Re:寄り添い生きる獣たち

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Re:寄り添い生きる獣たち  ◆.WX8NmkbZ6



 その瞬間は、何の前触れもなく訪れた。

 総合病院に集まった八人。
 全ての準備を終え、ストレイト・クーガーはズーマーに跨って残る七人に別れを告げる。
 七人はクーガーを送り出しながら、自分達もまた動き出そうとする――正門近くでの、そんなやり取りの中。

 風を切る音に最初に気付いたのはクーガーだった。
 バイクから飛び降り、一番近くにいた上田次郎とLを抱えて飛び退る。
 次いでヴァンが宵闇の中で沸いた悪寒に対し動物的な勘で反応し、隣にいたC.C.の手を乱暴に引く。
 微かに遅れて水銀燈が羽を広げて宙に舞い上がる。
 城戸真司は気付きながら、体の痛みですぐには動けなかった。
 それを察した翠星石が真司を突き飛ばす。

 この間、僅か数秒。
 その数秒の間に、最強の生物が翠星石の頭上に現れる。

「ッ、手が掛かるわね……!!!」

 水銀燈が黒い羽根を飛ばして翠星石を押し退ける。
 誰もいなくなったその場所に、後藤の巨体が着地した。
 衝撃で地面が罅割れるも、当の本人――後藤の表情は涼しげだった。

「ここにいたか」

 淡々とした機械的な音声。
 直接出会った事があるのがクーガーと水銀燈のみであっても、誰もがすぐに理解した。
 これが後藤という生物であると。

 クーガーがラディカル・グッドスピード脚部限定を形成し、ヴァンが刀を抜き、真司がデッキを掲げる。
 その臨戦態勢に入る為の動作の間に、後藤は躍動していた。
 しなやかで、人間のそれを遙かに上回る強靱な筋肉。
 その運動エネルギーを最も効率良く利用出来る姿勢と動きを、後藤はこれまでの戦闘から学んでいる。
 無駄のない、美しいとすら言える跳躍だった。
 後藤の視線の先にはクーガー達から最も離れ、かつ姿勢の崩れていた人物――水銀燈がいる。

 標的にされていると気付いた水銀燈は、回避は間に合わないと判断。
 大量の黒い羽根を盾のように目の前に展開する。
 しかし後藤はそれを、蹴り抜いた。
 紙と何ら変わらず、僅かな足止めにすらならず、盾が破られる。
 そして盾を破ったのとは別の足が、伸びた。
 人間では有り得ない長さの間合い、更に後藤は足裏に鋭い棘を形成して水銀燈の胸を穿った。
 後藤は水銀燈の腹部が空洞である事は知っている、故に同じ轍は踏まない。
 棘が刺さっても蹴りの勢いは止まらず、水銀燈は病院の外壁へ縫い留められた。

「ぁ……ッ」

 掠れた声を漏らすと共に目を見開き、幾度か体を震わせる。
 翠星石の方へ向けた視線は弱々しく、口を開きかけるも言葉にならない。
 そして水銀燈は動かなくなった。
 一瞬、突然の出来事に誰もが放心し動けなかった。
 油断していたわけではない。
 ただ何ら躊躇も前置きもない殺戮に、誰もが置き去りにされたのだ。


「ああぁぁあああああああああああぁあぁぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 翠星石の叫びが闇夜に劈く。
 地面から生えた蔦が後藤に向かって伸びるが、後藤は事もなげにそれを回避した。
 支えを失った水銀燈の体が落下し、地面に叩き付けられる寸前に真司が受け止める。
 翠星石が駆け寄ると水銀燈の胸が輝き始めた。
「水銀燈っ、水銀燈っ!!!」
 涙を落としながら呼び掛ける翠星石の胸に、水銀燈の胸から生まれた虹色の目映い輝きが吸い込まれていく。

「あ、ぁ、ぁ、あ、」

 物言わぬ人形となった水銀燈を前に、翠星石は動けない。
 その無防備な背に牙を剥く後藤にクーガーが蹴りを放ち、ヴァンが斬り掛かるがそれぞれ一本ずつの刃で受け止められた。
 そして翠星石に迫る残りの二本の刃を止めるべく、真司が割れたガラスにデッキを翳そうとする。

「いけません!!」

 鋭い制止の声に動きを止めた真司に代わり、翠星石と後藤の間に割って入ったのはLだった。
 女神の剣で後藤の刃を弾き、続ける。
「貴方がここで変身したら、誰がシャドームーンを倒すんですか……!!」
 クーガーが後藤の刃を捌き、胴体に蹴りを入れる。
 後藤は反対方向に跳んで蹴りの威力を消すが、これで後藤は一同から距離を取る事になった。
 そしてクーガーが後藤の前に立ち塞がる。

「行ってくれ。こいつの相手は俺なんだ」
「だけど……!!」

 一人残ろうとするクーガーに、真司が食い下がる。
 だがクーガーは首を横に振った。
「お前が俺の立場なら、退かないだろ?」
 真司は息を飲み込み、何も言えなくなる。

「俺が遅かったせいで、守れないもんばっかりだ。すまん。
 だから……こいつと決着をつけるのが俺のけじめで、約束なんだ」

 「行ってくれ」と、クーガーはもう一度言う。
 自身への怒りで震えて動けなくなった真司に代わり、他の者達が動いた。
 上田がデイパックから取り出したトランクに水銀燈を寝かせる。
 ヴァンは呆然としていた翠星石を抱えて走り出し、C.C.が水銀燈のデイパックを回収ながら真司の手を引く。
「行くぞ、もたもたするな!」
「……っ」
 引かれる力に抵抗出来ないまま、真司は歯を食い縛る。
 何も出来ない、その代わりに真司はクーガーの背に向かって叫んだ。

「それ!! 大事に使えよな!!!」

 オレンジ色のバイク。
 真司が愛用していた品だ。
 遠ざかる真司のその声に、クーガーは振り返らずに手を挙げて応える。

 隠してあった車の運転席に上田が、助手席にLが乗り込む。
 後部座席に真司が乗り、ヴァンはその隣りに翠星石を押し込んだ。
 そしてC.C.がエンジンを掛けたバトルホッパーにヴァンが乗り込み、上田はそれを確認してから車を発進させる。
 やがてエンジン音が離れ、病院の周囲が静寂に包まれた。

 クーガーは「悪いな」と呟きながらズーマーに手を置く。
「車もバイクも実に文化的だが――俺が使うのは一回限りだ」
 ズーマーが消える。
 目を隠していたサングラスも同様に消失する。
 代わりにクーガーの全身、爪先から頭部までの全てが赤紫の装甲に覆われた。
 空気抵抗を極限まで抑える流線型。
 速さを求めたクーガーのアルターの、本来あるべき姿。
 クーガーの命さえ削る最速の力、フォトンブリッツ。

 アルター化させるものは、地面だろうとバイクだろうと構わない。
 だがアルターは己の欲望、意志、エゴそのもの。
 想いの強さが力に直結する。
 悪・即・斬を掲げた斎藤一に縁あるサングラスでなければ。
 ジェレミア・ゴットバルトから受け取った、城戸真司の愛車でなければ引き出せない力がある。

「待たせたな」

 一部始終を見守っていた後藤に呼び掛ける。
 二人の戦い、一度目は斎藤一と平賀才人の死で終わった。
 二度目は志々雄真実の訪れで中断された。
 三度目は今。
 四度目はないと、互いに確信している。

 託された想いを。
 守れなかった、死なせてしまった人々への己の想いを胸に、クーガーは吼える。

「見せてやる……文化の真髄をッ!!!」


 ローザミスティカ。
 ローゼンメイデン達にとっての命とも呼べる奇跡の石。
 水銀燈のローザミスティカは翠星石と同化した。
 同時に翠星石の中に、水銀燈の感情が流れ込む。
 シャドームーンに植え付けられた畏怖、踏み躙られたプライド、そして――

――たった七人の姉妹、どうして嫌いになれるですか。

 翠星石の言葉は確かに水銀燈に届いていた。
 そっぽを向いて、可愛げのない視線を送って鼻を鳴らして、それでも。
 どこかに確かに、姉妹への愛があった。

 真司の隣りで、翠星石ははらはらと涙を零す。
 胸に宿る四つのローザミスティカの温かさが悲しみをより深いものにする。
 運転する上田も動かなくなった上田次郎人形を膝に置き、水銀燈の喪失を噛み締めていた。
 シャドームーンを倒す為にと協力を要請したLも、他の三人も、口を閉ざし無言のまま己の無力を嘆く。

 だが翠星石の涙には、他にも理由がある。

 「いいんですか」と尋ねる上田にLは「いいんです」と簡単に返した。
 重苦しい空気。
 既に全員が気付いている。
 バトルホッパーで並走するヴァンとC.C.はわざと明後日の方向を見て、上田はハンドルを握る手を震わせ、真司は唇を噛み、翠星石は目を伏せる。
「翠星石さん、私は貴女に謝らなければいけません」
 そんな空気に気付いていないとでも言うように、普段通りの口調でLが話し始める。
「私の考え方は、貴女には心ないものに映ったと思います。
 それに貴女の姉妹を助けられなかった。
 ですが、これが私の正義なんです。
 ……私の事を、許してくれますか?」
「ぃ、今、そんな話をっ……」
 翠星石がスカートの裾をキュッと掴んで言い返す。
 しかしLは意に介さない。

「大事な話なんです。
 貴女のような可愛らしい女の子に露骨に嫌われて、私はこれでもかなり傷付いたんです。
 許してくれるのかくれないのか、どっちですか」

 真面目なのか不真面目なのか分からないLの喋りに、翠星石はやはり苦手だと感じた。
 それでも顔を上げ、助手席に座るLに向かって言葉を投げ付ける。

「っ……こ、これで許さなかったら……翠星石が悪いやつみたいじゃねえですか……!
 許、してやるから……ありがたく、思えですぅ……!!」
「……ああ、それは良かった」

 満足げに、うっすらと口元に笑みを浮かばせてLは目を閉じる。
 車内に満ちるのは血の匂い。
 後藤の刃の一本がLの腹を割いていた事を、全員が気付いていた。
 停車させて応急処置をしても手遅れだと分かっていた。

「このっ……バカ……ッ!!!」

 この会場に残っていた最後の姉妹と、気に入らないながらも協力し合っていた仲間を一度に失った。
 翠星石の涙が落ちていく。
 とめどなく頬を濡らしていった。

 だが翠星石とて、ただ泣き続けるだけで終わるはずがない。

 父より授かった体を傷つけられ、プライドをズタズタにされ、一矢報いる事すら出来なかった水銀燈。
 この殺し合いで失われた命に対し誰よりも責任を感じながら、最後まで見届けられなかったL。
 二人とは終ぞ分かり合えなかった翠星石だが、彼らの無念に何も思わずにいられるような脆弱さは持ち合わせていない。
 それは真司も、ヴァンも、C.C.も、上田でさえも同じだ。

 死んだ者達に報いたいという想い。
 性格も住む世界も一致しない五人の思いは、確かに一つになっていた。


【水銀燈@ローゼンメイデン 死亡】
【L@DEATH NOTE 死亡】


【一日目真夜中/G-8 総合病院付近】
【翠星石@ローゼンメイデン(アニメ)】
[装備]庭師の如雨露@ローゼンメイデン、真紅と蒼星石と水銀燈のローザミスティカ@ローゼンメイデン
[支給品]支給品一式(朝食分を消費)、真紅のステッキ@ローゼンメイデン、情報が記されたメモ、確認済支給品(0~1)
[状態]身体中に強い鈍痛、疲労(中)、首輪解除済み
[思考・行動]
1:真司達と同行し、殺し合いを止める。
2:真紅が最後に護り抜いた人間に会い、彼女の遺志を聞く。
[備考]
※スイドリームが居ない事を疑問に思っています。
※真紅のローザミスティカを取り込んだことで、薔薇の花弁を繰り出す能力を会得しました。

【城戸真司@仮面ライダー龍騎(実写)】
[装備]龍騎のデッキ@仮面ライダー龍騎
[所持品]支給品一式×4(朝食分と水を一本消費)、確認済み支給品(0~2) 、劉鳳の不明支給品(0~2)、発信機の受信機@DEATH NOTE
    首輪(剣心)、カードキー、神崎優衣の絵@仮面ライダー龍騎、サバイブ(烈火)@仮面ライダー龍騎
[状態]身体中に激しい鈍痛、疲労(大)、劉鳳を殺してしまったことに対する深い罪悪感、志々雄への嫌悪、応急処置
[思考・行動]
1:人を守る。
2:右京の言葉に強い共感。
3:翠星石達と同行し、殺し合いを止める。
※絶影を会得しました、使用条件などは後の書き手の方にお任せします。
※クーガー、C.C.らと情報交換をしました。

【ヴァン@ガン×ソード】
[装備]:薄刃乃太刀@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-、バトルホッパー@仮面ライダーBLACK
[所持品]:支給品一式、調味料一式@ガン×ソード、ナイトのデッキ@仮面ライダー龍騎、サバイブ(疾風)@仮面ライダー龍騎
[状態]:疲労(小)、右肩に銃創、右上腕部に刀傷、各部に裂傷、全身打撲、応急処置
[思考・行動]
0:とりあえず前に進む。
1:カギ爪の男に復讐を果たすためさっさと脱出する。
2:C.C.の護衛をする。
3:次にシャドームーンに会ったらバトルホッパーを返す。
[備考]
※まだ竜宮レナの名前を覚えていません。
※C.C.の名前を覚えました。

【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュ R2】
[装備]:ファサリナの三節棍@ガン×ソード、黒の騎士団の制服@コードギアス 反逆のルルーシュ
[所持品]:支給品一式×4、エアドロップ×2@ヴィオラートのアトリエ、ゼロの仮面@コードギアス、ピザ@コードギアス 反逆のルルーシュ R2、
     カギ爪@ガン×ソードレイ・ラングレンの中の予備弾倉(60/60)@ガン×ソード、白梅香@-明治剣客浪漫譚-、確認済み支給品(0~1)
[状態]:健康、首輪解除済み
[思考・行動]
0:レナと合流したい。
1:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない。
2:後藤、シャドームーン、縁、スザク、浅倉は警戒する。
3:ジェレミアの事が気になる。
[備考]
※不死でなくなっていることに気付いていませんが、回復が遅い事に違和感を覚えています。
※右京、ルパンと情報交換をしました。
※クーガー、真司らと情報交換をしました。

【上田次郎@TRICK(実写)】
[装備]君島の車@スクライド、ベレッタM92F(10/15)@バトルロワイアル(小説)
[支給品]支給品一式×4(水を一本紛失)、富竹のポラロイド@ひぐらしのなく頃に、デスノート(偽物)@DEATH NOTE、予備マガジン3本(45発)、
    上田次郎人形@TRICK、雛見沢症候群治療薬C120@ひぐらしのなく頃に、情報が記されたメモ、浅倉のデイパックから散乱した確認済み支給品(1~3)、
    銭型の不明支給品(0~1)、ローゼンメイデンの鞄@ローゼンメイデン、水銀燈の遺体
[状態]額部に軽い裂傷(処置済み)、全身打撲
[思考・行動]
0:山田……
1:真司達に協力する。
2:シャドームーンを倒す……?
※東條が一度死んだことを信用していませんが、Lが同じ事を言うのでちょっと揺らいでます。

※水銀燈のデイパック(支給品一式×6(食料以外)、しんせい(煙草)@ルパン三世、手錠@相棒、双眼鏡@現実、首輪×2(咲世子、劉鳳)、
 着替え各種(現地調達)、シェリスのHOLY隊員制服@スクライド、農作業用の鎌@バトルロワイアル、前原圭一のメモ@ひぐらしのなく頃に、
 カツラ@TRICK、カードキー、知り合い順名簿、剣心の不明支給品(0~1)、ロロの不明支給品(0~1)、
 三村信史特性爆弾セット(滑車、タコ糸、ガムテープ、ゴミ袋、ボイスコンバーター、ロープ三百メートル)@バトルロワイアル)をC.C.が、
 Lのデイパック(支給品一式×4(水と食事を一つずつ消費)、ニンテンドーDS型詳細名簿、アズュール@灼眼のシャナ、角砂糖@デスノート、
 情報が記されたメモ、S&W M10(5/6)、S&W M10の弾薬(18/24)@バトル・ロワイアル、首輪(魅音)、シアン化カリウム@バトルロワイアル、
 イングラムM10(0/32)@バトルロワイアル、おはぎ×3@ひぐらしのなく頃に、女神の剣@ヴィオラートのアトリエ、DS系アイテムの拡張パーツ(GBA)、
 才人の不明支給品(0~1)、ゼロの剣@コードギアス)を上田が回収しました。


「お前は、面白い人間だ」
「そいつはどうも」

 後藤のシンプルな感想に、クーガーは素っ気なく返す。
 クーガーがこれまでの戦闘で見せていない力、工夫が見られる――後藤は高揚していた。
 いつでも動けるように膝を軽く曲げ、相手の動きを待つ。

 クーガーは地面に片膝を着き、上体を沈めた。
 どんなに鍛えようと訓練を積もうと、生身の人類には決して到達し得ない最速のクラウチングスタートを切る。
 地面を抉る程の力強い踏み込み、視線は真っ直ぐに後藤へと向けられていた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

 最速の走り出しから即座にトップスピードへ。
 そしてその速さのまま、後藤に飛び蹴りを入れる。

「確かに、速い」

 賛辞に近い言葉を述べながら後藤はギリギリまでクーガーを引き付け、その上で最小限の動きで蹴りを避けた。
 避けられても止まる事なく後藤と擦れ違うクーガー。
 その背に後藤は四本の刃を同時に叩き付ける。
 響くのは肉の裂ける音ではなく金属音。
 アルターによって形成された装甲を突破出来ず、刃は弾かれて行き場を失った。

「硬い」

 微かな驚嘆の混ざった声には反応せず、クーガーは着地した足の膝を折り曲げる。
 勢いは未だ止まらずにガリガリと地面を削っているが、構わずに一気に足を伸ばした。
 溜まった力を解放し、跳ぶ。
 高く高く舞い上がり、そこから直下の後藤に向かって高速で落下した。
「はぁあッ!!!」
 後藤はそれも寸でのところで回避し、クーガーの蹴りは地面を砕くに終わった。
 土煙にクーガーの姿が隠れる。
 そして後藤の目に、砂塵の壁を破ったクーガーの爪先が映った。
 半ば奇襲となったその一撃は、しかし後藤への決定打にはならない。
 後藤はクーガーの姿が見えなくなってすぐに刃を盾に変形させて待ち構えていた。
 クーガーの蹴りを受け止め、同時に受け流す。
 蹴りは滑るように軌道を変え、逸らされた先の地面へ突き刺さった。

 クーガーは自身の足の刺さった地面を砕き、後藤の蹴りを避けながら跳躍して距離を取る。
 更に爪先でトントンと地面を叩いて挑発した。

「おいおい、逃げるばっかりか?
 そんなもんじゃあ俺は倒せないぜ」

 後藤は気付いていた。
 クーガーはこの間の攻防だけで息が上がっている。
 フォトンブリッツの性質を知らずとも、それが諸刃の剣である事を観察し考察していた。
 このまま長期戦に持ち込めば後藤はクーガーに悠々と勝利出来る、故にクーガーは後藤を挑発して短期戦を狙っているのだ。

「それもそうだ」

 そこまで分かった上で、後藤は挑発に乗る。
 それは後藤が最強の生物である為だ。
 『無敵』ではなく『最強』。
 ただ殺すだけでは足りない、ただ食うだけでは足りない。
 戦って相手を下し、勝利する。
 戦う敵がいない孤独な『無敵』ではなく、全ての敵に勝る『最強』。

――後藤……排他的なお前ですら、弱者という他者を必要としている……強さを渇望し変化している。

 田村玲子の、死の間際の言葉を思い起こす。
 後藤の存在は、敵なくしては有り得ないのだ。
 敵の全力を叩き伏せた上で喰らい、最強を証明する。

 後藤は刃の形を変化させる。
 装甲を突破出来なかったのはこれが初めてではない。
 場所は同じく総合病院、数時間前に戦ったジェレミアの半身を斬る事は叶わなかった。
 だが「斬れなかった」で終わるのでは微温い。
 両腕をそれぞれ枝分かれさせて四本腕にしていたが、片方の腕を束ねて強度を上げる。
 更に装甲を貫く為に、鋭く変形させていく。
 攻撃力を一点に集中させる、西洋の騎士が用いたランスを模した形状へ。

 両者が踏み出すのは同時、クーガーが蹴りを、後藤がランス状の腕を振るうのも同時だった。
 速さを武器にした者同士の全力の一撃で、辺りに風が巻き起こる。
 拮抗した状況から先に引いたのは後藤だった。
 強度が足りず砕かれそうになったランスを絶妙のタイミングで引き、クーガーは微かにバランスを崩す。
 だがクーガーはそこから敢えて地面に向かって上体を倒し、両手で体を支えた。
 そして振り上げた両足で連続して後藤の顎を狙うも、後藤も上体を反らして躱す。

 クーガーが腕の力で跳ね、後藤から離れた地点に着地する。
 再び仕切り直しとなった。

「まだ、足りないな」

 単純に形状を変えただけではクーガーに届かない。
 後藤にこそ『工夫』が足りない。
 よって後藤は更なる変化を加える。
 腕を変形させたランスに、螺旋状の切り込みを入れた。
 そして再度踏み込む。

 クーガーが繰り出すのは先程と同様の蹴り。
 対する後藤は一拍堪えた。
 一拍――一呼吸分、遅らせる。
 向かってきた蹴りに後藤が下方から膝蹴りを加え、結果クーガーの足は高く振り上げられた。
 空いた胴に向かってランスを突き出す。
 クーガーは両腕を交差させて構え、それを受け止めた。

 それだけでは刺さらないと後藤も理解している。
 だから、工夫する。
 その状態のまま後藤は、肘から先を回転させた。
「ッ!!」
 クーガーの装甲の下から息を呑む音が聞こえる。
 後藤は変形を急速に、数秒以上に渡って行う事で人間の使う道具、ドリルを真似たのだ。
 突く力に回転の力が加わり、ギャリギャリという耳障りな音と火花が散った。
 クーガーが振り上げた足で踵落としを狙うが、そちらは残る二本の腕で受け止める。
 そして音が変わる。
 バキン、という音がクーガーの腕の装甲を砕いた。

 クーガーが体を支えていたもう一本の足を振るい、ドリルを蹴り上げる。
 蹴った勢いで離脱しようとするが、出来ない。
 二本の腕に受け止められた脚がそのまま絡め取られていたのだ。
 地に足が着かない、腕も着かない不安定な体勢。
 後藤は腕を振るい、渾身の力に遠心力を加えてクーガーの背を病院外壁へ叩き付けた。
「ガッ……」
 外壁に、そしてフォトンブリッツの装甲の背中側に走る亀裂。
 クーガーの苦悶の声と体の動きからダメージを確認した後藤は追い打ちを掛ける。
 走る速度を上げ、滑らかな体重移動で姿勢を整えた後藤の姿は砲弾に似ていた。
 壁に寄り掛かり息をつくクーガーに体当たりを浴びせれば、元より半壊していた壁の亀裂が広がり、砕ける。
 壁を突き破り、クーガーは病院内部へ叩き込まれた。
 床を転がったクーガーは起き上がらない。
 ドリルに突かれた箇所は生身の腕にまで達し出血している。
 動けずにいるクーガーを追って、後藤は余裕をもって病院の中へと移動した。

「これは疲れる。
 だが、悪くない」

 螺旋状の腕に視線をやりながら後藤は言う。
 常に回転させていなければ威力を発揮しない燃費の悪い攻撃ではあるものの、確かな成果があった。
 人間如きの真似をするのに嫌悪感がないでもないが、『工夫』の一点においては人間が優れている事も認めている。
 故に、人間の工具を模倣したこの攻撃方法も悪くないと感じていた。

 その間にクーガーが緩慢な動作で立ち上がる。
 周囲の床や壁をアルター化させて装甲の亀裂を補強した。
 ふらつきながら、それでも後藤に向かい合う。

「まだまだ……足りないな」
「しぶとい人間だ」

 後藤が跳ぶ。
 天井にぶつかり、天井を蹴る。
 壁に衝突し、壁を蹴る。
 床に着地し、床を蹴る。
 病院の狭い廊下の中で、後藤が縦横無尽に跳ねる。
 後藤の速さは空間の限られた屋内でこそ発揮されるのだ。
 クーガーと交錯する一瞬だけドリルを回転させ、クーガーの肩を掠めた。
 それだけでは装甲は剥がれない、しかし掠り傷も重なれば話は変わる。
 腕、肩、脚、背、クーガーに防御され回避されながら、少しずつ削り落として行く。
 補ったばかりの装甲は瞬く間に無残な傷に覆われ、やがて剥がれて生身の体が露出した。

 しかしそこで後藤は攻める手を緩めた。
 喰らい付き引き千切る事も出来る相手を前に、退く。
 そして後藤の胸があった箇所を蹴りが掠めて行った。
 クーガーは攻撃を受けながら反撃の機会を窺い、後藤が深く踏み込んでくる瞬間を待っていた――後藤はそれを読んでいた。
 この程度の浅知恵では後藤には勝てない。

 だが、後藤にとっての計算外が一つ。
 掠めただけのその蹴りで、後藤は体勢が崩れた。
 先程までよりも蹴りの威力が上がっているのだ。
 後藤の攻撃を受けて弱っているはずが、逆の事が起きていた。
 その崩れた姿勢へクーガーが追撃を加えてくる。
「はああああああああああああ!!!!!!!」
 大振りな蹴りの連続。
 しかし受け流そうとして触れた腕が弾かれた事で、威力の上昇が偶然ではないと知る。

 クーガーの蹴りが遂に後藤の腹を捉えた。
 後藤はその一撃に、後方に向かって跳ぶ事で内臓への衝撃を小さくする。
 それでも、強い。
 後藤は手足を広げ、天井や床に鈎に変形させた手足を突き立てる事で止まった。
 パラサイトに痛覚がなくとも、今の一撃が危険なものである事は理解出来る。
 後藤が様々な経験や工夫を吸収し重ねる事で強くなるのとは別に、クーガーもまた強化されていた。

「俺はな……負けられないんだよ。
 約束を抜きにしてもな」

 傷付いた装甲を、クーガーは補わない。
 後藤の推測通りノーリスクで出来る事ではないからだ。
 ボロボロの姿を隠しもせずに、数分前と同じようにトントンと爪先で床を叩く。

「あの出来の悪いカズマの大馬鹿野郎、勝手にさっさとあっさり死にやがった。
 劉鳳や社長なんてとっくの昔だ。
 かなみちゃんまで無理したらしい、カズマの馬鹿から妙な影響受けたんじゃないか?
 かがみさんから任されたってのに、こなたさんは説得出来なかったしみゆきさんもみなみさんも会う前に死んじまった。
 ここに来てから会った他の連中だって、今となっちゃあ生きてる奴らの方が少ないぐらいだ」

 早口で捲し立てる。
 名前を間違えない、間違えても反応してくれる相手がいないこの場では間違える意味が無い。
 独り言のように、後藤が聞き取れなくても構わないと言わんばかりに喋り続ける。

「俺はいつ死んだって後悔しない、そういう生き方をしてるんだ。
 なのに死ぬのは俺の周りの連中だ、優秀な連中だ、性格の良い連中だ、もっと長生きしなきゃならない若い連中だ、未来がある連中だ。
 お前が殺した真紅さんも! 水銀燈さんも! 斎藤さんも! サイトってガキも!
 何かやらかしたってんならやり直しゃいいそれが文化ってもんだ、だが死んだらそれすら出来ない!!
 俺にはそれが、許せないっ!!!」

 クーガーは後藤に返事は求めない。
 反省も促さない。
 元より期待していない。
 早口に、早口に、加速していく。
 トントン、と叩いた床が砕けた。
 装甲に隠れたクーガーの表情は誰にも見えない。

「俺がどんなに速くなっても死んだ連中は取り戻せない。
 けどな今生きてる連中は助けられるんだ、だから俺は速くなるまだだもっとだもっと速くなる。
 今の速さでお前が倒せないならもっと速くなってお前を倒して今生きている連中を元の世界に帰してやるのが俺の義務であり責務であり任務であり兄貴分としての役目でありっ、俺のッ、生き様なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」

 言い終わるよりも早くクーガーは走り出す。
 フォトンブリッツがクーガーの意思に呼応してより鋭いデザインへ変化した。
 アルターは己のエゴを押し通す力、想いの力一つで今ある枠を叩き壊す。
 意思なくして文化なし、文化なくしてクーガーはない。
 クーガーのアルターはクーガーの我を通す為に、意思の力で『進化』する。

 一歩一歩が床を踏み砕き、走って生まれた風が壁を崩す。
 突き出された蹴りを見て、後藤は――恐怖した。
 志々雄によって一度植え付けられた感情、恐怖。
 それを思い出した。
 三木のように、田村玲子のように、今まで食ってきた生物達のように、死ぬ。
 そう想像させる一撃が眼前に迫っていた。

「ガアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 しかし、それで思考停止する後藤ではない。
 むしろ逆――恐怖と同時に湧き上がったのは三木を切り取られた際の熱と痛み、怒り。
 感情に乏しい寄生生物でありながら、後藤はその昂ぶりを爆発させる。

――後藤に命じる。

 呼び起こされるのは封じられていたはずの記憶。
 会場に連れて来られる際に掛けられた、銀髪の少年によるギアス。

――私に大人しくついて来い。
――そして会場に着いたら『他の参加者に手加減し』、私の事は忘れろ。

 後藤の力に掛けられた制限。
 腕を振るう速度、足を硬質化させて走った際の速度が大幅に縛られていた。
 だがギアスは強靭な意思によって解かれる。
 ユーフェミア・リ・ブリタニアが一時的であれルルーシュの命令を拒絶したように。
 ナナリー・ヴィ・ブリタニアがシャルルのギアスを破って開眼したように。
 クーガーが意思の力でアルターを進化させたように、後藤もまた意思の力でギアスを握り潰し、本来の能力を解放する。

 後藤は最強の生物。
 田村玲子にか弱いと称されながらも多くの命を屠ってきた存在。
 ただの人間では太刀打ちしようのないパラサイト達の中でも異端と呼べる、怪物の中の怪物。
 クーガーの必殺の一撃を紙一重で躱し、擦れ違い様に露出した肩に刃を突き立てる。
「ぐぁあっ……!!」
 如何にアルターが強化されようとその内側は生身の人間だ。
 血が噴き出し、スピードも目に見えて落ちる。
 その隙を逃さずに後藤は束ねた一本の腕で拳をつくって顔面を殴り抜いた。
 ドリルを形成して装甲を突破するよりも、面での衝撃を与えた方が早いという判断だ。

 壁に打ち付けられたクーガーの腹に蹴りを入れる。
 当然それだけでは装甲に傷は付かないが、壁と後藤の脚に挟まれたクーガーがくぐもった声を上げた。
 そして蹴りと拳を浴びせ続ければそれまでの装甲の亀裂が広がっていく。
 制限から解放された、常人の目には映る事すら許されない攻撃は緩まない。
 だが更に振り抜いた拳を、クーガーは掌で受け止めた。
 押す事も引く事も出来ない、動かない。

「言ったろ……俺は負けられないってなぁああ!!!!!」

 クーガーが身を仰け反らせ、勢いをつけた額を後藤の額に向かって打ち下ろす。
 痛覚のない後藤に対しては無駄な行動、しかし確かに、僅かに後藤は怯んだ。
 その僅かでクーガーには充分だった。
 残る一方の手で拳を握る。
 散弾銃すらも受け止める後藤の『鎧』を打ち砕く為に、強く鋭く速く速く速く速く速く速く速く速く速く。
 もっと速く、更に速く。

「俺は俺が選んだ俺の道をッ、貫く!!!!!」

 後藤の腹に突き立てるだけでは止まらない。
 クーガーは壁に押し付けられた状態から反対側の壁まで突っ込み、逆に後藤を叩き付けた。
 後藤の背が壁に達した瞬間、後方へと逃し切れなくなった力が腹へ集中する。

 この殺し合いが始まってから、クーガーは背負い続けて来た。
 背負うものを増やし続けて来た。
 命、約束、信頼。
 今ここで勝てなければ背負う全てのものに対する裏切りになる。
 もっと速く、もっと速く、その一念がアルターの出力を爆発させる。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「があぁあああああああああああああああ!!!!!」

 獣の叫びに似た両者の咆哮。
 後藤が口を大きく開け、クーガーの肩に噛み付く。
 装甲の上から歯を立て、肉を抉り、骨を砕く。
 血を撒き散らしながらクーガーも止まらない。
「お、ぉ、おおおお、おおおおおおおお……!!!!」
 もっと速く、もっと速く。
 譲れない信念を握り締め、魂に火をつける。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! ! ! 」

 クーガーの拳が後藤の鎧を穿ち、腹を突き破る。
 後藤の背後の壁が崩壊する。
 同時に後藤がクーガーの肩を食い破った。

 二人が床へ崩れ落ちる。
 クーガーのアルターは砕け散って消え、後藤は血を吐いた。
 互いに床を血で染めながら藻掻き、立ち上がって相手に止めを刺そうとする。

 瓦礫の中から先に立ち上がったのは後藤だった。
 心臓を刺され瀕死となった泉新一をミギーが救った時のように、手足のパラサイト達の肉片を腹に集め、強引に補ったのだ。
 五体のパラサイト全てを完璧に御する後藤だからこそ出来る荒業で、傷を塞ぎ新たな鎧を纏う。
 過剰な出血にざわめく他の四体のパラサイト達を力でねじ伏せる。
 そして、腕を刃に変えた。

「人間如きが、ここまで手こずらせるとは――」
「……なぁ、俺は蹴りの方が強いんだ。
 何で殴ったと思う?」

 瀕死の状態で搾り出される声。
 脈絡のないクーガーの言葉に、後藤は首を傾げた。
 死に際の戯言だろうと、構わずに刃を振り上げる。
 そこでクーガーの手から床にパラパラと零れた何かが目に留まる。
 カプセル。
 薬品。
 他の四体のざわめきは、出血によるものではないと気付く。
 後藤は目を見開いた。


「ま、俺の速さなら勝てると分かっちゃいたが……Lの顔も立ててやんなきゃな」



「クーガーさん、聞いて下さい。
 後藤についてです」

 総合病院を出る直前に、Lはそう切り出した。
 速さを信条とするクーガーとしては長話を聞く気はなかったが、Lの真剣な表情がクーガーをその場に留めた。

「寄生生物――人間等の他の生物に寄生して生きる生物。
 裏返せば、寄生しなければ生きられない生物です。
 そして話に聞いた田村玲子さんと後藤の特徴を照らし合わせると、共通して胴体は変形していない。
 恐らく消化器系や呼吸器系は人間の体に依存していると、私は推測します」
「速さが足りない。結論は?」
「つまりですね」

 最終的に何が言いたいのか、先を急かすとLは言われた通り端的に答えた。

「如何に強くとも、後藤も我々人間と変わらないという事です」


 後藤の腹を突き破った際、その体内にバラ撒いたカプセル。
 Lはカプセルを重ねる事で時間差を作ろうとしていたが、クーガーは手っ取り早くその場でカプセルを握り潰していた。

 カプセルの中身はシアン化カリウム――青酸カリ。
 胃酸と化学反応を起こし、呼吸器を麻痺させる。
 拳に握れるだけ握った、致死量を遥かに上回る量の毒は数分と待たずに対象を死に至らしめた。

「グ、ガ、……」

 後藤――五頭が寄生する肉体は死んだ。
 しかし後藤は既に人体から自身を切り離していた。
 クーガーの体を乗っ取る為、ではない。
 最強の生物である為に。
 己の中にある本能に、そして生まれた怒りに対し忠実に、クーガーを殺す為に。
 刃を生やし、クーガーの首を狙う。
 漸く起き上がったクーガーの反応は遅れていた。

「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 だが後藤にとって予期せぬ方向から衝撃を受け、刃が逸れる。
 クーガーは何が起きたのか確認するよりも先に後藤に向かって蹴りを入れた。
 弾かれて転がった後藤は再度攻撃を試みるが、クーガーの踵が落ちてくる。
 踏み潰され、蠢くうちに乾いていく。

「き……さ、ま……」

 後藤の小さな口が憎々しげに言葉を吐き出す。


「たむ、ら、れい、こ……!!」
「言ったろう後藤。
 私もお前もか弱い、呆気無い存在だと」


 後藤は沈黙する。
 何かを叫ぼうとしながら、遂に干乾びて朽ちていった。


【後藤@寄生獣 死亡】



 クーガーは伏していた。
 血を流し過ぎた。
 アルターを使い過ぎた。
 ひたむきな自分が決めた、澱みなく真っ直ぐな道を、最速で駆け抜けた。
 己のやるべき事をやり抜いて、もう一片の力も残っていない。

 だがクーガーに呼び掛ける声があった。
 耳元よりももっと近い、心に直接語り掛けるような距離だった。

「ストレイト・クーガー……だったか」
「誰だ、あんたは」

 目を開けると病院ではなく、暗く広い空間にいた。
 目の前には一目で人ではないと分かる、奇妙な形状の『もの』が立っている。
 生物と呼んで良いのかさえ判別が付かなかった。
 しかし目玉があり、口があり、クーガーに対し意思の疎通を図っている。

「頼みがある」
「おーおー、俺の荷物をこれ以上増やそうってか。
 いいぜ、言ってみろよ」

 どうせ終わった人生だ。
 諦めている。
 フォトンブリッツを使えばどうなるか、分かっていた事なのだ。
 死に体の自分に出来る事があるというのなら、それぐらいやってやってもいいだろう。
 一先ずは話半分に耳を傾ける。

 『それ』は田村玲子と名乗った。
 確かに後藤がその名を口にしていた事を思い出す。
 そしてそれはC.C.の口から、ルパン三世と僅かな時間ながら同行していた人物として聞かされていた。
 或いはLの口から、杉下右京と敵対した人物として。
 クーガーには玲子を判断する為の材料が不足していた。
 だが相手の真剣さは確かに伝わってくる。

 パラサイトの事。
 己の内にあった疑問と、ルパンによって示された回答、自らが至ったもの。
 玲子は語る。
 自身の死を体感する事で、この世の全てが生きていることを、細胞のひとつひとつが鼓動していたことを知ったのだと。
 寄り添い生きる獣たち
 そして取り込まれた後藤の内側で放送を聞き、ルパンの死を知り、玲子は思ったのだ。

「人が死ぬのは……悲しい事だ」

 何を今更分かりきった事を、と言っても相手はパラサイト。
 むしろ後藤と同族でありながらその感情に至った事を、奇跡と呼ぶべきだ。
 田村玲子は多くの人を食って来たという。
 だが、人が死ねばそれで終わる。
 続きがなく、会話もなく、ただ孤独がある。
 それが悲しいと気付いたこのパラサイトは、最早パラサイトよりも人に近いだろう。
 もっとも人間とパラサイトを『寄り添い生きる獣』と称した玲子の前では、両者の距離を測る事自体がナンセンスと言えるかも知れない。

「生きてくれないか。
 そして出来る事なら私もお前の、人間の隣人として歩ませて欲しい。
 私は最強の生物の一部としてではなく、人間に寄り添って生きたいと思う」

 最強の生物、後藤を討ち倒した強い人間。
 己の意思を貫く強さを持った人間。

「未だに消えない疑問がある。
 命の必然性……命はどこから現れ、どこへ消えて行くのか。
 お前ならその答えを見せてくれると、信じたい」

 己の道を貫くと、最強の生物を前に一歩も退かずに叫んだ人間を信じる。
 その信じるという言葉すらも、この玲子というパラサイトの中に生まれたばかりのものなのだろう。
 パラサイトとは自我を持って歩き始めたばかりの、赤子に等しい存在なのだから。

「そんなもんはあんたの好きにすりゃあいい……つっても、俺は生憎もう――」
「体の事は私が何とかしよう」
「あぁ?」
「そろそろ、時間だ」

 玲子が背を向けて遠ざかって行く。
 呼び止めても止まらず、追い掛けようとしても足が動かない。

 そしてクーガーは目を覚ました。



 目を開けると朽ちかけた病院に倒れていた。
 起き上がって見回し、後藤に食い千切られた肩が元に戻っている事に気付く。
 肩だけではない、腕も腹も、目立った外傷はどこにもなかった。
 アルターを酷使してガタガタになっていた足でさえ、痛みが弱くなっている。
 大量の出血で貧血こそ起こしているものの、クーガーは確かに生きていた。
「おいおい……」
 死に損なっちまった、と小さく呟く。
 死ぬ気で戦ってこれでは、肩透かしもいいところだ。

「はっ……はははは……」

 拍子抜けし、笑いが漏れる。
 かがみや詩音、こなたは呆れて溜息を吐くに違いない。
 ヴァンやC.C.は大して驚かないだろう。
 ジェレミアや斎藤なら皮肉を言ってきそうだ。
 真司や上田達であれば、恥ずかしげもなく喜んでくれるかも知れない。

「ははははははは、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 笑いながら寝転び、仰向けに倒れたまま笑い続ける。
 息が苦しくなるまで、どうせ近くに参加者はいないだろうと大声を上げる。
 自分でも何がこんなにおかしいのか理解出来なかった。

「ああ……」

 笑い疲れ、クーガーは自身の掌を見詰める。
 外の街灯の明かりが微かに差し込むだけの闇の中、翳した手の中には確かに血が通っていた。
 その手を胸に当てれば、二人分の命を背負った鼓動が力強く伝わってくる。
 何人も死なせておいて、不謹慎だと思いながら。
 それでも、自分以外の誰かに語り掛けるように言葉にする。


「生きてるって、いいもんだな」


 心からそう感じた。
 今更、分かり切った事を分かっていなかったのは自分の方なのかも知れない。

「だったらもう少しばかり、走ってやりますか……」

 まだ走れる。
 ならば走る。
 クーガーは走り続ける。



「勿論、最速でな」





【一日目真夜中/G-8 総合病院】
【ストレイト・クーガー@スクライド】
[装備]:なし
[所持品]:基本支給品一式
[状態]:身体中に鈍い痛み、疲労(極大)、貧血
[思考・行動]
1:生きる。
2:北岡、ジェレミア、つかさ、レナを探す。
※総合病院にて情報交換をしました。
※ギアスとコードについて情報を得ました。
※真司、C.C.らと情報交換をしました。
※田村玲子が同化して傷を塞ぎました。アルターについては応急的な処置なので寿命が延びる事はありません。
 それ以外の影響があるか否かは後続の書き手氏にお任せします。

※後藤のデイパックが付近に放置されています。


時系列順で読む

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投下順で読む

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156:準備 ヴァン 158:太陽と月
C.C.
城戸真司
翠星石
上田次郎
ストレイト・クーガー 163:聖少女領域/贖罪か、断罪か
L GAME OVER
水銀燈
151:doll dependence syndrome 後藤



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