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眠り姫を覚ますには

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rozen-yuri

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眠り姫を覚ますには

 通いなれた廊下を進みナースステーションへと行くと、そこの看護婦が花束を持った巴を見つけて笑顔を浮かべた。
 もう既に顔なじみであり、誰の見舞いに来たのかは何を言わずとも分かる。
「フォッセーさんのお見舞いですよね?」
「ええ。どうですか様子は…」
 巴がそう聞くと看護婦は少し表情を曇らせて首を横に振った。
「…まだ眠ったまま。どこも悪くないはずなのにね…」
「そうですか…」
 大方予想していた答えだが、それでも少し残念に思う。
 その巴に看護婦は表情を笑顔に戻して口を開く。
「さ、行ってあげてください。お見舞いに来てくれる人もいないから…きっと喜んでると思いますよ」
「…はい、いつもありがとうございます」
 看護婦にお辞儀をしてナースステーションからその病室へと向かう。
 病室の前に来ると、一応ノックをした。返事が返ってくる訳が無いけれど。
「フォッセーさん、お邪魔します」
 そう扉に声を掛けてゆっくりと扉を開く。
 病室の中には、ベッドの上で目を閉じて横になっているオディールだけがいた。
 巴が見舞いに来るようになってから変わることの無い光景。
 巴は病室に入っていき、ベッド脇に置いてあるイスに腰掛けてオディールの顔を見る。
 一見すればただ眠っているだけに見えるその穏やかな表情。
 だがこの状態がずっと続いており、腕に繋がっている栄養の点滴が彼女が普通じゃない事を示している。
「また来ちゃいましたよ、フォッセーさん」
 話し掛けても当然反応は無い。巴はそれを意に介さないように柔らかな笑顔で話を続ける。
「今日は外も温かくて、長袖じゃ暑いくらいです。半袖で良かったかなって思いました」
 着ていたカーディガンを脱ぎ、それを床に置いた鞄の上に置いた。
 それから膝の上に置いておいた花束を持って立ち上がる。

「前持って来た花枯れちゃったから、新しい花持ってきました。綺麗でしょう?」
 花瓶に生けてある古い花をゴミ箱に捨てる。
 持ってきたときはカラフルだった花だが、今ではしおれ色もくすんでいる。
 それから花瓶の水を新しくし持ってきた花をそこに生けた。
 それをしながら、巴は今までの事を思い返していた。

―※―※―※―※―

 初めて出会ってジュンの家で話をしてから、二人は家を後にすると道すがら少し話をした。
 話題に上がるのは当然雛苺の事。
 オディールは雛苺の事を直接あまり知っていないから巴がその事を話すと興味深そうに目を輝かせていた。
「へえ、そうなんですか…可愛いわね」
「ええ。訳あって雛苺とは別れちゃったけど…今でも雛苺の事は大切」
「そう…おばあさまもきっと同じだったのね」
「そうね…おばあさまの気持ち、分かるような気がします」
 そうしていると分かれ道に差し掛かり、二人はそこで別れる事になった。
「それじゃあ私の学校はこっちだから…失礼しますね」
「私はこっちだから…また会えたら会いましょう」
「こちらこそ」
 そう言って二人は別れた。雛苺が取り持つ縁だからまた会えるだろうと思っていた。

 だがそれから彼女は消息を絶ち、もう国に帰ったのだろうかと思った。
 せめて挨拶の一つでもしたかったが、考えれば連絡し合える物なんて無いんだから仕方が無い。

 しかし、彼女の消息を知ったのは意外なところからだった。
 それは学校で友達と話をしていた時のこと。
「ねえ巴知ってる? 病院に眠り姫がいるんだって」
「眠り姫?」
 話を切り出したのは由奈。眠り姫なんて胡散臭い話に巴は訝しげに聞き返した。
 それに満足そうに由奈は続ける。
「看護婦さんの噂話で聞いたんだけど、十階に眠り続けて入院してる人がいるんだって。何でも金髪が凄く綺麗なフランス人みたい」
「…フランス人…?」
 フランス人、という単語を聞いて巴はハッとする。オディールも確かフランス人だ。
 嫌な予感がして、巴はその先を急かす。
「…もっと詳しく聞かせてくれる?」
「ええ。何だか一週間ぐらいにホテルから搬送されたんだけど、どこも異常無いのに目が覚めないって…」
 一週間、最後に会ったのもその時期だ。ちょうど時期的にも合う。
「怖いけど、何だか神秘的じゃない? 眠り姫なんて呼び名…憧れるわ」
「ちょっと、不謹慎よ。本人の身になってみなさい」
「あ…ごめん…」
 一人うっとりする由奈を注意すると、ちょうどチャイムが鳴って二人は席に戻って行った。
 教科書を準備し、先生が来るまでの間巴はオディールの姿を思い出していた。
(…まさか…フォッセーさん…)
 言い様の無い不安を感じ、心臓の鼓動が早くなる。
 それを落ち着かせようと深く息を吐き、学校が終わったら病院に行ってみようと決めた。

 学校が終わった後、巴は部活を休んでその病院へ向かった。
 病院に入り、その十階まで行くとナースステーションでその“眠り姫”の事を尋ねてみた。
「あの、すいません。ここで眠り姫って言われてる人が入院してるって聞いたんですが…」
「眠り姫…ああ、オディール・フォッセーさんですね」
「っ…!!」
 嫌な予感は的中し、冷水を浴びせられたような気分がした。
 前に会った時はあんなに元気だったのに、まさか本当に入院してるなんて信じられない。
 その凍り付いてる巴に、看護婦は問いかける。
「…えっと、お友達ですか?」
「え…え、ええ。友達です…」
 多少戸惑いながらも意識を戻すと、看護婦は笑顔で頷いた。
「そうですか…よろしかったら案内しましょうか」
「…はい、お願いします」
 それから看護婦について行った先の病室で見たのは、穏やかな表情を浮かべて眠るオディールの姿。
 その姿を見て巴は言葉を失う。これが病人だ何て信じられなかった。
「…フォッセー…さん…」
「安らかな表情でしょう? でもずっとこのままなのよ…体に異常は無いのにね」
 巴の背後から看護婦がそう説明する。それを巴は立ち尽くしたまま聞いていた。
「…不思議でしょう? 異常が無いのに眠り続けるなんて…」
「…ええ…」
 そう搾り出すのがやっとだった。

「家族の方にも連絡しようと思ったんだけど…海外の方だから連絡取れるものが無くて…あなた、分かる?」
「…いえ…私にも、それは…」
「そう…。日本の知り合いの人もいないみたいだから、お見舞いに来てくれたのあなたが初めてよ」
「そうなんですか?」
 巴は体を返し、そこでやっと看護婦と向かい合った。
 看護婦の表情は同情といえる物だった。
「ええ…だからちょっと不憫で…」
「そう…」
 もう一度オディールの方を見る。安らかな顔が余計に辛い。
 押し黙ると看護婦は巴にオディールを任せて出て行き、巴はベッド脇にあったイスに腰掛けた。
 そのまましばらくオディールの顔を見て黙っていたが、巴は一つ息を吐くと口を開いた。
「…お久しぶりですね、フォッセーさん。まさかこんな形で再会するとは思いませんでしたよ…」
 眠るオディールに話し掛けるが、反応は無い。
「雛苺の事色々話がしたかったのに…ちょっと残念です。まだ話はあったんですよ?」
「……」
「…とても安らかな顔ですね…どんな夢見てるんですか? …目が覚めたら教えて下さいよ…」
 話をしていると、ポタリと涙が膝に零れた。居た堪れない気持ちになり、オディールの手をギュッと握る。
 その手はとても温かく、確かに生きているということを示している。
 でも、目を覚まさない。その矛盾が辛かった。
「…なんで…なんでこんな…! あなたは…あなたはただ、雛苺に会いたかっただけなのに…どうしてこんな目に…!」
 やり場の無い哀れみと悲しみが涙となって零れ落ちていく。
 出来るなら一週間前の彼女に戻って欲しい。起きても可笑しくない顔なのに…。

どれくらいそうしていただろうか。不意に病室の扉をノックされ、巴は涙を拭ってその方を見る。
 それから湯気の立っている濡れタオルを幾つか持った看護婦が現れた。
「今から清拭の時間なので、申し訳ありませんが…」
「…分かりました。それでは、私はこれで…」
 巴は帰ろうと、鞄を持って出口へと向かう。
 だが看護婦とのすれ違い様に足を止め、彼女に尋ねた。
「…また来ても良いですか?」
「ええ。むしろ、こちらからもお願いするわ。話すことで刺激になって、目が覚めるかもしれないから」
 看護婦は笑顔でそう答え、巴も微笑んで頷く。
「…ありがとうございます。それじゃフォッセーさん、また…」
 オディールにお辞儀をして病室を後にし、病院を出た頃にはもう既に日は沈んでいた。
(…眠り姫…か…)
 病院を見上げ、オディールがいるであろう病室の方を見た。
 明日は部活が無い。明日も来よう…そう決めた。

 それ以来巴は足しげくオディールの元を尋ねるようになった。
 いつか目が覚めることを信じて、色々な話を聞かせて笑い掛ける…いつしか部活が無い日はそれが当然になっていた。

―※―※―※―※―

「よし、と…綺麗な花でしょう? 私が好きな花なんですよ、これ」
 花瓶に花を生け終え、満足そうな笑みを浮かべてオディールの方を見る。
 当然目を閉じたままだが、巴は笑顔のままベッド脇のイスに座った。
「お金がたくさんあったら、病室を埋め尽くせるぐらい花を買ってきてあげるんですけど…。それでお花だらけの病室でフォッセーさんが眠る…」
 ファンシーなその病室を想像し、まるで本当に童話の世界に入り込んだような気がした。
「…まあ、そんな事したら看護婦さんに叱られるでしょうけど。でも、本当に素敵な光景に思いますよ。本当の眠り姫みたいで」
 どこかうっとりしたような表情で巴は続ける。
「そう言えば、童話の眠り姫って王子様のキスで目が覚めるんですよね。もしかしたら、フォッセーさんもそれで目覚めたりして…」
 自分でそう言って、見知らぬ男…王子がオディールに口付けをしているシーンを想像してしまった。
 すると、言い様の無い不快感が込み上げてきてその表情から笑顔が消える。
 もし仮にそれで目が覚めたとしても、自分は素直に喜べるだろうか。…今の気持ちでは、素直に喜べるわけが無さそうだ。
 血色の良い、綺麗なその唇…これを誰かに取られるのは想像したくなかった。
 想像の中とは言え、思い出したくない光景だ。
(…私じゃ王子様になれないかも知れないけど…)
 吸い寄せられるように顔を近付けていき、その唇をじっと見つめる。
 そして意を決すると、そのまま唇を自分のそれで塞いだ。
 やわらかく、温かい…そして、不思議と甘い気がした。
 たっぷり数秒間その唇を味わい、口を離すと変わらない表情のオディールが目に入った。
 それと同時に、罪悪感が巴を襲う。
(…何…してるんだろう私…)
 相手が眠り続けてるのを良い事に、勝手に唇を奪ってしまった…。
 目覚めるわけが無いのにそんな事をした自分が情けなく、恥ずかしかった。
「…ごめんなさい…」
 それだけ呟くと、巴は鞄を持って早足で病室を出て行った。

 それから数日後、家の電話が鳴り響いた。
 部屋で勉強していた巴は誰かが取るのを待ったが、なかなか出ないので部屋を出て代わりに自分が出た。
「はい、柏葉です。…え? フォッセーさんが目覚めた!?」
 電話は病院からで、その知らせを聞いて巴は思わず大声をあげた。
 キスして以来お見舞いに行く暇が無かったが、まさか今目覚めるなんて思わなかった。

 その次の日、巴は学校が終わると大急ぎで病院へと駆けつけた。
 そして病室に入ると、これまでとは違ってオディールが窓から外を眺めていた。
 オディールは巴の方を向き、優しく微笑んで軽く頭を下げた。それに巴も頭を下げて返す。
「お久しぶり…でもないわね。よくお見舞いに来てくれてたんですってね」
「フォッセーさん…」
「…ありがとう。一日会っただけなのにお見舞いに来てくれて…」
「ううん。雛苺が縁で会ったから、他人の気がしなくて…」
 オディールはベッドに腰掛け、巴も病室に入って慣れた動作でベッド脇のイスに腰掛ける。
 そこで改めてオディールと向かい合ったが、その新鮮な光景に巴は少しドギマギしていた。
 眠っていないオディール…これが当然の姿なのに動揺している自分が可笑しかった。
「私、一ヶ月近く眠ってたんですってね。どうしてなのかしら…」
「看護婦さんも不思議がってましたよ。異常ないのにって…それで眠り姫って、みんな言ってました」
「眠り姫? 私が?」
 不思議そうな表情をして尋ねてきて、巴は微笑んで頷いた。
 それでオディールは少し照れたようにはにかむ。
「…何だか、恥ずかしいわね…。そんなふうに言われてたなんて」
「でも寝顔は凄く綺麗で…本当に眠り姫みたいでしたよ」
「ちょっと、からかわないで」
 二人とも笑い、穏やかな空気が部屋に流れた。

 それから二人は色んな話をしていった。
「…そうそう。私ずっと夢を見ていたわ」
「夢?」
「ええ。雛苺とずっと一緒にいたの。でも今思うと、何だか凄く寒くて怖いような夢だった…」
「雛苺と?」
「雛苺なのに、雛苺じゃない気がして…。ずっとそんな夢を見てた」
「そう…」
「…でも、素敵な事もあったわ」
 頬を赤く染めて、少し俯いて話を続けるオディール。
 それに巴も興味深げに耳を立てる。
「…王子様に、キスされた夢」
「キッ…!!」
 キス、と言う単語を聴いて巴の顔に血液が集まっていくような気がした。
 まさかあの時の事がばれるのではないかと冷や冷やする。
 それに気を止めずオディールは話を続けた。
「暗くて寒い、偽者の雛苺がいる中で王子様がキスしてくれて…凄く温かくて幸せで…素敵だった」
「そ、そう…」
 うっとりした様子のオディールとは対照的に、巴の心中は複雑だった。
 王子様は自分だと気付いてもらいたいが、同時に気付かれたらどうしようという矛盾が心の中で渦巻く。
 それに、王子という事は巴ではない男の姿かもしれない…認めたくないが。
「…どうしたの? 汗かいて…」
「え、いや…何でも…」
 ばれるかと思ってその場を誤魔化したが、オディールはそれ以上何も追求せず二人とも話をし続けた。

―※―※―※―※― 

「もう帰っちゃうんですか…せっかく仲良くなれたのに」
「本来ならもうとっくに帰ってる予定だったから。家族にも心配掛けたから早く帰らないと」
 オディールが目覚めてから数日後、退院した彼女はこれからフランスへ帰る為に空港へ来ていた。
 巴もその見送りでついて来ていて、名残惜しそうにオディールと話を交わす。
「結局、雛苺はここに残る事になりましたね」
「…残念だけど、本人が決めた事だから…でも、素敵なあなたと出会えてよかった」
「素敵だ何て…でも、私もフォッセーさんと出会えてよかったです」
 少し頬を染めて微笑む巴。そこでオディールは腕時計を見た。
 時刻はもうそろそろ飛行機に乗り込まないといけない時間だ。
 オディールは腕時計から巴へと目を移す。
「名残惜しいけど、そろそろ…」
「そうですか…」
「色々ありがとう。…私の王子様」
「え?」
 王子様、と不意に言われて驚いたと同時にオディールが近付いてきて唇に軟らかい物が触れた。
 それは、あの時キスしたのと同じもので…オディールが顔を離し、自分がキスされた事を理解した。
 それからオディールは顔を赤くして口を開く。
「…王子様って、あなたよね?」
「…き、気付いてたんですか?」
「ええ…目が覚めて、あなたが来てくれた時からずっと」
「…嘘…」
 呆気に取られている巴をオディールも名残惜しそうに見つめる。
 だけど、涙が出る気配は無い。

「また夏休みになったら日本に来るわ。今度はあなたに逢いに…ね」
 話し掛けられて巴も意識を取り戻し、笑顔を作って頷き返す。
「ええ。楽しみにして待ってます。色々な所、案内してあげますね」
「楽しみにしてるわ。…それじゃ。向こうに着いたら、手紙送るから」
「うん。…またね」
「またね、王子様」

 そうしてオディールは飛行機に乗って行き、フランスへと帰って行った。
 その飛行機を、巴はずっと見上げて見送った。
(…私が王子様か…童話みたいにいつか…一緒に…)
 異国の恋人を思いながら、巴は飛行機が見えなくなってもその空を眺め続けた。
 真っ青に晴れ渡った、雲一つ無い青空を。

終わり 
 

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