マキネ円月殺法無頼控


30代目スレ 2009/11/17(火)
 ■
 その日も、マキネ・アンドーは縁側に座ってムラタのヒゲにブラシをかけてやっていた。

「旧DCの関係者ばっかり?」
「ええ」

 すでに季節は秋を過ぎ、冬本番が間近に迫っている。基本的に赤道近くで活動している
身に、このあたりの気候はこたえるらしい。バチュンという通称で呼ばれる男は寒そうに
身を縮めていた。褐色の肌は情けない鳥肌でびっしりと覆われている。

「この町にはお嬢さん始め、旧DC関係者が多いのでお知らせに窺ったのですが」

 ここのところ、旧DC関係者の子弟が次々と失踪しているという話だった。
 バチュンの言うとおり、このOG町には旧DCの関係者が多くいる。DC創始者ビアン・
ゾルダークの孫であるマキネを始め、ゼラド・バランガユウカ・ジェグナンの親たちも
DCに籍を置いていたことがある。DCと協力関係にあったコロニー統合軍まで手を伸ば
せば、司令官の孫やエリート部隊兵の娘などもそろっている。
 あまりに重要人物ばかりそろっているから、このOG町には常に公安の捜査官がうろついて
いるという噂があるほどだ。

「そんな話、聞いたことないよ」
「まだ、親御さんたちの方でも誘拐されたのか単に家出しただけなのかわからない状態なんですよ」
「ふうん」

 どうやら、消えたのはそれほど素行がよくない子供ばかりであるらしい。この町でいえば、
ユウカ・ジェグナンやレタス・シングウジあたりが危ないか。

「でもさ、そういう話があるんなら、まずは他人の心配より自分とこの心配するべきなんじゃん?」
「それがですね、我々の同志は被害に遭っていないんですよ」
「そんなら犯人、ノイエDCの誰かなにじゃないの」
「冗談いわないでください。我々の同志に、そんな不埒者はいません!」

 そりゃ、あんたはそう思うだろうね。マキネは内心で独りごちた。
 現在のノイエDCはまさに残党というのが相応しく、人数は末端含めて数千人しかいない。
せいぜい、ちょっと名が知られているゲリラ組織だ。その分結束が固いし、このバチュン
という男が妙にフットワークが軽いものだから、連絡は密に取れている。隠れておかしな
ことをする者が出る可能性は低い。

「じゃあ、なんだっけ。ほら、あったじゃん。
 フランスのヌーベルDC。あそこは?」
「あそこは、その」

 バチュンが言葉を濁す。
 10年ほど前にノイエDCから分裂したヌーベルDCは権利団体という性格が強い。レー
ルガンやアサルトブレードなど、アーマードモジュールまわりの権利を管理し、イスルギ
重工あたりが製品を作るたびに収入を得ている。分裂の際、相当数の特許を持って行かれた
ためにノイエDCとは非常に仲が悪い。たしか、本来マキネの祖父ビアンが持っているべき
特許もいくつかかすめ取られていた。ハイエナみたいな連中、とバチュンなどは遠慮なくそう
吐き捨てている。

「連絡先、知りませんから」
「あたし知ってるから、ちょっと訊いてあげるよ」

 マキネは縁側に放り出していたPHSを拾い上げて番号を押し始めた。

「なんで知ってるんですか」
「ん~、前に、セミナー出ませんかってメール来て」
「それ以前に、なんで今どきPHSが稼働してるんですか」
「さあ、なんでだろ。あたし幼稚園のころからコレだからね」

 4度の呼び出し音の後、相手が出た。
『もしもし』
「ああ、マキネ・アンドーだけど」
『なんでしょう』
「なんかさ、行方不明者がよく出てるって話なんだけど」
『私共のところでそんな話は出ておりません』
「ならいいんだけどさ」

 マキネが言い終わるよりも先に、通話は向こうから切れた。
「怪しいね」
「今どきPHSで通話できていることも相当怪しいですが」」
「『私共のところで』っていったのよ。あたしはDC関係者だなんて限定してないのにさ。
 単に行方不明者っていうなら、世間話だと思うのがフツーじゃん?」
「それはまあ、そうですが」

 バチュンは気乗りしなさそうに腕組みをする。

「そんな揚げ足取りのようなことだけで疑うのは」
「それにさ、今どきDCにちょっかいかけて得するとこなんてほかにないじゃん」
「そういうことをいわないでくださいよ」
「今さら星間戦争でもないのに、誰に対する聖十字だってのよ」
「ですからそれは、民衆のため大儀のためにですね」
「いいから、じゃ、ヌーベルDC突いてみな。
 あたしムラタをお風呂に入れてあげなくちゃだし」
「着いてきてくれませんか」
「あのね、女子高生がトイレ行くんじゃないんだから」
「私が行ってもケンカになって終わりですから」
「仲良くしなよ、おなじDCなんだからさ」

 マキネはムラタの喉仏をごりごりと撫でた。

 ■
 フランス名物犬のクソまみれの道路を、マキネはバチュンの運転する中古車に乗って移動
していた。隣ではムラタが雌伏したままロゼワインをぴちゃぴちゃと舐めている。
 ヌーベルDCの本部は、ビジネス街の一角にあるビルの中にあった。ワンフロアを借りて
いるわけではなく、ビル丸ごとがヌーベルDCの持ち物なのだそうだ。あちこちにプレハブ
小屋に毛が生えたようなアジトを持っているだけのノイエDCとは、だいぶ台所事情が
違うらしい。

「なんでノイエDCは貧乏なの?」
「ヌーベルDCに権利関係持ってかれたからですよ」
「そういうつまんない禍根残すから、さっさと解散しろっていってんのよ」

 ビルの中に入ると、病院に似た匂いがした。リノリウムの床も白い壁も清潔に保たれて
いる。これもまた、砂まみれのノイエDCにはない要素だった。

「あっ」

 受付に向かう途中で、バチュンが声を上げる。

「いま、奥の廊下を横切っていったのは」
「なに、どうしたの」
「プラットさんの甥っ子さんですよ」

 DC戦争時に傭兵として活躍したトーマス・プラットの甥っ子もまた、今回の失踪者
の一人だと聞いている。叔父に似て、手の付けられない不良息子だという話だった。
こんなビジネス街の一角には不似合いな人物だ。

「そういやあんた、バン大佐とどういう親戚なんだっけ」
「いまさらなにいってるんですか」
「失踪者が見つかったってんなら、それでいいじゃん」
「なんかこう、腑に落ちませんね」

 受付を見ると、ムラタが雌伏したままカウンターの上に置かれている飴玉をバリバリと
かじっていた。

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 ヌーベルDCの総帥室は、非常に居心地の悪いものだった。
 鼻の両穴にピアスを着けた男が、趣味の悪い虎側のソファに背中を埋めている。唇の
薄い、酷薄そうな男だ。
 男の名はアンドレ・コッホ。かつてDC副総帥を務めたアードラー・コッホと、なにが
どう繋がっているのかよくわからないが、とにかく親戚らしい。

「失踪者はいないって話だったけど?」

 マキネの言葉に、コッホはくつくつと声もたてずに笑った。

「ああ、私共では、彼らを失踪者だと認識しておりません」
「なにをいうか!」

 バチュンが気色ばんで立ち上がる。

「お前達が旧DC関係者を拉致していたという、動かぬ証拠ではないか!」
「野蛮人は黙っていてください」
「インテリ気取りの人さらいがなにをいう!」

「我々はなにも強制などしておりません。
 彼らは進んで我々の元にやって来たのです」
「なにをバカな、誰が好きこのんでこんな犬のクソまみれの街に」
「それは間違ったフランス観です。
 飼い主が犬のフンを掃除などしたら、掃除夫の仕事がなくなるでしょう」
「それこそクソくらえだ!」
「ムラタ」

 マキネの声に、ムラタが雌伏したままバチュンの背中にずしりとのし掛かる。

「で? 失踪者はなにを好きこのんでフランスくんだりまで来たんだって?」
「来ていただければ分かります」

 コッホはするりと立ち上がり、マキネに向かって気取った仕草で手を突き出してきた。

 ■
 エアシャワーを浴びて進んだ奥には、CTスキャンに似た巨大な機械が据えられていた。
周囲では白衣姿のスタッフが数人、モニターを覗き込んだり計器をいじったりしている。

「なにあれ」
「粒子加速器ですよ。あれほど小型なものは世界的に見て希ですが」
「ふうん」

 まあ、DC関連の施設にあって不思議な装置ではない。
 粒子加速器とは、炭素などの重粒子を加速し、粒子同士を衝突させるなどしてその
放射光を利用する装置のことだ。一般にビーム兵器と呼ばれているものはこの応用だ。
 粒子加速器の小型化には、テスラ・ライヒ研はもちろん、マキネの祖父ビアン・
ゾルダークの功績が大きい。この小型粒子加速気にしても、ひとまわり大きいのを
祖父のアルバムで見たことがあった。

「それで、これどうするの。リオン系に持たせるにしちゃ小型すぎるけど」
「軍事利用など考えておりませんよ。イスルギがうるさいですからね」

 コッホは鷹揚に笑う。
「あれは医療機器です」
「でもさ、それだったらこんな素ビルでいじくるより、
 ちゃんとした医療メーカーの施設でやった方が手間がかかんないじゃないの?」

 粒子を患部に照射し、ガン細胞などを直に破壊する加速器なら、旧世紀から研究されている。
EOTによって飛躍的な技術の向上を見たとはいえ、粒子は繊細な存在だ。ましてこれは、
鉄器の装甲をブチ抜く兵器ではなく医療機器だという触れ込みだ。精密な制御を行うため
には、自然界の千分の一ほどのチリも落ちていないクリーンルームで、専用の防護服
を着て扱わなければならない。

「我々はこれを『ヘルメス』と呼んでいます」
 コッホが誇らしげに説明する。

「具体的には、大脳辺縁系の扁桃体、さらに間脳、視床下部など、
 開藤手術では届かない奥まった組織に粒子を照射し、
 自我の形成、思考にアプローチする装置です」

「ええと、脳改造、みたいな?」
「我々は自己の再形成と呼んでおります」

 ご覧ください、とコッホが粒子加速器に向かって手を伸ばす。見ると、トーマス・
プラットに似た金髪の少年が白衣にマスクという姿でキーボードを叩いていた。失踪
したというプラット少年だろう。たしか、年齢は14、5才だと聞いている。

「あの少年はジュニア・ハイスクールでも決して誉められた成績ではありませんでした。
 それが、現在はどうです。
 世界的な素粒子博士と対等に会話し、装置の精度向上に貢献しております」
「それが、その『ヘルメス』のおかげだって?」
「マドモアゼル、知能が高いとはどういう状態でしょう」
 コッホは気取った仕草で手を翻した。

「脳の大きさですか? でしたらクジラの脳の方がはるかに大きい。
 脳のシワですか? でしたらイルカの脳のほうがはるかにシワクチャです。
 知能とは、発想のバリエーションです。
 農夫はリンゴが落ちても味の心配をするだけですが、
 アイザック・ニュートンは重力の影響を発想しました。
 脳細胞を構成するシナプスから適切かつ新鮮な発想を行う。
 それが天才というものです。
 しかし、悲しいかなシナプスは複雑怪奇なものです。
 正しい解答が得られるかどうかは、本人ですら制御できない。
 制御できるようなら、人類は過ちなど犯しておりませんからね」

「つまりあんたたちは、人工的に天才を作り出してるっていいたいわけ」
「ご理解が早くて助かります」

 コッホはぺこりと慇懃な様子で頭を下げる。
「出来ましたら、ぜひビアン博士にもご協力していただきたいのですが」
「ああ、ムリムリ。じいちゃん、もう老眼だもん。
 脳細胞なんて細かいモン、危なっかしくていじれたもんじゃないよ」
「お嬢さんにご協力していただいてもいいのですが」
「ムリだよ。あたし文系だもん」
「そういう固定概念を根底から覆すことが出来るのです。この『ヘルメス』なら」
「あのさあ」
「なんです」
「あたしは、アイザック・ニュートンに比べて農夫さんが頭悪いとは思わないよ。
 重力どうこうより、リンゴの酸い甘いの方が大事だもん」
「あ、なにを」

 コッホが制止するより前に、マキネはガラス張りのドアを開いた。粒子加速器のそば
でなにか作業しているプラット少年に向かってつかつかと歩いていく。

「3年くらい前に会ったことあったっけ?」
「こんにちは、マキネお姉ちゃん」

 プラット少年は不気味なほど朗らかな顔をして挨拶をする。その顔を、マキネは平手
でもって引っぱたいた。

「こんにちは、マキネお姉ちゃん」
 プラッチ少年は瞬きひとつしない。

「これが天才だって? あたしにゃとんだマヌケに見えるけど」
「精度は現在発展途上です。彼ら本人の手で、日に日に技術革新を見ています」
 コッホはまったく動じようとしない。

「自我とは、自分自身で築くものでしょう。
 でしたら、いうことを聞かない脳細胞よりもこの粒子加速器を使うべきだとは思いませんか」
「脳細胞ってのは、死んだら再生しないんじゃなかったっけ」
「シナプスの伝達は反復によって増大します」
「あっそ。でもあたしさ、注射とか嫌いでさ」
「そうしたくだらないこだわりを捨てられるのが、当『ヘルメス』です」

 コッホが押し殺した声を出す。
 と、ざわりと場の空気が揺らいだ。白衣姿の男達がマキネを取り囲んでいる。
 アードラー・コッホは、薬物の投与や催眠暗示などによって兵士の機能向上を図った。
その成果は、オウカ・ナギサなどの名前を検索すれば知ることが出来る。しかしこの
精度は、かつてのゲイム・システム以上だ。薬物などによる間接的なものではなく、
直に脳細胞をいじっているのだから当然か。

「お嬢さん!」

 やはり白衣姿の男たちに囲まれながらバチュンが叫んでいる。

「ムラタ!」

 マキネの命令から1秒も間を置かず、ムラタがバチュンの背中に飛び乗りそのまま雌伏し始めた。

「なにするんですかお嬢さん!」
「あんたは手ぇ出すんじゃないよ。
 ノイエDCとヌーベルDCの抗争なんて話になったらめんどくさいからね」
「ご立派だ」

 白衣姿の男から対人サイズのアサルトブレードを受け取りながらコッホが微笑む。
「お祖父さまの気概が見られる。
 しかし、部下を放ってひとり戦おうとするその姿勢が、
 その後のDCの混乱を産み出したことを忘れてはいけない」
「そういわないでよ。じいちゃんは天才の常でワンマンなのさ」

 マキネは腰に手をやった。ベルトに挟んでいたグリップを握り、抜き放つ。対人用
ロシュセイバーの光る刃が実験室の空気を明るく照らし出した。

「聞くけどさ。あんた、他人にやったからにゃ、そのヘルメスってのを自分でも試したんだろうね」
「もちろん」

 コッホが踏み込んでくる。速い。アサルトブレードの刃先が空気を幾度も裂いた。一度、
二度、三度。触れれば切れるロシュセイバーの刃が、かすりもしない。
 ジャケットの肩が避けた。タンクトップが敗れて、ブラをしていない肩が剥き出しになる。
皮膚が焦げているのが、臭いでわかった。

「身体を動かしているのも、また脳です。
 すべては脳に繋がっているんです。脳を支配すれば、ひとは好きなだけ進化できる。
 そう、ヘルメス神の宝をたまわったペルセウスのように」
「そう、よかった」

 マキネはニヤリと笑い、ロシュセイバーの刃先をつま先から三寸の地摺りに構えた。
刃を小刻みに波打たせながら円形を描く。
 コッホの動きが一瞬止まった。その視線は、吸い寄せられるように光る刃に注がれている。
 戦いのさなか、剣客は相手の顔と刀から目を離さないものだ。その習性を利用して、
一瞬の幻惑に誘い込むのがこの剣術だった。

「円月殺法無頼控」

 刃を振り下ろす。
 コッホの鼻が縦に裂けた。皮膚がぱっくりと割れて、一瞬の後鮮血が飛び散る。野獣のよ
うな唸り声を上げて、コッホが床の上にひっくり返った。

「天才の後始末すんのが凡人の務めだからね」

 コッホの絶叫が響く中、白衣姿の男たちが所在を失ったように視線を宙にさまよわせ始める。
 マキネはロシュセイバーの刃を納め、グリップでもって彼らの側頭部をぶん殴り始めた。

 ■
 アンドレ・コッホはフランス市警に連行されることになった。医療目的の粒子加速器を
扱うには政府への申請が必要なのだが、コッホはその申請をしていなかったのだ。
 ただし、コッホの罪状は粒子加速器の無認可使用だけだった。脳に粒子を照射する処置
については被験者の同意書を得ていることもあり、刑事罰に問えるかどうか微妙なのだと
いう。おそらく、これから長い長い裁判が始まるはずだ。

「チョベリバぁ」

 フランス名物犬のクソ塗れの道路を歩きながら、マキネは舌を突きだした。

「幸いというかなんというか、処置を受けた者たちは戻る見込みがあるようですよ。
 それこそ脳細胞なんて何億個もあるんですから、
 人間がちょっとやそっといじったくらいじゃどうってことありませんよ」
「それとおんなじ論理で、あいつが罪に問えるかどうかも微妙なんだよね」
 いいところ詐欺罪だろうな、と憂鬱な脳で考える。

「だからDCなんてさっさと解散すればいいんだよ。
 古いもん無理矢理続けてたって、腐るだけじゃん」
「それでもひとは権威を、象徴を求めるものです。
 そして象徴たり得る人物はあまりにも少ない」
「あんた、バン大佐とどういう親戚なんだっけ」
「だから、なんでそれを蒸し返すんですか」

 道路の隅では、ムラタが雌伏したまま犬のクソをフンフンと嗅いでいた。

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最終更新:2009年12月17日 02:57
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