ケイレイの手慰み 暴走 聴取 アムリウス

聴取 アムリウス

嗅覚としては、連載系で、北方の点描っぽいものになるんだと思うんだが、できるかどうかはわからない。


 アムリウス・アドルファス・グスタファスは、その訪問者を見た。
 軍大学の学生を名乗るが、黒の軍装は身に着けていない。当世風の略式正装の胸に、帝國軍の徽章の一つをつけている。この学院に軍服で足を踏み入れることを許されるものはそう居ない。マルクス・ケイロニウス・レオニダス学生と名乗った。
 アムリウスのもとへは、話を聞きたい、記録を得たいと申し出るものが多く繋ぎをつけようとしていたが、そのほとんどすべてが、アムリウスの前に姿を見せることは無かった。そもそもアムリウスの居場所を知るものが少なかったし、アムリウスが居ることがわかる数少ない場所であるこの「学院」は、壁以上の多くのものがその手のものを阻む。
 だが、レオニダス学生は、学院の渉外役の長の許可証を持ち、学院上級研究課程歴史部の幾人かの添え書きを得た紹介状を持っていた。もちろん、それは出来ることの全てなどではないのだろう。アムリウスができることは、手渡されたそれをとりあえず己の卓におろすことくらいだ。
「だが私は上級課程歴史部に対しても資料の開示など行っていない。そもそも資料なるものは私の手元にはない」
 いつかは、まとめ置かねばならないとわかっていたし、その用意も進めてはいる。だが世間が内戦を遠いものと見なす前に、それらのものを世に問うつもりは全くなかった。ことによってはアムリウスが生きてある間には。レオニダス学生はうなずく。男装だが男性ではない。もちろん女性でもない。双性者なのはすぐにわかる。
「はい、グスタファス卿。仰ることの意味は、わきまえているつもりです・・・・・・」
「私は聖職者だ」
 アムリウスはさえぎり、レオニダス学生はうなずく。
「失礼いたしました、アムリウス神父」
「・・・・・・」
 レオニダス学生は続ける。
「しかし、自分の目的は、史実解明でもなく、もちろん政治的な意図でもありません。自分は軍人であり、自分の行動は、つまるところ帝國の国益に寄与するものと信じております。ここを訪れたのもその目的のためです」
「・・・・・・」
「帝國には空を飛ぶことに大きな負担の無い機神がいくつかありますが、その乗り手と、その機神が諸侯の利害を離れていることはほぼありません。例外が、アドルファス一門のモノケロスと、アムリウス神父です」
「だが私はいまだ一門への義務も負っている。機神について口外するつもりはない」
「機神についてのお聞きするつもりはありません。余談ではありますが、自分はケイロニウス一門のものであり、レオニダス公爵家のものでありますが、ここへは帝國軍人として来ているつもりであります。自分が知らねばならないのは、内戦のことでも機神のことでもなく、空飛ぶ機神の乗り手の判断と証言です」
 それを語ったことが無いではない。その時は、乗り手としてではなく、機神そのものについてを語らねばならなかった。その筋とはどうやら違うらしい。だが、帝國が空飛ぶ機神を作り出すなら、おそらく帝國軍がこれを運用するはずだ。
「・・・・・・」
 拒むこと自体が無駄なのだろう。
「わかった」
 アムリウスは応じる。
「短く終わらせてくれ」
「申し訳ありませんが神父、自分がお聞きしたいのは、概略ではありません。内戦の戦闘でのモノケロスの行動、判断についての詳細です」
「・・・・・・・それを今からか」
「今日はご挨拶のつもりでおりました。教務課にはすでに話をつけてあります。神父の担当授業のうちの毎週の一こまを、お借しいただけることになっています」
「毎週?それも私の許可を得ぬうちに、君はそんなことをしたのか」
「自分の意図については、学院に提出してあります。提出の中には、取材計画も含ませていただきました。他意はありません」
「取材計画?」
「はい、神父。ここにすでに」
「・・・・・・」
 言ったときには、レオニダス学生は小脇に抱えた書類嚢から書面を取りだし、アムリウスへと示している。手に取ったら負けだ。だがアムリウスがそれを手に取らぬと見るや、レオニダス学生は書類綴りをとりなおし、ぱらぱらとめくって要する頁を繰りだすと、ふたたびアムリウスへと示す。
「・・・・・・」
 開戦当時の認識について、遭遇戦状況についての取材その1(遭遇前段)、遭遇戦状況についての取材その2(遭遇前段から接触まで)、遭遇戦状況についての・・・・・・
「本気なのか、君は」
「もちろんです、アムリウス神父」
「・・・・・・拒否されたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は、伝手の限りを頼るつもりでおりました」
 マルクス・ケイロニウス・レオニダス学生は応じる。アムリウスは問う。
「私から君への質問は可能か?」
「自分に答えが許される限りにおいては、いかなることでも」
「この君の研究は、君の発案なのか」
「厳密には違います。自分の担当教官から強く勧めを受けました」
「この研究の将来利用については?」
「軍大における学生研究は、請求するものには開示されます。ただし教官会議によって、個別の研究結果の評価と秘匿等級が決定されます。請求可能目録に掲載されないこともあります。自分は、アムリウス卿が公開的開示を是とされないならば、そのように申請するつもりではありました」
「では何かの計画の上での研究ではないのだな?」
「自分にはその認識はありません」
「・・・・・・」
 どうやら、今、これ以上の質問は無意味でありそうだった。
「わかった。君の手際を見る限り、ただ拒否を続けるのは難しいようだ」
「光栄です」
「褒めているわけではない」
「承知しております」
 気を取り直して、アムリウスは続ける。
「君の要請に全面的に応じることは保証できないが、君の研究のための取材を受けざるを得ない」
「ありがとうございます。アムリウス神父」
 レオニダス学生は、踵を合わせ深く腰を折る。
「顔を上げ給え、レオニダス学生」
 ゆっくりと体を伸ばし、顔を上げるレオニダス学生は、はじめて少しの笑みを見せた。
 軍人より役者の方が向いていそうだな、とアムリウスは思った。

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最終更新:2013年05月13日 01:40