ミナト☆自演乙

31代目スレ 2010/3/28

 ミナト・カノウは沈んでいた。

「どうしたんだい?」

 フィリオ・プレスティが声をかけてくる。

「先生、あのニュース聞きましたか?」
「いやな、事件だったね」

 春休みを謳歌する中高生で一杯な、原宿での出来事だった。どこからか「AKBがいる」
というデマが飛び、竹下通りでパニックが起こったのだ。幅5、6メートルの通りに100メー
トルに渡って群集が押し寄せた。打撲や吐き気、過呼吸などを起こして病院にかつぎ込まれ
た子供までいたという。

「俺、悔しいよ。AKBはなんにも悪くないのに、勝手な噂が流れて負傷者まで出ちまうなんて」
「起こってしまったことはしょうがないね」
「フィリオ先生はそれでいいんすか!」

 ミナトはフィリオ先生の顔を見上げた。
 フィリオ・プレスティはミナトにとってドルオタ道の尊敬すべき師匠だった。その師匠の顔
は、深い慚愧の表情に歪んでいた。

「仕方がない、仕方がなかったんだ」
「でも、俺、このままじゃ」
「立つんだ、ミナト・カノウ!」

 フィリオ先生が突然声を張った。

「君は何者だ!」
「俺は、俺はただのドルオタで」
「そうだ、君はドルオタだ。そして空手家だ!
 そんな君がなにかをいいたいというのなら、拳を使うしかない!
 この意味がわかるか、ミナトくん!」

 はっ、とミナトは己の拳を見た。
 拳は、ミナトが見てくれるのを待ちかまえていたかのように握り込まれていた。

 ◆
 あれから、何年が経っただろうか。
 控え室の中で、ミナト・カノウはひとり静かに呼吸を整えていた。
 コンディションは万全、アップをしている間も力が湧いてくるようだった。
 ワンデイトーナメント、1日で3つもの試合をしなければ優勝まで辿りつけない。その非
情なシステムを、ミナトは今日2試合ともに1ラウンドKOという成績で終えてきた。運もある。
それ以上に、流れが来ていた。
 勝てる。涙を飲んだあの日から、空手家としてドルオタとして修練を重ねてきたのだ。

『俺が求めているのは、空手によるドルオタの革命』

 扉で仕切られた向こうから、ミナトが試合前に寄せたコメントが聞こえてくる。

『俺が勝つことによってね、ドルオタの布教を』

「ミナトくん」

 扉が開き、トレーナーのフィリオが姿を現した。

「行こうか」
「押忍」

 ◆
 会場はOGコロシアム、観客は2万人ほどだ。
 AKB48の『スカート、ひらり』が流れる中を、ミナトは完璧な振り付けをしながら
入場した。
 相手コーナーではすでに対戦相手がスタンバイしている。ボクシング出身で、手足が
長い。1回戦は1ラウンドKOを修めたものの、2回戦では4ラウンドと少し苦戦している
から体力は消耗しているはずだ。そんな片鱗も見せない身体だった。獰猛な目でミナト
を見下ろしている。神聖なリングを汚すな、そういっているようだった。デビュー以来
ミナトが浴び続けてきた視線だった。

「相手の距離に付き合わないで」
「押忍」
「パンチ打ってきたらカウンター合わせて」
「押忍」
「距離、距離大事だから」
「押忍」

 フィリオ先生がアドバイスとともに顔を拭いたりマウスピースをはめてくれたりする。
 ミナトの意識は、すでにリング上に移っていた。

『ミナト、カノウーっ!』

 リングアナウンサーの絶叫とともに、歓声とブーイングが会場を支配する。
 負けられない。この歓声をくれるファンのため、そしてすべてのドルオタのため。
 ゴングが鳴る。
 早速相手が仕掛けてきた。パンチが速い。カウンターを合わせようにも、ボクシングの
軽快なステップの前ではタイミングが合わせづらい。

「距離、距離取って、ロー!」

 フィリオ先生の指示が飛ぶ。
 ミナトは半歩後退し、ローキックを飛ばした。当たった。しかし手応えがない。相手は
微塵のダメージも臭わせずに向かってくる。獰猛な顔がすぐそばまで近づいてくる。夢中
でパンチを飛ばした。入らない。クリンチを取られる。

「ブレイク、ブレイク」

 審判に引き離され、試合が再開される。
 猛然と飛んでくるラッシュに、ミナトはガードを固めるしかない。観客席からブーイング
が飛ぶ。しかし、ガードを解いた瞬間にラッシュが来るのは分かっているのだ。

「落ち着いて、コンビネーション、コンビネーション!」

 フィリオの声に従い、攻勢にまわる。ロー、左ストレート、右フック。相手の懐に飛び
込んだところで、ボディアッパー。
 ダメージを与えられたという感触がなかった。相手の足が止まらない。向かってくる。
またクリンチを取られるか。ひやりとする。
 そのときだった。視界の端で、ゴスッと鈍い音がした。

「ストップ!」

 意識が一瞬真っ暗に沈む。審判が慌てた声で入ってくる。ミナトはまばたきをした。
視界の左半分が真っ赤に染まっている。出血したのだ。バッティング、頭突きを受けた。
すぐさまドクターが飛んできてミナトの身体をコーナーまで引っ張っていく。
 審判が相手選手に向かってなにかいっているのが見えた。故意の反則でないことを
確認しているらしい。
 このまま上手くいったら反則勝ちを拾えるかもしれないな。ちらりと、胸にそんな
考えが浮かんだ。

「バカヤロー、ミナト、お前、このまま負けたら、ただのアイドルオタクだぞ」

 セコンドに着いていた兄が罵声を上げる。
 ミナトは、はっとドリンクの水を頭から浴びた。

「よし」

 フィリオ先生が手際よく止血クリームを塗ってくれる。しかし、ズキズキと痛む頭は
そのままだった。

「傷は1センチほど。敵は注意を1受けた。
 でも、故意じゃないと判断されたからには、容赦なく死角を狙ってくるだろう。
 行けるかい?」
「押忍」

 ミナトはがっちとマウスピースを噛み締めた。
 試合が再開される。
 フィリオ先生の言葉は正しかった。血を吸ってぼやけた左目が相手のパンチを捕らえる。
反応が一瞬遅れる。フックを入れられた。脳が揺れる。無意識に腕を伸ばした。クリンチ。
すぐに審判に止められる。
 頭がズキズキと痛む。もうこのまま倒れてしまいたい。
 ガードの上からラッシュを被せられる。もう足が動かない。次第次第にコーナーに追い
詰められていく。

「ミナト!」

 そのとき、どこからだろう、聞き覚えのある声が聞こえた。女の子の声のようだった。
 と同時に、ミナトの右腕がスッと上がった。大振りのストレート。当たるはずがない。
そう思った。しかし、当たった。
 当たったのは相手の額だった。通常、接近戦において額は衝撃を受け止める盾として
使われる。つまりダメージはほとんど与えられていない。
 そのときだった。ミナトの右腕が、自動的にスルッとさらに伸びた。
 相手の顔面から血飛沫が飛ぶ。
 呆然としているミナトの前で、対戦相手はばったりと仰向けに倒れた。
 あの時聞こえた声は、誰だったのだろう。
 レフェリーがミナトの勝利を告げる。

「ありがとうみんな! あってゃん、ともちん、おーいぇ、まいまい、
 ノゾフィス、はるにゃん、ひぃちゃん、俺、やったよ!
 マジでやらなきゃ勝てなかったよ!
 じゃ、行くぜ!
 ロックンロール!」

 ミナトは高らかにAKB48の『マジすかロックンロール』を歌い始めた。
 もちろん振り付けは完璧だ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年12月23日 13:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。