不死鳥は失敗を恐れない 第20話『牛に乗る少女』
朝日が差す砂漠を妹紅と馬が走る。
「だいぶ遅れてしまった……何とか巻き返して合流しなくちゃな」
妹紅の顔には焦りが見えている。
ブンブーン一家の件で妹紅はジャイロたちと離れてしまい、距離が大きく離れてしまっているのだ。
だが、合流出来ない訳ではない。
彼女が走るルートの先には、SBR事務局が中継地点の為に作った町がある。
おそらくジャイロたちはそこで疲れを癒しているだろう。
幸いにも妹紅の馬はタフネスに優れ、多少の無理でもものともしない種類であった為、あの町で合流してもすぐに出発できる。
走り続けて数十分。妹紅の視界にレンガの壁が入ってきた。
レンガの壁の陰には、壊れた馬車。
妹紅は、スピードを落とした。
「火を消せ! 怪我人を運び出せ!」
町の中からは、慌てた声が聞こえてくる。
「ん? なんだ?」
妹紅は馬を歩かせて、声のする方へ向かった。
建物の陰から出て、広場へと視線を向ける。
煙を上げる建物。辺りに撒かれた血。鼻につく火薬のにおい。その三つが妹紅を刺激した。
「こりゃ……爆弾でも投げ込まれたか!?」
妹紅は馬から降りて現場に近づいた。
白い煙がまだ立ち上っており、妹紅ののどをチクチクと刺す。
咳払いをして煙を得意の妖術で払う。
若干の視界と空気が確保され、妹紅は煙がまた来る前に壊れた建物の様子を見ようと走り出した。
「ぎゃむっ……」
走る妹紅は、何か柔らかいものを踏んづけてしまった。
「何だ? 今のは……?」
妹紅は振り返って、何を踏んづけたか確かめてみた。
血濡れのカウボーイが倒れいている。どこからどう見ても虫の息だ。
妹紅は知っている。彼の姿を。その踏んづけた時に出た声を。
「あっあー……マウンテン・ティム……」
気まずそうな表情で妹紅は血まみれのティムを見下ろす。
「その声は……ジャイロやジョニィと一緒にいた妹紅か?」
「そ、その通りだ……さっきは踏んづけてスマン」
妹紅はティムに肩を貸して、彼が立ち上がるのを助ける。
「この惨状はなんだ? 一体何が起きたんだ?」
歩きながら妹紅はティムの表情をうかがった。
失血して蒼白になった彼の顔が、妹紅の方を向く。
「爆発だ……ジャイロたちを狙った敵のスタンド攻撃。奴の手に触れられると『部品』がくっつく……くっついた『部品』が外れると『部品』を付けられた物は『爆発』する……」
「そいつは、どんな見た目をしてんだ?」
「顔を覆う黒いベール。黒い革の服を着た、露出の多い服。何よりも目立つのが全身にしてある時計の形のタトゥーだ」
「とんだ変態もいたもんだね……まだこの辺りに潜んでいるの?」
「いや、北の方角に向かって走り出した……ジャイロとジョニィがそれを追っている」
煙が立ち込める広場から離れ、妹紅は近くの係員を呼んだ。
すぐに係員が2人組を組んで、担架を持ってくる。
妹紅はゆっくりとティムを担架に寝かせた。
「追うなら気をつけろよ」
それだけを言い残して、ティムは担架で運ばれていった。
担架を見送った妹紅は、馬に飛び乗り、北の方を向く。
「北の方か。ティム、ありがとよ」
町の方には見向きもせず、妹紅は北へと進路を取った。
北へ向けて妹紅は馬を走らせる。
小石を巻き上げ、馬は風を裂いて荒野を行く。
その馬の足音に重ねるようにして別の足音が入ってきた。
音を聞き付けて、妹紅は馬の足を止め、振り向いた。
振り向いた視線の先には、黒いストレートヘアを風になびかせる少女が、牛に座っていた。
妹紅は知っている。
目の前にいる少女を。
「蓬莱山……輝夜」
怨嗟のこもった声で妹紅は少女の名を呼んだ。
「なんでテメェがこんな所に…………」
ぎらついた目で輝夜を睨む妹紅。
視線の先にいる彼女は、牛の上で余裕の表情を浮かべていた。
「ここにいちゃ、悪いかしら?」
「なんだよその余裕面ァ……」
ゆったりとした表情の輝夜に対して、妹紅は喧嘩腰。
風に吹かれてタンプルウィードが2人の間を転がった。
「さて、貴女はつくことの無い決着をつけるのかしら?」
にやにやと笑いながら、輝夜は妹紅を見つめる。
「だとしたらアタシはあんたの心を徹底的にぶちのめすいい方法を知っている」
妹紅の表情が変わった。
殺気だった顔から、余裕を持った顔へ。
「この『セカンドステージ』で一位を取り、テメーに差をつけてやることだ」
すぐに妹紅は振り返り、馬を走らせ始めた。
輝夜は、彼女の行動を見て呆然とした。
「え……」
いつもなら妹紅は嬉々として襲い掛かってくるはずである。
なのに、この場面では彼女は自分に背を向けて走っていくのだ。
そしてハッとなった。
今自分は『スティール・ボール・ラン』に参加しているのだ。
長い目で見ると、今ここで戦うよりも先へ進んでいった方が良いのだ。
今ここで戦っても、数えきれないほどのライバルに先を越されるのがオチだ。
すぐに輝夜は牛を走らせ始めた。
牛のスピードはぐんぐん上がっていく。
迫ってくる輝夜の牛を視界の端に捉えた妹紅は、ふと頭上に疑問符を浮かべた。
「コイツ……なんで牛なんだ?」
牛のスピードは、馬の半分以下、平均時速25キロメートルである。
にもかかわらず、輝夜は牛に乗ってこのレースに参加しているのだ。
ぐんぐん離れていく妹紅と輝夜。
「のろますぎて逆に可哀そうに思えてくるな」
現在の妹紅の馬のスピード、60キロ。至って変わりない調子。
輝夜の牛のスピード、30キロ。ちょっと無理をしている様子。
大きな差をつけて、妹紅は川に差し掛かった。
川の水を踏むと、川の水が爆裂した。
「うおっ!」
突然の爆発に妹紅の馬はパニックに陥って暴れ、妹紅は揺さぶられる。
「これがティムの言ってた『スタンド攻撃』ッ! だとするとこの先にジョニィたちが……」
川の上流から流れてくる『部品』を見て、妹紅はすぐに川から上がった。
「川は危険ね……ここは川岸を行くべきか」
流れる川のわきにある岩の上を走らせる妹紅。
スピードは格段に落ちるが輝夜は当分追いついてこれないだろう。
現在のスピードは大きく落ちて時速30キロ。
このまま進んでいけば輝夜にも追いつかれないし順調にジョニィたちにも合流できるはずだ。
軽快な調子で滝の横にある岩を登り、河原をゆったりとした速度で駆けていく。
もう輝夜も追いついてこれまい。
憎き輝夜に一杯喰わせた。この事実だけでにやにや笑いが止まらない。
「うふ、うふふふふ……あーっはっはっは!」
叫んで笑いたくもなるものだ。
気分はすっかり上機嫌。最高にハイってやつだ。
馬も妹紅の喜びを感じ、嬉しそうに声を挙げる。
「この調子だとすぐにジャイロたちに追いつけそうだ!」
河原の石もごつごつしたものが少なくなってきて、走りやすくなってきたのでスピードを少し上げる。
顔に当たる風が心地いい。鼻唄の一つでも歌いたくなる。
だが、その良い心地は背後から聞こえてきた爆音で吹き飛ばされてしまった。
ぎょっとして目を見開き、後ろを見る。
爆音と共に水柱が上がっている。
「なんだ……一体?」
爆音と水柱は、どんどんこっちへ近づいてきている。
嫌な予感がして、妹紅は馬のスピードを上げた。
「そこの藤原妹紅! 止まりなさい!」
背後からの声を聴いた妹紅は、やっぱりと思った。
蓬莱山輝夜だ。輝夜が猛烈な勢いで追いかけてきているのだ。
「あののろまな牛が、なんで馬に追いつけるんだよ!」
迫りくる牛の足音に妹紅は舌打ちをした。
対抗して馬のスピードを上げる。
しかし後ろからやってくる重厚な足音はどんどん近づいてくる。
「テメェーッ! どうやってスピードをここまで上げたんだよッ! 80キロは出てんじゃねーかっ!」
輝夜の牛は妹紅の背後まで来ていた。
のろまなはずの牛がこんなにもスピードを出している。この事実に妹紅は焦りの表情をあらわにしている。
そんな妹紅の隣に追いついた輝夜は、妹紅の表情を見てニヤリと笑う。
「爆発よ……川の水が爆発した……何故爆発したかはわからないけど、これを使って牛を加速させ、私の能力『永遠と須臾を操る能力』で牛が最高速に達する『須臾』を『永遠』にしたわ」
じりじりと妹紅から距離を話していく輝夜。
「もう私を止められない。この牛は体力を消費することなく馬以上の速さで走り続けるッ!」
次の瞬間には妹紅の目の前に牛の尻と輝夜の背中が映っていた。
「ちくしょォォ……なんて奴だ。こんな切り札持ってやがるなんて……」
舌打ちをして妹紅は馬を加速させる。
輝夜の背後にきっちり位置取り、輝夜の油断した隙につけ込む作戦であった。
しかし輝夜はぐんぐんと距離を突き放してゆく。
ついに輝夜の姿は小さくなってしまった。
もう追いつけない。
「畜生……逃しちまった……」
歯をぎりぎりと噛みしめながら、妹紅は怨めしげに輝夜が走り去った方を睨んだ。
馬も急にスピードを上げたせいで少し疲れたらしく、スピードが目に見えて落ちてきた。
時速30キロ。馬の走るスピードとしては、遅い方。
そんなスピードで走り続けると、河原に誰かが倒れるのを見かけた。
「ん? 誰だ? コイツ……」
馬の足を止めて、倒れている人を覗き込む。
顔は血だらけでよくわからない。
だが、胴体を見れば彼が何者なのかがよくわかった。
露出の多い革製の服、時計の模様をした刺青。
「こいつが、ティムの言っていた襲撃者……」
馬から降りて、近づいてみる。
僅かに息づかいが聞こえてくるが、しばらくするとそのかすかな息は止まった。
「死んだ……か。嫌なもん見ちまった」
本来なら埋葬するべきだろう。
だが、妹紅にはそんな時間はない。
死体に一瞥したのち、妹紅は馬に乗る。
辺りはもう砂と岩の土地ではなく、柔らかい土にや緑の葉を付けた木が生える幾分か目に優しい土地になっていた。
風景の変化に気付いた妹紅は、一度地図を広げた。
「町から北に行った……町から北に向かうと、そこにはレッドキャニオンがあるんだよな……2人はあの場所に一体何の用があるんだ?」
北の方を向くと、そこには切り立った岩山がそびえ立っている。
「レッドキャニオンはあの先か……」
妹紅は北を目指す。
レッドキャニオン。本来のルートからは少し外れている、いわゆる『寄り道』とも言える場所だ。
再び走り出す妹紅。
彼女の視界には見覚えのある馬の足跡がついている。
あれを追いかければいずれ2人に追いつくことができるだろう。
颯爽と土煙を上げて走る最中、彼女の頭の中に幾つかの疑問が浮かび上がった。
「なぜ、ジャイロとジョニィは襲われるのだろう? ブンブーン一家の件はまだ走行妨害と考えられるが、あの男は『ジャイロとジョニィを襲ってきた』。ティムの話を聞くにそうとしか思えない」
顔に強い風が当たり、長い銀色の髪が旗のように揺らめく。
「それに輝夜がこんな所にいるのかも気になる……ただの遊びだと信じたいが……」
輝夜の顔を思い出した所で、無性に腹が立ってきた。
自分と並んだ時のあの表情。
あれを思い出すだけで手近な物を殴り壊したくなってくる。
「ちくしょー! 今度は何が何でも追い抜いてあの余裕面に一杯喰わしてやるからなアァァァ!」
殴る物が無いので叫びをあげる。
口の中に風が入り込んで一瞬で口の中がカラカラになった。
すぐに水筒の水を飲んで、のどと口を潤す。
「……そういえば、町で水とか補給するの忘れてたな」
手元の水筒を見て苦い表情を浮かべる妹紅。
「アイツら水分けてくれるかなぁ」
ろくな補給もせずに町から飛び出すという失態を犯し、苦い表情を浮かべて妹紅は北へ走る。
走り続けると、地形は再びゴツゴツとした岩が増えてきた
木々は姿を消して、わずかな草が生えるだけの砂漠に突入する。
砂が続く地平線の向こうには、雲を被る岩山がそびえ立っていた。
レッドキャニオン。まさしくその場所がレッドキャニオンである。
「まさか2人とも、あの場所に馬で行ったなんていうじゃないんだろうな?」
雲を纏って威圧感たっぷりに鎮座するレッドキャニオンを見て、妹紅は思わず顔をしかめた。
あんな岩山、馬で登る場所があるのだろうか?
遠目に見ると、そんな考えが浮かび上がってくる。
しかし、妹紅の目の前には蹄鉄の跡が残っている。
間違いなくジョニィとジャイロの馬のものだ。
「……マジで行ったのかよ」
半ばあきれて妹紅は馬を走らせ続けた。
実際にレッドキャニオンのふもとまで来ると、意外と道はあるということに妹紅は気付いた。
馬が行ける道がある。
現に、2人の馬が通ったと思しき跡があるからだ。
蹄鉄の跡こそついていないものの、何かがぶつかって不自然に欠けた岩や、道を作るようにのけられた砂埃が、彼らが通過したことを物語っていた。
彼らの足跡を見て妹紅は、ため息をついて馬を走らせ始めた。
← To be continued...
朝日が差す砂漠を妹紅と馬が走る。
「だいぶ遅れてしまった……何とか巻き返して合流しなくちゃな」
妹紅の顔には焦りが見えている。
ブンブーン一家の件で妹紅はジャイロたちと離れてしまい、距離が大きく離れてしまっているのだ。
だが、合流出来ない訳ではない。
彼女が走るルートの先には、SBR事務局が中継地点の為に作った町がある。
おそらくジャイロたちはそこで疲れを癒しているだろう。
幸いにも妹紅の馬はタフネスに優れ、多少の無理でもものともしない種類であった為、あの町で合流してもすぐに出発できる。
走り続けて数十分。妹紅の視界にレンガの壁が入ってきた。
レンガの壁の陰には、壊れた馬車。
妹紅は、スピードを落とした。
「火を消せ! 怪我人を運び出せ!」
町の中からは、慌てた声が聞こえてくる。
「ん? なんだ?」
妹紅は馬を歩かせて、声のする方へ向かった。
建物の陰から出て、広場へと視線を向ける。
煙を上げる建物。辺りに撒かれた血。鼻につく火薬のにおい。その三つが妹紅を刺激した。
「こりゃ……爆弾でも投げ込まれたか!?」
妹紅は馬から降りて現場に近づいた。
白い煙がまだ立ち上っており、妹紅ののどをチクチクと刺す。
咳払いをして煙を得意の妖術で払う。
若干の視界と空気が確保され、妹紅は煙がまた来る前に壊れた建物の様子を見ようと走り出した。
「ぎゃむっ……」
走る妹紅は、何か柔らかいものを踏んづけてしまった。
「何だ? 今のは……?」
妹紅は振り返って、何を踏んづけたか確かめてみた。
血濡れのカウボーイが倒れいている。どこからどう見ても虫の息だ。
妹紅は知っている。彼の姿を。その踏んづけた時に出た声を。
「あっあー……マウンテン・ティム……」
気まずそうな表情で妹紅は血まみれのティムを見下ろす。
「その声は……ジャイロやジョニィと一緒にいた妹紅か?」
「そ、その通りだ……さっきは踏んづけてスマン」
妹紅はティムに肩を貸して、彼が立ち上がるのを助ける。
「この惨状はなんだ? 一体何が起きたんだ?」
歩きながら妹紅はティムの表情をうかがった。
失血して蒼白になった彼の顔が、妹紅の方を向く。
「爆発だ……ジャイロたちを狙った敵のスタンド攻撃。奴の手に触れられると『部品』がくっつく……くっついた『部品』が外れると『部品』を付けられた物は『爆発』する……」
「そいつは、どんな見た目をしてんだ?」
「顔を覆う黒いベール。黒い革の服を着た、露出の多い服。何よりも目立つのが全身にしてある時計の形のタトゥーだ」
「とんだ変態もいたもんだね……まだこの辺りに潜んでいるの?」
「いや、北の方角に向かって走り出した……ジャイロとジョニィがそれを追っている」
煙が立ち込める広場から離れ、妹紅は近くの係員を呼んだ。
すぐに係員が2人組を組んで、担架を持ってくる。
妹紅はゆっくりとティムを担架に寝かせた。
「追うなら気をつけろよ」
それだけを言い残して、ティムは担架で運ばれていった。
担架を見送った妹紅は、馬に飛び乗り、北の方を向く。
「北の方か。ティム、ありがとよ」
町の方には見向きもせず、妹紅は北へと進路を取った。
北へ向けて妹紅は馬を走らせる。
小石を巻き上げ、馬は風を裂いて荒野を行く。
その馬の足音に重ねるようにして別の足音が入ってきた。
音を聞き付けて、妹紅は馬の足を止め、振り向いた。
振り向いた視線の先には、黒いストレートヘアを風になびかせる少女が、牛に座っていた。
妹紅は知っている。
目の前にいる少女を。
「蓬莱山……輝夜」
怨嗟のこもった声で妹紅は少女の名を呼んだ。
「なんでテメェがこんな所に…………」
ぎらついた目で輝夜を睨む妹紅。
視線の先にいる彼女は、牛の上で余裕の表情を浮かべていた。
「ここにいちゃ、悪いかしら?」
「なんだよその余裕面ァ……」
ゆったりとした表情の輝夜に対して、妹紅は喧嘩腰。
風に吹かれてタンプルウィードが2人の間を転がった。
「さて、貴女はつくことの無い決着をつけるのかしら?」
にやにやと笑いながら、輝夜は妹紅を見つめる。
「だとしたらアタシはあんたの心を徹底的にぶちのめすいい方法を知っている」
妹紅の表情が変わった。
殺気だった顔から、余裕を持った顔へ。
「この『セカンドステージ』で一位を取り、テメーに差をつけてやることだ」
すぐに妹紅は振り返り、馬を走らせ始めた。
輝夜は、彼女の行動を見て呆然とした。
「え……」
いつもなら妹紅は嬉々として襲い掛かってくるはずである。
なのに、この場面では彼女は自分に背を向けて走っていくのだ。
そしてハッとなった。
今自分は『スティール・ボール・ラン』に参加しているのだ。
長い目で見ると、今ここで戦うよりも先へ進んでいった方が良いのだ。
今ここで戦っても、数えきれないほどのライバルに先を越されるのがオチだ。
すぐに輝夜は牛を走らせ始めた。
牛のスピードはぐんぐん上がっていく。
迫ってくる輝夜の牛を視界の端に捉えた妹紅は、ふと頭上に疑問符を浮かべた。
「コイツ……なんで牛なんだ?」
牛のスピードは、馬の半分以下、平均時速25キロメートルである。
にもかかわらず、輝夜は牛に乗ってこのレースに参加しているのだ。
ぐんぐん離れていく妹紅と輝夜。
「のろますぎて逆に可哀そうに思えてくるな」
現在の妹紅の馬のスピード、60キロ。至って変わりない調子。
輝夜の牛のスピード、30キロ。ちょっと無理をしている様子。
大きな差をつけて、妹紅は川に差し掛かった。
川の水を踏むと、川の水が爆裂した。
「うおっ!」
突然の爆発に妹紅の馬はパニックに陥って暴れ、妹紅は揺さぶられる。
「これがティムの言ってた『スタンド攻撃』ッ! だとするとこの先にジョニィたちが……」
川の上流から流れてくる『部品』を見て、妹紅はすぐに川から上がった。
「川は危険ね……ここは川岸を行くべきか」
流れる川のわきにある岩の上を走らせる妹紅。
スピードは格段に落ちるが輝夜は当分追いついてこれないだろう。
現在のスピードは大きく落ちて時速30キロ。
このまま進んでいけば輝夜にも追いつかれないし順調にジョニィたちにも合流できるはずだ。
軽快な調子で滝の横にある岩を登り、河原をゆったりとした速度で駆けていく。
もう輝夜も追いついてこれまい。
憎き輝夜に一杯喰わせた。この事実だけでにやにや笑いが止まらない。
「うふ、うふふふふ……あーっはっはっは!」
叫んで笑いたくもなるものだ。
気分はすっかり上機嫌。最高にハイってやつだ。
馬も妹紅の喜びを感じ、嬉しそうに声を挙げる。
「この調子だとすぐにジャイロたちに追いつけそうだ!」
河原の石もごつごつしたものが少なくなってきて、走りやすくなってきたのでスピードを少し上げる。
顔に当たる風が心地いい。鼻唄の一つでも歌いたくなる。
だが、その良い心地は背後から聞こえてきた爆音で吹き飛ばされてしまった。
ぎょっとして目を見開き、後ろを見る。
爆音と共に水柱が上がっている。
「なんだ……一体?」
爆音と水柱は、どんどんこっちへ近づいてきている。
嫌な予感がして、妹紅は馬のスピードを上げた。
「そこの藤原妹紅! 止まりなさい!」
背後からの声を聴いた妹紅は、やっぱりと思った。
蓬莱山輝夜だ。輝夜が猛烈な勢いで追いかけてきているのだ。
「あののろまな牛が、なんで馬に追いつけるんだよ!」
迫りくる牛の足音に妹紅は舌打ちをした。
対抗して馬のスピードを上げる。
しかし後ろからやってくる重厚な足音はどんどん近づいてくる。
「テメェーッ! どうやってスピードをここまで上げたんだよッ! 80キロは出てんじゃねーかっ!」
輝夜の牛は妹紅の背後まで来ていた。
のろまなはずの牛がこんなにもスピードを出している。この事実に妹紅は焦りの表情をあらわにしている。
そんな妹紅の隣に追いついた輝夜は、妹紅の表情を見てニヤリと笑う。
「爆発よ……川の水が爆発した……何故爆発したかはわからないけど、これを使って牛を加速させ、私の能力『永遠と須臾を操る能力』で牛が最高速に達する『須臾』を『永遠』にしたわ」
じりじりと妹紅から距離を話していく輝夜。
「もう私を止められない。この牛は体力を消費することなく馬以上の速さで走り続けるッ!」
次の瞬間には妹紅の目の前に牛の尻と輝夜の背中が映っていた。
「ちくしょォォ……なんて奴だ。こんな切り札持ってやがるなんて……」
舌打ちをして妹紅は馬を加速させる。
輝夜の背後にきっちり位置取り、輝夜の油断した隙につけ込む作戦であった。
しかし輝夜はぐんぐんと距離を突き放してゆく。
ついに輝夜の姿は小さくなってしまった。
もう追いつけない。
「畜生……逃しちまった……」
歯をぎりぎりと噛みしめながら、妹紅は怨めしげに輝夜が走り去った方を睨んだ。
馬も急にスピードを上げたせいで少し疲れたらしく、スピードが目に見えて落ちてきた。
時速30キロ。馬の走るスピードとしては、遅い方。
そんなスピードで走り続けると、河原に誰かが倒れるのを見かけた。
「ん? 誰だ? コイツ……」
馬の足を止めて、倒れている人を覗き込む。
顔は血だらけでよくわからない。
だが、胴体を見れば彼が何者なのかがよくわかった。
露出の多い革製の服、時計の模様をした刺青。
「こいつが、ティムの言っていた襲撃者……」
馬から降りて、近づいてみる。
僅かに息づかいが聞こえてくるが、しばらくするとそのかすかな息は止まった。
「死んだ……か。嫌なもん見ちまった」
本来なら埋葬するべきだろう。
だが、妹紅にはそんな時間はない。
死体に一瞥したのち、妹紅は馬に乗る。
辺りはもう砂と岩の土地ではなく、柔らかい土にや緑の葉を付けた木が生える幾分か目に優しい土地になっていた。
風景の変化に気付いた妹紅は、一度地図を広げた。
「町から北に行った……町から北に向かうと、そこにはレッドキャニオンがあるんだよな……2人はあの場所に一体何の用があるんだ?」
北の方を向くと、そこには切り立った岩山がそびえ立っている。
「レッドキャニオンはあの先か……」
妹紅は北を目指す。
レッドキャニオン。本来のルートからは少し外れている、いわゆる『寄り道』とも言える場所だ。
再び走り出す妹紅。
彼女の視界には見覚えのある馬の足跡がついている。
あれを追いかければいずれ2人に追いつくことができるだろう。
颯爽と土煙を上げて走る最中、彼女の頭の中に幾つかの疑問が浮かび上がった。
「なぜ、ジャイロとジョニィは襲われるのだろう? ブンブーン一家の件はまだ走行妨害と考えられるが、あの男は『ジャイロとジョニィを襲ってきた』。ティムの話を聞くにそうとしか思えない」
顔に強い風が当たり、長い銀色の髪が旗のように揺らめく。
「それに輝夜がこんな所にいるのかも気になる……ただの遊びだと信じたいが……」
輝夜の顔を思い出した所で、無性に腹が立ってきた。
自分と並んだ時のあの表情。
あれを思い出すだけで手近な物を殴り壊したくなってくる。
「ちくしょー! 今度は何が何でも追い抜いてあの余裕面に一杯喰わしてやるからなアァァァ!」
殴る物が無いので叫びをあげる。
口の中に風が入り込んで一瞬で口の中がカラカラになった。
すぐに水筒の水を飲んで、のどと口を潤す。
「……そういえば、町で水とか補給するの忘れてたな」
手元の水筒を見て苦い表情を浮かべる妹紅。
「アイツら水分けてくれるかなぁ」
ろくな補給もせずに町から飛び出すという失態を犯し、苦い表情を浮かべて妹紅は北へ走る。
走り続けると、地形は再びゴツゴツとした岩が増えてきた
木々は姿を消して、わずかな草が生えるだけの砂漠に突入する。
砂が続く地平線の向こうには、雲を被る岩山がそびえ立っていた。
レッドキャニオン。まさしくその場所がレッドキャニオンである。
「まさか2人とも、あの場所に馬で行ったなんていうじゃないんだろうな?」
雲を纏って威圧感たっぷりに鎮座するレッドキャニオンを見て、妹紅は思わず顔をしかめた。
あんな岩山、馬で登る場所があるのだろうか?
遠目に見ると、そんな考えが浮かび上がってくる。
しかし、妹紅の目の前には蹄鉄の跡が残っている。
間違いなくジョニィとジャイロの馬のものだ。
「……マジで行ったのかよ」
半ばあきれて妹紅は馬を走らせ続けた。
実際にレッドキャニオンのふもとまで来ると、意外と道はあるということに妹紅は気付いた。
馬が行ける道がある。
現に、2人の馬が通ったと思しき跡があるからだ。
蹄鉄の跡こそついていないものの、何かがぶつかって不自然に欠けた岩や、道を作るようにのけられた砂埃が、彼らが通過したことを物語っていた。
彼らの足跡を見て妹紅は、ため息をついて馬を走らせ始めた。
← To be continued...