SS マリエス/ラインの乙女 あるルビコン

昨日の蟹様との会話をきっかけに一気に書き上げたもの。
もちろんいつもの通り、これはこれで。

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「それでどうするかね。」
ピカルデスはアウルスに尋ねた。
「裏道を使ってマリエス達を支援するのもそろそろ限界が来ている。副帝陛下が使えそうな裏筋を端から閉ざしているからな。ライカスの努力にも限度があるぞ。」
「現状のルールのままで副帝陛下とゲームを続けることに限界があることは最初から分かっていましたからな。伊達と酔狂だけ、では徒手空拳です。」
シェーニスがお手上げ、という風に両手を上げると主を見つめた。
「別のゲームを始める。」
皆から見つめられたアウルスはぼそっと言うと、書類を一つ取り上げた。
「どんなゲームです?」
どうせろくなものではあるまいという顔でカゼルヌスが問うた。
「ゼニアで古人の出物があったそうだ。」
「裏の奴隷市場ですか、他人事ながらいい気分はしませんね。」
シェーニスが顔をしかめた。
「産出元はあの国だ。」
アウルスの言葉に三人の顔色が若干変化した。
「あの国ということはあの教団の子供たちですか。」
シェーニスがますます顔をしかめた。
「そうだ。」
アウルスは頷くと、ゼニアから届いた書類を皆に回覧し始めた。
「思っていたより人数が多いですな」
カゼルヌスが書類を読みながら眉をひそめた。
「あの教団、そこまで力があったので?」
「ゼニアがバックについていたのであれば人数そのものに不思議はないが……。」
シェーニスの問いにピカルデスが応えながらアウルスを見た。
「一度教団に洗脳された子供たちだ。そのままでは廃人同様、精神の浄化が必要だぞ。」
「はい。そこを突いて買い叩きます。」
アウルスは大叔父に年上への丁寧な口調で答えた。
「また一門の古人を増やすんですか?確かにうちなら費用を用立てられますが、あまり数を独占すると他の一門の目が……」
言葉の途中でカゼルヌスが目を見開いた。
「まさか。」
アウルスは沈黙で答えた。
「なるほどそうきますか。」
シェーニスは唸った。
「そこまでやる覚悟なのですか。」
一門の主に対する口調でピカルデスが質した。
「……やる。いや、やらねばならない。副帝陛下がゲームの相手なら、自らの矜持は捨ててでも活路を見出さねばならない。」
うっそりとした口調でアウルスが応えた。
「精神の浄化と再教育はマリエスたちに行わせるのですか。」
「そうだ。彼女たちはその技能をモリアで教育したし、必要とあれば追加の人員をマリエス国に派遣する。内務省は軍人の監視は厳しくても医師はそこまでではないからな。」
「そして今のあの国なら身元も簡単に作れる。あとは帝国への帰属意識を植え付けるための行動という名目で全部押し通すのか」
シェーニスが右手で顔を覆って再び唸った。
「事が済んだあとはあの国は帝国に帰属させ、子供たちはそれぞれの行先を決めるという名目で有力者達へ紹介する。そういう流れか。」
ピカルデスが腕を組んで顔をしかめた。
「ですがこれは……」
「人身売買だな。」
カゼルヌスの問いにアウルスはくっきりと発音して答えた。
「あの国のためですか、彼女たちのためですか。」
シェーニスが右手の間から鋭い視線を問いと共に投げかけた。
「決まっているだろう。」
アウルスはそれに炎のような瞳で答えた。
「“私たち”のためだ。私たち全てのためだ。マリエス達の、一門の、帝国の、……そして最後は私のためだ。私が目指す私になるためだ。」
「貴方の。」
「そうだ。不服か?」
「とんでもない。」
シェーニスは右手を外すと鮫のように笑った。
「女のためでも結構ですがね、自分のエゴのために悪をなせる人が、私には好ましい。」
「そうか、ありがとう。」
アウルスは残りの二人に目を向けた。
「申し訳ないが、聞いた以上は事に参加してもらう。」
「宗主が決めたことなら『申し訳ないが』などというべきではない。」
ピカルデスはじっと甥の、いつの間にか変わっていた顔つきを見つめた。
「医師を派遣するなら心当たりがある。それが私の許容できるうちだ。」
「ありがとう。」
アウルスは答えた。いつものように頭は下げなかった。
「……妻と子には言えませんな。」
「君の奥さんには気づかれる気もするが。」
カゼルヌスの溜息にアウルスは真面目な口調の冗談で返した。
「子供たちの再教化は“穏便に”行うので?」
「脱洗脳の後に強烈な再教化は望ましくないし、あまり必要でもない。」
アウルスは穏やかな口調になって語りかけた。
「考えてみよう。今のままではあの子たちは今の状態のままでバラバラに売り飛ばされる事になる。我々が関与する事でそれよりはずっと良い環境を整えられるはずだ。」
「たとえそれが有力者の子飼いとなる結末でも、廃人の状態で神殿国家の中で生きるよりはまし。そういうことですか。」
カゼルヌスは自分を納得させるかのように、何度も首を振った。
「わかった、わかりましたよ。私も腹をくくりましょう。」
「そうか。」
アウルスは薄い笑みを返した。
「皆、ありがとう。」

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最終更新:2015年03月27日 19:13