67-9xx「大事なのは評価基準さ」

「キョン、先日テレビCMで見たのだが」
 それは佐々木にしては珍しい切り口から始まった。
「ボールドという洗剤は柔軟剤入りで、洗濯物がふわふわに柔らかく仕上がるらしいね」
「CMらしい誇張表現ではあるだろうがな」
「キョン」
「なんだ」
 ああなんだ。着地点が見えた気がするぞ。

「キミの膝まくらも、柔軟剤を使えば柔らかくなるのだろうか」
「いやなら降りろ佐々木」
 人ごみに酔ったなんて言い出したのはお前だろうが、なんで俺が辱めを受けにゃならんのだ。
 俺は冗談めかして降ろそうとしたが、佐々木の奴はしっかり捕まえて離さない。
「キョン、キミは弱りきった親友を一人で放り出すような奴だったのかい?」
「弱りきった奴はそんな皮肉は言わん」

「すまないね。気が休まるとどうも気が大きくなっていけない」
 確かにそんなもんかもしれん。
「くっくっく、そうかな?」
 まあ笑顔じゃないお前ってのも想像したくないがな。
「うん? そうかい」
「そうしとけ」

「しっかし、それなら行楽地なんぞ来るべきじゃなかったな」
 時は黄金週間ことGW。ベンチで佐々木を膝枕しながら、俺は遥か彼方で延々と行列が続く遊戯施設を見やる。
 実際、ハルヒも高校最後の長い春休みにそんなような事を言っていたな。

『まったく。皆して同じところに行くから渋滞になるのよ! 他にいくところないのかしら』

 夏休みに庶民プールに行った時もそうだが、お前だって似たようなもんじゃねえか、とは俺も流石に言わなかったが
 大学入学後『だから今年のゴールデンウィークは、SOS団として独自の行動を考えます!』宣言をしたハルヒが
 考え事をしすぎて足を滑らして骨折した時には、大いに心、もといツッコミをしたものだ。
 そんなとこまで独自行動しなくていいだろうがお前は。
「くっくっ、そんな事を言って今日も彼女のお見舞いに行くのだろう? それまでには僕の体調も整えておくさ」
「そうかい」

「けど確かにそれは涼宮さんらしいね」
 仰向けになり、俺に視線を合わせながら佐々木は言う。

「人は人の間で生きるからこそ人間と言うものだろ。流行だの廃りだの行楽地だの他人に流されるというのも当たり前さ。
 けれど人気スポットだろうがマイナーな僻地だろうが人気作品の続編だろうが評価は自分でするものだ。
 人はそれぞれ価値観が違う、ゆえに評価の仕方など人により異なるものだよ」

「そして『評価』する為には体験しなければ始まらない」

「だがハルヒは何やかやとイベント事をやるタイプだぞ?」
 クリスマスだのバレンタインだの新入生勧誘だのとな。
 むしろノリノリで流されてるじゃねえか。
「独自解釈を盛り込んでいると聞いたが?」
 佐々木の目が細まる。

「彼女はイベント自体を彼女の色に染めて押し流すタイプさ。どんなイベントだろうと彼女の色に染めてしまうだろうね」
 そのまま目を閉じ、体重を預けようとするかのように白い喉をそらす。

「大事なのは自分であり続け、考え続けることさ。そこに自分の評価基準を持っていれば本当の意味では流されない。
 彼女のように逆に自分色に染めてしまったり、或いはただ静かに自分の価値観を守り続けるだけでもいい。
 大事なのは自分である事をやめないこと。そして何より」
 ニヤリと口の端がつりあがる。

「楽しみ続けることさ。短い人生、楽しんだもの勝ちってもんだろう?」
 自分基準でね。そう付け足してくつくつと笑う。
 自分は今まさに楽しいのだと言う様に。

「佐々木」
「おっと」
 その目がなんとなく眩しかったので、俺はなんとなく覆い隠すように手のひらを置いてやる。
 あくまでもなんとなくだが。
「ならとっとと体調治せ」
「うん」

「ただ、ね」
 なんだまだ続くのかこれ。
「まあね。そう、たった一度きりの短い人生だ。誰だって有意義に生きたいし、有意義に生きてきたと思いたいものだろ」
「そりゃそうだろうな」
 つまらないなんて誰だって思いたくないさ。
「だから流行の観光地やヒット作品って奴に群がるのかもしれないね」
 仰向けのまま、くるくると細い指を回す。
「人気なものなら『これが正解なんだ』って自分で思い込み易いだろう?
 これは楽しいんだ、多くの人が認めているから楽しいんだ、そう自分も他人も納得させやすい訳だろう?」

「皮肉だな」
「そうでもないよ。僕だって来てみたかったからこうしている訳だしね」
 多くの人が来る場所と言うのは、それだけの価値がどこかにあるからこそ、って訳か。
「だからって人ごみに酔ってちゃ世話ないぞ」
「そこは謝罪する。ただ」
 それでも佐々木は笑み崩れている

「僕はそれでも構わなかったのさ。どんな待ち時間だって、キミと語らえばあっという間だからね」
「そんなもんか?」
「そうとも」
 それが僕の「正解」だからね。
 と、付け加えて俺の膝の上でくつくつと笑う。

「だからキョン、今度の休みはこのお返しをしてあげよう。今とまるっきり立場を入れ替えた体勢でね」
)終わり

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最終更新:2012年09月02日 03:19
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