上村松園


17代目スレ 2007/05/20(日)

 演劇部 部室
マリ「うっわ! くさっ! なにやってるんだ!?」
ハザリア「あ~。いま部室に入ってくるなら、そこにあるマスクを着けろ。
 でないと、カラフルな鼻水が出るぞ」
マリ「部室でエアブラシなんか使うなよ! しかもなんだ、この、気味の悪い絵は!」
ハザリア「気味が悪いとは何だ。
 明治、大正、昭和と活躍を続けた女流画家、上村松園作『焔』の模写ではないか。
 見よ。タイトルとは裏腹に、火炎などひと欠片も描かれてはいない。
 しかし、これはまさしく火炎以外のなにものでもない!
 腰を緩く曲げ、蜘蛛の巣模様の着物を翻して振り返る姿勢!
 お歯黒を塗った歯で後れ毛を噛み締めるこの表情!
 白目に金が混じった恨みがましい目を下に落とし、
 黒髪はとろりと足下まで垂れ落ちて、背景の薄闇に溶け込むようにして消えている。
 あからさまな憤怒でない分、凄艶なまでの妖気が全面から放たれているではないか!」
マリ「幽霊の絵か? 趣味が悪いなぁ」
ハザリア「幽霊ではない! 謡曲『葵の上』に登場した、六条御息所を描いたものだ。
 光源氏からフラグクラッシュされ続け、とうとう生き霊に身を落とした女の姿だ!」
マリ「気味が悪いのは幽霊も生き霊もおなじだ!
 部室にこんなもの持ち込むなよ!」
ハザリア「黙れ、黙れよ! これは次の舞台での小道具だ。
 どこかその辺で適当な模造品を買おうと思っていたのだが、なにぶんルナのやつが部費をケチるのでな!
 仕方がない、俺がラッカー塗料で描いたというわけだ」
マリ「なんでそこでラッカー塗料を使うかなあ」
ハザリア「俺が一番たくさん持ってる塗料だからだ」
マリ「あ、うん。そんなことだと思ってたよ」

ハザリア「というわけで、上村松園だ。1875年生まれ、1949年没。
 京都の葉茶屋で生まれ、美人画を多く発表した女流画家だ。
 幼少のころより絵筆を離さなかったという彼女だが、大スランプに陥った時期がある。
 その発端になったといわれるのが、この『焔』という作品だ。
 天才女流画家ともてはやされた彼女の、スランプと復活を描くのが今回の劇の目的だ。
 マリよ、貴様には上村松園その人を演じてもらう」
マリ「こういう感じの、お化けの絵ばっかり描いてた画家なのか?」
ハザリア「たわけが。『焔』は、上村松園作品では異色中の異色なのだ!
 本来の松園は、文化文政時代の風俗や平安期の色彩、生まれ育った京都の文化、
 さらには新進の西洋画と日本伝統の能が複雑に組み合わさった、極めて高度な技巧を誇る画家だった」ドサドサドサ
マリ「おい、ちょっと待て。なんだその本の山は」
ハザリア「貴様はまず、基本知識が必要だ。取りあえず、これを全部読んでこい!」
マリ「うえ」
ハザリア「それと、この絵も持っていけ。
 だが気を付けろ? 優れた芸術は、ときに人を食らうからな」
マリ「模造品だろ、これ」

 ダテ家
リトゥ「マリ、そろそろ寝たら? ひと晩でそんなに読んでも頭に入らないわよ」
マリ「あ、うん」
リトゥ「あと、その絵だけど、ラッカー塗料くさいわよ」
マリ「その文句はハザリアにいってくれよ」
リトゥ「そうだけど」

マリ「ダメだ。どの本を読んでも、この絵が頭に貼り付いて離れない。
 男を慕うあまり生き霊になった女の絵か。
 見れば見るほど吸い込まれそうだ。
 模造品でこれなら、本物はいったいどれほど」

 演劇部部室
マリ「うらめしや・・・」
ハザリア「やめだやめだ! 貴様、なんだその演技は。
 まるで嫉妬にくるった女ではないか」
マリ「だって、嫉妬にくるった女を描いた絵なんだろ、これ!
 上村松園だって、未婚の母だったっていうじゃないか。
 きっとそのあたりの情念が六条御息所と共鳴して」
ハザリア「出て行け」
マリ「は?」

ハザリア「貴様、絵を見過ぎたな。女の臭いがぷんぷんするわ!
 『なぜこのような凄絶な作品を描いたのか自分でわからない』
 と述懐した松園の気持ちがまるでわかっておらん!
 だからいったのだ、優れた芸術はときに人の精神を食らうのだ!
 かのゴー・ナガイも、『デビルマン』を描いたときには何物かに取り憑かれていたと」
マリ「『デビルマン』て、2004年に公開されたくそつまんない映画だろ。
 そんなのと『焔』はレベルが違うじゃないか」
ハザリア「黙れ、黙れよ! 貴様、なんでよりにもよってそれを『デビルマン』だと思っているのだ。
 なんにしても、貴様は『焔』に取り憑かれ過ぎだ。外で頭を冷やしてこい!」
マリ「なんだよ、バカッ!」
ハザリア「そういうところが、女だというのだ」

 川辺
マリ「くそ、ハザリアのやつ。だいたい、脚本だって悪いんだ。
 当時の文化とか流行のことについてはやけに細かく描写してるくせに、
 登場人物の心情はほとんど語ってない。役者が自前で考えなくちゃいけない作りだ。
 あいつめ、文章力を駆使してわたしにイヤガラセしてるんじゃないのか」
カーラ「久しぶりだね」
マリ「ボーグナインさん」

カーラ「へえ。ニホンの女流画家を扱った劇か」
パラパラ
カーラ「これは・・・、
 この脚本を書いたのは、エイス・ゴッツォとなにか関係があるんじゃないのかい?」
マリ「甥っ子です。最近は、名前も口にしなくなったけど」
カーラ「今後も女優を続けていきたいなら、すぐにこの役は降りるんだね。危険過ぎる」
マリ「ボーグナインさん? なんでそんなこというんですか」
カーラ「恐ろしい子。あたしが数年かかって辿り着いた境地に、もう足を踏み入れ始めている。
 あたしが『紅ジュデッカ』を演じたときもそうだった。
 寝ても覚めても役のことを考えてる。そんなことは、どの芝居のときもおなじさ。
 でも、『紅ジュデッカ』のときはなにかが違った。
 あたしの中に根を張って、あっという間に全身を蹂躙したんだ。
 口調、仕草、癖、あたしのすべてが『紅ジュデッカ』に取って代わられていった。
 ほかの役をやっても、あたしが演じてるんじゃなくて『紅ジュデッカ』が演じてるようになる始末さ。
 千の私を持つべき女優が、そうなったらおしまいさ。
 やがてあたしは、そもそも女優志望じゃなくてダンサー志望だったっていう基本設定すら忘れていった」
マリ「そんな、ボーグナインさんがダンサー志望だったなんて!」

カーラ「たまに、そういう役があるのさ。肉付きの面ていうのかな。
 エイス・ゴッツォ。あいつはそういう男だった。役者を潰す脚本を書くんだよ。
 たぶん、その脚本を書いた子も、おなじになる」
マリ「でも、わたしは、どんな役でも投げたくないんです!
 投げたら、それはあいつに負けたことになる。そんなの、イヤなんです!」
カーラ「なら、強い女優になるしかないね。
 あたしみたいな、ダンサーの夢を忘れるような弱い女優じゃなくて」
マリ「わたしは、ダンサーになる夢なんか持ってません」

 ダテ家
リトゥ「マリ、いい加減に寝なさい!」
マリ「え、あ、うん。お風呂ならあとで入るよ」
リトゥ「もう・・・。あれ、絵、しまったのね」

マリ(上村松園は紛れもない技巧派だった。
 それが、なんで情念を前面に出した『焔』を描いたのか。
 そして、なんでまた技巧派に戻ったのか。
 もう一度、上村松園の人生を見直してみよう。
 明治8年、京都生まれ。生まれる2ヶ月前に父親を亡くしている。
 生まれてからずっと、松園の人生には母仲子が密接に関わってるのか。
 16歳にして『四季美人図』で第3回内国勧業博覧会にて受賞。
 早熟の天才少女と騒がれたけど、才能に頼った作品制作はほとんどしていない。
 明治28年までに、鈴木松年、幸野楳嶺、竹内栖鳳に師事してる。
 師匠の作風はバラバラ。さらに、当時の日本画壇では日本画と西洋画が衝突していた。
 二十代の間には、同年代の池田蕉園とともに美人女流画家としてもてはやされる。
 そして大正7年、『焔』を発表。その後スランプに入る。
 この時期になにがあった? 高村光太郎に呼応する個性の尊重、大正ロマンティシズム、
 平塚らいてうを中心にした女性解放運動。
 昭和9年、母仲子死去。この年の秋、9年ぶりに『母子』を発表する。
 前期と後期で、かなり作風が違うな。
 女性的な丸みを帯びた前期と違って、後期の作品は能や大和絵みたいに洗練されてる。
 幼いころから謡曲を好み、40歳ころから能を学んでいた・・・。
 そうか!」

 本番当日
 ビリビリビリッ!
ヴィレアム『先生!? それは『焔』の下絵じゃないですか!
 それだけでもかなりの価値が・・・!』
マリ『本当なら、本物も破って捨てたいところですよ。画商さん』
ヴィレアム『そんな、あれは先生の最高傑作じゃありませんか。
 スランプのことなら気にしないでください。傑作をものにした芸術家にはよくあることですよ。
 きちんと英気を養っていただいて、今後もああした傑作を』
マリ『あれは、わたしが描いたのではありません。
 時代が、母が、わたしの絵筆を操ったのです。
 ですから、わたしがあのような絵を描くことは今後二度とないでしょう。
 花のうてなに座す心地で、絵筆を振るうだけです』

 舞台裏
レイナ「あらら、いいの? また台本にないセリフいってるけど」
ハザリア「フン、あやつめ。花のうてなのくだりは、松園が晩年に語った言葉ではないか。
 当時四十代そこそこだった女流画家の口から出てくるものか!
 調子に乗られても困る。一応、チクチク嫌味をいうくらいのことはしておこうか」
レイナ「あんたはさあ、なんでそう、ちっちゃいところで陰険なの?」

 ブーーーー
ハザリア「おい、こら、マリぃッ!」
マリ「触るな」
ハザリア「なんだと」
マリ「いまのわたしは、女の部分が強すぎる」

 一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香りの高い珠玉のような絵こそ、
 私の念願とするところである。
                上村松園『青眉抄』

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最終更新:2009年10月17日 11:46
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