「…勘弁願いたいぜ、ったく。
無償の善行ってのには、とことん向いてないっていうのにな。」
俺はぶつくさつぶやきながら、抱えたお嬢ちゃんをもう一度眺めた。
石像と化したお嬢ちゃんの体重は、化身したスクリミルとそう大差はない。
この俺も化身すればその膂力は飛躍的に上昇するとはいえ、
これを担いで長時間持ち歩くにはさすがに骨が折れる。
当然、高速飛行など望めそうにねえ。
だが、面倒だからといってそのままに放置すればさっきのスクリミルもどきが
万が一こちらに戻ってきた場合、今度こそ破壊してしまうだろう。
このお嬢ちゃんが動ける状態なら、誰に殺されようが自己責任だ。
だが、本人が身動き一つとれない状態で、なおかつ俺が関わって
誤解されたがために壊されてしまうとなれば、流石に後味が悪すぎる。
「やれやれ、この俺も鷺の民に毒されたかね?」
さて、一体この石にされたお嬢ちゃんをどう元に戻すかね?
最悪、人に見つからぬ位置に置いておくだけでもいい。
俺はポケットに捻じ込んであった地図を取り出しながら、
樹の頂上から注意深く周辺を見回し比較してみた。
周辺の地理は、確かに地図上のものと一致する。
ただし、この現在いるG-6の座標近くに、石像を隠せそうな場所は一切なさそうだ。
最低でも地図にして一マス以上は移動して隣のG-5の町あるいはG-7の城の内部にでも
隠しておく必要があるだろう。やれやれ。思っていたより随分と骨が折れそうだ。
俺は溜息を付きながら緩やかに樹の上から降下し、傍らに石化したお嬢ちゃんを置いた。
移動前に石化の原因を探すべく、元々彼女のいた周辺の捜索を開始してみる。
石化は別に女神アスタルテの専売特許ってわけじゃあない。
現に以前
ミカヤの側にいたあの狼女王も、その眼帯の瞳の魔力を開放し、敵兵を一瞬で石化させていた。
この
参加者名簿の中に、そういった能力が使えるニンゲンが存在しないとも限らない。
そいつに石化された可能性もある。
そうだとすれば、手がかりがあれば少しでも多くつかんでいた方がいい。
このお嬢ちゃんと二人仲良く石像の仲間入りすることだけは真っ平御免だ。
森の中を捜索すること数分あまり。
幸い、このお嬢ちゃんの石化の原因はあっさりと判明した。
傍で発見された鞄と銃器の取扱説明書の内容が、謎の全てを雄弁に語っていた。
石化の原因は、状況から察するにつまりこうだ。
「――つまりはこのお嬢ちゃん、
取扱説明書もろくすっぽ読まずに呪われた武器を喜び勇んで装備した結果、
こういう羽目に陥ったと、こういうことか。」
まるっきり、自業自得だな。
…ったく。主催者サマ側は石化予防策まで考えて腕輪までセットで用意して下さったのに、
当の本人はこの有様か。ここまで底抜けに馬鹿だと、もはや助ける気にもならねえ。
「…ニンゲンのお嬢ちゃんよ?これは世の中の授業料兼さっきの救助料金として貰ってくぜ。」
そういって、お嬢ちゃんの持ち物であった鞄の中身を
残らず自分のものに移し替え、ヒスイの腕輪を腕に嵌める。
余分な鞄は遠くに捨てておいた。
どうせ石になったお嬢ちゃんにゃ不要のものだ。
「とはいえ、流石に何もしないってのも少々気が引けるな。
…釣銭かわりに、もう少しだけ働いてやるとするか。」
このお嬢ちゃんがさっきのスクリミルもどきに見つかり、破壊されてしまうようなら所詮それまでだが、
俺かこのお嬢ちゃんの知り合いが見つかったなら、その中で直せそうな奴をここまで案内はしてやろう。
参加者名簿には確かミカヤがいたはずだ。あいつの『癒しの手』なら、あるいは助かるかもしれん。
あとは全て運次第だ。うまく医者が捕まればいいのだがな。俺がしてやれるのはそこまでだ。
鞄一つの中身ポッキリの格安の料金でここまで働いてやるだなんて、俺はなんて心根が優しいのだろうね?
俺は黒い翼を大きく広げ、化身の為ゆっくりと意識を集中する。
無償の善行と違い、(本人の了承なしとはいえ)報酬あっての仕事ってのはやはり心が踊る。
石化が直ればこいつからさらにふっかけてやるか、
あるいはこいつの知り合いから脱出の為の助力を得るか。
どちらにせよ、そう悪くはない。
俺は化身しながら追加報酬に胸を躍らせていたが、
前方をまさに猪がごとき勢いで迫る蒼髪の何者かの姿を認め、
急ぎ皮算用と化身を中断した。
近づいてくる者を目を凝らしてみれば、それはよく知る男のものだ。
ラグズ王族と並べても遜色のない、筋肉の怪物がごとき体格。
その節くれだったごつい手とは対照的に、握られるは精緻な細工が施された神剣。
ふてぶてしいようでいて、かつ嫌味にはならない野性的で飾らぬ衣装と物腰。
蒼炎のメダリオンを思わせる、その蒼い髪と燃え上がる強い意志を宿す蒼い瞳。
ただし、いつもと違うのは色小姓みたいに侍らせている
外見と情念だけは女みたいな賢者様がいないって事と、
手にした剣が黄金ではなく白銀の刀身を持つ神剣だって事だ。
あの剣は、確かエタルドといったはず。
漆黒の騎士が最後まで手にしていた、神剣ラグネルと二つで対をなす神剣。
今ではベグニオンの宝物庫に厳重に管理されているって聞いているのだが。
…どうにも、分からねえことが多すぎる。
「おっ、アイクじゃねえか。丁度いいところに来やがった。」
俺はなるべく親しげに話しかけながら、さりげなくアイクの全身を観察する。
抜き身の剣こそ携えているが、衣装が血に濡れていないことや
争った形跡が全くない事からも考えて、
このゲームに“乗った”というわけではなさそうだ。
だが、俺はこのベオクの本性を知っている。
誰よりも強い存在と戦いたく、
そして誰よりもまた強くありたい。
そして、戦いこそが全てである。
おそらくはそうであろう。メダリオンの蒼炎の負の気そのものを良い意味で体現している、そういう人種だ。
こいつは無用の殺戮を好む人種ではないが、その魂の本質は漆黒の騎士とそう大差はあるもんじゃない。
事実、あの漆黒の騎士とアイクとの最後の一騎打ちでは、
お互いが正視に堪えぬような出血で全身を朱に染めながらも
その顔には性的快楽など塵芥といわんばりな絶頂の、
いや狂喜の表情を双方が共に浮かべてやがった。
そしてその叙事詩に残る名勝負は紙一重の技量の差でついたが、
勝った方も、敗れた方も心より至福で満ち足りた表情を浮かべていた。
こいつらは自らの生死でさえ些細なものでしかない。
所詮はただの命のやり取りでしかない、
本質はどこまでも陰惨なだけの戦いを、心の底から愛してやがる。
あの一騎打ちの後、親の仇であるはずの相手に“俺の師”だと
誇らしげに語るアイクにはうすら寒いものさえ感じた。
ラグズは一部を除きベオクよりはるかに好戦的だが、
あそこまでタガがはずれているわけじゃない。
あの時の双方の剣には皆が息をのんでいたが、
俺の眼だけは二人の表情までも見逃さなかった。
―――あいつは、あいつらはまともじゃない。平時はともかく、戦乱にあってはあまりにも危険すぎる。
ただし、業の深い“親無し”であるの漆黒の騎士とは違い、
アイクは明確に守るもののために戦っていた人間ではある。
無闇矢鱈に戦いを求める人間ではないだろうが、与えられた環境次第によっては、今後どう化けるかわかったものではない。
卑怯卑劣な手段を厭う竹を割ったような人間ではあるが、その点のみを挙げれば漆黒の騎士も同様である。
それに、同じ剣の師を持ち、そして漆黒の騎士と同じ剣技を持つ剣士だからこそ
主催者達の思惑とは関係なしに、その血と魂が“戦い”そのものを純粋に望まないとも限らない。
態度に裏表がない点は評価してもいいが、やはり用心に越したことはないだろう。
「やはり鴉王か。聞いていたとおりだ。
誰よりも注意深いあんたが俺に今まで気付かなかったなんて珍しいな。
一体、何があったんだ?」
俺は鞄の事を除いたすべてのあらましを説明し、
ついでにあのニンゲンから得た情報をアイクから引き出し、状況を再確認する。
「やはり」「聞いていた通り」とあるなら、あの後あのスクリミルもどき
(参加者名簿では
リチャードという名と人相が一致したが)と出会い、
あいつからある程度の事情を聞かされたのだろう。
しかし、「邪神像」に「鴉の化け物」、そして「怪しい儀式」と来たか。
よくよく、あのニンゲンには嫌われたと見える。
この様子なら、あのニンゲンがもうすぐこの蒼髪の勇者を追ってここまで来る可能性は極めて高い。
この猪突猛進という言葉が誰よりもよく似合う、大猩々のラグズといっても通用しそうな男の事だ。
俺の話をあのニンゲンから聞いて、そのままその足で真っ直ぐにこちらに走ってきたに決まっている。
あのニンゲンにとって許しがたい仇敵(有り難すぎて泣けてくるね)の事を聞かされてそんな態度を取れば、
不審に思わぬ筈がない。必ず、あのニンゲンはこの蒼髪のラグズもどきを問い詰める為に追いかけてくる。
そしてあいつと俺が再び会えば、今度こそ死闘となるだろう。
そしてそうなった場合、この朴念仁に争いを止めさせるよう動かす事は不可能だ。
この野郎、無意識に死神をわざわざ引き連れやがって。しかも尻拭いだけはこの俺にさせる気か?
いや、待て。尻拭いはやはりこいつにやってもらおう。
ならば、むしろ今までの誤解も上手く利用すれば…。
「ま、俺にも失敗はあるさ。しかしこの石像はどうしたものかね?」
そう軽口を聞きながら、ゆっくりとアイクに近づく。
俺は聴覚に意識を集中しながら、今後アイクをどう使うかを考え始めた。
―――リチャードってニンゲンは、この枯葉を踏む微かな音の方角から察するに、
やはりアイクの後を追ってきやがったらしい。
「あんたが面倒みる以上、全て決めればいいだろう。だが、確かに放置するのも少し危ないな。
隠し場所がないなら、鶴嘴かシャベルで地面を掘りしばらく埋めておくってのはどうだ?
石になっていれば呼吸をしてないはずだから、まず窒息死することはないだろう。
治療方法ならミカヤにでも相談すればいい。あいつなら多分なんとかしてくれる。」
…お前も、その程度の発想しか浮かばないのか?
いや、「埋めて隠す」って発想が思いつかない時点で、むしろ俺はお前以下のレベルのおつむなのか?
―――そして、なるほど。この距離なら、そろそろあのニンゲンの視界に入る頃合いだな。
ならば、早々に手を打つか。
俺は白けきった、やりきれない感情を無理やり抑え込み、顔には喜色満面の表情を浮かべ、
ごく自然に見せかけるようアイクに軽く抱きつき、その背を叩いた。
「おお!戦友(とも)よ。やはり頼りになるねえ!ベオクの道具を使うって斬新な発想はこの俺にはなかったぜ。
“皆がお前の事を親友のように語る”っていう噂も、わかる気がしてきた。
やはりお前は俺の“かけがえのない戦友(とも)”よ。ありがたいねえ!」
特に最後の部分には聞えよがしに大声を上げ、周囲の注意を引くように大袈裟に、アイクの肩に手を掛ける。
―――食いついたな、ニンゲン。ついさっきから黙って遠くから様子を伺っているようだが、
殺気がびんびんに感じられるぜ。よおし、効果は想像以上だ。これなら上手くいくだろうな。
「…馴れ馴れしいぞ。それに、当たり前の事を言ってそこまで喜んでもらっても困る。」
そういって、アイクはゆっくりと俺を引きはがそうとするが、その直前のタイミングで自分から離れる。
「やはり、同じ邪神の使徒として正の女神の軍と戦っただけのことはあるな。
できれば後ほどこの恩返しがしたい。俺に何かできないことはないかい?」
俺は感極まったフリをして、今度はアイクの手を握る。
言動がどんどん芝居臭く、馬鹿っぽくなっていくがまあそれはいいだろう。
もちろん、“同じ邪神の使徒”ってあたりだけはあのニンゲンに
聞こえるよう声を大きくしてあるが。
「いや、あんたに特にしてもらいたいことはないな。
しいて言うなら今すぐこの手を放してほしいということぐらいだ。」
アイクは心底嫌そうに、胡散臭そうにこの俺を見つめる。
――だが、どうせ気付いちゃいないだろう。だが、どうせ気付いたところで手遅れだ。
さあアイク、あのニンゲンと血まみれで仲良くやってな。
あいつは武人としてみれば破格の獲物だ。それだけは間違いない。
もし読み通り戦いこそが全ての人生なら、むしろ感謝してもらいたいね。
「あい分かった。では、そうと分かれば長居は無用。
私めは速やかに石像を埋める道具と邪神の巫女殿を探しに参ろう。
アイク殿は邪神の加護を受けた神将として、そのしばしの間
この石像を責任を持って警護して頂きたい。如何かな?」
これまでの中で最も芝居がかった、自分でも吹き出しそうな馬鹿そのものの言葉がスラスラと出る。
そしてアイクの返事を待たず、目の前で急速に化身してみせる。
アイクにとっては化身自体は見慣れた行為だが、こうやって化身した“鴉の化け物”を
平然と見送る場所をあのニンゲンが見ればどう思うだろうなあ?
「では、ごきげんようアイク殿!貴殿にも邪神ユンヌの加護があらんことを!!」
…失笑が漏れ、口の端が笑みで歪むのがとうとう隠しきれなくなる。
化身が完了していなければ、アイクにもこの笑みが見破られていたのかもしれない。
ああ、どうしてこう鴉ってのはこうも業深いのかねぇ。人を欺く事に喜びを感じるのは習性か?
「おい、待て。いくらなんでも決定が強引すぎるぞ。それに話は別に終わっちゃいない。
それといい加減ユンヌを邪神と呼ぶな。先入観が中々抜けないのはわかるが、本人が酷く嫌がる。」
俺はアイクの抗議を綺麗に無視すると全速で上空へと舞い上がり、
人が大勢隠れていそうな場所へとその黒翼を向けた。
さて、手っ取り早くミカヤが見つかればいいのだがね?
移動する直前、一瞬地表にも視点を傾けてみたのだが、
案の定、アイクらしき青い点にさっきのニンゲンらしきものが
負の気をぷんぷんとまき散らしながらにじり寄っていくのが、
遠目にもはっきりと見えた。
――さあて、どうなるものだかねえ?
【G-6/森/初日・日中(12~14時)】
【
ネサラ@暁の女神】
[状態]:打撲(顔面に殴打痕)、化身中
[装備]:あやしい触手@魔界戦記ディスガイア、ヒスイの腕輪@FFT
[道具]:支給品一式×2 清酒・龍殺し@サモンナイト2
[思考]1:ゲームを脱出する
2:とりあえずミカヤ(ないしは少女を助ける手段)の捜索。万一壊されても、それはまあ仕方がない。
3:アイク、達者でな!
[備考]:空になった
ソノラのバッグは、遠くに捨ててあります。
【ソノラ@サモンナイト3】
[状態]:石化中
[装備]:
石化銃@FFT(弾数6/6)
[道具]:弾丸(残り24、他の銃に利用可能かどうかは不明)
[思考]:……
[備考]:石化しているため、一切の思考・行動を行えません。
石化銃は彼女の右手に収まっていますが、右手も石化しているので回収は不可能です。
【アイク@暁の女神】
[状態]:健康
[装備]:エタルド@暁の女神
[道具]:支給品一式(アイテム不明)
[思考] 1:こちらからは仕掛けないが、向かってくる相手には容赦しない
2:ネサラ?…わけがわからん。
3:ラグネルを探す
4:3が出来次第、漆黒の騎士を探す
5:仲間達との合流
6:ゲームの破壊
[備考]:リチャードがアイクの目の前にまで詰め寄っているところです。
最終更新:2009年04月17日 10:55