29代目スレ 2009/09/05(土)
◆
ケータイの着メロを『CHARGE THE SOUL OF FIGHTERS』に替えてみたら、なにかが変わ
るかも知れないと思っていた。
でも、やっぱりというかなんというか、なにも変わらなかった。
「秋月サン、秋月サン」
上座のデスクで、課長がひとの良さそうな笑みを浮かべていた。
「あ、はい」
「電話。外線の3番」
「あ、すみません」
『あ、咲美さん?』
昼休みも終わり、そろそろ3時のお茶を淹れようかしらという時間だった。
受話器の奥から零れだしたのは、数年ぶりに聞く元クラスメイトの声だった。
「え、レタスさん?」
『お店、押さえておきましたから』
「なんのこと?」
レタス・シングウジの「ほぅ」というため息が聞こえる。あの細長い指で金色の柳眉
を押さえている姿が見えるようだった。
『同窓会。あなたが言い出しっぺじゃありませんの』
「そうだっけ?」
2年後に同窓会をやろう。そういえば、卒業式の日にそんなようなことを口走ったよ
うな気がする。いまのいままで、すっかり忘れていた。
『では、連絡は任せましてよ』
そっけなく言い捨てて、レタスからの通話が切れる。
「秋月サン。私用電話はほどほどにね」
「あ、すみません」
「じゃ、ちょっと、お遣い頼まれてくれる?」
来年定年を迎える課長は、ニコニコした表情をくずさないままデスクの横に積み重ね
られた段ボール箱をアゴで示した。
「これ、クリアファイル1ケース。商工会議所まで届けてくれる?」
「はぁい」
時計を見る。定時までに戻ってこれるかしら。そんなことを考えながら咲美は返事をした。
◆
秋月咲美。24歳。なんということもない小さな文具メーカーに勤めるOLだ。
咲美の家は、最上重工という大きな軍需企業の創業者だった。その会社は、いま人手に
渡っている。べつに、乗っ取りとか企業買収とか、そんな話ではない。咲美には会社経営
なんてとてもムリだから、信用できる専務さんに任せただけだ。いまとなっては、お義理
程度にもらっている株から忘れた頃に配当金が出ることだけが、咲美と最上重工の繋がり
だった。
「いいですか、お嬢さん方!
人種! 年齢! 体質! そんなものは関係有りません!
揺れるのです! 乳は、揺れると信じていれば必ず揺れるのです!
本日ご提供する、この紫雲式エクササイズを、10分! 一日10分続けるだけで!」
課長のお遣いでやって来た、商工会議所のホールの中だった。咲美は、段ボールを抱
えた両肩をがっくりと落としていた。壇上で熱弁を振るっているのは、間違いなく咲美
の元クラスメイトだった。
紫雲克夜だ。月の王国からやって来た留学生が、まだ地球にいるとは思わなかった。
しかも、怪しげな乳揺れセミナーを開いているともなればなおさらだ。
確か紫雲克夜はハーレムを作るために地球にやってきたはずだ。見たところ、その念願
はいまだ叶えられていないらしい。セミナー会場に集まっているのは、40代から50代の
中高年女性が中心だった。紫雲克夜はハーレム願望の持ち主のくせに、やれオールドミス
はイヤだの年下には興味がないだのと、えらくストライクゾーンのせまい人物だった。
「なにをやってるの、あなたは」
「あれ、サッキーさん。直で来たのかい?」
控え室に入るなり、克夜は少し驚いた顔で咲美を出迎えた。
「直もなにも、クリアファイルが一人で歩いてくるわけないじゃない」
「ああ、これこれ。間に合わないかも知れないっていわれて、気が気じゃなかったんだよ」
克夜は段ボールに駆け寄り、クリアファイルの数を確かめ始めた。
「へえ、サッキーさん。このメーカーに勤めてたんだ。知らなかったな」
お役ご免とばかりに控え室を出て行こうとしていた咲美は、ふとした違和感に歩を止めた。
「ねえ、さっきの、なんのこと?」
「え?」
「直で来るとか来ないとか」
「ああ、同窓会だよ。連絡して、すぐあとに来るなんてマメだなあと思って」
「ああ、そのこと。わたしは、さっきレタスに聞いて思い出したんだけど」
「思い出すって、サッキーさんが発案者なんだろう?」
「たしか、そうだったと思うけど。だって、2年も前のことよ?」
紫雲克夜が、見た目だけは端麗な顔を不審そうに曲げた。
「なにいってるんだい?
同窓会やるって、サッキーさんがケータイで連絡してきたのは、ついさっきのことじゃないか」
「ちょっと待って!」
咲美は克夜に詰め寄った。
「わたし、知らないわよ」
「え?」
「そもそもわたし、紫雲くんのケータイ番号知らないもの!」
「学生時代と変わってないんだけどなあ」
「だから、学生時代からあなたのケータイ番号知ってた覚えがないんだってば」
「そうだっけ。そういえば教えた覚えないかもなあ」
「ねえ、その電話の相手、ほんとにわたしだったの?」
「どうだろう」
克夜は自信なさげに首を傾げる。
「『B組のともだち』だなんていうから、てっきりサッキーさんのことだと」
それは皮肉かと、咲美は舌打ちのひとつもしたい気分になった。
◆
大学でも会社でも、高校時代の思い出を楽しげに語る人物に対して、咲美はなんとなく
苦手意識を抱いていた。
咲美は、高校時代にいい印象というものを持っていない。
なにかと華々しかったA組と違って、咲美が所属していたB組はどこか日陰者だった。
生徒も、登校したりしなかったり、たまに登校したかと思えばぷらりとどこかにいってし
まったりと、まったくまとまりがなかった。
そういうクラスだったから、卒業後も格別の愛着が湧くこともなかった。同窓会の計画
が成立したこと自体、咲美には驚きだった。
しかも、同窓会を企画したのは咲美の名を騙る何者かであるらしい。
「あら、咲美さんではなかったんですの?」
会社を定時上がりした、夕刻だ。まだ客の入りの浅いカジノクラブで、ディーラー姿の
レタス・シングウジはさして驚いたふうもなく咲美の質問に答えた。
「わたしは、てっきり卒業式の日にいった件だと思って」
「卒業式?」
レタスが眉をひそめる。
そうだ。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。卒業式前日、レタス・シン
グウジは徹夜で麻雀をしていたとかで、式の間中居眠りをしていたのだ。あんな状態で、
同窓会の話など覚えているはずがない。
「いったい、わたしの名前なんか騙ってどうするつもりなのかしら」
「騙った、というのはまた違うんではないんですの?
あちらは『B組のともだち』と名乗っただけなのですから」
つまり、電話越しとはいえ声で咲美と判別できなかったということか。なんだか情け
なくなってきた。
「べつに、構わないんじゃないんですの?
こんなきっかけでもなければ、同窓会なんてしないでしょうし」
「大丈夫かしら」
「なにか心配事でも?」
いわれてみて、気が付いた。よその星の王族だのなんだのが集まっていたA組と違って、
自分たちはB組だ。紫雲克夜は月の王国騎士の座をほったらかしにしているままだし、
咲美はといえば、せいぜい最上重工の株主という立場しかない。こんな面子を集めたとこ
ろで、誰も損もしなければ得もしない。
「レタスさん、いま実家と付き合いある?」
レタスの家は、マオ社の傘下でそこそこの会社を経営している。
「いえ、べつに。わたくしのとこは、まだお母さまが現役ですから」
「一応調べてみる。なんか危なそうだったら、わたしから連絡するから」
「よろしくお願いします」
べつに結果がどう転んでも構わない、というふうにレタスが白い手を振った。
◆
レラ・ブルーのケータイに連絡すると、出てきたのはなぜか
ヴィレアム・イェーガー
だった。寝起きのようにぼんやりとした喋り方だった。
『ああ、悪い。レラはいま仮眠に入ったとこでさ。
用件があったら俺が聞くから』
どうやら、ヴィレアムはレラとおなじ職場で働いているらしい。
「ねえ、今度、同窓会があるっていう話なんだけど」
『へえ、そうなのか。おい、ちょっと』
受話器の向こうで、なにかごそごそとやり取りしている音が聞こえる。
『ああ、聞いてるってさ。
7時にOG駅前の居酒屋だろ? 間に合うように行くって』
「ねえ、その話、誰から聞いたの?」
『え、なにいってるんだ。咲美から連絡もらったっていってるぞ?』
「それ、ほんとにわたしなの? 『B組のともだち』って名乗らなかった?」
『さあ、どうだろ。おい、レラ、レラ。ダメだ。こうなると起きないから、こいつ』
レラ・ブルーもか。咲美はケータイの通話を切った。
◆
濃厚なアルコールと、タバコの匂いが漂うバーの中だった。
カウンターの奥では、髪にシャギーを入れ、剥き出しの上腕にびっしりとタトゥーを入
れた
ユウカ・ジェグナンが煙管を吹かしていた。咲美をちらりと見ると、ものもいわずに
カウンターにグラスを載せた。
「クイックリー。名前より、ゆっくりと味わって。食前にはちょうどいいカクテルだから」
「えっと、その」
「感謝してんのよ。あたしみたいのをフレンドって呼んでくれて」
咲美はがっくりと肩を落とした。どうやら、ユウカのところにも『B組のともだち』から
連絡が行ったらしい。この、いつも仏頂面をしているくせに感動屋なところがある元不登校児
に真実を告げるのは残酷すぎるような気がした。
◆
指定された居酒屋に行ってみると、カウンターに突っ伏して飲んだくれている男がいた。
腕時計を見ると、また6時前だ。同窓会の開始まで、あと1時間以上ある。
「チックショウ、ディズニーがなんぼのもんだよ。
ピクサーなんて、ピクサーなんて、ちょっと面白くてCGのクォリティハンパねぇだけじゃねえか。
なんだよチクショウ、知名度ないからってどういうことだよ。
俺を誰だと思ってんだよ。
チーズの熱演見たことないのかよ、七色の声を持つっていわれてんだぞ、俺は」
「Pちゃんくん」
ランディ・ゼノサキスだった。声優養成所に入ったとは聞いていたが、どうやらあまり
上手く行っていないらしい。
「なんだ、サッキーか」
ランディはやさぐれた顔で野菜スティックをかじる。
「ねえ、なんでここに来たの?」
「なんだよ、来ちゃいけないってのかよ。
世の中に存在していいのは成功者だけってことかよ。
あのなあ、俺は一度いいたかったけど、
どいつもこいつも、敵味方識別方のMAP兵器の恩恵を甘く見てるんじゃないのか」
「落ち着いてPちゃんくん。
敵味方識別型のMAP兵器なんて、きょうびけっこうあるから」
「チクショウ! 朝の番組か! 朝の番組やってないから悪いのか!」
「べつに朝の番組は」
「あら、Pちゃんさん。いらしてたんですの」
「あ、Pちゃんくん。仕事あるかい、Pちゃんくん」
「うるせえよお前らは、数年ぶりに会うなりなんだ!」
レタス・シングウジや紫雲克夜が店の中に入ってきた。見ると、少し遅れてユウカ・
ジェグナンやレラ・ブルーの姿もある。
「ねえ、みんな、ちょっと聞いて」
それぞれ勝手に席について生中なんか注文し始めた面々を止めて、咲美は上座で立ち上がった。
「今日のこの集まりって、いったい誰が企画したの!?」
「だから、咲美さんなのでしょう?」
「わたしは知らないんだってば」
「でも、『B組のともだち』っていうと」
「俺に、心当たりがあるぜ」
いつの間にか個室の隅っこに移動して体育座りしていたランディがぼそりと呟く。
「何者かが、土の精霊を使役してサッキーそっくりのゴーレムを」
「誰か、サワー系飲むひとー」
「取りあえず注文は串盛りと刺身盛りでよろしくて?」
「・・・・・・」
「あたしはポテトで」
「聞けよ! お前ら、俺の言葉に耳を傾けろよ!
ホントだって! ゴーレムくらいな、俺だって作れるんだって!」
「そういえばPちゃんくん、ミズルくんどうしてる?」
「あいつは留学中だよ! 世間話を始めるな!」
「みんな! フツーに飲み会始める前に!」
咲美が声を上げたときだった。がらりと音がして、個室を仕切っていたフスマが開いた。
「あっ、みんなもう集まってたのね。
久しぶり! B組のお友達!」
咲美たちが所属していた、B組の元副担任、
アクア・ケントルム先生だった。もう相当
歳を召しているはずだというのに、相変わらずラバーベルトを全身に巻き付けたような異様な
格好だった。ここに来る前にいっぱい引っかけていたのか、見えすぎな白い肌がほんのりと
赤く染まっている。
「アクア先生?」
「よかったわ。集まり悪いんじゃないかって心配してたんだけど」
呆然とする一同の前で、アクア先生は平然と座布団に腰を卸してメニューを眺め始めている。
「あっ、取りあえず生中ひとつー」
「あのぅ、アクア先生」
「今日って、ひょっとしてアクア先生が」
「そうよ」
逆さに持った箸で焼き鳥を串から落としながら、アクアは平然と答える。
「だってこういうのって、普通担任が」
「だぁって、ヒューゴったら研修なんていってどっか外国行っちゃったんだもの」
「なんでちゃんと名前を名乗らなかったんですか!」
「え、名乗らなかった?」
◆
蓋を開けてみればくだらないもので、ふと昔が懐かしくなったアクア先生が元B組の
生徒に連絡を取ったというだけの話だった。
「なんなのよ」
なんだかバカバカしくなって、咲美は頬杖をついて生ジョッキを空けていた。
「なんでそういうことで、わたしが招集したみたいな話になったのかしら」
「そりゃあ」
端を器用に使って刺身盛りをそれぞれの皿に配りながらレタスが口を開く。
「『B組のともだち』といわれて、まず連想されたのが咲美さんだったという話ではなくて?」
咲美は、唇をひん曲げてレタスの言葉を受け取った。
咲美にとって、高校時代は特に実りもなにもない、地味な期間のはずだった。
でも、ひょっとしたらそうではなかったのかもしれない。ビールの冷たさがそう語っていた。
※※※
アクア「アーク君とシュウヤ君とクリスちゃんとは連絡が付かなかったんだけど、皆連絡取ってる?
あの子達元気にしてるのかしら?」
克夜「アーク?」
レタス「シュウヤ?」
ユウカ「クリス?」
アクア「あなた達はあんまり関わり合いがなかったかもしれないけど、そういう子達がB組に居たの!」
咲美「兄さんなら高校卒業した後に最上重工の跡取りとして相応しい男になるって、海外に行っちゃたきりです。
たまに聞いた事もない国から手紙が届くけど、こっちから連絡を取るのは無理ですね」
アクア「あの子のことだから、どこでだって元気でやってるでしょうね」
咲美「クリスとシュウヤは一年ぐらい前に、クリスがボクは女王様になるですって冗談言ってたのは覚えてるんですけど、
それからすぐにふたりとも連絡取れなくなっちゃいました」
克夜「ああ、女王様ってそういう・・・」
ユウカ「そういうワークについたら同級生とは連絡とりずらいかもね」
レラ「・・・あの・・・ちんちくりん体型で・・・」
咲美「レラ!スタイルの事ならわたし達クリスに何も言えないから!
それにクリスの性格なら・・・向いてるんじゃないかな」
アクア「かつての教え子がそういう仕事についてるって、なにか複雑な気分になるわね。
仕事に貴賎なしとは思うけど、あの子がレザースーツ着て鞭をもって・・・」
レタス「かつての恩師がそのような格好を未だにされているのを見るのも複雑な気分になりますけどね」
アクア「これは仕方ないの!
DFCスーツはヒューゴとの絆だから脱ぐわけにはいかないの!
ヒューゴとペアルックなの!」
咲美「アルベロ先生ともお揃いですよね」
アクア「うわ~ん。教え子がいじめる~」
ランディ「クリスなら確かに女王様になってるぜ。
ラ=ギアスで神聖ラングラン王国第290代国王にな。
シュウヤはそこでクリスの補佐にやってる。
ラ=ギアスにいるからエーテル通信機でもないと連絡取れないだろうけどな」
克夜「すいませ~ん。子持ちししゃも追加で」
ユウカ「ナンコツから揚げ」
レラ「酎ハイ・・・ライムで・・・」
レタス「冷酒お願いします」
咲美「まぐろかま焼き追加して良い?」
ランディ「これは確定情報なんだって!
ラ=ギアスはホントにあるんだって!
俺が何年言い続けてると思ってんだ、そろそろみんな信じようよ!」
アクア「大丈夫よ、ランディ君。
先生はわかってるから、クリスちゃんはラ=ギアスグループの神聖ラングラン王国ってお店で働いてるのね」
ランディ「全然わかってねー!」
最終更新:2009年10月17日 13:04