夕日に照らされ茜色に染まっていた空が、夜の帳を下ろそうとしている。
手に持ったツナサンドを頬張りながら、
パッフェルは一人、北北西にある城へ向けて歩いていた。
走っていた疲労と、時間的な要因からくる空腹を満たす為の食べながらの移動だ。
本当ならどこか落ち着いた場所でゆっくり済ませたいところだが、時間と状況が許してくれない。
そもそもこんな殺し合いのゲームを行っているような場所で、ゆっくりと食事ができるような場所があるなら、教えて欲しいくらいだと彼女は思った。
いきなりだが、人という動物は、考える動物である。
考えるという事は、人にとって当たり前の行動であり、時間があればどんな場所や状況だろうと何かしら頭に思い浮かべている。
ましてやこのように、周囲に全く変化がなく、単調な作業をしている時などは、考え事をするのにうってつけの状況だ。
そして人であるパッフェルも、例に漏れず考え事をしていた。
内容は、アズリアの外見について…
(どうして彼女は、“年をとっていなかった”んでしょうか…?)
それは数時間前に彼女と再開した時から、気になっていた事だ。
以前先の傀儡戦争において、帝国方面へ向かった悪魔の軍勢との戦いで、彼女が帝国の将軍として大いに活躍したという話を聞いた事がある。
自分が島を出たのは、今から数十年以上前の事だ。もし彼女が今も帝国にいるのなら、それなりの年齢になっているはず。
なのに、彼女は昔の若い姿のままでいたのだ。しかも、当時の帝国軍の軍服のままで。
イスラのように蘇ったならともかく、そんなことはありえない。
(まさかイスラの言ったとおり、メイメイさんが絡んで……)
そう思ったが、即座に否定する。
確かに自分は彼女の術のおかげで若返ることになったが、それはあくまで結果であり偶発的なもので、意図的に若返る事などできない。
彼女自身、時の流れに干渉するような事は極端に避ける為、もし別に若返る術を知っていたとしても、それを使うことはないだろう。
それに仮にアズリアが若返っているとするなら、自分も若いままであることに何かしらの反応を示す筈だ。
というか、若返らせる事自体に意味があるのかわからない。
…考えられる仮説が一つある。正直ぶっとんだ考えだし、自分でもよくこんなことが思いついたなと感じるが、多分これが一番可能性が高い。
それは、実は彼女は若返っているわけではなく、過去のリインバウムから呼ばれている可能性。
思いついたきっかけは、イスラ達と話をした時。彼は
オグマの剣を見て、様々な世界から参加者やアイテムが集められていると言った。
彼はその場では言わなかったが、これは主催者側である
ヴォルマルフ達にも当てはまる筈。
ならば、異世界の中に時を越える術があってもおかしくはない。
しかしそうなると、先生や
マグナも、自分とは別の時間から呼ばれている可能性もある。最悪自分の事を全く知らない場合も考えられる。
勿論、この説が100%合っているわけではないかもしれないが…。
(とりあえず先生はディエルゴを倒したと言っていたから、私が島を離れた後から呼ばれた事は間違いないでしょう。
ネスティさんは、イスラの話からして時代的に近いですが、私を知っているかどうか微妙ですね…。
まあ何にせよ、知っている人物といえど、接触する時は十分注意した方が良いということは確定ということで…)
そんな事を考えながら、残りのツナサンドを口に放り込む。これからは知り合いといえど、安心して接触できそうにない。
また不安要素が増えてしまったなと、軽く溜め息を吐いていると…
『――諸君、これから第一回目の放送を始める』
主催者側による、一回目の放送が始まった
放送が終わると、パッフェルは筆記用具やチェックの済ませた名簿などをバッグにしまう。
荷物を片付ける彼女の顔は、悔しさや悲しさといった感情に満ちていた。
先ほどの放送で呼ばれた犠牲者の名を呟く。大切な仲間で、かけがえのない人達の名を…
お芋が大好きで、いつも美味しい芋料理を作ってくれるアメル。天使アルミネの生まれ変わりであり、
マグナやネスティとは前世からの縁で結ばれていて、自分にとって親友のような存在であり、同時に恋の好敵手でもあった彼女。
そんな彼女が、死んでしまった。
アティ先生の最初の生徒で、いつも高飛車な態度をとりながらも、島の学校の委員長としてスバル達を纏めていたベルフラウ。
成長して、立派な教師に、そして抜剣者として島を守る存在となった彼女。私を守るといってくれた彼女。
そんな彼女も、死んでしまった。
この殺し合いに参加している以上、絶対に無事であるという保証はどこにもない。
誰か死ぬ可能性だってあることぐらい、わかっていた筈だ。
だがわかっていたとしても、彼女等の死に悲しみを感じないわけではない。
もしかしたら、彼女達を助ける事ができたのかもしれない…そんな後悔の念が頭に浮かぶ。
しかし、それも意味のない想像でしかない事は理解している。
深呼吸をして、気持ちの整理をつける。今は悲しむよりもこれからの事を考えなければならない。
放送の最後でヴォルマルフは言っていた。『優勝者は褒章で死者を蘇らせることができる』と。
それは恐らく本当だろう。実際に自分は死んだはずのイスラに会ったのだ。
もし彼が過去から呼ばれたとするなら、病魔の呪いに侵されていた彼が、あそこまで健康でいられるだろうか…。
無色に与する以降から呼んだとしても、あそこまで簡単にアズリアと和解することができるわけがないのだから。
しかし蘇生が本当だとしても、主催者側が褒章を与える気があるのかを考えると、まずないだろう。
自分が主催の立場にいるとして、散々殺し合いをさせた相手に「では願いを叶えてやろう…」とあっさり生き返らせたらどうなるか…
殺された参加者達が黙っているはずがないことぐらい、容易に想像ができる。
それに主催達が蘇生技術を持っているのなら、彼らからそれを奪取してしまえばいい。
わざわざ優勝して褒章を貰うよりも、そっちの方がより確実だ。
それに、ディエルゴを名乗る存在について気になることがあった。
自分はディエルゴという存在を二つ知っている。
一つは、嘗てあの島に封じられていた過去の召喚師の負の思念から生まれた『ハイネルのディエルゴ』。
もう一つは、大悪魔メルギトスがばら撒いた源罪が、核式の座に根付いた『
源罪のディエルゴ』。
前者は人間や世界を恨み、全てを破壊することだけを考えた破壊者。
後者は島の共界線と亡霊の残り香から魔力と負の思念を吸い上げ、復活を遂げようとしたメルギトスの種。
前者の場合ハイネルの目的からして、こんな事を催すくらいなら、とっとと世界を滅ぼす事を考えるはず。
後者の場合、元がメルギトスであること、源罪が負の感情で成長すること、そして“この情報を今完全に思い出したこと”から、辻褄が合う。
今まで源罪の事を忘れていたのは、情報が広がらないように、自分の記憶にブロックがかけられていたに違いない。
それがアメルとベルフラウの死をきっかけに解けたのだろう。
(となるとこの殺し合い自体、あまり長引かせると危険ですね…)
ディエルゴが源罪であるなら、この混沌渦巻く舞台は最高の肥料になる。
それを利用して復活、更に完全なエルゴになったりしたらもうお終いである。
それに、先ほどの放送を先生やマグナが聞いていたとしたら…混乱していて褒章の話を鵜呑みにしてしまっていたら…
彼らの純粋さ故に、優勝を考えることはないとは言えないのだから困る。
(まあそれが先生達の良い所なんですけど…)
そう心の中で少しだけ苦笑する。
となればすぐにでも出発しようと、パッフェルはバスケットを持って立ち上がる。
この間にもネスティ達が危険な目に遭っているかもしれないのだ。もう時間を浪費するわけにはいかない。
そう思い出発しようとしたその時…
「……この臭いは…」
風に運ばれてくる異臭に、僅かに眉を寄せる。
それは香ばしいというより、何かを焦がしたような…例えば、山ほどの薪を燃やしたような黒ずんだ臭い。
(もしや……火事?!)
臭いは自分の進む先、北から吹く風から運ばれてきている。ふと見上げると、薄い雲のような煙が北の空に漂っていた。
もしこの火災に、ネスティが関係しているとしたら……
(これはもう、城を探索なんて言ってられないかもしれません…)
事は一刻を争う事態。パッフェルは急いで煙の元へと駆け出した。
【C-5/平原/1日目・夜】
【パッフェル@サモンナイト2】
[状態]:健康、移動による疲労(小)
[装備]:弦除去済みエレキギター(フェンダー製ストラトキャスター)
[道具]:エレキギター弦x6、スタングレネードx5、血塗れのカレーキャンディ×1、支給品一式×2(食料を1食分消費)
支給品入れはバスケット&デイパック
[思考]1:火災があったと思われる現場へ行き、ネスティの探索及び手がかりの調査を行う
2:城の書斎を調べて休息を取り、C-3村へとネスティを探す
3:アティ・マグナを探す(その他の仲間含め、接触は慎重に行う)
4:見知らぬ人間と遭遇時、基本的には馴れ合うことは無い
[備考]:放送内容は全て把握。
参加者名簿と地図にそれぞれ死者と禁止エリアの記入をしました。
参加者達は、それぞれ別々の世界・時間から集められていると考えています。
しかし、彼女自身はこの考察に半信半疑の状態です。
水や食料などすぐに使わないものはデイパックに一括して移しています。
最終更新:2009年07月23日 23:10