フェイトのスケッチ その9

 フェイトが、総司令部付きの身ながら任務を任されるようになったのは、ポルタヴァ会戦から一ヶ月ほども過ぎた秋も深まった10月のある日であった。
 ヴェストラ大将軍率いるゴーラ帝国軍4000がシュリッセボルグ要塞に篭城し、ラグナル国王はわずか8000にまでうち減らされた軍勢を率いて王都フューリンに立て篭もった後の事である。両軍が一緒に王都フューリンに入城しなかったのは、ポルタヴァ会戦での敗北で両軍の間に埋められざる感情的な溝ができてしまったかららしい。結果としてヴェストラ大将軍は、王都フューリンから西にさらに下がったゴーラ帝国本国から増援を受け入れやすい港湾要塞まで後退したのであった。
 サウル・カダフ元帥は、手持ちの3個軍団のうち最も損害の少ない第8軍団に対し城砦の包囲を命じ、自らは第7、第12軍団を指揮して王都フューリンの攻略に入った。
 これまで「クルル=カリル」1号機とともに総司令部付きとして、常にサウル・カダフ元帥の傍らにい続けたフェイトは、第7、第8、第12軍団がそれぞれ配置につくと、これまでの任務を解かれて新しい任務につけられる事になった。

「とはいっても、シュリッセボルグ要塞を押さえる事でフューリンは海上からの補給線を維持できるからねい。ラグナルとゴーラが仲たがいした、という情報もどこまで信じて良いか判らん」

 総司令部の置かれている農家の一室で、そうサウル・カダフ元帥はフェイトに向けて話を続けた。

「おかげでこちらは、1個軍団と攻城戦用に準備した部隊の半分をシュリッセボルグに貼り付けにゃならなくなった。その上で軍主力との連絡を密にして北岸からの増援に備えなければならん。というわけでだ」

 亜麻色の髪と髭も豊かな獣人の元帥は、卓上の地図の上ですっと指をすべらせた。

「シュリッセボルグとフューリンと21旅団の連絡を密にする上で必要なものは何か判るかな? フェイト上騎」
「各部隊間で共有される総司令部の判断の更新の時間差を縮めることでしょうか?」
「そそ、そういうこと。というわけで、君を儂の副官にすることにした。これが辞令」

 ひょいと手渡された辞令を受け取ったフェイトは、慌てて直立不動の姿勢になると腰を折って敬礼した。

「フェイト上級騎士、辞令を受領いたしました」
「うん。それじゃ最初の任務だが、アウレイ騎士長!」
「はい、閣下」
「お前さんの下に彼女をつける。知っての通り「クルル=カリル」乗りで、101では小隊長を務めている魔導の導師サマだ。21旅団から上がってくる情報の分析評価に使うように」
「はい、閣下」

 フェイトとサウル・カダフから少し離れたところに立っていた、癖の強い灰色の髪をした長身の士官が一歩前に出る。フェイトは、彼に向かって直立不動の姿勢をとると右手の拳を左胸に当てて敬礼した。

「緊急時には、フェイト上騎に「クルル=カリル」を使用して連絡、報告及び偵察を行う事も許可する。ただし戦闘は、儂の許可なく行う事を禁ずる。いかなる状況にあっても、だ」
「自衛戦闘もでしょうか? 閣下」
「うん。自機が危険に陥りつつあると判断したならば、任務を放棄して帰還する事も許可する。あくまでメッセンジャー役というのを肝にめいじておくように」
「了解いたしました、閣下」

 フェイトは、サウル・カダフ元帥に、叩きのめされた902の戦友達の復仇戦を自分がやりたがっている事を見透かされたような気持ちになり、二三度眼をしばたたかせた。そんな彼女の内心に気づいてか気づかないでか、アウレイ騎士長は厳しい視線をフェイトに向けている。

「アウレイ騎士長だ。貴官の精勤に期待する」
「フェイト上級騎士です。ご期待にそえるよう努力します」


 それからフェイトは、アウレイ騎士長の下で21旅団から送られてくる情報の分析と評価の手伝いをし、必要があれば「クルル=カリル」を駆ってシュリッセボルグ要塞を包囲している第8軍団司令部に届ける事もした。彼女が「クルル=カリル」を駆るならば、早馬でも一日かかるところを一瞬で転移して済ませる事ができる。北岸のゴーラ帝国本土から少数の快速船をもって行われる輸送が発見されるたびに、フェイトはそれについての情報を第8軍団司令部に届ける事になった。

「フェイト上騎、ただ今第8軍団司令部より帰還いたしました」
「ご苦労。報告書は?」
「こちらになります」
「次の「クルル=カリル」出動可能時刻は?」
「明日、第四刻以降になります」
「了解した。下がってよし」
「はい。フェイト上騎、待機に入ります」

 北方軍総司令部の情報参謀と情勢判断について検討しているアウレイ騎士長は、一瞬だけフェイトに視線を向けて報告書を受け取ると、すぐに情報参謀との話に戻った。
 そんな彼にきちんと敬礼をしたフェイトは、自分の定位置となっている部屋の隅っこの椅子に座ると背中を壁に預けて目をつむった。
 整備にめったやたらと手間隙のかかる機神「クルル=カリル」ではあったが、ほんの数十哩を往復するだけならば、半日も結界に入れて休ませれば飛行可能になる。最悪の場合でも、今すぐに召還して戦闘に参加することだってできる。だがサウル・カダフ元帥は、ヴェストラ将軍の軍団がシュリッセボルグ要塞に篭城してから、フェイトを戦闘に投入するつもりが無くなった様子であった。どうやらゴルム帝が機神「グイン・ハイファール」とともに南岸に渡海してくる可能性が、ほぼ無くなったと総司令部では判断したようである。
 攻城陣地構築に専念している第7、第12軍団と違って、第8軍団は、積極的に出撃してくるヴェストラ軍を相手に激戦を繰り広げている。第8軍団は攻城陣地を構築しようとし、ヴェストラ軍はそれを妨害しようとする。

「やはり小型船を用いた輸送が邪魔だな。だが、「クルル=カリル」を出すほどの脅威かといえば、難しいところだ」
「21旅団は、敵策源のハンゲオト港空襲のための準備に入っています。やはり「連合王国」艦隊のゴーラ湾進入が防がれている現状では、他に状況を打開できる方策はないと判断せざるをえません」
「それがレオニダス参謀の評価か?」
「21旅団司令部の判断です。この二三日中に出撃許可を要請してくる可能性があります」

 フェイトは、自分抜きでゴーラ湾を渡海しての空襲が計画されている事に、少なからぬショックを受けていた。彼女は、自分が「クルル=カリル」配備部隊である独立近衛第101重駆逐大隊で、最も強力な火力を発揮できる騎士であると自負している。魔導八相に覚醒した導師であり、その魔導師としての実力を戦闘で十全に活かせるよう訓練を重ねてきたつもりである。その自分を差し置いて渡洋空襲を成功させられるのか、という思いがあった。

「フェイト上騎の「クルル=カリル」を戻せとは言ってきていないのか?」
「総司令官がフェイト上騎無しでの計画立案を命じております。最悪、作戦が失敗したとしても、フェイト上騎さえ残っていれば戦局をひっくり返せると判断なされている様子です。これは21旅団司令部も了解しています」
「……なるほど、確かに1柱でも「クルル=カリル」が残っていれば、敵の機神へは対処は容易になるか」
「はい」

 フェイトは、従兵に出されたお茶に口をつけながら、101の皆が無事に作戦を成功させてくれる事を主に祈った。

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最終更新:2014年03月18日 08:39