ピースギア技術:ID-Trace分離識別網


1. ID-Trace分離識別網の概要

ID-Trace分離識別網(Identification Trace Separation Surveillance Grid)は、ピースギア構成員の存在情報と行動履歴を次元座標単位で正確に記録・監視するために設計された全自動監査網である。
この網は、1個体につき唯一の多次元IDを付与し、複数の世界線・時系列・物理則を跨いで行動する存在の「同一性」を保ちながら、行動の証跡を分離管理できる点に最大の特長を持つ。
本システムでは、構成員のP-Link端末や生体信号に連動して発生する「存在波形」をリアルタイムで抽出し、それを多次元空間上の座標フレームに対応づけて記録する。
これにより、対象がどの次元、どの世界線、どの時間帯にいたかを秒単位でトレース可能となる。
また、時空間の再構成やポータル転移が発生した際には、ログの整合性を維持するため、Q-FLS(量子前線レイヤー通信網)を介してログ情報を即時補正する処理が組み込まれている。
この網は、単なる監視目的にとどまらず、任務評価・倫理監査・世界線管理などにも深く関与している。
特に倫理観察ユニットでは、構成員が任務中にどのような判断を行い、どのような行動を選択したかを追跡することで、精神的傾向や指揮適性の判定材料として利用されている。
ID-Trace分離識別網は、「存在すること=証明されること」という哲学的前提を基盤に設計されており、証跡が記録されない行動や存在は、ピースギア内では「存在していないもの」として扱われる。
そのため、構成員はすべての任務において、自らの行動が必ずこの網に記録されているという前提のもとに動いているのだ。

2. 次元座標単位の認識アルゴリズム

ID-Traceが採用する次元座標単位の認識アルゴリズムは、一般的な三次元時空の枠を超え、11次元座標系を基本フレームとして設定されている。
このアルゴリズムは、時間・空間・位相・因果・エントロピー傾向・物理定数の可変性など、多層的なデータ構造を解析対象として取り扱う。
これにより、対象が存在している次元の物理法則が異なる場合でも、座標情報の正確な読み取りと記録が可能になる。
この認識方式の中核には、超次元量子観測素子「DQR(Dimensional Quantum Receptor)」が存在し、対象の周囲に存在する次元的歪みや固有波動を検出・照合することで、対象の「現在座標」と「遷移履歴」を一貫して把握できる仕組みとなっている。
DQRは物質的接触を必要とせず、構成員が移動、変質、自己崩壊、再構築などの高次元的イベントを経た場合でも、認識連続性が維持される。
また、複数存在する並行世界線上において同一個体が重複して活動している場合、ID-Traceはこれらの存在を「分離個体」として自動判定し、それぞれに副次IDを割り当てる処理を行う。
この副次IDは、主IDと連携しているため、監査官は統合的な視点から対象の全体行動を俯瞰的に把握することができる。
この認識アルゴリズムの恩恵により、ピースギア構成員が世界線を超えて活動する際にも、自身の記録が曖昧化したり欠落することなく、常に整合された存在証明として保たれる。
その結果、任務中の不整合や混乱が減少し、より高度な判断と行動が可能となるのだ。

3. 行動ログの記録・保存システム

ID-Trace分離識別網の中核を成すのが、行動ログの記録および保存システムである。
本システムは、構成員が行ったすべての選択、発言、移動、戦闘、思考反応、さらには非言語的な判断や感情波動までを、時系列に沿って高密度かつ低遅延で記録する能力を有している。
このログは、個別構成員ごとに生成される専用の「DIDプロファイル(Dimensional Identity Document)」に蓄積され、各次元・各世界線・各任務ごとの記録を完全に分離・保存する形式を取っている。
また、保存形式には量子暗号技術が応用されており、外部からの改ざんや複製は原理的に不可能である。
ログ記録は常時自動で行われるが、構成員が自身の意志で「ジャーナル入力」を行うことも可能であり、これによってログに主観的な解釈や補足が加えられる。
これにより、事後監査や任務評価の際に、より文脈的・心理的な側面からの解析が可能となる点が評価されている。
さらに、記録された行動ログはQ-NET(量子中枢監査網)に定期的にバックアップされ、構成員の死亡・消滅・記憶損壊が発生した際には「Mem-Lock転送処理」によって最後の瞬間の情報が回収される。
この処理は倫理上の議論を呼ぶこともあるが、任務成功率の向上や次回任務へのフィードバックとして非常に重要な役割を果たしている。
このように、ID-Traceの行動ログシステムは単なる監視手段に留まらず、ピースギア全体の知的資産として機能しているのだ。

4. 利用目的と倫理的側面

ID-Trace分離識別網は、単なる技術的記録装置ではなく、ピースギアにおける倫理的基盤そのものである。
この網を導入した最大の目的は、多次元・多世界線に跨る任務において構成員の行動責任を明確にし、任務の客観的評価と整合性の維持を行うことである。
異なる物理法則や時間進行の中で行動する構成員にとって、行動の「記録されること」は一種の実在証明であり、それに基づく報酬、裁定、称号授与、追放といった一連の制度もID-Trace上のログを根拠としている。
特に倫理監査委員会では、過去に問題となった「記録なき任務行動」によって世界線融合事故や文明破壊が発生した事例を重く受け止め、すべての構成員に対してID-Traceの常時稼働を義務化している。
この義務は任務中のみならず、構成員の私的行動や休息時にも一部適用されており、一定のプライバシーとのトレードオフが課題として挙げられている。
一方で、ID-Traceによる記録が構成員の冤罪防止、命令違反の適正評価、さらには殉職者の正当な顕彰につながっていることも事実であり、構成員の間では「自由と責任の代償としての網」として受け入れられている傾向がある。
また、構成員自身が自らのログを閲覧・編集する権限は一切持たず、ログはすべて量子署名により固定されているため、記録改ざんや隠蔽といった問題が原理的に発生しない構造となっている。
この非可逆性こそが、ID-Traceを「真実の網」として機能させる鍵であり、構成員はこの網の中でこそ正しく評価され、生きることが許される。
倫理的観点からは、構成員が意図的にID-Traceの干渉を無効化した場合、その存在は組織内において即座に「無存在体(Null Entity)」として分類され、全ての特権と記録が剥奪される。
これにより、ID-Traceは構成員の存在性を保証すると同時に、それを剥奪することによって組織秩序を保つ裁定装置としての側面も持つに至っている。

5. 無記録空間(Trace-Gap)への対応

ID-Trace網にも例外は存在し、それがいわゆる「Trace-Gap(トレース・ギャップ)」と呼ばれる現象である。
これは、存在波形の完全な記録が不可能となる空間や時点を指し、多くは物理法則の不連続領域や、観測者原理が適用されない「観測無効空間」に発生する。
Trace-Gapは、ブラックホール中心部や特異点密度領域、あるいは高次元で自己閉鎖したポケット宇宙などに典型的に発生し、構成員がその領域に侵入した際には記録が断絶するという重大な問題を引き起こす。
そのため、Trace-Gapは「次元航行における暗黒域」として特別な警戒対象とされ、侵入時には事前に複製ログの作成とQ-Netセーフティシェルによる保護措置が義務づけられている。
また、Trace-Gapから帰還した構成員は、復帰後に「ログ復元監査」を受ける必要があり、DIDプロファイルとの照合において矛盾や欠損が確認された場合には、即座に隔離処置が施される。
これは、Trace-Gap内での非観測行動が重大な世界線改変や存在汚染につながる可能性を否定できないためであり、ピースギアの次元安全保障にとって最重要の懸念事項となっている。
なお、現時点で確認されているTrace-Gap事例の中には、帰還者が自身を「同一個体」と認識していながらもログ照合において完全不一致を示す「擬存体」ケースが複数存在しており、これがID-Trace網における今後の最大の課題とされている。
擬存体は、「記録なき存在は、もはや存在ではない」というピースギアの基本規範に抵触する存在であり、その取り扱いについては、倫理監査委員会と多次元研究評議会の間で激しい議論が続いている。

6. 今後の展望と進化系統

ID-Trace分離識別網は、現在でも十分に完成された監査網として機能しているが、今後の次元航行環境の変化に対応するためには、さらなる技術的進化が必要とされている。
特に課題とされているのが、非線形時間構造下における記録の整合性保持と、自己複製的存在(Self-Reproducing Entity)への対応である。
これらの存在は、自己自身を複数の時間線に同時に存在させたり、記録から自身を消去した上で再度復元するといった行為が可能であり、従来のID-Traceではその動作全体をトレースすることが難しい。
そこで、次世代ID-Traceでは「観測点自己生成AI(OBS-Core)」を導入し、記録対象を自律的に生成・追跡するメタログ構造が検討されている。
この技術が実用化されれば、現在のID-Trace網が抱える全ての未知領域を可視化することが可能となり、ピースギアの次元制圧能力は飛躍的に向上すると予想されている。
さらに、構成員が自己のログを「他者にとっての観測点」として再定義する研究も進められており、これはいわば構成員自体が移動可能な監査端末となる未来の姿である。
このような動きは、ID-Trace網が単なる記録装置から「世界線の再構築エンジン」へと進化しうる可能性を示しており、その技術的・哲学的意義は計り知れない。
今後のピースギアにおけるID-Trace網の役割は、ますます重要性を増していくだろう。
最終更新:2025年07月20日 10:30