久保よ!久保よ!

18代目スレ 2007/07/22(日)

 初めに突撃していったのはギリアムのゲシュペンストRVだった。
 ヴァンピーアレーザーの連射からメガ・バスターキャノンの連撃。
 標的は跡形もなく消えるはずだった。
 当然見られるはずだった光景はしかし、クォヴレー・ゴードンの目に映ることはなかった。
 もうもうと立ちこめる煙をかき分け、ぬっと突き出たものがあった。手だ。巨大な爪が
付いている。その爪が猛然と動いた。ゲシュペンストRVの頭部が突き砕かれる。
 腕、胴体、頭部。全身が明らかになる。赤みがかった橙の機体色。額からは巨大な角の
ようなものが生えている。
 データ通りなら、全長は20M少しのはずだ。目の前に立っているそれは、明らかに50M
を超えていた。装甲板は奇妙なぬめりを帯びた質感で、継ぎ目からはうぞうぞと動く触手
状のものが覗いていた。
 エクサランスと戦うのは、これで何度目になるのだろうか。
 機体から生体反応はない。パイロットもスタッフも乗り込んでいないのは明らかだった。
仮に乗り込んではいても、すでに肉体精神ともに人間とは呼べないような状態になってい
るに違いない。時空のねじれに潰され、時流エネルギーを求めてさまよう時のハイエナ。
それが、現在クォヴレーの前に立っているエクサランスという存在だった。
 完全に機能停止したゲシュペンストRVを投げ捨て、エクサランスはぐるりと頭部を一
回転させた。アイカメラ部分にびっしりと埋まった小さな眼球がギョロギョロと動く。
 こちらに気付くか。そう思われたときだった。
「動かないで」
 ささやき声を残して、クォヴレーの横をすり抜けていくものがあった。イングレッタの
駆るアストラナガンだった。
 大量に放たれたT-Linkフェザーが暴風雨のように吹き荒れる。幻惑から間合いを詰めて
の一撃がイングレッタの必勝パターンだった。果たしてアストラナガンはZ.O.ソードを抜き払った。
 エクサランスの頭部が刈り取られる。その光景もまた、実現することはなかった。
 Z.O.ソードを振り抜いたアストラナガンの斜め後方に、うずくまっているものがあった。
エクサランスだ。いつの間に手にしたのか、巨大なライフルをアストラナガンの脇の下に
突き付けている。
 アストラナガンが吹っ飛んだ。その先では、フェアリーと呼ばれる小型攻撃機が雲霞の
ように群れていた。
 幽体のイングラムが、ぎりと歯ぎしりするのがわかった。
 クォヴレーはコックピットのレバーを固く握りしめていた。ここで動くわけにはいかな
い。まばたきすらするわけにはいかない。イングレッタが命がけで見せてくれたエクサラ
ンスの攻撃パターンを解析しなくてはならない。
 全方向から襲いかかるT-Linkフェザーすべてを避けきるなど、事実上不可能なことだ。
エクサランスはやってのけた。あれではまるで、既知の出来事に対処しただけのようにし
か見えない。そして、それが結論なのだろう。
 鍵は時流エンジンだ。おそらくエクサランスは戦いの中で時間移動をおこない、逐次事
実を上書き更新しているのだ。まともにやっていて勝ち目があるはずがない。

 しかし、決して万能ではなかった。おそらくエクサランスが跳躍できる時間は、せいぜ
い数秒間レベルのものだろう。縦横無尽に時間を駆け巡ることができるなら、そもそもク
ォヴレーたちをここまで進撃などさせるはずがない。大規模な跳躍には、それなりの設備
と準備が必要なはずだ。
 まともにやっても勝ち目がない。なら、まともでない戦場に移るまでだ。
「いっくぞぉーッ!」
 イングラムに促されるまでもなかった。クォヴレーは息を吐き、グリップを握りしめた。
 ディス・アストラナガンを前進させる。エクサランスがこちらを向く。巨大な爪が持ち
上がる。計器が時空の乱れを検出する。させない。クォヴレーはディス・アストラナガン
の胸部を解放させた。ディス・レヴ・フルドライブ。時空の乱れをさらにかき乱し、塗り
潰し、蹂躙する。
 一瞬後、クォヴレーの目はものを見る機能を失っていた。
 耳でもってエクサランスの姿を見る。目でもって戦いの臭いを嗅ぐ。肌でもって装甲板
の味を舐める。
 時間も空間も、五感の機能すら混乱した場だった。

 虎よ! 虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃え!

 顔面に奇怪な入れ墨を浮き上がらせて、イングラムがわけのわからないことを喚いている。
 あまり長引かせるわけにはいかない。
 いまやクォヴレーはコックピットの中にいなかった。エクサランスと直に組み合ってい
る。サイズ差も重量も、この空間ではまったく関係のないことだった。

 邪魔をしないで!

 混乱した時空の中で、エクサランスの姿が歪む。
 まだ少年の面影を残す青年の闘志が見えた。赤い髪を持つ少女の決意が見えた。整備帽
をかぶった少女の泣き顔が見えた。眼鏡をかけた青年の使命感が見えた。
 幻惑だ。クォヴレーは自分自身にいい聞かせた。あれは、エクサランスの機体にこびり
付いた残留思念に過ぎない。

 邪魔しないで! 邪魔しないで! 邪魔しないで!

 懇願を浴びるクォヴレーの視界が、突如開けた。目でものを見ている。耳で音を聞いてい
る。手でディス・アストラナガンのレバーを握っている。
 五感が元に戻っている。通常空間に戻ったのか。まずい。クォヴレーは心臓に冷水を浴
びせられたような心地になった。再びエクサランスにアドヴァンテージを与えることになる。
 と、視界の端に見覚えのあるものが映った。一軒の家だった。あの屋根を知っている。
あの庭を知っている。あの玄関を知っている。
 バランガ家だった。

 エクサランスの目玉がぎちぎちと動く。異形の瞳にバランガ家が映り込む。
 クォヴレーは声もなく叫んだ。喉の毛細血管が千切れ、血を吐く。生まれて初めて感じ
る類の激情に全身を支配される。
 ディス・アストラナガンの左手でもってエクサランスの頭部をつかむ。右手でもって拳を作る。
 殴りつけた。ディス・アストラナガンは格闘仕様の機体ではない。当然、マニピュレー
タは一撃で砕けた。クォヴレーは止まらない。止めることができない。止めるという発想
が出てこない。エクサランスに組み付き、頭といわずコックピットといわず殴りつける。
 エクサランスが大爪の付いた腕を振り上げる。クォヴレーはその腕をつかむや、根本か
ら引きちぎった。オイルとも体液とも付かない液体が空中にばらまかれ、細かな破片がば
らばらと落ちた。

 オーン! オーン! オォーン!

 すすり泣くような声が夕方の空に響き渡った。
 クォヴレーはディス・アストラナガンを突撃させた。エクサランスに激突する。間髪入
れずに胸部を解放させた。ディス・レヴをフルドライブさせる。
「テトラクトゥス・グラマトン!」

 どうして!? どうして!?

 耳にこびり付く思念を振り払い、クォヴレーはエクサランスを次元の裂け目にねじ込んだ。

「らしくなかったんじゃないのか?」
 ディス・アストラナガンのコックピットの中で、イングラムがふよふよと浮遊していた。
クスクスと、皮肉っぽい笑みを顔に貼り付かせている。
 クォヴレーは若干の苛立ちを覚えた。この不浄霊には、わかりきったことを訊く嫌なクセがある。
「わかるんだ。あいつの気持ちも」
 エクサランスの断末魔の叫びは、あまりにも切なげだった。
 無数の並行世界に存在しているはずのエクサランスが、どうしてこの世界ばかりを狙う
のか。その理由はわかっている。
 あのエクサランスは良質な時流エネルギーを求めてさまよう存在だった。そしてこの世
界で流れている時間はあまりにも魅力的で、かけがえのないものだった。惹きつけられるのも当然だ。
 理解はできる。しかし許すわけにはいかなかった。それ以上に許すことができなかった。
「共存の可能性もあったかもしれない。しかし」
「そういうのお前、独占欲っていうんじゃないのか?」
 クォヴレーはイングラムの幽体を小突き、ディス・アストラナガンのレバーを握った。
機体を反転させる。
「おい、帰らないのか?」
「今日は、ゼラドに合わせる顔がない」
 わかっている。戦えば戦うほどに、クォヴレーの精神は戦いに染まっていく。平和な世
界に暮らすゼラド・バランガと顔を合わせる資格を失っていく。
 それでもクォヴレーは、戦わないわけにはいかなかった。
「もはや使命ではないのかもしれない。これは、俺の意志だ」
 イングラムがなにかいったような気がした。
 クォヴレーの耳では、エクサランスの叫び声がいつまでも響き続けていた。

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最終更新:2009年11月14日 10:45
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