30代目スレ :2009/10/08(木)
「ミスティリカさん、その、にへらにへら笑いながらカクテルを作るのをやめてくださいまし」
「あらレタス先輩、カクテルには作るひとのハートがこもるものなんですよ」
「カクテルになにを混入するつもりなんですの?」
OG町の裏通りにあるカジノバーの中だった。抑えられた照明の下で、背広姿のビジネスマン
や、いかにも自由業者風な男達がウロウロしている。そこかしこから唸り声や歓声が起こ
っていた。そんな店内をじっと見つめているのは、ダークスーツで決めた体格のいい男たちだ。
少し前から、ミスティリカはこのカジノバーでウェイトレスとしてアルバイトをしていた。
「あなたは一応未成年なのだから、
カクテルなど作ってくれるなと店長にいわれたばかりなのを忘れたんですの?」
「あら先輩、お客様の評判は」
「同級生に向かって先輩と呼ぶのは、なにかのイヤミなんですの?」
「業界じゃ先輩じゃないですか」
「なんの業界ですの」
「バイト先に決まってるじゃないですか」
「それはたしかに、そうですけれども」
「それに、わたしの見立てでは、
レタス先輩は
OG学園でもっともイイ感じのアヘ声を出すに違い有りません。
敬語を使わざるを得ません」
「そんな屈辱的な敬意の払われ方は生まれて初めてでしてよ!」
「いいから、ちょっとアヘ声出してみてくれませんか?」
「そんなもの、人前で出したことはありません!」
「きゃっ、人目に付かないところでは出してるんですね」
「あなた、アトリームに帰ってくださらなくて?」
「いやだ先輩、アトリームはとっくに滅びて、わたしは単なる地球生まれの地球育ちですよ」
「ですから、かつてアトリームがあった宇宙空間に」
「もう、先輩ったら冗談ばっかり」
レタス・シングウジはまたぷりぷりと小言を続けるが、その声は相変わらずアヘ声が似合いそうだった。
●
ミスティリカは現在、OG町内のマンションで一人暮らしをしている。
それというのも、ここ最近実家にシェルディアとレムのルージュ姉妹がよく遊びに
来るようになったからだ。シェルディアは、昔アンジェリカの父ミストのことが好きだった
らしい。あくまで昔のことで、現在のシェルディアの心中は誰にもわからない。しかし、
昔から嫉妬深い性格をしていたらしいミスティリカの母アンジェリカの心中が穏やかで
ないことは子供でもわかった。
アンジェリカの気持ちなどお構いなしにルージュ姉妹は遊びに来るし、父ミストは
(もう妻子がいるのにこんな気持ちになる俺に人の親たる価値はあるのか?)と廊下で
愚痴っているし、母アンジェリカは(今さら夫のことを信じられない私ってなんて最低の
屑なのかしら)と呟きつつも日に日に殺伐とした目つきになっていた。
子はカスガイというが、カスガイたる自分がこの状況で家を出たら、レックス家はどんな
ことになるのかしら。そんなことを考えるといてもたってもいられず、ミスティリカは
単身OG町への引っ越しを決めたのだった。
今度里帰りするときには、肌の色が違う弟か妹か、もしくは腹あたりの風通しがやけに
よくなった父に会えるかもしれない。
(ああ、自分の家庭の崩壊を面白がるなんて、わたしってなんて最低の屑なのかしら)
そんなことを考えると、ミスティリカのメガネはまた曇るのであった。
●
カジノバーでのアルバイトは夜10時に終わる。
もちろんカジノバーは深夜過ぎまで営業しているが、いくらアヘ声が上手いとはいえ
レタスもミスティリカも未成年なのだから、深夜まで働かせることは出来ないそうだ。
「だから、アヘ声なんて出しませんし、そもそもアヘ声とはなんのことやらわかりませんし!」
「またまた、レタス先輩は」
「その、にへらにへらした笑いをやめてくださらないかといっているんです!」
「じゃあ先輩、明日また学校で」
「宇宙空間に投げ出されてしまえばいいのに!」
レタス・シングウジは相変わらずアヘ声がしっくりしそうな声を上げて、ミスティリカ
とは別方向に歩いていった。
ここ最近、ミスティリカはいたく気分がよかった。
転校先がよかったのだろう。素敵な出会いもあった。ミスティリカのメガネは連日
曇りっぱなしだった。やはり、事前に調べたブログで「ヘンな学校」と紹介されていた
ところを選んでよかった。
「おい、あいつ」
「そうだよ」
「間違いねぇ」
「おい」
夜道の影から、男たちの囁く声がした。ばたばたと統制の取れていない足音が近づいて
きて、ミスティリカを取り囲んだ。街灯は遠く、周囲の民家はすべて明かりを落としている。
4人、いや5人いる。学校の制服らしき、白いワイシャツとスラックスという服装だった。
運動部なのだろう。肩や腿の筋肉が分厚く盛り上がり、服の布地を押し上げている。
手を抜いた筋肉だ、とミスティリカはそう思う。
筋肉には白筋と赤筋という種類がある。短時間のトレーニングで手っ取り早く身に付けた
ものが白筋で、長時間じっくりと鍛えることで作られるものが赤筋だ。赤身魚と白身魚で
考えればわかりやすい。白身魚はちょろちょろと泳ぎ回り、赤身魚は悠然と泳ぐ。
ミスティリカが好むのは、長時間自分の肉体をいじめ抜いた結果作り上げられる、
鋭くしなやかな赤筋だし、そういう筋肉を作り上げる人格だった。
「お前、OG学園の生徒だろ」
「この間、剣道大会に来てた」
「叫んでたよな」
「陵辱、されたいんだって?」
男達が着ている制服はOG学園のものではない。なぜ自分を知っているのだろう。そういえば
先日、
ゼフィア・ゾンボルトが出場した剣道の大会にくっ着いて行って、「あぁ、ゼフィア先輩
スゴい! 来て! 陵辱すればいいじゃない! メチャクチャにすればいいじゃない!」と叫び
続けて会場からつまみ出されたが、そんなものは些細なことだ。
「好きなんだろ? 陵辱」
「してやるよ」
「グチャグチャにさあ」
「来いよ、ほら」
ごつごつしていて、指毛の生えた手がミスティリカの胸元に迫る。
ミスティリカは男の腕をかわし、ついと一歩前に出た。腰に手を伸ばす。カクテルの
飾り付けに使うフルーツを切るためのペティ・ナイフを抜き出した。すぐ目の前には
野太い首がある。ミスティリカはペティ・ナイフを持ち上げた。白膨れした首に突き立てる。
「え?」
男がたたらを踏む。ぎょろりと目玉を動かして、自分の首筋を見る。それでも、自分の
身になにが起こったのか理解出来ないらしい。
前斜角筋と中斜角筋の間、動脈や神経の隙間をすり抜けて、刃先は気道にも食堂にも達
していない。ナイフが栓になって、出血はほとんどない。痛みすらない。にも関わらず、
首には間違いなくナイフが突き立てられている。こんな状態に陥るのは、生まれて初めて
に違いない。
「ぎゃああぁぁっ!」
男が喚いて首筋に手を伸ばそうとする。その手首を、ミスティリカははっしとつかんだ。
「あらダメよ。せっかく綺麗に挿入したのに、下手に動かしたら、無様なことになるわよ」
「ひぃ、ひぃぃっ!」
「てめぇ、なにしやがった!」
後ろから肩をつかまれる。ミスティリカは、今度はアイスピックを抜き出して、指の股に
突き刺した。汚らしい悲鳴が起こる。
「あぁ、メガネ透けるわ」
ミスティリカは生真面目な男性が好きだった。正確にいえば、自分を生真面目な人間
だと思いながら獣欲に抗えず、ことに及んだ後になってから果てしのない自己嫌悪の
沼地に没してしまうような、そういう危うい人物が大好きだった。高潔ぶっている人物
が他人を汚し、その実自分自身の人格を陵辱している様は、想像するだけでメガネが曇る。
この男達は違う。生真面目でもなければ高潔でもない。
「ねえ、痛い? 痛くないでしょう。死んじゃうと思う? でもね、死なないのよ。
わたしが、ほら、こうやって、きちんと栓をしてあげているから」
首からペティ・ナイフを生やした男の頬に手を当てて、その顔を覗き込む。血走った
目の中に、レタス・シングウジがいうところの「にへらにへらした笑顔」が映り込んだ。
「殺してしまうかもしれない、でも殺しはしない。
殺されてしまうかもしれない、でも生かしてくれるに違いない。
嗜虐側と被虐側はね、そういうギリギリの信頼関係で結ばれているの。
わかる? とても大切な相手だからこそ、自分自身を刻み込みたい。
とっても大切な相手だからこそ、どこまでも身を任せたい。
ねえ、わかる?
メガネが曇るでしょう? 頭蓋骨の中で、ドーパミンがじゃぶじゃぶ音をたてるでしょう?」
うっとりと語るミスティリカの説明を聞いているのかいないのか、男は目を白黒させ
て息を荒げるだけだ。
「腰を振って、出したいだけ出すというなら、そんなものは獣とおなじよ。
わたしは獣が好きなわけじゃないの。
人間様でありながら獣の欲に負けてしまうような、最低の屑が大好きなの。
理性と獣欲の狭間、信頼と、不安と、痛みと、快楽。
ギリギリのせめぎ合いがあるからこそ、人間と人間との繋がりじゃない?
そうは思わない? ねえ」
「なにいってるんだよ、なにいってるんだよぉ、お前ぇ」
男が涙と鼻水とヨダレをぼたぼたと落とす。つくづくメガネを透けさせる男だ。
「おい、こいつヤベぇぞ」
「早く病院に連れてってくれよぉ!」
「付き合ってられっか!」
「行くぞ、おい」
男達があたふたと踵を返そうとする。
ミスティリカはくるりと振り返って、アイスピックを投げつけた。スニーカーを地面に
縫いつけられ、男達がつんのめる。
「なんだよぉ!」
「お前、なんなんだよぉ!」
ミスティリカはへっぴり腰で突き出された尻に手を伸ばし、ベルトをぐいとつかんだ。
「わたしのお父さんね、地球防衛軍なんです。
いまさら怪獣や宇宙人が攻めてくるわけでもないのに、
わざわざ連合軍とは別の組織を作る必要があるのかっていうニュース、聞いたことあるでしょう?
関係者の娘が問題起こしたなんて知られたら、困るんですよ」
「わ、わかったよ!」
「いわねえ、いわねえから!」
「お、男だ。男にやられたっていうよ」
「でもそれって、根本的な信用には値しませんよね?」
ミスティリカは腰から新たなペティ・ナイフを引き抜いた。手の中でくるくるとまわしながら
男のベルトを切断する。スラックスが下着もろともずり落ち、黒ずんだ尻が闇夜の中にさら
け出された。
「こう見えてわたし、地球人じゃないし、猜疑心が強いんです」
「い、いわねえ、いわねえって!」
「やめろよ、それ、なに持ってるんだよ!」
「なにするつもりだよぉ!」
「あら知らないの? マドラーって、かき混ぜるための道具なのよ」
「あ、あぁ、アーッ!」
ミスティリカはマドラーでもって根本的に存分にかきまわした。
●
汚物でてらてらと光るマドラーを月明かりに照らし、ミスティリカはゆったりと微笑んだ。
メガネが曇っていて、お月様の形がよくわからない。
明日は早めに学校に行こう。ゼフィア先輩は、どんな声で鳴いてくれるだろう。
(ああ、わたしって、なんて最低の屑なのかしら)
最終更新:2009年10月17日 14:53