【エアロック内】
マリ(通話が切れた・・・・・・。
どういうことだ? わたしが話していたハザリアはニセモノ?
いや、でも、さっきのハザリアが本物だっていう確証はなにもない。
ああ、もう、なにがなんだか。
いや、落ち着け、マリ。一番怖いのはパニックだ。
この際、どっちのハザリアが本物かなんて、どうでもいい。
自分で考えるんだ。こんなとき、あいつなら・・・・・・!)
・・・・・・ざわっ・・・・・・ざわっざわっ
マーズ「あーんあーん!
おにーさんしょーぶには勝ったけど、ヒトとして入れちゃいけないスイッチが入っちまったよー!
おにーさんの今後のじんせーがぁーっ!」
タカヤ「べつに、これでギャンブルにのめりこむわけじゃ」
マリ「そうか、そういうことなのか。
マーズ、もういい。お前の考えはわかった。その小芝居をやめるんだ」
マーズ「えぁ? なにいってんの」
レイナ「四本脚! なんだか言動が不自然だと思ってたけど、まさかあんたが仕組んだんじゃ!」
マーズ「ちげーよ! 仕様上、それはできねーよ!
ロボット三原則第1条『人間を傷付けてはいけない』は、
第2条の『人間の命令に従わなくてはいけない』よりゆーせんされるんだ!」
マリ「マーズ、お前はたしかにわたしたちを操った。
でもそれは、わたしたちを陥れるためじゃない。
生存者を1人でも多くするためだな? 答えろ」
マーズ「『答えろ』って、めーれーすんのはずりーよ」
マリ「思えば、お前の言動は最初からおかしかった。
もともと、このゲームは右か左か当てるだけの単純なものだったんだ。
それをお前は、ルールの穴を突いてみたり、論理学を持ち出したりして、わざわざ複雑にしていた。
決定的なのは、レイナの眼球運動のことなんかを指摘したときだ。
お前には、そういうことを分析する機能があるんだろう。
にもかかわらず、お前の戦績は平凡そのもの。
あまりにもおかしいじゃないか」
マーズ「ちぇっ、芝居っけが足んなかったかな。
だいたいおれは、分の悪い賭けなんかどっちでもいーんだ。
サイショからゲームになんか乗ってなかったんだよ」
マリ「わたしたちに長考を促し、ゲームを長引かせるためだな。
だからタカヤが運否天賦の勝負に乗り出したとき、あんなに慌てたんだ」
レイナ「なんでそんなことしたのよ!」
マーズ「えー、それも答えねーとダメ?」
マリ「死者が1名出た時点で、わたしたちを解放する。スピーカーはそういっていた。
でも、仮にゲームで敗者を決めても、不参加のゼフィア先輩がいる以上、もめ事が起こる可能性は高い。
こういう場合、一番怖いのはパニックだ。
もしもわたしたちが反乱を決意して犯人を刺激してしまった場合、即刻エアロックをあけられる危険もある。
だからお前は、自然に死者が1名出る状況を作ろうとしたんだ」
タカヤ「まさか、ゼフィア先輩を!」
マーズ「あー、そーだよ。たしかにおれは人命を第一に考えるよーに設計されてんよ。
でも宇宙船自体を犯人側に押さえられてる以上、全員を助けるのはあまりにも困難・・・・・・っ!
だから、被害を最小限にとどめるよーに思考回路がシフトしたんだ。
そーすっと、さっさとひとり死んでもらうのが一番安全簡単確実な方法だったんだよ!
でもニンゲンに、そーゆーカルネアデスの板的な決断はできねーでしょ?
だから、ゲームが長引いてる間、不可抗力でひとが死んだとゆー状況に持ってこーと」
レイナ「わからない話じゃないけど!」
マーズ「あー、もー! だからいーたくなかったんだよ!
ゼッタイひかれんもん! やっぱロボには血も涙もねーとかいわれんもん!」
マリ「いや、お前の行動は論理的だ。
でもわたしは、人間だ。全員を助けたい」
マーズ「そーゆー方法があるんなら、あっとー的に指示するけどさ!」
マリ「考えろ、考えるんだ・・・・・・」
【密室内】
ハザリア「つまりわたしたち・・・・・・、チッ、クセが抜けんな。
我々は記憶を消され、
『
ハザリア・カイツである』、『
ゼラド・バランガ』であるという暗示をかけられていたわけだ」
ゼラド「手足だけじゃなくて頭まで固定されてたのは、自分の身体を確認させないためかな」
ハザリア「くだらん茶番だ。
我々は相手の正体を探っているつもりで、鏡に向かって自己分析をしていただけだったのだ」
ゼラド「鏡だったの? でも、そこにある時計はちゃんと読めるし」
ハザリア「簡単だ。バランガ、右手を動かしてみろ」
ゼラド「え、なにこれ? 左右が逆に映ってない!」
ハザリア「小学生レベルの理科だな。
角度を90度にして作られた合わせ鏡は、左右を逆に映さなくなる。
『鏡は左右を逆に映すもの』という先入観が、判断をくるわせたのだ。
つまり我々は、X状に区切られた鏡越しに会話していたのだ!」
ゼラド「でも、待って。鏡があるなら、どうして死体は1つきりしか見えないの?」
ハザリア「それは、妙だな。死体も反射していなければおかしい」
ゼラド「たぶん、鏡の下の部分だけ黒い紙かなんかが貼ってあるんじゃないかな。
この部屋が妙に薄暗いのも、声が反響するのも、単なる雰囲気作りじゃなかったんだよ。
大きな違和感で、ちっちゃな違和感を塗り潰すため」
ハザリア「こちら側とそちら側のパーティションにひとつづつ、
つまり死体は最初からふたつあった。ふざけた話だ。」
ゼラド「ねえ、スピーカーのひと! 聞こえる!?
わたしたちが見た死体が合計ふたつになったのは、10時なんでしょう!?」
ハザリア「ローマ数字でⅩ。ダブルエックス、いやエクスクロスとでもいわせたいのか?」
【エアロック内】
ゼフィア「・・・・・・ゼー、・・・・・・ゼー」
タカヤ「ゼフィア先輩の容態が!」
レタス「タイムリミットまでわずかでしてよ」
レイナ「船室に続くドアはあかないまま。
ねえレタス、あんたのマジックでこのロック、ちゃちゃっとあけられないの?」
レタス「マジックを超能力かなにかと勘違いするのはよしてくださる?
なんのトリックも仕掛けられていない鍵など、フーディーニでも解除できなくてよ。
電子式ともなれば、なおさらです」
レイナ「マリの念動力は」
マリ「念動力っていうのはさ、T-Linkなりカルケリア・パルス・ティルゲムなりないと、
せいぜいオカルトな敵が出てくる直前に『あうっ』とかいうことくらいしかできないものなんだよ」
マーズ「えー、いまさらそんなこといっちゃうんだ」
レイナ「タカヤのテックセットは」
タカヤ「あれ、自分の意志でどうこうできるもんじゃないんだ。
よく考えてみると、俺がテックセットできる理由がよくわからないし」
レイナ「やっぱり、ロボを宇宙空間に出して、助けを呼んできてもらうっていうのが現実的なんじゃ」
レタス「まったくリアルではありませんわ。
エアロックのハッチは機械による開閉式。
人間の力で、あけてすぐ閉めるというわけにはいかなくてよ」
タカヤ「なにか、フタになるものがあればいいんだけど」
マリ(フタか。代わりになるようなものは。
室内にあるものは・・・・・・。
コインが入ってた小箱、毒が仕込まれてる宇宙服、消火用のホース。
ホース。水か。そういえば前に)
マリ「誰か、ソーイングセットを持っていないか」
レイナ「一応、あたしが持ってるけど」
マーズ「あー、カレシのボタンがはずれたときなんかに、
オンナ度アピールするとゆーモクロミのもとに持ち歩かれる、例のあれ」
レイナ「そういうこと考えてるわけじゃ!」
マリ「よし、全員服を脱ぐんだ。縫い合わせて、一枚の大きな布にする」
レイナ「そんなものがフタになるわけないでしょう!」
レタス「いえ、表面張力を利用する。そういうことですのね」
マリ「目の粗いメッシュシートなどをボトルの口に貼り付けると、
表面張力によって逆さにしても水がこぼれない。
前にハザリアのやつが、そんなペテンでリトゥをからかったことがあったんだ」
タカヤ「たしかに、小学生のころ似たような理科マジックを見たことがあるような気がするけど」
マーズ「ムチャだよ! うちゅー空間に液体とゆー概念はねー!
あっという間に凍っちまうよ!」
マリ「凌ぐのは一瞬でいい。後ろから水を浴びせかければ、
マイナス270度の宇宙空間に冷やされて、強固な氷の壁になる」
マーズ「でも、それじゃー、出ることはできても、入ることができねーよ。
せっかく助けを呼んでも」
マリ「外からハッチにドッキングしてもらえばいい。
なにより、この方法なら私たちは電子開閉式のハッチから解放されることになる。
犯人側がわたしたちをどうこうしようと思うなら、直接ここに乗り込んでくるしかなくなるんだ」
マーズ「えーと、ちょっと待って。けーさんしてみる。
うっわ、いちおー、理論上はかのーだ。
でもでも! じつれーがねーよ!
こんなムチャなこと、酔っぱらったインファレンスおじちゃんでもやったことねー!
いーかい、自然界とは不確定なもんで」
マリ「やかましい! 四の五の言うな! 俺のいうとおりにしろ!」
マーズ「ぴぎっ!」
レイナ「マリ、あんたまさか、『演じてる』の?」
マリ「選択肢は少ない。
ゼフィア先輩を見殺しにするか、ムチャな方法でも全員の命を拾うか」
レタス「私は、乗りましょう」スルッ
レイナ「レタス、あんた!」
レタス「犯人のいいなりなるよりも、出し抜いて差し上げる方が痛快ではなくて?」
レイナ「微妙に柄悪いのね、あんた。
ああ、もう! わかった、乗る! あたしも乗る!」バサッ
マリ「よし、すぐに縫い合わせるんだ」プチプチ
タカヤ「わっ、わっ!」
レイナ「タカヤは向こう向いてて!」
マーズ「えーと、えーと、おれは、どーしよー? とりあえず録画しとけばいーのかな!?」
レイナ「あんたは準備体操でもしてなさい!」
マーズ「おいっちにー、さんしっ!」
レイナ「こんなときだけ素直なんだから、このロボ!」
マリ「よし、できた。みんな、いいな?」
レイナ「もう、なんだってやるわよ」
タカヤ「とりあえず、この居心地悪い空間から逃れたい」
マーズ「したら、一緒にいく?」
タカヤ「いや、俺は一応生身だから」
レタス「いつまで目をつむっているのでして?
緊急時なのですから、気にすることはありませんのに。下着は着けているのですし」
マリ「よし、あけるぞ」
バタンッ
ゼラド「みんなぁ!」
ハザリア「ほう、おもしろい格好をしているな、貴様ら」
マリ「・・・・・・エ?」
【船室内】
ゼラド「また、ムチャなことしようとしてたんだねぇ」
ハザリア「そんな薄っぺらな表面張力で宇宙空間と対抗しようとするな!
まったく貴様は、俺が見とらんところで恐ろしいことをするな!」
マリ「うるさいよ! すぐ隣の部屋で女言葉喋ってたやつにいわれたくない!」
ゼラド「思い出してみると、ちょっと面白いよね」
ハザリア「やってる最中は、愉快でもなんでもないわ!」
レイナ「でもあんたたち、縛られてたんでしょ?
答えいっただけで、犯人はすぐに解放してくれたの?」
ゼラド「えっと、それなんだけど」
パチパチパチパチ!
スピーカー『Congratulation! Congratulation! おめでとう!』
マリ「エッ!?」
タカヤ「この声!」
レモン『ハイ、ゼフィア。ご苦労様』
ゼフィア「あまり、面白い役目ではなかったな」ムクッ
レイナ「えぇ~っ!?」
ゼフィア「そう、俺が『スズキアミの親父』だ」
マリ「なんで、ゼフィア先輩がその言葉を」
ラン「ふぅ~、全部終わったようやね。肩凝ったわぁ」
スレイチェル「納得いかん。
『11人いる!』なら、スレイチェルがフロルをやるべきではないのか。萩尾望都的に考えて」
レモン『あなたは去年さんざんひっかきまわしたでしょ』
レタス「先輩たちが、どうして」
ゼラド「わたしたちが監禁されてた部屋で、死体役やってたんだよ」
ハザリア「チッ、ああも薄暗くなければ、肌の色ですぐにわかったところを」
スレイチェル「そのあたりに気付くかどうかも、テストに含まれていたのだ」
レイナ「テストって」
レモン『そうよ。恒例行事でね。
3年生が試験官および問題作成者として、2年生を試験するの。
ランさんは、たまたま近くにいたから手伝ってもらってたんだけど』
マリ「じゃ、わたしが受け取ってた電話は」
レモン『私よ。変声機を使っていたの。けっこう上手かったでしょう』
マリ「いわれてみれば、いつものバカ笑いはなかったし、
助言してるようで、わたしを混乱させることばかりいってたから、おかしくはあったけど」
タカヤ「ゼフィア先輩がメンバーに含まれてたのも?」
レモン『それも私よ。あなたたちの危機感をあおり、ゲームを始めさせるためにね』
ゼフィア「情報は逐次共有していたのだ」
レタス「演技だったんですの、あれは?」
ゼフィア「半分は演技だが、半分は違う。ナンブ、あのクスリはなんだ。
短時間狭心症に似た症状が出るという話だったが、あれでは効き目が強すぎる!」
レモン『だって、しょうがないじゃない。そのグループには演技の専門家がいたんだし』
マーズ「じゃー、じゃー、おれがザワザワいってたのも!」
レモン『あら、それは違うわ。デフォルトで組み込まれていた機能よ』
マーズ「おやじかーっ!? しょーもねーバッチあてやがって!」
ゼフィア「いや、身体検査のときにわかったのだが、かなり基本設計に食い込んだ機能だった。
ついでに外してやろうとも思ったのだが、それでは機能不全を起こす危険があり」
マーズ「ブレスフィールドおじーちゃんだーっ!
なんなんだよ、あの親子っ!?」
ゼフィア「テストを受けたのは全部で18組。
うち半数は、1時間ももたずにリタイヤした。
一番ひどいところは、パニックを起こして船を自爆させようとまでした」
レイナ「当たり前よ! なんでこんな、人間不信に陥るような悪ふざけを!」
ゼフィア「悪ふざけではない。宇宙船乗組員資格の試験だ」
レモン『宇宙というのはね、恐ろしい空間なのよ。
なにが起こるかわからない。だから緊急時に際しての能力が問われるの』
マーズ「うちゅーの怖さ、1人の人間の弱さ、そして生命の大切さってやつね。
おれは、いまさら教わるまでもねーのに」
レイナ「いや、そうでもないでしょう」
レモン『状況を分析し、的確に行動する判断力』
レタス「思えば、手口からはあなたの性格が滲み出ていましてよ」
レモン『リスクを恐れない決断力』
タカヤ「でも、年中あんなことをする気はないよ」
レモン『すべてを疑うこと』
レイナ「べつに疑ってたわけじゃ。あまりにもすべてが怪しかったから」
レモン『それでも仲間を信じて行動する、精神力』
マリ「べつに、そんな大層なこと考えてたわけじゃ」
ゼフィア「お前たちはよくやった。テストを受けた18組中、トップの成績で合格したのだからな」
ゼラド「合格!? 合格なんですか、わたしたち」
ハザリア「フン、俺がいたのだ。当然の結果だ」
マリ「いや、お前今回、あんまり役に立ってないから」
ゼフィア「お前たちは今後、宇宙なり地球なり、それぞれの世界に歩み出すだろう。
その際、今回の経験は大いに役に立つだろう」
レタス『ともあれ、合格おめでとう。では、歩み出しなさい』
ゼフィア「そう、未来へ」
ゼラド「あれ、ちょっと待って?」
ゼフィア「どうした?」
ゼラド「エアロック内にいたのって」
マリ「わたし、レイナ、レタス、タカヤ、マーズ、あとゼフィア先輩だ」
ゼラド「ええと、それで、船室内にいたのがわたしとハザリアくんと」
スレイチェル「スレイチェルとラン殿が死体役として転がっていたな」
ゼラド「あと、レモン先輩を足すと」
ハザリア「フハハハ! なるほど」
ゼラド「11人いる!」
最終更新:2009年10月17日 12:29