古人ネタ一応の区切り。出したかった人間2人目登場。
その後アウルスはどうにか彼女達をなだめ、亡命の確約と、関係については一時保留とする事に落ちついた。
内戦勃発からこちら、女性関係に関して経験を積む機会があまりなかったため(交流のある女性は大半が“戦友”だった)、アウルスはこのような問題に対し、自分の近くでもっとも経験豊富であろう男、自分の副官に意見を求めることにした。
「という事になってしまったんだが、どうすればいい?」
問われた男、ヴァルタス・シェーニス・コプスは自分の上司を思わず見つめなおした
アウルスに限らず、若い貴族士官から副官が女性問題について問われる事はそれほど珍しくないが、いきなり古人4人に主になるように求められたところから始まるのはあまり例がない。
「閣下。まず閣下は彼女らをどうされたいのですかな?」
まずは落ち着かせることが重要だと判断する。なにしろ目の前の若者ときたら、半分目が虚ろなのだ。
「帝国へ亡命して自由になってもらったからには、平和に過ごしてほしい。内戦中だから難しいだろうし、おそらくそのまま帝国軍入りの勧誘が来るのだろうが、せめて自分の意思で決めてほしい。
少なくとも、ヴァレリウス一門宗家の後継者の家臣などという、しがらみ満載の状況にはなってほしくない。私は彼女達に、自由というものを知ってほしいんだ。」
「なるほど。」
ヴァルタスはどう説明したものかとあごをさすった。
「彼女らが閣下の元へ仕えたいのは自分の意思でしょう。それに亡命者ですし、後ろ盾がありません。」
「そちらについては紹介の労をいとわないつもりだ。相手が彼女達を支援してくれるなら、いくらでも頭を下げる。イル・ベリサリウス元帥がいいのではないかと思っているが、他の方でも全く構わない。」
アウルスは南方古人出身の元帥の名前を出した。確かに彼女自身の過去もあるし、幾度か情報支援を行った彼の頼みならばかの元帥も話は聞いてくれるだろう。それに黒の二搭乗の黒騎士の進撃を重魔道機装甲で一時は食い止めていた古人4人の後ろ盾なわけで、内戦中である事を考えると、その戦力は軍人なら垂涎ものだ。
眦を決した表情でアウルスは続けた。
「必要ならば、アルトリウス殿下だろうと奏上する。」
「いやいや。落ち着きましょう閣下。」
この調子では本当に皇兄殿下のところに行って土下座しかねない。
「それにできれば帝国軍には来てほしくない。せっかく拾った命なのに、下手すると内戦が終わる前に皆死ぬぞ。」
「まあ、それは……」
彼女達がいかに強いといっても、帝都防衛戦がいかに過酷だったか、それにこれからの北方戦線がどうなるかを考えると、否定できないところではある。
「ですが家臣になされないとすると、モリア辺りで保護することもできませんが?あそこなら機装甲絡みの仕事もありますし、魔道師ならそちらの仕事もあるでしょう。宗家嫡子としてご一族の方にお任せする事もできます。ですが他の方にお任せした場合、十中八九後方ではなく軍人として前線に行く事になるでしょう。」
「む。」
アウルスは唸った。
「お気持ちはわかります。ですが彼女達を安全なところに置いておきたいのでしたら、お手元に置かれるのが一番です。それが一番、彼女達を守れます。」
もっとも南方古人が自らの主が前線にいる時に後方で大人しくしているかというと、かなり疑問なのだが。
ヴァルタスは交際した経験のある南方古人を思い出した。その4人も彼女のようなら、後方で平和に暮らすなど肯ずるはずがない。それこそ命を掛けて主を守るために前線に赴こうとするはずで、説得は実に大変だろう。
「それに閣下、もう魔導で色々やっちゃったんでしょう?」
「う。」
アウルスの顔色が変わった。対照的にヴァルタスの顔には笑みが含まれている。
「でしたら責任は取りませんと。ちゃんと抱けとは申しませんが。」
「うう。」
アウルスは息が詰まったような顔つきになった。ヴァルタスの顔の笑みは変わらない。
「……自由になりたくないのか、彼女らは。」
あきらめたのか、がっくりと肩を落としてアウルスは問うた。
「生まれてしまったからには仕方ないが、一門宗家は嫡子も、その家臣も大変だぞ。特に我が一門は。」
「ついこの間まで国王の側近だったんでしょう?それぐらいは心配せずとも務まります。それに彼女らにとって、自由とはそれほどいいものではないのかもしれませんよ。」
「なに?」
アウルスの顔と眉が同時に上がった。
「自由がないほうがいいというのか?」
「私は自由は素晴らしいと思いますし、今もそれを満喫させてもらっています。ですが彼女達は南方諸国の人間です。向こうとこちらでは同じ古人でも、ものの考えた方が異なると先ほど閣下も仰っていたでしょう?なら自由についても彼女達なりの考え方があるはずです。」
「むう。どう違うのだろう。」
「それは直にお聞きになるべきかと。」
「そうだな。……フェルヌス閣下にお願い申し上げる、ついてきてくれ。」
「はい閣下。」
司令官室へ向かうアウルスの後ろを、ヴァルタスは微笑を浮かべながらついていった。
司令官室でフェルヌスは笑いながら許可を下し、しっかり面倒を見てやれよと告げた。
細かい事務手続きはあるものの、彼女らは帝国へ亡命することが決まった。
再び彼女達と会った一室で、アウルスは告げた。
「君達の望む通り、亡命を受け入れ、また私に仕えてもらう事にしよう。」
「ありがとうございます。」
マリエスが4人を代表して礼を述べる。それを見ながらアウルスは続けた。
「ただし質問と条件がある。」
「どのようなものでしょう?」
マリエスは丁寧な口調でたずねた。
「まずは質問だ。君達は自由になりたくないのか?」
「自由、ですか。」
4人の南方古人は顔を見合わせた。
「ああ。確かに内戦中の今は、いや内戦中でなくても君達ほどの腕なら軍に誘われる。」
「だが君達はそれを断ってもいいんだ。帝国軍は志願兵制であって、義務による徴兵軍じゃない。」
「断ったからといって君達が何か不利になるとか、脅迫されるとか、そういう事はない。私が保障するし、何かあれば助ける。」
アウルスは真剣な顔で言葉を続けた。
「内戦も永遠に続くわけじゃない。北方ではまだ戦乱が激しいが、終わりへの道筋は見え始めている。」
「君達が軍に入ったとして、そこまで生き延びることが出来れば、その時退役しても止められることはないだろう。君達の自由だ。」
「だが私の家臣になったら、一門を抜けることは難しい。不可能ではないが困難だ。宗家嫡子の家臣とはそういうものだ。」
「確かに私は君達に貸しがあるのかもしれないが、それが君達の今後の人生全てを束縛するほどのものとは思えない。」
アウルスは言い終わると、ため息をついた。
「この期に及んで何を、と思うかもしれない。だがどうかよく考えてほしい。君達はまだ帝国で何者にもなっていない。つまり何者にでもなれるのだ。いきなり人生を決めるような決定をする必要はない。」
「今は違う道を歩んでも、改めて私の家臣となりたいと思う時が来たら、その時は喜んで受け入れよう。」
「もう一度質問だ。君達は自由になりたくないのか?」
アウルスの言葉に、4人はしばらく顔を見合わせ、視線を交し合う。
やがて無言のうちに意見がまとまったのか、頷き合うとアウルスを見つめた。
「アウルス様。」
マリエスが口を開いた。
「ああ。」
「そこまで私達の事を考えていただいて、ありがとうございます。」
マリエスは再び礼をした。
「その上で言わせていただきますが。」
「なんだろうか?」
「貴方は優しすぎます。」
「え?」
予想していなかった答えなのか、アウルスは目を見開いた。一方ヴァルタスはどこか感心したようだった。
「今、貴方の国は内戦中なのでしょう?」
「ああ。」
「そして貴方はその国の貴族の一人で、片方の軍に属し、機神を操っている。」
「その通りだ。」
「ヴァレリウス一門といえば、私達でも知っていた帝国の大貴族です。その宗家嫡子ということは、貴方は実績を上げて主君への忠誠を常に示さねばならぬお立場では。」
「全くもって。」
「ならば私達をお使いになるべきです。」
マリエスはまっすぐにアウルスを見つめた。
「私達は一度お仕えすると申し上げたのです。ならば私達を使い、実績を上げ、貴方と貴方の一門の名声を高める。それが貴族としてなすべき事です。普通の王族ならば私達が望んでいなくても策を弄して手中に収めようとするところですよ?」
「・・・・・・。」
「それを手放し、あまつさえ『改めて仕えるならば受け入れる』などと。その間にどこかの間諜になっていればどうされるおつもりですか。」
「・・・・・・その時は、とても残念に思うだろうな。」
アウルスはつぶやく様に答えた。
「貴方にとって、私達は家臣とするには不足ですか?」
マリエスの視線は強まり、射抜くようだった。
「そんな事はない。」
「ならばなぜ、私達を手放し、放り出そうとするのです?」
「・・・・・・半分は私のエゴだ。」
ヴァルタルスが、じっとアウルスを見つめる。
「私は君達に、南方諸国にいた人々に、自由というものを知ってほしいのだ。」
「自由、ですか。」
マリエスは一瞬目を閉じた。
「先ほどの質問に答えていませんでしたので、申し上げます。」
「ああ。」
「私達にとって、自由とはとても不安で、恐ろしいものです。」
アウルスが一瞬、驚きに体を揺らした。
「不安で、恐ろしい?」
「はい。私達はかつて国で、古人として自ら決めた役割を果たしていました。」
何を言っているのかわからない、そんな表情のアウルスにマリエスは続けた。
「帝国から見れば支配されていたように見えるのかもしれないが、決してそのような単純なものではなかった。」
どこか諭すような顔で、ウィンディスが続けた。
「外からどう見えようと、私達は誇りを持って務めを果たし、主に仕えていました。」
リリアメスが、言葉の通り誇りに満ちた表情で引き継いだ。
「帝国は人を自由にするという。だがそれは、私達自ら決めた役割を否定するということだ。」
エメリスの顔には、かつて帝国について語ったときと同じ脅威を見る目があった。
「自由は確かに素晴らしいのかもしれません。ですが、人がいる場所を破壊し、その行き先も決めずに『自由にせよ』と放り出されたら、人々はどうなるでしょうか?」
一巡して語り手に戻ったマリエスは、アウルスを今度は不安げな目で見つめた。
「ですからもし私達の事をお考えになっていただけるのでしたら、私達のいる場所を作っていただきたいのです。どうか私達を手放さないでください。」
「居場所・・・・・・。」
アウルスは正直、彼女達の感じる不安の半分程度しか理解できなかったが、これだけはわかった。
「君達はそれでいいのだな。私に仕え、身も心を捧げると。」
「「「「はい。」」」」
4人が一斉に頷いた。
「わかった。」
ため息と共に、降参という感じでアウルスは告げた。
「条件はいくつかあるが、君達に仕えて貰う。」
「条件とは、なんでしょうか?」
マリエスが若干不安な目でアウルスを見た。
「そう大した事じゃない。一つは本格的に仕える前に一門の本拠に行って、私の家臣として必要な教育を受けてもらう事だ。」
「そのようなことでしたら、もちろん。」
マリエスと共に、他の3人も同意を示す
「次に、私は単独任務が多い。機神のスペック上、君達にいつもついてもらうわけじゃないし、機神を降りても傍にいてもらうべき他の家臣もいる。それは受け入れてくれ。」
「問題ありません。機神の凄さについては既に戦場で拝見いたしましたし、アウルス様を独占するつもりはありませぬ。」
「それと私は昨夜言ったように婚前交渉はしない主義だ。君達を抱くことはしないし、できない。それでもいいのか?」
「……はい。」
一瞬の躊躇があったような気がするが、アウルスはやり過ごすことにした。
「ではそういう事で。君達はしばらく副官のヴァルタスの下についてもらうが、いいね?」
「「「「はい!」」」」
喜びに満ちた声が重なる。
「閣下の副官のヴァルタス・シェーニス・コプスだ。いやあ、先ほどはよく言ってくれた。どうもこの若様は欲がなさ過ぎる上に、自分で人にさせずに何でもやろうとして困っているんだ。これからは一緒に諌めてくれ。」
「ヴァルタス……。」
自分の副官が愉快そうに笑いながら言うのを、アウルスが恨めしげな目線で見つめたが、それだけだった。
その欠点自体は、彼もある意味自覚していたからだ。
ふと、マリエスがじっとこちらを見つめると、他の3人と共に再び膝を折った。
「この命尽きるまで、貴方に忠を尽くします、マスター。」
「ああ、ありがとう・・・・・・マスター?」
なんだろう。何か危険な単語が出た気がする。
いまさらながらアウルスは自分の結論が正しかったのかと思った。
だがもう遅かった。彼は4人の南方古人の主であった。
最終更新:2012年06月30日 01:21