役割を果たした。
しかし、労働力としての利用が進むにつれ、難民側に「搾取感」が芽生え、抗議運動が発生するようになった。これに対して中国支部は情報統制を強めつつ、同時に「文化交流施設」や「難民教育プログラム」を整備することで反発を抑えようとした。
中国支部は移住計画を経済的拡張の契機と捉えつつも、文化的摩擦を抑えるためのバランスに苦心する姿勢を見せたのである。
欧州支部
欧州支部は文化的側面から難民受け入れにアプローチした。歴史的に多民族共存の経験を持つ欧州は、この事態を「多次元版の移民問題」と位置づけ、哲学者や言語学者が中心となって「文化融合研究会」を立ち上げた。
ここでは精神共鳴翻訳技術を基盤に、難民と受け入れ市民の共通文化的価値を探る試みが進められた。
民衆は「異文化共存の新たな実験」としてこの受け入れを比較的寛容に受け止めたが、一部地域では治安の悪化や経済負担が顕在化し、反難民デモも発生した。
それでも支部は「対話による調和」を重視し、文化交流イベントや学術的討論を通じて問題解決を図った。欧州支部はこの難民問題を契機に、文化外交の中核拠点としての地位をさらに確立したのである。
アルメシアIII支部
アルメシアIII支部は新天地への移住先として最も注目された場所である。
既存のテラフォーミング計画が加速され、難民居住区の建設が急ピッチで進められた。
アルメシアIIIは生態系が安定していたため、移住適性が高く、難民たちは比較的迅速に定住を始めた。
しかし同時に、既存研究者や探検家、宗教団体との利害対立が顕在化した。
遺跡群周辺への移住制限や宗教的聖地としての保護をめぐり、難民と既存居住者の間で衝突が生じたのである。
支部はこれに対処するため「調停評議会」を設置し、文化的・宗教的要因を考慮した居住区の再配置を進めた。
その結果、一定の妥協点が見出されたが、アルメシアIIIは「希望と摩擦の惑星」として新たな歴史を刻むことになった。
レクス・セリア共同支部
レクス・セリア共同支部は精神共鳴技術を最大限に活用し、難民受け入れの「精神的調整拠点」として機能した。
ここでは難民と受け入れ市民が精神層で直接交流し、恐怖や不安、希望といった感情を共有することで、物理的な摩擦を和らげる試みが行われた。
また、共同支部では「意識共有演劇」や「精神共鳴ワークショップ」が頻繁に開催され、難民の心的外傷のケアや文化的理解の深化に寄与した。
しかし、精神的共鳴に馴染めない難民層との断絶も生まれ、精神適応の成否が社会的分断の要因となった。
共同支部は「心のインフラ」として重要な役割を担いながらも、精神共鳴技術の限界を露呈する場ともなったのである。
シリウス系支部
シリウス系支部は安全保障と物流の両面から難民問題に対応した。
膨大な物資供給と人口移動を受け止めるため、宇宙港と防衛艦隊の稼働が最大限に引き上げられた。
難民の一部はシリウス系の交易活動に労働力として組み込まれ、経済的には活性化が見られた。
しかし、軍事的観点からは「難民に紛れた工作員や犯罪者」の流入が懸念され、監視体制が強化された。
その結果、シリウス系は「防衛と共生の最前線」として位置づけられた。
支部は難民を単なる受け入れ対象ではなく、銀河秩序の中で新たな役割を担う存在として活用する方向に舵を切ったのである。
パラレルワールド支部(第零界)
第零界支部は独自の時空律法によってポータル干渉が厳しく制限されていたため、難民受け入れに消極的であった。
しかしピースギア本部の決定に従い、限定的な受け入れを開始した。
ここでは文化的干渉を最小化するため、難民は隔離型居住区に収容され、徐々に社会に統合される方式が取られた。
支部は「過剰な干渉を避けつつ人道を果たす」という難しい使命を担い、慎重な運営を続けた。
その一方で、第零界固有の宗教勢力が難民受け入れを「律法違反」として糾弾し、社会的緊張を引き起こした。
最終的に支部は「調和指数」の計測を通じて、難民が社会に与える影響を数値化し、段階的に受け入れを進める方針を固めた。第零界支部は、倫理と現実の狭間で調和を模索する象徴的な存在となったのである。
ピースギア外惑星系戦争時代
最終更新:2025年09月23日 22:30