30代目スレ 2009/12/02(水)
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あの人物と出会ったのは、いつのことだったろう。
自分の生まれはよく覚えていない。メキシコだったような気もするし、中東のどこか
だったような気もするし、アフリカ大陸のどこかだったような気がする。
一番古い記憶は、牛糞を固めて作った家の中で女性の死を見取ったことだった。たぶん、
母か姉だったのだろう。
当時住んでいた村が流行病に襲われたのだ。村の年寄りからは大した病気ではなく、
「れんぽうぐん」が「わくちん」を持ってくれば助かると聞かされていた。しかし
「わくちん」が運ばれてくることはなく、村はほぼ全滅してしまった。
母なのか姉なのかもよくわからかない女性の身体を埋めた帰り道で、軍人たちに出会った。
しかしその軍人は、今まで見たことがあるものとはどこか違っていた。制服のデザインが
どことなく違ったし、どことなく汚れた感じがしていた。
「この村の者か」
褐色の肌に、ココアを薄めたような色の髪とヒゲを生やした軍人にそう尋ねられた。
私はとっさに腰のナイフを抜いていた。彼らを軍人に化けた盗賊だと思ったのだ。
「みんなしんだんだ。もうねむらせてあげて」
そんなようなことをいったような気がする。
ココアを薄めたようなヒゲの軍人は、刃物を向けても避けようとしなかった。むしろ、
その図太い脚でのしのしと近づいてきた。
幼い私はなにがなんだかわからなくなって、刃物をわやくちゃに振りまわした。
軍人が、ぬっと大きな手を伸ばした。
バシンと音がして、刃物はあっけなく私の手から弾き飛ばされた。
大きな腕が私を抱え上げて、やはり大きな肩に載せた。
「大佐」
「そんな子供を、どうするおつもりですか」
軍人の後ろにいた、金色のヒゲを生やした男と、真っ黒なヒゲを生やした男が口を開いた。
「しばらく、儂のところで面倒を見ようと思う」
「しかし」
「見よ、連邦軍の救援は間に合わず、村はこの有様だ。
この幼い身では、すぐさまハイエナの餌食にされてしまうだろう」
間近で見る軍人の目は、とても悲しそうだった。
「それに、見たであろう。この子には、肉親のために刃を握った。戦士の気概がある」
「それは確かに」
「小僧、名をなんという」
私は、当時名乗っていた名前を口にした。たしか、現地の言葉で「勇気」とかそんな
意味の単語だったと思う。
「不思議と発音が似ておるな」
軍人はさも愉快そうに笑った。
それが、私とバン・バ・チュン大佐との出会いだった。
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バン大佐が死んだ。
そのことを教えてくれたのは、ノイエDC所属だったユウキ・ジェグナン少尉だった。
「立派な最期だった」
ジェグナン少尉は言葉少なだった。おそらく、実際は立派でもなんでもなく、みじめな
死に様だったのだろう。
「しょういは、どうされるんですか?」
私は、まだ5、6歳だったと記憶している。
「変わらない。地球のために戦う」
「じゃあ、ボクも」
「連邦軍に入るのか」
少尉がなにをいっているんか、まだほんの子供だった私には理解出来なかった。
「れんぽーぐんは”あく”なんじゃないんですか?」
ジェグナン少尉は、ほうとため息をついた。その表情を「憂い」と呼ぶことは、当時の
私にもわかった。バン大佐が、よくおなじような顔をしていたからだ。
「俺たちは、知らないうちにお前を洗脳してしまっていたのだな」
「れんぽーじゃ、ちきゅーをまもれないって、おっしゃっていたのは、しょーいです」
「いいか、バチュン。
地球連邦もまた地球を守るための組織で、悪ではない」
まだ世界が善と悪で構成されていると思っていた私に、ジェグナン少尉の話は少し難しかった。
「でも、れんぽーは”だじゃく”で”ふはい”なのでしょう?」
もともとDCは、異星人の侵略に対抗するために作られた組織だった。そのためには、
地球圏が手に手を取り合って一個の協力な軍事力を持たなければならない。ところが、
当時の連邦軍は事なかれ主義が横行し、異星人に尻尾を振る有様だった。そんな風潮に
異を唱え反逆したのがDCであり、DC創始者であるビアン・ゾルダークだった。
バン・バ・チュン大佐は、元々民族解放運動のリーダーで、ビアン総帥の思想に共鳴
してDCに入ったとされている。しかし実際は、反異星人というより反地球連邦という
性格が強かったのではないかといわれている。
当時まだ十歳にもならない私は、地球連邦軍の悪口を聞かされすぎていたのだ。
「地球連邦も、これからは変わっていく」
「しょーいは、れんぽーに入られるのですか?」
「入らない。俺は、俺の同志たちと共に行く」
「ボクは、DCでいたいよ」
「ノイエDCで育ったお前がそう思うのは無理のないことだ」
よく聞け、とジェグナン少尉は幼い私に対して真剣にことの説明をしてくれた。
「ノイエDCは崩壊した。負けたのではない。自滅したんだ。
もう、ビアン総帥もバン大佐もいない。
残っているのは地球連邦憎しの感情論者と、利権に群がるイヌだけだ。
これ以上ノイエDCにいても、お前に得はない」
「でも、バン大佐のめには、”せいぎ”がありました。ボクもああなりたい」
ふうと、ジェグナン少尉が深々とため息をついたのを覚えている。
「この先、ノイエDCは分裂と弱体化を繰り返していくだろう。
それでも、ノイエDCでいつづけるためには、並大抵のことではない」
「どうすればいいんですか?」
「わずかだが、バン大佐はお前に遺産を残してくれた。
これで学校に行くんだ。
学べ、鍛えろ。そして、自分自身の正義を探すんだ」
今にして思えば、ジェグナン少尉は私にやんわりとノイエDCを抜けろと勧めていたのだ。
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バン大佐の遺産は、本当にわずかだった。あとで調べてわかったが、彼は私財をなげう
ってノイエDCの活動を続けていたのだ。
私は奨学金を受けてカレッジを出た。政治を学び、武術を、射撃を身に付けた。もう、バン
大佐を完全な正義だと思うこともなくなっていた。彼は純粋な民族解放運動家であって、
異星人のことはどうでもよかったのかもしれない。
一方、地球連邦軍はといえば、大して変わっていなかった。相変わらずの官僚主導で、
功績のあるベテランパイロットを左遷するなどという不条理極まりないことを平気で
続けていた。ベテランパイロットひとりを育て上げるのに、どれだけのカネと時間が
必要か理解していないとしか考えられない。
なにより許せないのが、連邦軍が治安維持に向かうのは資本か資源のある国ばかり
ということだ。私の故郷のような貧しい地方は見捨てられ、餓死者が何人も出続けている。
学校を卒業した私は古巣に戻り、ほとんど有名無実化していたノイエDCを新たに
旗揚げし直した。もはやバン大佐のためだけではない。私にあったような悲劇を繰り
返させないためだ。
結果的にバン大佐とおなじ道を歩むことになったのは、やはりバン大佐にも正義が
あったからなのだろう。
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その日も私は、砂漠で砂まみれになって作業用PTを操っていた。
「やってられませんよ」
そう毒づいたのは、私とおなじくノイエDCに育てられ、そのまま居着いてしまった少年兵だった。
「なんで連邦野郎が埋めた地雷を、俺たちが撤去しなくちゃならないんですか。
俺たちを吹っ飛ばすために仕掛けられた地雷でしょ、これ」
「我々を吹き飛ばすための地雷で現地の子供が吹き飛ばされることなどあってはならないだろう」
以前、インドあたりで醜い四本脚の義足を着けられた子供を見かけたことがある。
あんな悲劇は二度と起こしてはならない。
「そうはいわれても、おまんま食わなきゃ俺たちだってやってられませんよ」
たしかに、ノイエDCはじりじりと崩壊への一途を辿っていた。
異星の侵略者との戦いは20年近く前に終了し、いまやすっかり平和な世の中だ。我々の
仕事は、今も残る戦争の爪痕の処理と、各地で起こる小競り合いの折衝が主になっていた。
協力者はひとり、またひとりと去っていき、いまや単なるNGO程度の規模になっている。
「やはり、私では荷が重いのだろうか」
「君も頑張ってると思うけどね」
上から目線でそんなことをいったのはイスルギの御曹司だった。
イスルギとの取り引きは、もう何年も前に打ち切られている。この男はここにいるのは、
遊学のついでに立ち寄っただけだそうだ。本当は隙あらば利用しようとでも企んでいた
のだろうが、その価値すらなしと判断されたのだろう。
「いまさらノイエDCでもないでしょ。
やっぱ愛だよ、愛。『TOHeart』って素晴らしいよね」
なにをいっているのかよくわからないが、ミツコ・イスルギの実子にしては愛を語る男だった。
「どっか、マルチ作ってくんないかなあ。
あ、君んとこどう?
せっかいイイ大学の工学部入ったのに思想にすっ転んでDC入りしちゃったのとか、いるでしょう」
「せめて、ビアン総帥の娘さんが継いでくださっていれば」
「そりゃ無理だろうね。あちらさん、今やすっかり主婦だし」
「それはわかっているのですが」
「お祖父ちゃんはお祖父ちゃんで、孫可愛がってるだけだし」
「え?」
「は?」
「ちょっと待ってください。生きておられるのですか、ビアン総帥は」
「生きてるよ。君、知らなかったの?」
イスルギの私生児はきょとんとしていた。なんでも、おなじ町に住んでいて町内会の
盆踊りを一緒に踊ったことまであるのだという。
「だって、ビアン総帥はアイドネウス島で戦死されたと」
「戦時中で情報が錯綜してたからね。
なんか僕が聞いた話じゃ、そのまんま地下に潜ってなんやかんや研究してたみたいだよ。
ほら、ダイナミックなんとかガーディアンだってビアン博士の開発でしょ?」
「あれは遺産だったのでは」
「僕に言われたって知らないよ。地球連邦にもノイエDCにも愛想尽かしてたんでしょ。
天才にありがちだよね、そういうの」
イスルギの私生児は興味なさげにまとめて、携帯ゲーム機をピコピコ操作し始めた。
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ビアン・ゾルダーク博士は
OG町という町に住んでいた。
古い日本邸宅に薄手のキモノ姿で佇むビアン総帥は、もうかなりの高齢だというのに
かくしゃくとした立ち居振る舞いを見せた。
「お願いです、総帥。いまいちど、地球の明日のためにお立ち上がりください!」
「いやじゃ」
どういうわけか日本語で、ビアン総帥はきっぱりと断った。
「今のノイエDCに正義はなし。
ただいたずらに地球連邦に反攻しておるだけじゃ」
「しかし、戦後20年近くが経っても地球連邦は一向に性根を入れ替えず!」
「ならば政党でも結成すればいいだけの話」
「総帥とて、地球連邦をよしとせずとしたからDCを立ち上げたのでしょう!」
「あのときは異星人の侵略という緊急事態があった。いまは違う」
「御言葉ながら総帥!
いまも地球各地では小さな争いが絶えず、飢えて死ぬ子が出ております!
地球連邦軍は彼らを見捨てるばかり。このままでよいと!」
「それは、各国の政治家がやるべき問題だ」
これは、どうにもならない。
ビアン総帥は天才だった。DC結成直前に出版した思想書そのままの言葉を、高齢に
なったいまでもはっきりと繰り返す。私ごときでは論破など出来るはずがない。
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失意のうちに退席しようとした私は、信じられないものを見た。
古めかしい日本家屋の庭先だった。小屋の前に、こんもりとうずくまっているものが
見えた。最初は大きなトラかなにかと思った。違う。オッサンだ。50を過ぎたオッサンが
人家の庭先で雌伏している。
それは、私がバン大佐に拾われたときに一緒にいた黒ヒゲの軍人だった。黒かった髪
には幾分白いものが混じり、背骨もすっかり曲がって四つ足を着いているが、爛々と輝く
目はあの日とまったく変わっていなかった。
「ムラタさん、その変わり果てたお姿はいったい」
ムラタさんは、ノイエDCきっての剣の使い手だった。日本史においては新撰組すらも
震え上がらせた薩摩次元流をあやつり、切り捨てたPTは数知れずといわれている。連邦
もDCも関係なく、ただ人機斬りをしたいだけというのは、彼一流の照れ隠しに違いないと
私は思っている。PTやAMをひっくるめて『人機』といってしまうのは、ゲームハード
ならなんでもファミコンといってしまうオッサン特有の性質だと私は思っている。
「ムラタさん、こんなところでなにをしているのです、ムラタさん!」
ムラタさんは黙して雌伏し続けている。
「だれ?」
横から声が聞こえた。セーラー服を着た少女が庭を覗き込んでいた。
ビアン総帥の孫娘というのは彼女のことだった。名前は
マキネ・アンドー。飴色がかった
金髪に日焼けした肌と、リューネ・ゾルダークによく似た容貌をしていた。あのときは、
まだ中学生だったと記憶している。
「ムラタをいじめてるの!?」
「あ、いや」
「あっち行って!」
マキネお嬢さんはぱたぱたと走ってくると、はっしとムラタさんの丸まった背中に
しがみついた。
「しかし、お嬢さん。ムラタさんはノイエDCの英雄で」
「auじゃないもん、IDOだもん!」
「いや、IDOはもうないし。ムラタさんを、こんな犬小屋のようなところで」
「ムラタはここにいるの! ムラタはずっとうちで雌伏してるの!」
私は凝然と立ち尽くしていた。
この少女がムラタさんにどのような恩を売っているのかわからない。しかし人間を、
ましてノイエDCの英雄をこのような犬同然に扱っていいはずがない。
私は怒りをもってマキネお嬢さんの肩に手をかけた。
そのときだった。激しい力で私の手を跳ね飛ばすものがあった。
ムラタさんだった。四つん這いのまま、マキネお嬢さんと私の間に割って入っていた。
「ムラタさん」
ムラタさんは雌伏したままになにも語らない。
「ムラタさん」
ムラタさんはなおも雌伏したままなにも語らない。
「ムラタさん!」
ムラタさんはまだまだ雌伏したままなにも語らない。
私は、がっくりとその場に崩れ落ちた。
違う。違いすぎる。器が違うのだ。
かつて、ビアン・ゾルダーク総帥は異星勢力に対する即効策としてDCを結成した。
そしてムラタさんはいま、来るべきときが来るまで雌伏の身に甘んじている。私は、
どちらとも違っていた。中途半端だ。甘い。甘すぎる。
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結局、私はなんの収穫もなしにアンドー邸をあとにした。
いや、収穫はあった。
マキネお嬢さんだ。あのとき、私の前に立ちふさがったあの方の目には、一瞬だが、
ビアン総帥とおなじきらめきが宿っていた。何年かかるかわからない。あの輝きは、
きっと大きく開化するはずだ。そのときこそ、あの方はビアン総帥に勝るとも劣らない
指導者として我々の上に立ってくださるだろう。
そのときまでは、そう。
今は雌伏の時だ。
最終更新:2009年12月17日 02:59