少女が見た日本の原風景

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少女が見た日本の原風景  ◆.WX8NmkbZ6



 展望台の最上階で、二人の男が望遠鏡を覗き込む。
 天下の大泥棒と、遠からぬ将来に新世界の神を目指していたはずの高校生。
 ルパン三世夜神月が互いに浮かべる表情は険しい。
 見詰める方角は南――総合病院。

 数十分前、その四階に人が集まっているのをルパンが発見した。
 月はそれとほぼ同時刻に、F-1周辺で戦闘が起きている事に気付く。
 それから二人は役割を分担し、それぞれを注視していた。

 ルパンが監視する病院の北側の窓、ブラインド越しでは「人がいる」という事しか分からない。
 しかし周囲に高い建物がなかった為、正面玄関の様子は良く見えた。
 そして幸か不幸か、ルパンの仲間達の姿は望遠鏡越でも見間違えようもなく目立っていた。
 真っ黒なスーツに同じく黒一色の帽子を目深に被った男、次元大介
 長めの黒髪に鼠色の着物と袴を着用した男、石川五ェ門
 ルパンはずっと観察していた。
 ルパンは病院の外で起きた出来事の一部始終を、ずっと見ていたのだ。

 病院と展望台を隔てる距離は遠い。
 今から駆けつけたところで間に合わない。
 せっかく得た展望台という拠点はそうそう手放せない。
 かと言って月を一人にする事も出来ない。
 それに、次元と五ェ門の実力を信じている。

 仲間達が直面する危機をただ見ている事しか出来ない歯痒さを噛み締めながらも、足を止める理由ばかりが立ち並ぶ。
「行って下さい、ルパンさん。
 今起きている戦いには間に合わなくても、貴方に出来る事はあるはずです。
 それに会場は広い……この機会を逃したら、もう合流出来なくなるかも知れません」
 F-1については一段落したようで、月が顔を上げてルパンを促す。
 それでもなお、ルパンは動き出せずにいた。
 山の中を全速力で移動して、病院に着くまでに時間はどれだけ掛かるのか?
 ここを離れる事が本当に最善なのか?
 戦況は?
 ルパンは計算を重ねる。

 しかし、正面玄関で起きた出来事はほんの十分程度の時間で終わりを告げた。
 恐らく当事者達にとっては長い長い時間の出来事でも、ルパンと月にとっては一瞬の出来事で。
 計算も行動も、何一つ間に合わないまま。

 病院は炎に包まれた。


 目が醒めた時には夕方だった。
 窓から見える夕焼けが、少女の頃を思い出させた。
 わたしはこの空より、もっときれいな夕焼けを見たことがある。
 立ち止まってその空を振り返ると、お母さまに手を引っ張られ、もっと速く走りなさいと叱られた。
 まわりの人たちも、みんな夕焼けには目もくれず、必死に走っていた。

 あの日こそ、日本の夕暮れだったのだ。

 あの夕焼けの美しさを、わたしは生涯忘れない。
 たとえわたしが死んでも、きっとわたしは風になって、あの夕焼けを忘れない。



(……撒いたか)

 山中を移動していた田村玲子は後方に注意を払いながらその速度を緩めた。
 思い起こしていたのは、ある日篠崎咲世子が日記に書き残した記憶の断片。
 薄れる事のない鮮やかな景色。

 日本がブリタニアに征服されたのは皇暦2010年。
 皇暦と西暦が一致するのかは不明だが、玲子の知る日本よりも文明が進んでいる事は確かだ。
 そして現在は2018年。
 咲世子が見た「日本の」夕焼けは、短くとも10年近く前のものだという事だ。
 それを何故、未だ鮮明に覚えているのか。
 何が咲世子にとってそれを『特別』たらしめたのか。
 日本が征服されようとされまいと、夕焼けはただそこにある。
 気温や湿度、大気の状態に左右はされど、夕焼けは夕焼けだ。
 日本の夕焼けとエリア11の夕焼けの何が違うのか、玲子には分からなかった。

 だが恐らく、これは咲世子だけが特別なのではない。
 痛がりの人間達の多くには、こういったものがあるのだろう。
 パラサイトとは違う。

 もしこの夕焼けの意味が分かったら。
 人間達の事が分かったら。
 それとの比較で、パラサイトについて何か新たな発見があるのだろうか。

 ここで玲子は観察の限界を感じる。
 最初に出会った男は問答無用で食ってしまったのだから仕方がないとは言え、咲世子を殺してしまった事は痛かった。
 結果的に咲世子の記憶を得られたのだが、咲世子の抱いていた『感覚』が理解出来ないのでは記憶の有効活用は難しい。
 つい先程出会った杉下右京も興味深かったが、結局ほとんど観察出来ずに逃走する事になってしまった。
 そして、こうしている間にも会場にいる人間は数を減らしている。
 このままでは観察はままならない。
――我々は何者なのか?
 答えを得る為に、取るべき方針を見直す必要があった。

 考えながら、玲子は廃洋館に辿り着いた。
 シャナから逃げている最中である以上、地図に載っている建物を利用するのは危険だ。
 しかし追跡に利用出来るような痕跡は残していない。
 それに逃走を始めてから時間がかなり経過しており、シャナも既に諦めた可能性が高い。
 何より、玲子にはここを訪れなければならない理由があった。
 破壊された壁から建物の中を覗く。
 人の気配がないのを確認し、玲子は内部へ足を踏み入れた。

 ギシギシと音を立てながら古びた階段を上がる。
 慎重に部屋を見て回り、玲子は目当ての物を発見した。

 廃洋館の一室の壁際に鎮座した、玲子の背よりも高いそれ。
 戸には豪奢な彫刻が施され、見る者に重厚な印象を与える。
 取っ手は外れかけていたものの戸と同じ装飾がなされており、経た年月を感じさせつつもかつての威厳を損なってはいなかった。
 クローゼット。
 玲子は目当ての対象の正面に立ち、開け放つ。
 中には予想に違わずギッシリと洋服がひしめき合っていた。

 右京の観察に失敗した原因の一端には、服がある。
 咲世子の着ていたメイド服は、彼女の血で酷く汚れている。
 体を自ら傷付けてその血痕を誤魔化しはしたものの、右京のような専門家の目は紛らわせない。
 玲子にとって着替えは急務だったのだ。

 クローゼットの中を物色しながら、これから着る服を考える。
 初めに出会った男の服は着物。
 彼の支給品は白衣。
 咲世子はメイド服。
 シャナはセーラー服。
 右京はスーツ。
 統一性は見られない。
 そしてこのクローゼット内の服も、玲子にとって見覚えのないものばかりだった。
 咲世子と住む世界が異なっていた事からも、玲子の常識で服を選ぶのは適切ではないのかも知れない。
 その考えの下に、山中で動き回るのに邪魔にならない程度の機能性を考慮しつつ服を選ぶ。

 頭部を触手に変形させ、その先で器用にメイド服の背中のボタンを外した。
 部屋の隅にあった鏡に姿を映しながら、選び出した服を着込む。
 そしてそれが終わると他にも何着か着替えを見繕い、デイパックの中へ押し込んだ。

 用が済むと洋館の周囲に注意を向ける。
 シャナが追ってきている様子はなく、玲子は少しの間だけこの場で休息を取る事にした。


「ルパンさん、どうして……!!」
「……」
 月が声を荒らげる。
 Fー1が一段落してから、月もまた望遠鏡を病院へ向けていたのだ。

 次元の死。
 散り散りに逃げていく五ェ門達。
 それらを呆然と見詰めながら、ルパンは未だ動き出せずにいた。
 次元と五ェ門の存在に気付いてすぐに病院へ向かわなくて良かったと、ルパンは思う。
 碧い髪の男が一人裏門の方へ向かったがそれだけで、恐らく現在の病院には誰もいない。
 入れ違いになり、無駄足になっていただろう。
 それよりはこうして事態を終始把握していられただけマシと言える。

 しかし、それでも。
 仲間達の危機に、死に。
 何も出来ずに指をくわえて見ていただけという、その事実は揺るぎない。

 ルパンは何度も望遠鏡を覗き込み、焦点を合わせる。
 次元は動かない。
 そもそもあの場にいたのが本当に次元だったのかを疑ってみるが、望遠鏡越であっても長年連れ添った仲間の動きを見間違えるはずがない。
 そしてあれだけの規模と威力の爆発の直撃を受けては、最強のガンマンであろうと生き残れはしない。
 逃げていった参加者達がどうやってやり過ごしたのかは不明だが――次元の死を、認めざるを得なかった。

「どうして……行かないんですか」
 月はもう一度、ルパンに言う。
「……手遅れだ。
 例え次元がまだ生きてたとしてもよ……俺が着くまでは保たねぇ」
「でも……五ェ門さん達がまだ、近くにいるかも知れません。
 他にも爆発に巻き込まれて怪我をしている人がいるかも知れません……やれる事は幾らでもあります!」
 必死に説得しようとする月に対し、ルパンは首を横に振った。
「ここは離れられねぇ。
 それに今この会場のあちこちで起きてる事に目を向けてられてられんのは、多分俺達だけだ。
 ここで得た情報は無駄にはならねぇ」
 顔こそ見えなかったものの、敵味方の区別は付いた。
 あの場にいた緑のスーツの人物と紫のスーツの人物は危険人物だ。
 これだけでも、情報として価値がある。
「情報の為に、次元さんや五ェ門さんや、病院にいた大勢の人達を見捨てるんですか!?」
 正義感の強い月が激昂するのも無理はないし、ルパンとてまだ迷っていた。

 この場を離れられない理由。
 それはただ情報の為、立地の為ではなく。

「……どうして僕にこの場を任せて下さらないんですか?」
 これ以上は誤魔化せないかと、ルパンは深く息を吐く。
「確かに僕はカズマさんみたいな特殊な力を持っていないし、銃については教わったばかりで使いこなせていない。
 でも……こんな時ですら、僕の事を信じないのは何故です?」
 月はいつまでもルパンの言葉を鵜呑みにする程馬鹿ではないし、お人好しでもない。

「もしかして、ルパンさんは本気にしているんじゃありませんか?
 ……Lの、僕が『キラ』だなんていう妄言を……!!」
「……本気にはしちゃいねぇさ、坊主。
 ただよ……坊主がこれからどう変わってくのか、俺様にも分からねぇのさ」

 ルパンは観念したように両手を広げ、近くに置いてあった椅子にどっかと座り込む。
 いずれは覚悟を決めて話し合わなければならなかった事だ。

「俺ぁ初めてお前さんと会って眼を見た時からよ、気になってたんだ。
 道を踏み外さずにいられんのか? ってよ」
「それで……今も、僕を監視しているという訳ですか?」
「まぁ、言葉を選ばなけりゃそういうこった」

 月の握った拳がワナワナと震える。
 「眼を見てそう思ったから」ではとても合理的な説明とは言えず、月も納得出来ないだろう。
 しかし、そうとしか説明しようがないのだから仕方がない。

「僕は、あなたを信じてみようと思っていたのに――」
 月が言いかけた時、ジリリリリとけたたましいベルの音が鳴る。
 ルパンが支給品や展望台内にあった品で作った侵入者用のトラップだ。
 こうして最上階にいるルパンと月にその侵入を知らせる役割を担っている。
「話は後だ、行こうぜ坊主」
 月は少し不満げにしたが、デイパックからマグナムを取り出す。
 対するルパンは刀を出し、互いに頷き合って一階の入り口へ走った。


 休憩を終えた玲子は他の参加者と接触すべく、展望台へ向かっていた。
 シャナの追跡を逃れた事もあり、移動は足跡を気にせずに咲世子の足を使っている。
 展望台は会場内で最も目立つ建造物なのだから、参加者の一人や二人は必ずいるはずと期待しながら到着した。

 入り口を見るとガラス扉の先の足下には紐が張られており、その先は紙製の細い道や小さなシーソーが続いている。
 紐を踏めばボールが動き出し、細い道やシーソーを利用しながら進む。
 最後はそのボールがゴムの力で跳び、非常用のベルのボタンを押し込む仕組みになっていた。

(侵入者の存在を伝える為のトラップか。
 古典的だが……)
 ただベルのボタンを押すだけの仕掛けのはずだが、無駄に凝っている。
 しかもそれが侵入者側から見える場所にあるのでは意味がない。
 発想は子供のそれだが、技術は大人のものだ。
 仕掛けたのは余程の馬鹿か、それだけの余裕がある人物なのか、読み切れない。

 玲子は視界の範囲内に人がいない事を再確認してから、先端に眼球の付いた触手を形作る。
 そして角度を変えて足下の紐を観察すると、その傍で何かが光った。
 紐と少し間隔を空けながらも同様に張られているのは、細い糸。
(こちらが本命か……)
 紐の存在には、侵入しようとした多くの者が気付くだろう。
 しかしその紐を避けた先に、光の加減で見えにくくなった糸がある。
 二重のトラップだった。
 否、より正しくは二重三重。
 糸は他にもあちらこちらへ張られており、全ては避けられない。
 侵入者は糸のどこかに引っかかるか、糸に気付いて侵入を諦めるかの二択。
 例え無駄に凝ったボールの仕掛けが上手く作動しなかったとしても、他にも何か罠があるのだろう。
 上の階にいる人間は、少なくとも馬鹿ではないらしい。
 そこで玲子は展望台の案内図を見ながら、新たな方針を打ち出した。


 月と共に階段を降りた先、展望台の入り口に立っていたのは一人の女だった。
「いやー、俺様最初に引っかかるのがこーんな美人たぁ思わなかったぜぇ」
 黒髪長髪に、青と白のコートに身を包んでいる。
 左腕に付けられた「HOLY」という隊証から、それが何かの組織の制服なのだろうと推測出来た。
 下は裾にレースの付いたミニスカートになっており、引き締まった太股のラインが良く見える。
 状況が状況ならそれを更に観察しているところだが、今はそんな場合ではない。
 そして何より、女の目は。
 月の目とはまた違う、底冷えするような鋭さだった。
 例えるならば爬虫類のような、まるで人間でないかのような――

「これを仕掛けたのはお前か?」

 女はルパンの言葉を無視して、その目と同じく冷たい機械じみた声で問う。
「そーとも、このルパーン三世様が――」
「なるほど……この仕掛けの無駄も頷ける」
 ルパンを見る目は観察者の目だ。
 恐らくこの女はわざとトラップに掛かり、仕掛けた張本人を呼び寄せたのだろう。
(うひょー、顔は美人だってのにおっかねぇ……)
 気を抜いたら一飲みにされてしまいそうな感覚に、背筋を冷や汗が通り過ぎる。

「僕は夜神月。
 僕達は殺し合いに乗るつもりはありません、あなたは――」
「そうだろうな、そうでなければこの問答は無用だ。
 安心していい、私も『殺し合いには』乗っていない」
 月の問いに対する答えは、嘘とは思えなかった。
 しかしそれを言葉通りに受け取っていいかは別だ。
 その考えは月も抱いているようで、構えた銃を下ろそうとしない。
「私はお前達に興味が出た。
 しかしそれよりも先に――」


 サァァァ、と絶え間なく水が流れる音がする。
 月はルパンと二人並んで扉を背にして立ちながら、うんざりしたように溜息を吐いた。

 展望台三階・温泉。

 扉から入ると正面奥に浴槽。
 そこに至るまでに、シャワーの取り付けられた鏡台が通路を作るような形でズラリと並んでいる。

――案内を見たが、この施設の中には浴場があるらしいな。
――是非利用したい。

 底知れない雰囲気を持つ、田村玲子と名乗った女は風呂を所望した。
 これまでにどのような経緯を辿って来たのかは分からないが、この場で殺し合いが行われている事は玲子とて分かっているはずだ。
 だというのに初めて出会う参加者を前に入浴したいなどと、月にしてみれば正気の沙汰ではない。
 「とても信用出来ない」と言うと、玲子はデイパックを預ける事と風呂の前での監視を許す事を条件に出した。

 結果月とルパンは各々銃と剣を持ったまま女湯の脱衣所の中、浴場へ続く扉の前に立っていた。
 対する玲子は監視しやすいようにと扉近くのシャワーを利用している。

「……ルパンさん。
 こうして立っている事に意味はあるんですか?」
 病院で起きた事は勿論、F-1で起きた事もある。
 悠長な事をしている暇はないはずなのだが、ルパンの関心は玲子へ向いている。
「確かにそうだな、立ってるだけじゃあ監視してる事にゃならねぇ」
 そう言ってルパンはそれまで背を向けていた扉に向き直り、手を掛けて薄く開けた。
「ちょ、ちょっとルパンさん!
 幾ら何でも女性の入浴中に……!!」
 まさか女性の裸体を見る事が目的!?
 次元さんや五ェ門さんの事よりもこれが大事なんですか!?
 言いかけた言葉をかろうじて飲み込むが、ルパンへの不信は拭えない。
 しかし当のルパンは飽くまで真剣な表情で、扉の隙間から中を覗き込んでいる。
「女性、ね。
 坊主よ、お前さんは本当にそう思うか?」
「え?」
 思いがけない答えに言葉を返せずにいると、扉の向こうから反響してくぐもった声が掛かった。

「人間の雄が雌の肉体に欲情して覗き見ている……のとは趣が違うようだ。
 目的は観察か?」

「……こいつぁ驚ぇた、背中に目でも付いてるのかい?」
 ルパンはおどけた言葉を使っているが、月はルパンの焦りを感じ取った。
 焦るのも無理はないと、月は思う。
 ルパンは玲子が背中を流す為に、扉に背を向けたのを見計らって覗き見たのだから。
 玲子の質問に、ルパンは肩を竦めて正直に答える。
「なーに、お前さんが武器を持ってねぇ事がはっきりしてるうちに、腹ぁ割って話でもしようと思ってよ」
「確かに、腹を割って話すというのは私も考えていたことだ」
 ルパンと月に背を見せたまま、玲子は顔だけ振り返る。
 玲子の視線に射抜かれて、月はこの時ようやくルパンの警戒が大袈裟なものではない事に気付かされた。


 玲子が服の次に気に掛かけたのは、臭い。
 咲世子程の嗅覚の持ち主はそう多くはいないだろうが、出来れば入浴をしておきたい。
 そう思っていたところへ温泉の書かれた案内図があり、渡りに船だった。

 「普通の人間の女性」を演じる事は可能だが、玲子は月とルパンを前にそうしなかった。
 それが原因で訝られる事にはなったが、知能の高い人間を相手に会話すればいずれ「普通」という擬態は見抜かれてしまう。
 ならば初めから素の口調と態度で接し、そしてその知能の高い相手に訪ねる。
――我々は何者なのか?
 この二人の知性は低くない。
 玲子が考えもしなかったような答えも出てくるかも知れない。
 だからこそパラサイトである事を初めから明かし、人間の話を聞く。
 それが玲子の新しい方針だった。

 これまでにも、そういった考えがなかったわけではない。
 パラサイトの存在を知った特殊な立場の人間、泉新一とは最初に話し合いの場を設けた。
 しかしそもそも新一は『当事者』であり、忌憚ない意見を期待するにはそもそも無理がある。
 雇った探偵は、寄生生物の存在を知った上で話し合いが出来る類の人間ではなかった。
 この会場に来てからも、人間とは話し合いの前に失敗してしまうばかりでまともな会話が出来ていない。

 これまで玲子は人間の行動を観察した上で考察を重ねてきた。
 しかしそれに行き詰まった今、玲子は真剣に人間からの意見に耳を傾ける事にしたのだ。
 もしも寄生生物に対し拒否反応を起こすようなら、食ってしまってもいい。

 頭部の一部に眼球を形成し背後――扉の向こうの二人を観察していたところ、扉が開いてルパンの眼が見えた。
 混んだ電車の中で田宮良子の肉体に触れて来た男がいたように、人間の雄は雌の身体に強い関心を抱く。
 しかしルパンの視線はどうやらそれとは別種のもののようだった。

「話すにゃあ扉が邪魔なんだけどよ、開けて平気かい?」
「ちょっと、ルパンさん!!
 幾ら何でもそれは――」
「ああ、好きにしろ。
 声が通りにくいからな」
「た、田村さんまで何を!?」

 話は入浴の後にしようと考えていたが、この場で済ませてしまった方が時間の短縮になる。
(ついでにその後で咲世子の夕焼けについても聞いてみるか……)
 玲子は対話の為に、身体の向きを変えた。


 顔だけ扉の方へ向けていた玲子は身体の向きを変え、月とルパンに体の脇を見せる形になった。
 熱い湯で上気して少しだけ赤みを帯びた肌から、湯気が上る。
 濡れて額やうなじに張り付いた髪を細い指で掻き上げる姿には、大人の女性の魅力を自然と備わっていた。
 そして玲子の身体に付く細くしなやかに鍛えられた筋肉は、逞しいがそれでいて女性らしいシルエットの妨げにならない。
 鎖骨や肩から落ちた玉のような水滴が、胸の間や腕を流れた。
 その水の動きを追って月が視線を下げると、横からのアングルである事によって形の整った胸のラインが際立っている。
 鎖骨から滑った水滴は胸部に隠れて見えなくなったが、腕を伝った水は長い指から長い脚を辿って床のタイルへ滴る。
 身体の各所に浮かぶ赤い傷は肉体の見栄えを損なわせる事なく、むしろアシンメトリーな美しさを――

「ふ、服を着てからにして下さい!」
 月はつい視線を下へ泳がせてしまった事を恥じながら、玲子に向かってバスタオルを投げる。

 しかしそのバスタオルを受け止めたのは、月の見間違いでなければ玲子の髪。
「え……?」
「先程『背中に目でも付いているのか』と言ったが、それは正確な表現ではない。
 頭部全体が思考する筋肉であり、眼球の役割も担える――といったところか」
 玲子の髪が伸びて、空中のバスタオルを掴み取ったのだ。

「手出しされなければ、こちらから危害を加えるつもりはない。
 『腹を割って話す』と先に言い出したのはそちらだ、私の話に付き合って貰おうか」

 玲子は己の出自を話し出す。
 それは月にとって、荒唐無稽と言っていい話だった。
 しかし玲子が冗談を言うような相手でない事は明らかで、そして既にカズマという前例もある。
 荒唐無稽な世界を認めるか否か、それを決断するべき時が来ていた。

 しかし今、玲子を前にしながら月を悩ませているのはそれだけではなかった。
 自分自身の事もまた、月を揺さぶっている。

 ルパンは他の大人とは違う。
 私利私欲ではなく他人を気遣えるこの聡明な大人を、信じたいと思った。
 だが自分を信じてくれない人間は信じられるはずがない。
 玲子の話を耳に入れながら、しかし思考は別のところへ向かってしまっていた。

――信じていたのに。
――信じてくれていると思っていたのに。

 何より月を蝕んだのは、不安だった。

(あのルパンさんが、危険を感じ取った。
 僕は何なんだ?
 僕は……僕はまさか、本当に……キラなのか?)

 馬鹿馬鹿しいと一蹴したはずだ。
 Lの策略には乗らない。
 しかし、他でもないルパンが言う事では無視出来なかった。
(僕は正義の為にと、人の命を奪ってしまえるような人間なのか?)
 そこで月は、朝方の自身の思考を振り返った。

――僕は、新世界の神にな――

 そして悩むべき事が『逆』だったのだと、気付く。

(僕は……然るべき力を手に入れた時「正義の為にと、人の命を奪わずにいられる人間なのか」?)

 力を得た時。
 本当に使わずにいられるのか?
 ルパンが懸念していたのは、この事なのか?

「さて、ここまで話した上で聞きたい。
 私達は『何』?」

――僕は…………何者なんだ?

 玲子への対応は慎重を期さねばならない。
 底知れない人物だという事は分かっていた事で、更にここまでの話が真実ならそれこそ「食われる」かも知れない。
 しかしルパンに対して信頼を寄せていたからこそ。
 月は今、揺らいでいる。


 出会った瞬間から警戒し、蓋を開けてみればある意味鬼よりも蛇よりも厄介な相手だった。
 勘は外れていなかったとは言え、運が良かったとも言えない。
 これが勘違いなら女性の風呂を覗き放題という、ルパンにとって楽園のような光景が広がっていたはずなのだから。
 それに玲子の事だけでなく、月の事も早急に考えなければならない。

 もしも時間が与えられていたならば。
 ルパンは月と深く話し合って納得のいく答えを導き出し、再び迷いなく互いの手を取り合っただろう。
 しかし玲子の来訪がそれを遮った。
 現実には、ルパンは次元の死を悼む時間も五ェ門の安否を確かめる時間さえも得られなかったのだ。

「さて、ここまで話した上で聞きたい。
 私達は『何』?」

 ルパンは慎重に答えを探す。
 玲子への返答を誤れば、殺されるかも知れない。
 その予感はルパンも月も共通して抱いていた。



 しかし月とルパンはもっと根本的な部分で――すれ違い始めていた。


【一日目昼/D-5 展望台三階】
【夜神月@DEATH NOTE】
[装備]なし
[支給品]支給品一式、M19コンバット・マグナム(次元の愛銃)@ルパン三世、確認済み支給品(0~2)、月に関するメモ
[状態]健康
[思考・行動]
1:仲間を募りゲームを脱出する。
2:Lに注意する。ルパンについても(性的な意味で)警戒。
3:情報収集を行い、終盤になったら脱出目的のグループと接触する。
4:命を脅かすような行動方針はなるべく取りたくない。
5:魔法や異なる世界の存在を信じる?
6:僕は……。
※F-1で起きた戦闘の一部始終を目撃しました。どの程度の情報が得られたかは、後続の書き手氏にお任せします。
※ルパンから銃の扱いを教わりました。

【ルパン三世@ルパン三世】
[装備]小太刀二刀流@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-
[支給品]支給品一式、玉×5@TRICK(一部をトラップに使用)、確認済み支給品(0~1)、紐と細い糸とゴム@現実(現地調達)
[状態]健康
[思考・行動]
0:次元……。
1:仲間を募りゲームを脱出する。
2:主催者のお宝をいただく。
3:月を見張るため、彼に着いて行く。
4:月の持つM19コンバット・マグナムが欲しい。
5:竜宮レナ園崎詩音の事が少しだけ気になる。
6:ロロ・ランペルージと接触したい。
7:玲子の問いに答える。
※総合病院で起きた戦闘の一部始終を目撃しました。
 緑のスーツの人物(ゾルダ)と紫のスーツの人物(王蛇)は危険人物と判断しました。
※寄生生物に関する知識を得ました。

※展望台の望遠鏡から見える範囲は展望台を中心におよそ7×7、A~Gの間の2~8までです。
※展望台一階の入り口付近には侵入者用にトラップが仕掛けられています。

【田村玲子@寄生獣
[装備]篠崎咲世子の肉体、シェリスのHOLY隊員制服@スクライド
[支給品]支給品一式×3(玲子、剣心、咲世子)、しんせい(煙草)@ルパン三世、手錠@相棒、不明支給品(0~2)、双眼鏡@現実、
    ファムのデッキ@仮面ライダー龍騎、首輪×2(咲世子、劉鳳)、着替え各種(現地調達)
[状態]ダメージ(大)、疲労(中)、数カ所に切り傷
[思考・行動]
0:人間を、バトルロワイアルを観察する。
1:新たな疑問の答えを探す。
2:茶髪の男(真司)を実際に観察してみたい。
3:泉新一を危険視。
4:腹が減れば食事をする。
5:ルパンと月から寄生生物と夕焼けに関する見解を聞く。
※咲世子の肉体を奪ったことで、彼女が握っていた知識と情報を得ました。
※シャナ、茶髪の男(真司)を危険人物だと思っています。
※廃洋館で調達した着替え各種の内容は、後続の書き手氏にお任せします。


【シェリスのHOLY隊員制服@スクライド】
玲子が廃洋館内で調達。
HOLY隊員のシェリスが着ている制服。

【玉×5@TRICK】
ルパン三世に支給。
上田が山田に見せた手品の小道具。
色はブルー、イエロー、グリーン、パープル、赤。

【紐と細い糸とゴム@現実】
ルパンが展望台内で調達。
どれも普通の日用品。


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095:絶望キネマ ルパン三世 130:運命の分かれ道
夜神月
102:緊張 田村玲子



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