19代目スレ 2007/10/09
【午後1:00 家の前】
【午後1:30
バルマー寮】
【午後2:00 商店街】
【午後2:30 バルマー寮】
【午後3:00 商店街】
【午後3:30 大型書店】
【午後4:00 コスメショップ】
【午後4:30 ナンブ家】
【午後5:00 図書館】
【午後6:00 ケイサル神社】
【午後9:00 病院】
■主人公を選択してください。
●ヴィレアム
万年片思いの純情少年。無為の日々に終止符を打つために、今日こそはあの子を誘うぞ! その矢先、空から美少女が降ってきて……!?
■この主人公でいいんですか?
●いや
→主人公選択へ
●ああ
【午後1:00 家の前】
自宅の前に通っている道路を行ったり来たりしているうちに、いつの間にか休日の正午を1時間もまわってしまった。
人生を送る上でこんなに無駄な時間を過ごすのも、ちょっと珍しいかも知れない。
玄関の門柱に寄りかかり、俺は今日何度目かのため息をついた。
俺の名は
ヴィレアム・イェーガー。
父親の名前はギリアム・イェーガーで、母親の名前はヴィレッタ・パディムだ。
住んでいるのは
OG町。
そして、これは俺の家。
俺の家から十メートルと離れていない場所には、1軒の家が建っている。
元が建て売り住宅だから外見は俺の家とほとんど変わらない。
ただし、中に入っているものが大違いだ。
このバランガ家には、ぷにぷにしたほっぺを持つ男の人と、ゆさゆさと揺れるバストを持つ女の人の夫婦が住んでいる。
夫婦には二人の子供がいて、どちらも父親譲りのぷにぷにしたほっぺを持っている。
子供は男の子と女の子の一人ずつで、俺が問題としているのは女の子の方だ。
その子は、いつだって元気いっぱいで、友達思いで、よく笑い、よく泣き、
よく食べ、
そして食べ、
さらに食べ、
大いに食べ、
たまに時間や空間まで食べ、
そのうちこの世のすべてを食べてしまうのではないかというくらいに食べる。
つまり、彼女は人並み外れた大食らいなのだ。
どのくらい大食らいかといえば、俺の心を食べてしまうほどに。
おっと、ちょっとロマンチックすぎたかな。
俺はバンドを結成しているアーティストでもあるから、たまにこんな言葉が出てしまうんだ。
家が隣同士ということがあって、俺たちは子供のころから兄妹のように育った。
いつも一緒にいるのが当たり前だった。
それが、いつからだろうか。
俺の心には、幼いころには決して芽吹かなかった感情が宿るようになった。
それは甘く、どこか痛みをともなうような感情だった。
彼女のバストがぴくとも揺れていなかったほど昔のことだ。
彼女のバストがユサユサと揺れるようになるころには、日増しに膨れ上がるようになった。
そう、これがきっと……。
ゼラド「あ、ヴィレアムくん!」
後ろから投げかけられた声に、俺は背筋をしゃんと伸ばした。
ヴィレアム「やあ、ゼラド」
向き直り、我ながら情けなくなるほど上擦った声で返事をする。
バランガ家の玄関の前に、一人の少女が立っていた。
女の子としても小柄な身体に、チェック柄のミニスカートと秋物のセーターを着ている。
セーターの胸を押し上げる膨らみは、彼女がただ息をするだけで穏やかに上下するのがわかるほど目立っていた。
いけない。また胸元に目をやってしまった。
こんな欲望丸出しの視線を、彼女はきっと喜ばない。
俺は慌てて視線を戻した。
彼女は全身にうっすらと皮下脂肪が付いていて、女性らしい豊かな丸みに恵まれていた。
とくに、ほっぺだ。
明るい銀色をした髪の下で、ぷくぷくと膨らんだほっぺは由緒正しい銘菓のような光沢を帯びていた。
今日も、彼女は銀髪を見事な三つ編みに結い上げている。
俺が知る限り彼女はそれほど器用なタイプではないはずだが、不思議とこの三つ編みが乱れているところは見たことがない。
実際のところ、女の子という生き物は謎に包まれている。
ゼラド「どうしたの?」
俺は思わず飛び退いた。
彼女、つまり
ゼラド・バランガがちょいと小首を傾げて俺の顔を覗き込んでいたのだ。
かすかに頬を撫でたぬくもりは、彼女の吐息だろうか。
カッと全身の体温が急激に上がるのがわかった。
心臓が激しい鼓動を打っている。今にも口から飛び出してきそうだ。
ヴィレアム「やあ、ゼラド! お昼は、もう食べたのかい!?」
ゼラド「うん、食べたよ。どっさりと!」
にっこりと、ゼラドは幸せこの上ないような笑顔を浮かべた。
彼女が『どっさり』というくらいだから、それはもう大変な『どっさり』なのだろう。
しまった。やっぱり出遅れた。
今日こそゼラドを食事に誘おうと思ったのに。
■どうする?
●あきらめる
あきらめてどうするヴィレアム・イェーガー!
いつもいつも、ここ一番というときにくじけるから上手くいかないんじゃないか。
今日こそ、今日こそは、無為な積み重ねに終止符を打つんだ!
●誘う
そうだ、今日という今日こそ!
ヴィレアム「ゼラド、よかったらこれから……!」
次の言葉を続けようとしたときだった。
ヒュンと、石で風を切るような音がした。
つづいて衝撃、そして轟音。
俺の、すぐ真横でだ。
爆風にも似た土煙が俺の顔に吹き付けた。
はるか上空からなにかが降ってきた? しかし、なにが。
ゼラド「イングレッタちゃん!」
ゼラドが甲高い悲鳴を上げた。
もうもうと上がる土煙の向こうで、よろよろと立ち上がる姿があった。
発育途中の雌豹を思わせるしなやかな身体に、ブルーのボディスーツをぴったりと貼り付けた少女だった。
年齢は俺たちとおなじくらいだというのに、その瞳に宿る鋭利な輝きにはただならないものがある。
俺は、彼女の名前を知っていた。
イングレッタ・パディム。
若い母さん。俺は彼女をそう呼んでいる。
なぜそう呼んでいるのか、自分でもいまいちわかっていない。
たしかに、イングレッタは俺の母さんに似ている。
母さんがもう少し若かったら、見分けがつかないくらいだろう。
しかしそれ自体は、べつに珍しいことじゃない。
本人が話したがらないから詳しいことはわからないが、うちの母さんはバルシェムの一員だ。
バルシェムというのは、簡単にいってしまうとクローン人間軍団のことだ。
そういう出自を持つ母さんだから、そっくりさんがぞろぞろいる。
うちの町内だけでも3、4人いるほどだ。
本場バルマーともなると、サトウという名字のニホン人、ジャックという名前のイギリス人、キムという名字の韓国人とおなじくらいの確率で遭遇できるらしい。
このイングレッタも、おそらくはバルシェムの関係者なんだろう。
理屈ではそうわかっているのに、どういうわけか俺は彼女を『若い母さん』と呼んでいる。
よくよく考えてみると、本当になんでなんだろう。
ゼラド「大丈夫!?」
はたと、俺は我に返った。
そうだ。くだらないことを考えている場合じゃない。
ゼラドが血相を変えて若い母さんに駆け寄ろうとしていた。
若い母さんはヒビの入ったアスファルトの上にぐったりと横たわっている。
ブルーのボディスーツにはところどころ裂け目が入っていた。
普段なにをやっているのかいまいちわからないけど、この人が人間離れした身体能力を持っていることはよく知っている。
その彼女がここまでダメージを負う。いったいなにがあったのだろう。
イングレッタ「触らないで!」
若い母さんが鋭い声を放つ。
ゼラドが大きく目を見開き、若い母さんに差し伸べかけた腕をびくと止めた。
しかし、その指先がわずかに若い母さんの肩に触れる。
その瞬間だった。
音はない。強烈な白光が俺の視界を灼いた。
いったい、なにが起こったんだ?
なにも見えない。混乱の中で、俺は激しくかぶりを振った。
ゆっくりとだが、視界が蘇っていく。
俺が目にしたのは、まったく思いも寄らない光景だった。
ヒビの入ったアスファルトの上に、うっすらと土埃が積もっている。
アスファルトの上ではゼラドがへたりこんでいる。
ゼラドだけだ。若い母さんはいない。
消えた? まさか。いったい、どこに。
ゼラド「面倒なことになったわね」
ゼラドが気怠げな仕草で銀色の前髪をかき上げた。
妙だった。
たしかにそこにいるのはゼラドだし、うっすらとピンク色をした唇から発せられたのはゼラドの声だった。
でも、これはゼラドじゃない。
おむつが取れる前から一緒にいるんだ。そのくらい、わからないはずがない。
ヴィレアム「若い母さん!?」
ゼラド「勘がいいのね」
ゼラドの顔をした何者かが、唇で三日月型を描く。
それは、間違いなく若い母さんがよく浮かべる表情だった。
ヴィレアム「なんで、どうして、ゼラドはいったい!?」
ゼラド「この時間座標から数えて500年前、わたしはこの地点である敵と戦っていた。
やっかいな相手だったわ。
なんとか倒すことはできたけれど、置きみやげを残された。
時空震の衝撃をまともに受けたわたしは、存在をフィジカル優位とメンタル優位のふたつに引き裂かれた。
フィジカル優位の方のわたしは、どこに飛ばされたのかわからないわ。
そして、メンタル優位のわたしはここに落ちた。
メンタル優位とは、物質世界では非常に曖昧な存在になっているということよ。
ちょっとした弾みで自我を保てなくなってしまう。
このままでは、ゼラドのメンタルに溶け込んでしまう危険があるわ」
ヴィレアム「なにをいってるんだ若い母さん!
どれひとつとして意味がわからないよ!」
ゼラドの顔をした若い母さんは、出来の悪い息子に対するように息を吐いた。
このあたりが、俺に『若い母さん』と呼ばせる原因なのかもしれない。
ゼラド「つまり、今のわたしは幽霊のようなもので、うっかりゼラドに取り憑いてしまったのよ。
このまま放っておくと、ゼラドの意識を乗っ取ってしまうおそれがあるということよ」
ヴィレアム「そんなの、大変じゃないか!」
ゼラド「ええ、大変よ」
ヴィレアム「なんとかならないのか!?」
ゼラド「わたしのフィジカル部分を……」
いいかけて、ゼラドの顔をした若い母さんは指先で眉間を押さえた。
顔は青ざめ、濃い疲労が滲んでいる。
ふくらんだほっぺに、うっすらと冷や汗まで浮かんでいた。
ヴィレアム「大丈夫かい、若い母さん。気分でも」
ゼラド「時間が経てば経つほどわたしのフィジカルとメンタルの結合は弱まり、
ゼラドとの親和性がさらに上がっていく。
急ぎなさい。見つけるのよ」
ゼラドの顔をした若い母さんは低くうめき声を上げた。
ゼラド「……反応は微弱、……でも物質的な座標のズレは軽微。
……どこに、……ダメ、……保たない。
あなたが……探しなさい。……ゼラドを救いたいなら。
……見つけなさい。……見つけるのよ」
ゼラドの顔をした若い母さんの声が、とぎれとぎれになっていく。
ゼラド「探しなさい……、サ・インを……」
ヴィレアム「なんのことだい、若い母さん!?」
白光が、再び俺の視界を塗り潰した。
ゼラド「うぅ~ん、なにがあったのぉ~」
アスファルトの上でへたりこんだまま、ゼラドが両手で頭を押さえていた。
こののんびりした口調は、間違いなくゼラド本人のものだった。
ヴィレアム「ゼラド、意識が戻ったのか?」
ゼラド「ふぇっ? わたし、気絶してたの?」
どうやら、ゼラドには若い母さんに取り憑かれたという自覚はないらしい。
ヴィレアム「どこか、具合の悪いとこはないか?」
ゼラド「うん。大丈夫。ちょっと、頭が重いかな」
ゼラドは笑みを浮かべるが、万全な状態によるものでないことくらい、俺にはすぐにわかる。
やっぱり、まったく影響がないというわけじゃないらしい。
見つけなくちゃならないんだろう。
若い母さんを、そしてゼラドを救うために。
■どうする?
●探しに行く
ヴィレアム「いや、そうしたいのは山々だけど、その前に気になることが」
●あたりを見る
若い母さんが倒れていたあたりに、黒鉄色に輝く物体が転がっていた。
手に取ってみると、ずっしりと重い。
拳銃だ。
全長は20センチ近く。使い込まれたグリップは握りやすい。
銃としては、軽い方なのかもしれない。
以前、なにかの雑誌で見かけたことがある。
これは、シグ・ザウエルP226という拳銃だ。
口径は9㎜。細かい性能はわからないが、とにかく偏執的なまでに装弾数の多い拳銃だと記憶している。
いくらすぐそばに軍の施設がある町だといっても、こんなものが道ばたに転がっていたら騒ぎが起きる。
取りあえず、俺が保管しておこう。
俺は拳銃をベルトにはさみ込んだ。よし。
■移動する
●『サ・イン』
いや、そうできたら簡単なんだけど。
なにしろ、物や人の名前なのか場所を指しているのかもわからないんだ。
●バルマー寮
【午後1:30 バルマー寮】
20年くらい前になるだろうか。
俺たちが住む地球は、何光年も離れた宇宙にあるバルマー星と戦争をして、その後友好を結んだ。
バルマー星は科学技術の進んだ星だが反面、文化の衰退が社会問題化しているそうだ。
そこで、バルマー星は地球に対して積極的に留学生を送り出すようになった。
地球の文化を学ばせるためだ。
なんでも、これだけの文明レベルに達していながら、なおも文化をはぐくみ続けている星というのは全宇宙的に珍しいらしい。
そういうわけで、俺の同級生にもバルマー星人が何人かいる。
ハザリア・カイツも、そうした留学生の1人だ。
文化が衰退した星から来たくせに、地球人より地球文化に詳しいイヤなやつだ。
正直いって、積極的に会いたい相手じゃない。
なにしろ、年がら年中バカ笑いを上げ、精神的に追い詰められていた時期のヨシユキ・トミノと休筆中の江戸川乱歩を足しっぱなしにして、
ニッケルクロムモリブテン鋼で頭をぶん殴ったような言動を取る男だ。
会話を成立させること自体が難しい。
とはいえ、こと語学についてはバケモノじみた知識を持っている。
本当かウソかはわからないが、宇宙に散らばるめぼしい言語についてはすべて精通しているらしい。
こと、こういった奇妙な事態が起こったときには思わぬ役に立つ男だ。
餅は餅屋、奇妙な事態は奇妙な男に任せるに限る。
そういうわけで、俺はバルマーからの留学生たちが寄宿しているバルマー寮の前に来ていた。
ヴィレアム「ゼラド、家で休んでなくて大丈夫なのか?」
ゼラド「うん。なんか、よくわかんないけど、わたしも行かなくちゃっていう感じがするの」
若い母さんに入り込まれた影響があるのだろうか。心なしか、ゼラドの表情がいつもより引き締まっている。
ルル「あら、ヴィレアムさま。ゼラドさまも」
寮の玄関で俺たちを出迎えたのは、小柄で痩せ気味な女の子だった。
銀色というよりは灰色に近い髪を頭の両側で縛り、金色がかった瞳は悪戯を考える子供のような輝き方をしている。
彼女はルル・カイツ。にわかには信じられないが、ハザリアの妹だ。
もっとも、その頭の中にあるサンリオピューロランドではマルキ・ド・サドが豪遊している。
知り合って一週間もすれば、その事実を痛いほどに思い知らされる羽目になる。
いや、『痛いほど』じゃないな。事実痛いんだから。
まったく、兄が兄なら妹も妹だ。
ルル「兄上なら留守にしていますわ。
つい先ほど、マリさまとリトゥさまと連れだって、どこかに行ってしまわれました。
行き先ですか? さあ、それはちょっと。兄上は、たまに放浪するクセがありますから」
ハザリアについて、ひとつ言い忘れていた。
あいつは、肝心なときに役に立たない。
■行く
●絶頂
まあ、ゼラドと並んで歩けるっていうのは幸せの絶頂ではあるけど。
それほど楽観的な気分になれる状況じゃない。
ルル「ゼラドさま、どうなされたんですか?
お顔の色が優れないようですけれども」
よけいなことを考えている暇もないようだ。
●商店街
【午後2:00 商店街】
とぎれとぎれだが、若い母さんは『物質的な座標のズレは軽微』といっていた。
たぶん、場所自体はあまり離れていないということなんだと思う。
ひょっとしたら、あてもなく歩いていればひょっこりと探し物を見つけることができるかもしれない。
もっとも、本当にあてもなく歩いていたら、見つけられる可能性は限りなくゼロに近い。
ヴィレアム「なあゼラド、『サ・イン』ていう言葉に心当たりはないか?」
ゼラド「えぇっと」
若い母さんも、緊急事態ならもう少し具体的なヒントをくれたっていいのに。
『サ・イン』。なんのことだろう。
Sir IN? 入口先生? 意味がわからない。
ゼラド「あっ」
レラ「……」
陽の光を透かしてしまいそうなほど痩せ細った女の子がいた。
レラ・ブルー。
俺たちが通う学校では、霊感少女としてちょっとした有名人だ。
俺が設立したバンドのメンバーでもある。担当はドラムだ。
なぜ彼女がバンドに加入し、なぜよりにもよってドラムを選択したのか、それはわからない。
バンドメンバーとはいっても、彼女についてはわからないことが多い。
そもそも、まともに会話した記憶すらないような気がする。
ゼラド「え、なに?」
レラは音もなく近づいてきて、ゼラドのセーターの袖口を引っ張った。
レラ「……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、
……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、……、
……、……、……、……、……、……、……、…………、……、……、……、……、……、……、……」
ゼラド「えぇっ!?」
ゼラドが驚きの声を上げるのも無理はない。
普段、レラは大変な無口で通っている。
そのレラがここまで喋るというのは、明らかにただごとじゃない。
ただし、その声は小さ過ぎてまったく聞き取れなかった。
ヴィレアム「なんていってるか、わかるか?」
ゼラドがふるふると顔を左右に振る。
さて、どうしよう。
レラの言葉がわかる相手というと……。
■探す
●アーク
アークというのは、レラのクラスメイトだ。
いつもぎゃあぎゃあと騒がしいやつで、とてもレラと気が合うとは思えない。
ところが、一緒にいるところを不思議とよく見かける。
会話も、なぜかまともに成立しているらしい。
あいつならレラの言葉を聞き取ることができるだろう。
そう思って、俺とゼラドはレラを連れてアークの家を訪ねた。
咲美「あら、ヴィレアムさん」
玄関口に出てきたのは、栗色の髪をした少女だった。
咲美。アークのクラスメイトで、妹だ。
いや、双子でもないのに同級生というのはおかしいな。
たしか、本当は従兄弟で、アークを『兄さん』と呼んでいるのは単なる習慣だったような気がする。
咲美「兄さんならいませんよ。まったく、どこほっつき歩いてるのか」
そうか、参ったな。
●キャクトラ
【午後2:30 バルマー寮】
キャクトラ・マクレディは、ハザリアやルルとおなじくバルマー星からの留学生だ。
両親ともにバルシェムだから、俺とは従兄弟のようなものになる。
もっとも、知り合ったのがだいぶ大きくなってからだから、親戚という気はあまりしない。
やっぱり、あいつに対しては『親友』という呼び方がしっくりくる。
似たような悩みを持つ者同士の連帯感からだろうか、俺たちはいつからか固い友情を築くようになった。
悩みの内容は、まあ、いまはいいじゃないか。
あいつは、俺たちのバンドのメンバーでもある。担当はベースだ。
人畜無害で人当たりのいいやつだから、いつの間にかバンドに加わっていたレラともあっさりうち解けた。
それどころか、いとも簡単にレラとのコミュニケーションを可能にした。
たまに、俺をそっちのけにしてなにやら二人で話し込んでいることがある。
べつに、疎外感なんか感じてないぞ!
あいつは世話好きなやつだから、レラみたいに生活力がないというか生命力のない相手を放っておけないんだと思う。
あ、いっておくけど、『放っておけない』っていうのは色っぽい意味じゃないぞ。
それは断言できる。俺が保証する。
理由は、あいつの胸にはすでに住人がいるとでもいっておこうか。
おっと、またロマンチックな言葉を使ってしまったかな。
ルル「あら、また、どうなされたんですの?」
ゼラドとレラを伴って再度バルマー寮を訪れた俺を出迎えたのは、またしてもルルだった。
ルル「キャクトラ? いませんでしてよ。
昼食の片付けを終えて、どこかに出かけていきました。
まったく、わたしに留守番のような役をさせて!」
ゼラド「どこに行ったか、心当たりない?」
ルル「さあ、街の方に行ったのはたしかだと思いますが。
なにぶん、あれは面白みのない男ですから、面白みのない場所にいるのでしょう」
【午後3:00 商店街】
ふたたび商店街に戻ってきたわけだけど。
さて、どこへ行こう。
■移動する
●パンナコッタ専門店
最近できた、あらゆるメニューにパンナコッタをぶっかけることで有名な店だ。
白米だろうとエビ天だろうと刺身だろうと、とにかく容赦なくパンナコッタをぶっかける。
客のほとんどは罰ゲームのために訪れると、もっぱらの評判だ。
どこかの大企業が税金対策のために出した店で、わざと赤字を出しているという噂も聞く。
こういうのもなんだが、キャクトラは非常に面白みのない男だ。
こんな、面白みを詰め込みすぎて起こしちゃいけない化学変化を起こしてるような店にいるとは思えないけど。
トウキ「よお、ヴィレアムじゃねえか」
トウキとクリハだ。
この二人は校内公認のカップルということで有名だ。
でも、なんでだろう。なぜか、ひどく久しぶりに会ったような気がする。
クリハ「キャクトラくん? さあ、見なかったけど」
トウキ「あいつが、こんなヘンな店にくるはずないって」
俺がトウキたちと話している横で、ゼラドが迷いもなく店の中に入ろうとしている。
トウキ「おいおい、ちょっと待てよ。この店に入るのはやめといた方がいいぜ?」
ゼラド「え、不味いの?」
トウキ「不味いさ。クリハの手料理に比べたら、なんだってな」
クリハ「やだ、もう、トウキくんたら!」
クリハが顔を赤らめてトウキの背中をばんばんと叩く。
トウキはトウキで、心底幸せそうに笑っている。
いいなあ、いいなあ、俺もゼラドと、あんなふうになれたらなあ。
なんだか悲しい気分になってきたので、移動することにする。
●大型書店
【午後3:30 大型書店】
駅前にある、大型書店だ。
マンガ、雑誌のほか、難しい専門書や音楽ディスク、映像ディスクなどが売られている。
そういえば、バルマー星人は読書家が多い。
ハザリアは行き過ぎた例だとしても、ルルも得体の知れない本をよく読んでいる。
文化の衰退した星で育ったというから、砂漠が雨水を吸い込むようにとか、欠食児童が給食の残り物をむさぼり食うとか、そういう感じなのかもしれない。
キャクトラも、考えてみればけっこうな読書家だ。
あいつのお気に入りは新書だ。
物干し屋が潰れない理由だとか、バイトを雇っちゃいけない理由だとか、そんな感じの細長い背表紙が、あいつの部屋の本棚にはいくつも並んでいる。
ひょっとしたらキャクトラは本屋に来ているのかもしれない。
ゼラド「あっ、キャクトラくん!」
果たして、ゼラドがキャクトラを発見した。
予想に反して、キャクトラがいたのは新書コーナーじゃなかった。
書店の一角に設置されたCDコーナーだ。
遠目からではわからなかっただろう。
キャクトラは妙にカジュアルな格好をしていた。
学校で見かける制服姿とは、かなり印象が違う。
こいつは、バンドをやるようになってから少し服装のセンスが変わったように思う。
キャクトラ「友よ、どうしたのだ」
キャクトラはいかにも人の良さそうな笑みを浮かべた。
ゼラド「へえ、意外。キャクトラくんて、こういう音楽聴くんだ」
キャクトラ「ええ、ビートルズとB’zとB.B.クイーンズは偉大なアーティストです!」
前々から思ってたけど、キャクトラのセンスはちょっとズレている。
ゼラド「ビーばっかだね」
キャクトラ「ええ、Bボーイです!」
しかも、Bボーイの意味を間違ってる。
キャクトラ「おや、レラ殿も」
レラの存在に気が付いたらしい。
キャクトラはレラのそばでひょいとしゃがみ込んだ。
なにやら話し始める。
いつもながら、いったいどうやって会話しているんだろう。
キャクトラ「友よダメではないか友よ。
レラ殿は身体が弱くあられるのだ。あまり長時間連れ歩かせるような真似をしては。
ああ、見よ、すっかり憔悴なすって」
ヴィレアム「いや、普通に歩いてただけなんだけど」
ゼラド「ヴィレアムくんとキャクトラくん、なんか気が付くとレラちゃんと仲いいよね」
キャクトラ「それはそうですとも。なにしろ我らはバンドの」
ヴィレアム「わっ、バカ!」
俺は慌ててキャクトラの口を押さえた。
俺たちがバンドをやっているのは、ゼラドには秘密なんだ。
俺たちが演奏はかなり激しい。いわゆるメタルと呼ばれるジャンルだ。
元はといえばキャクトラと二人で穏やかなラブソングかなにかを演奏するつもりだったのに、なにがどうなってメタルに転んでしまったのか、自分でもよくわからない。
キャクトラ「友よ、なにか用があったのではないのか」
そうだった。
俺が事情を話すと、キャクトラはあらためてレラと会話し始めた。
レラ「……、……、……、……、……、……」
キャクトラ「はあ、なんですか。はぁはぁ、ふんふん、……なんと!」
こくこくと合いの手を入れていたキャクトラの顔色が、さっと変わった。
ゼラド「どうしたの!?」
キャクトラ「友よ大変だ友よ!
ゼラド殿はよからぬ存在に取り憑かれており、
長時間このままにしておくと自我を乗っ取られる危険があるそうだ!」
ゼラド「えぇぇっ!?」
驚きの声を上げるゼラドの横で、俺はガッカリしていた。
重要といえば重要ではあるけど、すでに知っている情報だ。
ヴィレアム「それだけなのか?
ほかにも、なにかないのか? 珍しくたくさん喋ってたし」
キャクトラ「ああ、あとは友の私服のセンスに対するダメ出しだ」
たまに喋ったと思ったら、なんでそんなことを。
前から薄々感じてはいたが、ひょっとしたらレラは俺のことが嫌いなのかもしれない。
相変わらずまともに会話できたことがないし。
キャクトラ「友よ、私がいうのもなんだが、その色の組み合わせはウケでも狙っているのか」
おかしいな。
今日はもともとゼラドを誘うつもりだったから、かなり気合いを入れてオシャレを決め込んでいるはずなんだけど。
ゼラド「うん、たしかに、ちょっと……」
ゼラド、君までそんな顔をしないでくれ。
気が付くと、レラとキャクトラの姿は見えなくなっていた。
【午後4:00 コスメショップ】
ふたたび商店街に出た俺たちは、コスメショップの前でばったりとレイナ・レシタールに出くわした。
レラ「あら、あんたたちが一緒に歩いてるなんて、珍しいじゃない」
なぜか『珍しい』という言葉にアクセントを入れて、レイナはいつも通り人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
彼女が住んでいるのは俺の家の隣、つまりバランガ家の二軒隣だ。
ゼラド同様、このレイナも俺の幼なじみだ。
ただ、長らくシングルマザーで通っていた母親と暮らしていたからだろうか、レイナには同年代の俺たちより若干大人びたところがある。
彼女にしてみれば、俺はよほど未熟者に見えるのだろう。
辛辣な言葉をぶつけられることもしばしばだ。
かと思えば、気が付くとすぐそばにいたりする。
やっぱり、女の子という生き物には謎が多い。
レイナ「どうしたの? まさか、デートってんじゃ、ないでしょうねえ」
ヴィレアム「いや、それが」
ゼラド「ねえレイナ! 『サ・イン』って知らない?」
レイナ「え、さあ、なにかのお店の名前?」
ヴィレアム「場所なのか物なのかもわからないんだ。
でも、見つけなくちゃならなくて」
レイナ「ふぅん、なんだか、ミステリーの香りがするじゃない?」
レイナは細い指を尖った顎にあてがい、うっすらと笑みを浮かべた。
レイナ「あたしの名推理、聞いてみる?」
■どうする?
●聞かない
レイナ「聞きなさいよ!」
●聞く
レイナはその場でぐるぐると歩き始め、突き立てた人差し指を気取った仕草でついついと揺らした。
レイナ「あたしの推理によると、その『サ・イン』ていうのは暗号ね。
暗号っていうのは特定のなにかを指すものだから、不特定多数の『サイン』っていうセンはなしね。
さらに、暗号が存在していることそれ自体が、二人以上の人間が情報を連携させる必要があったと教えているわね。
人間の能力にはバラつきがあるし、解読表とかを作るのは流出の危険を呼ぶわ。
となると、暗号はちょっとしたコツで解けるものだということになる。
以上のことを総合して考えてみるわね。
着目すべきは『イン』ね。
知っての通り、『IN』という単語には広い意味があるわ。
『なにかの中』、『入り口』、『入力』、『登録』。
この中から、意味の通る言葉を作るのよ。
そう、『サ・イン』とは『サ・トウロク』。
つまり、『佐藤ロク』さんという人のことよ!」
びしと、レイナは人差し指を突き立てた。
ただし、その指先はあさっての方向を向いている。
ゼラド「えぇっと」
論理的なのか非論理的なのかよくわからない推理の組み立てに、ゼラドは呆然としていた。
■『佐藤ロク』さんについて
●なるほど名推理だ!
ゼラド「『佐藤ロク』さんて、電話帳とかで探せるのかなあ?」
ゼラドはいまいち納得できていない様子だ。
●いや、その推理はない
ああ、また始まったか。
このレイナは、なにか不可解な事件が起こると急に探偵を気取り始めるクセがある。
もっとも、その腕前はいま目の当たりにした通りだ。
ヴィレアム「いや、その推理はないだろ」
レイナ「なんでよ!」
???「はっはっは、当たり前じゃないか」
妙に張りのある声が、俺の腰のあたりから聞こえた。
ルアフ「今回は30点ていうとこかな、レイナ」
レイナ「なんであんたがいるのよ!?」
ルアフ「かわいい娘にヘンな虫が付かないように尾行するのは、父親の務めじゃないかい?」
レイナ「おまわりさん、おまわりさーん!
ここに不審者がいます!」
ルアフ「ひどい、ひどいよレイナ!」
ルアフ先生こと、
ルアフ・ガンエデン。
見た目は子供だけど、中身はオッサンだ。
俺たちが通う学校の先生でもあり、自称永遠の少年探偵でもあり、自称幽霊族の末裔でもあり、自称由緒貧しい落第忍者でもあり、そしてレイナの父親でもある。
事情があって長らく離れて暮らしていたので、この人に対するレイナの態度は冷たいことこの上ない。
もっぱら、『あの人』、『あいつ』、『あんた』、『うちの居候』、『無駄飯食らい』、『ちっちゃいオッサン』呼ばわりで、明らかに父親扱いしていない。
ルアフ「やれやれ、じゃ、不肖の娘に変わって僕がちょっとしたヒントをあげようか」
ヴィレアム「あの、ヒントとかいらないので、答えをくださいよ」
ルアフ「イェーガーくん、あのねえ、
君、教師が『1+1はなぁに』って質問するのは、なんでだと思ってるんだい?」
どうやら、ルアフ先生は課外授業かなにかのつもりでいるらしい。
このひとは、変に教育熱心なところがあるから困る。
詳しい事情を知らないとはいえ、気楽なものだ。
ルアフ「ヒントは3つ。『ストーハ』、『斉藤寝具』、そして」
ルアフ先生は意味ありげに微笑んだ。
ルアフ「『生体を裂きしメスにて檸檬割る』。以上だよ」
ゼラド「えっ、えっ、えっ?」
謎めいた言葉の数々に、ゼラドが大きな瞳をくるくるとまわした。
ヴィレアム「先生、それはどういう」
ルアフ「さ、レイナ、行くよ。今日はみっちり『踊る人形』について講義してあげるから」
レイナ「離してよ! そんなの必要ない!」
ルアフ「なにいってるんだい、君はジャーナリスト志望だろう?
どうして頑ななまでにコナン・ドイルを読まないんだい!?」
レイナ「本ならちゃんと読んでるわよ。YOSHIとか!」
ルアフ「レイナ! 僕ぁ、父親として普通に君の人生が心配だよ!」
レイナ「誰が父親よ!」
行ってしまった。
結局、暗号が増えただけだった。
ゼラド「うぅ~ん、ルアフ先生、『レモン』っていってたけど」
■『レモン』といえば?
●パンナコッタ専門店にいる?
いや、パンナコッタをぶっかけたレモンなんて普通に美味しそうなもの、あのゲテモノ専門店にあるとは思えない。
●レモンという名前の女性
【午後4:30 ナンブ家】
俺たちのクラスメイトに
タカヤ・ナンブという男がいる。
タカヤには二人の姉がいて、その片方の名前が『レモン』という。
ストレートな関係があるとは思えないが、俺たちは取りあえずナンブ家を訪れた。
レモン「知らないわよ、そんな気味の悪い俳句」
やはりというか、レモン先輩は話を聞くなりしかめっ面をした。
気持ちはわかる。
なにしろ、自分の名前が『生体を裂きしメス』で割られているのだ。
レモン「あ、もう、やなこと思い出しちゃった。
たしか、なにかの小説に出てたのよ、その俳句」
ヴィレアム「その小説、なんていうタイトルなんですか!?」
思わぬ手がかりに、俺は意気込んで尋ねた。
レモン「さあ、読んだのはだいぶ前だし、
その歌が出てきたところでムカついたから最後まで読んでないのよ。
内容もよく覚えてないわ。
えぇっと、タイトルはなんていったかしら。
ゾク……、ゾク……」
最終更新:2009年11月14日 11:20