今回は大体二週間で更新である。このままなんとか更新頻度を上げてゆきたいところである。というわけで、機神「教団」側の古人が登場である。この古人の子らがどうなってゆくのか、最後までなんとか書き上げたいところである。
もっぱら人族が住まう中原と、西方魔族が逼塞しているシェオル半島をへだてているカズムス山脈の北西に、グニタヘイズ高原と呼ばれる地域がある。山脈の北側はゆるやかな高配をえがいて中原へと下っており、雪解け水がいく筋もの川となって流れている。そしてその流域の一つにヴァリンスヘイという都市がある。古代魔導帝国時代の遺跡をもとに作られた街であり、「教団」を自称する神殿系宗教団体が支配している宗教都市でもあった。
ヴァリンスヘイの中心には、いかなる材質であるかも判らぬ素材で作られた塔が立っており、その基部にぐるりと張り付くように「教団」の施設が建てられている。古代魔導帝国が滅びてより千年以上を経ても塔はなお変わらぬ姿のまま立ち続け、そして「教団」の建造物は少しづつ増築を重ねて、今では敷地図がなければどこに何があるのかさえ判らぬ迷宮と化していた。
その迷宮の南側、天候さえ良ければカズムス山脈の白い峰が見える一角で、イリシアは灰色の外套を身にまといフードをかぶってベールを下ろした姿で瓦礫の一つに腰を下ろしていた。
人の手のはいらない建物は容易に崩れ瓦礫と化す。この一角は他の区画から入るのに難があって、今では使われることなく朽ちている場所であった。
しばらく気配を消していたイリシアの魔導は「霊」相の観相に、記憶にある親しい魔力の存在が観測された。相手もイリシアの魔力を観測したらしく、合言葉代わりの魔力の波動を送ってくる。
イリシアは立ち上がると腰の汚れを両手で払い、フードを下ろして素顔をさらした。
「あの、待ちましたか?」
「大丈夫ですよ」
おずおずという様子で物陰から姿を現した相手は、イリシアの顔を見て安心したかのように肩の力を抜くと、ベールのつけられたフードを後ろに下ろした。
フードの下から現れたのは、まだ十代半ばくらいに見える少女であり、イリシアがまとっている外套と同じ型のものを着ていて、その喉元に首帯をつけている、すなわちイリシアと同じ古人であった。ぴょこんと一房はねて丸まっている黒髪に、きょとんとしたかのような丸い眼をしている、古人らしく大層見目麗しい容貌の少女である。
きょろきょろと周囲を見回して誰もいないことを確認すると、少女は足音を立てずにイリシアに近づいた。
「ここ、どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
二人して一つ瓦礫の上に腰を下ろす。二人がけの椅子のように大きなものではないせいもあって、自然と寄り添うような形となった。神殿の教えでは古人同士の恋愛やそういったことはご法度で、つまりはこうして身体が触れているのもイケナイコトという意識が二人にはある。それだけにちょっと身じろぎしたり、そわそわしたり、イリシアと少女は少しの間黙って互いの体温を感じあっていた。
「ええとですね、これ、どうぞ」
「ひゃ、ぁ、ありがとうございます」
イリシアは、袖の隠しから紙包みを取り出し、少女に向けて差し出した。その仕草にちょっとびっくりしたような声をあげた少女は、そっとそれを受け取ると包みを開いた。
「あ、干し果物」
「はい。喜んでもらえたので持ってきました」
「うれしいです。ここでは甘いものって、ほとんど食べられませんから」
ヴァリンスヘイは高地地帯にあるせいもあって、作物の出来もよくなく、また養蜂もむつかしい土地柄である。麦芽から水飴を作ってはいるようだが、それを実際に口にできるかというと中々にむつかしいものがあった。
ここでのイリシア達の給養は基本的にゼニア共和国持ちであり、つまり、わざわざ陸路ゼニアから運んできた物を食べている。そしてその糧食の中には、甘味も入っていた。さすがに毎食とはいかないが、それでも一日に一回、わずかではあるが何か甘いものが配給される。彼女が少女にあげたのは、その配給されたものであった。
嬉しそうに端から少しづつかじってゆく少女を横目で見つつ、イリシアは話題を選んだ。
「わたしがいない間、何かありました?」
「え? いえ、ここは相変わらずでした。イリシアさんはどうでした?」
「ええとですね、二人だけの秘密ですよ? 多分ですけれど、「帝國」の「黒の二」と交戦しました」
「え? え、ええと、その、無事、だったのですか?」
思わず干し果物をかじるのをやめて、少女はイリシアのことを目をまんまるくさせて見つめた。
その視線に照れくさそうに笑うとイリシアは、身振り手振りを交えて自分がどう「黒の二」と戦ったか説明し始めた。
「……すごいですね。三機もの敵を相手にして無事戻ってくるなんて」
「運が良かったのはあります。あと、機体が最後までがんばってくれました」
イリシアが「帝國」が派遣した騎士達と戦って生きて帰ってこれたのは、多大な幸運があってのことであるのは、本人が自覚していることである。
本来はイリシア達「ラインの乙女」は、「神殿」帝都本社からリランディア帝に献上された古人の神聖騎士である。それがいかなる政治的意図があってゼニア共和国に送られることになったのか、彼女は知らない。だが、それでも「黒の二」と戦うことから逃げなかったのは、やはり自分が強い敵を相手にどこまで戦えるか試してみたかった、という戦士としての本能的ななにかがあったから、という自覚もあった。
「アエスティエは、戦場に出たことがありました、よね?」
「あ、はい。下界から攻めてくる敵とかいますから」
「それは、どういう敵でした?」
アエスティエと呼ばれた少女は、少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「下界の領主らが、ここにある遺跡を略奪しようと攻めてくることがあるんです。その時に機装甲がいると、私達古人騎士が魔導機で出撃するんです」
特になんでもないようにとつとつと語るアエスティエは、これまでに何度かあった戦いのことを思い出しながら説明している様子であった。
それにしても、と、イリシアは思った。このわりとおどおどした様子のアエスティエが、実は自分よりもはるかに多くの戦歴を重ねている手垂れだと誰が思うだろうか、と。
「すごいですね。アエスティエは、実はわたしよりずっと経験豊富な古兵だったのですね」
「そ、そんなことないです。恥ずかしい、ですよ」
本当に恥ずかしそうにもじもじしながら頬を染めたアエスティエは、だがわりとまんざらでもない様子であった。
ことん、と、アエスティエの肩に頭を乗せたイリシアは、何か安心したような表情になって軽く眼を閉じた。
「また、お話聞かせてくださいね?」
「あ、はい」
ゼニア共和国から来た者達に与えられている一角に戻ったイリシアを迎えたのは、カンパネラとキルクルシアの二人であった。三人の上官であるアンドレア・モラシーニは、機神「ラインの黄金」の改修に関わる打ち合わせで夜遅くになるまで戻ってこれないらしい。その事に若干不満を感じつつも、それでも三人一緒に燕麦を山羊の乳で煮た粥をすすって夕食とした。
「でさあ、イリシア、「教団」の子と逢引しているわけじゃん? そこんとこ、どうよ?」
「な、なんのことです?」
どういう話の流れか判らないが、カンパネラがぽんと言葉の爆弾を場に放り込む。その一言に、わずかにキルクルシアの眼がほそめられた。
「大丈夫だって。ここ、結界張ってあるし、周りに人がいないのは確かめてあるし。ほら、きりきり吐け」
にやにや笑って片膝立てたカンパネラの様子は、それこそ友人の色恋沙汰を聞きだそうとする女の子そのものである。
そんなに重大なことになりそうにはない、と判断したイリシアは、こほん、と軽く咳払いしてから話を始めた。
「えー、何もやましいコトはしておりません。といいますか、手を握ったこともないですから。ただ、ちょっと互いの身の上とか話をしているだけで、二人のことも話していませんので」
「えー、なんだ、つまんない。ほら、こう、本来は「帝國」と「教団」って敵同士なわけじゃん。こう禁断のなんとかー、みたいな話はないわけ?」
「あるわけ無いじゃないですか。わたしだって守秘義務くらいは心得ています」
ふん、と少しふくれっ面になってあごを上げたイリシアを見て、キルクルシアは、ふっと鼻で笑った。
「相変わらず馴れ合いの好きな奴だな」
「馴れ合いじゃありません。社交的と言ってください」
つん、とした表情で顔をくるんと回したイリシアの様子を、カンパネラはにやにやと笑いながら見ている。
「イリシアって、ほんと友達つくるの好きだよねー」
「ほっといてください。いいじゃないですか、ここにもいつまでいるか判らないんですから」
それからイリシアは、アンドレア・モラシーニが顔を出すまで二人に散々おもちゃにされる羽目になった。
アエスティエが一度食堂で夕食をとってから部屋に戻ると、相部屋のもう一人はまだ帰ってきてはいなかった。食堂でも相手の姿を見なかったということは、今日の彼女は「教団」幹部を相手の「お勤め」をしているのだろう、と見当をつける。自分が「お勤め」をさせられる時の事を一瞬想像して、おぞけで少し身を震わせると、慌ててかぶりをふって外套を脱いで部屋着に着替えた。
このヴァリンスヘイでは、絹はおろか木綿や亜麻ですら贅沢品である。下級の神官達や一般信徒らは、大麻の肌着下着に粗織りの羊毛の上着を着て日々の生活を送っている。夜寝るときに木綿の部屋着で寝台で横になれるというのは、ここでは「教団」幹部と「教団」古人だけに許された特権であった。
「あぁ、もう、あのクソ坊主、ねちっこいったらありゃしない。うざいなあ、って、あんたいたの」
少女らしい澄んだソプラノですれた尻軽女のような毒を吐きながら、ほっそりとした気の強そうな表情のつり眼の少女が入ってくる。
「あ、あの、アウロラちゃん、大丈夫? 酷いコトされた?」
「んー、べたべた触られてなでくり回されただけ。あんたが気にするような事は無かったわよ」
口ではなんでもない、という風をよそおいつつ、だが身体のあちこちを動かしている。どう見ても十代前半にしか見えないアウロラの身体には、性交そのものが負担となるのだろう。
「あ、あのね、酷いコトされるようなら、私が換わるから、ね」
「大丈夫よ。まあ、あんな助平爺でも一応「教団」で一番偉いクソ坊主だし! これでも古人なんだから「お勤め」はちゃんとこなすし!」
そう言い切ったアウロラは、ベール付きのフードを背中側へ下げると、そのまま寝台の上にぼすっと音を立てて寝転がった。
「そ、そうなんだ」
「そうよ。「お勤め」を果たして戦場にも出るから、こうして贅沢させて貰えているんだから。そこはわきまえているつもりよ。あんたこそ、クソ坊主に酷い事されてんじゃないでしょうね? なんかあったらあたしに言いなさい」
口調はきつし、言葉も汚いが、それでもアウロラの言葉には隠しきれない気遣いの響きがあった。
「あ、あのね、私は大丈夫だから」
「そ。ならもう寝ましょ。……今日も冷えるし、あんたと一緒に寝るから」
「うん、うん」
ごろんと転がってから寝台から下りて部屋着に着替えたアウロラは、アエスティエより先に彼女の寝台にもぐりこみ、自分の毛布をかむった。
アウロラの隣に横たわったアエスティエは、自分の毛布に包まると、しばらく二人背中合わせになって互いの体温を感じつつ、そのまま寝息を立ててまどろみの中に沈んでいった。
最終更新:2015年09月30日 00:30