~吉良吉影は静かに生き延びたい~
第二十四話『吉良の世界―Last One Channel to 0―』中編
OP♪ Barrage Am Ring『黎明に鬨の声を挙げよ』
――――――19:33:26――――――
一同の見上げる中、黒い翼を翻し、扇を振りかざして、射命丸文が見栄を切った。
「…………射命丸……文……!!」
ギリギリと歯を食い縛り、黒い宝石のような双眸に底無しの憎悪をなみなみと湛え、吉影は彼女を睨む。
「文……!咲夜………っ!」
射命丸と、彼女の腕に抱かれている従者の姿を見上げ、レミリアは安堵の涙を浮かべる。
咲夜は全身のナイフの刺し傷と疲労以外には、先程の爆発に捲き込まれた痕などは無く、戦闘不能には陥ってはいなかった。
顔色が悪いものの、傷ついた主人の姿を見てその瞳に殺意をみなぎらせている。
射名丸の横に並ぶ妹紅は、肩まで左腕が吹き飛び、右足首を失い、脇腹に大穴があいて、さらに先刻の爆発によって全身に火傷を負っているが、闘志は寧ろ増長しているようだった。
出血の酷い箇所を焼き閉じている間も表情一つ変えず、その視線は吉影から動かない。
「なんで貴方がここに……?
わたし達に会わないように、伝書鴉で伝えておいたのに………」
射命丸はフッフ~ンと鼻を鳴らし答える。
「よくぞ訊いてくれました!
あんなあからさまな【取材拒否】をされては、私の記者魂に火に油、
燃え上がる探求心に任せ、極めて優秀な【眼】を持ちながら下端止まりの無能者を有効活用してやったところ、
この幻想郷最東端、博霊神社で貴女方が、この極悪人と交戦していることを突き止めたというわけです!」
射名丸がレミリアに注意を向けていた時だった。
ジャギッ!
一瞬の速業で、吉影がリボルバー拳銃を抜き、【キラークイーン】が【12.7mmM2重機関銃】を射名丸に向け、引き金を引いた。
【Grip & Break down !!】で【爆弾】に変えられた【12.7×99mmNATO弾】が、鉛の暴風雨のごとく射名丸に襲い掛かる!
BGM♪ 岸田教団&明星ロケッツ 『明星ロケット』
ヴオォォン!
射名丸の扇の一閃で、鎌鼬が超音速の弾丸を切り裂いた。
ドグオオォォォォ!!
射名丸の後方で弾丸が爆発し、爆炎が彼女を後光のように照らす。
それを皮切りに、【戦闘】が再開された。
ガァンッ!
吉影がリボルバー拳銃をレミリアに向け、発射した。
「っ!」
身体を霧に変化させ拳銃弾を避け、レミリアは飛び立った。
【スピア・ザ・グングニル】を出現させ、吉影目掛けて投げつける。
ザンッ!
吉影は地面を蹴って【スピア・ザ・グングニル】を回避し、
ヂャギッ――――――
もう一丁のリボルバー拳銃を抜き、二丁拳銃で美鈴と妹紅に向け発射した。
ダンダンッ!
「はっ!」
「ふんっ!」
美鈴は自身の肉体に流れる【気】を操り俊敏な動きで避け、妹紅は質量を持つ炎の翼で拳銃弾を防ぐ。
それを合図に美鈴、咲夜、妹紅の三人も一斉に動き始める。
「せぇいっ!」
咲夜がナイフを投げ、【キラークイーン】が銃身でそれを弾く。
「むっ!?」
【キラークイーン】の視界の隅で、射名丸が扇を振るのが見えた。
「【ストレイ・キャット】ォッ!!」
吉影が叫び、【ストレイ・キャット】が咆哮する。
「ギャアァァァ――――――ス!」
襲い来る【風の刃】を能力で【固定】して受け止め、さらにそれで美鈴の放った弾幕を防御した。
「【キラークイーン】ッ!!」
【M2重機関銃】の銃口を美鈴、咲夜、妹紅に向け、横薙ぎに掃射した。
三人は火線から飛び退き、バラバラに展開し狙い撃ちを避け、吉影を狙う。
「でぇぇぇいっ!」
妹紅の放った焔の大玉を避け、吉影は【キラークイーン】の脚で地面を蹴り駆け出す。
「(クソッ!周辺の林ごと爆破したのが仇になったか…!
この更地で対空戦をやるのは分が悪すぎるッ!)」
レミリア達に背中を向け走りながら、二丁拳銃+【Grip & Break down !!】―――自動拳銃ではなくリボルバーを使ったのはこれをやるためだ―――で美鈴と咲夜を狙い撃つ。
美鈴は人間には有り得ない反射速度で身をかわし、咲夜は【瞬間移動】して弾丸をさける。
「(副作用無しで時を止められるのは、精々数秒か………)」
【キラークイーン】の左手に【水平二連式ショットガン】を握らせ、妹紅に散弾を浴びせた。
妹紅は炎の翼で散弾をガードするが、
ドグオォォ!
「ぐあっ!」
爆炎に翼が吹き千切られ、熱が彼女の身体を焼く。
脱兎の如く駆けながら、【キラークイーン】の右手の【重機関銃】をレミリアに向け、フルオートで乱射する。
レミリアは素早く身を翻し超音速の弾丸を避け、
「ええぇぇぇいっ!!」
【スピア・ザ・グングニル】を撃ち出した。
同時に、高速で旋回し機を窺っていた射名丸が扇を振り、鎌鼬を起こす。
「【ストレイ・キャット】!!」
【第一の爆弾】に変えた【空気の手】で【グングニル】を凌ぎ、鎌鼬を【固めて】受け止める。
「くそッ―――――!」
射名丸に回り込まれ、吉影は急転換し逃げ続ける。
レミリアに【M2重機関銃】、妹紅に【水平二連式ショットガン】、咲夜と美鈴にリボルバーを乱射し、牽制を続ける。
だが、何故か最もダメージや疲労が少ない射名丸だけは、【ストレイ・キャット】に鎌鼬を防御させるだけでノーマークだった。
しかし、それは彼が射名丸文を見くびっているからではない。
撃っても無駄なのだ。
寧ろ、彼はこの五人の中で射名丸を最も危険視していた。
射命丸文―――――――幻想郷最速種族の鴉天狗に『風を操る程度の能力』という天賦の才を備えた彼女の飛行速度はレミリアのそれを凌駕し、常人にはその姿を視界に捉えることもままならない。
実は、紫や霊夢など【絶対強者】を除いて、【人間】が対決する相手としては、彼女ほど恐ろしい者はいない。
おおよそ全ての【スタンド使い】は、幻想郷トップクラスの速度で高速飛行する彼女に対する攻撃手段を持たない。
例外は【メイド・イン・ヘブン】を銃器で武装させるか、【速さ】を探知し追跡する【ノトーリアス・B.I.G】、【範囲】で攻撃する【グリーン・ディ】、天候を操り制空権を奪う【ウェザー・リポート】くらいだろう。
しかし、それらをもってしても彼女に打ち勝つのは容易ではない。
彼女の扇が放つ【風】は人間を容易く吹き飛ばし、【鎌鼬】は不可視の刃となって急所を抉る。
血管一本切られただけで命を落とす人間にとっては、どんな相手も粉砕するレミリアの【スピア・ザ・グングニル】などより余程恐ろしい【武器】である。
そして最も厄介なのが、千年以上長らえた彼女の明晰な頭脳だ。
彼女の場合、【速さ】は【動き】に限らず【頭の回転】に関しても言える。
幾つもの思考を同時進行で並列させ、あらゆるデータから正しい答えを叩き出す。
弱点の無い彼女はまさしく、人間にとっての【天敵】なのだ。
「せええええぇぇぇいッ!!」
妹紅が高く飛び上がり、吉影目掛けて絨毯爆撃を繰り出した。
ズドドドドドドドドォォォォォォ!!
『フジヤマヴォルケイノ』を何十倍も凶悪にしたような大玉弾幕が降り注ぐ。
ズドドドオォォォンッ!!
着弾した炎弾は爆裂し、爆炎と爆風が吹き荒れる。
「ぐッ…………ッ!?
(クソッタレめ…!あと【数秒】、ほんの【数秒】凌ぎさえすれば……!)」
【空気の手】で辛うじて凌いだが、熱風が吉影の肌を焦がした。
「うおおおオオオオオオォ――――――ッ!!」
雄叫びを挙げ、吉影は矢鱈目ったら撃ちまくる。
ドグオオォォォォ!
「うっ!」
【瞬間移動】で避けた弾丸が地面に着弾して爆発し、咲夜を吹き飛ばした。
「咲夜さん!?」
美鈴が慌てて彼女の下へ飛び、踞る咲夜を起こす。
「(くっ………連続して時を止めると…ち、力が……)」
鉛の服を着ているような疲労で動けない咲夜に、吉影がリボルバーの照準を定める。
「ムッ!?」
射名丸の放った鎌鼬を【固定】しガードしたが、そのために美鈴達に回避を許してしまった。
「その猫、変わった成りをしていますね!
【取材】させて貰いましょうか!」
自分が【カメラ】を構えた瞬間、吉影の注意がレンズに集中するのを、射名丸は見逃さなかった。
カメラを【キラークイーン】に向け、シャッターを切る。
バシャッ
撮影の瞬間、吉影は【キラークイーン】の脚で跳躍し【攻撃】を避けた。
「――――――その猫、『空気を固める程度の能力』をお持ちのようですが――――――」
カメラから目を離し、射名丸はニヤリと笑う。
「猫じゃらしや鎌鼬など――――――【速い】ものなら興味を抱くようですけれど、……それならば、【ゆっくり】したものには注意しませんよね…?
【油断】して……」
スパッ―――
【ストレイ・キャット】の両目が、切り裂かれた。
「なぁッ―――――!?」
「ギャアァァァァァァ――――――スッ!?!?」
吉影は驚愕し、【ストレイ・キャット】は激痛に絶叫する。
「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』――――
――あらかじめ小さなつむじ風を配置しておいて、【カメラ】を避ける時そこに飛び退るよう仕向けたわ。」
射名丸は扇を腰に差し、身構える。
「くっ――――――!!」
射名丸から放たれるただならぬ【覇気】を察知し、吉影は咄嗟に行動する。
懐から【紙】を抜き開いて【空気の壁】を展開、背後からの妹紅の一撃を辛うじて防ぎ、吉影は【M2重機関銃】を射名丸に向けるよう【キラークイーン】に使令する。
「――――――『あれ?』――
――――『音が』―――
――『遅れて』―――――」
シュンッ
【M2重機関銃】の銃口が火を噴く直前、射名丸の姿が消え失せる。
次の瞬間、
フッ――――――
「(ッ!?
なに――――――!?)」
【同時】だった。
【キラークイーン】が引き金を引くのと、
射名丸が彼と彼の【スタンド】の視線の先で姿を消した事、
そして、彼女が彼らの背後に『居た』のは。
――――――そして…………
「――――――『聴こえるよ』――――――」
ドッドオオオォォォォォォォォォォォォ――――――ッッ!!!!
【爆風】のごとき【衝撃波】が、吉影を粉微塵に吹き飛ばしたのは。
「ぶげあァァァッ――――――ッ!?!?」
空間が歪んだかのような滅茶苦茶な衝撃が吹き抜け、かつて吉影であった肉片をぶっ飛ばす。
ドチャァッ――――――
数メートル飛ばされ、おびただしい鮮血と肉片、臓物が地面にぶち撒けられた。
腹から下がミキサーに放り込まれたみたいに砕け散り、【ストレイ・キャット】の残骸や、胃やら腸やらの内臓は残らず飛び出して土の上にゲロのようにへばりついていた。
だが、直前に展開した【空気の壁】が功を奏したのか、腹から上は右腕を失い肺が破裂する致命傷を負ってはいたが、ギリギリ意識を保っていた。
「……うぐッ………!?
ガボォッ………!
ゲハッ……ァ……!!」
地べたに叩きつけられた後も、あまりの衝撃にゴロゴロと上半身だけでバウンドし転がっていく。
口と腹の断面から赤黒いペースト状の物を吐き散らしながら、それでも恐るべき不屈の精神力で、吉影は薄れゆく意識の中考えを巡らす。
「(なんだ………ッ!?
なんだ【今の】はッ!?
『見えなかった』!!
『聴こえなかった』ッ!!
【雷鳴】のように後から【音】が追い付いて来た!
承太郎の【スタープラチナ】とも違うッ!
まさか……!『音の速さを超えた』というのかッ!?
だから超音速の弾丸を避けられたのか!?
今の出鱈目な【爆風】は、その【衝撃波】だというのか!?)」
なす術無く転がされていたが、漸く止まった。
「(クソッ…!呼吸がッ……、い、意識がァ……!
くそったれめ…あとほんの少し……!たった【数分の一秒】凌ぎさえすれば……!!)」
己の血肉にまみれ、うつ伏せに倒れている吉影は、残った左腕で身体を起こし、レミリア達の追撃を見切ろうと目蓋を開けた。
「(――――――?)」
だが、眼を開き、辺りを見渡しても、目に映るのは暗闇ばかりで何も見えない。
―――いや、そもそも目蓋を開いたつもりだったが、実は開いていなかったのだ。
そればかりか、音も聞こえない。
血の甘ったるい臭いも、臓物のえぐみも、何も感じなかった。
それら一連の異常が、
【衝撃波】によって眼球と目蓋が弾け、
鼓膜が破れ、
鼻と下顎が抉り飛ばされた、
という事実を示している事に気付いた時、
ブツン――――――
という【音】と伴に、吉影の意識は途切れた。
「――――――ハァ――――――――ハァ―ッ―――……」
射名丸は膝を着き、荒い息を整える。
「(くっ………!
やっぱりこの技は………っ、負担が大きすぎるわね……)」
突風『猿田彦の先導』――――――射名丸文自身が超音速の弾丸となり突撃し、【衝撃波】を発生させ相手を粉砕する技である。
普通ならばそんな真似をすれば妖怪とて重傷は免れないが、彼女は自身の『風を操る程度の能力』で【衝撃波】を制御できるため、【自爆】せずに済んでいる。
だがそのリスクとして、発動中全く周りの様子が分からないこと、使用後数呼吸間をおかなければ行動できないほど疲労してしまうというデメリットが存在している。
射名丸が肩で息をして動けないでいる時、
「文!ダメよ!!
まだ奴を倒しきってない!」
「【左腕】がまだ無傷です!
それを破壊しないと…ッ!!」
上空のレミリアと、咲夜に肩を貸している美鈴が、射名丸に向けて叫ぶ。
はっ、と射名丸は息を呑む。
吉影の飛んでいった方に目を向けると、無惨にズタズタに引き裂かれた上半身だけが転がっていた。
頭頂部が鎌鼬に輪切りにされ、白い脳味噌がゴロリと転げ落ちている。
確実に『死んでいた』。
―――だが―――、
――――――【左腕】は、残っていた。
よりによって、【左腕】だけが、『守られている』かのように【無傷】だったのだ。
「(ううっ……まさか……【無意識】に!?
しまった、『そのために』わざわざこんな【自爆技】まで使ったのに………!!)」
ギッ、と歯軋りし、射名丸は身体に鞭打ち立ち上がろうとする。
だが【大技】の反動でうまく力が入らず、また膝を折る。
「くっ―――――!!」
レミリア、妹紅が吉影の死体を睨み、追撃を掛ける。
「せええぇぇぇぇぇぇい!!」
「うらあああぁぁあ――――――!!」
亜音速の【スピア・ザ・グングニル】と特大の爆炎が、吉影の死体に向け撃ち放たれた。
――――――19:33:32――――――
――――――フッ―――
レミリア、妹紅の攻撃が到達する寸前、凄惨に破壊し尽くされていた吉影の死体が消え、爆炎がその周辺を吹き飛ばした。
「っ!
しまった!【復活】してしまったわ!」
「くそっ!失敗か!
天狗、身を守れェェ!
物陰から狙撃してくるぞオォォォ!!」
レミリア、妹紅が叫び、辺りを見回そうとした。
「っ!!」
吉影の死体が消えた瞬間、美鈴は気付いた。
虚空から沸いて出てきたかのように自分達の後方に現れた、禍々しい【気】に。
「後ろですッ!!」
振り返るより早く、身を守るより先に、美鈴は叫んでいた。
「「「ッッッ!?」」」
美鈴の叫びが耳に届いた瞬間、レミリア、妹紅、射命丸の三人は、考えるより早く行動していた。
発射炎(マズルフラッシュ)の光が背後で煌めき、【12.7mmM2重機関銃】が毎秒10発の弾丸を解き放った。
レミリア、妹紅が振り向き、反射的に身を翻す。
体のすぐ脇を超音速の弾丸が飛びすぎていった。
「文ァァァ――――――っ!!」
【キラークイーン】に【M2重機関銃】を構えさせ、自分は【レミントンM870】の照準を射命丸の背中に定めている吉影の姿を、レミリアの眼が捉えた。
「――――――【Bites The Dust -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】――――――」
ガアァンッ!
吉影が引き金を引き、身動きできない射命丸に散弾を浴びせる。
「ふんっ!!」
射命丸が振り向きざまに扇を振り抜き、鎌鼬を発生させる。
風の刃が、散弾を弾き飛ばそうとした。
だが、
「やれッ!【キラークイーン】!!」
――カチリ
【キラークイーン】が右手人差し指のスイッチを押した。
ドグオォォォ!!
散弾の一発が爆発し、鎌鼬を相殺した。
「なっ――――――!?」
さらに散弾が爆風によって加速され、射命丸に襲い掛かる。
直径1.5ミリ、弾数1525粒、合計32グラムの散弾が拡散し、爆発した。
「うあぁぁっ!?」
【Grip & Break down !!】の無数の小爆発に捲き込まれ、射命丸の全身が弾けた。
「(【5vs1】では分が悪い………
なら、【1vs1】×5にすれば良いだけのこと………
まずは動けない射命丸と咲夜、美鈴、それからレミリアと妹紅だ。
ひとりずつ順番に【始末】してやる……)」
ガキンッ!
スライドアクションで【レミントンM870】の排莢を済ませ、もう一発ぶち込もうと銃口を向ける。
「くっ――――――!!」
妹紅、レミリアが吉影に弾幕を放つ。
が、【ストレイ・キャット】の【空気の手】に阻まれ、吉影には届かない。
「うあぁっ!?」
【キラークイーン】が横薙ぎに【M2重機関銃】をぶっ放し、レミリア、妹紅は間一髪逃れる。
「【キラークイーン】!咲夜を狙え!」
彼の命令に従い、【キラークイーン】は【M2重機関銃】を美鈴に抱えられている咲夜に突きつける。
吉影は【レミントンM870】の照準を射命丸に合わせる。
「はっ!?」
美鈴が火線から逃れようとするが、咲夜を抱えている彼女の動きは【一手】遅かった。
二つの銃口から、同時に発射炎が迸った。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――
「――――――なァッ!?!?」
吉影の眼前に迫っていたナイフを、【キラークイーン】が銃身で弾く。
射命丸はギリギリのところで急発進し、散弾を避けた。
「はっ…!?」
美鈴は自分が一瞬で銃口の延長線上から移動したことを理解し、自分の手を握り引っ張る咲夜の姿を見上げ、息を呑む。
「さっ咲夜さん!?」
彼女の表情には、どんな過密スケジュールにあっても決して見せたことの無いほどの疲労の色が、ありありと現れていた。
ガクリと咲夜は高度を落とし、地面に倒れ込む。
「時間を止め弾丸を避け、ナイフを投げていたか……」
全身血まみれで飛行する射命丸を【キラークイーン】に警戒させつつ、吉影は【レミントンM870】を次弾発射に備える。
「まずいっ――――――!」
吉影の狙いが咲夜に向いていることを察知し、美鈴は彼女を助けようと急降下する。
「美鈴っ!!なにをしているの!?
私に構ってないで、早くヤツを倒しなさい!」
はっと急停止し、美鈴は吉影を振り返る。
「――――――ッ!?」
今まさに【ショットガン】の引き金を引こうとしている吉影が、ビクンと肩を震わせた。
「ぐッ……がァ……ッ!?
な、なんだと………!?」
【キラークイーン】の右肩に、先ほど難なく弾いた筈のナイフが突き刺さっていた。
「(【ナイフの時間】を…ッ……くそッ!【逆行】させたのか…!!)」
ナイフに蓄えられた【気】が流れ込んで神経を阻害し、吉影と【キラークイーン】が引き金を引くのが一瞬遅れた。
「せぇぇぇいっ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
その一瞬の隙を狙い、レミリア、妹紅が吉影の頭上に弾幕を降らせる。
「ぐッ……!
【ストレイ・キャット】ォォォ!!」
バスバスバシィッ!
【空気の手】で弾幕を防御するが、鋭利な弾幕が【空気弾】の粒を次々に割り、【空気の手】を削っていく。
「クソッ!」
射命丸がボロボロに傷ついた翼で、尚も物凄いスピードで接近して来るのを目撃し、吉影はナイフを抜き五人に背を向け駆け出す。
「林に逃げ込むつもりよッ!」
「逃がすなッ!平地で仕留めるぞッ!!」
レミリア、妹紅、射命丸が後を追う。
「美鈴、貴女も行きなさい!」
地面に倒れ、【時止め】による疲労で這いつくばる咲夜が、美鈴を見上げ声を張り上げる。
「――――………
……はいっ!!」
咲夜の眼を見て彼女の【覚悟】を理解し、美鈴は吉影に視線を移して、全速力で追い掛けた。
「くッ――――――!」
咲夜以外の四人が空を駆け追って来るのを確認し、吉影は苦々しげに顔を歪める。
「(十六夜咲夜の脅威を激減できたのは大きい……
レミリアの翼をもいで機動力を半減させた事と、射命丸の全身にダメージを負わせた事、美鈴の脇腹に大穴をあけてやった事も、大いに【プラス】である筈だ………
……だが……!それでも決定的じゃない……
この五人を一度に相手取るのはハード過ぎる…!
いくら【あの御方の御加護】を受けているとは言え、所詮わたしも生身……
それに……まだ勘づかれてはいないようだが、【Bites The Dust -Channel to 0-】は【無敵】の能力ではない。
寧ろ【弱点】の目白押しだ。
そして……何より、わたしの身より【あの御方】を優先しなくてはならない。
今日の【日付】は【外の世界】では12月10日……だが【幻想郷】の暦では4月7日土曜、4月上旬の【満月】……!
あと数時間――――――【日付】が変わった時、【あの御方】は三度(みたび)この世に【聖誕】される!!そうなれば………!)」
吉良吉影は、【強い】。
但し、【能力】が強力だとか、【知能】が高いとかの話ではない。彼の【信念】が強靭過ぎるのだ。
彼はそもそも、【敵】を作らない。【平穏】を犠牲にしてまで執着すべきものが無いからだ。真の意味で【無敵】なのである。
そして万が一【闘い】が始まっても、彼は相手より圧倒的に優位に立てる。
普通の人間ならば、例えば重ちーのように【両親】であったり、他の杜王町のスタンド使い達のように【友人】だったり、或いは【金】や【名声】等――――――【捨てられないもの】が少なからず存在する。
だが、彼にはそれが無い。自分の【平穏】のためならば、【家】も、【財産】も、【左手】も、【顔】も、【生活】も、躊躇無く捨てられる。
言うなれば、【チェス】で言う【キング】が常人に比べ圧倒的に少ないのだ。
【無頼】、【無形】、故に【無敵】。さらに傍らには最強の【緋色の女王】を控えさせている。敗けるわけがない。
だが、今彼はその【左腕】に【ユダヤの王】を抱えているのだ。これだけは『捨てる』わけにはいかない。
何があろうと、絶対にだ。
その【執着】が自身の【弱点】と為り得る事を、吉影は深く理解していた。
「ッ!!」
レミリアの放った【スピア・ザ・グングニル】を、【空気の手】で受け止める。
【接触弾】に変えていた【空気の手】によって、【スピア・ザ・グングニル】は爆発し塵になる。
「でぇぇぇぇいッ!!」
雄叫びを挙げ、妹紅が特大の火焔弾を撃ち下ろした。
「くッ――――――!」
【ストレイ・キャット】では防ぎ切れないと判断し、【キラークイーン】の脚で跳躍する。
耳をつんざく爆裂音と共に、吉影の足下が爆炎を噴き上げ吹っ飛んだ。
「ぐうぅッ…!」
爆風を【ストレイ・キャット】に防がせるが、熱はシャットアウトし切れず、吉影の肌を焼く。
「はっ!」
宙に浮く吉影に、射命丸が狙いを定める。
「せぃやァッ!」
扇を一閃し、高速の鎌鼬が襲い掛かった。
ズバシャアァッ!
「――――――!」
鎌鼬が吉影の全身を切り刻む寸前、【キラークイーン】が【空気の足場】を蹴り、飛び退いた。
鎌鼬は【足場】を切断しただけだった。
「ッ!
来たぞっ!!」
【キラークイーン】が【M2重機関銃】を構え、四人を迎撃する。
引き金を引き、フルオートで乱射した。
四人はバラバラに展開し狙い撃ちを避ける。
連続する発射音、銃口から迸る閃光。
四人の眼が完全に吉影に集中した時、
「――――――やれ、【キラークイーン】。」
【キラークイーン】がスイッチを押した。
カッ――――――
「「「「ッ!?」」」」
吉影の手のひらから放たれた強烈な光が、四人の網膜を焼いた。
「ぐあっ!?
こ、これはっ!?」
眼前に太陽を突きつけられたかのような衝撃で、妹紅の眼が眩む。
「くっ……!眼が…見えない……!」
白い閃きが脳に喰い込み、レミリアは呻き苦悶する。
「……【閃光焼夷弾】……巧くいったな…」
吉影は身を翻して着地し、【M2重機関銃】を妹紅に向ける。
「まずはひとり……、
ッ!?」
咄嗟に飛び退き鎌鼬を避ける。
見上げると、射命丸が自分に扇を向けていた。
「チッ――――――【気流】を読んでいるのか……!」
舌打ちし、吉影は逃亡を続ける。
「レミリア、【変身】して身を護って下さい!
妹紅は私が保護しますので動かないで!」
【気流】を読み取り吉影の動きを察知して、射命丸は指示を飛ばす。
「(【風の動き】だけでは感知に限界がある……
しかもヤツは【不死身】、自分の保身よりこの機に乗じて私たちを殺すことに全力を注ぐ筈……!
今ヤツを追撃するのは無謀ね……)」
希望的観測に囚われず、瞬時に冷静な判断を下すと、盲目の彼女は声を張り上げる。
「美鈴っ!
貴女なら『見える』でしょう!?
私がサポートするわ!
ヤツを追撃しなさい!!」
「言われなくてもっ!」
美鈴が射命丸を追い抜き、最高速で吉影に追う。
「……!」
【キラークイーン】の脚で猛然と走りつつ、吉影は振り返った。
「やはり美鈴…!追って来るか…!」
レミリアは無数の蝙蝠に変身し、超音波で吉影を探知して追跡、射命丸と妹紅は防壁を張り視力の回復を待っている。
ビッ
射命丸が扇を打ち振るのを見て、吉影はサイドステップで身をかわす。
一瞬前吉影の立っていた地面を、鎌鼬が切り裂いた。
「(そう簡単には反撃開始とは行かせてもらえないか……
今が絶好の機会だというのに……!
まあいい……【次の六秒】が来た時、ひとりずつ確実に葬ってやる。)」
【レミントンM870】を構え、蝙蝠の群れに狙いを定め、撃った。
発射と同時に【部品(ピン)】が弾け飛び、【Grip & Break down !!】に爆弾化された1525発の弾丸が蝙蝠の群集団の中で爆発する。
蝙蝠はキィキィと鳴き喚き、パタパタと忙しなく羽ばたいて散らばる。
「蝙蝠が超音波でわたしを探知するなら、耳を潰してやるまでだ…」
走りながら残り二発も蝙蝠達に撃ち込む。
かなりの数が爆発に捲き込まれ墜ちた。
レミリアは完全に吉影を見失い、追撃を止める。
「(レミリアはこれで無力化された!
あとは美鈴と射命丸のみ!)」
射命丸の放った鎌鼬を【ストレイ・キャット】に【固定】させ、【キラークイーン】が爆弾に変える。
「(だが……【チャンス】は『何度でも』回って来る。
そう、『何度でも』―――――――
万全を期すため、まずは身を隠すとするか……)」
カチッ
【キラークイーン】がスイッチを押し、固定した鎌鼬が爆発する。
「っ!?
ああっ…!」
美鈴は【気の視界】の中、愕然とする。
吉影が爆風を【空気の帆】で受けて、ひとっ飛びに林の中に飛び込んだ。
「(マズいっ!
ヤツの【爆弾】は森林戦では脅威!
一度林の奥に逃してしまえば、もう手出しはできない…!
たとえ【気】を探知しても、【銃】と『並行世界からのダメージ』で一方的に反撃されてしまう!
ヤツを倒さないと、妹様の【契約】は解約できないのに…っ!)」
美鈴は右手に全身の【気】を集中させる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇいやァッ!!」
全身全霊を籠めた【気弾】を、吉影が消えた辺りの樹の幹に撃ち込む。
【気】は幹から枝の一本一本、葉の一枚一枚へと伝わり、花を散らすように木の葉が舞い落ちた。
「なにィッ!?」
木の葉は【気】を帯び、無数の鋭利な刃となって、樹の陰にいた吉影を襲う。
「ぐおぉあァァッ!?」
木の葉がザクザクと吉影の背中に刺さり、【気】が彼とスタンドを縛る。
「(やった!ヤツが動きを止めているっ!
ヤツは今!…………博麗神社跡地の森!
入った所約2mのッ!
…………樹の陰にいるッ!!)」
【気】で吉影の様子を感知し、美鈴は追撃しようと加速する。
「(でも……!
命中した木の葉が少なかった…すぐにまた動き出す!急がないと………!!)」
その時だった。
スパアァァン!
鎌鼬が美鈴の脇を通り過ぎ、樹を切断した。
「(――――――ッ!!
ナイスです文さんっ!)」
輪切りにスライスされた樹が崩れ落ち、その向こうに背を向けて硬直した影が見えた。
「そこだァァァ――――――ッ!」
落下する樹の合間を潜り抜け、左腕に全身の【気】を集中させる。
―――――――19:33:36―――――――
「くらえッ!」
全身全霊を懸けた一撃を【左腕】に叩き込む!
グショアァッ!
美鈴の渾身の左拳が【左肩】に食い込み、骨が砕け肉が爆ぜる、不快な音が木霊した。
「(獲った!!)」
膨大な【気】が一気に流れ込み、心臓を停止させる。
「(殺った!
【復活】される前にっ!
【左腕】を破壊するッ!!)」
ガシィ!
【左腕】を掴み、右腕を振り上げる。
「掴んだっ!
トドメだッ!!喰らえ―――――――」
動かない【左腕】に手刀を振り下ろそうとした刹那、
「―――――――っ………!?」
満身の力を籠めて【左腕】を粉砕する寸前、気付いた。
「(…………この【手】……っ!
おかしい……腕に宿っていた【何者か】の気配が感じられない……!
それに……――――――)」
……美鈴が握っている【左腕】には、見覚えがあった。
それは彼女が『いつもよく見ているもの』だった。
愕然と硬直し、両の目を見開く美鈴。
彼女の瞳は、自分の拳を叩き込んだ相手に釘付けになっていた。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド―――――――
「―――――――柱の………
……陰にいたのは……………」
長く艶やかな紅髪。
洗練された体躯。
見間違う筈がない。
服、帽子、指紋に至るまで、全てが『よく見知ったもの』だった。
「私だっ…!?」
彼女が左肩を破壊した相手、それは背中をこちらに向けた、【もうひとりの自分】だった。
「!!
こっ…これは………!?
!?!?」
美鈴の脳内は混乱を極めていた。
瓜二つだった。
彼女に背後から攻撃され、心臓が停止し身動きできないその人物は、美鈴の生き写しのようだった。
「(……こ………【これ】は……!?
【これ】は誰っ!?
なぜ私と同じ格好…?
いや!【気】の性質まで全く同じッ!!
いったい何処から現れたというの!?
どうして【気】を読み違えたのっ!?)」
余りに奇々怪々な現象を目の当たりにし、幾つもの疑問が入り乱れて浮かぶ。
焦燥に駆られ、思考が纏まらない。
正体不明の恐怖に胸が締め上げられ、呼吸が激しく乱れる。
「―――――――ッ!?」
彼女は、見た。
背中を向けた自分の【映し身】の向こう、こちらを向いて佇む人影を。
「―――――――自分の【匂い】が分かる者が……はたしているだろうか……?」
人影―――――――吉良吉影は、数メートル前方に、美鈴に身体を向け立っていた。
美鈴の心臓が跳ね上がる。
「…どうやら【気】も、それと同じようだ……
気付かなかっただろう?
【自分自身の気】の存在には……」
森の暗がりの中、吉影の双眸だけがギラリと輝き、美鈴を睨む。
彼の背後に浮かぶ【キラークイーン】が、彼の全身のあちこちに突き刺さっている木の葉を抜き取っていく。
「っ…!!」
彼女は息を呑み、足を引き、身構える。
「最後だから教えてやろう………
お前がたった今目撃しそして触れたものは………」
吉影はゆっくりと手をあげ、美鈴の前にいる人物を指差す。
「―――――――【並行世界】のお前自身だ。」
「―――っ!?」
吉影の口にした言葉を、美鈴は困惑と混乱の表情でもって受け止めた。
「(なに……?
【並行世界】…!?
【私自身】…っ!?
それが【この人】ですって…?
理解できない…!
さっきからコイツの攻撃は…っ!【正体不明】すぎるっ!!)」
吉影は自分の身体中に突き立っている【気】をたっぷり含んだ木の葉を【キラークイーン】に抜かせ、身体の自由が戻るのを待つ。
「【基本世界】のお前が、【別次元】のお前自身を見、攻撃したのだ……
これが我が【BITE THE DUST -Channel to 0-】の能力!
『次元の壁を』飛び越えさせた……!!」
木の葉をあらかた取り除き、【キラークイーン】の動きが戦闘に最低限必要な程度まで回復してきた。
それを察知した美鈴は距離を取り、【キラークイーン】はファイティングポーズで身構える。
「誰だろうとわたしの【平穏】を脅かす者は許さない……
決して!
確実に消え去ってもらう!!」
ジャキンッ!
【キラークイーン】が自動拳銃を抜き、スライドを引いた。
「(くっ……!
絶好のチャンスを逃すことになるけど…!
今は引くしかないっ!!)」
【キラークイーン】が銃口を突き付ける前に、バックジャンプで距離を離し、
「ええぇぇぇいっ!!」
上方からありったけの弾幕を浴びせかけた。
まだ完全に【気】の拘束が解けていない【キラークイーン】は、咄嗟に回避できず、
バイィ―――z―ン
【ストレイ・キャット】の張った【空気の壁】が、弾幕を受け止め弾いた。
「ううっ………!
【猫草】は……!【気】が回ってなかった…!!」
意味不明の現象、拘束解除、見えない防壁、一撃必殺の弾幕。
一対一では勝ち目は無い。
そう判断を下し、レミリアたちが合流して来るまでは足止めに徹しようと、【髪針】を構えた時だった。
―――――――19:33:42―――――――
「(―――――――っっ!?!?)」
一瞬だった。
気付いた時には、美鈴の目の前に吉良吉影の姿があった。
「(……えっ………?)」
彼女は飛んでいた。
その筈なのに、足はしかと地面に着いていた。
吉影が移動したのではない。
自分が『移動させられた』、いや、『移動させられていた』のだ。
「(こ……
これ…っ…は……?
……痛(つ)ぅっ!?)」
雷に撃たれたように、左肩に激痛が走った。
「(これはっ…!?
まさかっ!?)」
美鈴は、『なっていた』。
彼女が先程左肩を砕いた、自身と瓜二つの人物に。
「(くっ……!
ぐ…っ……うっ…!?
心臓が…っ!止まって……る!
息も……!?)」
心肺が停止しては、さしもの妖怪も落ち着いてはいられない。
目が霞み、意識が混濁していく。
「―――――――……………
なるほど……【理解】したぞ…」
吉影は呟き、自分の【スタンド】に命ずる。
「【キラークイーン】ッ!」
吉影の声とともに、【キラークイーン】が銃口を美鈴の眉間に向ける。
「(う……動けなっ―――――――)」
ガァァン!
銃口が火を噴き上げた。
ヴワッ!!
「ああっ――――!?」
「なぁッ!?」
突如訪れた一陣の風が、二人の間隙を駆け抜けた。
風の奔流が美鈴と吉影を、荒れ狂う河のごとく分断する。
弾丸は大気の激流に呑まれ、あらぬ方向へ消えて行った。
美鈴側の気流は渦を巻き、柔らかく彼女を掴んで銃口から遠ざける。
対岸の吉影には、旋風が牙を向き襲い掛かる。
「【ストレイ・キャット】!!」
【猫草】が風の刃を【固定】し、【キラークイーン】の健脚で後方へ飛び退いた。
「射命丸さんっ!?」
美鈴は林の切れ目まで風に運ばれ、後ろを振り返る。
射命丸文が扇を振りかざし、吉影を見据えていた。
「くっ……!
もう視力が回復したか……!」
吉影が歯を軋ませる。
「【キラークイーン】!!」
【キラークイーン】が両手を地面に着く。
「せぇいっ!」
射命丸が扇を打ち振るい、真空の刃が吉影を狙い飛翔する。
ドグオオオォォォォォォ―――――――ッッ!!
轟音とともに地面が爆破され、土煙がキノコ雲のように噴き上がった。
射命丸の放った鎌鼬は、もうもうと立ち込める粉塵の中に突っ込み、空を切った。
「地中に……逃げた……!?」
吉影の【気】が地上から探知できない深さまで降りていくのを、美鈴は感知する。
「ッ!
美鈴ッ危ないっ!」
射命丸が扇で風を起こした。
美鈴を呑み込もうと押し寄せていた土煙が吹き払われ、爆発した。
【Grip & Break down !!】で【部品(ピン)】を付けられていたのだ。
「美鈴、早くこっちへ!」
射命丸が血に染まった翼を翻し、平地の中心へと向かって行った。
美鈴も後を追う。
平地の中心上空では、咲夜、妹紅、レミリアが待っていた。
「美鈴、無事だったのね!」
レミリアがほっと胸を撫で下ろし、呼び掛ける。
「ええ、ギリギリでしたが、なんとか……
咲夜さんは?」
「私は大丈夫。
あまり長く時を止めてはいられないけど……」
顔に疲労の色はあるものの、闘志は衰えていない咲夜が答えた。
「―――――――皆さん、すみませんがもっと密集して戴けませんか?」
高速で飛行したため、首から提げたカメラが背中側に回っていたので、体の前に戻して、射命丸が口を開いた。
「?
密集?
どういう意味だ?天狗。」
辺りの地面を警戒しながら、妹紅が問う。
「ヤツの【瞬間移動】は危険です。
バラバラになっていると、一人ずつ順番にやられてしまいます。
それに、範囲が狭ければ、カバーできる人数も増えるんですよ。
さあ、咲夜を中心に背中合わせに集まって下さい。
蓬莱人間とレミリアさんは向かいになるように、美鈴は私と………
急いで!」
射命丸に言われるがまま、五人は円陣を組んだ。
咲夜を真ん中に、レミリア、美鈴、妹紅、射命丸と、互いに背中合わせに密着する。
「さあ、いきますよ…」
射命丸が扇を掲げ、振った。
「おおっ!?」
唸りを上げる竜巻が、五人を囲んで発生した。
「これで大抵の弾丸は防御できます。
ヤツがまたいきなり何処かから現れ、狙撃して来たとしても、私たちに致命傷を与えることはできないでしょう。」
射命丸は扇を口に当て、【案】を他の四人に説明する。
「私の提案する【作戦】はこうです。
まず、感知能力を持つ美鈴と私がヤツの動きを察知し、咲夜、貴方に合図を送ります。
貴方はその瞬間時を止めて、ヤツを攻撃して下さい。
時が止まっていれば、竜巻は素通りできますから。
そして、ナイフで動きを止めてから、火力のある妹紅、レミリアの二人で叩く――――
それでヤツは倒せるはずです。」
油断無く地上を見張りながら、射命丸は淡々と四人に作戦を伝える。
と、妹紅が声を上げた。
「……ちょっと…待ってくれ…っ!
作戦としては上々だが……、それはつまり、【トドメ】は私にやれってことか?」
射命丸に問う妹紅の声は、心なしか震えていた。
「ええ、そうですとも。
私の【風】では、あの【猫草】に防がれてしまいますからね。
貴女の焔の妖術なら、防御壁を貫通して全身灰塵にしてやれるでしょう?」
射命丸は振り返らず、いつもの事務用の朗らかな声色で答える。
「で、でもっ…!
私には…無理だ…!
あの【左腕の誰か】を攻撃するなんて……」
妹紅の声には、焦燥と狼狽の色が表れていた。
不死身の蓬莱人がこれほど恐れを抱くなど、尋常ではない。
「…私も……できない…っ…
【あれ】を攻撃しようとしても……恐ろしさで……身が…すくんで……っ…」
レミリアも怯えた情けない声を上げ、射命丸に訴えた。
あの【何者か】と対峙した時の恐怖が、まだ脳裏に焼き付いて、膝を震えさせる。
「鴉天狗、アンタはできないのか?
私達には……もう……っ…!
…【あれ】と闘う勇気は無い……」
妹紅はそう絞り出すと、がっくりと項垂れた。
レミリアも俯き、肩を落とす。
「―――――――……えぇ~~~~…………
私も嫌ですよ~……」
射命丸が振り返り、二人に言った。
冗談めいた口振りに、四人は驚き彼女を見る。
射命丸は苦笑いを浮かべ、口角を引きつらせて冷や汗を流していた。
「突風『猿田彦の先導』……
さっきデメリットを無視してあの技を使ったのは、自分では周囲へのダメージをコントロールできないからです。
【だからこそ】、あの技を使ったんです。
でも……、やっぱり、無意識のうちにブレーキを掛けてしまったようで……
ヤツの【左腕】には傷ひとつつけられませんでした。」
自嘲気味に笑う射命丸の表情もまた、恐怖に強張っていた。
常に営業スマイルを絶やさず周囲を煙に巻く彼女が、ここまで怯えているという事実。
それが場の緊張をいやが上にも高めていた。
ゴクリ、妹紅が喉を鳴らし、射命丸に問う。
「………ということは………つまり……」
タラリ、射命丸の頬を汗が伝う。
「……【あれ】を打ち倒すのは……私にもできません…、やりたくありません。」
射命丸がついに告白した。
「……私も……現実問題、【あれ】を倒せる気がしません…」
左肩を【気】で応急処置しながら、美鈴がおずおずと声を上げる。
「さっきヤツの【能力】を、直に体験しました。
……いえ…【体験した】と言うよりは……まったく理解を超えていたのですが……
あ…ありのまま今起こったことを話しますと、
『私はヤツを殴ったと思ったらいつの間にか自分を殴っていた』―――――――」
他の四人の疑問符に満ちた視線が突き刺さり、美鈴は慌てて説明し直す。
「あ、いや、順を追って説明しますと、突然【もうひとりの私】が現れて、ヤツがそいつを盾にしたんです。
ヤツは【並行世界の私】だと言ってました……
そのあと、私は【もうひとりの私】になって、肩が砕けてて………」
しどろもどろに話す美鈴の言葉を、射命丸が遮った。
「ちょっと待って…!?
【もうひとりの貴女】を見た……ですって?」
射命丸が問いただす。
「はい…
貴女が斬った樹の向こうに、背中を向けて立ってたんです。
【気】の性質が私と完全に一致していたから、まったく存在に気付きませんでした。
それで、ヤツは銃を構えて、私は後ろに下がって―――――――」
美鈴が話していた時、射命丸が声を荒げた。
「待って、おかしいです!
【気流】を読んで、はっきり感知していました!
貴女はヤツと闘っていた!」
射命丸の叫びに、一同は驚き肩をすくめ、彼女に目を向ける。
「自由を奪ったヤツを接近戦で圧倒して、ヤツは【猫草】で身を守るのが精一杯の様子でした。
そして【気】でヤツの【左腕】を封じ、心臓を停止させたんです。
私はその時、勝利を確信していました。
それが、昏倒寸前のヤツの脳天に拳を叩き込もうとした瞬間、突然貴女の左肩が砕けて、ヤツが息を吹き返し銃を構えたんです。
そこで私は慌てて貴女をヤツから引き離した―――――――
……それが、私が見た一部始終です。」
射命丸が言い終わり、レミリア、咲夜、妹紅は形容し難い表情で二人を見つめる。
三人の視線は美鈴、射命丸の間を行ったり来たりする。
「……美鈴、貴女の言ったこと、本当なの?」
「………ええ、間違いありません。
私は【もうひとりの私】を目撃し、自分を攻撃しました。」
咲夜の問い掛けに、美鈴は返答する。
「鴉天狗、そっちは…?【気流】を読み違えた可能性とか…」
「いいえ、あり得ません。
視力が回復した途中からは、肉眼で目視していましたし。」
妹紅の言葉を、射命丸は否定する。
「―――――――どちらも【本当のこと】なんじゃないかしら……」
レミリアが口を開く。
「【並行世界】の出来事が……同じ空間で同時に起こっていた―――とか。」
射命丸がレミリアに顔を向け、質問する。
「さっきから言っている【並行世界】―――というのは、何なのでしょうか?
そもそもヤツの能力、途中から参戦した私には掴みかねます。
貴女が今までの闘いで分かったこと、全部話して下さい。」
「―――――――分かったわ。
まずは…………―――――――」
―――――――少女説明中…
「―――――――つまり、ヤツは全身粉微塵になっても『自分が生きている【並行世界】』から平然と復活し、瞬間移動したり、不可避の攻撃を加えたりできる………と。」
「ええ、そんなところよ。」
説明が終わると、射命丸は顎に手を添えて情報を整理する。
「なるほど…私と美鈴の見たものが違う理由も、【並行世界】だったというなら説明できる……
美鈴が体験したのは『ヤツが生きる【世界】』で、私が見たのは『死ぬ【世界】』だった。
突然負傷する現象も、私に美鈴の左肩がひとりでに砕けたかのように見えたように、見えているのとは違う世界から攻撃を受けていたのだとしたら、辻褄が合う………
レミリアさん、ヤツは【契約】したのですよね?
『嘘は吐いていない』と。」
「ええ……
これまでの一連の【現象】からも、疑う余地は無さそうよ。」
レミリアは頷き、地表を警戒する。
と、重苦しい空気の中、咲夜が口を開いた。
「………【もしもの世界】を自在に操るなんて―――――――八雲紫にもできるか分からないことなのに……それを【左腕】ひとつで可能にするなんて……
【あれ】とは何なんですか?
なぜお嬢様たちはそれを、そんなにも恐ろしくお思いに……」
高位悪魔、中華妖怪、鴉天狗、蓬莱人、比類無き強さを誇る筈の人外たちが四者四様に怯えている。
【あれ】がどれほど恐るべきものなのか、その様子を見ればいやが応にも理解できるだろう。
「………そうですね…」
射命丸が暫し考え、咲夜に言った。
「例えるなら……我々【妖怪】が【人間】の心が造り出した【影】だとして………
【あれ】はその【影】を綺麗さっぱり塗り潰してしまう【光】………
と言ったところでしょうか。」
彼女の後に、妹紅が言葉を続ける。
「そして私のような【不死者】を嫌っている……
自分だけの特権を侵されたと思ってる…
そんな【敵意】を、確かに感じた。」
言い終えると、二人は押し黙った。
「………待って下さい。
【妖怪】じゃ駄目なら……【人間】なら、どうなるのでしょう?」
四人が一斉に咲夜を振り返る。
「咲夜、止めなさい!
【あれ】は危険すぎるわ、いくら【人間】でも、怒りを買ってしまったら―――――――!」
レミリアが慌てて彼女を諭す。
その時だった。
美鈴が何か思い出したように、はっと頭を上げた。
「―――――――いえ………
【可能性】はあります……!」
他の四人の視線が美鈴に集中する。
「……どういうこと?美鈴…」
レミリアが彼女に問う。
「私は…【もうひとりの自分】になった時、身体の自由を取り戻そうと【マイナスの気】を生み、全身に送り込みました。
……その時………見たんです、ヤツの【左腕】から『ミイラのようなもうひとつの腕』が飛び出しているのを。」
「……っ!?
なんだって!?
何で【あれ】が出て来るんだ?」
「…おそらく……【木の葉】を介してヤツの身体に流しておいた【プラスの気】と引き合って、【あれ】がヤツの身体から引っ張り出されたんでしょう。」
妹紅の疑問に、美鈴は答えを返す。
「……つまり…何が言いたいと?」
射命丸が美鈴を振り返り、彼女の瞳を覗き込む。
「…【あれ】は…破壊しようとしたりしない限り、私のような【妖怪】でも干渉できる、…ということです。」
四人の顔を見回し、美鈴はそう結論付けた。
「―――――――なるほど、可能性はありそうね……」
「だな……」
レミリア、妹紅が頷き、咲夜に目を向ける。
「―――――――咲夜さん、ちょっとナイフを貸して下さい。
二本お願いします。」
美鈴が咲夜に右手を差し出し、咲夜は言われた通り二本のナイフを手渡す。
美鈴はナイフを右手に乗せると、砕けた左肩を歯を食い縛って動かし、そっと左手をナイフの刃に重ねた。
そしてじっと目を閉じ、両手に【気】を集める。
ナイフの刃に【気】を蓄えると、咲夜に返した。
「最大出力の【気】を練り込んでやりました。
これをヤツの左肩に刺せば、【左腕】は【気】が流れ込む衝撃でヤツの体内から弾き出される筈です。」
「ありがとう、美鈴。
なぜ二本なの?」
ナイフを受け取り、咲夜は疑問を口にする。
「ヤツは用心深い男です。
地中から飛び出す時、きっと【空気の壁】で身を守ろうとするでしょう。
その時は、二本目を時間差で投げれば、一本目が爆破されてもヤツに届く筈……」
美鈴の言葉を聴き、咲夜は彼女と目を合わせる。
「………もし、あてが外れて、【左腕】が無くてもヤツが【能力】を使って来たとしたら………どうするの?」
咲夜の発言で、他の四人が凍りついた。
そうだ。人外の者たちは、人間一人が【絶対的な存在】無くしてそれほどの強力無比な【能力】を得られる可能性を、無意識に排除していた。
しかし、この中にあって唯一の人間である十六夜咲夜もまた、『時間を操る程度の能力』という反則的な力を保有しているのだ。
何も吉影の【新たな能力】が【左腕】によるものだとは限らない。
肩に羽織ったマント型の【スタンド】の力かもしれない。
或いは、咲夜の【懐中時計】の効果かもしれない。
吉影が【左腕】を体内に取り込んだのは、【シアーハートアタック】の弱点である【左手甲】を保護する目的だったのかもしれない。
「―――――――何も分かりません……
【結果】だけがあります。
事実は…ヤツの腕の中の【あれ】を引き出したという【結果】だけです。」
美鈴の答えを聞いて、咲夜は頷いた。
「どちらにせよ、ヤツからその恐るべき【何か】を奪い取ってしまえば、攻略しやすくなるわね。」
咲夜はナイフを構え、神経を刃物の如く鋭利に尖らせる。
彼女の双眸が真紅に染まった。
【臨戦体勢】の合図だ。
「美鈴、射命丸。
ヤツがどこから出て来るか、しっかり探知して伝えて頂戴。
お嬢様、蓬莱人形。
私が時間を止めてナイフを投げるので、同時にヤツにトドメを放って下さい。」
咲夜の言葉に、四人は無言で彼女に背を向ける。
答えは、「YES」一択だった。
「吉影は【空気】を操る【猫草】を連れているんだよな?
呼吸の心配無く潜り続けていられるなら、地中から出て来ずに、遠くに逃げたって可能性は無いのか?」
「いいえ、それはあり得ません。
ヤツは地面を【爆破】して地中を進みます。
ヤツが地下に潜行した後暫くは移動する地響きがしましたが、今は聞こえません。
じっと息を潜めて、狙っているはずです。私達を………」
妹紅の質問に、射命丸が周囲の【気流】を探りながら答えた。
「美鈴、貴女の【気】の探知は地中の相手にも通用するの?」
「いいえ、地下1メートルくらいなら、なんとか分かるのですが………」
レミリアが美鈴に訊ね、美鈴がそれに答えた。
その時だった。
「っ!!
動き始めましたっ!!」
射命丸が耳をそばだて、地下から僅かに漏れる爆発音を聞き取ろうとする。
他の四人は精神を緊張させ、地面を見渡す。
「っ……!?
音が三つ……?
いや、五つ!?
きっと【空気】のダミーね………
全部バラバラに動いている……
一番『人間らしき音』を出しているのは………」
両耳に手をあて、微かな音も聴き逃すまいとする。
「……音が一つ消えた………最後まで爆発しきったようね……
残り四つ………」
レミリアが【スピア・ザ・グングニル】を左手に身構える。
「もう1つ消滅………
残り三つ…」
両手に超高圧に凝縮した焔の弾を持ち、妹紅が地上に目を走らせる。
「また途絶えた……
残数あと二つ……」
美鈴は目蓋を閉じ、土の下で蠢く邪悪な【気】を察知しようと、全神経を極限まで集中させる。
「…っ!!
1つが消えたっ!
最後の一つはッ!!」
ビシィッ!
射命丸が扇を振り、場所を指し示す。
「そこですッ!!」
「「「ッッ!!!!」」」
レミリア、咲夜、妹紅が、射命丸の示す方へ注意を向ける。
「違うっ!それもダミーです!!」
美鈴が絶叫し、咲夜を振り返る。
「ヤツが地中に潜って行った穴ですっ!!」
「ッ!?」
射命丸が人外の反射神経で振り向く。
【真空バルーン】の爆発的な浮力で、吉良吉影が森の地面に空けられた穴から躍り出る!
【キラークイーン】が【モシンナガン】を構え、引き金に指を掛けた。
「幻世ッ!
『ザ・ワールド』ッ!!」
ドオォォォォ―――――z――ン
世界の全てが色を失う。
舞い散る木の葉、噴き上げる砂煙、ありとあらゆる事象が動きを止める。
風や音さえ、押し黙る。
そう、『彼女の世界』が到来したのだ。
「……時を止めていられる時間は、【懐中時計】の無い今、たった五秒……
…でも……!!」
咲夜は一本目のナイフを構え、吉影を睨む。
「光速『C.リコシェ』!!」
ナイフ自体が衝撃波と大気摩擦で砕けかねないほどの加速を与え、一撃必殺の死の刃が撃ち出された。
超音速の弾丸をも斬り飛ばす旋風も、【時の止まった世界】では何の影響も与えない。
ビタァアッ!
ナイフは狙い通り吉影の左肩目掛けて飛び、突き刺さる寸前でその場に縫い付けられる。
「もう一発ッ!!」
【モシンナガン】を構え、身じろぎ一つしない吉影を見据え、二本目を構える。
「せええぇぇぇいッ!!」
空気抵抗や流体力学など歯牙にもかけない、荒唐無稽なまでに加速されたナイフが、人外魔境を引き連れて飛翔する。
脇を掠めるだけで人体が四散する程の激烈な威力を秘めた銀の魔弾が、緋色の化け猫を撃滅せんと空を切る。
「今だっ!!
時は動き出すッ!!」
第二撃が吉影に到達する前に、咲夜は【時間停止】を解除した。
―――――――19:33:50―――――――
―――――――究極に圧縮された【ゼロ秒】、無という時間の中で行われた行動の帰決は、時の堰が切れたと同時に訪れた。
事実上【同時】に発生したために、重なり合って三重奏を奏でる爆音
弾け消滅する銀のナイフ
第二の銀牙が肉を喰い破る轟音
鮮烈に迸る鮮血
肉の飛沫
―――――――そして…………
「―――――――あ…………
……………あ?」
時を超えるメイド、十六夜咲夜の思考回路は、フリーズした。
そう、彼女は憎き敵(かたき)を八つ裂きにせんと、周到に二重の攻撃を仕掛けたのだ。
フェイクとして放った一発目は、期待通り相手の防御機能を道連れに塵と消え、その役目を全うした。
では、本命の二発目はどうか。
「―――――――なん………で……?」
それが、咲夜の口からようやく漏れた言葉だった。
彼女の望んだもの、吉良吉影のバラバラ死体は、しかし、その手前に存在するものに遮られ視認することはできなかった。
咲夜と吉影を結ぶ直線上、盛大に血飛沫を噴き上げて、カッと大きく刮目しそれは咲夜を見返していた。
それは【時の止まった世界】の中で、咲夜の眼前にあった筈の顔であった。
「――――――――――――――しゃ………
………射命丸―――――――?」
咲夜の視線の先、吹き千切られた鴉羽が舞う中、射命丸文が、凄惨な姿を晒していた。
『時間が止められた』かのように、気付いたら遠く離れた場所に移っていた
背中側から侵入した弾丸が、鮮やかな紅い華を咲かせている
背中と胸から、爆炎が噴き上がる
漆黒の羽毛がびっしりと生え揃っていた翼は、強烈な爆圧を受け粗方吹き飛んでいる
吉良吉影の四肢を破砕し、彼(か)の者の左腕に潜む【何者か】を弾き出さんと射出された第二の銀弾は
射命丸文の脇腹を喰い千切り、鮮烈に血と肉の飛沫をあげた
結果に原因が伴わない、あまりに不条理な【現象】
そしてそれに捲き込まれ、壮絶な様相を呈した味方を目撃し、咲夜の両目は釘付けになっていた。
いっぱいに見開かれた射命丸文の両目は、ただ一言、こう叫んでいた。
―――――――『なぜ……?』、と。
糸の切れた操り人形のように、無残に破壊された射命丸の身体が落下を始める。
血霧、黒い羽、肉の破片、こぼれる臓物、全てがスローモーションのごとく遅々と進行する刹那の意識の中
ようやっと障害物が除かれ、咲夜はその向こうの情景を目にすることができた。
「―――――――え」
崩れ落ちる射命丸の向こう、【彼女の世界】では確かに見た姿、吉良吉影の姿は―――――――
―――――――霞のごとく消え失せていた。
「―――――――っっ!?」
その瞬間、咲夜は気付いた。
『時が動き出した』刹那、僅かに覚えた違和感の正体。
今宵は晴れの【満月】、最も明るい夜。
それが、【時止め】を解除した時、彼女に陰が差したのだ。
その予感の正否を確認する間も無く、咲夜は二度目の【時間停止】を行った。
息急ききって、頭上を仰ぎ見る。
「―――――――ッッ!?!?」
咲夜の表情が、凍りついた。
彼女の、
愛しい主の、
信頼する同僚の、
行きずりの蓬莱人の、
四人の頭上にあったもの。十六夜咲夜ただ一人のみが認識できる【世界】で、彼女の瞳に映ったのは、
「―――――――あ……………ああ」
咲夜の唇から、嗚咽にも似た押し殺した叫びが漏れる。
空中に拡がる、おびただしい量の劇薬
宙に浮いた巨大な円筒形の容器の上、吉良吉影が、勝利の愉悦の笑みを浮かべ四人を見下ろしていた。
彼が乗っている【貯水タンク】は爆発寸前だった。
全体がヒビ割れ、その裂け目から爆炎が噴き出している。
―――――――そして、大きく吹き飛んだ部分から流れ出す膨大な水の落ちる先は―――――――
「―――――――お………………
お嬢様ああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ―――――――ッッ!?!?」
咲夜の絶叫のみが木霊する世界で、レミリア・スカーレットの脳天をもぎ取らんと、無色透明無害の魔手を伸ばしていた。
――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
――――――――――――――
BGM 平沢進『Sign』
『―――――――19:33:30(20秒前)―――――――』
「ぶげあァァァッ――――――ッ!?!?」
突風『猿田彦の先導』が直撃し、吉影はなす術無く吹き飛ばされ転がされていたが、漸く止まった。
「(クソッ…!呼吸がッ……、い、意識がァ……!
くそったれめ…あとほんの少し……!たった【数分の一秒】凌ぎさえすれば……!!)」
残った【左腕】で起き上がろうとした時、
―――――――ゴロン
輪切りに斬り飛ばされた頭蓋骨頂点から、白っぽい脳髄が転げ落ち、吉影は息絶えた。
レミリア、妹紅が吉影の死体を睨み、追撃を掛ける。
「せええぇぇぇぇぇぇい!!」
「うらあああぁぁあ――――――!!」
亜音速の【スピア・ザ・グングニル】と特大の爆炎が、吉影の死体に向け撃ち放たれた。
―――――――その時、満月が照らす平地の上空で、【シアーハートアタック】が、カチリと音を立てた。
『――――――19:33:32――――――』
ドオォォォォ―――――z――ン
世界の全てが色を失う。
真紅の槍、うねる爆炎、ありとあらゆる事象が動きを止める。
風や音さえ、押し黙る。
もし十六夜咲夜がその情景を見たなら、驚愕するだろう。
『【彼女の世界】と瓜二つだ』、と。
―――――――ピクッ
あまねく全てのものが止まった死の世界の中、【動き】は起こり始めた。
地面に転げ落ちた脳髄が、ひとりでに跳ね上がり、吉影の頭部に飛び込んだ。
続いて、ボロボロに崩れた上半身が、ゴロゴロと転がり始める。
最初は小さく、だんだん大きく、バウンドしながらもと来た【軌跡】を辿り、『猿田彦の先導』を喰らった場所までゴム毬のように弾んで返って行く。
途中、妹紅の放った爆炎の中へ突っ込んで行ったが、【虚像】であるかのごとく何事もなく素通りし、先ほど立っていた場所に戻って来た。
そして、上半身が一気に数メートルジャンプした時、
吹き飛ばされた眼球が、右腕が、下半身が、【ストレイ・キャット】が、一斉に飛び上がり上半身の周りに集結する。
たちまち、パズルを組み立てるように、五体満足の吉影と【キラークイーン】ができあがった。
【重機関銃】を構えていた【キラークイーン】は、引き絞っていた引き金から指を離す。
すると、発射された銃弾が戻って来て銃口に入り込み、空薬莢も銃身に飛び込んで、中で合体しひとつに戻った。
さらに吉影は前方に飛び跳ね、拳銃を振り回し、たった一人で飛び回る。
跳躍し、明後日の方角へ銃を向け、引き金から指を離す度、銃弾と空薬莢が舞い戻り、弾倉に収まっていく。
それは先刻の彼の乱闘劇を【逆再生】で見ているようだった。
静寂の中、一人暗黒舞踏を躍り続け、最後に彼は地面に降り立った。
彼が着地した場所、そこは【六秒前】彼が立っていた位置だった。
「(―――――――【復活】……できた……か)」
自由に身動きできないが、自分が死ぬまでに起こったことを認識し、吉影は思考を巡らす。
―――――――そして、体感時間にして【六秒】経過した瞬間、
世界の全てが、一斉に動きを再開した。
「(―――――――ッ!!)」
吉良吉影は目を前方に向ける。
彼の死体があった場所に気を取られ、レミリア、美鈴、咲夜、妹紅、射命丸の五人が、無防備に背中を晒していた。
「(チャンスだッ!!)」
【キラークイーン】が【重機関銃】を構え、引き金を引く。
発射炎(マズルフラッシュ)の光が背後で煌めき、【12.7mmM2重機関銃】が毎秒10発の弾丸を解き放った―――――――
『―――――――19:33:36(【基本世界】)――――――』
「(―――――――ぐッ………!
【木の葉】に【気】が……あ!
う、動けん…ッ!)」
森の入り口で硬直する吉影の耳に、女の会心の叫びが届く。
「くらえッ!」
落下する樹の合間を潜り抜け、美鈴は左腕に全身の【気】を集中させる。
「(ま、マズッ―――――――!!)」
美鈴が全身全霊を懸けた一撃を吉影の【左腕】に叩き込む!
吉影が覚悟したその時、
バィイ―――z―ン
間抜けな音を上げて、【空気弾】が渾身の一撃を受け止めた。
「なぁっ……!?」
美鈴が驚愕の声をあげる。
「(ッ!
【ストレイ・キャット】ッ!?
【防御】してくれたのかッ!!)」
緩衝材となった【空気弾】は【気】を通さず、吉影を完全にガードしていた。
「(よし!
まだだッ!
まだいけるッ!!)
【キラークイーン】!!」
麻痺した身体を死に物狂いで動かし振り返ると、【キラークイーン】に【ストレイ・キャット】を操らせる。
【空気弾】を乱射するが、美鈴は【髪針】で次々とそれらを捌いていく。
「(くそッ……!
もう少しだ……『19:33:38』まで持ちこたえれば……!
『六秒経過』すればッ!
再び【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】を発動できる!!)」
だが、彼の懸命の抵抗も虚しく、美鈴の拳撃は【空気弾】の隙間を掻い潜った。
『―――――――19:33:38(【基本世界】)―――――――』
ドムッ!
重い音と共に、美鈴の右拳が吉影の【左腕】を打った。
「ぐゥッ…!?」
指先まで電撃が走ったような衝撃が駆け巡り、吉影の心臓を停止させる。
「が……ッ……は……ァッ…!?
(ま、マズイ……ッ!
【左手】を攻撃されては、【シアーハートアタック】が………!)」
上空で【シアーハートアタック】が【気】に拘束され、動きを止める。
「(くっ…………
ぐあァ………ッ!
い、意識が………!)」
吉影の身体がグラリと揺らぐのを見て、美鈴は勝利を確信する。
「せええぇぇぇぇぇぇいッ!!」
昏倒寸前の吉影の脳天に拳が叩き込まれようとした瞬間、
スッ―――――――
霞がかった頭で、吉影は右手を左手の【腕時計】、【竜頭】に添えた。
バギィッ!
美鈴の拳が吉影の頭蓋骨を砕いた瞬間、
『―――――――19:33:42(【基本世界】)―――――――』
彼の右手が【竜頭】を回し、【六秒】時計の針を戻した。
それで、彼の肩に被さっていたスタンド、【マンダム】のスイッチが入った。
ドオォォォォ―――――z――ン
『―――――――19:33:36(六秒前)―――――――』
吉影の頭を粉砕した感触を確かに美鈴は感じた。
「―――――――っ!?」
だが、彼女の拳は空を切っていた。
いつの間にか吉影が背中を向けてやや屈んでいたため、彼の頭を掠めただけだった。
なぜ動けない筈の吉影が身体を反転させ、拳を避けたのか、
考えるだけの間は、彼女には無かった。
グショアァッ!
【並行世界の美鈴】の渾身の左拳が、美鈴の【左肩】に食い込み、骨が砕け肉が爆ぜる、不快な音が木霊した。
「(えっ―――――――?)」
膨大な【気】が一気に流れ込み、心臓を停止させる。
【未来の美鈴】は完全に動きを止め、【並行世界の美鈴】は息を呑む。
「―――――――樹の………
……陰にいたのは……………」
長く艶やかな紅髪。
洗練された体躯。
見間違う筈がない。
服、帽子、指紋に至るまで、全てが『よく見知ったもの』だった。
「私だっ…!?」
【並行世界の美鈴】が左肩を破壊した相手、それは背中をこちらに向けた、【未来の自分】だった。
【並行世界の吉影】はその間に【木の葉】を抜き、振り返ると、二人の美鈴が驚愕の色を浮かべ硬直しているのを視認した。
「(―――――――?
………ああ……
なるほど………『そういうこと』か……)」
【未来の自分】からの贈り物を無駄にはしまいと、吉影は頭を働かせ美鈴に言い聞かせる。
「最後だから教えてやろう………
お前がたった今目撃しそして触れたものは………」
【並行世界の吉影】はゆっくりと手をあげ、【未来の美鈴】を指差した。
「―――――――【並行世界】のお前自身だ。」
―――――――そして、【六秒】が経過した。
未来からの干渉によって生まれた【並行世界】での【結果】を、【遺体】の『幸福を集める能力』が選別し、【基本世界】にフィードバックさせる。
そして美鈴は、【記憶】は【並行世界】のもの、肉体は【基本世界】のものを引き継ぎ、【基本世界】と合流する。
『―――――――19:33:42(【基本世界】)―――――――』
「(―――――――っっ!?!?)」
一瞬だった。
美鈴が気付いた時には、目の前に吉良吉影の姿があった。
「―――――………?」
【基本世界の吉影】は、心肺停止し、頭を砕かれた筈の自分が、全く無傷であることに一瞬疑問を抱いた。
だが、そんなものは些細な問題だった。
「―――――――……………
なるほど……【理解】したぞ…」
吉影は【理解】した。
きっと【並行世界】の自分が【過去】を変え、その【結果】を【遺体】が【基本世界】に投影してくれたのだ。
吉影は呟き、自分の【スタンド】に命ずる。
「【キラークイーン】ッ!」
吉影の声とともに、【キラークイーン】が銃口を美鈴の眉間に向けた。
射命丸は視力の回復した目で、その一部始終を目撃していた。
「(っ!?
突然美鈴の左肩が砕けて…!
ヤツが息を吹き返したッ!?)」
美鈴を救助しようと、咄嗟に扇を打ち振るい、風を起こした―――――――
『―――――――19:33:50(【基本世界】)―――――――』
「(今だッ!!)」
陽動の【空気弾】で射命丸達の注意を剃らし、【真空バルーン】の爆発的な浮力で、吉影は森の地面に空けられた穴から躍り出た。
【キラークイーン】に【モシンナガン】を構えさせ、【標的】に狙いを定める。
「(【六秒前】…!
【奴】はここにいた!
思い出せ……!【奴】の心臓の位置をッ!!)」
【標的の心臓】に照準を固定し、引き金に指をかけた。
ドオォォォォ―――――z――ン
咲夜が時を止め、二本のナイフを投げた。
【時止め】を解除し、一発目が彼の左肩に刺さる。
ドグオォォォッ!
「ムッ…!」
【接触弾】に変えられた【空気のスーツ】に触れ、吉影の顔の真横でナイフが爆発した。
「(やはりこの時を狙って来たか…
だがッ!)」
それとほぼ同時に【モシンナガン】の銃口が火を噴き、弾丸が発射された。
【キラークイーン】が弾丸に触れ【第一の爆弾】に変える。
さらに、【腕時計】の【竜頭】を回し、【マンダム】の起動スイッチが入る。
ドオォォォォ―――――z――ン
【弾丸】は時間軸を遡り、【六秒前】の過去に転送された。
『―――――――19:33:44(六秒前)――――――』
「美鈴、早くこっちへ!」
射命丸が血に染まった翼を翻し、平地の中心へと向かって行こうとした、その時、
ガァンッ!
【六秒未来】から放たれた弾丸が、彼女の背中に着弾し、
ドグオォォォォォォ!!
【接触弾】が起爆され、爆炎を噴き上げた。
『―――――――19:33:50(【基本世界】)―――――――』
「―――――――なん………で……?」
【時間停止】を解除した瞬間、彼女の口から漏れた言葉は、それだった。
目の前にいたはずの射命丸文が、吉影の前に立ちはだかっていて、あまつさえその背中を爆炎に抉られていたからだ。
吉影の放った弾丸が過去に干渉し、射命丸の【現在】へ投影されたのだ。
そして、吉良吉影の四肢を破砕し、彼(か)の者の左腕に潜む【何者か】を弾き出さんと射出された第二の銀弾は
射命丸文の脇腹を喰い千切り、鮮烈に血と肉の飛沫をあげ
狙いを逸れ、吉影の後方の樹を粉砕した。
「(ッ……!?
【二発目】も投げていたのか……!!
危なかった……僅かでも『近過去への狙撃』が遅れていたら………!!)」
その出鱈目な威力に胆を冷やす。が、
「(―――――――フフ……
クククク…………
やはり【運命】はッ!!
【あの御方】はッ!
このわたしに味方して下さっているッ!)」
吉影はすぐさまショックから立ち直り、【モシンナガン】を【キラークイーン】腹部に放り込むと、【重機関銃】を構え猛然と駆け出す。
「しゃ、射命丸!?」
「なんでアイツが彼処でッ!?」
咲夜のナイフに続いてトドメを撃ち込もうとしていたレミリア、妹紅も、崩れ落ちる射命丸の姿に目を奪われ、反応が遅れる。
「うおおおおオオオォォォォォォォォォ―――――――ッ!!!!」
【重機関銃】を乱れ撃ちし、遮二無二突撃する。
正面からの堂々たる突進だが、あまりに不可解かつ予想だにしなかった【現象】を目の当たりにし浮き足立っているレミリア達は、蜘蛛の子散らすがごとく一斉に逃げる。
ズパァアンッ!
「きゃあぁっ!!」
超音速のライフル弾が掠め、レミリアの左腕をもぎ取った。
そのまま一直線に突っ走り、【真空バルーン】で一気に上昇する。
到達したのは、【六秒前】レミリア達が円陣を組んでいた位置の真上。
「ハアァァァァァァ―――――――!!」
吉影は懐から【紙】を抜き、撒き散らした。
【ファイル】された劇薬が空中に広がる。
さらに一枚の【紙】から出て来た特大の【貯水タンク】に乗り、
「【キラークイーン】ッ!!」
【爆弾】に変え、スイッチに指を添える。
ここで『19:33:56』―――――――既に【六秒】経過した。
「マヌケ共が………
知るがいい……………
【Channel to 0】の真の能力は…まさに!『全ての【経路(Channel)】を無に還す』能力だということをッ!」
吉影が右手を【竜頭】に伸ばし、【六秒】巻き戻す。
同時に、【キラークイーン】がスイッチを押し、【貯水タンク】が爆発した。
「フハハハハハハハハハハハハァァァァァァ―――――――ッッ!!」
吉影が哄笑を張り上げ、『彼以外の時間』が【逆転】した。
ドオォォォォ―――――z――ン
『―――――――19:33:50(二度目)―――――――』
「―――――――なん………で……?
――――――――――――――しゃ………
………射命丸―――――――?」
咲夜の視線の先、吹き千切られた鴉羽が舞う中、射命丸文が、凄惨な姿を晒していた。
いっぱいに見開かれた射命丸文の両目は、ただ一言、こう叫んでいた。
―――――――『なぜ……?』、と。
糸の切れた操り人形のように、無残に破壊された射命丸の身体が落下を始める。
血霧、黒い羽、肉の破片、こぼれる臓物、全てがスローモーションのごとく遅々と進行する刹那の意識の中
ようやっと障害物が除かれ、咲夜はその向こうの情景を目にすることができた。
「―――――――え」
崩れ落ちる射命丸の向こう、【彼女の世界】では確かに見た姿、吉良吉影の姿は、
―――――――霞のごとく消え失せていた。
「―――――――ッッ!?!?」
ハッと頭上を仰ぎ見上げた咲夜の表情が、凍りついた。
「――――――あ……………ああ」
咲夜の唇から、嗚咽にも似た押し殺した叫びが漏れる。
空中に拡がる、おびただしい量の劇薬
宙に浮いた巨大な円筒形の容器の上、吉良吉影が、勝利の愉悦の笑みを浮かべ四人を見下ろしていた。
彼が乗っている【貯水タンク】は爆発寸前だった。
全体がヒビ割れ、その裂け目から爆炎が噴き出している。
―――――――そして、大きく吹き飛んだ部分から流れ出す膨大な水の落ちる先は―――――――
彼女の愛しい主、レミリア・スカーレットの脳天をもぎ取らんと、無色透明無害の魔手を伸ばしていた。
「―――――――お………………
お嬢様ああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ―――――――ッッ!?!?」
『時の止まった世界』の中、咲夜の絶叫のみが木霊した。
――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
「―――――――『時間を【六秒】戻し、【因果律】に干渉する』―――――――
それがスタンド能力【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】」
ED 平沢進 『Aria』
【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】
時間を【六秒】巻き戻し、【因果律】に干渉する能力。
【バイツァ・ダスト】、【マンダム】、レミリアの『運命を操る程度の能力』、【遺体左腕部】、【咲夜の懐中時計】が揃って発現。
【キラークイーン】は自己観測する【シュレディンガーの猫】となり、【遺体】は【ラプラスの悪魔】として【吉良(きちりょう)】を選別する。
【バイツァ・ダスト】の【運命】の正体は、【並行世界】となった【前の一時間】の出来事が、【基本世界】である【次の一時間】にフィードバックしたものである。
①【Re:make】…本体吉良吉影が死亡した時、【シアーハートアタック】が内部の【咲夜の懐中時計】の秒針を戻して発動。
自分だけの時間を【六秒】戻し、元いた場所に元の状態で現れる。
その間吉影と彼の身に付けていた物以外は時間が経過せず、互いに不干渉の位置にある。
吉影は勝手に身体が【前の六秒】の軌跡を辿って戻っていくので全く自由に動けないが、意識はあり、辺りの状況を見て考えを巡らしたりはできる。
名前の元ネタはONE OK ROCKの楽曲【Re:make】
②【You suffer...but why?】…自分以外の時間を【六秒】戻す。
吉影以外からは彼が時間を止めて動いたように見える。
【バイツァ・ダスト】と同じく、【前の六秒】に破壊されたものは【次の六秒】でも【運命】によって破壊される。
元ネタは世界一短い歌【You suffer】
③【Napalm Death】…銃弾や相手自身まど、直接触れているものを状態・位置はそのままに【六秒過去】に【転送】する。
未来から干渉を受けたことにより【並行世界】が分岐し、【基本世界】とは別の顛末を辿った後、六秒後【基本世界】で発動されたのと同時間に合流、【遺体】が【結果】を選別し【基本世界】に【投影】する。
元ネタは上の曲を作ったイギリス出身のハードコアバンド【ナパーム・デス】
【BITE THE DUST -Channel to 0-】は【キング・クリムゾン】と同じく『【過程】を消し飛ばす能力』であるが、後者が苦痛や苦労などを避けることを目的としているのに対し、この能力は何度でも苦痛の中に身を投じようという吉良吉影の【覚悟】から発現している。
第二十四話『吉良の世界―Last One Channel to 0―』中編
OP♪ Barrage Am Ring『黎明に鬨の声を挙げよ』
――――――19:33:26――――――
一同の見上げる中、黒い翼を翻し、扇を振りかざして、射命丸文が見栄を切った。
「…………射命丸……文……!!」
ギリギリと歯を食い縛り、黒い宝石のような双眸に底無しの憎悪をなみなみと湛え、吉影は彼女を睨む。
「文……!咲夜………っ!」
射命丸と、彼女の腕に抱かれている従者の姿を見上げ、レミリアは安堵の涙を浮かべる。
咲夜は全身のナイフの刺し傷と疲労以外には、先程の爆発に捲き込まれた痕などは無く、戦闘不能には陥ってはいなかった。
顔色が悪いものの、傷ついた主人の姿を見てその瞳に殺意をみなぎらせている。
射名丸の横に並ぶ妹紅は、肩まで左腕が吹き飛び、右足首を失い、脇腹に大穴があいて、さらに先刻の爆発によって全身に火傷を負っているが、闘志は寧ろ増長しているようだった。
出血の酷い箇所を焼き閉じている間も表情一つ変えず、その視線は吉影から動かない。
「なんで貴方がここに……?
わたし達に会わないように、伝書鴉で伝えておいたのに………」
射命丸はフッフ~ンと鼻を鳴らし答える。
「よくぞ訊いてくれました!
あんなあからさまな【取材拒否】をされては、私の記者魂に火に油、
燃え上がる探求心に任せ、極めて優秀な【眼】を持ちながら下端止まりの無能者を有効活用してやったところ、
この幻想郷最東端、博霊神社で貴女方が、この極悪人と交戦していることを突き止めたというわけです!」
射名丸がレミリアに注意を向けていた時だった。
ジャギッ!
一瞬の速業で、吉影がリボルバー拳銃を抜き、【キラークイーン】が【12.7mmM2重機関銃】を射名丸に向け、引き金を引いた。
【Grip & Break down !!】で【爆弾】に変えられた【12.7×99mmNATO弾】が、鉛の暴風雨のごとく射名丸に襲い掛かる!
BGM♪ 岸田教団&明星ロケッツ 『明星ロケット』
ヴオォォン!
射名丸の扇の一閃で、鎌鼬が超音速の弾丸を切り裂いた。
ドグオオォォォォ!!
射名丸の後方で弾丸が爆発し、爆炎が彼女を後光のように照らす。
それを皮切りに、【戦闘】が再開された。
ガァンッ!
吉影がリボルバー拳銃をレミリアに向け、発射した。
「っ!」
身体を霧に変化させ拳銃弾を避け、レミリアは飛び立った。
【スピア・ザ・グングニル】を出現させ、吉影目掛けて投げつける。
ザンッ!
吉影は地面を蹴って【スピア・ザ・グングニル】を回避し、
ヂャギッ――――――
もう一丁のリボルバー拳銃を抜き、二丁拳銃で美鈴と妹紅に向け発射した。
ダンダンッ!
「はっ!」
「ふんっ!」
美鈴は自身の肉体に流れる【気】を操り俊敏な動きで避け、妹紅は質量を持つ炎の翼で拳銃弾を防ぐ。
それを合図に美鈴、咲夜、妹紅の三人も一斉に動き始める。
「せぇいっ!」
咲夜がナイフを投げ、【キラークイーン】が銃身でそれを弾く。
「むっ!?」
【キラークイーン】の視界の隅で、射名丸が扇を振るのが見えた。
「【ストレイ・キャット】ォッ!!」
吉影が叫び、【ストレイ・キャット】が咆哮する。
「ギャアァァァ――――――ス!」
襲い来る【風の刃】を能力で【固定】して受け止め、さらにそれで美鈴の放った弾幕を防御した。
「【キラークイーン】ッ!!」
【M2重機関銃】の銃口を美鈴、咲夜、妹紅に向け、横薙ぎに掃射した。
三人は火線から飛び退き、バラバラに展開し狙い撃ちを避け、吉影を狙う。
「でぇぇぇいっ!」
妹紅の放った焔の大玉を避け、吉影は【キラークイーン】の脚で地面を蹴り駆け出す。
「(クソッ!周辺の林ごと爆破したのが仇になったか…!
この更地で対空戦をやるのは分が悪すぎるッ!)」
レミリア達に背中を向け走りながら、二丁拳銃+【Grip & Break down !!】―――自動拳銃ではなくリボルバーを使ったのはこれをやるためだ―――で美鈴と咲夜を狙い撃つ。
美鈴は人間には有り得ない反射速度で身をかわし、咲夜は【瞬間移動】して弾丸をさける。
「(副作用無しで時を止められるのは、精々数秒か………)」
【キラークイーン】の左手に【水平二連式ショットガン】を握らせ、妹紅に散弾を浴びせた。
妹紅は炎の翼で散弾をガードするが、
ドグオォォ!
「ぐあっ!」
爆炎に翼が吹き千切られ、熱が彼女の身体を焼く。
脱兎の如く駆けながら、【キラークイーン】の右手の【重機関銃】をレミリアに向け、フルオートで乱射する。
レミリアは素早く身を翻し超音速の弾丸を避け、
「ええぇぇぇいっ!!」
【スピア・ザ・グングニル】を撃ち出した。
同時に、高速で旋回し機を窺っていた射名丸が扇を振り、鎌鼬を起こす。
「【ストレイ・キャット】!!」
【第一の爆弾】に変えた【空気の手】で【グングニル】を凌ぎ、鎌鼬を【固めて】受け止める。
「くそッ―――――!」
射名丸に回り込まれ、吉影は急転換し逃げ続ける。
レミリアに【M2重機関銃】、妹紅に【水平二連式ショットガン】、咲夜と美鈴にリボルバーを乱射し、牽制を続ける。
だが、何故か最もダメージや疲労が少ない射名丸だけは、【ストレイ・キャット】に鎌鼬を防御させるだけでノーマークだった。
しかし、それは彼が射名丸文を見くびっているからではない。
撃っても無駄なのだ。
寧ろ、彼はこの五人の中で射名丸を最も危険視していた。
射命丸文―――――――幻想郷最速種族の鴉天狗に『風を操る程度の能力』という天賦の才を備えた彼女の飛行速度はレミリアのそれを凌駕し、常人にはその姿を視界に捉えることもままならない。
実は、紫や霊夢など【絶対強者】を除いて、【人間】が対決する相手としては、彼女ほど恐ろしい者はいない。
おおよそ全ての【スタンド使い】は、幻想郷トップクラスの速度で高速飛行する彼女に対する攻撃手段を持たない。
例外は【メイド・イン・ヘブン】を銃器で武装させるか、【速さ】を探知し追跡する【ノトーリアス・B.I.G】、【範囲】で攻撃する【グリーン・ディ】、天候を操り制空権を奪う【ウェザー・リポート】くらいだろう。
しかし、それらをもってしても彼女に打ち勝つのは容易ではない。
彼女の扇が放つ【風】は人間を容易く吹き飛ばし、【鎌鼬】は不可視の刃となって急所を抉る。
血管一本切られただけで命を落とす人間にとっては、どんな相手も粉砕するレミリアの【スピア・ザ・グングニル】などより余程恐ろしい【武器】である。
そして最も厄介なのが、千年以上長らえた彼女の明晰な頭脳だ。
彼女の場合、【速さ】は【動き】に限らず【頭の回転】に関しても言える。
幾つもの思考を同時進行で並列させ、あらゆるデータから正しい答えを叩き出す。
弱点の無い彼女はまさしく、人間にとっての【天敵】なのだ。
「せええええぇぇぇいッ!!」
妹紅が高く飛び上がり、吉影目掛けて絨毯爆撃を繰り出した。
ズドドドドドドドドォォォォォォ!!
『フジヤマヴォルケイノ』を何十倍も凶悪にしたような大玉弾幕が降り注ぐ。
ズドドドオォォォンッ!!
着弾した炎弾は爆裂し、爆炎と爆風が吹き荒れる。
「ぐッ…………ッ!?
(クソッタレめ…!あと【数秒】、ほんの【数秒】凌ぎさえすれば……!)」
【空気の手】で辛うじて凌いだが、熱風が吉影の肌を焦がした。
「うおおおオオオオオオォ――――――ッ!!」
雄叫びを挙げ、吉影は矢鱈目ったら撃ちまくる。
ドグオオォォォォ!
「うっ!」
【瞬間移動】で避けた弾丸が地面に着弾して爆発し、咲夜を吹き飛ばした。
「咲夜さん!?」
美鈴が慌てて彼女の下へ飛び、踞る咲夜を起こす。
「(くっ………連続して時を止めると…ち、力が……)」
鉛の服を着ているような疲労で動けない咲夜に、吉影がリボルバーの照準を定める。
「ムッ!?」
射名丸の放った鎌鼬を【固定】しガードしたが、そのために美鈴達に回避を許してしまった。
「その猫、変わった成りをしていますね!
【取材】させて貰いましょうか!」
自分が【カメラ】を構えた瞬間、吉影の注意がレンズに集中するのを、射名丸は見逃さなかった。
カメラを【キラークイーン】に向け、シャッターを切る。
バシャッ
撮影の瞬間、吉影は【キラークイーン】の脚で跳躍し【攻撃】を避けた。
「――――――その猫、『空気を固める程度の能力』をお持ちのようですが――――――」
カメラから目を離し、射名丸はニヤリと笑う。
「猫じゃらしや鎌鼬など――――――【速い】ものなら興味を抱くようですけれど、……それならば、【ゆっくり】したものには注意しませんよね…?
【油断】して……」
スパッ―――
【ストレイ・キャット】の両目が、切り裂かれた。
「なぁッ―――――!?」
「ギャアァァァァァァ――――――スッ!?!?」
吉影は驚愕し、【ストレイ・キャット】は激痛に絶叫する。
「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』――――
――あらかじめ小さなつむじ風を配置しておいて、【カメラ】を避ける時そこに飛び退るよう仕向けたわ。」
射名丸は扇を腰に差し、身構える。
「くっ――――――!!」
射名丸から放たれるただならぬ【覇気】を察知し、吉影は咄嗟に行動する。
懐から【紙】を抜き開いて【空気の壁】を展開、背後からの妹紅の一撃を辛うじて防ぎ、吉影は【M2重機関銃】を射名丸に向けるよう【キラークイーン】に使令する。
「――――――『あれ?』――
――――『音が』―――
――『遅れて』―――――」
シュンッ
【M2重機関銃】の銃口が火を噴く直前、射名丸の姿が消え失せる。
次の瞬間、
フッ――――――
「(ッ!?
なに――――――!?)」
【同時】だった。
【キラークイーン】が引き金を引くのと、
射名丸が彼と彼の【スタンド】の視線の先で姿を消した事、
そして、彼女が彼らの背後に『居た』のは。
――――――そして…………
「――――――『聴こえるよ』――――――」
ドッドオオオォォォォォォォォォォォォ――――――ッッ!!!!
【爆風】のごとき【衝撃波】が、吉影を粉微塵に吹き飛ばしたのは。
「ぶげあァァァッ――――――ッ!?!?」
空間が歪んだかのような滅茶苦茶な衝撃が吹き抜け、かつて吉影であった肉片をぶっ飛ばす。
ドチャァッ――――――
数メートル飛ばされ、おびただしい鮮血と肉片、臓物が地面にぶち撒けられた。
腹から下がミキサーに放り込まれたみたいに砕け散り、【ストレイ・キャット】の残骸や、胃やら腸やらの内臓は残らず飛び出して土の上にゲロのようにへばりついていた。
だが、直前に展開した【空気の壁】が功を奏したのか、腹から上は右腕を失い肺が破裂する致命傷を負ってはいたが、ギリギリ意識を保っていた。
「……うぐッ………!?
ガボォッ………!
ゲハッ……ァ……!!」
地べたに叩きつけられた後も、あまりの衝撃にゴロゴロと上半身だけでバウンドし転がっていく。
口と腹の断面から赤黒いペースト状の物を吐き散らしながら、それでも恐るべき不屈の精神力で、吉影は薄れゆく意識の中考えを巡らす。
「(なんだ………ッ!?
なんだ【今の】はッ!?
『見えなかった』!!
『聴こえなかった』ッ!!
【雷鳴】のように後から【音】が追い付いて来た!
承太郎の【スタープラチナ】とも違うッ!
まさか……!『音の速さを超えた』というのかッ!?
だから超音速の弾丸を避けられたのか!?
今の出鱈目な【爆風】は、その【衝撃波】だというのか!?)」
なす術無く転がされていたが、漸く止まった。
「(クソッ…!呼吸がッ……、い、意識がァ……!
くそったれめ…あとほんの少し……!たった【数分の一秒】凌ぎさえすれば……!!)」
己の血肉にまみれ、うつ伏せに倒れている吉影は、残った左腕で身体を起こし、レミリア達の追撃を見切ろうと目蓋を開けた。
「(――――――?)」
だが、眼を開き、辺りを見渡しても、目に映るのは暗闇ばかりで何も見えない。
―――いや、そもそも目蓋を開いたつもりだったが、実は開いていなかったのだ。
そればかりか、音も聞こえない。
血の甘ったるい臭いも、臓物のえぐみも、何も感じなかった。
それら一連の異常が、
【衝撃波】によって眼球と目蓋が弾け、
鼓膜が破れ、
鼻と下顎が抉り飛ばされた、
という事実を示している事に気付いた時、
ブツン――――――
という【音】と伴に、吉影の意識は途切れた。
「――――――ハァ――――――――ハァ―ッ―――……」
射名丸は膝を着き、荒い息を整える。
「(くっ………!
やっぱりこの技は………っ、負担が大きすぎるわね……)」
突風『猿田彦の先導』――――――射名丸文自身が超音速の弾丸となり突撃し、【衝撃波】を発生させ相手を粉砕する技である。
普通ならばそんな真似をすれば妖怪とて重傷は免れないが、彼女は自身の『風を操る程度の能力』で【衝撃波】を制御できるため、【自爆】せずに済んでいる。
だがそのリスクとして、発動中全く周りの様子が分からないこと、使用後数呼吸間をおかなければ行動できないほど疲労してしまうというデメリットが存在している。
射名丸が肩で息をして動けないでいる時、
「文!ダメよ!!
まだ奴を倒しきってない!」
「【左腕】がまだ無傷です!
それを破壊しないと…ッ!!」
上空のレミリアと、咲夜に肩を貸している美鈴が、射名丸に向けて叫ぶ。
はっ、と射名丸は息を呑む。
吉影の飛んでいった方に目を向けると、無惨にズタズタに引き裂かれた上半身だけが転がっていた。
頭頂部が鎌鼬に輪切りにされ、白い脳味噌がゴロリと転げ落ちている。
確実に『死んでいた』。
―――だが―――、
――――――【左腕】は、残っていた。
よりによって、【左腕】だけが、『守られている』かのように【無傷】だったのだ。
「(ううっ……まさか……【無意識】に!?
しまった、『そのために』わざわざこんな【自爆技】まで使ったのに………!!)」
ギッ、と歯軋りし、射名丸は身体に鞭打ち立ち上がろうとする。
だが【大技】の反動でうまく力が入らず、また膝を折る。
「くっ―――――!!」
レミリア、妹紅が吉影の死体を睨み、追撃を掛ける。
「せええぇぇぇぇぇぇい!!」
「うらあああぁぁあ――――――!!」
亜音速の【スピア・ザ・グングニル】と特大の爆炎が、吉影の死体に向け撃ち放たれた。
――――――19:33:32――――――
――――――フッ―――
レミリア、妹紅の攻撃が到達する寸前、凄惨に破壊し尽くされていた吉影の死体が消え、爆炎がその周辺を吹き飛ばした。
「っ!
しまった!【復活】してしまったわ!」
「くそっ!失敗か!
天狗、身を守れェェ!
物陰から狙撃してくるぞオォォォ!!」
レミリア、妹紅が叫び、辺りを見回そうとした。
「っ!!」
吉影の死体が消えた瞬間、美鈴は気付いた。
虚空から沸いて出てきたかのように自分達の後方に現れた、禍々しい【気】に。
「後ろですッ!!」
振り返るより早く、身を守るより先に、美鈴は叫んでいた。
「「「ッッッ!?」」」
美鈴の叫びが耳に届いた瞬間、レミリア、妹紅、射命丸の三人は、考えるより早く行動していた。
発射炎(マズルフラッシュ)の光が背後で煌めき、【12.7mmM2重機関銃】が毎秒10発の弾丸を解き放った。
レミリア、妹紅が振り向き、反射的に身を翻す。
体のすぐ脇を超音速の弾丸が飛びすぎていった。
「文ァァァ――――――っ!!」
【キラークイーン】に【M2重機関銃】を構えさせ、自分は【レミントンM870】の照準を射命丸の背中に定めている吉影の姿を、レミリアの眼が捉えた。
「――――――【Bites The Dust -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】――――――」
ガアァンッ!
吉影が引き金を引き、身動きできない射命丸に散弾を浴びせる。
「ふんっ!!」
射命丸が振り向きざまに扇を振り抜き、鎌鼬を発生させる。
風の刃が、散弾を弾き飛ばそうとした。
だが、
「やれッ!【キラークイーン】!!」
――カチリ
【キラークイーン】が右手人差し指のスイッチを押した。
ドグオォォォ!!
散弾の一発が爆発し、鎌鼬を相殺した。
「なっ――――――!?」
さらに散弾が爆風によって加速され、射命丸に襲い掛かる。
直径1.5ミリ、弾数1525粒、合計32グラムの散弾が拡散し、爆発した。
「うあぁぁっ!?」
【Grip & Break down !!】の無数の小爆発に捲き込まれ、射命丸の全身が弾けた。
「(【5vs1】では分が悪い………
なら、【1vs1】×5にすれば良いだけのこと………
まずは動けない射命丸と咲夜、美鈴、それからレミリアと妹紅だ。
ひとりずつ順番に【始末】してやる……)」
ガキンッ!
スライドアクションで【レミントンM870】の排莢を済ませ、もう一発ぶち込もうと銃口を向ける。
「くっ――――――!!」
妹紅、レミリアが吉影に弾幕を放つ。
が、【ストレイ・キャット】の【空気の手】に阻まれ、吉影には届かない。
「うあぁっ!?」
【キラークイーン】が横薙ぎに【M2重機関銃】をぶっ放し、レミリア、妹紅は間一髪逃れる。
「【キラークイーン】!咲夜を狙え!」
彼の命令に従い、【キラークイーン】は【M2重機関銃】を美鈴に抱えられている咲夜に突きつける。
吉影は【レミントンM870】の照準を射命丸に合わせる。
「はっ!?」
美鈴が火線から逃れようとするが、咲夜を抱えている彼女の動きは【一手】遅かった。
二つの銃口から、同時に発射炎が迸った。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――
「――――――なァッ!?!?」
吉影の眼前に迫っていたナイフを、【キラークイーン】が銃身で弾く。
射命丸はギリギリのところで急発進し、散弾を避けた。
「はっ…!?」
美鈴は自分が一瞬で銃口の延長線上から移動したことを理解し、自分の手を握り引っ張る咲夜の姿を見上げ、息を呑む。
「さっ咲夜さん!?」
彼女の表情には、どんな過密スケジュールにあっても決して見せたことの無いほどの疲労の色が、ありありと現れていた。
ガクリと咲夜は高度を落とし、地面に倒れ込む。
「時間を止め弾丸を避け、ナイフを投げていたか……」
全身血まみれで飛行する射命丸を【キラークイーン】に警戒させつつ、吉影は【レミントンM870】を次弾発射に備える。
「まずいっ――――――!」
吉影の狙いが咲夜に向いていることを察知し、美鈴は彼女を助けようと急降下する。
「美鈴っ!!なにをしているの!?
私に構ってないで、早くヤツを倒しなさい!」
はっと急停止し、美鈴は吉影を振り返る。
「――――――ッ!?」
今まさに【ショットガン】の引き金を引こうとしている吉影が、ビクンと肩を震わせた。
「ぐッ……がァ……ッ!?
な、なんだと………!?」
【キラークイーン】の右肩に、先ほど難なく弾いた筈のナイフが突き刺さっていた。
「(【ナイフの時間】を…ッ……くそッ!【逆行】させたのか…!!)」
ナイフに蓄えられた【気】が流れ込んで神経を阻害し、吉影と【キラークイーン】が引き金を引くのが一瞬遅れた。
「せぇぇぇいっ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
その一瞬の隙を狙い、レミリア、妹紅が吉影の頭上に弾幕を降らせる。
「ぐッ……!
【ストレイ・キャット】ォォォ!!」
バスバスバシィッ!
【空気の手】で弾幕を防御するが、鋭利な弾幕が【空気弾】の粒を次々に割り、【空気の手】を削っていく。
「クソッ!」
射命丸がボロボロに傷ついた翼で、尚も物凄いスピードで接近して来るのを目撃し、吉影はナイフを抜き五人に背を向け駆け出す。
「林に逃げ込むつもりよッ!」
「逃がすなッ!平地で仕留めるぞッ!!」
レミリア、妹紅、射命丸が後を追う。
「美鈴、貴女も行きなさい!」
地面に倒れ、【時止め】による疲労で這いつくばる咲夜が、美鈴を見上げ声を張り上げる。
「――――………
……はいっ!!」
咲夜の眼を見て彼女の【覚悟】を理解し、美鈴は吉影に視線を移して、全速力で追い掛けた。
「くッ――――――!」
咲夜以外の四人が空を駆け追って来るのを確認し、吉影は苦々しげに顔を歪める。
「(十六夜咲夜の脅威を激減できたのは大きい……
レミリアの翼をもいで機動力を半減させた事と、射命丸の全身にダメージを負わせた事、美鈴の脇腹に大穴をあけてやった事も、大いに【プラス】である筈だ………
……だが……!それでも決定的じゃない……
この五人を一度に相手取るのはハード過ぎる…!
いくら【あの御方の御加護】を受けているとは言え、所詮わたしも生身……
それに……まだ勘づかれてはいないようだが、【Bites The Dust -Channel to 0-】は【無敵】の能力ではない。
寧ろ【弱点】の目白押しだ。
そして……何より、わたしの身より【あの御方】を優先しなくてはならない。
今日の【日付】は【外の世界】では12月10日……だが【幻想郷】の暦では4月7日土曜、4月上旬の【満月】……!
あと数時間――――――【日付】が変わった時、【あの御方】は三度(みたび)この世に【聖誕】される!!そうなれば………!)」
吉良吉影は、【強い】。
但し、【能力】が強力だとか、【知能】が高いとかの話ではない。彼の【信念】が強靭過ぎるのだ。
彼はそもそも、【敵】を作らない。【平穏】を犠牲にしてまで執着すべきものが無いからだ。真の意味で【無敵】なのである。
そして万が一【闘い】が始まっても、彼は相手より圧倒的に優位に立てる。
普通の人間ならば、例えば重ちーのように【両親】であったり、他の杜王町のスタンド使い達のように【友人】だったり、或いは【金】や【名声】等――――――【捨てられないもの】が少なからず存在する。
だが、彼にはそれが無い。自分の【平穏】のためならば、【家】も、【財産】も、【左手】も、【顔】も、【生活】も、躊躇無く捨てられる。
言うなれば、【チェス】で言う【キング】が常人に比べ圧倒的に少ないのだ。
【無頼】、【無形】、故に【無敵】。さらに傍らには最強の【緋色の女王】を控えさせている。敗けるわけがない。
だが、今彼はその【左腕】に【ユダヤの王】を抱えているのだ。これだけは『捨てる』わけにはいかない。
何があろうと、絶対にだ。
その【執着】が自身の【弱点】と為り得る事を、吉影は深く理解していた。
「ッ!!」
レミリアの放った【スピア・ザ・グングニル】を、【空気の手】で受け止める。
【接触弾】に変えていた【空気の手】によって、【スピア・ザ・グングニル】は爆発し塵になる。
「でぇぇぇぇいッ!!」
雄叫びを挙げ、妹紅が特大の火焔弾を撃ち下ろした。
「くッ――――――!」
【ストレイ・キャット】では防ぎ切れないと判断し、【キラークイーン】の脚で跳躍する。
耳をつんざく爆裂音と共に、吉影の足下が爆炎を噴き上げ吹っ飛んだ。
「ぐうぅッ…!」
爆風を【ストレイ・キャット】に防がせるが、熱はシャットアウトし切れず、吉影の肌を焼く。
「はっ!」
宙に浮く吉影に、射命丸が狙いを定める。
「せぃやァッ!」
扇を一閃し、高速の鎌鼬が襲い掛かった。
ズバシャアァッ!
「――――――!」
鎌鼬が吉影の全身を切り刻む寸前、【キラークイーン】が【空気の足場】を蹴り、飛び退いた。
鎌鼬は【足場】を切断しただけだった。
「ッ!
来たぞっ!!」
【キラークイーン】が【M2重機関銃】を構え、四人を迎撃する。
引き金を引き、フルオートで乱射した。
四人はバラバラに展開し狙い撃ちを避ける。
連続する発射音、銃口から迸る閃光。
四人の眼が完全に吉影に集中した時、
「――――――やれ、【キラークイーン】。」
【キラークイーン】がスイッチを押した。
カッ――――――
「「「「ッ!?」」」」
吉影の手のひらから放たれた強烈な光が、四人の網膜を焼いた。
「ぐあっ!?
こ、これはっ!?」
眼前に太陽を突きつけられたかのような衝撃で、妹紅の眼が眩む。
「くっ……!眼が…見えない……!」
白い閃きが脳に喰い込み、レミリアは呻き苦悶する。
「……【閃光焼夷弾】……巧くいったな…」
吉影は身を翻して着地し、【M2重機関銃】を妹紅に向ける。
「まずはひとり……、
ッ!?」
咄嗟に飛び退き鎌鼬を避ける。
見上げると、射命丸が自分に扇を向けていた。
「チッ――――――【気流】を読んでいるのか……!」
舌打ちし、吉影は逃亡を続ける。
「レミリア、【変身】して身を護って下さい!
妹紅は私が保護しますので動かないで!」
【気流】を読み取り吉影の動きを察知して、射命丸は指示を飛ばす。
「(【風の動き】だけでは感知に限界がある……
しかもヤツは【不死身】、自分の保身よりこの機に乗じて私たちを殺すことに全力を注ぐ筈……!
今ヤツを追撃するのは無謀ね……)」
希望的観測に囚われず、瞬時に冷静な判断を下すと、盲目の彼女は声を張り上げる。
「美鈴っ!
貴女なら『見える』でしょう!?
私がサポートするわ!
ヤツを追撃しなさい!!」
「言われなくてもっ!」
美鈴が射命丸を追い抜き、最高速で吉影に追う。
「……!」
【キラークイーン】の脚で猛然と走りつつ、吉影は振り返った。
「やはり美鈴…!追って来るか…!」
レミリアは無数の蝙蝠に変身し、超音波で吉影を探知して追跡、射命丸と妹紅は防壁を張り視力の回復を待っている。
ビッ
射命丸が扇を打ち振るのを見て、吉影はサイドステップで身をかわす。
一瞬前吉影の立っていた地面を、鎌鼬が切り裂いた。
「(そう簡単には反撃開始とは行かせてもらえないか……
今が絶好の機会だというのに……!
まあいい……【次の六秒】が来た時、ひとりずつ確実に葬ってやる。)」
【レミントンM870】を構え、蝙蝠の群れに狙いを定め、撃った。
発射と同時に【部品(ピン)】が弾け飛び、【Grip & Break down !!】に爆弾化された1525発の弾丸が蝙蝠の群集団の中で爆発する。
蝙蝠はキィキィと鳴き喚き、パタパタと忙しなく羽ばたいて散らばる。
「蝙蝠が超音波でわたしを探知するなら、耳を潰してやるまでだ…」
走りながら残り二発も蝙蝠達に撃ち込む。
かなりの数が爆発に捲き込まれ墜ちた。
レミリアは完全に吉影を見失い、追撃を止める。
「(レミリアはこれで無力化された!
あとは美鈴と射命丸のみ!)」
射命丸の放った鎌鼬を【ストレイ・キャット】に【固定】させ、【キラークイーン】が爆弾に変える。
「(だが……【チャンス】は『何度でも』回って来る。
そう、『何度でも』―――――――
万全を期すため、まずは身を隠すとするか……)」
カチッ
【キラークイーン】がスイッチを押し、固定した鎌鼬が爆発する。
「っ!?
ああっ…!」
美鈴は【気の視界】の中、愕然とする。
吉影が爆風を【空気の帆】で受けて、ひとっ飛びに林の中に飛び込んだ。
「(マズいっ!
ヤツの【爆弾】は森林戦では脅威!
一度林の奥に逃してしまえば、もう手出しはできない…!
たとえ【気】を探知しても、【銃】と『並行世界からのダメージ』で一方的に反撃されてしまう!
ヤツを倒さないと、妹様の【契約】は解約できないのに…っ!)」
美鈴は右手に全身の【気】を集中させる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇいやァッ!!」
全身全霊を籠めた【気弾】を、吉影が消えた辺りの樹の幹に撃ち込む。
【気】は幹から枝の一本一本、葉の一枚一枚へと伝わり、花を散らすように木の葉が舞い落ちた。
「なにィッ!?」
木の葉は【気】を帯び、無数の鋭利な刃となって、樹の陰にいた吉影を襲う。
「ぐおぉあァァッ!?」
木の葉がザクザクと吉影の背中に刺さり、【気】が彼とスタンドを縛る。
「(やった!ヤツが動きを止めているっ!
ヤツは今!…………博麗神社跡地の森!
入った所約2mのッ!
…………樹の陰にいるッ!!)」
【気】で吉影の様子を感知し、美鈴は追撃しようと加速する。
「(でも……!
命中した木の葉が少なかった…すぐにまた動き出す!急がないと………!!)」
その時だった。
スパアァァン!
鎌鼬が美鈴の脇を通り過ぎ、樹を切断した。
「(――――――ッ!!
ナイスです文さんっ!)」
輪切りにスライスされた樹が崩れ落ち、その向こうに背を向けて硬直した影が見えた。
「そこだァァァ――――――ッ!」
落下する樹の合間を潜り抜け、左腕に全身の【気】を集中させる。
―――――――19:33:36―――――――
「くらえッ!」
全身全霊を懸けた一撃を【左腕】に叩き込む!
グショアァッ!
美鈴の渾身の左拳が【左肩】に食い込み、骨が砕け肉が爆ぜる、不快な音が木霊した。
「(獲った!!)」
膨大な【気】が一気に流れ込み、心臓を停止させる。
「(殺った!
【復活】される前にっ!
【左腕】を破壊するッ!!)」
ガシィ!
【左腕】を掴み、右腕を振り上げる。
「掴んだっ!
トドメだッ!!喰らえ―――――――」
動かない【左腕】に手刀を振り下ろそうとした刹那、
「―――――――っ………!?」
満身の力を籠めて【左腕】を粉砕する寸前、気付いた。
「(…………この【手】……っ!
おかしい……腕に宿っていた【何者か】の気配が感じられない……!
それに……――――――)」
……美鈴が握っている【左腕】には、見覚えがあった。
それは彼女が『いつもよく見ているもの』だった。
愕然と硬直し、両の目を見開く美鈴。
彼女の瞳は、自分の拳を叩き込んだ相手に釘付けになっていた。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド―――――――
「―――――――柱の………
……陰にいたのは……………」
長く艶やかな紅髪。
洗練された体躯。
見間違う筈がない。
服、帽子、指紋に至るまで、全てが『よく見知ったもの』だった。
「私だっ…!?」
彼女が左肩を破壊した相手、それは背中をこちらに向けた、【もうひとりの自分】だった。
「!!
こっ…これは………!?
!?!?」
美鈴の脳内は混乱を極めていた。
瓜二つだった。
彼女に背後から攻撃され、心臓が停止し身動きできないその人物は、美鈴の生き写しのようだった。
「(……こ………【これ】は……!?
【これ】は誰っ!?
なぜ私と同じ格好…?
いや!【気】の性質まで全く同じッ!!
いったい何処から現れたというの!?
どうして【気】を読み違えたのっ!?)」
余りに奇々怪々な現象を目の当たりにし、幾つもの疑問が入り乱れて浮かぶ。
焦燥に駆られ、思考が纏まらない。
正体不明の恐怖に胸が締め上げられ、呼吸が激しく乱れる。
「―――――――ッ!?」
彼女は、見た。
背中を向けた自分の【映し身】の向こう、こちらを向いて佇む人影を。
「―――――――自分の【匂い】が分かる者が……はたしているだろうか……?」
人影―――――――吉良吉影は、数メートル前方に、美鈴に身体を向け立っていた。
美鈴の心臓が跳ね上がる。
「…どうやら【気】も、それと同じようだ……
気付かなかっただろう?
【自分自身の気】の存在には……」
森の暗がりの中、吉影の双眸だけがギラリと輝き、美鈴を睨む。
彼の背後に浮かぶ【キラークイーン】が、彼の全身のあちこちに突き刺さっている木の葉を抜き取っていく。
「っ…!!」
彼女は息を呑み、足を引き、身構える。
「最後だから教えてやろう………
お前がたった今目撃しそして触れたものは………」
吉影はゆっくりと手をあげ、美鈴の前にいる人物を指差す。
「―――――――【並行世界】のお前自身だ。」
「―――っ!?」
吉影の口にした言葉を、美鈴は困惑と混乱の表情でもって受け止めた。
「(なに……?
【並行世界】…!?
【私自身】…っ!?
それが【この人】ですって…?
理解できない…!
さっきからコイツの攻撃は…っ!【正体不明】すぎるっ!!)」
吉影は自分の身体中に突き立っている【気】をたっぷり含んだ木の葉を【キラークイーン】に抜かせ、身体の自由が戻るのを待つ。
「【基本世界】のお前が、【別次元】のお前自身を見、攻撃したのだ……
これが我が【BITE THE DUST -Channel to 0-】の能力!
『次元の壁を』飛び越えさせた……!!」
木の葉をあらかた取り除き、【キラークイーン】の動きが戦闘に最低限必要な程度まで回復してきた。
それを察知した美鈴は距離を取り、【キラークイーン】はファイティングポーズで身構える。
「誰だろうとわたしの【平穏】を脅かす者は許さない……
決して!
確実に消え去ってもらう!!」
ジャキンッ!
【キラークイーン】が自動拳銃を抜き、スライドを引いた。
「(くっ……!
絶好のチャンスを逃すことになるけど…!
今は引くしかないっ!!)」
【キラークイーン】が銃口を突き付ける前に、バックジャンプで距離を離し、
「ええぇぇぇいっ!!」
上方からありったけの弾幕を浴びせかけた。
まだ完全に【気】の拘束が解けていない【キラークイーン】は、咄嗟に回避できず、
バイィ―――z―ン
【ストレイ・キャット】の張った【空気の壁】が、弾幕を受け止め弾いた。
「ううっ………!
【猫草】は……!【気】が回ってなかった…!!」
意味不明の現象、拘束解除、見えない防壁、一撃必殺の弾幕。
一対一では勝ち目は無い。
そう判断を下し、レミリアたちが合流して来るまでは足止めに徹しようと、【髪針】を構えた時だった。
―――――――19:33:42―――――――
「(―――――――っっ!?!?)」
一瞬だった。
気付いた時には、美鈴の目の前に吉良吉影の姿があった。
「(……えっ………?)」
彼女は飛んでいた。
その筈なのに、足はしかと地面に着いていた。
吉影が移動したのではない。
自分が『移動させられた』、いや、『移動させられていた』のだ。
「(こ……
これ…っ…は……?
……痛(つ)ぅっ!?)」
雷に撃たれたように、左肩に激痛が走った。
「(これはっ…!?
まさかっ!?)」
美鈴は、『なっていた』。
彼女が先程左肩を砕いた、自身と瓜二つの人物に。
「(くっ……!
ぐ…っ……うっ…!?
心臓が…っ!止まって……る!
息も……!?)」
心肺が停止しては、さしもの妖怪も落ち着いてはいられない。
目が霞み、意識が混濁していく。
「―――――――……………
なるほど……【理解】したぞ…」
吉影は呟き、自分の【スタンド】に命ずる。
「【キラークイーン】ッ!」
吉影の声とともに、【キラークイーン】が銃口を美鈴の眉間に向ける。
「(う……動けなっ―――――――)」
ガァァン!
銃口が火を噴き上げた。
ヴワッ!!
「ああっ――――!?」
「なぁッ!?」
突如訪れた一陣の風が、二人の間隙を駆け抜けた。
風の奔流が美鈴と吉影を、荒れ狂う河のごとく分断する。
弾丸は大気の激流に呑まれ、あらぬ方向へ消えて行った。
美鈴側の気流は渦を巻き、柔らかく彼女を掴んで銃口から遠ざける。
対岸の吉影には、旋風が牙を向き襲い掛かる。
「【ストレイ・キャット】!!」
【猫草】が風の刃を【固定】し、【キラークイーン】の健脚で後方へ飛び退いた。
「射命丸さんっ!?」
美鈴は林の切れ目まで風に運ばれ、後ろを振り返る。
射命丸文が扇を振りかざし、吉影を見据えていた。
「くっ……!
もう視力が回復したか……!」
吉影が歯を軋ませる。
「【キラークイーン】!!」
【キラークイーン】が両手を地面に着く。
「せぇいっ!」
射命丸が扇を打ち振るい、真空の刃が吉影を狙い飛翔する。
ドグオオオォォォォォォ―――――――ッッ!!
轟音とともに地面が爆破され、土煙がキノコ雲のように噴き上がった。
射命丸の放った鎌鼬は、もうもうと立ち込める粉塵の中に突っ込み、空を切った。
「地中に……逃げた……!?」
吉影の【気】が地上から探知できない深さまで降りていくのを、美鈴は感知する。
「ッ!
美鈴ッ危ないっ!」
射命丸が扇で風を起こした。
美鈴を呑み込もうと押し寄せていた土煙が吹き払われ、爆発した。
【Grip & Break down !!】で【部品(ピン)】を付けられていたのだ。
「美鈴、早くこっちへ!」
射命丸が血に染まった翼を翻し、平地の中心へと向かって行った。
美鈴も後を追う。
平地の中心上空では、咲夜、妹紅、レミリアが待っていた。
「美鈴、無事だったのね!」
レミリアがほっと胸を撫で下ろし、呼び掛ける。
「ええ、ギリギリでしたが、なんとか……
咲夜さんは?」
「私は大丈夫。
あまり長く時を止めてはいられないけど……」
顔に疲労の色はあるものの、闘志は衰えていない咲夜が答えた。
「―――――――皆さん、すみませんがもっと密集して戴けませんか?」
高速で飛行したため、首から提げたカメラが背中側に回っていたので、体の前に戻して、射命丸が口を開いた。
「?
密集?
どういう意味だ?天狗。」
辺りの地面を警戒しながら、妹紅が問う。
「ヤツの【瞬間移動】は危険です。
バラバラになっていると、一人ずつ順番にやられてしまいます。
それに、範囲が狭ければ、カバーできる人数も増えるんですよ。
さあ、咲夜を中心に背中合わせに集まって下さい。
蓬莱人間とレミリアさんは向かいになるように、美鈴は私と………
急いで!」
射命丸に言われるがまま、五人は円陣を組んだ。
咲夜を真ん中に、レミリア、美鈴、妹紅、射命丸と、互いに背中合わせに密着する。
「さあ、いきますよ…」
射命丸が扇を掲げ、振った。
「おおっ!?」
唸りを上げる竜巻が、五人を囲んで発生した。
「これで大抵の弾丸は防御できます。
ヤツがまたいきなり何処かから現れ、狙撃して来たとしても、私たちに致命傷を与えることはできないでしょう。」
射命丸は扇を口に当て、【案】を他の四人に説明する。
「私の提案する【作戦】はこうです。
まず、感知能力を持つ美鈴と私がヤツの動きを察知し、咲夜、貴方に合図を送ります。
貴方はその瞬間時を止めて、ヤツを攻撃して下さい。
時が止まっていれば、竜巻は素通りできますから。
そして、ナイフで動きを止めてから、火力のある妹紅、レミリアの二人で叩く――――
それでヤツは倒せるはずです。」
油断無く地上を見張りながら、射命丸は淡々と四人に作戦を伝える。
と、妹紅が声を上げた。
「……ちょっと…待ってくれ…っ!
作戦としては上々だが……、それはつまり、【トドメ】は私にやれってことか?」
射命丸に問う妹紅の声は、心なしか震えていた。
「ええ、そうですとも。
私の【風】では、あの【猫草】に防がれてしまいますからね。
貴女の焔の妖術なら、防御壁を貫通して全身灰塵にしてやれるでしょう?」
射命丸は振り返らず、いつもの事務用の朗らかな声色で答える。
「で、でもっ…!
私には…無理だ…!
あの【左腕の誰か】を攻撃するなんて……」
妹紅の声には、焦燥と狼狽の色が表れていた。
不死身の蓬莱人がこれほど恐れを抱くなど、尋常ではない。
「…私も……できない…っ…
【あれ】を攻撃しようとしても……恐ろしさで……身が…すくんで……っ…」
レミリアも怯えた情けない声を上げ、射命丸に訴えた。
あの【何者か】と対峙した時の恐怖が、まだ脳裏に焼き付いて、膝を震えさせる。
「鴉天狗、アンタはできないのか?
私達には……もう……っ…!
…【あれ】と闘う勇気は無い……」
妹紅はそう絞り出すと、がっくりと項垂れた。
レミリアも俯き、肩を落とす。
「―――――――……えぇ~~~~…………
私も嫌ですよ~……」
射命丸が振り返り、二人に言った。
冗談めいた口振りに、四人は驚き彼女を見る。
射命丸は苦笑いを浮かべ、口角を引きつらせて冷や汗を流していた。
「突風『猿田彦の先導』……
さっきデメリットを無視してあの技を使ったのは、自分では周囲へのダメージをコントロールできないからです。
【だからこそ】、あの技を使ったんです。
でも……、やっぱり、無意識のうちにブレーキを掛けてしまったようで……
ヤツの【左腕】には傷ひとつつけられませんでした。」
自嘲気味に笑う射命丸の表情もまた、恐怖に強張っていた。
常に営業スマイルを絶やさず周囲を煙に巻く彼女が、ここまで怯えているという事実。
それが場の緊張をいやが上にも高めていた。
ゴクリ、妹紅が喉を鳴らし、射命丸に問う。
「………ということは………つまり……」
タラリ、射命丸の頬を汗が伝う。
「……【あれ】を打ち倒すのは……私にもできません…、やりたくありません。」
射命丸がついに告白した。
「……私も……現実問題、【あれ】を倒せる気がしません…」
左肩を【気】で応急処置しながら、美鈴がおずおずと声を上げる。
「さっきヤツの【能力】を、直に体験しました。
……いえ…【体験した】と言うよりは……まったく理解を超えていたのですが……
あ…ありのまま今起こったことを話しますと、
『私はヤツを殴ったと思ったらいつの間にか自分を殴っていた』―――――――」
他の四人の疑問符に満ちた視線が突き刺さり、美鈴は慌てて説明し直す。
「あ、いや、順を追って説明しますと、突然【もうひとりの私】が現れて、ヤツがそいつを盾にしたんです。
ヤツは【並行世界の私】だと言ってました……
そのあと、私は【もうひとりの私】になって、肩が砕けてて………」
しどろもどろに話す美鈴の言葉を、射命丸が遮った。
「ちょっと待って…!?
【もうひとりの貴女】を見た……ですって?」
射命丸が問いただす。
「はい…
貴女が斬った樹の向こうに、背中を向けて立ってたんです。
【気】の性質が私と完全に一致していたから、まったく存在に気付きませんでした。
それで、ヤツは銃を構えて、私は後ろに下がって―――――――」
美鈴が話していた時、射命丸が声を荒げた。
「待って、おかしいです!
【気流】を読んで、はっきり感知していました!
貴女はヤツと闘っていた!」
射命丸の叫びに、一同は驚き肩をすくめ、彼女に目を向ける。
「自由を奪ったヤツを接近戦で圧倒して、ヤツは【猫草】で身を守るのが精一杯の様子でした。
そして【気】でヤツの【左腕】を封じ、心臓を停止させたんです。
私はその時、勝利を確信していました。
それが、昏倒寸前のヤツの脳天に拳を叩き込もうとした瞬間、突然貴女の左肩が砕けて、ヤツが息を吹き返し銃を構えたんです。
そこで私は慌てて貴女をヤツから引き離した―――――――
……それが、私が見た一部始終です。」
射命丸が言い終わり、レミリア、咲夜、妹紅は形容し難い表情で二人を見つめる。
三人の視線は美鈴、射命丸の間を行ったり来たりする。
「……美鈴、貴女の言ったこと、本当なの?」
「………ええ、間違いありません。
私は【もうひとりの私】を目撃し、自分を攻撃しました。」
咲夜の問い掛けに、美鈴は返答する。
「鴉天狗、そっちは…?【気流】を読み違えた可能性とか…」
「いいえ、あり得ません。
視力が回復した途中からは、肉眼で目視していましたし。」
妹紅の言葉を、射命丸は否定する。
「―――――――どちらも【本当のこと】なんじゃないかしら……」
レミリアが口を開く。
「【並行世界】の出来事が……同じ空間で同時に起こっていた―――とか。」
射命丸がレミリアに顔を向け、質問する。
「さっきから言っている【並行世界】―――というのは、何なのでしょうか?
そもそもヤツの能力、途中から参戦した私には掴みかねます。
貴女が今までの闘いで分かったこと、全部話して下さい。」
「―――――――分かったわ。
まずは…………―――――――」
―――――――少女説明中…
「―――――――つまり、ヤツは全身粉微塵になっても『自分が生きている【並行世界】』から平然と復活し、瞬間移動したり、不可避の攻撃を加えたりできる………と。」
「ええ、そんなところよ。」
説明が終わると、射命丸は顎に手を添えて情報を整理する。
「なるほど…私と美鈴の見たものが違う理由も、【並行世界】だったというなら説明できる……
美鈴が体験したのは『ヤツが生きる【世界】』で、私が見たのは『死ぬ【世界】』だった。
突然負傷する現象も、私に美鈴の左肩がひとりでに砕けたかのように見えたように、見えているのとは違う世界から攻撃を受けていたのだとしたら、辻褄が合う………
レミリアさん、ヤツは【契約】したのですよね?
『嘘は吐いていない』と。」
「ええ……
これまでの一連の【現象】からも、疑う余地は無さそうよ。」
レミリアは頷き、地表を警戒する。
と、重苦しい空気の中、咲夜が口を開いた。
「………【もしもの世界】を自在に操るなんて―――――――八雲紫にもできるか分からないことなのに……それを【左腕】ひとつで可能にするなんて……
【あれ】とは何なんですか?
なぜお嬢様たちはそれを、そんなにも恐ろしくお思いに……」
高位悪魔、中華妖怪、鴉天狗、蓬莱人、比類無き強さを誇る筈の人外たちが四者四様に怯えている。
【あれ】がどれほど恐るべきものなのか、その様子を見ればいやが応にも理解できるだろう。
「………そうですね…」
射命丸が暫し考え、咲夜に言った。
「例えるなら……我々【妖怪】が【人間】の心が造り出した【影】だとして………
【あれ】はその【影】を綺麗さっぱり塗り潰してしまう【光】………
と言ったところでしょうか。」
彼女の後に、妹紅が言葉を続ける。
「そして私のような【不死者】を嫌っている……
自分だけの特権を侵されたと思ってる…
そんな【敵意】を、確かに感じた。」
言い終えると、二人は押し黙った。
「………待って下さい。
【妖怪】じゃ駄目なら……【人間】なら、どうなるのでしょう?」
四人が一斉に咲夜を振り返る。
「咲夜、止めなさい!
【あれ】は危険すぎるわ、いくら【人間】でも、怒りを買ってしまったら―――――――!」
レミリアが慌てて彼女を諭す。
その時だった。
美鈴が何か思い出したように、はっと頭を上げた。
「―――――――いえ………
【可能性】はあります……!」
他の四人の視線が美鈴に集中する。
「……どういうこと?美鈴…」
レミリアが彼女に問う。
「私は…【もうひとりの自分】になった時、身体の自由を取り戻そうと【マイナスの気】を生み、全身に送り込みました。
……その時………見たんです、ヤツの【左腕】から『ミイラのようなもうひとつの腕』が飛び出しているのを。」
「……っ!?
なんだって!?
何で【あれ】が出て来るんだ?」
「…おそらく……【木の葉】を介してヤツの身体に流しておいた【プラスの気】と引き合って、【あれ】がヤツの身体から引っ張り出されたんでしょう。」
妹紅の疑問に、美鈴は答えを返す。
「……つまり…何が言いたいと?」
射命丸が美鈴を振り返り、彼女の瞳を覗き込む。
「…【あれ】は…破壊しようとしたりしない限り、私のような【妖怪】でも干渉できる、…ということです。」
四人の顔を見回し、美鈴はそう結論付けた。
「―――――――なるほど、可能性はありそうね……」
「だな……」
レミリア、妹紅が頷き、咲夜に目を向ける。
「―――――――咲夜さん、ちょっとナイフを貸して下さい。
二本お願いします。」
美鈴が咲夜に右手を差し出し、咲夜は言われた通り二本のナイフを手渡す。
美鈴はナイフを右手に乗せると、砕けた左肩を歯を食い縛って動かし、そっと左手をナイフの刃に重ねた。
そしてじっと目を閉じ、両手に【気】を集める。
ナイフの刃に【気】を蓄えると、咲夜に返した。
「最大出力の【気】を練り込んでやりました。
これをヤツの左肩に刺せば、【左腕】は【気】が流れ込む衝撃でヤツの体内から弾き出される筈です。」
「ありがとう、美鈴。
なぜ二本なの?」
ナイフを受け取り、咲夜は疑問を口にする。
「ヤツは用心深い男です。
地中から飛び出す時、きっと【空気の壁】で身を守ろうとするでしょう。
その時は、二本目を時間差で投げれば、一本目が爆破されてもヤツに届く筈……」
美鈴の言葉を聴き、咲夜は彼女と目を合わせる。
「………もし、あてが外れて、【左腕】が無くてもヤツが【能力】を使って来たとしたら………どうするの?」
咲夜の発言で、他の四人が凍りついた。
そうだ。人外の者たちは、人間一人が【絶対的な存在】無くしてそれほどの強力無比な【能力】を得られる可能性を、無意識に排除していた。
しかし、この中にあって唯一の人間である十六夜咲夜もまた、『時間を操る程度の能力』という反則的な力を保有しているのだ。
何も吉影の【新たな能力】が【左腕】によるものだとは限らない。
肩に羽織ったマント型の【スタンド】の力かもしれない。
或いは、咲夜の【懐中時計】の効果かもしれない。
吉影が【左腕】を体内に取り込んだのは、【シアーハートアタック】の弱点である【左手甲】を保護する目的だったのかもしれない。
「―――――――何も分かりません……
【結果】だけがあります。
事実は…ヤツの腕の中の【あれ】を引き出したという【結果】だけです。」
美鈴の答えを聞いて、咲夜は頷いた。
「どちらにせよ、ヤツからその恐るべき【何か】を奪い取ってしまえば、攻略しやすくなるわね。」
咲夜はナイフを構え、神経を刃物の如く鋭利に尖らせる。
彼女の双眸が真紅に染まった。
【臨戦体勢】の合図だ。
「美鈴、射命丸。
ヤツがどこから出て来るか、しっかり探知して伝えて頂戴。
お嬢様、蓬莱人形。
私が時間を止めてナイフを投げるので、同時にヤツにトドメを放って下さい。」
咲夜の言葉に、四人は無言で彼女に背を向ける。
答えは、「YES」一択だった。
「吉影は【空気】を操る【猫草】を連れているんだよな?
呼吸の心配無く潜り続けていられるなら、地中から出て来ずに、遠くに逃げたって可能性は無いのか?」
「いいえ、それはあり得ません。
ヤツは地面を【爆破】して地中を進みます。
ヤツが地下に潜行した後暫くは移動する地響きがしましたが、今は聞こえません。
じっと息を潜めて、狙っているはずです。私達を………」
妹紅の質問に、射命丸が周囲の【気流】を探りながら答えた。
「美鈴、貴女の【気】の探知は地中の相手にも通用するの?」
「いいえ、地下1メートルくらいなら、なんとか分かるのですが………」
レミリアが美鈴に訊ね、美鈴がそれに答えた。
その時だった。
「っ!!
動き始めましたっ!!」
射命丸が耳をそばだて、地下から僅かに漏れる爆発音を聞き取ろうとする。
他の四人は精神を緊張させ、地面を見渡す。
「っ……!?
音が三つ……?
いや、五つ!?
きっと【空気】のダミーね………
全部バラバラに動いている……
一番『人間らしき音』を出しているのは………」
両耳に手をあて、微かな音も聴き逃すまいとする。
「……音が一つ消えた………最後まで爆発しきったようね……
残り四つ………」
レミリアが【スピア・ザ・グングニル】を左手に身構える。
「もう1つ消滅………
残り三つ…」
両手に超高圧に凝縮した焔の弾を持ち、妹紅が地上に目を走らせる。
「また途絶えた……
残数あと二つ……」
美鈴は目蓋を閉じ、土の下で蠢く邪悪な【気】を察知しようと、全神経を極限まで集中させる。
「…っ!!
1つが消えたっ!
最後の一つはッ!!」
ビシィッ!
射命丸が扇を振り、場所を指し示す。
「そこですッ!!」
「「「ッッ!!!!」」」
レミリア、咲夜、妹紅が、射命丸の示す方へ注意を向ける。
「違うっ!それもダミーです!!」
美鈴が絶叫し、咲夜を振り返る。
「ヤツが地中に潜って行った穴ですっ!!」
「ッ!?」
射命丸が人外の反射神経で振り向く。
【真空バルーン】の爆発的な浮力で、吉良吉影が森の地面に空けられた穴から躍り出る!
【キラークイーン】が【モシンナガン】を構え、引き金に指を掛けた。
「幻世ッ!
『ザ・ワールド』ッ!!」
ドオォォォォ―――――z――ン
世界の全てが色を失う。
舞い散る木の葉、噴き上げる砂煙、ありとあらゆる事象が動きを止める。
風や音さえ、押し黙る。
そう、『彼女の世界』が到来したのだ。
「……時を止めていられる時間は、【懐中時計】の無い今、たった五秒……
…でも……!!」
咲夜は一本目のナイフを構え、吉影を睨む。
「光速『C.リコシェ』!!」
ナイフ自体が衝撃波と大気摩擦で砕けかねないほどの加速を与え、一撃必殺の死の刃が撃ち出された。
超音速の弾丸をも斬り飛ばす旋風も、【時の止まった世界】では何の影響も与えない。
ビタァアッ!
ナイフは狙い通り吉影の左肩目掛けて飛び、突き刺さる寸前でその場に縫い付けられる。
「もう一発ッ!!」
【モシンナガン】を構え、身じろぎ一つしない吉影を見据え、二本目を構える。
「せええぇぇぇいッ!!」
空気抵抗や流体力学など歯牙にもかけない、荒唐無稽なまでに加速されたナイフが、人外魔境を引き連れて飛翔する。
脇を掠めるだけで人体が四散する程の激烈な威力を秘めた銀の魔弾が、緋色の化け猫を撃滅せんと空を切る。
「今だっ!!
時は動き出すッ!!」
第二撃が吉影に到達する前に、咲夜は【時間停止】を解除した。
―――――――19:33:50―――――――
―――――――究極に圧縮された【ゼロ秒】、無という時間の中で行われた行動の帰決は、時の堰が切れたと同時に訪れた。
事実上【同時】に発生したために、重なり合って三重奏を奏でる爆音
弾け消滅する銀のナイフ
第二の銀牙が肉を喰い破る轟音
鮮烈に迸る鮮血
肉の飛沫
―――――――そして…………
「―――――――あ…………
……………あ?」
時を超えるメイド、十六夜咲夜の思考回路は、フリーズした。
そう、彼女は憎き敵(かたき)を八つ裂きにせんと、周到に二重の攻撃を仕掛けたのだ。
フェイクとして放った一発目は、期待通り相手の防御機能を道連れに塵と消え、その役目を全うした。
では、本命の二発目はどうか。
「―――――――なん………で……?」
それが、咲夜の口からようやく漏れた言葉だった。
彼女の望んだもの、吉良吉影のバラバラ死体は、しかし、その手前に存在するものに遮られ視認することはできなかった。
咲夜と吉影を結ぶ直線上、盛大に血飛沫を噴き上げて、カッと大きく刮目しそれは咲夜を見返していた。
それは【時の止まった世界】の中で、咲夜の眼前にあった筈の顔であった。
「――――――――――――――しゃ………
………射命丸―――――――?」
咲夜の視線の先、吹き千切られた鴉羽が舞う中、射命丸文が、凄惨な姿を晒していた。
『時間が止められた』かのように、気付いたら遠く離れた場所に移っていた
背中側から侵入した弾丸が、鮮やかな紅い華を咲かせている
背中と胸から、爆炎が噴き上がる
漆黒の羽毛がびっしりと生え揃っていた翼は、強烈な爆圧を受け粗方吹き飛んでいる
吉良吉影の四肢を破砕し、彼(か)の者の左腕に潜む【何者か】を弾き出さんと射出された第二の銀弾は
射命丸文の脇腹を喰い千切り、鮮烈に血と肉の飛沫をあげた
結果に原因が伴わない、あまりに不条理な【現象】
そしてそれに捲き込まれ、壮絶な様相を呈した味方を目撃し、咲夜の両目は釘付けになっていた。
いっぱいに見開かれた射命丸文の両目は、ただ一言、こう叫んでいた。
―――――――『なぜ……?』、と。
糸の切れた操り人形のように、無残に破壊された射命丸の身体が落下を始める。
血霧、黒い羽、肉の破片、こぼれる臓物、全てがスローモーションのごとく遅々と進行する刹那の意識の中
ようやっと障害物が除かれ、咲夜はその向こうの情景を目にすることができた。
「―――――――え」
崩れ落ちる射命丸の向こう、【彼女の世界】では確かに見た姿、吉良吉影の姿は―――――――
―――――――霞のごとく消え失せていた。
「―――――――っっ!?」
その瞬間、咲夜は気付いた。
『時が動き出した』刹那、僅かに覚えた違和感の正体。
今宵は晴れの【満月】、最も明るい夜。
それが、【時止め】を解除した時、彼女に陰が差したのだ。
その予感の正否を確認する間も無く、咲夜は二度目の【時間停止】を行った。
息急ききって、頭上を仰ぎ見る。
「―――――――ッッ!?!?」
咲夜の表情が、凍りついた。
彼女の、
愛しい主の、
信頼する同僚の、
行きずりの蓬莱人の、
四人の頭上にあったもの。十六夜咲夜ただ一人のみが認識できる【世界】で、彼女の瞳に映ったのは、
「―――――――あ……………ああ」
咲夜の唇から、嗚咽にも似た押し殺した叫びが漏れる。
空中に拡がる、おびただしい量の劇薬
宙に浮いた巨大な円筒形の容器の上、吉良吉影が、勝利の愉悦の笑みを浮かべ四人を見下ろしていた。
彼が乗っている【貯水タンク】は爆発寸前だった。
全体がヒビ割れ、その裂け目から爆炎が噴き出している。
―――――――そして、大きく吹き飛んだ部分から流れ出す膨大な水の落ちる先は―――――――
「―――――――お………………
お嬢様ああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ―――――――ッッ!?!?」
咲夜の絶叫のみが木霊する世界で、レミリア・スカーレットの脳天をもぎ取らんと、無色透明無害の魔手を伸ばしていた。
――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
――――――――――――――
BGM 平沢進『Sign』
『―――――――19:33:30(20秒前)―――――――』
「ぶげあァァァッ――――――ッ!?!?」
突風『猿田彦の先導』が直撃し、吉影はなす術無く吹き飛ばされ転がされていたが、漸く止まった。
「(クソッ…!呼吸がッ……、い、意識がァ……!
くそったれめ…あとほんの少し……!たった【数分の一秒】凌ぎさえすれば……!!)」
残った【左腕】で起き上がろうとした時、
―――――――ゴロン
輪切りに斬り飛ばされた頭蓋骨頂点から、白っぽい脳髄が転げ落ち、吉影は息絶えた。
レミリア、妹紅が吉影の死体を睨み、追撃を掛ける。
「せええぇぇぇぇぇぇい!!」
「うらあああぁぁあ――――――!!」
亜音速の【スピア・ザ・グングニル】と特大の爆炎が、吉影の死体に向け撃ち放たれた。
―――――――その時、満月が照らす平地の上空で、【シアーハートアタック】が、カチリと音を立てた。
『――――――19:33:32――――――』
ドオォォォォ―――――z――ン
世界の全てが色を失う。
真紅の槍、うねる爆炎、ありとあらゆる事象が動きを止める。
風や音さえ、押し黙る。
もし十六夜咲夜がその情景を見たなら、驚愕するだろう。
『【彼女の世界】と瓜二つだ』、と。
―――――――ピクッ
あまねく全てのものが止まった死の世界の中、【動き】は起こり始めた。
地面に転げ落ちた脳髄が、ひとりでに跳ね上がり、吉影の頭部に飛び込んだ。
続いて、ボロボロに崩れた上半身が、ゴロゴロと転がり始める。
最初は小さく、だんだん大きく、バウンドしながらもと来た【軌跡】を辿り、『猿田彦の先導』を喰らった場所までゴム毬のように弾んで返って行く。
途中、妹紅の放った爆炎の中へ突っ込んで行ったが、【虚像】であるかのごとく何事もなく素通りし、先ほど立っていた場所に戻って来た。
そして、上半身が一気に数メートルジャンプした時、
吹き飛ばされた眼球が、右腕が、下半身が、【ストレイ・キャット】が、一斉に飛び上がり上半身の周りに集結する。
たちまち、パズルを組み立てるように、五体満足の吉影と【キラークイーン】ができあがった。
【重機関銃】を構えていた【キラークイーン】は、引き絞っていた引き金から指を離す。
すると、発射された銃弾が戻って来て銃口に入り込み、空薬莢も銃身に飛び込んで、中で合体しひとつに戻った。
さらに吉影は前方に飛び跳ね、拳銃を振り回し、たった一人で飛び回る。
跳躍し、明後日の方角へ銃を向け、引き金から指を離す度、銃弾と空薬莢が舞い戻り、弾倉に収まっていく。
それは先刻の彼の乱闘劇を【逆再生】で見ているようだった。
静寂の中、一人暗黒舞踏を躍り続け、最後に彼は地面に降り立った。
彼が着地した場所、そこは【六秒前】彼が立っていた位置だった。
「(―――――――【復活】……できた……か)」
自由に身動きできないが、自分が死ぬまでに起こったことを認識し、吉影は思考を巡らす。
―――――――そして、体感時間にして【六秒】経過した瞬間、
世界の全てが、一斉に動きを再開した。
「(―――――――ッ!!)」
吉良吉影は目を前方に向ける。
彼の死体があった場所に気を取られ、レミリア、美鈴、咲夜、妹紅、射命丸の五人が、無防備に背中を晒していた。
「(チャンスだッ!!)」
【キラークイーン】が【重機関銃】を構え、引き金を引く。
発射炎(マズルフラッシュ)の光が背後で煌めき、【12.7mmM2重機関銃】が毎秒10発の弾丸を解き放った―――――――
『―――――――19:33:36(【基本世界】)――――――』
「(―――――――ぐッ………!
【木の葉】に【気】が……あ!
う、動けん…ッ!)」
森の入り口で硬直する吉影の耳に、女の会心の叫びが届く。
「くらえッ!」
落下する樹の合間を潜り抜け、美鈴は左腕に全身の【気】を集中させる。
「(ま、マズッ―――――――!!)」
美鈴が全身全霊を懸けた一撃を吉影の【左腕】に叩き込む!
吉影が覚悟したその時、
バィイ―――z―ン
間抜けな音を上げて、【空気弾】が渾身の一撃を受け止めた。
「なぁっ……!?」
美鈴が驚愕の声をあげる。
「(ッ!
【ストレイ・キャット】ッ!?
【防御】してくれたのかッ!!)」
緩衝材となった【空気弾】は【気】を通さず、吉影を完全にガードしていた。
「(よし!
まだだッ!
まだいけるッ!!)
【キラークイーン】!!」
麻痺した身体を死に物狂いで動かし振り返ると、【キラークイーン】に【ストレイ・キャット】を操らせる。
【空気弾】を乱射するが、美鈴は【髪針】で次々とそれらを捌いていく。
「(くそッ……!
もう少しだ……『19:33:38』まで持ちこたえれば……!
『六秒経過』すればッ!
再び【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】を発動できる!!)」
だが、彼の懸命の抵抗も虚しく、美鈴の拳撃は【空気弾】の隙間を掻い潜った。
『―――――――19:33:38(【基本世界】)―――――――』
ドムッ!
重い音と共に、美鈴の右拳が吉影の【左腕】を打った。
「ぐゥッ…!?」
指先まで電撃が走ったような衝撃が駆け巡り、吉影の心臓を停止させる。
「が……ッ……は……ァッ…!?
(ま、マズイ……ッ!
【左手】を攻撃されては、【シアーハートアタック】が………!)」
上空で【シアーハートアタック】が【気】に拘束され、動きを止める。
「(くっ…………
ぐあァ………ッ!
い、意識が………!)」
吉影の身体がグラリと揺らぐのを見て、美鈴は勝利を確信する。
「せええぇぇぇぇぇぇいッ!!」
昏倒寸前の吉影の脳天に拳が叩き込まれようとした瞬間、
スッ―――――――
霞がかった頭で、吉影は右手を左手の【腕時計】、【竜頭】に添えた。
バギィッ!
美鈴の拳が吉影の頭蓋骨を砕いた瞬間、
『―――――――19:33:42(【基本世界】)―――――――』
彼の右手が【竜頭】を回し、【六秒】時計の針を戻した。
それで、彼の肩に被さっていたスタンド、【マンダム】のスイッチが入った。
ドオォォォォ―――――z――ン
『―――――――19:33:36(六秒前)―――――――』
吉影の頭を粉砕した感触を確かに美鈴は感じた。
「―――――――っ!?」
だが、彼女の拳は空を切っていた。
いつの間にか吉影が背中を向けてやや屈んでいたため、彼の頭を掠めただけだった。
なぜ動けない筈の吉影が身体を反転させ、拳を避けたのか、
考えるだけの間は、彼女には無かった。
グショアァッ!
【並行世界の美鈴】の渾身の左拳が、美鈴の【左肩】に食い込み、骨が砕け肉が爆ぜる、不快な音が木霊した。
「(えっ―――――――?)」
膨大な【気】が一気に流れ込み、心臓を停止させる。
【未来の美鈴】は完全に動きを止め、【並行世界の美鈴】は息を呑む。
「―――――――樹の………
……陰にいたのは……………」
長く艶やかな紅髪。
洗練された体躯。
見間違う筈がない。
服、帽子、指紋に至るまで、全てが『よく見知ったもの』だった。
「私だっ…!?」
【並行世界の美鈴】が左肩を破壊した相手、それは背中をこちらに向けた、【未来の自分】だった。
【並行世界の吉影】はその間に【木の葉】を抜き、振り返ると、二人の美鈴が驚愕の色を浮かべ硬直しているのを視認した。
「(―――――――?
………ああ……
なるほど………『そういうこと』か……)」
【未来の自分】からの贈り物を無駄にはしまいと、吉影は頭を働かせ美鈴に言い聞かせる。
「最後だから教えてやろう………
お前がたった今目撃しそして触れたものは………」
【並行世界の吉影】はゆっくりと手をあげ、【未来の美鈴】を指差した。
「―――――――【並行世界】のお前自身だ。」
―――――――そして、【六秒】が経過した。
未来からの干渉によって生まれた【並行世界】での【結果】を、【遺体】の『幸福を集める能力』が選別し、【基本世界】にフィードバックさせる。
そして美鈴は、【記憶】は【並行世界】のもの、肉体は【基本世界】のものを引き継ぎ、【基本世界】と合流する。
『―――――――19:33:42(【基本世界】)―――――――』
「(―――――――っっ!?!?)」
一瞬だった。
美鈴が気付いた時には、目の前に吉良吉影の姿があった。
「―――――………?」
【基本世界の吉影】は、心肺停止し、頭を砕かれた筈の自分が、全く無傷であることに一瞬疑問を抱いた。
だが、そんなものは些細な問題だった。
「―――――――……………
なるほど……【理解】したぞ…」
吉影は【理解】した。
きっと【並行世界】の自分が【過去】を変え、その【結果】を【遺体】が【基本世界】に投影してくれたのだ。
吉影は呟き、自分の【スタンド】に命ずる。
「【キラークイーン】ッ!」
吉影の声とともに、【キラークイーン】が銃口を美鈴の眉間に向けた。
射命丸は視力の回復した目で、その一部始終を目撃していた。
「(っ!?
突然美鈴の左肩が砕けて…!
ヤツが息を吹き返したッ!?)」
美鈴を救助しようと、咄嗟に扇を打ち振るい、風を起こした―――――――
『―――――――19:33:50(【基本世界】)―――――――』
「(今だッ!!)」
陽動の【空気弾】で射命丸達の注意を剃らし、【真空バルーン】の爆発的な浮力で、吉影は森の地面に空けられた穴から躍り出た。
【キラークイーン】に【モシンナガン】を構えさせ、【標的】に狙いを定める。
「(【六秒前】…!
【奴】はここにいた!
思い出せ……!【奴】の心臓の位置をッ!!)」
【標的の心臓】に照準を固定し、引き金に指をかけた。
ドオォォォォ―――――z――ン
咲夜が時を止め、二本のナイフを投げた。
【時止め】を解除し、一発目が彼の左肩に刺さる。
ドグオォォォッ!
「ムッ…!」
【接触弾】に変えられた【空気のスーツ】に触れ、吉影の顔の真横でナイフが爆発した。
「(やはりこの時を狙って来たか…
だがッ!)」
それとほぼ同時に【モシンナガン】の銃口が火を噴き、弾丸が発射された。
【キラークイーン】が弾丸に触れ【第一の爆弾】に変える。
さらに、【腕時計】の【竜頭】を回し、【マンダム】の起動スイッチが入る。
ドオォォォォ―――――z――ン
【弾丸】は時間軸を遡り、【六秒前】の過去に転送された。
『―――――――19:33:44(六秒前)――――――』
「美鈴、早くこっちへ!」
射命丸が血に染まった翼を翻し、平地の中心へと向かって行こうとした、その時、
ガァンッ!
【六秒未来】から放たれた弾丸が、彼女の背中に着弾し、
ドグオォォォォォォ!!
【接触弾】が起爆され、爆炎を噴き上げた。
『―――――――19:33:50(【基本世界】)―――――――』
「―――――――なん………で……?」
【時間停止】を解除した瞬間、彼女の口から漏れた言葉は、それだった。
目の前にいたはずの射命丸文が、吉影の前に立ちはだかっていて、あまつさえその背中を爆炎に抉られていたからだ。
吉影の放った弾丸が過去に干渉し、射命丸の【現在】へ投影されたのだ。
そして、吉良吉影の四肢を破砕し、彼(か)の者の左腕に潜む【何者か】を弾き出さんと射出された第二の銀弾は
射命丸文の脇腹を喰い千切り、鮮烈に血と肉の飛沫をあげ
狙いを逸れ、吉影の後方の樹を粉砕した。
「(ッ……!?
【二発目】も投げていたのか……!!
危なかった……僅かでも『近過去への狙撃』が遅れていたら………!!)」
その出鱈目な威力に胆を冷やす。が、
「(―――――――フフ……
クククク…………
やはり【運命】はッ!!
【あの御方】はッ!
このわたしに味方して下さっているッ!)」
吉影はすぐさまショックから立ち直り、【モシンナガン】を【キラークイーン】腹部に放り込むと、【重機関銃】を構え猛然と駆け出す。
「しゃ、射命丸!?」
「なんでアイツが彼処でッ!?」
咲夜のナイフに続いてトドメを撃ち込もうとしていたレミリア、妹紅も、崩れ落ちる射命丸の姿に目を奪われ、反応が遅れる。
「うおおおおオオオォォォォォォォォォ―――――――ッ!!!!」
【重機関銃】を乱れ撃ちし、遮二無二突撃する。
正面からの堂々たる突進だが、あまりに不可解かつ予想だにしなかった【現象】を目の当たりにし浮き足立っているレミリア達は、蜘蛛の子散らすがごとく一斉に逃げる。
ズパァアンッ!
「きゃあぁっ!!」
超音速のライフル弾が掠め、レミリアの左腕をもぎ取った。
そのまま一直線に突っ走り、【真空バルーン】で一気に上昇する。
到達したのは、【六秒前】レミリア達が円陣を組んでいた位置の真上。
「ハアァァァァァァ―――――――!!」
吉影は懐から【紙】を抜き、撒き散らした。
【ファイル】された劇薬が空中に広がる。
さらに一枚の【紙】から出て来た特大の【貯水タンク】に乗り、
「【キラークイーン】ッ!!」
【爆弾】に変え、スイッチに指を添える。
ここで『19:33:56』―――――――既に【六秒】経過した。
「マヌケ共が………
知るがいい……………
【Channel to 0】の真の能力は…まさに!『全ての【経路(Channel)】を無に還す』能力だということをッ!」
吉影が右手を【竜頭】に伸ばし、【六秒】巻き戻す。
同時に、【キラークイーン】がスイッチを押し、【貯水タンク】が爆発した。
「フハハハハハハハハハハハハァァァァァァ―――――――ッッ!!」
吉影が哄笑を張り上げ、『彼以外の時間』が【逆転】した。
ドオォォォォ―――――z――ン
『―――――――19:33:50(二度目)―――――――』
「―――――――なん………で……?
――――――――――――――しゃ………
………射命丸―――――――?」
咲夜の視線の先、吹き千切られた鴉羽が舞う中、射命丸文が、凄惨な姿を晒していた。
いっぱいに見開かれた射命丸文の両目は、ただ一言、こう叫んでいた。
―――――――『なぜ……?』、と。
糸の切れた操り人形のように、無残に破壊された射命丸の身体が落下を始める。
血霧、黒い羽、肉の破片、こぼれる臓物、全てがスローモーションのごとく遅々と進行する刹那の意識の中
ようやっと障害物が除かれ、咲夜はその向こうの情景を目にすることができた。
「―――――――え」
崩れ落ちる射命丸の向こう、【彼女の世界】では確かに見た姿、吉良吉影の姿は、
―――――――霞のごとく消え失せていた。
「―――――――ッッ!?!?」
ハッと頭上を仰ぎ見上げた咲夜の表情が、凍りついた。
「――――――あ……………ああ」
咲夜の唇から、嗚咽にも似た押し殺した叫びが漏れる。
空中に拡がる、おびただしい量の劇薬
宙に浮いた巨大な円筒形の容器の上、吉良吉影が、勝利の愉悦の笑みを浮かべ四人を見下ろしていた。
彼が乗っている【貯水タンク】は爆発寸前だった。
全体がヒビ割れ、その裂け目から爆炎が噴き出している。
―――――――そして、大きく吹き飛んだ部分から流れ出す膨大な水の落ちる先は―――――――
彼女の愛しい主、レミリア・スカーレットの脳天をもぎ取らんと、無色透明無害の魔手を伸ばしていた。
「―――――――お………………
お嬢様ああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ―――――――ッッ!?!?」
『時の止まった世界』の中、咲夜の絶叫のみが木霊した。
――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
「―――――――『時間を【六秒】戻し、【因果律】に干渉する』―――――――
それがスタンド能力【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】」
ED 平沢進 『Aria』
【BITE THE DUST -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】
時間を【六秒】巻き戻し、【因果律】に干渉する能力。
【バイツァ・ダスト】、【マンダム】、レミリアの『運命を操る程度の能力』、【遺体左腕部】、【咲夜の懐中時計】が揃って発現。
【キラークイーン】は自己観測する【シュレディンガーの猫】となり、【遺体】は【ラプラスの悪魔】として【吉良(きちりょう)】を選別する。
【バイツァ・ダスト】の【運命】の正体は、【並行世界】となった【前の一時間】の出来事が、【基本世界】である【次の一時間】にフィードバックしたものである。
①【Re:make】…本体吉良吉影が死亡した時、【シアーハートアタック】が内部の【咲夜の懐中時計】の秒針を戻して発動。
自分だけの時間を【六秒】戻し、元いた場所に元の状態で現れる。
その間吉影と彼の身に付けていた物以外は時間が経過せず、互いに不干渉の位置にある。
吉影は勝手に身体が【前の六秒】の軌跡を辿って戻っていくので全く自由に動けないが、意識はあり、辺りの状況を見て考えを巡らしたりはできる。
名前の元ネタはONE OK ROCKの楽曲【Re:make】
②【You suffer...but why?】…自分以外の時間を【六秒】戻す。
吉影以外からは彼が時間を止めて動いたように見える。
【バイツァ・ダスト】と同じく、【前の六秒】に破壊されたものは【次の六秒】でも【運命】によって破壊される。
元ネタは世界一短い歌【You suffer】
③【Napalm Death】…銃弾や相手自身まど、直接触れているものを状態・位置はそのままに【六秒過去】に【転送】する。
未来から干渉を受けたことにより【並行世界】が分岐し、【基本世界】とは別の顛末を辿った後、六秒後【基本世界】で発動されたのと同時間に合流、【遺体】が【結果】を選別し【基本世界】に【投影】する。
元ネタは上の曲を作ったイギリス出身のハードコアバンド【ナパーム・デス】
【BITE THE DUST -Channel to 0-】は【キング・クリムゾン】と同じく『【過程】を消し飛ばす能力』であるが、後者が苦痛や苦労などを避けることを目的としているのに対し、この能力は何度でも苦痛の中に身を投じようという吉良吉影の【覚悟】から発現している。