「これも俺が…。いや、俺達が生き延びる為の術だ。
 アイク、悪く思うなよ。……と言っても無理な相談か。」


アイクにあの興奮気味のスクリミルもどきを押し付け、
黒翼を羽ばたかせて空高く舞い上がり――。

俺は吹き荒ぶ風の中で誰に問うでもなく、
謝罪の体すらなさぬ独り言を呟いていた。


俺はな、アイク。
たとえどのような事をしてでも生き延びて、ここを脱出しなければならないんだ。

――俺が守ってきた者達や、俺が愛する者達の為にな。

俺自身の負債を、決してあいつらに背負わせてはならない。
俺自身の不幸で、決してあいつらを悲しませてはならない。

背負うのは、俺一人で十分だ。
俺は、カラスの王だからな。
…だがなぁ?

俺が生還することであいつらが何一つ苦しむ必要がなくなるなら、
英雄だろうが殺人鬼だろうがとことん利用させてもらうし、
その為の邪魔者がいれば遠慮なく始末させてもらう。

そう。この場を脱出するためならエルランの物真似もやってみせるし、
この殺し合いに乗り狂王もかくやの暴挙をなす事も辞さない。

もし俺がこんな所で死んでしまえば、その後のことは
あのくそ爺やリアーネ、そして俺達の子に全て背負わせてしまうことになる。
だからこそ、それ以外の物事についてはなりふり構っちゃいられないんだ。


――だからな、アイク。お前も俺を恨んでもらって一向に構わないんだぜ?


俺は無事G-5の住宅街上空に到達した。

ニンゲンのように地に縛られて周辺を練り歩くよりは、
こうしてラグズらしく空を駆けるほうがはるかに心地よい。

こうして上空を飛んでいるのは、無論効率上や身の安全上の理由もある。
だが、こうして風が体を撫でる肌触りを、自然と共にあるという確かな感覚を
感じていたいというラグズ的な理由のほうがはるかに勝っていた。
俺がニンゲン臭い生活を送ったところで、やはりラグズはラグズだってことか。

住宅街を低空飛行で一周して様子を確かめてから改めて化身を解き、
適当な住宅を一軒一軒観察を始める。

やはりというか、ニンゲンの影はおろかネズミ一匹見当たらなかった。
ヴォルマルフというニンゲンのおっさんは、ここを会場だと称していた。
そして「皆で仲良く殺し合いのゲームをやってもらおう」とも抜かしていたが。

だったら、その際に邪魔になりそうな住民などは
あらかじめ排除しておいたと普通は考えるだろう。
だが、それにしてはあまりにも不自然な点が多すぎる。

特に気になったのは、町そのものにはほとんど傷らしい傷がないという点だ。
ラグズである俺ですら、これだけの規模の住宅街を作り上げるには、
それなりの人数と労力が必要となることぐらいは簡単に理解できる。

ここに住まうニンゲンを一人逃がさず始末するのだ。
万単位の大規模な軍でも用いなければ、それは不可能である。
当然、殲滅ともなればここにいたニンゲンどもにしたところで
叶わぬまでもそれなりの抵抗はするだろうし、
混乱状態になれば騒ぎに乗じたニンゲン同士の略奪や放火といった
事態も必然的に生じることになる。
そういった事態を全て未然に防がねば、ここまで綺麗な無人の住宅街は作り出せないのだ。

だが、果たしてそのような事が可能なのだろうか?
それを実現するならば、この住宅街の全住民を
誰にも気づかれることなく短時間で始末して、
なおかつ死体や血痕すら完璧に隠ぺいする必要がある。
ニンゲンも、動物さえも問わず。
当然、それは現実的に考えれば絶対に不可能だ。

となれば、住宅街全体にあのニンゲンのおっさんがこの会場に飛ばしたような
大呪文でもかけて生物を無差別的にどこかに飛ばしてしまうしまうしかないが、
この住宅街にはあのおっさんが準備した魔方陣の痕跡も特には見当たらなかった。
この上空からでは、あの魔方陣が存在すれば否応なく目立つはずなのに。

そうなれば、物理的手段でもなければ、魔法的手段でもない、
余人の理解を超える手段でこの住宅街の住民全てを片づけたことになる。
それも、成し遂げるには奇跡にも等しい難業を。

こんな事ができるような存在は、世界そのものを創造し、あるいは滅ぼせるような存在――。
そう、つまりは正の女神アスタルテか負の女神ユンヌ以外に想像がつかない。
あるいは、それらと同等の“奇跡の力”を持つ「何か」が主催側にいるということか。

「……ったく、なんてものに気に入られちまったんだ。」

メダリオン握りしめた狂王の次は
世界を創造した正の女神で、
とどめの相手は、これか?

……ったく、簡便してほしいぜ!

しかもこのとどめ、参加者としてアイクやミカヤ、皇帝陛下がいるのは当然としても、
参加者に「漆黒の騎士」なんて特別付録も追加されていやがる。
ああいう手に負えない怪物まで、容易く“正の使徒”がごとく蘇生させるなんてな。
…これも、そいつが行使できる“奇跡の力”の一端ってことか。

もしかすると、この住宅街自体も住民を排除したのではなく、
住宅街そのものが“無”から創造されたのかもしれない。
そいつが操れる、“奇跡の力”によって。
それなら、この不自然極まる住宅街や、地図上の地政学を無視した城や村の配置も納得がいく。
だが、それらが意味するものは…。



俺は背筋に冷たいものが走るのを禁じえなかった。
身に置かれた状況は、ほぼ絶望的だと言ってもいい。
このゲームから脱出するのは、本格的に不可能かもしれない。

だが、裏を返せばこうも考えられる。

あのヴォルマルフというおっさんはこの住宅街をこんな風にした何者かと違って、
魔法という生臭い手段に頼らねば俺達をこの会場に送り届けることはできなかった。
そして、この首輪がなければ俺達の行動を強制し、支配することさえもできない。

そして、あいつは“ゲーム”の進行役だとも語った。
ならば、そんな生臭い手段に頼らざるを得ない、自らよりはるかに劣るはずの
奇跡の欠片すら感じられないニンゲンごときに“ゲーム”の進行のさじ加減を
全て任せなければならないのだ。
そこに、その主催側の“奇跡の力”にも限界はあると見ていい。

――ならば、少なくともうまく出し抜くことならできるのではないか?

俺はとりあえず、そのように気分を切り替えることにした。
一通りの観察を終えると、俺は手頃な民家から真新しい円匙(シャベル)と鶴嘴を見つけ出し、
デイバッグ(マニュアルによるとそう呼ぶらしい)に詰め込んで再び飛翔した。
この袋、大きさを無視して詰めることができるのは、支給品を確認した際に承知していた。
これからも役立てる機会は増えることだろう。
(しかし、あの滑った触手…。「いろんなところをまさぐる」って一体何に使えってんだ?)

今度は、大鴉の姿に“化身せずに”、そのまま黒翼をはばたかせ空へと駆け上がる。

そう、既に日が傾いてきたからだ。
俺達鳥翼族は、闇夜じゃ視力を失う。
そんなままで、夜ニンゲンに見つかったら
ろくな抵抗もできやしない。

このように化身さえしなければ一応はほぼニンゲン並の視力を保てる。
ただし、このままでは戦闘力も大幅に減じるデメリットも付きまとう。
つまり、さっきのスクリミルもどきのような手練相手では、
一度捕捉されれば逃げることも難しくなるのだ。
これからは、今まで以上に周囲に気を配る必要がある。


やれやれ、本物のカラスってのは相当夜目が効くんだがねぇ?
女神サマも、俺達を実に不便な身体に作ってくださったものだ。
心の中で愚痴りながら、俺はさっきの森の中に戻る前にもう一度周囲を見渡す。


真下を見ると、丁度俺が数分前にいた辺りを
男女三人連れが一列で大通りの端を歩いていた。

この姿での遠目でははっきりと断定できないが、
二人の体の線の細さや顔立ちから考えて、
女が二名、男が一名の編成のようだ。
背が高めの黒髪で肌の白い女が、見たところリーダー格らしい。

周囲を警戒しながら歩いているようだが、
同じような顔をした女二人は見事に連携が取れ、
最後の大男一人もそれなりにではあるが
彼女ら二人の死角をフォローしている。

見事に呼吸が合っていることと、顔立ちがどことなく似ていることから、
女二人は姉妹また親戚などの血縁関係かもしれない。
ミカヤとサナキが姉妹仲良くこの会場に呼ばれたことからも、
それは十分にありえることだ。

その動きの良さや、地上においては付け入る隙がないことから、
彼ら全員が正規の軍隊で特殊訓練を受けた事があり、
それもかなりの手練であるのはまず間違いないだろう。

…だがな?まだ甘い。甘いんだよ、ニンゲン。
お前達は、空を飛ぶことができる種族がいるって事を忘れている。


俺は冷笑に口を歪ませたが、そこではた、と気づいた。


そう、素人なら上空を身落としてもそれは理解できる。
だが、あの者達の動きはどう見ても玄人…、いやむしろ達人のそれだ。

そんな手練三人が揃いも揃って、ついうっかりと上空だけを
見逃してしまう事が果たしてあり得るのだろうか?

テリウスの常識で考えれば、それは絶対にありえない。
鳥翼族を常日頃から相手とするベグニオンの正規軍なら、
上空をまず第一に警戒する。

もし、ここにいるのがあの元ベグニオン軍総司令官サマがリーダーであれば鷹の目もかくやの
ぞっとするような鋭い視線を真っ先に上空に向け、容赦なく矢の雨でも降らせてくるはずだ。
そうしてあいつの生贄になった鷹の民達の末路を、俺は一部始終見せつけられた事があるのだ。

だが、もしかすると、だ。
あの三人組、ラグズという存在自体を知らない可能性がある。

あのリチャードって名前の興奮気味のニンゲンは、
俺達鳥翼族のラグズの事を邪神の使いか何かかと勘違いしていた。
そう。ラグズという存在を、あいつはまるで知らなかったのだ。

そうなれば、上空のみを見逃すという玄人らしくない
失態を三人そろって犯すのも頷ける。

ただし、三人が先にこちらに気づき、逆にこちらを捕らえようと
知らないフリをしている可能性もなくはない。
だが、その可能性も極めて低いだろう。

今はまだ夕暮れ時だ。まだ化身をしても多少は目が効く。
上空で鳥翼族が化身を行い、上空から急降下で心臓をえぐる速度は、ほとんど弓矢や投具のそれに近い。
それを目の前にして、全員が揃って余所見などすればどうなるか、分からないわけではあるまい。

やはり、あいつらはラグズなど見たこともないような異邦の出身か、
かつて女神が沈めたはずの別大陸からやってきたという可能性がある。
そもそも、あの大男の鎧はともかくとして、あの姉妹の衣装は見た事がない。

…やれやれ、死者を蘇生させたと思ったら、今度は異邦人か。
ずいぶんとまあこのゲームの主催者サマ側は手の込んだことで。


このゲームに乗るにしろ、主催を出し抜いて逃走するにしろ、
生き残るためには事前にできるだけ多くの情報は欲しい。
…そうなれば、腹は決まった。

あの石像と化したニンゲンのお嬢ちゃんを埋めるのは、後回しだ。
あいつらと、少し接触してみるか。
交渉次第で、あの石像も元に戻せるかもしれん。

正直、あのお嬢ちゃんの安否自体はどうでもいいのだ。
だが、あのお嬢ちゃんのその知り合いが他の参加者の中にいれば、
恩を高値で売りつける絶好の機会ともなるだろう。


ニンゲンの格言にもこういうのがあったな?

――情けは人の為ならず、ってね。

俺は音を立てないように慎重に羽ばたくと、
上空からゆっくりと三人の後を追った。

          ◇          ◇

三人は町中を散策すると、やがてやや大き目の屋敷を目指し、そちらに入り込んだ。
俺は窓の外から三人の入った部屋を確認すると隣の部屋の窓から侵入し、
壁にへばり付いて聞き耳を立てた。
彼女らに接触する前に、まずは本人達の立ち位置と性格をよく知っておく必要がある。

それに、万が一ということもある。
もし仮に三人ともがこのゲームに乗っており、
そしてしばらくの間共闘する約束をしているのであれば、
迂闊に接触すれば目も当てられない事態となる。

まずは見極めだ。

ラグズの五感は、化身せずとも人間のそれを凌駕する。
幸いにも壁は薄く、内容は俺の耳なら充分に聞き取れるものだった。
耳を澄ませば、食器を取り出す陶器が擦れあうような音や、
喉を鳴らし、何かを咀嚼するような音がはっきりと聞こえる。
どうやら、食事休憩をも兼ねての話し合いらしい。
食事が一段落すると、三人のリーダー格が口を開いた。

『一応聞いておくけど、姉さんもオグマさんもこの殺し合いに乗る気はないんだよね?』

あのメンバーのうち、一人の名がオグマと判明する。
…女にして低すぎる声質と会話の内容から、あの最初に見かけた
リーダー格の背の高い色白の“女”は、どうやら“弟”だったらしい。

チッ、ニンゲンの顔ってやつは白鷺よりもはるかに紛らわしいときてる。
どうせならあの女男、ティバーンやカイネギスみたいに厳つくなりやがれってんだ。

心の中で悪態を付きながら、盗み聞きを続行する。

アティベルフラウ、“ソノラ”は乗らないだろうな。特にアティは積極的に止めさせようとするに違いない。
 ディエルゴが絡んでいるのであれば余計にだ。可能性があるとするなら、ビジュぐらいだが…。』


――ビンゴ。


ポケットにねじ込んであった、肖像画付きの参加者名簿をもう一度確認する。
先ほどのリチャードって奴の顔と名前や、
他の知り合いの顔もこれで完全に一致していた事から考えても、
あのニンゲンのお嬢ちゃんは“ソノラ”で間違いない。
どうやらあの三人、あのニンゲンのお嬢ちゃんと知り合いらしい。

話しの内容から察するに、三人ともゲームには乗っていないようだ。
ならば、今の所は接触する価値は十分にある。
よし、なら頃合いを見て当たってみるとするかね。

しばらく会話が続き、信用しても良い人物と、警戒すべき人物の会話が続く。
俺はその辺に置いてあった筆記用具を頂戴し、
挙がった名前の左隣に小さく◎、○、△、×のチェックを入れ始める。

チェックが一通り終わった頃、唐突に会話が無くなる。
そしてしばらくしてから、筆記用具を走らせる独特の擦過音が聞こえる。
会話が聞こえないように、筆談に切り替えたらしい。


――まさか、気付かれたか?


こちらに侵入するときは気配を絶っていたし、物音は何一つ立てなかったはずだ。
この俺が、潜入においてニンゲンごときに遅れを取るとは思えないが…。

さて、どうする?
このままこの場に居続けるのは、どう考えても良くはならないだろう。
三人にこの俺の存在を気づかれ、警戒されてしまっているのなら、
この後に強襲を受け、取り押さえられる可能性は極めて高い。
こうして会話を盗み聞きし続ける不審人物を、
ただ手をこまねいて放置しておくは思えないからだ。

だが、これまでの会話の内容から考えて、
奴らはこのゲームに乗っているとは到底思えない。
三人がこれ以上警戒心を強める前にこちらから乗り込めば、
会話や交渉に持ち込むことは十分可能なはずだ。

特に、あのソノラってニンゲンのお嬢ちゃんの情報を持ちかければ、
あの三人組も十分に食いつくことだろう。

その場合、黒翼は背中に隠してしまった方がいい。
ラグズの情報は知らせない方がこちらに優位に働くだろうし、
下手に存在を知らせてあのリチャードってニンゲンの時の
二の舞になるのもまっぴら御免だ。

だが、もしこの場を逃げだすのなら、今をおいてほかにない。
相手が武装と準備を整えるのに手間取っている今こそが、
こちらの姿さえ見せずにこの場を退去する最大の好機でもあるだろう。
どちらにせよ、あまり時間はない。
決断は今すぐにでも行うべきだ。

…さて、どちらを選択すべきかね?
どちらが最も賢い選択肢かね?

俺が判断を決めかねていると、静寂の町に死者の名を告げる最初の鐘の音が鳴り響いた…。

【G-5・町・屋敷内/夕方(放送直前)】
ネサラ@暁の女神】
[状態]:打撲(顔面に殴打痕)。
[装備]:あやしい触手@魔界戦記ディスガイア、ヒスイの腕輪@FFT
[道具]:支給品一式×2 清酒・龍殺し@サモンナイト2、筆記用具一式、
    真新しい鶴嘴(ツルハシ)、大振りの円匙(シャベル)
[思考]1:己の生存を最優先。ゲームを脱出する為なら、一切の手段は選ばない。
   2:イスラ達の会話の内容に興味。
   3:ソノラの情報は、今の三人相手に利用できるかもしれない。
   4:逃げるべきか、それともあえて踏み込むべきか…。
   5:脱出が不可能だと判断した場合は、躊躇なく優勝を目指す。

[備考]:この舞台そのものが、ある種の『作りもの』ではないかと考えています。
    そして、このゲームの主催者が女神アスタルテに匹敵する超越的存在であるが、
    同時にその奇跡にも等しい力にも限界があるのではないかと踏んでいます。
    このゲームに、ラグズの存在さえ知らない異邦人が数多くいることを確信しました。
    ネサラはイスラ達が急に筆談に切り替えたことから、こちらに勘付いたと誤解しています。
    ネサラの参加者名簿には顔写真(ネサラは肖像画と認識)が付いており、
    イスラ達から盗み聞きした会話内容を参考に、名前の左隣にチェックを入れています。
    チェック内容はそれぞれこうなっています。

アティが◎
マルス、シーダー、チキ、ベルフラウ、ソノラ、ミカヤ、サナキ、
イスラとオグマとアズリア(名を聞けなかったが、イスラと同じ姓で判断した)が○
アイク、漆黒の騎士、シノンナバールが△
ハーディン、ビジュが×

082 禁忌と衝動 投下順 084 奴隷剣士の報酬
082 禁忌と衝動 時系列順 085 翻弄の道
053 鴉の宿業 ネサラ 084 奴隷剣士の報酬
060 箱庭会議 アズリア 084 奴隷剣士の報酬
060 箱庭会議 イスラ 084 奴隷剣士の報酬
060 箱庭会議 オグマ 084 奴隷剣士の報酬
最終更新:2011年01月28日 08:38