運命の分かれ道

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運命の分かれ道  ◆.WX8NmkbZ6



 ルパン三世は夜神月と共に、田村玲子の問い掛けを聞いた。

 問いの後、長い沈黙が続く。
 その間に濡れた体の上にバスタオルを這わせていた玲子が、大方の水滴を拭い終えた。
 それを察してルパンが玲子本人から預かっていたデイパック内の新しい服を出すと、彼女はそれを受け取って身に纏う。
 大浴場での用事が一通り済んだ事で、三人は連れ立って最上階の展望スペースまで移動した。
 三人それぞれが椅子を持ち寄って着席し、問いについて改めて思考を始める。
 奇しくもそれは正午、第二回放送と同時。

『こんにちは、みんな』

 緊張した場に対する間の悪さにルパンは舌打ちする。
 声変わり前の少年の声。
 話す内容のおぞましさとミスマッチな、たどたどしささえある調子が不気味だった。
 そしてそこで玲子が観察対象として警戒していた泉新一、更にルパンの仲間である次元大介の名が告げられる。

「……やっぱな」

 ルパンは放送が終わるのを待ってからそう口にした。
 望遠鏡で総合病院の様子を見ていた――そこで次元の死を目撃した。
 それを見間違いだった、勘違いだったと済ませられるとはルパンも思っていなかった。
 ただ、気分が悪い。
 何も出来なかった自分が苛立たしい。
 同じく仲間である石川五ェ門の生存を確認出来た事がかろうじて、せめてもの幸いと言えるだろうか。

 ふと玲子が「やはり呼ばれたのは咲世子か」と小さく漏らした。
 ルパンがそれについて詳細を聞き出そうとすると、当然のようにはぐらかされる。
「ただの独り言だ……それより、仲間が死んだらしいな。
 どんな気分だ?」
 その言葉に、ルパンは逆上しかけた。
 仲間の死への好奇心――それは相手が人間なら、殴り掛かっていたかも知れない。
 しかしルパンを思い留まらせたのは、彼女がパラサイトという人ならざるものだという事実に他ならない。
 そして彼女はパラサイトと人間について根元的な疑問を抱いている。
 ルパンの感情の揺れに関心を示すのは無理からぬ事なのだ。
「気分ね……最悪さ、そりゃあな。
 いつ死んだっておかしくねぇ事してるったって、あいつもこんな所で死にたかぁなかっただろうよ」
 懐から煙草を出そうとして、普段と違い持ち合わせていない事を思い出す。
 諦めて両手を頭の後ろで組み、玲子との会話に専念する事にした。
 何せ、解答を誤れば『食われる』のだ。
 そんな死に方では、後で次元に笑われる。

「そういうお前さんはどうなんだい?
 知り合いだったんだろ?」
 問い返すと、玲子は能面のようだった表情を僅かに――微かに変えた。
 困惑の色が見え、それが玲子を人外として見ていたルパンには意外だった。
「……分からんな。
 だが群れを形成していた仲間が死んだ時とは違うようだ」
 玲子の知り合いである泉新一によって、仲間が殺された。
 その時は特に感慨はなかったという。
 それと今との違いに、玲子は少し考え込んだ。
「恐らくより興味があったから、だろう。
 パラサイトを宿したまま人間の脳を残す、極めて特異な存在……パラサイトであり、人間でもある。
 この少年なら何らかの答えに辿り着くのではないかと、期待していなかったと言えば嘘になるからな」
 玲子が出した結論は、やはり『悲しい』等といった感情とは別物だった。

 関心が薄かったから悲しくない、というのではない。
 関心は濃かったし感じ入るところはある。
 しかし、そもそも悲しいという感情が存在しているのかすら不明瞭なのだ。
 それがパラサイトであり、目の前にいる存在である。
 玲子には人間的な『ブレ』があるが、人外である事に変わりはない。
 その点を、ルパンは改めて心に留めた。

「改めて聞こう。私達は『何』?」

 放送で中断された問いを再び示され、ルパンは視線をちらりと月の方へ移す。
 月は沈黙を保っていた。
 顔色が悪くどこか呆然としているようで、会話について来ているのか定かでない。
 聡明な月らしくない姿にルパンは不安を覚える。
 ルパンと月の主張が衝突してしまった、まさにその時に玲子が来訪した。
 二人がお互いに言葉を尽くす時間は与えられず、ルパンには今の月が何を思っているのか分からない。

 ただ、今は玲子の問いに答える事に集中する。
 月と改めて向き合うのはそれからだ。
 ルパンはそう決めて、玲子に視線を戻した。

「そうは言うけどよ。
 俺達に客観的な答えを求めるってのは、ちょーっと無理があるんじゃねぇか?」
「と言うと?」
「俺達は下手したらお前さんに食われちまうんだぜ。
 こっちにしてみりゃ、何とかして人食いなんかじゃねえって説得しなきゃならねえんだ」
 ルパンと月にしてみれば、命が掛かっている。
 それも自分達のだけでなく、玲子がこれから出会う人間全てのだ。
 答えるべき内容は初めから決められてしまっている。
「……成る程、確かに脅迫しているも同然の状況だな」
 玲子も得心がいったようで、数秒沈黙してからこう応えた。

「ならば約束しよう。
 お前達の回答の内容に関わらず、私はお前達を食わない。
 また回答が私の満足出来るものならば、私はもう人を食わない」

 ルパンは椅子から転がり落ちそうになり、それまで反応の薄かった月も目を見開いた。
 対する玲子は無表情のまま。
 パラサイトは食人を本能に命じられているものの、必ずしも人を食わなければ生きていかれない訳ではないという。
 それでも、本能に逆らうのが簡単な事とは思えなかった。
「……いいのかい、そんな約束しちまってよ」
「私は、『仲間』全体の未来の可能性の為に努力している」
 この約束が守られるのなら――例え回答が「パラサイトの本質は食人にある」というものでもあっても。
 それに満足出来れば、玲子はもう食人をしないのだ。
 つまり玲子が『答え』を求めるのは、それに従って生きる為ではない。
 純粋に『知る』為に、仲間の為に求めているのだ。

「お前さんが約束を破るってー可能性は?」
「信じるかどうかはお前達の判断に任せるしかないな」
「『食わない』ってだけで、殺しちまうとか?」
「言葉遊びの趣味はない。
 殺す気もないから安心しろ……勿論、自衛の場合は除くがな」
 ルパンはその姿勢に共感するものがあった。
 幾つもの犯罪に手を染め、盗み出した財宝は数知れず。
 だがいつも、財宝そのものを求めていた訳ではなかった。

「いい~ぜ、その条件で。
 『私達は何』……このルパン様なりの答えってやつをくれてやる」

 ルパンが椅子に座り直し、足を組みながら言い放つ。
 それでも月は不安げな視線を送ってきていた。
 月の心配も分かる――玲子が約束を反故にすれば、この場で二人とも死ぬかも知れない。
 この会場にいる参加者全体に危険が及ぶかも知れない。
 玲子との対話自体が賭だ。
 だがあらゆる死線を潜ってきたルパンには、この賭に勝てるという確固たる自信があった。


――僕は…………何者なんだ?

 様々な考えが混濁して纏まらず、月は二人のやり取りの静観に努めていた。
 荒唐無稽な世界については、諦めと共に受け入れている。
 異常な破壊力の拳を持ったカズマ
 F-1周辺で起きた戦闘の中、高速で駆け回り、人間では到底届かない高さまで跳躍した者達。
 そして、パラサイト。
 ここに来て「信じられない」と耳を塞いでいてはその先に死があると、月は感じていた。

 緊迫した空気の中でルパンの顔色を窺う。
 失敗の可能性を微塵も感じさせず、むしろ生き生きとしていた。
 世界を股に掛けて活躍する大怪盗――というのは、嘘偽りでも誇張でもないのだろう。
 それでも月の方が緊張してしまうのは、月がまだ玲子に答えられるような回答を持ち合わせていないからだ。

 パラサイトは、そもそも生物と定義して良いのだろうか。
 生物は自己増殖と細胞による構成、代謝の三つの条件によって定義される。
 だがパラサイトは子孫を残さない。
 ウイルスが生物か否かで議論されて『非生物的存在』といった呼び名を与えられているように、新たな区分が必要かも知れない。
 そんな相手を説き伏せられるのか、ルパンを信じてはいても不安は拭えなかった。
 月が固唾を飲んで見守る中、ルパンは回答する。

「俺達にとっての隣人、ってのはどうだい」

 「本気ですか」と、口を挟みそうになった月は慌てて言葉を飲み込んだ。
 余りに無防備な答えに見える。
 だらしなく座り、椅子を体ごと傾けては椅子の脚二本、或いは一本だけで倒れないよう釣り合わせる――遊び半分で話をしている。
 だがルパンと半日行動を共にした月は、彼を尊敬していた。
 例え犯罪者であっても、月から見てもルパンは聡明で経験豊かな大人なのだ。
 人間の良いところも悪いところも肌で知り、物事の酢いも甘いも飲み込んできた。
 そんな彼の回答が納得出来るものでなかったとしても、阻みたくはなかった。
 だから月は彼の話の続きに耳を傾ける。

「そりゃあ人を食うなんてとんでもねぇ。
 社会はパラサイトってのを認知すりゃあ排除しようとするだろーぜ、山から出て来ちまうような肉食動物と一緒でよ。
 だが人を食わないでも生きられるってんなら、お互い妥協してやってくってのもいいんじゃねーの?」
 人の言葉を理解する熊や狼と同居出来るか――否。
 むしろ人々は、普通の熊や狼以上に危険な存在として滅ぼそうとするだろう。
 それはパラサイトが熊や狼よりも強いから、ではない。
 同じ言葉を使いながら、それでもまるで生態の異なる生物が『不気味』だからだ。
 だから例え「人を食わない」と全てのパラサイトが約束したとしても、人間はパラサイトを受け入れられないだろう。
 月にはそう思えてならなかった。
 しかもルパンは問題をすり替えている。
 それに、玲子もまた気付いたようだった。
「妥協とはつまり、先程の約束を他のパラサイトにも強制するという事だな。
 彼らを説得するのは非常に難しい……それに、これは私の問いへの回答ではないな。
 お前の願望だ」
「その通りさ」
 玲子の指摘に、ルパンはあっさり頷いた。
 してやったりとでも言いたげな表情は、こうして彼女と話すのを純粋に楽しんでいるようにさえ見える。
 玲子が突然気まぐれを起こせば食われるかも知れない、という警戒心が窺えない。
 彼女への信頼の出処が、月には分からなかった。
「客観的にパラサイトってもんが何かってぇ問いに応えるなら、バランサーってとこか。
 食物連鎖のてっぺんで調子に乗って、文明を発達させながら空気も海も汚すわ壊すわ。
 そんな人間達を食っちまう――敬虔なクリスチャンなら天罰、なんて言葉を使うかも知れねぇなぁ」
 月が答えたとすれば、恐らくこれに近いものになるだろう。

 バランサー。
 増え過ぎた人間を減らす。
 人間を食わなくても生きられるにも関わらず「この種を食い殺せ」と本能に命令されている。
 本能――神の意思か、それとも地球の悲鳴か。
 クリスチャンでもロマンチストでもない月はそこまでは思わないが、結論は似たようなものだ。
 腐った世界の腐った人間達を食い殺し、星全体の均衡を保つ。
 パラサイトとはそういうものだ、と。

「だから隣人ってのはお前さんの言う通り、俺がそうあって欲しいってぇ期待みたいなもんさ」
「何故期待する?
 食われる恐怖からか?」
「勿論、食われるのは御免だ。
 だけどよ……俺ぁどうにもすっきりしねぇんだ」
 ガタン、と乱暴な音を立てながら椅子の脚が床に着く。
 ルパンの表情からは軽薄な笑みが消え、唇を引き結んだ真面目なものになる。

「お前さん達が人間の言葉を理解出来んのは、上手く擬態して人間を楽に食っちまう為か?
 そんな理由じゃ……さぁみしいだろ」
「『さみしい』?」

 月は、ルパンの言わんとしている事を理解した。
 玲子を一人の『人間』として扱い、正面から真剣に向き合っている事も伝わってきた。
 だがそれでも、月がルパンに賛同する事は出来なかった。

「お前さん達の頭が良いのは、人間とこうして話をする為……って思いてぇじゃねぇか」

 ルパンの感情は間違っていない。
 少なくとも、玲子相手なら。
 しかし玲子の話からすると、彼女はパラサイトの中でもかなりの変わり種なのだ。
 そんな彼女を基準に考えるべきではない。

 会話出来る。
 思考出来る。
 確かにただの肉食動物とは違う。
 だが、だからこそ危険なのだ。
 社会に融け込み、普通の人間と同じように生活し、影で人を食らう。
 まして玲子以外の多くのパラサイトが人間を家畜程度にしか見ていないのなら、共存は不可能だ。
 知能が高くても、話し合いが通用するかは別問題。
 玲子の言う通り、彼らを説得するのは「非常に難しい」。
 そして月の神経では、彼らを隣人とするのは耐えられない。

「しかし、人を食らうという本能を捨てられないうちは人間の隣人ではない。
 そうだな?」
「あぁそうさ。
 人を食う奴でも隣人でいい、なんて言えんのは自分が食われる覚悟がある奴だけだ。
 俺はとても善人たぁ言えねぇ生き方をしちゃあいるが、それでも食われてやる気はさらさらねぇ」
「人を食う事を止め、人間達と同化する形で隣人として共生していく……それがパラサイトの未来、あるべき姿」
「俺にとっては、の話だけどな」
「成る程、お前の考えは分かった」

 もし、それでもそれでも彼らと共生したいのなら。
 彼らに定期的に『餌』を与える――人間がパラサイトを「飼う」形で管理出来るなら、或いは。
 そう。

――死刑囚や指名手配犯といった犯罪者をパラサイトに提供する形なら、共存が可能なのでは?
――罪を犯せばパラサイトに食われるという恐怖が抑止力となり、世界の平和にも――

 月は、瞬時に己の我に返る。

 これは。
 この考え方は。
 「犯罪者なら死んでも構わない」なんて非道な考え方は。

――まるで、キラそのものじゃないか……!!!

 叫び出しそうになる。
 自分の内側に、本当にLが言ったような犯罪者の側面が眠っているようで――頭を掻き毟りそうになる。
 ルパンがそんな月の異変に気付いてか、声を掛けようと口を開いた。
 だがその声は届かない。

 外と接していた窓ガラスが砕け散ったのだ。

 ルパンが刀をデイパックから出しながら目を向けると、そこには少女が浮いていた。
 黒い羽を持ち、しかし羽ばたく事なくガラスがあった場所に浮遊している異様な少女。
 彼女は整い過ぎた顔立ちに妖艶な笑みを張り付けていた。
 しかしその完璧と言って良い顔には僅かに傷が付き、紫水色の瞳にはヒビが入っている。
 その事から彼女が『人形』なのだと気付いた。
(人形が……動いている……!?)
 この会場では有り得ない事が有り得るのだと、納得はしてはいる。
 それでも衝撃は変わらない。
 己が何者なのか、その答えも分からないまま、月はその少女と邂逅した。


「ごめんなさぁい。
 入り口を見たら不細工なイタズラがしてあったから、こっちから失礼したわぁ」

 水銀燈は展望室の中へと入り、宙に浮いたまま三人を順に睨め付けた。
 この場では穏当に協力者を得るつもりでいる。
 相手が単体ならばともかく、三人相手に戦うのは水銀燈の力を以ってしても面倒だからだ。
 まして一人でも討ち洩らせば、水銀燈は危険人物として情報を広められてしまう。
 確実に殺せる状況でないなら手を出すべきではない。
 故に水銀燈は、出合い頭に攻撃するような真似はしなかった。

 そこで一歩前へ出てきたのは、真っ赤なスーツに猫背の男。
「こいつぁー驚きのべっぴんさんだぜぇ。
 俺様はルパーン三世。
 お名前を教えて貰えるかい、お嬢ちゃん」
 その態度に虫酸が走った。
 たかが人間に子供扱いされて良い気分になるはずがない。
 それでも会話を打ち切る訳にはいかず、水銀燈は微笑を消して不快感を露わにしながら応じる。
「……そっちの二人のお名前が聞けたら、教えてあげても良くってよ」
 そう言うと目付きの鋭い女は躊躇いなく「田村玲子だ」と言った。
 少年の方は暫し逡巡し、俯きながら「夜神月」と答える。
 二人がすんなりと従った事で少しだけ溜飲を下げ、水銀燈もまた名乗った。

「ローゼンメイデンシリーズの第一ドール、水銀燈よ」
「そうかい、ありがとよ。
 で、お嬢ちゃんは殺し合ったりなんかしねぇよなぁ?」
「当然よ、くだらないわぁ」
 水銀燈からは、この三人と行動を共にするという選択肢がなくなっている。
 この者達が使えるようなら、と一つの可能性として考えてはいたのだが、ルパンの態度によってそれが消えたからだ。
 だが三人がこの場所にいるという事は、窓際の望遠鏡で会場全体の動きを把握している可能性がある。
 その為水銀燈の目的は、協力者を得る事から情報を得る事に移っていた。

 しかしルパンと水銀燈がそれぞれに何か言おうとした、それよりも数瞬早く玲子が口を挟んだ。
「お前は人形なのか?」
「ええ、そうよ。だから何?」
 水銀燈は眉根を寄せる。
 玲子の声に侮蔑的な響きはなかったが、向けられる視線は無機物に対するものに他ならず――それがルパンの態度以上に、癇に障る。
「作られた目的は?」
「……それは」
 言おうか言うまいか、僅かに悩む。
 情報を得るのが目的であり、質問したいのはこちらの方。
 わざわざローゼンメイデンとして答えてやる義理はない。
 しかしここで答えない事は父への不義のようにも思え、水銀燈は正面から答えた。
「完璧な少女になる為よ」
「なってどうする?」
 即座に更なる問いが重ねられ、反射的に攻撃しそうになる。
 これがアリスゲームの中でなら、既に玲子には無数の黒い羽根が襲い掛かっていただろう。
 それだけの怒りを抑え込み、拳を震わせながら答える。

「お父様に、愛して戴くのよ」
「その後は?」
「いい加減になさいッ!!!」

 背の羽を膨張させ、感情を剥き出しにする。

 それから?
 胴体を……未完成な私の体を、今度こそ作って戴くの。
 それから?
 あの真紅が持っていたような、私だけのブローチを戴くの。
 それから?
 温かな手のひらで優しく頭を撫でて戴くの。
 それから?
 日溜まりの中で優しく抱き締めて戴くの。
 それから?
 「美しいね」と優しいテノールで囁いて戴くの。
 それから?
 お父様に、永久に愛して戴くの。
 私だけを、私一人を、いつまでもいつまでも愛して戴くの。

 願い続けた。
 戦い続けた。
 そうして何百年も夢見た願いに踏み込まれた事が、耐え難い屈辱だった。

「お父様に愛して戴くのよ、永遠に……その為に私は……!!」

 激昂する水銀燈に対し、玲子は表情を僅かも崩さなかった。
 そして、淡々と言う。
 水銀燈の『願い』に、感想を述べる。
 相変わらず、何も感じていないかのように。


「なるほど、まさしく人形だな」


 黒い羽の群れが展望室全体に広がり、玲子に向かって一斉に踊り掛かった。
 それを玲子は、頭部から伸びた触手の先の刃で払い落とす。
 庇うように前に出たルパンも一つの鞘から二本の刀を抜き、玲子まで届いた羽根は一本もなかった。
 頭が変形するという気味の悪い姿に水銀燈は微かに動揺したが、それで止まるような激情ではない。
「ちょおっと待った待った!!
 お二人さん、ここは――」
 ルパンが間を取り持とうとするが、聞くつもりはなかった。
 羽根の群が龍の姿に変わり、展望室の中を駆け抜ける。

 しかし、標的は玲子ではない。
 ルパンと玲子から少々距離を取っていた月だ。
 それに気付いたルパンが射線に割り込もうとするが、別の角度から飛ばした羽根でそれを阻む。
「坊主、避けろ!!」
「えっ……」
 バクン、と月が龍に飲み込まれる。
 玲子の態度は変わらなかったが、ルパンの方は明確に動揺を見せた。
「おい、坊主ッ!!」
「安心なさぁい、怪我はさせていないわ」
 龍は月を腹の中に抱えたまま、蠢いて水銀燈の横まで移動する。
 そこでどう利用してやろうかと思案したのだが、月に対し違和感を覚えた。
 羽根に埋もれた彼の顔は見えないが、何やら様子がおかしい。
 囚われながら、何の抵抗もしないのだ。
 叫ぶでも暴れるでもなく、大人し過ぎる。

「お嬢ちゃんだってこんな事で揉めんのは本意じゃないはずだろ?
 玲子の言った事が勘に障ったってんなら、俺の方から謝る。
 こっちの持ってる情報も全部渡す。
 ……だから坊主を放しな」
「いいわねぇ、その条件」
 水銀燈の求めた物が全て手に入る。
 計算違いはあったが、結果的には面倒を回避出来たと言えるかも知れない。

「……やっぱりやぁめた」

 だが水銀燈は、交渉に応じなかった。
 窓から身を投げ出し、羽を広げる。
 それを追い掛けるように龍が展望台の外へ、生き物のように波打って流れていった。

「坊主――――ッ!!!」

 ルパンの叫びを聞きながら水銀燈は展望台に背を向け、山中へ消える。


 水銀燈が展望台を離れてから、ルパンの行動は早かった。
 窓際に走り寄り、水銀燈の着地点までの方角や距離を確認。
 階段を駆け降りながら器用に入り口のトラップを回収し、展望台を出る。

「お前さんが付いてくる必要はないんだぜ?」
 かなりの距離を走ってから、初めてルパンが玲子の方を振り返った。
 山道の中で背後に向かって走る、器用な移動の仕方だ。
「話がまだ途中だ……しかし急いでいたとは言え、良く私に背を見せられたな」
「約束しただろ、俺達の事は食わねぇって。
 そう言や、もう一個の約束はどうするんだい」
 玲子から視線を外し、再び正面を向いて山道を駆けながらルパンが問う。
 ルパンの回答に満足したのか否か。
 玲子は彼の背を追いながら応えた。
「その前に、お前は妙に私を信用しているようだが何故だ?」
「そりゃあ、お前さんが人間臭いからさ」
 即答だった。
 走る速度は緩まず、ルパンの表情は窺えないままだ。

 人間臭さで信用するのなら、人間は信用出来るという事か。
 そう問うと、ルパンは「そんな訳ねぇだろ」と否定した。
「お前さん、自分で言うより随分表情があるぜ。
 考え方も下手な人間よりよっぽど信じられるってもんだ。
 しかも美人とくりゃあ、おじさんクラクラだぜぇ」
「私に性別はない」
「そうかい?
 俺には、お前さんがれっきとした女に見えるんだがね」
「……」
 ルパンがさらりと何事でもないように告げたその言葉は、玲子の心に刺さった。
 どこにあるのかも分からない、概念的な存在である心に――確かに突き立てられた。

――オギャア
――オギャア

「お前は、変わった人間だ」
「そりゃどーも。それで――」
 言いかけて、疾走していたルパンが停止する。
 山中の、少し開けた場所に散らばる黒い羽根。
 その中心には一枚の紙、そして拳銃が置かれていた。
「こいつは……」
 ルパンが紙を取り上げ、玲子もそれを覗き込む。


   考えた結果、僕は彼女と行動を共にする事にしました。
   僕と貴方は別行動をした方がお互いに効率的に動けると思います。
   脅された訳ではありません。これは僕の意志です。
   その証拠に、これを残します。
   今までお世話になりました。

                              夜神月


 水銀燈が月に同行するよう脅迫しているなら、銃を手放させない。
 戦う力を持たない月は、水銀燈の足手纏いになりかねない――それを水銀燈が許容するはずがなかった。
 つまり「銃を残して行く」と、月は水銀燈に対し自分の意見を主張しているはずなのだ。
 そう見せかけようとしたと考えるには、水銀燈の性格は短絡的過ぎた。
 月がマインドコントロールを受けた可能性は残るが、十中八九はここに書かれている通り、自ら決めたのだろう。
 何よりルパンには、月がこうし自らて離脱を決意する事に心当たりがあるようだった。
「失敗しちまったなぁ、ったく……」
 頭を掻き、悔しそうに呟く。
「追わないのか?」
「今追っかけても、坊主は戻って来ねぇよ。
 ああ見えて頑固で負けず嫌いだからよ、決めちまったもんはしょーがねぇ。
 あのお嬢ちゃんが癇癪を起こさなきゃ暫くは安全だと思うが……」
 ルパンは残された拳銃――コンバット・マグナムを握り締めていた。

 やがて紙とマグナムをデイパックに仕舞うと、ルパンはコロリと態度を変えた。
「さーて、お次はどこに行くかねぇ……」
「……もう一つ、質問させて欲しい。
 篠崎咲世子が見た夕焼けは、他の夕焼けと何が違う?」

――あの夕焼けの美しさを、わたしは生涯忘れない。
――たとえわたしが死んでも、きっとわたしは風になって、あの夕焼けを忘れない。

「そりゃあ夕焼けは夕焼け……違うのは郷愁って奴のせいさ、多かれ少なかれ誰にだってある」

 それを引き起こすのは、目に映る景色かも知れない。
 鼻孔が捉える香りかも知れない。
 耳に入る音声かも知れない。
 肌に触れる風かも知れない。
 舌を打つ旨味かも知れない。
 他郷にあって故郷を懐かしく思う気持ち。
 過去のものや遠い昔などに惹かれる気持ち。
「故郷を持たず、生まれたばかりの私には縁遠い感覚……という事だな」
「裏返しゃ、そのうち分かるって事じゃねぇの」
 お前さんは真面目過ぎるぜ、もっと気楽にやろうや……そう言ってあっけらかんと笑い、ルパンは歩き始める。

「ほんじゃま、達者でなぁ。
 俺様久々に一人でお仕事すっからよ」
 質問を終えた玲子にルパンを追う理由はなく、そのまま見送る事にした。
 彼が展望台に戻るつもりは無いらしい。

 生い茂った樹木の葉が陽光を遮る。
 ルパンの赤いスーツが木漏れ日によって斑模様に照らされていた。
 その背を見て、納得する。
(そうか、これが『さみしい』か)
 パラサイトの知性が人間を食う為にあるのでは、『さみしい』。
 成長を見守ろうとしていた相手が去って行くのは、『さみしい』。
 勿体無い、とは違う。
 玲子はルパンの抱く感情の一端を理解した。

 先程の『女』という言葉についてもそうだった。
 この男は玲子に奇妙な感覚を植え付ける。
 それは決して『答え』への遠回りではないと思えた。

「で、約束は?」
「……そうだな、勿体振るのはやめよう。
 私は一定の満足を得た」

 まだ一つの解答例を得ただけだ。
 真実は考え続けたところで分からないだろうし、それでも玲子は考え続けるだろう。
 だが確かに、そこには充足感があった。


「私はこの先、人を食わない」


【一日目日中/D-5 山中】
【ルパン三世@ルパン三世】
[装備]小太刀二刀流@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-
[支給品]支給品一式、玉×5@TRICK、確認済み支給品(0~1)、紐と細い糸とゴム@現実(現地調達)、
     M19コンバット・マグナム(次元の愛銃)@ルパン三世、夜神月が書いたメモ
[状態]健康
[思考・行動]
1:仲間を募ってゲームを脱出し、主催者のお宝をいただく。
2:月の事が心配。
3:竜宮レナ園崎詩音の事が少しだけ気になる。
4:ロロ・ランペルージと接触したい。
※総合病院で起きた戦闘の一部始終を目撃しました。
 緑のスーツの人物(ゾルダ)と紫のスーツの人物(王蛇)は危険人物と判断しました。
※寄生生物に関する知識を得ました。

【田村玲子@寄生獣
[装備]篠崎咲世子の肉体、黒の騎士団の制服@コードギアス 反逆のルルーシュ
[支給品]支給品一式×3(玲子、剣心、咲世子)、しんせい(煙草)@ルパン三世、手錠@相棒、不明支給品(0~2)、双眼鏡@現実、
    ファムのデッキ@仮面ライダー龍騎、首輪×2(咲世子、劉鳳)、着替え各種(現地調達)、シェリスのHOLY隊員制服@スクライド、
    黒の騎士団の制服@コードギアス 反逆のルルーシュ
[状態]ダメージ(大)、疲労(小)、数カ所に切り傷
[思考・行動]
0:人間を、バトルロワイアルを観察する。
1:新たな疑問の答えを探す。
2:茶髪の男(真司)を実際に観察してみたい。
3:正当防衛を除き、人を食わない。
※咲世子の肉体を奪ったことで、彼女が握っていた知識と情報を得ました。
シャナ、茶髪の男(真司)を危険人物だと思っています。
※廃洋館で調達した着替え各種の内容は、後続の書き手氏にお任せします。


「痛ぅっ!!」
 視界を塞いでいた黒い羽根が消えたと思えば、地面に落下した。
 地上から一メートル程の高さで拘束を解かれたらしい。
 月が見回すとそこは展望室ではなく、山の中ようだった。
 目の前には水銀燈の姿がある。
 宙に浮かずに地面を踏み締め、尻餅を着いた月を見下ろしていた。
「気分は如何?」
「……僕に、何の用だ?」
「あら、気を遣ってあげたのに」
 口元を手で隠し、水銀燈はクツクツと肩を揺らす。

 羽根に飲み込まれてから、月は抵抗しなかった。
 人質のように利用される事に口惜しさはあったが、自力で抜け出そうとする気にはならなかった。
 自分が何者なのか、分からない。
 これからどうすればいいのか、分からない。
 何より、ルパンや玲子とこれから――

「貴方があの二人と一緒にいたくなさそうだったから、連れてきてあげたのよ」

 言い当てられ、月は項垂れた。
 キラなのかも知れない自分を抱えながらルパンと向き合う事が、耐えられない。
 元より自分のせいでルパンは展望台に縛り付けられていたのだから、消えてしまえればどんなにいいかと考えていた。
「でも貴方が使えない人間なら、ここで死んで貰うわ」
 いつの間にか水銀燈の手には剣があり、月の首に突き付けられている。
 水銀燈が本気だという事は、これまでの彼女の行動から見ても明らかだった。
「貴方は何か私の役に立つかしら?」
 挑発的な言葉を投げ掛ける水銀燈に、月は覚悟を決める。
 諦めにも似た思いがあった。
「…………あぁ。立つよ」
 水銀燈は、続きを促すように目を細める。

「君はさっき、仲間……それと情報が欲しかったんだろ?
 でも失敗した――だから僕を連れ去る気になった。
 抵抗が薄い僕が相手なら、多少乱暴な手段を使っても仲間に引き込めると思った」
「そうね」
 水銀燈はあっさりと肯定した。
 先程のように逆上されては会話にならないという心配があったが、杞憂で済んだようだ。
「ここから言えるのは、君が余り交渉が上手くないという事だ」
「今回に関しては認めてあげるわ。それで?」
 水銀燈は今、完全に優位に立っている。
 その為か失敗を指摘されても落ち着いており、月としては好都合だった。
「僕は戦う事は出来ないが、人との会話や交渉は上手くやれる。
 それに君が今回得られるはずだった情報だって渡せる。
 いずれ首輪を外す方法だって見付ける」
「口では何とでも言えるわ」
「僕なら出来る」
 月はルパンと比べれば、ただの高校生に過ぎない。
 しかし日本一優秀な、という形容詞を付ける事が出来る。
 この殺し合いの中でも有用な人間であるという自信があった。

「僕は君の役に立てる。
 その証明に――君はこのままだと、ルパンさんに追われる事になるだろう。
 危険人物だという情報を流されるかも知れない。
 それを、僕が止める」

 月は、覚悟をした。
 ルパンと決別する――覚悟を。

 現在の位置を水銀燈に尋ねると、展望台から数百メートル程の所だという。
 上空から着地したままの場所――ルパンが水銀燈の着地点を確認していないはずがないのだから、ここは既に知られているという事だ。
 そして、ルパンの行動力ならもうこちらに向かっているだろう。
 彼の能力と展望台からの距離を考えれば、ゆっくりしている時間はない。
 月は剣を突き付けられたままデイパックから筆記用具を出し、文章を書き付けた。
 握った鉛筆が汗でじっとりと湿る。
 平静を装っていても、首に刃物が触れている状態は呼吸一つにも緊張した。
 書き終えると黒い羽根が散乱した場の中央に置き、その上に重石代わりにマグナムを乗せる。

「これで、ルパンさんは恐らく追って来ない。
 悪い噂を流す事もまず無い」
「これだけで?」
「ああ。僕が一緒に行動しているのに君が危険人物だと噂が流れれば、協力している僕まで危険視されかねない。
 それに自分で判断したと言っておけば、ルパンさんは僕の意志を尊重してくれると思う」
 つまりは、ルパンの月に対する善意を利用しようとしている。
 罪悪感が芽生えるが振り払い、「これをしまってくれないか」と剣を指差すと水銀燈はその剣を霧散させた。
 月はそれで漸く立ち上がる事が出来た。

「君は、殺し合いに乗っている――んだな」
「そうよ、お父様に会う為にね」
 人を殺す気でいる。
 それを恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに言う水銀燈に気分が悪くなった。
 しかし『キラ』という名が脳裏にチラつき、彼女に対してよりも自分に対して嫌悪感を抱く。
「僕は、殺し合いなんて馬鹿げていると思ってる……だから、僕は君が人を殺そうとすれば止める」
「何ですって?」
 水銀燈が眉間に皺を寄せるが、月は構わず続ける。
「僕は君が生き残る為の協力はするし、脱出の為の努力もする。
 でも参加者を減らす手伝いは出来ない」
「……分かったわよ。それでいいわ」
 唇を尖らせるような不満気な声だったが、納得していない訳ではないらしい。

 そして水銀燈はふと思い出したように、月に確認を取る。
「貴方は頭脳労働担当……そうよね」
「ああ、僕は戦えない」
「それなら、nのフィールドに行く方法を考えておきなさい」
「n……?」
 聞き慣れない言葉を聞き直すと、彼女は億劫そうにしながら説明した。
 思念で構成された現実世界の裏側であり、誰かの精神の世界。
 つまりはそこを経由すればこの会場から出られるのではないか、という話だった。
「それで、今はそこに行かれない?」
「妙なのよ。鏡から入ろうとすると、『入る気が失せている』……」
 彼女の言う奇妙な感覚は、本人にしか分からないものだ。
 入れない、のではない。
 入ろうとする意思そのものが、消されてしまう。
 V.V.が彼女に催眠術でも掛けたのだろうか。
「……分かった。今は分からないけど、それについても情報を集めるよ」
 月が頷くと、水銀燈は「頼りにしているわ」と微笑んだ。

 そのうちに話が過ぎてしまった事に気付き、月は水銀燈を促した。
「そろそろここを離れよう、もうルパンさんが来てもおかしくない」
 水銀燈と共にその場を後にする。
 最後に一度だけ、手紙を置いた場所を振り返った。


――さようなら。


【一日目日中/D-5 山中】
【夜神月@DEATH NOTE】
[装備]なし
[支給品]支給品一式、確認済み支給品(0~2)、月に関するメモ
[状態]健康
[思考・行動]
1:仲間を募りゲームを脱出する。
2:Lに注意する。
3:情報収集を行い、終盤になったら脱出目的のグループと接触する。
4:命を脅かすような行動方針はなるべく取りたくない。
5:僕は……。
※F-1で起きた戦闘の一部始終を目撃しました。どの程度の情報が得られたかは、後続の書き手氏にお任せします。
※ルパンから銃の扱いを教わりました。

【水銀燈@ローゼンメイデン(アニメ)】
[装備]無し
[所持品]支給品一式×3(食料を一つ譲渡)、メロンパン×4@灼眼のシャナ、板チョコレート×11@DEATH NOTE
     農作業用の鎌@バトルロワイアル、不明支給品0~2(橘のもの、確認済)
[状態]右目にヒビ割れ、右眼周辺に傷、深い悲しみと憎悪
[思考・行動]
1:優勝する。
2:真紅のローザミスティカを得る。
3:夜神月を利用して下僕を集める。
4:3を達成したら、狭間偉出夫を殺しに行く。
[備考]
※ゾルダの正体を北岡という人物だと思っています。
※nのフィールドに入ろうとすると「入ろうとする意思そのものが消されてしまう」ようです。


【黒の騎士団の制服(女性用)@コードギアス 反逆のルルーシュ】
 玲子が廃洋館内で調達。
 黒の騎士団の団員の制服。バイザーは付属していない。


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106:少女が見た日本の原風景 ルパン三世 136:急転直下
田村玲子 137:寄生獣
夜神月 144:銀の邂逅 月の相克(前編)
118:鏡像 水銀燈



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