俺の名前は
エンリル。私立探偵だ。
なんと名探偵シックル・エレクセイの息子だ。すごいだろう。
しかし……俺は無名だった。そもそも一人前かどうかすら危うい。
依頼が来てもペット探しとか迷子探しとかお財布探しとかうん。
よくても配偶者が不倫してるかしてないかとかそういうなんかもうね、うん。
「もうちょっと刑事事件に関われるようなでかい探偵になりたいもんだ……」
おっといけない、今日は久しぶりに依頼人から相談があるんだ。
俺の行きつけの『純喫茶・白種(しらたね)』で待ち合わせだ。
俺はいつもここでブラックコーヒーを飲むのが日課だ。なかなかハードボイルドだろう。ふふん。
「エンリルさん。毎度毎度無理してブラックコーヒー飲まなくてもいいじゃないですか。ここには紅茶もあるんです。
それに今は私とエンリルさんしかいませんし、気取ることもないでしょう」
「いや、あと10分で依頼人が来るし」
「あ、そういえばエンリルさん。その依頼人の方ですが急用があって遅れてしまうらしいですよ。5時間ぐらい」
「なん……だと……」
ご、5時間だと。どんだけだよ。どんな用なんだよ。バックレじゃないよな? 依頼人だし。
一体どんな用だか知らないが困ったな。
まぁしょうがない。とりあえず紅茶を頂いていったん帰r
「やっと見つけた……! エンリル・エレクセイ!」
おかしいな。入り口のベルの音とともに俺を呼ぶ少年だか少女の声が聞こえるぞ。今回の依頼人は成人男性だったような?
振り返ると心底嬉しそうな笑顔をした見知らぬ女の子が立っていた。多分ラフレシア。服を見るにランスランド人。
「うわぁ……本当に目立つくらいベタな探偵の格好をしているよ。
世の中にこんな探偵が実在したのかぁ……あの名探偵の
シックル氏すら撮影用じゃないときは普通のいでたちだっていうのに」
感激してるのはいいがなんか失礼だぞなんなんだ。
「おい、お前一体」
「マスター、梅昆布茶をいただけるかい? ないならお勧めのコーヒーでいい。それから彼と二人きりで話せる個室もあると嬉しいな」
「おい、話をきけ」
「かしこまりました。
こちらへどうぞ」
「え、マスター通しちゃっていいの、ていうか俺の意思尊重して、俺の意思!」
「どうせ依頼人は5時間は来られません。それほど長い時間使うわけでもないでしょう」
「ありがとうマスター。それだけあれば十分さ」
わけもわからぬまま見知らぬ少女と俺は二人きりで個室に閉じ込められてしまった。
彼女は梅昆布茶を一口飲むと、一息ついた後に自己紹介をした。
「さて、紹介が遅れたね。僕の名前はユテナ・アストラ。僕の名前は聞いたことはあるはずだ」
うむ、確かに何処かで聞いた事がある名前だな。どこだったかな……
俺は記憶を手繰り寄せてみた。
「!!! 親父が倒れる前に必死に探してた家出娘の名前じゃねーか!」
「ご名答」
「んで? その家出娘が俺になんの用なんだ」
「単刀直入に言うと、君の父親に紹介されたんだ」
「え?」
「君の父親はある組織に所属していた僕を組織から引っ張り出したんだ。でもそのときに彼は負傷して意識を失ってしまった。
これは君も知っているね」
「おう、当然だ」
組織うんぬんはともかく親父が倒れたのはもちろん知っている。真っ先に病院から電話がかかってきたんだ。
そのときの行動の速さはいまだに覚えている。そして眠ったままの親父の姿も。
「そしてそのとき君の父親を病院に運んだのは僕だ」
「あ、その節はどうも」
「当然のことをしたまでさ。僕のせいで彼がああなってしまったんだ。さて話を戻すよ。彼が意識を失う前に
「一度故郷に帰り、親に自分の無事をしらせた後、もしまだこの国が嫌だったらグラーディアにいる自分の息子に頼れ」
って言われてね。ここは素直に彼の言うことを聞いて帰省したんだ。
ここまでやってくれたのに僕の身勝手で彼の依頼を完遂させないのは酷ってものだろう。
まぁ帰省して、以前ほど嫌悪感は抱かなかったんだけど彼の最後の言葉がどうにも引っかかってね……」
「親父が死んだみたいに言うのやめろよ。大体引っかかるってなんだよ。家出の当てを紹介しただけじゃないのか?」
「ごめんごめん。僕が彼の言葉を聞いたのはこれが最後だったからね。
考えてもごらんよ。彼が君をグラーディアへやったのは何のためだと思う?」
「なんでって俺が自立して一人前になるためだろ?」
「はぁ、本当に君はシックルの息子なのかい? 僕がいた組織は情報を取り扱っているんだ。しかも君の父親は有名人。
有名人の彼が組織に楯突いたとなると当然家族である君にも危害が及ぶ可能性がある。
だから彼は自分から君を引き離したんだ」
なんでこいつこんな上から目線なん……?
でもこいつの言うことは嘘ではないらしい。事情を聞けば確かに親父らしい行動かもしれない。
「でも妙なのは何故組織で追われると予想がつく僕を君のところにやろうとしたのか。それがわからないんだ。
君に危害が及ぶ可能性が増えてしまうだけだ」
「……やれやれこれだからお子様は」
「ん? どうしたんだい」
「そんな簡単なことも見抜けないとはな。インテリぶっているけど甘いようだな」
「ほう、半人前にすらなっていない君がわかるというのか。面白い、聞かせてくれたまえ」
「うん、お前初対面かつ年上に対する態度をもう少し勉強しような。簡単だ。俺がそれだけ親父に信用されてるってことだ。
俺がお前を守れってことさ」
「……癪だなぁ」
「なんで俺こんなにナメられてんの?」
「とにかく話は以上だ。ということで君の家に住まわせてくれまえよ」
「……まぁそうなるよな。わかった。ただし仕事の邪魔はするなよ」
「わかっているとも。邪魔はしないよ……」
こうして俺の家に成り行きで女の子が同居することになってしまった。
「マスター、彼の家に住むことになったよ。あと梅昆布茶美味しかったです」
「それはそれは。エンリルの世話をしっかりするんですよ」
「いや、世話するの俺のほうだから」
「冗談です」
マスターは笑っているが冗談に聞こえなかったぞちくしょう。
最終更新:2012年01月19日 23:30