ワザワザ。ランル


29代目スレ 2009/06/14(日)

 2月22日(日)
 新しく通う学校の画像をUP。
 明日、転校の手続きに行くちゃ!

 『ガンガンJOKER』創刊号のレビューはちょっと遅れる予定。
 みんな、待ってて! (~人~)


 ##
 変わった学校だとは思った。
 校舎を取り囲む塀が高すぎるし、分厚すぎる。
 たしかに近くに軍の施設があるけれど、まさかそのくらいでミサイル防衛を考えてる
わけじゃないだろう。
 3つに仕切られた敷地の中に、それぞれ小等部、中等部、高等部の校舎が建っている。
進学試験はあるものの、基本的には小中高一貫教育が行えるらしい。少し離れた場所に
は、大学まで建っているそうだ。
 そういう説明を、あたしはほとんど聞き流していた。どうせ、高等部に上がる年齢に
なる頃にはもうこの町にはいない。

「じゃ、明日から一生懸命勉強するんだぞ?」
 わしゃわしゃとあたしの頭を撫でるお父さんの言葉も、あたしは聞き流した。
 お父さんの名前はランド・トラビス、お母さんの名前はメール・トラビス。お父さんた
ちは『ビーター・サービス』っていう名前の修理屋を経営してる。『ビーター』っていう
のはお母さんの旧姓で、もう夫婦共々トラビスなんだから『トラビス・サービス』でいい
じゃないかと思うけど、お父さんにはなんだかこだわりがあるみたいで、昔のままの社名
を名乗ってる。
 修理屋といっても、お店を構えてるわけじゃない。町から町へ、戦争が起こったり、軍
の施設があるような場所を移り住み続ける流れ者だ。
 そういう家の娘だから、あたしはちっちゃなころから転校を繰り返してきた。
 あたしの名前はランル・トラビス
 なんとなく日本語っぽい名前だけど、お父さんもお母さんも日本人じゃないし、親戚
に日系人がいるわけでもない。
 お父さんから2字、お母さんから1字もらっただけの名前だ。
 だから、あたしの名前の意味を日本語で考えることに意味はない。
 日本語ではツギハギだらけのボロ布を『襤褸』と呼ぶそうだけど、あたしとはまったく
関係がない。

 ##
「ランル・トラビス。よろしくお願いしますちゃ!」

 自己紹介をすると、「おや」という空気が教室の中に漂った。
 あたしの喋り方には、ニホンのハカタという土地の方言が混じっている。正確にいう
と、わざと混ぜてある。
 なにしろ、転校生というものは第1印象が大切だ。「面白い子」と思われればその後の
学校生活を楽しく過ごすことが出来るし、逆なら寂しくて退屈な時間を過ごすことになる。

「こんにちは!」
「どこから来たの?」
「えっと、ファンシィ、その前はアメリア大陸の方ちゃ」
「その喋り方、九州だっけ?」
「ちっちゃいころにちょっと、ハカタばおって」
「こっちには、転勤で?」
「パパンがちょっと、こっちで仕事があるって」

 案の定、休み時間になると質問攻めにされた。
 両親をパパン、ママンと呼ぶことも含めて、あたしのハカタ弁はあたしなりの処世術だ。
 交友関係を築くためには、1にも2にも会話が重要だ。でも、初対面のひとと共通の話題
を見つけることは難しい。お天気やニュースの話をし続けるにも限界がある。
 だから、こちらから会話の糸口を用意する。
 そうして会話を続けるうちに、なんとなく仲良くなる。
 転校の多い家の子っていうものは、多かれ少なかれこういう処世術を身に付けているものだ。
 そういう理由で使っているハカタ弁だから、たぶん現地のひとに聞かれたら怒鳴られ
るレベルのハカタ弁だと思う。
 たまに、ちくりと胸が痛むことがある。
 でも、ほんとうにたまにだし、短いことだ。お弁当でも食べれば忘れてしまう。お父
さんのお友達のお医者さんは、コーヒー一杯飲む間に忘れてしまうといっていた。
 あたしがひとつの学校にいるのは、平均して2、3ヶ月、長くて半年程度だ。
 転校が多いのは仕方がない。そしてあたしが子供である以上、1日の大半を学校で過ご
さなくちゃならない。その間、ひとりでしょんぼりしているよりも、みんなで囲まれて
いる方が愉快に決まっている。
 べつに親友を作ろうっていうわけじゃない。しばらく一緒に過ごして、また転校する
ときに送別会のひとつも開いてくれれば十分だ。

 大丈夫。
 あたしは自分に言い聞かせる。
 こういう経験は、社会に出てからきっと役に立つ。
 自分を偽っているような気分は、たしかにある。でも、いまのあたしにはブログがある。
ブログを更新して、コメントがたくさんつくことが、あたしにとって最高の幸せだ。

 ##
 1時限目も終わった休み時間に、ガラッと戸をあけて教室の中に入ってくる子がいた。
 男の子だった。学生服の胸元をだらしなく開けている。中に覗くシャツが、わずかに
赤く染まっていた。一瞬血かとも思ったけれど、よく見えれば青や黄色も混じっている。
絵の具かなにかだろうか。指先なんかはもっとひどくて、皮膚に色素が染みついている
ようだった。

「グレーデンくん」
 遅れて入ってきた担任がため息をついた。
「また遅刻ですか」
「あ、う~んと、あのね、家は、時間どおりに出たんだけど。
 途中でイカす壁見かけて」
 グレーデンと呼ばれた男の子は、寝ぼけ眼のままボンヤリと応える。ちょっと、賢く
ない子なのかもしれない。

「もういいから、席に着きなさい」
「はぁい」
 男の子はとことこと歩いてきて、あたしの隣の席に座った。鞄をあけようともせずに、
机に突っ伏そうとする。
 その寸前、ひょいとこちらを見る。
「誰?」
「あ、あたし? 転校生、ランル・トラビスちゃ!」
「ふうん」
 特に興味を見せることもなく、男の子は本格的に突っ伏してイビキをかき始めた。

 ##
 中学生っていっても、男の子は小学生と大差ない。
「うっしゃ! 見たか、見たか!?」
「うっお! マジ、つま先入ってたよ!」
「パねぇよ、マジパねぇよ!」
「ふっ、甘ぇよ。俺なんかこないだ、昇降口にタッチしてきちゃったもんね!」
「お前、それはウソだろ」
「ウソじゃねえよ! なんなら、やって見せっか?」
「おお、やってみ、やってみ」
「あ、いや、いまはちょっとタイミングが悪いな」
 掃除の時間だっていうのに、男の子たちは高等部の校舎の前でなにかはしゃいでいる。

「あれは、なんばしちょぉ?」
 あたしはホウキを動かしながらチラム人の子に尋ねた。
「男子って、ほんとバカよね」
「高等部にどれだけ近づけるかって、度胸試ししてるのよ」
「高等部って、なんかありよるんの?」

 全体的にヘンな学校だけど、高等部の校舎は一際おかしかった。門構えはやけに厳重
だし、外壁には有刺鉄線まで絡みついている。なんだか、猛獣を閉じこめている檻の
ようだった。

「ちょっと、ヘンなひとが多くてね」
「い~い、ランルちゃん! 高等部には絶対に近づいちゃダメよ!」
「風紀委員の竹刀でぶたれると、一気に10も歳取っちゃうんだって!」
「マッドサイエンティストに捕まって、性別不詳に改造されちゃうんだって!」
「ギャンブルのカタに、ラダム樹のエサにされるんだって!」
「胸が全然育たなくなっちゃうんだってよ!」
「妖怪ほっぺぷにに捕まったら、顔中舐められちゃうんだよ!」
「演劇部の部室に入ったら、腰が砕けるまで駅弁されるんだって!」
「駅弁するって、なぁに? 限界まで駅弁食べたら、お腹が破裂しちゃうだけじゃないの?」
「よくわかんないけど、駅弁したら腰が砕けるってお兄ちゃんがいってた!」
「こわ~い」
 きゃいきゃいと噂話をしている女の子たちを見ていると、男子と大差ないように思えた。

「人型コーラリアンでもおりよっと?」
「まあ、そんな感じ」

 世界中転々としているうちのお父さんにも、妙な知り合いはたくさんいる。でもそうい
うひとたちはあくまで少数派で、世間一般からはあんまり愉快な目で見られていないという
ことはあたしにもわかっていた。

 男の子たちの方から、なにかざわめいている声が聞こえた。
 高等部の昇降口のあたりに、誰かいた。寝癖が付きっぱなしでボサボサの髪の毛を
振り乱し、大きな刷毛のようなものを一心不乱に振りまわしていた。
 ミズル・グレーデンくんだった。あたしの隣に座ってた、なんだかボンヤリした男の子
だ。いまは、背中を向けているからどんな顔をしているのか伺うことはできない。
 ベージュ色の壁にペンキが飛ぶ。下書きもなにもしていないのに、山やら森やら裸婦っぽい
姿が浮かび上がりつつある。あたしには絵のことはさっぱりわからないけれど、あれはたぶん
上手いんだろう。

「あんなことして、よかの?」
「まあ、よくはないんだけど」
「しょうがないよ、ミズルくんは」
「ああなっちゃうと、まわりの声全然聞こえなくなっちゃうし」
 女の子たちは諦めたようにミズルくんの背中を見守っている。
「あの絵って、ひっぺがして売ると凄い値段がつくんでしょ?」
「ああ、それでいつの間にか片付けられてるんだ」
「いくらくらいになるのかなあ」

 賑わっていた女の子たちが、にわかに静まりかえった。
 脇目もふらずペンキをばらまいているミズルくんに向かって、とことこと歩いていく
女の子がいた。
 中等部の制服を着ていた。薄く緑が買ったような、変わった色の髪をしている。小柄
で華奢な体格に似合わない、大きな荷物を肩に担いでいた。
 どこかで見た顔だった。おなじクラスで、窓際の席に座っている女の子だった。ここ
まで一度の会話もない。ずっと頬杖をついて、外を眺めている子だった。
 低い鼻の上に、ちょこんとメガネを乗せてる。度の入っていない、伊達メガネなんだろう。
 女の子は一直線にミズルくんに近づいていくと、脚立をガンと蹴飛ばした。そこまで
近づかれるまで、まったく気が付かなかったらしい。ミズルくんはまともにひっくり返った。

「あ~あ」
「モントーヤさんだ」
「ミズルくんも、かわいそうに」

 女の子たちが、ヒソヒソとなにか噂話を始める。
「あの子、誰ちゃ?」
ラーナ・モントーヤさん」
「ミズルくんの従姉妹なのよ」
「へえ、あんま、似てなかねえ」
「まあ、ミズルくんは、なんていうか、その」
「絵描くしか能がないけど」
「モントーヤさんは、運動も勉強ももの凄いから」
「へえ、頭、よかのねえ」
「でもね、自分じゃ自分のことバカだと思ってるみたいなの」
「ようするにバカにしてるのよ、あたしたちのこと!」

「いい、ランルちゃん! 高等部のひともそうだけど、あの子とも関わっちゃダメよ!」
「あの子、怖かの?」
「怖いのよ!」
「不良には、見えなかけどねえ」
「不良じゃないけど」
「あの肩に担いでるの、なにかわかる?」
「さあ、テニスラケットには見えんちゃけど」
「チェーンソー」
「は?」
「あれで、なんでもかんでも解体しちゃうんだよ?」
「前に地震があって、一年生の子たちが教室に閉じこめられちゃったことがあるんだけどね」
「あの子、あのチェーンソーでコンクリート切り崩して、一年生を助け出しちゃったのよ!」
「それは、よかことなんじゃなかと?」
「まあ、それはそうなんだけど」
「怖いじゃない! そんな物騒なもの持ち歩いてるなんて!」
「ずっと高等部にいてくれれば平和だったのに」
「あの子、中等部なんじゃなかと?」
「中等部だったんだけど、前まで高等部の生徒会長やってたのよ」
「そりゃあ、また、なんでちゃ」
「表向き、高等部に生徒会長が務まるひとなんかいなかったから、
 中等部で一番頭のいい子を出向させたことになってるけど」
「ようするに、高等部に隔離されてたのよ!」
「高等部の妖怪とおなじ穴のムジナよ、あの子も」
「もう、バルマーのお姫さまなんて留学してこなきゃよかったのに!」

 じゃり、と靴底で砂利を踏む音がした。
 いつの間に来たのだろう。件のラーナちゃんがあたしたちのすぐそばを歩いていた。
丸めがねの向こうから、冷めた視線をこちらに向けている。

「あっ、モントーヤさん!」
 女の子たちが一斉に背筋をしゃきっと伸ばす。
「あっ、ねえっ、今日は高等部に?」
「ええ、現会長に引継があって」
「そう、お疲れ様」
「べつに疲れてません」

 特に会話を続けようともせずに、ラーナちゃんはすたすたと歩いていってしまう。
 小さな背中が曲がり角の向こうに消えていくのを見届けて、チラム人の子が「ふぅ~」
と長々とため息をついた。
「怖かったぁ~」
「いい? 学校内でもそうだけど、町中じゃもっとあの子に関わっちゃダメよ!」
「あの子の遣い魔に攫われちゃうんだから!」
「遣い魔ぁ?」
「あ、あたし見たことある見たことある!」
「四本脚でぇ」
「ツノが生えてて」
「キバが生えてて」
「ちっちゃい子をさらって頭から食べちゃうんだって」
「モントーヤさんて、魔女だったんだ!」
 さすがにこれは、根も葉もない噂だろうとは思った。
 コソコソと陰口を囁き合う女の子たちは、見ていて愉快なものじゃなかった。でも、あ
たしは口をはさむことはしなかった。
 女の子が噂話をする生き物なんだってことは、小学3年生のころに理解している。
 あの子はあたしに興味がないみたいだし、だったらあたしだって彼女に興味を持つ理由
なんかない
 3ヶ月もいない学校で、わざわざ波風を立てることもない。
 どうせ、数ヶ月したら誰とも2度と会わなくなるんだ。

 ##
 その日の休み時間も、あたしはクラスメイトたちと当たり障りのないお喋りをしていた。
「ビックリするって、ハカタ弁でなんていうの?」
「え、たまがる?」
「面白ぉ~い!」
「でもランルちゃんて、『ごわす』とかいわないよね?」
「それは、カゴシマ弁ちゃ」
「じゃあ、『ごわスマッシュ』は?」
「それはたまに使うちゃ」
「使うんだ」
「コトバ、直した方がよかかねえ?」
「え、そんなことないよ」
「そうだ! 訛りは直すべきじゃねえっ!」

 突然あたしたちの会話に割り込んできたのは、髪の長い男の人だった。窓辺のあたりで
きゃっきゃとはしゃいでる男子たちに比べると、だいぶ背が高いしガッチリしてる。たぶん、
高校生だろう。

「昔々のアイドルや女子アナは訛りを抜くために涙ぐましい努力をしたという!
 でも、そんなことはいまや昔だ!
 現代のアイドルは、あえて訛りを直さねえ! 女子アナすらも、むしろ訛りを前面に持ってくる!
 そのパイオニアになったのが、そう! べさべさ道産子丸出しなナッチだ!
 若干不登校気味だったナッチがオーディション受けに行ったとき、
 我らがツンク♂兄さんが『訛りは直さんでええ』と発言したことはあまりにも有名だ!
 そう、訛りはかけがえのない個性となった瞬間だ!
 その後も、フクイ弁のタカハシや博多弁のレイニャを産み出した功績はあまりにもデカい!
 もちろん、その素地にはマンガやゲームに存在した関西弁娘の存在があったことは想像に難くねえ。
 そう、訛りはな、プロデュースの一環だったんだ。
 いまどき、ナッチほどあからさまに訛ってる北海道民なんかいやしねえ!
 現に、ナッチとおなじ病院で生まれたカオリンは全然訛ってねえしな。
 デビュー後数ヶ月してから急に訛り始めたレイニャなんか限りなく怪しい!
 タカハシはひょっとしたら天然で訛ってるのかもしれねえけど、
 誰がどう聞いたって訛ってるのに文字で起こすと標準語と大して違わねえってのが悩みどころだ!
 でもよお、それがどれほどの問題だってんだよ!
 灰色のコンクリートジャングルで耳にする、ローカルな味わいに俺たちは心躍らせるんだ!
 訛りが安易なキャラ付けだって断ずるヤロウは、考えが足りねえ!
 圧倒的に考えが足りてねえ!
 ほかのグループに比べりゃ圧倒的にキャラ付けに成功してるハロプロとはいえ、
 世間的には『ああ、女の子がうじゃうじゃいるグループね』ぐらいの認識!
 そんな世知辛ぇ業界で生き残るため、喋れもしない方言を駆使する娘。たちは、
 あまりにも涙ぐましいじゃねえかぁっ!」
「誰、このひと」
「ええっと」

 突然わけのわからないことをまくし立て始めた高校生に、チラム人の子たちは明らかに
ヒいていた。

「あっ!」
 珍しく1時限目から登校してきたと思ったらずっと居眠りをしていたミズルくんが、む
くりと起き上がった。

「カノウ兄弟の、『六神合体ゴッドマーズ』の映画化嘆願書にお母さんのサインが載ってた方!」
「それはべつに俺も兄貴もおなじじゃねえか!
 えっ、ちょっと待て、それ、載ってたのか? 俺の母ちゃんの名前が?」
「ミナキ・トオミネさんでしょ?
 こないだマーくんちでディスク観てたら見つけてさ、大笑いだったよ」
「うわっ、マジかよ母ちゃん、ヘコむよ、それ、いままでで一番ヘコむよ」
「なんか用?」
「お前じゃねえ、おい、そっちの女子中学生」
 頬杖をついて窓の外を見ていたラーナちゃんが、ちらりと高校生を見る。
「うちの姫さんがお呼びだ。お前のサインがいるんだってさ」
「はい」
 ガタンと席を立って、ラーナちゃんはあたしたちの前を通り過ぎようとする。
「あ、ラーナちゃん、頑張るちゃ!」
 ちらりと、丸メガネをかけた目があたしを見下ろした。
「ワザ。ワザ」
 あたしは震撼した。ワザと博多弁を使っているということを、人もあろうに、ラーナ
ちゃんに見破られるとはまったく思いもかけないことだった。あたしは、世界が一瞬に
して地獄の業火に包まれてブレイクするのを眼前に見るような心地がして、わあぁっ!
と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えた。
 信じられないような不安と恐怖があたしの心に押し寄せてくる。

 ##
 あたしが追いついたとき、ラーナちゃんは昇降口でズック靴を突っかけて校庭に出て
行こうとしているところだった。
「あんた、待ちんしゃい!」
 ラーナちゃんは冷めた目でちらりとあたしを振り返った。

「なんでしょう」
「あんた、なんであんなことばいいよるか!」
「なんのことでしょう」
「ワザワザて、ゆうちょったろうが!」
「ああ」
 ラーナちゃんは肩に抱えた荷物を構え直す。
「上手いこと言葉を使っているなと、感心しただけです」
「どういう意味ちゃ!」
「そのままの意味ですよ」
「あたしをバカにしとるんか!」
「いいえ、どちらかというと尊敬しています」
「それを、バカにしとるとゆうちゃ!」

 あたしは足音も荒々しくラーナちゃんに詰め寄った。

「そうやってみんなを見下しよるのは、気持ちよかかね!」

 丸メガネの奥で、ラーナちゃんの目元がぴくりと動いた。
「わたしは誰も見下したりなんてしていません。
 わたしは下を見ません。わたしは上しか見ません。
 ゆえに、わたしの世界の最底辺は常にわたししかいないのです」
「あんたは、みんなになんていわれちょるか、わかっとるんか!」
「なんとなく」
「バケモノを連れて歩いてるなんて」
 ラーナちゃんはぽかんと小さく口をあけると、「ああ、あの子」と呟いた。
「まさか、ほんとにいるちゃ?」
「いますとも。
 うちの地下で300年間、チェーンソーでハリツケにされていたんですけれど、
 わたしが見つけて解放したんです」
「なんで、そんなことしよったと?」
「ウソですよ。いまのはあの子が好きなマンガの話です。
 うちの地下は書庫ですよ」
「おちょくっとるんか!」
「あの子をね、あまりバケモノと呼ばないであげてください。
 1歳にもならないころからバケモノバケモノと呼ばれ続けて、
 自分でも自分がバケモノのような気になってしまっているんです」

 悪いことをいってしまったのかもしれないと、あたしは少しだけ後悔した。
 けれど、言葉を止めることはできなかった。
「そういう気遣いを、どうしてクラスにみんなに向けんちゃ!」
「わたしはそれほど心の広いタチではありません」
「そういうところが、あたしは好かんちゃ!」
 あたしは鞄の中に手を突っ込んだ。分厚い『月刊少年ガンガン』をつかみ出す。
「あんたに、わかるんか。
 転校続きで、どうせ2ヶ月3ヶ月しかいないような場所で、
 なんとか上手いことやろうとしちょるあたしのこと、
 ひとりで涼しか顔ばしちょるあんたに、わかるんかッ!」
「申し訳ありませんが、想像もつきません」
「あたしはあんたをぶっ飛ばす。
 ぶっ飛ばさないとならんちゃ。
 でないと、あたしはあたしの生き方を否定せんといかんちゃ!」

 ラーナちゃんは無言で頷いた。大きな荷物を、どさりと足元に下ろす。勢いよくジッ
パーを下ろした。分厚い革製のケースから、ラーナちゃんの腕ほどもある巨大なチェーン
ソーが現れる。

 廊下の向こうから怖々とこちらをうかがっていた気配が悲鳴を上げた。

「誰か、誰かァーッ!」
「先生呼べッ!」
「あっ、あなた高等部のひとじゃないですか、止めてくださいよ!」
「いいや止めねえ!
 お菓子の食い残しが散乱してる控え室で、
 いつオリメンと2期メンが殴り合いのケンカを始めるかわからねえ。
 初期の娘。にはそういう危うさがあった!
 いまの仲良しこよし集団になっちまった娘。に欠けてる魅力がそれだぁっ!」
「誰か、べつのひと呼んでーっ!」

 ラーナちゃんのチェーンソーが唸り声を上げ始める。
 あたしは『月刊少年ガンガン』を持ち上げた。ラーナちゃん目がけて、思いっきり投げつける。
 チェーンソーがけたたましい音を上げる。
 数ある漫画誌の中でも指折りの分厚さを誇る『月刊少年ガンガン』が、まっぷたつに割られている。
 狙い通り。
 あたしは上履きのまま校庭に飛び出した。
 綴じ込みをバラされた『月刊少年ガンガン』はあたりにページをまき散らしていた。
『ブラッディ・クロス』の月宮が、『仕立屋工房』のマクモが、ラーナちゃんの姿を
包み隠す。
 向こうからは、あたしの位置が見えない。
 でも、いまも変わらず鳴り響くチェーンソーの轟音はあたしにラーナちゃんの位置を
教えてくれていた。

「わあぁっ!」
 喚きながら、『BAMBOO BLADE』の練習シーンのページを跳ね飛ばした。
 たたらを踏む。
 いない。ラーナちゃんはいなかった。
 主をなくし、じたばたと暴れるチェーンソーがアスファルトの上に転がっているだけだった。

「危ないですよ」
 にゅっ、と横から手が伸びた。
 手首をつかまれる。ぐいと、引っ張り寄せられた。身体を地面から引っこ抜かれたよ
うな気がする。身体が宙を舞っていた。投げ飛ばされた。
 背中からアスファルトに叩きつけられる。
 地面に落ちたチェーンソーを止めて、ラーナちゃんは静かにあたしを見下ろしていた。
 あたしはすぐさま立ち上がった。ラーナちゃんにつかみかかる。
 ラーナちゃんは、避けない。あたしを迎え撃つ。

 真正面から、がっちりと組み合った。
 両手が、万力のような力でぎりぎりと締め上げられる。
 華奢な体格からは想像もつかない怪力だった。あの巨大なチェーンソーを自由自在に
操るんだ。ラーナちゃんが見かけよりもはるかに力持ちなのは、当たり前のことだった。

「このッ!」
 あたしは一瞬力を抜いた。こういう駆け引きには慣れていないらしい。ラーナちゃんが
バランスをくずす。
 あたしはヒザを突き上げた。当たらない。
 ラーナちゃんに両肩をつかまれている。ヒザ蹴りに必要な距離を作れない。
 どん、と突き飛ばされる。
 ラーナちゃんはまっすぐに前進してくる。小さな手を、ぬっと突き出した。
 あの手に怪力が宿っているのは学習済みだ。つかまれれば、持って行かれる。あたし
は身を翻してラーナちゃんの死角にまわった。
 痛烈な肘打ちがあたしのアゴをかすめた。視界が一瞬くらりと揺れる。
 襟をつかまれた。上半身を勢いよく振りまわされる。足元がかっさらわれた。しまった。
このあたりの学校じゃ、授業でジュードーを教えているんだ。
 倒れながら、あたしはラーナちゃんの足首をつかんだ。細い足首だった。体重をかけ
て、引っこ抜く。
 ラーナちゃんが転倒する。その上に覆いかぶさろうと、あたしは四つん這いで前進した。
 手首をひんやりとしたものにつかまれた。ラーナちゃんのスカートがまくれ上がる。
細くて白い両脚がしなやかに動いて、あたしの腕に絡みついた。
 関節技なんて、取られてたまるか。
 あたしはむくりと起き上がった。ラーナちゃんの小さな身体を、『勤しめ! 仁岡先生』
のページに叩きつけた。
 ラーナちゃんは止まらない。地面の上を転がって、あたしを転倒に巻き込んだ。
 組み合ったまま、あたしたちはページが散乱するアスファルトの上をごろごろと転がった。
 すぐ目の前に、ラーナちゃんの顔があった。丸メガネはいつの間にか吹き飛んでいる。
白い頬に、『ブレイド三国志』のページが貼り付いていた。白くて、長い首を持っている。
喉のあたりの皮膚が薄くて、青白い静脈の筋が透けて見えていた。ゾクゾクと、なにか
たまらなく悪いことをしているような感覚に襲われる。
 あたしはメチャクチャに拳を振るった。
 『屍姫』の銃撃シーンを打ち抜いてラーナちゃんの顔面を殴る。
 『ソウルイーター』のアクションシーンをまとわりつかせながら小さな拳が飛んでくる。
 頭の奥が、じんわりと痺れてくる。
 拳が痛い。指の間接が擦り切れて真っ赤になっている。
 誰かを殴るっていうことは、自分の拳も痛めるっていうことだ。
 いつだったか、お父さんに言われたことを思い出す。

「そいでも、やめるわけにはいかんちゃ!」

 『鋼の錬金術師』のエドがなんか叫んでるシーンを払いのけながら、あたしは拳を振り上げた。
 柴田亜美の鼻血流してるカットが、猛烈な勢いで迫ってくる。
 ガン、と重い衝撃が来る。
 打たれた。眉間の真ん中だ。意識が遠くなる。
 棒立ちになったあたしを、突き飛ばす力があった。抵抗できない。背中から倒れる。
両肩に重みがかかる。起き上がれなくなる。
 ラーナちゃんがあたしの両肩にヒザを乗せていた。頬に出来た擦り傷が、とても痛そうだった。
 あたしは、動けなかった。重みを伴った空気がせわしく口を行き来している。心臓も
肺も、いまにも破裂してしまいそうだ。とめどめなく流れる汗が頬を伝っていく。
 やられる。あたしはぎゅっと両目をつむった。
 予想していた攻撃が、来ない。
 いったいどうしたんだろう。

「違う」

 何秒間そうしていただろうか。ラーナちゃんの震える声が耳に入った。
 あたしはおそるおそる目を開いた。
 はっ、と息を飲む。
 あたしを屈服させながら、ラーナちゃんはとても悲しそうな顔をしていた。

「違う。わたしは、こんなことをしたいんじゃない」

 ラーナちゃんの上半身が崩れる。あたしの顔の左右に手を置いて、がっくりと項垂れた。

「わたしは、みんなとうち解けることができない。
 だから、あっさりとうち解けて見せたあなたを、すごいと思ったんです」
「うち解けてなんか」
「そんなことをいわないでください」
 ラーナちゃんは真上からまっすぐにあたしを見る。
「わたしは、あなたと友達になりたいと思ったんです」

 ズルいと思った。
 こんな場所で、こんなタイミングで、そんな顔をして、そんな弱々しい顔をされたら、
わたしはこの子を抱きしめるしかないじゃないか。


 2月25日(水)
 新しく友達ができたちゃ!
 顔は、ちょっと前にジャンプSQで打ち切られた『TISTA』にそっくり!


 あたしにとって、友達なんていうものはほんの2、3ヶ月愉快に過ごして、
それっきり2度と会わない程度の存在だった。
 だからたぶん、転校したくないと思うのはこれが生まれて初めてのことだった。

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最終更新:2009年10月24日 03:00
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