彼女には超えなければならない背中があった。
それは様々な武勲を誇る他ならぬ父の背中。
デンリュウに進化した今背丈では父と同じ目線であれど、それでも父の存在はあまりにも大きすぎるものだった。
その父がある日姿をくらました。
父の率いる騎士団と共に……
─1─
たとえ二回進化を経験した彼女であれども限界は訪れる。
広大な平原を見くびっていた彼女は、わずか数日分の食料と水分だけで平原の中央に位置する王都「シリウス」をあろう事か徒歩で目指していたのだ。
一般的には彼女の住んでいた村から王都まで歩きで約三日なのだが、彼女の種族はデンリュウ、普通のポケモンより歩幅が大幅に短く歩行速度も遅いことを考慮しなければならなかったのだ。
しかしそれを忘れていた彼女は道中で水も食料も尽きてしまい、薄れ行く意識の中限界の訪れを感じていた。
─2─
彼女は何者かに揺さぶられる感覚で目を覚ました。
「…… ……!」
「う、ううん……」
はっきりしない意識の中、彼女は聞きなれない青年の声に何とか答えようとしていた。
だんだんとはっきりしてくる意識、徐々に霧が晴れていく視覚、鮮明に蘇る記憶。
どうやらここはどこかの建物の中のようだ。
そしてベッドの中に寝かされていたらしい。
ベッドの側には彼女の片手槍とそれを持つための機械で作られた手袋、左腕に固定して使う丸型の小型盾、そしてそれらに添えるように丁寧にたたまれた深緑のマフラー。
それら彼女の持ち物が全て革製の袋の中に収められていた。
「もしかして、あなたが助けてくれたの?」
そこには心配そうな目つきで彼女を見つめる一人のジュカインがいた。
「お、気がついたか」
彼女の安否を確認するや否やジュカインに安堵の表情が現れる。
「ああ、道端で倒れていたから驚いたぜ」
彼の言葉で彼女は全ての記憶を取り戻した。
「そうだ、ここはどこなの?」
「街道の宿屋さ、まぁタコ部屋だから代金の心配はいらねぇ」
彼女は一瞬ホッとしたいような、それとも怒りを覚えたいような複雑な気持ちに襲われた。
しかし肝心なことを忘れていることに気がついた。
「まだ名乗ってなかったわね、私はリリ、リリ・ムーン」
「俺はノア・リーフだ、よろしく頼むぜ」
「ええ、
こちらこそ」
互いに名乗った二人は握手を交わした。
その直後リリのお腹が鳴った。
「そういえばあれから何も食べてなかったわね……」
「しょうがない奴だな」
照れ隠しをするリリにノアは呆れ顔で返した。
─3─
二人は宿屋を後にしリリは王都に向かおうとした所で、彼女はノアが同じ方向に歩き出したことに気がついた。
「あら、あなたも王都に?」
「ああ、氷焔から集合命令かけられているんでね」
「氷焔?」
リリはその名を耳にしてはっとした。
「聞いたことがあるわ、たしか報酬次第でどんな依頼もやってのけるギルドが5年前にできたらしいって」
「ああ、ちょっとした探し物から暗殺までな」
それを聞いてリリは顔をしかめた。
「あまり感心できるギルドじゃないわね」
それを聞いたノアも顔をしかめて返した。
「だがリリも傭兵だろう?」
「でも私は騎士の誇りと共に戦うの、汚い仕事はできないわ」
「ふっ、まぁいいだろう」
実際リリは傭兵として働いた経験もある。
しかしそれはポケモン達を守るためと自分に言い聞かせていたのだ。
リリは誰かに仕えるわけではない。
それでも困っているポケモン達を守るために彼女は傭兵騎士となったのだ。
「ほら、ボヤボヤしてないで前見ろよ」
ノアの呼びかけにリリは我に返った。
「王都シリウスが見えてきたぞ」
恐らくリリの足で王都まで残り数時間といったところか。
「そうだ、リリは王都に何の用事で向かっていたのだ」
ノアの問いかけにリリの表情が固まる。
「……父さんを探すためよ」
「そうか、王都に行けば何か手がかりがつかめるのか?」
「分からない、でも他にあてがある訳でもないの」
「……」
ノアもリリの事情を聞き表情が固まってしまった。
お互い無言の状態が続くまま数分が過ぎたが、ノアが沈黙を破った。
「リリ、王都に着いたらどうするつもりだ?」
「とりあえず王宮に向かおうと思います、父の手がかりがあるかもしれないから」
「王宮か、まさかとは思うがその親御さん『クァス・ムーン』というのではないか?」
ノアの言葉にリリは驚きの表情を隠せなかった。
「ご存知なの!?」
リリの言葉に呆れ顔でノアは返す。
「あのな『クァス・ムーン』と言ったら
シリウス王宮騎士団第一師団長を思い浮かべるだろうが。
まさかその娘さんが行き倒れているとは思わなかったがな」
リリは赤面した。
「まぁいい、本当に困ったときは氷焔に来てくれ、しばらくは王都南西の宿屋に滞在しているからな」
「ええ」
リリはノアの気遣いに感謝した。
しかし内面ではまだ氷焔に対する不信感も抱いていた。
(報酬で仕事をするなんて…… でも……)
まるで金の亡者の巣窟ではないか、彼女はそう感じていた。
しかし、傭兵と騎士という本来相容れぬ二つの職業を併せ持つ彼女は複雑な心境だった。
そうしているうちに二人は王都にたどり着いた。
「ではここでお別れだな、親御さんに会えるといいな」
「ええ、あなたも頑張ってね」
ノアと別れたリリは王宮に向かって歩き出した。
突如姿を消した父の手がかりを求めて……
最終更新:2010年07月16日 20:50