39-295「H5N1」

「インフルエンザウイルスというのも自己矛盾に満ちた存在だと思うね」
学級閉鎖まであと一人、というところでしぶしぶ出席したものの、
皆の期待を背負ったヤツがめでたく早退となったことで、
晴れて我がクラスは自宅疎開が決定し、帰る途中の話だ。
隣にいて講釈を垂れているのはもちろんいつも通り。
「これだけ順調に集団感染していれば生物としては上等だと思うがな」
いざ自分が感染したとなればそんなセリフは取り消したいところだが。
「ウイルスは厳密には生物ではないよ。生物に準じた存在ではあるがね。
 彼らは増殖のために他の生物を利用するが、彼らが過度に増殖すると
 感染を広げるどころか、宿主を抹殺してしまう。
 彼らの活動も存在も、それ自体が矛盾の塊というわけさ」
「生物じゃないんなら生存本能が無いんだろう」
「くっくっく、一刀両断にしたね。
 ではインフルエンザウイルスの存在意義とはなんだと思う?」
「あるのか、そんなものが」
「あるはずだよ。この世に不要なものなどは本来無いはずなんだ。
 何かに力があれば、その力にも意義があるはずなんだよ」
「あるとするなら、人類の数でも調整する機能じゃないのか。
 それなら感染を広げられなくなっても存在意義は果たしているだろ」
「なるほどね、彼らの力は彼ら単独で評価するものではなく、
 我々生物に付属するというわけだ。
 そんな彼らによって互いの数を調整される人類は、
 さて単体なのか群体なのかどちらだと思うね?」
「ウイルスが無くても存在できるんだから単体だろう」
「……そうだね。だが僕は時々思うのだよ。人個人は単体で存在できるのかとね。
 少なくとも今の僕はそうなのだ」
 そこで、佐々木の顔色が悪いことにようやく気づいた俺の鈍さを誰か殴ってくれ。
 早退したヤツからウイルスをもらってしまったらしい佐々木をなんとか家まで送り届け、
 その後俺もしっかり感染することになった。
 このウイルスが佐々木の身体で増殖したと思うと変な心境だな。
 ふむ、人類は確かに群体なのかもしれん。


 その佐々木が、自らの力を否定する言葉を、俺は一年半の後に聞くことになる。

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最終更新:2009年03月14日 22:13
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