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エコノミカ・ポリティコブナ・スツェパノワ=イヴァノヴスカヤ

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saykaytan

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プロフィールと概要


名前 エコノミカ・ポリティコブナ・スツェパノワ=イヴァノヴスカヤ
英表記 Economica Politicovna Stjepanowa Ivanovskaya
性別 女性
年齢 20代後半
一人称 私
呼ばれ方、愛称 Tanzan
家族構成 不詳
誕生日 7月4日
種族 人間
職業 商人
肩書・階級 旧貴族
好きな物 楽しいことをすること
嫌いな物 面倒なこと
好きな色 緑
趣味 読書、旅に出る、昼寝
苦手なもの 争いごと
行ってみたい国 必要があればどこへでも
座右の銘 三方よし
決めセリフ 贅沢は買うものじゃない
魔法について 無意識に使っていることがある

性格

楽しいことが好きな性格。基本的に日々をのんびり過ごしたいと思っており、そのことは絶対に邪魔されたくないと考えている。商人ということもあり、打算的で「名より実を取る」傾向がある。しかし冷血というわけではなく、異世界で聞いた「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」と呼ばれることを心がけている。

生い立ち

ペルベヌアの商人の生まれであることは判明しているが、出身地は本人曰く「ペルベヌアのメルスハリ」と言っているが、異説もある。本人が語らないがため、資料により差がある。「北方」と呼ばれるところから来たとされる。本人曰く「今から詮索するまでもないし、関係もない」から言わない。
親の代では名家だったようだが、本人曰く「生まれは良いが育ちが悪い」らしい。何があったのかは本人は明かさないが、「名より実を取る」と思わせることがあったらしい。そこから貴族から商人に転身をした模様。
基本的に身分や門地で交友関係を選ぶことはしないが、本人がいう「北方」由来と思われる所作を一通り心得ていたり、そもそも貴族趣味や風習を捨てきれてなかったりなどと、時々商人仲間から顰蹙を買うことも。血には抗えないことが多いと思っているようだ。
魔法については「使う理由がない」として否定的であるが、本人が当たり前だと思っていることについて、それが元々魔法由来であることに気づいていないことがある。

+ 本人に関する有力な仮説
本人に関する有力な仮説
実はペルベヌアではTanzan Economica Politico K. Esteban=Juan y Michaelという名前で生活しており、名前が長い地域はどこにでもあるが、本人曰く「あまり触れないでほしい」と言う。

本人が「北方」から来たのはなぜか、以下の二つの有力な説がある。

①一家が「北方」で政争に巻き込まれ、追われるようにペルベヌアに落ち延びてきた。
②そもそも本人が基本的に義理堅く他人を見下さず、どこか掴みどころのない性格自体が貴族社会に馴染めなかったゆえ、ペルベヌアにやってきた。

本当の理由は本人が黙として語らず、詳細不明である。そもそもどの説も

①そもそも有力貴族であれば生き残れたはずで、いずれにせよ落ち延びるにはペルベヌアは遠すぎる。
②貴族社会では逆にそのような性格の人間が生き残れるはずであり、根拠が薄い。後付けではないか。

という各種の説に対する批判も多い。どれも有力になりうるものではない。

そもそも本人曰く貴族を「見かけは立派だけども、かりそめのようで性に合わない」「花もいつも咲いてちゃ綺麗じゃない。パッと散るからきれい。人間は引き際が大事、散り際が大事」と、どこか貴族文化が肌に合わないかのような言い方をする。
しかし上記した通り、「血には抗えない」としながらも貴族の習わしを一通り心得ていることからも、「本当はタンザンは貴族でいたいのではないか」と噂されることも多く、本人もそれを知っている。そうであるがゆえに、いわゆる「高貴ある者の責務」をむしろ積極的に果たしているとも評される。実際に、本人が貴賤や門地を問わずあらゆる国の人と関わっているのも、今までの話からも分からない話ではない。物を惜しむことがなく、高価なものでも知人に構わず分け与えてしまうこともあり、「世間様では一期一会、袖触り合うのも他生の縁だからね」と気にする様子がない。また自らが貴族出身であることを鼻にかけずに、誰彼構わず接することからもそのことが見てとれる。そのことを言われると、本人曰く「私は、そういう性格なんだろうね」とのこと。

+ ※機密 身元の調査報告書
※機密 調査報告書
親愛なるエーレフィロ様

身元がはっきりしないTanzan Economica Politico K. Esteban=Juan y Michaela(タンザン・エコノミカ・ポリティコ・K・エステバン=フアン イ ミカエラ)ことエコノミカ・ポリティコブナ・スツェパノワ=イヴァノヴスカヤに関し、以下のようなことがわかりましたので、私…(塗りつぶされている)がここにご報告いたします。以下、乱文乱筆をご容赦ください。

タンザン・エコノミカ・ポリティコ・K・エステバン=フアン イ ミカエルことエコノミカ・ポリティコブナ・スツェパノワ=イヴァノヴスカヤ(以下、タンザンと呼ぶ)に関して個人的に調査したものである。極めて配慮を要する情報であるので、機密とする。

① 生まれはどこなのか
タンザン本人はペルベヌアのメルスハリと言っている。ペルベヌアの出生記録を辿ると「タンザン・エコノミカ・ポリティコ・K・エステバン=フアン イ ミカエル」の名はある。「黄金暦275年、メルスハリにて出生。父親:ポリティコ・モイセス・エステバン=フアン(ポリティコ・モイセイヴィッチ・スチェパノフ=イヴァノフスキー) 母親:ジブリル・マリアン・ミカエル(ガブリル・マリアノヴナ・ミハイロワ)」と書かれている。括弧内は打ち消し線がなぜか引かれている。このことから、本人といっていることと齟齬はない。

② そもそも疑念の発端はどこなのか
誰がどう見ても「あの振る舞いはノースネイアで生まれたものとしか思えない」という噂によるもので、そもそも公的に提起されたものではないことに注意を要する。公には上記したことが記録されているので、詮索するだけ意味がない。ただし、興味深い事実があるのも事実である。

具体的な情報がないかと私がベルギア王国のアルカナ学院の書庫で調査をしていたところ、ある小論文がたまたま発見され、気になり深堀り調査をした(以下はやや散文調になることをご容赦願いたい)。

「魔法とその効果、および社会的影響についての考察」 執筆者 ケイ・ミハイロワ

中身は基礎的な内容であり、魔法史や簡単な魔法論について執筆者が調べ、それをまとめた程度のもので、それほど高度の事が書かれているものではなかった。ただどのような魔法があり、どの種族がどんな魔法を使い、そして彼らがどこにどのように住んでいるのかという調査がされていたようであった。そして以下のような一文がその注釈にあった。

「魔法とその効果自体は、私は根本から知ることはできなかった。しかしその影響は計り知れない。目下の政治情勢において、特筆すべき点は多々ある」

私は執筆者について気になりアルカナ学院の職員に訊いたところ、「そのような学生がいた記録はない」とのことであった。しかし小論文とはいえ、教授の認証がついている。そのことを踏まえて改めて訊くと、驚いた様子で「このケースは初めてだ。関係者に訊いてみる」とのこと。しばらくすると「その認証を与えた教授にまで訊いてみたが、知らないとのことだった。ただその教授が呼んでいるので、行ってみてほしい」と返された。早速出向くことにした。
「そのような“学生”はたしかにいなかった」

開口一番にそう言われた。その教授はなにかバツが悪そうとも、少し感慨深げで懐かしむような、少し面白そうにも見えた。「どういうことか」と訊くと、「単なる個別に受講を許した履修生だよ。“学生”ではないから、職員の持つ記録に残らなくて当然だ。」
呆気にとられてしまった。

③ 疑念の正体
「その“履修生”は少しややこしいんだ。久しぶりに思い出したよ。何かあったのか?」と続けた。「タンザンが今ペルベヌアのメルスハリで商人をやっているのですが、個人的に気になって追跡していたのです」
「ん? タンザン? ケイ・ミハイロワのことじゃないのか?」と言われた。
「その“ケイ・ミハイロワ”と“タンザン”は同一人物ではないかと考えています。公にはペルベヌア生まれであると言われていますが、私はタンザンがノースネイア生まれだと考えています」
「うーん、学院を履修したあとのことまでは知らないな。ただし、彼女は魔法というより魔法のもつ効果や社会的影響に随分興味があるようだったよ。視点は学生の大半とは少し違ってはいたが、相応の洞察力と説得力は持っていたね。私も興味深くその小論文を読んだ。ケイの出自を考えれば分かる話だが、私も深くは知らないよ。でもなぁ・・・・確かにノースネイア、隣国だからね。ありうると思うよ」
含みをもたせる言い方であった。
「わかりました、ありがとうございます」
「お役に立てたようで嬉しいよ」

タンザンがアルカナ学院で一時期講義を聴講していたのは、どうも事実のようだ。
しかしなぜ、「ケイ・ミハイロワ」などという変名を使う必要があったのか・・・?

④ 結論と新たな仮説
事情を知る人と話をすることができただけでも、大きな収穫であった。ただし学院も学生のこととなると、もちろん一般人に全てを教えてくれるわけがない。そもそも、その教授がどこまで“ケイ・ミハイロワ”・・・タンザンの素性を知っているのかさえわからない。もう一度、例の注釈を反芻してみる。

「魔法とその効果自体は、私は根本から知ることはできなかった。しかしその影響は計り知れない。目下の政治情勢において、特筆すべき点は多々ある」

これはどういう意図を持って書かれたのだろうか。今から5年ほど前にアストラヴェールが当時のマジスタへ攻撃を仕掛け、制圧、編入をするという歴史的大転換点があり、そのさらに10年前に新大陸の領有さえ宣言をしたことがあった(同時に、無属性の魔法もベルギアのフロリス造成に役立っていたことは特筆すべき事象である)。もとより、タンザンは貴族出身の商人である。これらの出来事を商機と見たか否かは判断がつかない。ただ一つ確かなことは、「タンザンは魔法を探求的解析ではなく、手段的便宜として認識していた」ことであろう。魔法とはそもそも本人に素質があり、アルカナ学院で訓練・学習し習得するものである。そしてそれは学ぶものである以上、探究的解析であろうことは想像に難くない。しかしタンザンはそのような認識をしておらず、教授をして「視点が違う」とさえ言わしめた。

以下、2つの仮説を考えてみたい。

仮説①:貴族ではなく商人であるゆえ、単純に打算的思考を持っていたから。
これは書きながら思うが、暴論である。商人がみな魔法をそのように思ってはいないであろう。魔法は尊重されるべきものである。

仮説②:そもそも本人は魔法それ自体を学ぶ気がなく、魔法が持つその権威性と影響力を考察したかったから。
考えてもみれば、タンザンは中小貴族の血に連なる家の出身である。魔法の素質はあったのかもしれない。ノースネイアは魔法を推奨していない国家であるがゆえ、ベルギアに出向き、魔法を学んだことは考えられる。ただし、本人は何かのきっかけで商人に転身をしている。不自然である点がある。転身したのにわざわざ魔法を学んだ理由はなんだろうか。つまるところ、「ノースネイア出身の貴族から転身をした商人が、わざわざベルギアの学院で魔法について学び、その上ペルベヌアに渡りメルスハリ出身と騙りそこで商いを行っている」という二重三重にもわたる身元の糊塗を行ったことは、大きな疑問が残る。これについては転身したきっかけがはっきりしない限り、わからないであろう。以上、ここで筆を擱きたい。

ご理解を賜れますように。
親愛なるエーレフィロ様の忠臣
…(塗りつぶされている)



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