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最上重工を買い叩け

31代目スレ 2009/12/29

 ◆
 マーズはのっけから不機嫌だった。
 だいたい、マーズは自分から営業をかけることは好きでも、一方的に踏み込まれるのは
大嫌いだった。まして相手が、一面識もないのにマーズの経歴をスラスラと語り始めたと
なるとなおさらだった。

「通称マーズ。ヴァルストーク内で製造された後、出奔。
 のちに『レッドアース・キャピタル』を設立して、
 合計20億ドル、8件の投資に成功。バイアウトの実績も上々だ」
「そいつぁどーも」

 OG町内の雑居ビルの一室、マーズの事務所の中だった。
 時刻は深夜を過ぎている。客人は自信たっぷりという顔でマーズと対面していた。
 相手はオンドロンという名の男性形ヒューマロボだった。『オンドロン・ユニバーサル』
という企業の代表で、何年か前まで『竹尾カンパニー』と抗争を繰り広げていた。現在では、
主にM&Aで業績を上げている。

「『レッドアース・キャピタル』だったら、イスルギに吸収されちまったよ。
 用があんなら、そっちに行きな」
「『レッドアース』が実質君のワンマンで、
 君が出奔して以降急速に勢いを失ったことは調べがついている」

 すべて調査済みということか。面倒だ。

「その後イタリアに渡った君は、なにを思ったか突然この町に移転。
 卸売業などを始めた」
「おれぁー実業家でよ。虚業にゃ飽きちまったのさ」
「しかし、そんな君が唯一こだわり続けた企業があるはずだ」
「ふうん」
「資金はまわす。期間は今年いっぱい。
 報酬は、君が欲しがっていた玩具部門だ。
 最上重工を、買い叩け!」

 マーズは5秒だけ視線を宙にさまよわせた。断る理由を探す。見つからなかった。
 だから、「あいよ」と答えることにした。

 ◆
 赤月咲美とアーク・アルトリートは、マーズの言葉をきょとんとした顔で聞いていた。

「ええと、なにいってるのかよくわかんない」
「だから、20億、耳をそろえて払いな。
 でなかったら、最上重工は『オンドロン・ユニバーサル』のモンになる」
「なんでそんな話になっちゃうの!」

 赤月咲美が席から立ち上がった。

「資金があるって、素晴らしーよね」
「なにをしたの」
「べつに。最上重工って、不気味なほど健全な経営してて、付け入る隙がねーからよ。
 だから、メインバンクを攻めさせてもらった。
 ちょうど不良債権を大量に抱えてたからね、こっちからバルクセールを勧めたのさ」
「ば、ばるく?」
「簡単にいやー、福袋みてーな」

 バルクセールとは、不良債権をパッケージ化して一括で売り出すことだ。多数の不良
債権を抱えた銀行などがよくやる手段だった。当然、福袋にはいい物も入っていなければ
売り物にならない。この場合、目玉となるのが最上重工だった。

「うち、福袋に入れられちゃってたの?」
「うん、まー、セーカクにゃーお宅の本社ビルがね」
「わたし、聞いてないわよ」
「だから、おれがツウタツに来たんでしょ。
 セイシキなのは、今ごろ『オンドロン・ユニバーサル』が
 お宅のゴリョーシンのとこをうかがってるよ」
「20億なんて、そんな金額いきなり用意出来るわけないじゃない」
「そーだろーね。最上重工って、堅実な経営だから。
 不良債権もねー代わりに、そーそー大きな余剰資産もねーもの」
「それじゃ、ひょっとしてうちって、もう貴方たちに買われちゃってるわけ?」
「セーカクにゆーと、おれのクライアントね」
「もしも、わたしたちがイヤだっていったら?」
「それをいわせねーために、おれが来たのさ」

 ばんと、マーズは机の上に契約書を出した。

「5億出すよ。あんたたち創業者一族は経営から手ぇー引いてくんねーかな」

 ゴールデン・パラシュートだ。買収を進める企業の幹部に対して、相応の報酬を用意し、
こちらの味方に着ける。M&Aの初歩の初歩だった。
 創業者がイコール社長を務める日本的経営とは違い、欧米ではオーナーと経営者は別で
あることが多い。野球のオーナーと監督の関係に近い。経営は経営のプロに任せた方が、
オーナーも効率的に利益を得ることが出来るからだ。

「べつに、悪いハナシじゃねーっしょ?
 ニンゲンって、オヤのひーたレールに沿って歩くのイヤがんじゃねーの。
 おめでとー。これでサッキーさんたちは重圧からカイホーされたね。
 フツーに就職するもよし、配当金で悠々自適に暮らすもよし。
 おめでてー人生だね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 それまで黙っていたアーク・アルトリートがあたふたと腰を浮かせる。

「あと2年、いや3年待ってくれ! そしたら、俺が」
「後継者のモラトリアムなんざー待ってられっかい。
 おれのケーヤクは今年いっぱいなんだ」
「そりゃ、俺だって家業継がなきゃってことで悩んでた時期はあるよ。
 でも、今は」
「あんたに会社経営は無理だよ」

 ざっくりと、マーズはアークの言を切って捨てた。

「いまの社長さんは立派なひとだけど、後継者についちゃー不安視してる声が多くってね。
 今回のバルクセールに最上重工が含まれたのも、そーゆー理由さ。
 あんた、銀行に見捨てられてんのさ。
 この資本主義の世の中で、銀行に評価されねーってこたぁー、もう終わりってこったよ」
「おれだって、なんかこう、色々」
「だいたい、あんた甥っ子でしょーが。
 おれぁーサッキーさんとハナシに来たの」

 マーズは黙りこくっている咲美の顔を覗き込んだ。

「で、どーすんの。ゴールデン・パラシュートを受けるか受けねーか。
 今回ばっかは、おれもどっちでもよくねー。
 ビジネスだからね」

 咲美は、青ざめた顔で左右を見た。それから、異を決めたようにマーズの顔を見る。

「買収には、応じない」
「へえ」
「お父さん達だって、社員のみんなだって、最上重工のために一生懸命働いてくれてる。
 わたしたちだけパラシュートもらってのんびりなんて、出来るわけないわ」
「ふうん」
「それに、うちの会社は、ただ商売してるだけじゃない。
 また地球になにかあったら、貴方のクライアントはなにかしてくれるの?」
「するわけねーじゃねーの。
 なんのために税金払ってんの。
 地球の危機なんざー、軍隊にでも相手させときゃいーんだ」
「だったら、なおさら応じられない」
「そいつぁー、創業者一族のごレージョーとしての発言ととっていーわけ?」
「お父さんたちだって、おなじこというと思う」
「あっそ。だったらしょーがねーな」

 マーズは契約書を引っ込めた。

「ケンカだ。入札で、シロかクロか決めよーや。
 ハゲタカのケンカ、見してやんよ」
「待って!」

 部屋から出て行こうとしたところで、咲美に呼び止められた。

「あなたは、どうしてそのひとたちに手を貸すの?」
「だって、最上重工のオモチャ部門くれるってゆーし」
「どうしてそんなに、うちのオモチャ部門が欲しいの?」
「最上重工の金型技術は地球イチなんだもん。
 オリジナルよりエッジの効ーた黄金聖闘士冥衣バージョンだってバッチリ再現できんよ。
 わーお、黒サガカミュシュラ対乙女座バルゴのシャカとか、ちょーテンション上がんね?」
「なんでそんなに聖闘士が好きなの?」
「ニンゲンはウソつくけど、車田キャラはウソつかねーもの」

 四本脚のマーズは、どこに行ってもバケモノ呼ばわりされてきた。そんな中、『聖闘士
大系』シリーズは変わらないピカピカした輝きをマーズにくれた。だから、マーズの中で
聖闘士たちは崇拝対象といっていいほどの位置にいた。

 ◆
 もともと、マーズは以前から最上重工に目を付けていた。だから、下準備は万全だった。
すでに主立った役員はこちら側に取り込んでいる。あとは入札当日を待つばかりだった。

「順調かね」
「まーね」

 OG町内にある、蕎麦屋の個室だった。蕎麦を日本酒に浸けてつるつると食べるオンドロン
の前で、マーズはかき揚げうどんをぱくついていた。じゅるじゅるとすするたびに汁が飛び
散り、オンドロンが顔をしかめている。

「君は、マナーを身に付ける必要がありそうだな」
「あいにくと、生まれと育ちが悪くってね」
「君もやがては、表舞台に立つのだろう」
「その前に、このディールさ」
「違いない」
「そーいやーさ、あんた、今回の件はどーゆーことなの」
「というと」
「最上重工を、あんなゴーインに買い叩く理由っちゅーのがあんのかい」

 最上重工は確かに魅力的な物件だが、強引な買い取りはあまり上策だとはいえなかった。
大企業とは大企業なだけあって、たくさんの人間がいる。技術力を売りにしている最上重工
において、人材はまさに宝だ。強引な買い取りをして総スカンを食らい、転職などされては
目も当てられない。買い取るにしても、もう少し円満なやり方があったはずだった。
 マーズの指摘に、オンドロンは薄く笑った。

「最上重工など、我々にとっては特別ボーナス程度の存在でしかない」
「あー、なるほどね」

 マーズは大口をあけてかき揚げをかじった。

「ホンメイは、銀行から放出されるクズ手ってことかい」
「賢い子だ」

 バルクセールとは、目玉となる良質な物件のほか、多数の不良債権が含まれる。プロ
の銀行マンでも焦げ付かせる物件なのだから、生半可な不良債権ではない。買い取る側
は、そのリスクを見極めなければならないのだ。

「ラブホテルにエステサロン、ゴルフ場にレストラン。
 まったく、人間はなぜ専門外の部門に手を出そうというのだろう」
「まー、欲望はヒテイすべきじゃねーけどね、アキンドとして」
「その結果が、軒並み評価額0円だ。
 後始末をさせられるのは、いつも我々ヒューマロボだ」
「ただで引き受けたわけじゃねーだろ」
「そこは大人のやり取りだよ、君」

 この男、銀行からバックマージンをもらっているな。マーズは直感した。
銀行は不良債権を処理でき、オンドロンの懐は温かくなる。そういうカラクリだ。

「べつに、どっちだっていーけどね。
 おれのハンチュウ外だし」
「君の方は問題ないのかね」
「入札だけど、いくらまで使っていーの」
「そうだな」

 オンドロンから提示された額は30億円だった。最上重工が用意できる額はせいぜい15億
だろうから、楽勝な金額といえた。

 ◆
 入札は、OG町内にある商工会議所の中で行われた。
 弁護士が相手に立ち、『オンドロン・ユニバーサル』側と最上重工側の人間が相対
していた。
 こういう場所での常で、マーズは『オンドロン・ユニバーサル』側の後方でオキモノ
の振りをしていた。

「では、まず10億から」
「11億」
「12億」

 両者の持ち時間は20分。どちらか一方が入札できなかった時点で終わる。上乗せ出来る
金額の下限は1億円だから、2時間もかからないうちに終了するだろう。
 あと少しで最上重工のオモチャ部門が自分のものになるんだな。マーズは、なんだか
実感出来ないままだった。

「13億」
「14億」

 最上重工側の人間たちがざわめき始めた。緊急に出資者を募っても、上乗せ出来る額は
せいぜい数億のはずだ。そろそろリミットが近い。

「15億」

 最上重工の人間が絞り出すような声を出す。額から脂汗を滲ませ、背水の陣にいる人間
とはこういうものかと納得させられるような顔をしている。
 最上重工は負けるだろう。最上重工は『オンドロン・ユニバーサル』のものに、そして
オモチャ部門はマーズのものになる。オンドロンは銀行からバックマージンをもらい、
ホクホク顔をするだろう。
 なにかが違った。実感がない。これまで、幾多のM&Aを成功させてきた、そのマーズが
ディールの時に味わう高揚感や達成感が、微塵もない。
 オンドロンの行為のせいだろうか。考えるが、どうも違うらしい。たしかにオンドロンは
私腹を肥やしている。しかし、それが違法行為かどうかといえば微妙なところだった。資本
主義国家の法律は、カネのある人間には優しく出来ている。たとえ告発されても、オンドロン
は子飼いの弁護士を使って無罪を勝ち取るだろう。

「虚業だね、まさに」

 実体がない。すべてが口八丁で片付いてしまう。そういうやり口は、車田キャラがも
っとも嫌うものだった。

「あー、なるほどね」

 考えて、わかった。

「こいつぁー、おれのケンカじゃねーからだ」

 他人のカネを使い、他人の会社を買い取る。しかも、クライアントのオンドロンから
してみればこのディールは余興のようなものだ。マーズが愛する、生き馬の目をも抜く
昂ぶりがない。
 となると、途端にどうでも良くなってきた。
 通信をつなぎ、小声で喋り始める。

「あーあー、サリィさんかい。
 おれだよ、おれおれ、シニガミのトモダチにトンビがいたでしょーが。
 そこんとこの、ハゲタカのヒナだよ。
 や、実はね、ちっとばかっち、耳に入れてーことが」

 通信が終わって1分もしないうちに、入札会場に最上重工の人間らしい男が転がり込んできた。

「たった今連絡がありました!
 『オンドロン・ユニバーサル』側の人間には、
 銀行の資金を不正に着服している疑いがあると!」
「貴様ッ!」

 オンドロンが敵意のこもった目で振り返ったとき、マーズはすでに『soldier dream』を
歌いながら入札会場を立ち去ろうとしていた。

「つーばさーは天をー駆ーけるー、ふっふー、
 えーらばれたーもぉーし子のぉーよぉにぃ~」

 ◆
「おい、ちょっと待て!」

 アーク・アルトリートの声は、どうしてこううるさいんだろう。
 マーズは若干ウンザリしながら振り返った。

「お前なのか、ひょっとして」
「なんのハナシをしてんのかわかんねーな」
「どうして」
「おいおい、おれが助け船を出したとでも思ってんじゃねーだろーね。
 バカゆっちゃ困るよ。
 あんた、2年後3年後っつってたね。
 そんだけすりゃー、おれぁーこんだぁー自分のカネで最上重工を買いに来るよ。
 ショーシンショーメー、ガチンコのケンカだ。
 あんたぁー、おれとケンカ出来んのかい」

 アークは少し黙り込んで、やがて拳をぎゅっと握った。

「いいよ、やる。やってやる」
「あー、そーかい。いーお年を」

 アーク・アルトリートに経営者の器があるとは思えない。
 しかし、なぜだろう。約束したとき、マーズの胸には確かに地妖星パピヨンのミューの
第1形態を見たときのような高揚感があった。

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最終更新:2010年12月23日 13:35
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