ミズルは女心がわからない

31代目スレ 2010/4/8

 ■
 ミズル・グレーデンは思わず聞き返した。

「だから」

 エマーン人の女の子が触覚をもじもじさせながら呟く。
 放課後の、校舎裏だった。半分眠りながら校門の掃除をしていたミズルは、突然わけも
わからずここに連れてこられると、「好きです」と告白された。

「え、誰かと間違えてない?」
「ううん、ミズルくんなの。ミズルくんがいいの」
「えぇ~と」
「イヤなら、断ってくれていいから」
「べつに、ヤじゃないけどさあ」

 エマーン人の子がぱっと顔を輝かせた。

「じゃ、いいのね!」

 ミズルはわけもわからずカクカクと頷いた。

 ■
 マーくんの事務所は、いつも薄暗い。ブラインドからわずかに差し込む日光が、棚に
ずらりと並べられた金メッキのオモチャに反射してキラキラしていた。そういう、少し
インモラルな香りがするこの空間を、ミズルは結構気に入っていた。

「は、コクハクされた?」
「うん、そうなんだよ」
「なに、ミズッちゃん、そのコになんかいいことでもしたの?」
「や、覚えはないんだけど」
「ワナだね」

 ビジネスロボットのマーくんは3歳にもなっていないのに、考えることがシビアだ。
宇宙で作られて、この町に流れ着くまでなにかとあったのだろう。いったいなにがあった
のかミズルは訊いたことがないし、マーくんも語ろうとしない。勉強が苦手なミズルと
違ってマーくんは賢いから、きっと聞いてもわからないだろう。

「罠かな」
「そーだよ。だって、なんもしてねーのに好かれるなんざー、
 そんな都合のいーことあるわけねーじゃん。
 ミズッちゃんの絵に金銭的価値があることに気付いて、青田刈りするつもりなんだよー」
「やっぱそうかな」

 いわれてみれば、あのエマーン人の子に好かれる理由なんてひとつも思いつかない。

「罠だね」

 携帯ゲーム機を血走った目で見つめながら呟いたのは、ミツハル・イスルギさんだった。
 ミツハルさんはまだ若いのに社長で偉いのに、ミズルが見るときには常に携帯ゲーム
をやっている。ここ最近は口を開けば『ラブプラス+』の話しかしない。

「ラブレターもらったと思って浮かれて校舎裏に行ってみたら、
 クラスメイトが全員ニヤニヤしながら待ちかまえてる。
 僕が5、6回引っかかった手さ」
「なに5回も6回も引っかかってんだよー、そんな手に」
「あのね、ラブレターじゃなくて直にいわれたの」
「それは新しいパターンだね」

 ミツハルさんもマーくんも、懐疑的な視線を崩そうとしなかった。

「まー、ケイカイシンは解かねーことだよ」
「クラスメイトがニヤニヤしてる現場を発見したら僕らにいいたまえ。
 イスルギの縄張りで経済活動出来ないようにしてやるから」
「ミズッちゃんをいじめるよーなヤツぁー、おれが許さねーよ」
「うん、まあ、気を付けるよ」

 ミズルは釈然としない気持ちのままマーくんの事務所を後にした。

 ■
 マーくんもミツハルさんもああいっていたけれど、クラスメイトがニヤニヤしている
現場に会うことはなかった。
 あの日から、ミズルは毎日エマーン人の子と一緒に下校することになった。

「ミズルくんは、なにが好き?」
「ええと、カレーライスかな」
「じゃあ、あたしも」

 マーくんたちのいうような罠はないようだけれど、ミズルにとっては落ち着かない時間
だった。女の子相手にどんな話をしたらいいのか、皆目見当も付かない。こんなことなら
マーくんと一緒にゲームをしている方がずっと楽だし面白かった。

「ねえ、ミズルくん」

 ぴとと、ミズルの指先に生温かいものが触れる。

「ひゃっ」

 ミズルはとっさに手を引いた。
 すると、どういうわけかむくれたエマーン人の子の姿がそこにあった。

「もうっ!」
「なに?」
「ミズルくん、全然楽しそうじゃない!」
「えぇと」

 そりゃあ、実際楽しくないんだから仕方がない。でもそのことを言ってしまうと今度は
本当に怒らせてしまいそうで怖かった。

「ミズルくん、全然あたしのこと好きじゃない!」
「えぇっとぉ」
「もういい! ミズルくんなんて大嫌い!」

 たったっ、とエマーン人の子は駆け去ってしまう。
 ミズルは「ありゃまあ」というしかなかった。

 ■
 わけもわからず告白されてわかもわからず付き合う羽目になったと思ったら、わけも
わからずフラれてしまった。

「なんだったんだろう、あれはいったい」
「だから、ワナだよ、ワナ。ミズッちゃんはモテアソばれたんだよー」
「遊んだにしても、楽しそうじゃなさそうだったけどなあ」
「いーじゃん、ミズッちゃんにゃーおれがいるんだからさー。
 いーからおれと遊んでよーよ」
「まあ、おれはその方が楽しいからいいんだけど」
「だろー?」

 ニカッと、マーくんが笑う。

 ■
 次の日学校に行くと、エマーン人の子は昨日と変わらない笑顔で「おはよう」と挨拶を
してきた。
 女の子ってわからない。
 自分はやっぱり、当分彼氏とか彼女とかそういうのはいいやとミズルは思うのであった。

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最終更新:2010年12月23日 13:52
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