ヴィレアムルート(2)

■『ゾク』とは?
●族パチ天国CRぶっこみの元さん必勝攻略本
レモン「なんでそんなもの読まなくちゃならないのよ。
 わたし、パチンコみたいな脳細胞を使わないギャンブルには興味ないの」
 ギャンブルそのものに興味がないわけではないらしい。
 やっぱり、血筋だろうか。

●『続々三匹が斬る』
レモン「あのキャスティングは一種の奇蹟よね。
 最初バラバラの立ち位置にいた3匹が絡んでく過程が好きよ。
 好きな時代劇だけど、特に関連書籍を読んだ覚えはないわねえ」

●『続・人間の証明』
レモン「そうそう、たしかそう。
 なんだか薄気味の悪い話だったわねえ。
 たしかジャンルはミステリーで、『続』って付いてるくらいなんだから、なにかの続編なんでしょ」
 ミステリー小説か。

■ミステリー小説を探す
●レイナの家に
 たしかに、レイナの家というかルアフ先生の本棚には古今東西のミステリー小説がそろっている。
 でも、あの人にはあの通り、わざとはぐらかすクセがある。
 また暗号が増えてしまう気がする。

●図書館に
【午後5:00 図書館】
 この町にある図書館は2、3年前に新築されたもので、子供向けの絵本から難しい専門書まで、かなりの蔵書量があると聞く。
 聞く、というのはつまり、実際に来たことがないということだ。
 俺は、あまり読書家な方じゃない。
 図書館の中はしんと静まりかえっていた。
 夕方になっているからだろうか。児童書コーナーに子供の姿はない。
 ふと、ひとつの机が目に付いた。
 古い新聞が散らばっている上に、分厚い本が開きっぱなしのまま載せられている。
 机の左右では椅子がふたつ、乱れた位置で佇んでいた。
 なにか調べ物をしていて、慌てて立ち上がったというふうだった。
 マナーの悪い利用者もいるものだ。
ゼラド「閉館は6時だって。急がなくちゃね」
 そうだ、こんな机に構っている場合じゃない。
 俺は文庫本コーナーに向かった。
ゼラド「これかなあ」
 ゼラドが一冊の文庫本を手に取っていた。
 その背表紙には、『続・人間の証明』とある。
 著者の名前はセイイチ・モリムラ。
 主に二十世紀のニホンで活躍したミステリー作家だった。
 かなりの著作があり、本棚の一角にはおなじ著者の名前がいくつも並んでいた。
 その中のひとつ、『人間の証明』というタイトルが俺の目を引いた。

■調べる
●『続・人間の証明』を
 ぱらぱらとページをめくっていると、『生体を裂きしメスにて檸檬割る』という文字列が俺の目に飛び込んできた。
 ルアフ先生がいっていたのは、この小説で間違いないらしい。

●『人間の証明』を
 ぱらぱらとページをめくっている途中で、俺ははたと手を止めた。
 『ストーハ』という文字列が目に飛び込んできたからだ。
ゼラド「そっか、『ストーハ』っていうのは」
 俺の横から文庫本を覗き込みながら、ゼラドが呟く。
 普段はのんびりとしている彼女だけど、たまにこういう表情を浮かべる瞬間がある。
 こういうとき、ゼラドは信じられない閃きを発揮するんだ。
ゼラド「じゃあ、『斉藤寝具』っていうのはsightseeingのことなのかな?」
 そうか、聞き違いか。
 『人間の証明』は、まだニホンで英語が一般的でなかったから可能だったミステリーだったといえる。
 ニホン人とはよっぽど英語が苦手な民族だったようで、
『What time is it now』を『掘った芋いじるな』、『Water』を『藁』、『I get off』を『揚げ豆腐』など、
冗談なんじゃないかと思うような間違いをしていたらしい。
 俺も、おなじような間違いをしていたのかもしれない。
ゼラド「えーと、『サ・イン』? 『サーイン』? 『シャイン』? 『シュアイン』?」

■『サ・イン』とは?
●サランヘヨ
 いくらなんでもそれはないと思う。
 でも、その意味するところはいつかちゃんとゼラドに対していうつもりだ。

●修羅院
 なんだか、探したらありそうな感じがするけど。
 しかも、屈強な男たちがひしめいてそうな感じもするけど。
 生憎と、ちょっと心当たりがない。

●シュライン
ゼラド「シュライン、聖堂、聖地、神社!?」
 この町で神社っていうと。

■どこへ行く?
●ゾンボルト家
 まあ、神棚くらいあるかもしれないけど。
 たぶん、あるんだろうなあ。ドイツ人のご家庭なのに。
 とはいえ、いくらなんでも神棚を神社呼ばわりするとは思えない。

●ケイサル神社
【午後6:00 ケイサル神社】
 日が暮れてきた。急がないと。
 この町にたったひとつだけある神社が、ケイサル神社だ。
 ケイサルという名前のおじいさんと、その孫娘のルサイケが二人で住んでいる。
ゼラド「……」
 高い石段を登ってきたからだろうか。ゼラドが足をふらつかせた。
ヴィレアム「大丈夫か、ゼラ……」
 声をかけようとした瞬間だった。
 突如としてゼラドが身体を丸め、俺に体当たりを仕掛けてきた。
 まったく予期しなかった衝撃に、俺はたまらず尻餅をついた。
 その目の前で、ミニスカートの裾が翻る。
 ゼラドは一目散に駆け出していた。
 おかしい。普段の彼女からは考えられない俊敏さだ。
 ひょっとしたら、ゼラドではないのかもしれない。
ヴィレアム「まさか、若い母さん!?」
 俺は立ち上がり、ゼラドのあとを追った。
 本堂の横をすり抜け、雑木林の中に入る。
 薄暗い中に、ゼラドの小さな背中があった。
ヴィレアム「ゼラド!」
 俺の声は、突如轟いた銃声によってかき消されてしまった。
 銃声だ。俺は慌ててベルトのあたりをさぐった。
 ない。ベルトにはさんでいた、若い母さんの拳銃がなくなっていた。
 体当たりされたときに奪い取られたのか。
 銃声が何発も連続した。
 あまりにも正確なウィーバースタンスで拳銃を握りしめ、ゼラドは銃弾を放ち続けていた。
 銃口が向かう先には、古ぼけた祠がある。
 銃弾を受けて、扉がボロボロに砕け散ってしまっていた。

■どうする?
●祠を守る
 たしかに祠が壊されているのは愉快なものじゃない。
 だけど、銃弾から命がけで守ろうと思うほど俺は信心深いたちじゃない。

●ゼラドを止める
ヴィレアム「やめるんだ、ゼラド!」
 俺はゼラドの手に飛びつき、拳銃をもぎ取ろうとした。
ゼラド「わあぁっ、わあぁぁっ、わぁぁぁぁっ!」
 幼い子供のようなわめき声だった。
 ゼラドの顔色は紙のように白くなり、白い歯を固く噛み締めていた。
 それこそなにかに取り憑かれたように、引き金を引き続けている。
 銃弾が尽き、カチカチと虚しい音がするようになっても引き金から指を離そうとしない。
 明らかに異常だった。
 これはゼラドじゃない。
 かといって、若い母さんだとも思えない。
 いったい、なにが起こってるっていうんだ。
ゼラド「わあぁぁぁーーーーっ!」
 甲高く叫んだかと思うと、ゼラドの腕からふっと力が抜けた。
 ゼラドが俺の胸の中に倒れかかる。
 暖かさと柔らかさに、俺の心臓がかすかに揺れる。
 いや、ときめいてる場合じゃない。
 ゼラドの身体は熱かった。
 ロマンチックな意味じゃない。不吉な意味で熱いんだ。
ヴィレアム「ゼラド、大丈夫か、ゼラド!」
 ゼラドは応えない。いや、応えられないのか。
 焦点の定まっていない目を2、3度しばたかせ、がっくりとくずれ落ちる。
 意識を失ったのか。
 血色を失った唇から、苦しげな吐息が漏れている。
 大きな胸が不規則に上下していた。

■どうする?
●襲う
 落ち着け。
 俺まで錯乱してどうする。

●祠に運び込む
 ゼラドは俺の腕の中でぐったりとしたまま動かない。
 病院に運ぶべきか。いや、ついさっきゼラドが見せた行動を考えると、うかつに人と会わせるのは危険かもしれない。
 ゼラドが銃を向けていた祠が目に入る。
 銃弾を受けて木製の扉はボロボロに壊れていたが、建物そのものは無事だった。
 中に入ると、真っ暗だった。四方の壁を見ても、ロウソクの類はひとつもない。
 長く締め切られていたのだろうか、しめっぽく、かび臭い。
 それに、これはなんだろうか。なんともいえない独特の臭いがあった。
 奥には石灯籠に似た石塔が鎮座し、その周囲では正方形をした木札が散らばっている。
 火袋に当たる部分に、白い布が敷かれているのが見えた。
 かなり古いものらしい。昔は白かったのだろう布は、ねずみ色に汚れていた。
 ただ、中央部分が浅くへこみ、その部分だけは変色の度合いが薄い。
 なにか置かれていたが、最近になって持ち去られたように見える。
 ご神体泥棒でも出たんだろうか。
 ともあれ、せまいながらもゼラド1人を横たえておくスペースはありそうだ。
 俺はゼラドを祠の中に運び込んだ。

 数分が経った。
 ゼラドは古ぼけた板の間の上に横たわったままだ。
 目を覚ます気配はない。
 切なげな吐息だけが、休むことなく俺の耳を震わせていた。
ゼラド「……お……兄ちゃ……」
 ちくと、胸が痛む。
 ゼラドには、昔から実の兄のように面倒をみてくれていた人物がいる。
 俺がゼラドに対するのとおなじように、ゼラドがその人物に対してある種の感情を抱いていることは、ずっと前から知っていた。
 勝ち目はないのかもしれない。何度もそう思った。
 それでもあきらめきれなかった。
 その挙げ句が、これか。
 くそ、俺はなんて馬鹿なんだ。
 若い母さんに取り憑かれたことで、やっぱりゼラドの体調は万全じゃなかったんだ。
 それなのに俺ときたら、ゼラドをあちこち連れ回して。
ゼラド「……んんっ」
 ゼラドが苦しげに呻き、細い眉を歪める。

■どうする?
●救急車を呼ぶ
 俺はポケットから携帯電話を引っ張り出した。
 アンテナは一本も立っていない。圏外だ。

●キスする
 マウス・トゥ・マウスのことか?
 ゼラドはべつにおぼれたわけじゃない。

●服を脱がせる
 ゼラドの手が、苦しげに胸のあたりをさまよった。
 服がきついのかもしれない。
 そういえば、人並み外れて大きなバストを持つ彼女は、合う服がないとよくこぼしていた。
 俺はごくと唾を呑んだ。
 違うぞ。これは、そういう意味じゃない。あくまで、介抱としてだ。
 自分に言い聞かせるような、誰かにいい訳するようなことを呟きながら、俺はゼラドの胸元に手を伸ばした。
 と、そのときだった。
 どん、と遠くで空気が揺れた。
 祠がミシミシと音を立てて揺れ、天井から細かいものが降り注いでくる。
 地震でもあったのだろうか。
 そう思ったときだった。
 ギイと、いやな音をさせて半ば壊れかけていた祠の扉が開かれた。
 俺は目を疑った。
 発育過程の雌豹のような体格にブルーのボディースーツを貼り付かせ、青みがかった髪を持つ少女が祠の入り口に立っていた。
 若い母さん、イングレッタ・バディム、なのだろうか?
???「見ぃつけた」
 しゃがれた声だった。
 これは、違う。俺は直感した。
 たしかに、若い母さんは普段から大人びている。
 その一方で、単に感情表現を知らないだけの子供のような部分があることを、俺は知っている。
 目の前にいるこれには、その両方がない。
 深い皺ができるほど口を横に押し広げ、赤々とした口の中でいやに長い舌をぴちゃぴちゃと踊らせている。
 野生動物を思わせる生臭さと、老婆を思わせる老獪さ、それに、見ただけで嫌悪感を催させるような異様さだけがあった。
イングレッタ「どきな」
 のそりと、若い母さんの姿をした何者かが祠の中に入ってくる。
 と、そのときだった。
 俺の真横で鋭い風が吹いた。
 ゼラドが突如飛び起き、祠の戸めがけて突進したのだ
イングレッタ「じゃぁおっ!」
 若い母さんの口からヤマネコのような声が飛び出す。
 身を翻してゼラドの突進を避けるや、鋭角に折り曲げた肘を頭上に振り上げた。
 打ち落とされた肘がゼラドの背中に突き刺さる。
 と同時に、下から突き上げられた膝が容赦もなくゼラドの鳩尾にめり込んだ。
 無茶だ。俺は声もなく悲鳴を上げた。
 勝敗は目に見えている。
 中に若い母さんが入っているとはいえ、ゼラド自身は特別な訓練なんて受けたことがない普通の女の子だ。
 身体が着いていくわけがない。
 しかも、今は理性が働いていないような異常な状態だ。
 対して、若い母さんの動きにはためらいもなければ隙もない。
イングレッタ「面倒、かけさせるんじゃねえよ」
 崩れ落ちたゼラドの髪をつかみ、若い母さんはきゅうと唇をVの字に歪めた。

■どうする?
●イングレッタに挑む
 俺は板の間を蹴って跳び、若い母さんの手首をつかもうと腕を伸ばした。
 その腕を、あっさりと弾かれる。
 がらあきになった懐の中に、コンパクトな構えを取った若い母さんが飛び込んできた。
 小刻みな、無数の打撃。ひとつ残らず食らった。
 肋骨がメキメキと軋み、肺から空気が絞り出される。
 ふいと意識が飛びかけた。
 そこに、痛烈な突き蹴り。
 吹き飛ばされた。背中をしたたかに打ち付ける。
 ダメだ。とてもじゃないが近づけない。

●ゼラドを突き飛ばす
 とにかく、ゼラドを若い母さんから引き剥がさなくちゃ。
 俺は板の間を蹴って跳び、肩からゼラドにぶつかった。
 祠の扉を完全に壊し、ゼラドが雑草の上に転がり出る。
 危険な気配が俺の感覚を鋭く刺激する。
 真横からの痛烈な一撃が俺の顔面にめり込んだ。
 ぐわんと揺れた視界の中で、若い母さんが踵を返す。
 またゼラドを捕まえる気か。
 俺は手を伸ばし、若い母さんの肩を後ろからつかんだ。
イングレッタ「邪魔すんじゃねえよっ!」
 若い母さんの口からは聞いたことがない、荒々しい怒鳴り声だった。
ヴィレアム「若い母さん、いったい、なにがどうなってるんだ。
 ゼラドを、どうするつもりだ」
イングレッタ「知れたこと。食らうのよ」
 視界に火花が散った。
 食らった。裏拳。鼻の下にある急所、人中にモロだ。
 頭部に立て続けに食らった衝撃に、脳が悲鳴を上げる。
 続いて、来る。後ろ蹴り。とっさに受け止める。
 しかし若い母さんは寸秒の間も止まらない。
 小さな拳を顔の前で揃え、俺の懐に飛び込んでくる。

■どうする?
●乳をもぐ
 女性というものは、乳房をつかまれると反射的に動きを止めると聞いたことがある。
 あまり褒められた手段じゃないけど、緊急事態だ。
 俺は小振りな乳房に向かって手を伸ばした。
 鋭い痛み。
 手をはたき落とされた。
 肩から背中にかけて、がら空きの姿を相手にさらす結果になる。
 脇腹に痛烈な一撃が突き刺さる。
 次の瞬間、ぐいと身体を後方に引っ張られた。
 柔道でいわれるところの奥襟を取られた。
 大外刈りの変形のような投げ技。床に叩きつけられる。
 まったく無防備な姿をさらした瞬間に、喉を踏みつけられた。
 命の危険を感じる。
 俺は自分の馬鹿さ加減をののしった。
 もっともガードが固められた胸元を攻めればこうなると、わかりそうなものだったのに。

●髪をつかむ
 男女問わず、兵士や格闘家は髪を短く刈り上げているものだ。
 それは、格闘戦をやる上で長い髪の毛が大きな弱点になるからにほかならない。
 いうまでもなく、人間はほかの生き物と比べると異常なほど頭部が大きい。
 そこに深く根付いた髪の毛をつかまれれば、全身のコントロールを失う。
 若い母さんも、そのくらいのことを知らないはずがない。
 それでも彼女が髪を伸ばしているのは、自分の腕前について絶対の自信があるからだろう。
 ただし、今の若い母さんならどうだ。
 荒々しい息を吐き、目をギラギラとたぎらせるその姿には、普段の冷静さがまるでない。
 いけるかもしれない。
 俺は若い母さんの髪に向かって手を伸ばした。
 つかむ。つかめた。
 若い母さんがいまいましげに顔を歪める。
ヴィレアム「わあぁぁぁっ!」
 無我夢中で、俺は若い母さんの身体を振りまわした。
 若干の抵抗が入る。俺はますますメチャクチャに喚きたてた。
 俺と若い母さんはもつれ合うように祠から飛び出し、雑草の上に転がった。
 俺の下に、若い母さんの顔があった。
 ほとんど偶然だったとはいえ、俺は若い母さんを組み敷いていた。
 いくら相手が若い母さんでも、単純な体格と腕力では俺が上だ。
 このままおかしなことをしなければ、若い母さんを捕まえておける。
イングレッタ「けひひひひ!」
 奇怪な笑い声を上げて、若い母さんがぐわと口をあけた。
 白い歯が上下に広がり、そして噛み合わされた瞬間火花が散る。
ゼラド「ヴィレアムくんっ!」
 ゼラドの悲鳴が聞こえたような気がした。
 俺が感じたのは、ただ『熱い』というひと言だった。
 真っ赤なものが俺の眼前に押し寄せる。
 炎、なのか。まさか、若い母さんが火を吐いた?
 俺はたまらず顔をのけ反らせた。
 髪の焦げる異臭が鼻を刺激する。
 さらに、電撃に似た衝撃が俺の全身を貫いた。
 五感が一瞬機能を止める。激痛が身体を麻痺させる。
 俺の身体を押しのけ、若い母さんが立ち上がるのがわかった。
 おれには、なにもできない。
 熱風が俺の全身に吹き付けていた。
 かすれた視界は一面の赤に彩られている。
 火事だ。
 若い母さんが吐き散らした炎が、草や木にまわったのか。
 燃え盛る炎の中で、ゼラドと若い母さんが対峙しているのが見えた。
 逃げろ。俺の口は、そのひと言すら発してくれない。
イングレッタ「手間ぁかけさせんじゃねえよ。
 あたしゃぁ、おめぇを食らうんだからよ」
ゼラド「うん」
 こくんと、小さく、しかしはっきりとゼラドが頷く。
ゼラド「わかるよ。今は、わたしもあなたも、イングレッタちゃんだから」
イングレッタ「だったら、おめぇ」
ゼラド「うん、ごめんね。
 わたしの中のイングレッタちゃんは、あなたを怖がってる」
イングレッタ「怖いだぁっ?」
 若い母さんがぎりと歯ぎしりをした。
 その全身が一瞬青く発光したかと思うと、青い稲妻が大量にほとばしり出た。
 電撃は四方に散らばり、無数の木々を一瞬で黒焦げにし、打ち倒す。
イングレッタ「てめぇ、どんだけだったと思ってんだ!」
 地響きの中で、若い母さんの姿をした何者かは荒れくるっていた。
イングレッタ「500年、500年だぞ!
 わたしゃぁ、500年も待ったんだ!
 その挙げ句に、てめぇがわたしを嫌がるっつうのかよぉっ!」
 放たれる叫び声と、吹き荒れる紫電の中で、ゼラドはとつとつと歩く。
 雷撃に肩口を焼かれても、その歩みは揺らぐことがない。
 荒れくるう若い母さんに近づくと、その顔に向かって白い手を伸ばした。
 怒りの皺が刻み込まれた頬を、両側から覆う。
ゼラド「怖がることないんだよ? どっちも、イングレッタちゃんなんだから、ね」
 誰に話しかけているのかもわからないゼラドの言葉に、若い母さんの姿をした何者かがはっと息を呑んだ。
イングレッタ「おめえは、そうか、若いわたしと溶けて」
ゼラド「大丈夫。わたしがあなたを食べてあげる。
 わたしの口の中なら、なにも怖くないでしょう?」
 野獣の形相を呈していた若い母さんの顔が、不意に和らいだ。
 長い旅路の末にようやく自分の家に帰り着いた子供のようだと、俺は思った。
 若い母さんが、どこからか握り拳大の石を取り出した。
 鈍い青色に輝くその石を、ゼラドに向かって差し出した。
 ゼラドが、小さく頷いた。
 青い光が膨らんだ。
 溶け込むように、ゼラドと若い母さんの姿が見えなくなる。

 しばらくの間、気絶していたらしい。
 俺の前で、ゼラドと若い母さんが倒れている。
 全身の痛みに歯を食いしばりながら、俺は二人のところに身体を引きずっていった。
ヴィレアム「ゼラド、若い母さん」
 返事はない。しかし、心配もないように思えた。
 パチパチと火が爆ぜる音に囲まれながら、ゼラドも若い母さんも穏やかな顔をしている。
 静かな寝息すらたてていた。
 安堵しかけた横から、熱風が吹き付ける。
 そうだ、火だ。
 俺は二人の身体を両手に抱え、周囲を見渡した。
 完全に炎に囲まれている。隙間はまったく見えない。
 しかし、このままここにとどまっていれば間違いなく全員焼け死んでしまう。
 できるか。
 二人を火からかばいながら、炎の壁を突破する。
 もしも炎が分厚ければ、そこで命運は尽きる。
 それでも、やらないわけにはいかない。
 俺は下腹に力を入れた。
 と、そのときだった。
 突風、いや爆風が起きた。
 炎が吹き散らされる。
 炎のカーテンに破れ目ができた。
 なにが起こったのか考えている暇はない。
 俺は二人を抱え、土煙が上がる中に飛び込んでいった。
???「何者だっ!」
 敵意を含んだ声。男、いや少年の声だった。
 そして、聞き覚えのある声だった。
 濃い土煙の中に、二人分の影が浮かび上がる。
 灰色がかった銀髪を持つ少年、そして赤みがかった髪を持つ小柄な少女が並んで立っていた。
ヴィレアム「ハザリア?」
ハザリア「貴様、ヴィレアムか?」

【午後9:00 病院】
 急な患者ということで、俺たちはおなじ病室に押し込められた。
ヴィレアム「つまり、あの爆発はお前がやらかしたものだと」
ハザリア「つまり、あの火事は貴様らが起こしたものだと」
 俺とハザリアは、隣り合ったベッドの上で互いに睨み合っていた。
ヴィレアム「お前はなに考えてるんだ。死ぬかと思ったぞ!」
ハザリア「ふざけるな貴様ぁっ!
 せっかく氷結地獄から脱出したと思ったら火炎地獄に迷い込んでしまったときの俺の恐怖がわかるか!」
ヴィレアム「この、ビビリ!」
ハザリア「このヘタレが!」
リトゥ「あの、二人とも」
 マリの妹であるリトゥ・スゥボータがおたおたと口をはさむ。
 そのまま、ハザリアたちはなにやらぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
 あいつらはいつもこうなんだ。相手にしていると傷に障る。
ヴィレアム「でも、あの若い母さんはなんだったんだろう」
 俺はちらりとふたつ隣のベッドを見やった。
 若い母さんは、まだ目を覚まさないまま寝息を立てている。
ゼラド「あれは、引き裂かれたイングレッタちゃん。
 氷の中で、500年も閉じこめられてたんだって。
 500年もなにも食べてなかったら、それはちょっとイライラしても、仕方ないよねえ」
 いや、あれは『ちょっとイライラ』なんていうレベルじゃなかったと思うけど。
 それを、ゼラドは近所にいる更年期障害のオバサンのことのように話すのだ。
 でも、どうしてゼラドにそんなことがわかるんだろう。
 俺の視線に気が付いたのか、ゼラドはどこか困ったような笑顔を浮かべた。
ゼラド「あのとき、わたしとイングレッタちゃんの心はほとんど溶け合ってたの。
 だから、ちょっとだけ事情がわかるっていうか」
 フィジカル優位とメンタル優位という言葉を、若い母さんは使った。
 つまり、あの荒れくるっていた若い母さんにはメンタルというか魂がほとんど入っていなかったのだろう。
 それなら、あのケダモノじみた言動も少しは理解できる。
ヴィレアム「ゼラドを食らうとかいってたあれは、
 ようするに元の1人の若い母さんに戻るっていう意味だったのかな」
ゼラド「うん、たぶん」
ヴィレアム「でもそうすると、なんでゼラドの中にいた若い母さんはあんなに抵抗したんだろう。
 元に戻らなくちゃっていうのは、自分でもいってたのに。
 魂が溶けて、まともな判断ができなくなってたのかな」
ゼラド「それもあるんだろうけど」
 ゼラドはどこか悲しげな表情を浮かべて、ふいと空中に視線をさまよわせた。
ゼラド「なんかね、イングレッタちゃんはわたしの中から出ていきたくなかったみたい」
ヴィレアム「まさか、ゼラドの身体を乗っ取ろうと?」
 ふると、ゼラドは緩くかぶりを振る。
ゼラド「なんかね、わたしの中は居心地がよかったみたい」
 それは、どういう意味だろう。
 俺は若い母さんが寝ているベッドを見やった。
 驚きに身体が止まる。
 ベッドはもぬけの殻だった。
 脇にあった窓が開け放たれ、クリーム色のカーテンが夜風に揺れている。
 あの人は、本当に何者なんだろう。

;ENDING
;黒で塗りつぶし(裏画面も含む)
#FILLBLACK
=1
;ENDING後
;エピローグ
 明けて覚めると、俺は落胆することになった。
 あの日のことを、ゼラドはまったく覚えていないらしい。
 どこからといえば、若い母さんに取り憑かれたところからだ。
 あれもこれもどれも、すべて忘れてしまったのだという。
ゼラド「今日連絡があったの。あのね、お兄ちゃん、もう少しで帰ってくるって」
 今日も、今までとなにも変わらない一日だった。
 ゼラドは目をウキウキと輝かせて俺に話しかける。
 俺とゼラドの関係はなにひとつとして変わっていない。
 ゼラドの、あの人に対する感情もなにも変わらない。
 俺のゼラドに対する感情だけが、痛みを伴う膨張を続けるだけだ。
ゼラド「それでね、お兄ちゃんと話したの。
 今度ヴィレアムくんと三人でどこか行こうって!」
ヴィレアム「俺も?」
ゼラド「うん、あの日、ヴィレアムくん、カッコよかったから!」
 いいかけて、ゼラドははたと口を押さえた。
ゼラド「あれ、いつカッコよかったんだろ」
 なにかいおうか、いってもいいのかと慌て始める俺の前で、ゼラドはやっぱりいつもの通りに笑うのだった。
ゼラド「ま、いいよ。ヴィレアムくんだって、お兄ちゃんのこと好きだもんね!」
 ゼラドがいて、あの人がいて、俺がいる。
 今は、その関係でいいのかもしれない。
 でも、これから徐々に変えていこう。
 いつでも、あの日くらいの勇気が出せるように。
 ゼラドが困らないくらいカッコいい姿を見せられるくらいに。
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最終更新:2009年11月14日 11:20
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