巡りゆく星たちの中で > 優しい噓

未来因果班。
その日は珍しく緊急任務もなく、詰所は穏やかな空気に包まれていた。
けれども、そんな一日の中でさえ、キューラの「嘘を見抜く力」は静かに目を覚ましてしまう。

昼休み。
綾音が買い出しから戻り、皆に温かいパンとスープを振る舞った。
調理場の片隅でレオンが珍しく冗談を飛ばし、場が和む。

綾音「ほら、キューラも食べなさい。特にこのハーブパンはあなたの好みに合うと思う」
キューラ「ありがとう、綾音」

そう言って受け取った瞬間、キューラの胸にひやりとした感覚が走った。
パンを差し出す綾音の声色に、微かだが“歪み”があった。

キューラ(……優しいけど、嘘の匂い。なんで?)

夕食のあと。
皆が雑談をしている中、キューラは綾音を廊下に呼び出した。

キューラ「綾音……さっきのパン、本当は僕の好みに合わせたものじゃないよね?」
綾音「……」
キューラ「ごめん。僕にはわかるんだ。あなたが“本当のこと”を隠してるって」

綾音はわずかに目を伏せ、やがて小さく苦笑した。

綾音「やっぱり……隠し通せなかったか」

綾音が静かに語り出す。

綾音「実はね、そのパンは君のために選んだものじゃないの。期限間近で売れ残っていて……もし廃棄されればもったいないと思ったから買ってきただけ。だけど、それをそのまま伝えたら君が気にすると思ったの。だから“君の好みに合わせた”って言ったのよ」

キューラ「……優しい嘘、なんだね」
綾音「そう。ほんの小さな優しさ。でも……君には嘘だと見抜かれてしまった」

キューラは胸が締めつけられるように感じた。
綾音は誰かを傷つけるためではなく、むしろ守るために嘘をついた。
それを暴いたのは――他ならぬ自分。

キューラ「僕……綾音の気持ちまで暴いちゃったんだね」
綾音「責めてなんかいない。君が嘘を見抜くのは宿命みたいなもの。むしろ感謝してるくらいよ。私たちの“弱さ”までちゃんと受け止めてくれるんだもの」

キューラ「でも……僕が嘘を見抜けば、優しい気持ちも剥がれてしまう」
綾音「剥がれてなんかいないわ。むしろ本当の理由がわかったからこそ、君に伝わったでしょう? 私がどれほど君を気遣っているか」

キューラ「……っ」

その瞬間、キューラは気づいた。
“優しい嘘”を暴すことは、人を悲しませることではなく、むしろその奥にある「本当の想い」を掬い上げることなのだと。

夜。
窓辺で星を見つめながら、キューラはそっとつぶやいた。

キューラ「僕はきっと、これからも優しい嘘を暴いてしまう。それで傷つけることもあるかもしれない。でも――嘘の奥にある本当の優しさまで、必ず受け止めよう」

彼女の瞳は揺れる星の光を映し、かすかに濡れていた。
だがその表情は、どこか穏やかだった。

翌朝。
綾音がまた買い出しから戻る。
今度はパンを差し出しながら、笑って言った。

綾音「今日は本当にあなたの好みに合わせて選んだわ。信じて?」
キューラ「……うん。今度は本当だね」

二人の間に流れた沈黙は、以前よりずっとあたたかかった。
最終更新:2025年08月24日 06:43