ジョジョの奇妙な東方Project@Wiki

第一話『Rainy Rainy Day――始まりの雨――』

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第一話『Rainy Rainy Day――始まりの雨――』

OP DOES 『曇天』 ttp://www.youtube.com/watch?v=S89TCx8epEQ




降りしきる雨、蹄の音、跳ねる泥

鬱蒼と茂る竹林、この季節には珍しい豪雨の中、馬を駈る人の姿

手綱を握る人影が、レインコートを翻し、乱立する竹の間隙を風の如く疾駆する

その胸に抱かれているのは、毛布にくるまれた若草色の髪の少女

その隣を飛翔するのは、水色の髪と瞳、背には氷の羽を持つ少女

三人は冷たい雨を掻き分けて、『迷いの竹林』を駆け抜けていた。
「くそッ!まただ!」
レインコートの男―――ホル・ホースは、竹に穿たれた【穴】を目にし苛々と怒鳴った。
「さっきとおんなじだ!
『同じ道』を何べんも通らされちまってる!」
その竹には既に六つの【穴】がぽっかりとあいていた。
ホル・ホースは右手を掲げ、意識を集中させる。
「【皇帝(エンペラー)】ッ!!」

メギャン!!

彼の右手のひらに、『陰陽』を象ったリボルバー拳銃―――彼自身の精神の具現、【皇帝(エンペラー)】が現れる

ジャキッ

ホル・ホースが銃口を竹に向け、引き金を引いた。

ドゴオォン!

【スタンド】の弾丸が発射され、竹に新たな弾痕を刻む。
その【穴】は、彼らが既に七回この竹を通過していることを示していた。
「ちゃんと真っ直ぐ走ってるはずなのに……なんで『同じ竹』に何度も出会うの!?」
氷の妖精―――チルノは、理解不能の現象に頭を抱えた。
降り注ぐ雨は、彼女の周りだけ『あられ』となり、チルノが濡れ鼠となることを拒んでいる。
「早く『お医者さん』に行かなくちゃいけないのに……!
早く診てもらわないと……大妖精ちゃんが……!」
不安と焦燥に駆られ、チルノは今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする。
「ホル・ホース!あたい一度上から『病院』探してみる!」
チルノが竹林上空へと上昇しようとするのを、ホル・ホースは声で制す。
「待てチルノ!噂によるとこの『竹林』、空から『永遠亭』に行こうとするヤツはいねえそうだッ!
皆ワザワザ林の中を通って行くらしい!
おおかた【術】かなんかでカムフラージュされているんだろうぜ!
上から探しても無駄だッ!」
激しい雨音に負けないよう声を張り上げる。
ビクッ、彼の声を聞き、チルノは身体を縮こませる。
それを見たホル・ホースの顔に後悔の色が滲んだ。
「す、すまねえチルノ……怒っているつもりはねえんだ……
お前だけじゃねえ……俺も…ただ、焦ってるだけなんだよ…
大妖精の身体……さっきからドンドン…『軽く』なってんだ……
ホントに……早くしねえと……!」
ホル・ホースは胸に抱えた若草色の髪の妖精―――大妖精に目を落とし、苦悶の表情を浮かべる。
瞳を閉じた彼女は、息をしていなかった。
ホル・ホースの膝に掛かる彼女の体は空気のように軽く、今にも空に消えてしまいそうな儚さを彼に抱かせる。

湖の畔で倒れている大妖精を二人が発見したのは、今から数時間前だった。
脈はあった。だが、意識は無く、呼吸も止まっていた。
そしてなにより異様だったのは、彼女の身体が異常に『軽く』なっていたことだ。
以前ホル・ホースは彼女を抱き抱えたことがあるが、その時は見かけの年頃の少女と同じくらいの体重だった。
だが、この時は違った。
羽のように軽かった。
小指一本で楽々持ち上げられるほどに。
彼女という存在を構成する要素、【魂】とか【霊】とかが丸ごと『何者かに抜き取られた』かのように。
そうして一人と一匹は『幻想郷』唯一の医療機関【永遠亭】を目指し、突然の雨の中竹林をさまよっていたのだ。

「(クソッ!こーいう時こそ俺がしっかりしとかなきゃならねえのに…!)」
不甲斐なさに歯噛みし、ホル・ホースは打開策を探る。
「(なんかねえか……!?この『竹林』を抜ける方法は……)」
何者かの『攻撃』、『迷いの竹林』の超自然的パワー、様々な可能性を挙げ、糸口を模索していた時、
「…アレ………」
彼の頭上に浮遊していたチルノが、おもむろに右手をあげ、竹林の奥を指差した。
「アレ……『人』…よね……!?」
ゴクンと唾を飲み、やや高揚した声色でそう言った。
チルノの指差す先、ホル・ホースが目を向ける。

――――――――そこには確かに、『人』がいた。
三人の方を向き、降りしきる雨の中、静かに佇んでいた。
「……ありゃ『人』だ……『人間』かは分からねえが……」
ホル・ホースが右手を翳して雨を遮り、その【人影】を観た。
「やっぱりっ!
やった!あの人に道を訊こう!」
ホル・ホースの返事を聞き、チルノは期待に満ちた様子でまっしぐらに【人影】へと飛んで行った。
「あッ!
ちょ、ちょっと待てチルノ!」
慌ててホル・ホースが馬を駈り、後を追う。
「あ~……やっぱ妖怪ちゃんだな……」
表情が見えるくらいまで接近して、ホル・ホースは些かバツが悪そうに呟いた。
その人物の容姿を見て分かったことはまず、女性だということだ。
僅かにあどけなさの残る整った顔立ちに、宝石のような『紅い眼』。
日本の女子高生のようなブレザーを身に付け、ミニスカートからは綺麗な脚がスラリと伸びる。
ホル・ホースが一目で『妖怪』だと見抜けたのは、彼女の頭頂部から左右にずれた場所から、一対の長い兎のような耳がピンと直立していたからだ。

「ホントだ、きっと妖怪兎ね。
ん?兎……?竹林………?」
言いながら、チルノは聞き覚えのある単語の組み合わせに頭をひねる。
実年齢ではなく見掛けに比例した幼児の頭脳をフル回転させ、その二つのワードを記憶の片隅から引き出すべく検索をかける。
ピコーン、HITした。
「あっそうだ!
前に『師匠たち』が話してた!」
「『師匠たち』?誰だそりゃ。」
「かくれんぼの師匠よ。妖精で、いつも三人でいる子たち。
師匠たちが前に竹林で兎狩りしてた時、兎の妖怪に会ったんだって。
隠れていた師匠たちを簡単に発見したり、道に迷わせたりしたらしいよ。
きっと【『かくれんぼの師匠』の師匠】……『かくれんぼの達人』ね!
こんな時に会えるなんて!」
チルノは目を輝かせ、尊敬と期待に胸を高鳴らせ妖怪兎を見つめる。
「ちょうど良かった!
あの人に【永遠亭】までの道を聞こ!」
渡りに船、地獄に仏、チルノが妖怪兎に近寄ろうとした時、
「止まれチルノォッ!」
ホル・ホースが声を張り上げ、チルノの手を掴む。
もう片方の手で手綱を操り、馬を急発進させ、チルノの手を引いた刹那、

チュンッ―――――――

紅い煌めきが彼女の頬を掠め、背後の竹林へと飛び去っていった。
「えっ――――――――?」
ホル・ホースに手を握られたまま、チルノは目を見開き呆けた声を上げる。
頬に朱色の滴が滲み始めて、漸く彼女の情報処理能力が追い付いた。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨―――――――

銃に見立てた人差し指をチルノたちに向け、妖怪兎は身構えていた。
その指先からは先程弾丸を発射した際に放出されたエネルギーの残滓が、朱い硝煙のように立ち上っている。
「な………なによ……いきなり………」
『ごっこ』ではない、明らかに殺傷を目的とした凶弾。
許容量を超えたスリルが彼女の身を強張らせる。
「チッ、やっぱりかよォ~……」
舌打ちし、ホル・ホースは顔をしかめた。
テンガロンハットの鍔を上げ、神経を張りつめ妖怪兎を注視する。
妖怪兎の髪は、ブレザーは、この豪雨の中にありながら綺麗に乾いていた。
そもそも、なぜこんな時に、こんなところで呆然と突っ立っていたのか?
さらにチルノの語った、『師匠たち』と妖怪兎の遭遇譚、『道に迷わされた』という言葉、自分達の置かれた状況、
なにより彼が長年の殺し屋稼業で培った『勘』が、妖怪兎から発せられる異様なプレッシャーを感知していた。
となると、導き出される解答は一つ。

感情の表れない面持ちで、妖怪兎はホル・ホースを眺めると、
「――――――――外来人…………」
整った瑞々しい唇が小さく言葉を紡ぎ、虚ろな両の眼がより紅く輝きだす。
「……外来人………外来人………」
ホル・ホースを見る緋の瞳の奥に、明確な『敵意』が滲んでゆく。
「『外来人』ッッ!!」
目尻を吊り上げ、親の仇とでも対面したかのごとく怨み骨髄とばかりの形相で睨み、吼えた。
銃口を模した指先から数十発の弾丸状段幕が発射され、三人に襲い掛かる。
「ひっ……!」
チルノは『スペルカード』を掲げようとするが、恐怖に身がすくみ手が動かない。
なにより、遊びの無い本気の弾速は彼女の反射神経には速すぎた。

ドガガガガガガガガッ!!

殺意の暴風が三人を蜂の巣にすべく目前まで迫った瞬間、突如三人を避けるように不自然に軌道を変え、周囲の地面、竹を穿ち消滅した。
「――――――――…………あ……っ…!?」
ホル・ホースに手を引き側に寄せられ、チルノは我に返った。
恐怖に縮んだ心臓はまだドキドキと未発達の胸の中で暴れている。
「大丈夫だ、チルノ……おめーが危ない目に遭うこたァねえ……
あの【バニーガール】が用があんのは……俺だ。」
チルノを自分の後方へ下がらせると、ホル・ホースは両手を掲げ『敵意無し』のポーズをとった。
「嬢ちゃん、落ち着いて話を聞いてくれ!
俺は確かに『外来人』だが、嬢ちゃんに危害を加えるつもりはねえ!
ただ、この竹林の奥にあるっつー【永遠亭】に行きてえだけだ!
『トモダチ』が原因不明の病気か何かで、目を覚まさねえんだ……医者に診せねぇと、死んじまうかもしれねー……」
闘う意思の無いことをアピールし、彼は【バニーガール】に対して説得を試みる。
「俺達をこの竹林で迷わせていたのも嬢ちゃんなんだろ?
急いでんだ……【永遠亭】に行けたら、それだけでいい。
どうか道を空けてくれねえか?」
ホル・ホースの呼び掛けにも、【バニーガール】は一切警戒と敵意を弛める気配は無い。
鬼気迫る表情でホル・ホースを睨み付け、射撃体勢を維持している。
応じる気が無いのは明らかだった。
「……チルノ、俺の後ろに隠れろ。」
大妖精を胸に抱く位置から背中に背負う位置に移動させ、ホル・ホースはチルノに言い渡した。
チルノは彼の背後に飛び込み、大妖精を抱き締めると、ホル・ホースの服をギュッと握った。
少女二人分の重みと、小さな幼い身体が怯えている震えを背中に感じ、ホル・ホースは自身の中の『覚悟』をより強固なものにする。
ホル・ホースは【バニーガール】と対峙した。
だが、相変わらず彼の両手は大荒れの雨空へ向けて掲げられ、戦闘態勢とは真逆の様相を呈している。
ホル・ホースが【バニーガール】の【紅い眼】を見詰め、彼女の挙動と心理を注視していた時、

ヴオォン―――――――

「――――――――ン………?」
突然、ホル・ホースの視界が赤く染まった。
眼に映る世界が全て赤と赤褐色の二色のみで再構成されたような、不気味な光景。
だがそれも一瞬で、一度ユラリと大きく景色が揺れると
「ッ!?」

ガアァンッ!

銃声一発。
硝煙を吐くリボルバー拳銃を握るホル・ホースの背後で、【バニーガール】が身体を仰け反らせ宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐ……っ
う……うう………!」
仰向けに倒れたまま額を押さえ、【バニーガール】は呻く。
「ハァ…………ハッ……ハア…
――――――――?」
手のひらを濡らす温かな湿りに違和感を覚え、彼女はおそるおそる目を開け、自身の手を見た。
彼女の手を濡らしていたのは赤いぬめりではなく、透明な涙だった。
「………な…
なんで………?」
須臾の間に行われた先の攻防を思い出し、彼女は再び脳裏をよぎる死の恐怖に身を縮める。



――――――――【バニーガール】は一瞬にして馬上の男の背後に回り、彼の後頭部を撃ち抜こうとした。
「(死ねっ!『外来人』!!)」
しかし、その刹那彼女は驚愕することになる。
「(え―――――?)」
男は真正面を向いたまま、振り向きもせずに拳銃を抜き、肩越しに彼女に突きつけた。

銃口は寸分違わず正確に彼女の脳天を睨んでいたので
この時点で彼女は自分の死を覚った。
網膜を焼く発射炎(マズルフラッシュ)、鼓膜をつんざく炸裂音、そこで彼女の意識は途切れた。――――――――




「(なんで……『無傷』なの…私……?)」
身体を起こし、恐怖で涙に濡れた目でまじまじと両手のひらを見つめる。
「(確かに当たった……
あの反射神経、あの精密さ……!
絶対に私の頭を撃ち抜いたはず………!!)」
銃口、引き金、指、閃光、爆音、これだけの役者が揃い践みしておきながら、彼女の髪の毛一本傷付けることができなかったのならば、
「(――――――――『弾』…………)」
最重要の主役の欠落、それしかあり得ない。
「(まさか………!
『空砲』……っ!?)」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨―――――――

戦慄し目を見開く【バニーガール】が凝視する中、ホル・ホースは馬を転回させ、彼女に向き直る。
目深に被ったテンガロンハットの下、彼の額から『DISC』の端が覗いているが、【バニーガール】からは見えない。
「(『瞬間移動』……やっぱ『空間系能力』か……
『空気』を突然押し退けて、空中からいきなり現れたんだモンなぁ~……)」
厄介な相手を敵に回しちまったと、ホル・ホースは顔をしかめる。
彼の脇、顔の横あたりの位置で、手のひら大の物体が浮遊していた。
その『衛星』はバケツを引っくり返したような雨粒を器用にもことごとく避けながら、フワフワと風の流れに任せて漂っている。
【マンハッタン・トランスファー】―――――気流を読みあらゆる攻撃を柳のごとく避け、弾丸をエネルギーはそのままに向きだけ転換させ標的に誘導する『狙撃中継衛星』。
応用すれば先ほどの戦いのように、敵の弾幕を防御したり死角からの攻撃を探知することも可能。
しかし、ホールドアップの姿勢から瞬時に拳銃を抜き、肩越しに背後の敵のドタマをぶち抜くなどという芸当は、幾度も死地を潜り抜けてきた歴戦の殺し屋たる彼の技術の賜物である。

「(俺らに同じ道をグルグル回らせていたのも、おそらくこの『能力』……
だが、さっきの【赤い目】、ありゃあ何だ?
『この世界』の【妖怪】は、『スタンド使い』とは違って『一人一能力』なんて縛りはねーからな……
用心しとくに超したことはねー……)」
【バニーガール】の【眼】を見ないよう帽子の鍔で視野を制限し、【マンハッタン・トランスファー】で彼女の挙動を監視する。
気流から伝わる表情の変化、呼吸数、声色、彼自身の『勘』による殺気の探知、これらが揃えば肉眼で見るより遥かに深く、相手の心情を読み取ることができる。
再び『説得』を始めようと、ホル・ホースが口を開きかけた時、
「―――――?」
ある違和感に気付いた。
先ほどまで背中に感じていた、心地よい『重み』。
それが今、影も形も無く消失していた。
「(チルノ!?大妖精!?
二人は!?どこいったッ!?)」
彼が焦燥に駆られた瞬間、【バニーガール】の口角が、ニィ―――とつり上がった。
「ッ!!」
背後に迫る人影、今度は『二人』、チルノたちではない。
「【皇帝(エンペラー)】!」

メギャン!
ガチィッ!

人間離れした瞬発力で右手に【皇帝(エンペラー)】、左手に拳銃を構え、肩越しに『二人』の顔面目掛けて引き金を引く。

ドゴオォン!!
ガァンッ!

全く同時に鳴り響いた二つの銃声が重なり合う。
放たれた二発の弾丸は、彼の背後から急襲を仕掛けてきた『二人』の脳天を、一ミリの誤差無く撃ち抜いた。
『二人』の襲撃者はドシャドシャと音を立て、ぬかるんだ地面に落ちた。
「(…ッ!?
こ、これは……まさか……!?)」

気流が【マンハッタン・トランスファー】に伝える異常、あり得ないと思いながら、ホル・ホースは思わず振り返り『二人』の姿を確認する。

―――――――ムクリ、『二人』は起き上がった。
日本の女子高生のようなブレザーとミニスカートに身を包み、頭には二つの兎のような耳、瞳は宝石のように輝く【紅】。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨―――――――

【バニーガール】、全く瓜二つの【バニーガール】が二人、ホル・ホースの眼前に佇んでいた。
さらに、左側の彼女、右側の彼女、ホル・ホースがそれぞれ【皇帝(エンペラー)】と『ゴム弾』を撃ち込んだが、彼女達の額は拳大ほどの『穴』がぽっかりとあき、

ポト――――ポトン――――

頭の後ろからスタンド弾と『ゴム弾』がこぼれ落ち、泥を跳ねさせた。
「――――――――【Dirty Deeds Done Dirt Cheap(いともたやすく行われるえげつない行為)】」
額に口を開いた『穴』が塞がり、【バニーガール】二人が同時にそう言い放った。
「クッ……!?」
ホル・ホースがギリッと歯軋りした。
【バニーガール】二人が抱き抱えているのは、チルノと大妖精。
二人とも眠ったように目を閉じている。
「(分身か……!?多彩すぎだろ…クソッ!)」
二人を人質に取られては、迂闊に口を開くこともできない。
ホル・ホースは拳銃を投げ捨て、また両手を上げ三人の行動に神経を張り詰める。
「ふ………ふふふ……
あはははははははは…………」
最初にいた【バニーガール】がホル・ホースの背後で笑い、
「はは……はははははははははははは……」
「くく……くくく……………
きゃはははははははは………」
つられて正面の二人も、高らかに笑い声を上げ始める。
たちまち哄笑の三重奏が竹林に木霊した。
「(な…なんだ……この『声』…?)」
耳元で聞こえたと思ったら、高速で遠退いていく。
無数の不協和音を奏でて旋回していたら、突然一つに纏まり大音声のハーモニーを上げる。
脳が直接震わされるような頭痛と目眩が、ホル・ホースの神経を苛んでいく。
と、大合唱がピタリと止み、前方の二人がチルノと大妖精を持ち上げた。
大妖精を抱えていた方がもう一方に手渡し、自由になった両手を泥の中に差し込むと、
「【Dirty Deeds Done Dirt Cheap(いともたやすく行われるえげつない行為)】――――――――」
グイと泥まみれの両腕を引き抜いた。
「ッ!?」
苦痛に歪んでいたホル・ホースの表情が、凍りついた。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨―――――――

【バニーガール】の両手が握っていたのは、『二人目のチルノと大妖精』だった。
二人の【バニーガール】は再び鈴を転がしたような笑い声を上げると、

スパアァァァンンン――――――――

チルノ同士、大妖精同士を、押し付けあった。

メギ――ブヂッ――
ズブズブ――ボゴ――

身体が互いの身体に沈みあい、音を立てて裂け、千切れていく。
「なッ~~ッ!!
なんだとオオオォォォォ―――――――ッッ!?」

ズッパァァァァァァン――――――――

絶叫するホル・ホースの目の前で、愛らしい二人の妖精は粉々に千切れ飛び、『消滅』した。
「あ……
ああああああアアァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」
護るべきだった筈の少女らを目の前で失い、ホル・ホースは咆哮した。

――――――――また、守れなかった
――――――――あれほど堅く『決意』したのに
――――――――二度と誰にも傷付けさせはしないと、堅く誓ったのに

失意と悲嘆に暮れる彼の背後に、もう一人の【バニーガール】が迫る。
慟哭する彼は、その殺意を避けようともしない。
最早生きる意味など、彼に存在しないのだから。

ドズッ―――――

首筋に走る鋭利な刺激。
彼の意識は急速に薄れ、暗闇の中へと堕ちた。



――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――ホース―――

――――――――ル・ホース――――ホル・ホース――――

「――――――――ホル・ホース!起きてっ!ホル・ホースっ!!」
「――――――――……………
………………はっ…!?」
ホル・ホースは、目を覚ました。
気付くと、彼は馬に乗ったまま身体を捻り、後ろに乗るチルノに顔を向けていた。
拳銃は硝煙を吐き、足下の泥濘の中に落ちている。
背中の大妖精は目を閉じたままだ。
「ホル……ホース……しっかりして…!
どうしちゃったの、いきなりあたいに向けて『銃』を撃ったりして……!
目付きがスゴく…トロンとしてて、紅かったから………」
ホル・ホースの首筋には、チルノの右手が氷の塊を押し付けていた。
「(『幻覚』……?)」
その刺激のお蔭で彼は覚醒できたのだ。
と、チルノが額を左手で押さえ、辛そうに目の端に涙を浮かべているのに気づく。
「一発目……音にビックリして飛び立ったら、二発目が……
慌てて氷で守ったけど、間に合わなくて……」
氷の壁を突き破った『ゴム弾』を、脳天に受けた衝撃。
脳が揺れ頭が割れそうに痛み、チルノの意識が混濁していく。
クラリ、彼女の身体が傾き、地面に落ちて泥にまみれた。
「チルノッ!!」
叫び、ホル・ホースはチルノへと視線を落とす。
リボルバー拳銃の一発目は『空砲』、二発目は『ゴム弾』、三発目からは『実弾』。
『この世界』に来てから、彼が自分自身に課した制約だ。
『幻想郷』で『弾幕ごっこ』に興じる少女らを不用意に傷付けないようにするための掟。
もし仮に、この掟を設けていなかったなら――――或いは、『幻覚』の中で『三発目』の引き金を引いていたなら――――
ホル・ホースの背筋を悪寒が駆け抜ける。
と、
「はッ!!」
『気流』の変化を察知し、前方に向きなおる。
【バニーガール】が空を飛び(【眼】は見ないよう視線を彼女の足下に向けている)、接近して来るのが見えた。
「やべッ――――!」
咄嗟に手綱を操り、馬を転換させようとする。
が、遅かった。
【紅い眼】を直視した彼の馬は『幻覚』に襲われ、いななき暴れ出す。
「おわッ!!」
大きく前足を上げた馬に振り落とされ、チルノの手前に投げ出される。
彼が背中に背負っていた大妖精も、空中に放り出された。
馬は主人たちを置き去りにして、竹林の奥へと駆けていった。
「くらえっ『外来人』っ!!」
そこを狙い発射される、数十発の紅い弾丸。
「【マンハッタン・トランスファー】ッ!」
『弾丸中継衛星』が弾幕を受け止め、軌道を逸らしていく。

ビシバスバシィッ!

だが大妖精とチルノの保護を優先したため、受けきれずに何発かがホル・ホースの身体を貫いた。
「ぐゥッ…!」
苦痛に顔を歪め、しかし微塵も怯むことはなく、彼は反撃に出る。
『幻覚』の中で放り捨てた拳銃―――泥が詰まったりして発射不良を起こさないように投げておいた―――を拾い、即座に『ゴム弾』を装填すると、

ガァンッ!

【バニーガール】に向けて引き金を引いた。
しかし、ホル・ホースの反撃を予想していた【バニーガール】は身を翻し『ゴム弾』を避ける。
ピンと立てた人差し指をホル・ホースに向け、トドメの弾幕をぶち込もうとした時、

ドン――――――

鈍い音が雨音に混じり、竹林に響いた。
「が…はっ……!?」
【バニーガール】が目を見開き、苦悶の呻きを上げる。
彼女の背中、肝臓の裏当たりに、『ゴム弾』がめり込んでいた。
乱立する竹の反射を狙って撃った弾が、ビリヤードのように背後から彼女を襲ったのだ。
「(すまねえな、【バニーガール】の嬢ちゃん……)」
拳銃と同時に秘かに発射していた【皇帝(エンペラー)】の弾丸が彼女に迫るのを注視しながら、ホル・ホースは胸の内で呟く。
「(急いでんだ……
アザができちまうかもしんねえが、ちょっと眠っててくれや。)」
『スタンド弾』が【バニーガール】の額を強打する瞬間、

フッ――――――――

「ッ―――!?」
【バニーガール】の姿が消え失せ、『スタンド弾』は虚しく空を切った。
「消えた……
『空気』を動かさずに、いきなり消え失せた!
やっぱ『空間系能力者』で正解だったか……」
【マンハッタン・トランスファー】に辺りを見張らせ、彼はチルノと大妖精を振り返る。
チルノは仰向けに地面に倒れ、気を失っている。
大妖精は、馬から振り落とされた時の高さから少しずつ落下していた。
風船や羽のように、ふらふらと揺れて落ちるのではない。
深い水の底に重たいものが沈んでいくように、真っ直ぐに、ゆっくりと地面に近付いていく。
やがて、海底の粘土に到達したかのごとく、静かに泥に身を預け着地した。
そのさまはまるで
生を終えた亡骸が
深海に埋葬されているようで
「(――――――――チルノ……大妖精………
俺が……ちゃんと、守ってやるからな……)」
『覚悟』を新たにし、ホル・ホースは戦闘態勢を取る。
ズリ…、ズリ…、と、左腕で這いずるようにして二人の側まで寄ると、体勢を立て直し【皇帝(エンペラー)】を構える。
立ち上がりはしない、『座り込んだまま』だ。
「(さっき、【バニーガール】は俺の【皇帝(エンペラー)】の弾丸を避けた……
『見えていた』かは分からねえが、『スタンド』をなんらかの方法で察知していたのは確実…!
そして彼女の【眼】…!目が合った相手を『幻覚』に陥れる、厄介な能力だぜ……)」
目を閉じ、『気流』と『気配』を読み取ろうと神経を研ぎ澄ます。
「(『ゴム弾』を喰らった時の彼女のリアクション、呼吸数、脈拍、さっき見た身のこなしから判断すると――――
おそらく彼女の耐久力、身体能力は人間並み……
そんで、彼女が消えてから、『空気』が動いている様子はねえ……つまり、今彼女は息を止めてるってこった……
人間が水に潜る時のように……彼女にも『別空間にいられる制限時間』があるはず……)」
【皇帝(エンペラー)】の撃鉄を下ろし、迎撃の心構えを整える。
「(『別空間』から『こっち側』に戻ってきた瞬間、眉間に【皇帝(エンペラー)】を撃ち込んで昏倒させてやるッ!)」
全精神を集中し、周囲の『気流』に神経を尖らせる。
降り続く豪雨の中に混じる、異質の『殺意』を感知すべく勘を冴え渡らせる。

――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――、『ッ!!』

突如うねり逆巻く大気、空気を切り裂き襲い来る物体。
「(そこかッ!!)
【皇帝(エンペラー)】ッ!!」
【皇帝(エンペラー)】の引き金を引き、真正面に現れた相手を狙ってスタンドの弾丸を撃ち込む!
同時に【マンハッタン・トランスファー】で敵の放った弾幕を防御する。

ドガガガガガァンッ!

弾幕は全弾逸れ、竹や地面に着弾した。
【皇帝(エンペラー)】は弾幕の間隙を縫い掻い潜り、相手の眉間へと吸い寄せられるように迫り――――――――

ガシィッ!!

「なッ―――!?」
命中することなく、あえなく泥の中に墜落した。
ホル・ホースの背後に現れた【バニーガール】が組み付き、彼をぬかるんだ地面に仰向けに引き倒したのだ。
「(だ…『弾幕』だけ…!『こっち側』に転移したのか…!)」
肩車のような形で彼の両腕をその長い脚で押さえつけ、首に左腕を回し締め上げる。
咄嗟に【皇帝(エンペラー)】の引き金を引こうとするが、右手でテンガロンハットをひったくられ、瞼を強引にこじ開けられて【紅い眼】に覗き込まれる。
「ぐおおォあアアァぁぁぁ……!!」
再び視界が朱く塗り潰され、脳が揺さぶられる。
精神を掻き乱され、【皇帝(エンペラー)】の顕現を維持できなくなる。
「(ヤ……やべえ…ッ!
コイツぁ……マズイ……ぜ…!
い、意識があぁ……ァ!)」
【紅い眼】に連続して曝され刷り込まれる『幻覚』、頚を絞められ滞る血流と酸素、彼の正気が急速に侵食されてゆく。
「(ぐ……ああ……ッ
洒落に……ならねえ……
このままだと…本当ッ…に…っ…死んじまう……!!)」
割れそうな頭痛、血流が逆流したかのような目眩、グワングワンと揺れ回る景色、
彼の意識が闇へ堕ちかけていた時、
「(――――――――………?)」
視界の端に、動くものがあった。
【バニーガール】でもなければ、チルノや大妖精でもない。
『何か』が、彼の『左腕』の辺りで動いて、いや、蠢いている。
薄れゆく意識の中、思わずその『動くもの』へ目を落とした。

それは、異様な光景だった。
『ミイラのように干からびた【もう一つの腕】』が、自分の『左腕』と一体化するように、ズブズブと沈み込んでいたのだ。
「(――――――――……は?)」
苦しさも忘れ唖然とするホル・ホースの眼前で、【もう一つの腕】は彼の『左腕』にドンドン入り込んでいき、やがて完全にすっぽり納まって、見えなくなった。
「(な………
なんだあああァ~今のはッ!?
げ……『幻覚』か…?
いやしかし…!この赤一色の視界の中で!『あれ』だけはッ!ちゃんと色があった!目が冴えるような色彩だった!!
まるで……まるで『あれ』だけが【特別な何か】だったみたいに……!
なんなんだよ……ありゃあ……!?)」
混乱のるつぼであるホル・ホースの頭に、【バニーガール】は右手の人指し指を押し当てる。
「みんなの仇だっ!
死ねッ『外来人』ッ!!」
【バニーガール】が吼え、ホル・ホースの脳髄をぶち撒いてトドメをさそうとした、
刹那、

ギャルンッ!

「――――――――えっ…?」
疑問符をいっぱいに湛えた声が、【バニーガール】の口から零れた。
彼女の右手が、突如不自然な形に捻り上げられたのだ。
「な…っ……なになになに!?
なんなのこれっ!?」
慌てふためく彼女の紅い眼が、この不可解な現象の発生源を捉えた。
「―――――っ!
こ…これって……!」
『波長の視界』の中、彼女の右肩に【皇帝(エンペラー)】の弾丸が乗っていた。
『回転』している。
「(こ……この『回転』は…っ!
…っ!?)」
『回転』による身体の歪みが腕だけでなく首まで伝導し、重要な神経、血管を弄び始めた。
「(く…苦しい…っ!
ダメ…!このままだと……っ!)」
表情が青ざめ、冷や汗が噴き出す。
得体の知れない『エネルギー』、実感しているダメージ、彼女の胸に恐怖が滲んでいく。
「(に…逃げなきゃ……っ!
いったん『逆位相』に……!!)」
自身の『波長』を操作し、彼女は『逆位相』へと消えた。
取り残された【皇帝(エンペラー)】の弾丸は、地面に落下する。
「ゲホッゲホッ…!
ハア――ハッ―――ハッ―――ハァ――――――――!」
解放されたホル・ホースは激しく咳き込み、荒く呼吸を繰り返して不足した酸素を吸引する。
「ハァ――――ハァ―ッ―――
な……なんだったんだ……!?
さっき外して地面に落ちた【皇帝(エンペラー)】の弾が……いきなり『回転』して…!跳ね上がって【バニーガール】の肩に乗っかったと思ったら…ッ!彼女の腕が…捻り上がっちまったッ!」
驚愕の色を隠せない様子で、彼は地面に目を落とした。
【皇帝(エンペラー)】の弾は未だ『回転』し続けている。
こんな現象、彼のスタンド使い人生の中で一度たりとも目にしたことはなかった。
「や……やっぱ…『あれ』のせいか…?
さっきの『あれ』のせいなのかァァ~!?」
思い当たる『原因』は一つ、それ以外考えられない。
彼は自身の『左腕』に目をやる。
レインコートの袖が縦に長く破れていた。
『何か』が無理矢理『左腕』へと突き抜けたかのように。
「げ…『幻覚』じゃあ…なかったのか…!?
じゃあ…じゃあよォォ………『あれ』は!あの【ミイラみてーな腕】はッ!いったい全体なんだってんだぁぁぁッ!?」
誰に問うでもなく、ホル・ホースは絶叫する。
と、『左腕』を凝視していた彼はその時、あることに気付いた。
『左腕』の一部が、レインコート越しでも分かるほどの光を放っていたのだ。
震える指先で、ホル・ホースは破れたレインコートの袖をめくった。

――――――――輝きを放つ文字が、彼の『左腕』に浮き上がっていた。
「こ……こいつは……日本語じゃねえな……確か……」
世界中にガールフレンドを持つホル・ホースは語学が達者である。
この文字列にも見覚えがあった。おそらく知っている言語だ。
よく目を近付けて、解読しようとした時、
「――――――――!?」
息を呑み、ガバと顔を上げた。
まだ『回転』を止めていない【皇帝(エンペラー)】の弾丸に目を落とす。
「なんだって…!?
この感覚…ッ!この『振動』のイメージは…ッ!」
【マンハッタン・トランスファー】の探知能力も借りて、『回転』がもたらす『振動波』を解析する。
「…ッ!!
やっぱそうだ…!
なんてこった…すぐ助けに行かねえと……ッ!」
竹林の奥、十メートルほど離れた場所を睨み、ホル・ホースは駆けつけようとするが、
「――――――――クソッ!」
立ち上がろうとして身体を起こすが、転倒し泥の中にうつ伏せに倒れ込んだ。
「ちくしょう…!クソったれッ!
この役立たずがッ…!」
忌々しそうに自分の『脚』を睨み毒づく。
「急がなきゃならねえってのに…!
まだ脈はある!今すぐに向かえりゃあ、助かる見込みはあるってのに…ッ!!」
両腕で引きずるようにして、その場所に向かおうとした時だった。
「………?」
『左腕』の文字が目に入った。
まさしく目と鼻の先の距離でまじまじと凝視し、彼は理解した。
「movēre crūs(モヴェーレ・クルース)、…………………『脚よ動け』…?」
ホル・ホースは導かれるように、『左腕』を自分の脚に伸ばし、触れた。

ギュオォォォ――――――――ッ!

渦を巻くような『エネルギー』が、彼の動かない脚を駆け抜ける。
『回転』のパワーが筋肉を操作し、バネのごとき力で土を蹴りつけた。
「うおおおおおおォォォ―――――――ッッ!?」
ホル・ホースの身体は異様な跳躍を見せ、宙を舞う。
大きく弧を描き、十メートルもの距離をひとっ跳びで飛び越え、目的の場所に着地した。
「あ……『脚』が……?
う…動いた………?」
暫し茫然と自身の『脚』を眺めるが、すぐさま目的を思いだし【皇帝(エンペラー)】を右手に出現させる。
『左手』を添え、地面に向けて引き金を引いた。

ドゴオォンッ!

発射された『スタンド弾』は泥に着弾すると、強烈な『回転』でもって吹き飛ばし、穴を穿った。
「――――――――やっぱりだ、間違いねぇ…!」
ホル・ホースが愕然と刮目する。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨―――――――

――――――――穴の淵から、白く美しい手が覗く。
その根本には、白いリボンの巻かれた、黒い中折れ帽を被った頭が、ぐったりと項垂れていた。
一目見て分かる、女だ。若い女性だ。
だが、『人間』ではない。
中折れ帽の下、ブラウンの髪の上、『白い兎の耳』が鍔から僅かに覗いている。
だが、【バニーガール】のそれとは違う。
平たく大きめで、ピンと立っているのではなく垂れ下がっている。
そして、異様なことには――――――――
「……『四つ』…
『耳』が『四つ』ある……!?」
ブラウンの髪の隙間から、人間の耳も垣間見えるのだ。
「いや、【バニーガール】の方も耳の数を確認したわけじゃあねえが……もしかしたらこれで普通なのかもしれねーが……」
ここで、ホル・ホースは言葉を切った。
「――――――――まあ、ンなこたァ今は関係ねえ……
この女がなんでこんなトコに埋まってたのかも……この女が『妖怪』だってことも…この女の『正体』も、全部俺の知ったこっちゃねぇ。
重要なのは……こいつが『女』で、衰弱していているってことだ……」
『女』から目を上げ、視線を鋭く尖らせる。
「(『みんなの仇』……か…
あの【バニーガール】、きっとあの悪魔のサイコ野郎―――『吉良吉影』に、仲間を殺されたか傷付けられたんだろうな……
俺もチルノを『一回休み』にさせられたし、『両足』の自由を奪われちまった……ヤツを憎む気持ちはおんなじだ……共感するし、同情もするぜ……
だがよォ…こちとら大妖精、この『女』、そしてチルノ、全員【永遠亭】まで運ばなくちゃなんねぇんだ、とびきり特急でな。
ワリィが嬢ちゃん、どうしても道を開けてくれねえってんなら……)」
【皇帝(エンペラー)】の撃鉄を起こし、引き金に指を掛ける。
普段は右手のみで扱うが、今は『左手』もグリップに添え、より強く握り込んだ。

ギュオォォォォォォ――――――――

弾倉の中で、スタンドの弾丸が『回転』を始める。
強力な『エネルギー』が手のひらからビリビリ伝わって来る。
「(すまねえな【バニーガール】、アンタも病院送りだ。)」
目を閉じ、気配を絶つと、『気流』と『殺気』を全身で読み取り、ホル・ホースは迎撃態勢に入った。

「(――――――――ハァ―――ハァ―ッ―――ハッ―……くぅ…っ…!?)」
『逆位相』の世界で、【バニーガール】―――鈴仙・優曇華院・イナバは、苦悶にもがき苦しんでいた。
「(頸動脈が…!キュッと捻られて!…血が…止まる……っ!)」
『妖怪』に分類されている彼女だが、身体能力や耐久力は人間と比較してもそれほど高くはない。
『回転』のパワーがもたらす想像を絶する苦痛に、意識が霞んでいく。
「(この『回転』…っ!私の『波長を操る程度の能力』でもキャンセルできない…!?
それに…っ!『逆位相』に逃げても!変わらず追い掛けてきたっ…!
怖い……怖いよぉ……!)」
ガクガクと震え、鈴仙は戦慄する。
「(それに…!
この『外来人』、突然『波長』が穏やかで見えにくくなったわ…
同じだ…!『吉良吉影』と同じだっ!
あの宴会の時も、アイツは穏やかだった『波長』が突然荒れて…!あんな怖い殺意の波長、あの時まで見たことなかった…!
同じよ…『外来人』はみんな同じなんだっ!
『月の都』にいたみんなを殺したのも、『吉良吉影』も、この『外来人』も!
みんな同じだ!『外来人』は………みんなの仇だ!)」
【紅い眼】をよりいっそう血走らせ、鈴仙はホル・ホースの『波長』を睨み付ける。
極々微小で穏やかな、ともすれば見落としてしまいそうなほどの、『明鏡止水』の波長。
彼女が敵意を燃やし凝視するそれと比較して、彼女自身の『波長』がどれほど――――さながら『狂人』と呼んで差し支えないほどに――――荒く乱れているのか、火照った彼女の脳では理解できはしまい。

「殺す……っ!!
『外来人』はっ!私がこの手でッ!!」
猛然と飛翔し、『逆位相』から躍り出た。

「――――――――、ッ!!」
『気流』が鈴仙の出現を,ホル・ホースに伝達した。
鈴仙は彼の背後、銃の間合いの内側、超至近距離に飛び込み、後頭部に指先を押し当てる。
「(トドメだぁぁぁァァ―――――ッ!!)」
弾幕を叩き込み、彼の脳を木っ端微塵に吹き飛ばそうとした瞬間、
「【皇帝(エンペラー)】ッ!!」
ホル・ホースが【皇帝(エンペラー)】の引き金を引いた!
銃口の向かう先は、彼の胸。
弾丸は火花を散らして発射され、彼の着るレインコートに着弾すると、

ギャルウゥゥンッ!

『回転』がレインコートを駆け巡り、長い裾が渦潮のごとく逆巻いた。
「きゃああアぁぁァぁァァっ――――――――!?」
ビニール製の裾が意思を持った生き物のように蠢き、鈴仙の両手を絡めとる。
危うく自分の手に風穴をあけかけたが、すんでのところで踏み留まり、弾幕を撃たずに済んだ。
だが、これで彼女の両手は封じられた。
『回転』のエネルギーも伝導し、『逆位相』に逃れても気絶する運命からは逃れられない。
最早万策尽き、勝敗は決したかに思われた。
が、
「―――――ッ!?」
ホル・ホースの背筋を、悪寒が駆け抜ける。
【マンハッタン・トランスファー】が『気流』を伝え、彼に絶体絶命の危機を告げる。
鈴仙の双眸は、依然ギラギラと紅く輝きを放っていた。
彼女の瑞々しい唇がくわえているのは、斜めに切った細い竹。
「(やべッ―――逃げらんねェ――ッ―!!)」
レインコートでお互いガッチリ密着固定され、脚も動かせない。
完全に退路を断たれてしまった。
殺意をみなぎらせ、即席の竹槍をホル・ホースの首筋に突き立てる!

トスッ――――――――

首筋に鋭利な物体が刺さる軽い音。
クラリ、鈴仙の身体が揺れ―――――

ドシャァッ――――――――

泥の中に倒れ込んだ。
彼女の首筋には先端に極小の注射針を仕込んだ『矢』が突き刺さっている。
「ハァ――――ハァ――――ッ……」
危なかった、そう胸の内で呟いて、ホル・ホースは『矢』の飛んで来た方角に目を向ける。
「――――――――…………」

鮮やかな赤と青のツートンカラーの服。

後ろで結わえた長く美しい銀髪。

頭には十字のマークを付けた帽子。

竹林の薬師、八意永琳が、弓を構え佇んでいた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー