「ガザロフ中尉はいつも作戦会議のときには遅れてきて、いつも息を切らしているな」

ニーズヘッグ級駆逐艦「テドリガワ」の艦長、キース・ファーランダー大佐がおどけて言った。

すでに旗艦「アームスヴァルトニル」の作戦会議室にはファーランダー大佐のほか
本艦隊司令官ブルース・ディッドマン准将、ブラギ級宇宙空母「マジョラム」艦長アンドレ・マルホス大佐、
首席副官べリンダ・マーガン大尉、次席副官マイケル・ニーダ中尉など
すべての幹部が集まっていた。
皆ファーランダー大佐の軽口に苦笑したが、司令官ブルース・ディッドマン准将はその端正な顔立ちを崩すことなく、目を資料にやっていた。

確かにヒロコは今まで会議に時間通りに来たことがなかった。それに前回の作戦のときは、場違いな質問をして会議を長時間中断させてしまった。
ヒロコは赤面しながらマーガン大尉の隣に座り、小声で

「すみませんでした」

と言ったが、大尉は何も言ってくれなかった。
(こ、恐い…!)と思ってる間に照明が暗くなり、モニターに作戦宙域の疑似映像が映し出された。

モニターには冥王星周辺の宙域が天頂方向から映しだされている。
艦隊到着地点の前方に冥王星が立ち塞がり、その向こう側に目標である軍事基地グリトニルがある。冥王星の右側の空間には第1衛星カロンが、そして左側には無数の小惑星や氷塊がある。
マーガン大尉が説明を始めた。

「哨戒機からの情報では、周辺宙域には巨大艦艇の姿はないということです。
 艦艇が隠れられるような場所はグリトニルと衛星カロンの間にある艦艇の残骸群、通称「艦艇の墓場」、
 戦闘機などの小型艇であれば小惑星や氷塊の陰に隠れている可能性があります。
 また冥王星の希薄な大気の下に潜むことも可能です」

ここまでは事前に出席者に渡されている情報である。
この会議では、それぞれが考える作戦を持ち寄り、協議して作戦内容を決定するのが目的である。

ちなみに第4艦隊の構成は、旗艦であるヴァナルガンド級巡航艦アームスヴァルトニル、
ミサイル駆逐艦ニーズヘッグ級1隻、そして新造のブラギ級宇宙空母2隻、艦載機190機、
ヨルムンガンド級輸送艦が4隻となっている。
ブラギ級宇宙空母は、予定ではもう1隻配備される予定であったが、第2艦隊へ急遽回されることになり、その分艦載機も大幅に減ることになった。輸送艦はこのまで物資を運んできたものが一時的に合流しているにすぎない。
艦隊の規模が予定より小さいことは司令官ディッドマン准将の悩みのタネだった。

議題は主に、冥王星の向こうにあるグリトニルへどのような接近ルートを通るかで意見が交わされた。

ブラギ級宇宙空母の艦長アンドレ・マルホス大佐は氷塊が比較的少なく、艦載機に制御がしやすい衛星カロンを迂回するルートAを、
ニーズヘッグ級駆逐艦の艦長であるキース・ファーランダー大佐は艦載ミサイルで氷塊を破壊しながら進行するルートBを、
その他にも数名が冥王星の地表付近を通るルートCをそれぞれ推していた。
艦隊幹部がそれぞれの部隊が活躍できるルートを主張するため、会議は収集が着かなくなっていた。

しばらくして、眉をひそめていたブルース・ディッドマン准将が不意にヒロコに意見を求めた。

「ガザロフ中尉。貴官の提案は?」

考えられないことだった。一同はヒロコと准将の顔を交互に見やった。
マーガン大尉の顔には緊張が走り、ニーダ中尉は眉をひそめて「やれやれ」という表情を
した。

当人のヒロコはモニターを見ながら思案にふけっており、初めは自分の意見を求められていることに気がつかなかったが、少し間があって、慌ただしく胸のポケットから携帯メモリーを取り出し、端末のスロットに差し込んだ。そして皆のモニターに映像が表示されるのを待って説明を始めた。

「艦隊を、ルートAとルートBの両方で進攻します。そして…」

「おい、何を言っている。そんなことをすれば各個撃破のいい餌食になることくらいは学校で習ったろう?」

ファーランダー大佐が指摘する。発言はしないが、この場にいる全員が同じ感想だった。
マーガン大尉などは一瞬気が遠くなりそうな表情をして見せた。
しかしヒロコは物怖じすることなく

「まだ途中です。説明を最後まで聞いてください」

そう言って作戦の説明を再開した。

説明が進むにしたがってディッドマン准将は少しとがったあごに手を添え、時折うなずきながらヒロコの説明を聞くようになった。
マルホス大佐、ファーランダー大佐の両艦長も最初いぶかしげに聞いていたが、やがて興味深く聞くようになった。
マーガン大尉はヒロコの作戦が上手く行くように思えなかったが、上官の反応を見て戸惑い始めた。
人の顔色をうかがうのが得意なニーダ中尉は上官の反応を見て自分も興味深いふりをして聞くことにした。

一通り説明が終わり、しばしの静寂のあと、ディッドマン准将が言った。

「基本的には、ガザロフ中尉の案で進める。異論はないですね?」




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最終更新:2009年08月25日 19:56