太陽と月

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太陽と月  ◆10fcvoEbko



不規則に煌めく原色のネオン。
汚物の掃き溜めとなった路地。
無計画に放棄された薄汚いビル。
醜い人間の街が、月の光に青ざめている。
シャドームーンは市街地を歩いていた。
生物の気配はない。
滅びた街に、足音だけが響く。
カシャン、カシャンと。無抵抗の空気が奴隷のように音を運ぶ。
兎顔の道化を始末してから、生き物が死に絶えたかのようだ。
キングストーンを強制的に召還したことによる疲労はほぼなくなっている。
位置を探ることはできないが、世紀王の力は盤石だ。
これがある限り、石はいずれ自らシャドームーンの手に収まることを望む。
それは、そう遠くのことではない。
シャドームーンに刃向かう人間共を抹殺する。獲物は向こうからやってくる。
シャドームーンが敵と認めた者たちが、愚かにも死に急いでいる。
戦いは近い。
王者は静かにその時を待つだけでいい。
強者の意思は、更なる強者によって踏みにじられる。
それが、いかなる奇跡にも覆すことのできない、この世の真理なのだから。
シャドームーンは凍りついた世界を歩き続ける。


カシャン。カシャン。カシャン。カシャン。カシャン。カシャン。

◆  ◇  ◆  ◇

鞭のような苦しみに全身を引き裂かれそうだった。
腹の底が火を飲んだように熱くなっている。
焼かれた体の内側が、逃げ場を求めて爆発しそうだ。
両腕が抑えきれない衝動の引き受け先を求め震えている。
喚き散らす子供のように、何もかもぶちまけてしまいたい。
頭をかきむしり、嫌な記憶を元から削ぎ落としてしまいたい。
責めるように見下ろすもう一人の自分に、仕方なかったんだと許しを乞う。
全て、耐えるしかない。
また人が死んでしまった。

城戸真司は龍騎のデッキを両手で握りしめていた。
パスケース状のデッキにすがるように背中を曲げ、額を押し付ける。
ライダーに変身する力を持ちながら、仲間を助けられなかった。
Lを死なせてしまった。
あのとき真司を押しとどめたのがLの本意だったとしても。
その結果自分の身が危険にさらされることを、あの真司より何十倍も良い頭で理解していたとしても。
この状況がLの用意した最善のものだったとしても。
死にたかったはずがないではないか。

あのとき真司が迷わずライダーになっていれば。
どこにいるかもはっきりしないシャドームーンより目の前の後藤を優先していれば。
頭が良く、少し得体が知れない所はあったが、強い意志と正義を持っていた仲間を、失わずに済んだかも知れない。
真司の正義はまた破れてしまった。

車内では、真司の膝程しかないエプロンドレスの人形、翠星石が泣いている。
色の違う瞳から止めどなく涙を流し、動くことのない姉妹の体を抱き抱えている。
失ったものへの嘆きは消えそうもない。
黒い羽根と銀髪を持つ人形、水銀燈。翠星石の姉妹の数少ない生き残りさえ、真司は守ることができなかった。
欠けた蛇口から吹き出る空気のように乱れた悲鳴を、重苦しいエンジン音が隙間なく埋めていた。
真司は唇を噛みしめる。
助手席の男は、扉にもたれた形のまま動かない。
上田は無言のまま、遅い速度で車を操っていた。
誰も死なせない。誰も殺させない。誰も泣かせたりなんかしない。
炎の中で誓った正義は乾いた紙のように容易く燃え落ちた。
何度も何度も。事態は真司を嘲るかのように残酷な方へ転がっていく。
真司は無力だ。そして遅い。
だが。
それでもなお最速であろうとする男を、真司はもう知っている。

「……な、泣くのはここまでです……!」

目の端に残る涙を拭いながら翠星石が立ち上がった。
伏せていた顔を上げる。ルームミラー越しの上田が気遣うように様子を見ていた。

「あんまり泣いてると水銀燈や真紅たちにも笑われるです。
 す、翠星石まで頼りねぇ奴だと思われるのはま、まっぴらごめんです……!」
「翠星石……」

泣きはらした目。震える声。強く握られた拳。
明らかに無理をしている。

「お、お前もいつまでぼさっとしてやがるですか! 翠星石たちにはやることがあるです!
 めそめそ泣いてる暇なんかこれっぽっちもないんですよ!」
「いってぇ!? お、お前何も殴ることはないだろ!」

背中を叩いた翠星石の手はその大きさからは想像できないくらい痛かった。

「あんまりみっともない顔してるからお灸を据えてやったです! ちょっとはシャキっとしろです!」

フンと鼻を鳴らしそっぽをむく。
少しだけ間を置いて、つけ加えるように続けた。

「……そこの人間だって、翠星石たちを悲しませるために死んだんじゃねぇんです……」
「翠星石、お前……」

翠星石は無理をしている。
だがそれだけではない。真司には分かった。
無理をして、砕けそうな心を必死に押し殺し、力尽くで前に進もうとしている。
背中に残る痛みは翠星石の焼け付くような悲しみそのものだ。
ひりひりとした刺激がデッキを握る手に力を与える。
膝を抱えて泣き言を言うのは簡単だ。
仲間を失うことは悲しいに決まってる。
しかし、今求められているのは足を止めることではない。
そんなことのために、仲間は死んだわけではない。
そんなことのために、真司はライダーになったのではない。
真司が掴んだ『正義』は、そんなこととは真逆のものだ。
真司は、何度取りこぼそうと己の道を曲げない男の姿を思い出す。
嘆くのを止めて、翠星石は意思を押し通した。
エゴにも似た強い意思が人の身を変える力になったのだ。

「……そうだな。翠星石の言う通りだ!
 まだシャドームーンがいるんだ。いつまでも弱気になっていられる場合じゃないんだよな!」
「そうです! 翠星石がその気になったらあんな銀色オバケイチコロです!
 目玉なんかきゅうりみたいにひっぺ返してやるです!」
「お、俺なんか、あいつの悪趣味な剣ぶんどってお箸にしてやるからな!」
「中々いいセンスです~。お前も少しは翠星石のような教養が身に付いてきたとみえるです~」
「あったりまえだろ! 怖いと思うから余計怖くなるんだ!
 今度会ったら前みたいにはいかないんだからな!」
「翠星石たちが負けるわけないんです! 
 ぎたぎたにしてやるから覚悟しとけですよ! 
 だから……」
「だから?」

止まっていた時間を吹き飛ばすような決意を打ち切り、翠星石は瞳を伏せた。

「だから、水銀燈は安心して眠っていればいいですよ……」

お前のプライドは翠星石が取り返してやるです。
過ぎた日々を想う小さな声で、そっと続けた。
胸の前で、祈るように細い手を重ねる。
遠いどこかに語りかけるような、慈しみに満ちた姿だった。

「真紅たちと仲良くするんですよ……」

目を閉じる翠星石を前に、真司は心に火が灯るのを感じた。

(何度失敗したって俺は俺なんだ。やれるとこまでやるしかない)

どうしたところで真司は全力でぶつかることしかできない。
右京の正義に適うかも分からない。でもやるしかない。
次に会ったとき、またクーガーに泣きつくようなことは死んでもゴメンだ。
少なくとも、今の真司には力がある。
誰かを守るために手にした戦う力だ。
悩んだところで真司の『正義』は、がむらしゃらに体を動かすことでしか手に入らない。
そのことを、真司はようやく思い出すことができた。

「ドゥオ!? なに、それは本当か……!?」

運転席から野太い声がした。
見ると、いつの間にか上田側の窓が下ろされている。
叩きつけるような風圧が威勢を良くし、真司たちをせき立てる。
どうやら、外の二人が何かを伝えようとしているらしい。
顔を出した上田が早口で話すが、荒々しい走行音にかき消されて真司の耳には届かない。
聞こえるのは上田の怪人めいた驚きの声だけで、これで良い想像をしろというのは無理な相談だった。

「ど、どうしたんだよ上田さん。血相変えちゃって。な、何かあったんですか!」
「い、いいか二人とも。冷静に、冷静に聞くんだぞ。
 こういうとき、最も危険なのは焦って冷静な判断力を失うことだ……!」
「もったいぶらずに早く言いやがれです」

翠星石もしびれを切らしていたらしい。ばっさりと切り捨てた。
少し前から何となく分かっていたことだが、上田はその恵まれた風貌や体格に反して、どうやら、かなりの怖がりらしい。
それだけに、焦らすような形で出し惜しみされると真司にまで恐怖が伝わってしまう。
先を求めると、上田は今にも気を失いそうな声でこう言った。

「シャドームーンが、この近くまできている……!」

一度はやわらいだ空気が、鏡を軋ませたような狂った音を立てた。

◆  ◇  ◆  ◇

「確かなのか、ヴァン?」
「ああ……? こいつがそう言うんだから、そうなんだろうよ」
「機械と話ができるとはな。知らなかったぞ」
「そんなんじゃねぇ。ただ、他に説明がつかないだろうが」

ひとまず、身を隠せる場所で対策を練ることになったらしい。
ビービーとうるさいバイクのハンドルを握りながら、ヴァンの目は眠たげなままだ。
あの銀色の野郎が近くにいる。
バイクがそう言ったわけではないが、いきなり耳障りな音で鳴き出したのだから、そういうことなのだろう。
確認のため聞くと、鳴き声は少し聞きやすいものに変わった。
このバイクは元々奴の物だったというし、だったら分かることもあるのだろう。

「あちらは大分盛り上がっていたようだが、弔い合戦、ということになるのかな……?」

同乗する女がヴァンの背中にささやいた。服が黒い。
名前はさっき覚えた。忘れたわけではない。今すぐには出てこないだけだ。
あちらの騒ぎはヴァンも見ていた。結構なことだ。
やる気のある奴が多ければ、ヴァンの仕事もやりやすくなる。

「関係ねぇよ。あんたはあの銀色の奴とやろうってんだろ。俺は単なるその護衛だ」
「そうかな……? にしては、えらくやる気になっているじゃないか、ヴァン?」
「けっ……」

あのとき、ヴァンの見たイメージは一つではなかった。
親友との強制的な別れ。
怪しげな儀式。改造される体。
家族と思しき人間からの拒絶。
無くしたはずの心が、僅かに揺れる瞬間。
非道の限りを尽くす化け物が、確かに人間だったことを知るのはヴァンだけだ。
だから、どうということはない。
多少記憶を覗き見たくらいで、何かを分かった気になるつもりはない。
お互い様だろう。
邪魔をするなら倒すだけだ。バイクも返さなくてはならない。
何があろうと、ヴァンのすることは変わらない。変わらないのだが。

「ま、ちょっとばかし気にいらねぇのは確かだな……」

傾きざま、テンガロンハットに結ばれたリングが、苛立つようにチリンと鳴った。

◆  ◇  ◆  ◇

上田次郎は天才物理学者である。
神に愛されたとしか表現しようがない頭脳と、一流の武道家にも引けを取らない屈強な肉体を合わせ持つ。
当然外見も優れている。
美醜などささいなことだと考えているが、上田のそれがダビデ像のように完璧な均整を誇ることは、客観的事実として認めざるを得ないところだ。
さらに、それら類い希な才能に溺れることをよしとせず、日々己を磨くことにも余念がない。ストイックな精神はさながら修行者である。
そう。上田には数え上げれば十指に余る輝かしい才能がある。
若くして日本科学技術大学の教授として招かれたことなど、上田の才能を凡人にも分かりやすく証明する好例と言えるだろう。
にも関わらず、上田は決して驕らない。
上田の才能は、例えば物理学一つとっても、凡人ならその人格、人生を歪めてしまいかねない強大なものだ。
行き過ぎた力は時に危険とさえ言える。
事実、上田はなまじ才能があったせいで道を誤ったインチキ霊能力者を何人も見てきた。
自らの能力を愚かにも人を騙すことに使った哀れなペテン師たちは、
真実の徒である上田の追求をかわしきれるはずもなく、次々と醜い正体を晒していった。
もし彼らに、上田の半分、いや十分の一でも人を愛する心があったら。
そう思わずにはいられない。

上田にできるのは起きてしまった事件を完膚無きまでに解決することだけだ。
後には、いつも苦い気持ちが残る。
上田は悪を憎むが、同時に人の弱さを知っている。
いかに上田次郎といえど、すべての人間を救うことはできない。
神の如き才能とは、つまり神ではないということなのだ。
そのようなとき、上田は己の無力さを嘆くことを止められない。
そして、その度ごとに、上田は天才として生まれた者の決意を新たにするのだ。
せめて自分だけは、この才能を正しいことに使おう。
それが栄光と共に生まれてしまった者の務めなのだから。
この謙虚さ。
これこそが、上田を上田次郎たらしめている最も素晴らしい才能なのだ。
少なくとも、自分ではそう思っている。

さて。
そのように、人々の尊敬の視線を集めて止まない、
必要のない場面でさえ記さずにはいられない溢れるカリスマ性を持つ、天才上田次郎であるが。
状況は、その上田をもってしても、楽とは言い難いものだった。

「本当なのかよ! シャドームーンが近くにいるって!」

真司が叫ぶ。
緊急の作戦会議は名もない小さな診療所で行われていた。
こういう場所には病院程ではないにせよ、一時的な遺体の安置所が設けられている。
Lの体は今そちらに移されている。口を開くことを止めた仲間が少しでも休めるように、上田が運んだのだ。

志を同じくした仲間との別れは上田の心にも爪痕のような痛みを残している。
Lという青年は、別れるには辛すぎる人物だった。
上田から見ても優秀だと断言できる頭脳と、何より強い正義感を持っていた。
加えて、上田には警察署で共に死線を潜った者としての奇妙な連帯感もある。
どことも知れない場所に放置することに上田はもちろんそれ以外の者も納得したわけではない。
水銀燈の体は鞄に安置しまだ車の中だ。だが彼の場合はそうもいかない。
何より、亡骸を連れ回すことを許さない過酷な現実があった。
シャドームーンという、上田の波乱に満ちた生涯でも最強の敵が。

「まぁ……間違いないだろうな。私たちの使っているバイクは元々奴の物だ。何らかの通信機能が備わっていても不思議じゃない」
「だったら迎え撃てばいいじゃないか! 迷ってる時間なんてないんだ!」
「ここにいる全員でか?」

真司の反論がブレーキを踏んだかのように止まる。
このC.C.とかいう女性のミステリアスな美しさに呑まれたわけでもあるまい。
上田には彼が答えを探すように目を泳がせている理由が分からなかった。
確かに敵は強大だが、ここにいる者は皆戦う理由を持っているように見える。
わざわざ士気を下げる理由はない。
現に上田も、先程から、どうしようもないくらい武者震いが止まらないのだ。

「ヴァンや変身できるお前はともかく、そこの人形はどうだ? 戦えるのか?」
「翠星石をバカにすんなです! 止められたって行くです!」

噛み付くようないい答えだ。彼女も満足したらしい。
上田もその意気には感じるものがある。
人形を名乗る彼女に関する物理学上の多くの問題は、今は詮索せずともよいだろう。
問題は消えた。そのはずが、C.C.は続いて妙なことを言った。

「では……『こいつ』はどうだ?」

その瞬間、理解しがたいことに、全員の目が上田を向いた。

「あー……」
「まぁ……」
「ちょっと考えてしまうですね」
「な、何だ……何故皆して私を見る……?」

その視線と、意図が明瞭でない非文明的な言語の意味を察することができない。
天才故の孤独といったところか。
凡人のレベルに合わせるのも技量の内とはいえ、上田クラスになるとやはり限界がある。
いや、考えてみると、これは演説においても指折りの実力を持つ上田に、何かを期待しているのではないか。
出陣を前に、全員の心を強くまとめあげるような言葉を求めているということか。
間違いないだろう。ならば、断る理由はない。
次々と失われていく仲間。
人を人とも思わぬ殺戮者。
それらを未だ打開できずにいる上田自身。
物理学者として、それ以前に一人の人間として、現状に強い憤りを感じていることは、紛れもない事実なのだから。

「私は……」
「上田さんは無理しなくてもいいと思うな」
「な、何!? やはり君もそう思うか……!」

全人類の財産たる上田の頭脳を気遣った発言に、感動の余り頷いてしまった。

「シャドームーンの強さは皆分かってる。俺だって怖い。ライダーの力があるから、何とか逃げずにいられるんだ」
「お前がどうしようもないビビりだってことは皆分かってるです。ここは翠星石たちにどーんと任せておくです」
「まぁ……的になりやすいしな。こう、大きいと」

表現にはクセがあり内容にもかなりの誤解が含まれている。
だが、上田を、引いては日本物理学会の未来を案じる彼らの言葉は疑いようのないものだ。
ここは、彼らを信じ、潔く道を譲るのが、上に立つ者の務めではないだろうか。

「……まったく、お優しいことだな」

C.Cが言った。
上田が持ち前の柔軟な思考で出した結論を阻むかのようなタイミングだ。
言葉が、喉元で妙な音を出して引っ込んでしまったではないか。
彼女の声が呆れたような色を帯びていたのは気のせいに違いない。
ここは上田をはじめとする一同の勇気と団結力を称える場面である。
さすがの上田も鼻白む。
ところが、彼女はそれさえ無視するように集められていた荷物に近寄り、中の一つを手に取った。
拳銃を一丁取り出し、流れるような手さばきで幾つかの操作を行う。具合を試すように手の平で弄び、肩の高さで構えた。
かなりかっこいい。

「私は行くぞ。やられっぱなしでいるのは性に合わん。この男を見て決心がついたよ。こんな……」

針のような視線。

「臆病な」

棘のある言葉。

「役立たずの」

刺さる笑みは上田を内側から容赦なく傷つけ。

「無駄に大きくて使いどころのない」

触れてはならない部分を的確に刺激した。

「経験不足の男と一緒にされてはかなわんのでな」
「な、何を、私に一体何の経験が不足していると言うんだ!
 言っておくが決してチャンスがなかったわけじゃないぞ!
 ただ、私程の人間になると相手を選ぶときにも熟慮に熟慮を重ねてだな……!」
「何を勘違いしている? はぁん? お前まさかその年で童……」
「ハァーッハッハッハ! さぁ、皆そろそろいいだろう!
 心の準備は大切だが何事にも頃合いというものがある!」

上田の本能がかつてないレベルで発した警報を受け、両足がタキオンよりも早く跳ね上がった。
脊髄に全てを委ねまくし立てる。その速度は、上田の理解さえも越えたものだった。

「なぁに、シャドームーンも生物である以上必ず急所があるはずだ。私は一度奴を見ている。
 この天才、上田次郎の目を二度も誤魔化せる者など、いるはずがない。
 ハァーッハッハッハ! さぁ、皆さんご一緒に……」

どーんとこーい。
誰も乗ってくれなかった。
沈黙。色のない目。
初恋に落ちた少女のように、不思議と胸が痛い。

「……まぁ、私一人が安全な場所に居るわけにも行かないだろう」

浮いた腰を落とし、両手を組む。
少なくとも、安全な場所に居たいと思う気持ちと同じくらいには、本心である。
戦略的撤退。手としてはそれもあり得るだろう。
だが、仮に、あのLという青年が生きていたならば。
そのような手を有効と認めるだろうか。
上田の一切を否定するような、この無力感は何なのか。
上田は知らない。
何より。

「友人を無くしているのは、私も一緒なんだ」

◆  ◇  ◆  ◇

本来なら語る必要もない、ほんの些細な、幕間の出来事である。


安全な場所に居ればば良かったと上田は死ぬほど後悔した。
同行は晴れて許可された。今は出発前の最後の安息のときだ。
診療所のトイレで用を足す。ついでに深い意味はないのだが、窓から外に出るのは可能か確認した。
無理だった。上田の体格ではとても通らない。
おまけにすぐ外は石塀になっており、木が邪魔する庭には入る隙はなかった。
急な休息を求めた体が意識を落としそうだ。
深い意味はないのだが。
仕方なく、小汚いトイレを後にする。
途中、安置所の前を通りがかった。
狭い診療所だ。全ての部屋は一本の廊下で繋がっている。
安置所の戸は開いていた。
最初にLの亡骸を運んだとき、うっかりそのままにしていたらしい。
確かに閉めた記憶はなかったので、別段不思議がることもない。
極めて物理法則に適った現象だ。
中で眠るLの血の気を無くした体が、二度と動くことがないことまで含めて、悲しい程に理に適っている。
感傷はよそう。上田にはやるべきことがある。
その前に、一応この窓の様子も確認させてもらおう。
上田は安置所の中を大股で横切ると窓に手をかけた。
結果は変わらない。この診療所は敷地のほとんどを使って建てられているらしく、庭と呼べる程の空間はない。
育つに任されている細い木々が、またしても上田を笑っていた。

「む……」

違いがあるとすれば、その枝の間に石のようなものが挟まっていたことだろうか。
手を伸ばすと目で見るよりも遠い。無理をしてやっと届く距離にあった。
上田の手に収まる程度のそれは、
人の手によるものとも思えない滑らかな球体で、太陽を思わせる薄い輝きの、真っ赤な石だった。
悪く言えば、小綺麗なただの石。
良く言えば、価値の知れない宝石。
どちらとも判断できないが、手の平に吸い尽くような石の感触には、言葉にできない手放し辛さを感じた。
物音一つない安置所を少し見つめ、上田は言う。

「……君からの選別、と言ったところか?
 着飾るのは趣味じゃないが、まぁもらっておくよ。
 価値はなくとも、研究室の飾りくらいにはなるだろう」

上田は石を無造作にポケットに押し込むと、足早に安置所に別れを告げた。
死者に話しかけるのはこれで二度目。我ながら非科学的なことをしたものだ。
思ったのは、その程度のことだった。


これは、上田がキングストーンという名の運命の石を、たまたま拾ったというだけの話。

◆  ◇  ◆  ◇

決戦のときは間もなく訪れた。
ヴァンたちの先導を待つまでもない。
寂れた団地から逃げるように続く坂の向こうから、奴は現れた。
絶望を告げる鎖のような足音。
闇夜に輝く、冷たい緑色の瞳。
銀色の金属めいたボディが、月明かりを吸って淡く輝いている。

「退廃と虚飾に塗れた愚かな街だ。貴様等人間の死に場所に相応しい」

真司は無言のまま龍騎のデッキを構る。
隣にはヴァンが、少し後ろには翠星石が並び立つ。
上田とC.Cは後衛だ。側には車がある。
誰も、一言も発さない。
作戦のための時間は僅かだった。
どの道、真司には全身でぶつかることしかできない。

「覚悟を決めたようだな。
 そちらのお前はどうだ。万全の状態でなければ、この私は倒せんぞ」

支配者のような自信を振りかざす。
シャドームーンの問いに、ヴァンは不機嫌な声で答えた。

「必要になったら使う。てめぇが気にする必要はねぇ」
「私との約束、忘れたわけではあるまい」
「そこにある。欲しけりゃ勝手に持ってけ。もっとも、あのバイクは随分とてめぇを嫌ってたようだがな」

ヴァンの乗っていたバイクは車と同じ位置に停められていた。
シャドームーンにも見えただろう。尊大に頷くと、見定めるように真司たちを見下ろす。
息を呑んだ次の瞬間、シャドームーンの腕から閃光が走った。
目の前の道路が火薬を握り混んだような火花を散らし、爆煙が真司たちを覆い隠す。
動く者はいない。
シャドームーンの言う通りだ。覚悟は決まっている。
その証拠に、濃い霧のような煙の中から浮かび上がった真司は、もう人の姿ではなかった。

「なるほど……その姿の名を聞いておこう。
 何のために、負けると分かっている戦いに挑む?」

灼熱の炎のように深く燃える瞳。
固く握りしめられた真っ赤な拳。
右手の龍が吼えそうな程に猛るのを感じる。
これが、真司の、誰かを守るための力だ。

「正義。仮面ライダー龍騎……!」

シャドームーンの目が、敵を見る者のそれに変わった。
明確な意志の下に深紅の剣が振るわれ、夜の闇が悲痛に切り裂かれる。
鏡は割れた。後戻りは許されない。

「良かろう、全力でかかってくるがいい。
 そして、我が世紀王の力の前に平伏すのだ」

月を背負う怪物が、揺るぎない矜持をもって宣言した。

【一日目/真夜中/F-8 市街地】
【翠星石@ローゼンメイデン(アニメ)】
[装備]庭師の如雨露@ローゼンメイデン、真紅と蒼星石と水銀燈のローザミスティカ@ローゼンメイデン
[支給品]支給品一式(朝食分を消費)、真紅のステッキ@ローゼンメイデン、情報が記されたメモ、確認済支給品(0~1)
[状態]身体中に強い鈍痛、疲労(中)、首輪解除済み
[思考・行動]
0:シャドームーンを倒す。
1:真司達と同行し、殺し合いを止める。
2:真紅が最後に護り抜いた人間に会い、彼女の遺志を聞く。
[備考]
※スイドリームが居ない事を疑問に思っています。
※ローザミスティカを複数取り込んだことで、それぞれの姉妹の能力を会得しました。

【城戸真司@仮面ライダー龍騎(実写)】
[装備]龍騎のデッキ@仮面ライダー龍騎
[所持品]支給品一式×4(朝食分と水を一本消費)、確認済み支給品(0~2) 、劉鳳の不明支給品(0~2)、発信機の受信機@DEATH NOTE
    首輪(剣心)、カードキー、神崎優衣の絵@仮面ライダー龍騎、サバイブ(烈火)@仮面ライダー龍騎
[状態]身体中に激しい鈍痛、疲労(大)、変身中(龍騎)
[思考・行動]
0:シャドームーンを倒す。
1:人を守る。
2:右京の言葉に強い共感。
3:翠星石達と同行し、殺し合いを止める。
※絶影を会得しました、使用条件などは後の書き手の方にお任せします。

【ヴァン@ガン×ソード】
[装備]:薄刃乃太刀@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-
[所持品]:支給品一式、調味料一式@ガン×ソード、ナイトのデッキ@仮面ライダー龍騎、サバイブ(疾風)@仮面ライダー龍騎
[状態]:疲労(小)、右肩に銃創、右上腕部に刀傷、各部に裂傷、全身打撲、応急処置
[思考・行動]
0:シャドームーンと戦う。
1:カギ爪の男に復讐を果たすためさっさと脱出する。
2:C.C.の護衛をする。
[備考]
※まだ竜宮レナの名前を覚えていません。
※C.C.の名前を覚えました。

【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュ R2】
[装備]:ファサリナの三節棍@ガン×ソード、S&W M10(6/6)、黒の騎士団の制服@コードギアス 反逆のルルーシュ
[所持品]:支給品一式×4、エアドロップ×2@ヴィオラートのアトリエ、ゼロの仮面@コードギアス、ピザ@コードギアス 反逆のルルーシュ R2、
     カギ爪@ガン×ソード、レイ・ラングレンの銃の予備弾倉(60/60)@ガン×ソード、白梅香@-明治剣客浪漫譚-、確認済み支給品(0~1)
S&W M10の弾薬(17/24)@バトル・ロワイアル
[状態]:健康、首輪解除済み
[思考・行動]
0:シャドームーンを倒す。
1:レナと合流したい。
2:後藤、シャドームーン、縁、スザク、浅倉は警戒する。
3:ジェレミアの事が気になる。
[備考]
※不死でなくなっていることに気付いていませんが、回復が遅い事に違和感を覚えています。

【上田次郎@TRICK(実写)】
[装備]君島の車@スクライド、ベレッタM92F(10/15)@バトルロワイアル(小説)
[支給品]キングストーン(太陽の石)@仮面ライダーBLACK(実写)
    支給品一式×4(水を一本紛失)、富竹のポラロイド@ひぐらしのなく頃に、デスノート(偽物)@DEATH NOTE、予備マガジン3本(45発)、
    上田次郎人形@TRICK、雛見沢症候群治療薬C120@ひぐらしのなく頃に、情報が記されたメモ、浅倉のデイパックから散乱した確認済み支給品(1~3)、
    銭型の不明支給品(0~1)
[状態]額部に軽い裂傷(処置済み)、全身打撲
[思考・行動]
0:シャドームーンをた、倒す……。
1:真司達に協力する。
※キングストーンの力に気付いていません。

※バトルホッパーは君島の車の隣に停められています。
※ローゼンメイデンの鞄(水銀燈の遺体)@ローゼンメイデンが車内に置かれています。
※水銀燈のデイパック(支給品一式×6(食料以外)、しんせい(煙草)@ルパン三世、手錠@相棒、双眼鏡@現実、首輪×2(咲世子、劉鳳)、
 着替え各種(現地調達)、シェリスのHOLY隊員制服@スクライド、農作業用の鎌@バトルロワイアル、前原圭一のメモ@ひぐらしのなく頃に、
 カツラ@TRICK、カードキー、知り合い順名簿、剣心の不明支給品(0~1)、ロロの不明支給品(0~1)、
 三村信史特性爆弾セット(滑車、タコ糸、ガムテープ、ゴミ袋、ボイスコンバーター、ロープ三百メートル)@バトルロワイアル)、
 Lのデイパック(支給品一式×4(水と食事を一つずつ消費)、ニンテンドーDS型詳細名簿、アズュール@灼眼のシャナ、角砂糖@デスノート、
 情報が記されたメモ、首輪(魅音)、シアン化カリウム@バトルロワイアル、
 イングラムM10(0/32)@バトルロワイアル、おはぎ×3@ひぐらしのなく頃に、女神の剣@ヴィオラートのアトリエ、DS系アイテムの拡張パーツ(GBA)、
 才人の不明支給品(0~1)、ゼロの剣@コードギアス)がデイパックにまとめられ車内に置かれています。

【シャドームーン@仮面ライダーBLACK(実写)】
[装備]:サタンサーベル@仮面ライダーBLACK
[支給品]:支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
[状態]:疲労(小)
[思考・行動]
0:人間共を倒す。
1:キングストーン(太陽の石)を回収する。
2:バトルホッパーを返してもらう。
3:殺し合いに優勝する。
4:元の世界に帰り、創世王を殺す。
【備考】
※本編50話途中からの参戦です。
※殺し合いの主催者の裏に、創世王が居ると考えています。
※会場の端には空間の歪みがあると考えています。
※空間に干渉する能力が増大しました。


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157:Re:寄り添い生きる獣たち ヴァン 160:因果応報―終わりの始まり―(前編)
C.C.
城戸真司
翠星石
上田次郎
154:世界を支配する者 シャドームーン



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