アムリウス神父は、己の教員室の扉を閉じ、それから教本と帳面とを机へと置く。
力学。
アムリウスの物は、その手で書き写し、その手でつづったものだ。
さすがに学生たちに配られたものは違う。二回生、三回生に配られたものは、さらに違っている。帝國の二人の若者が発明したという画期的な印刷機によって刷られている。
力学。自然哲学の中の数学的な原理。
それは王冠盟邦に現れた一人の数学者が編み出したものだ。物体の移動を、それまでにない数式で描き出す方策だ。それが王冠盟邦で刷りだされたのは、おりしも帝國は内戦の中に在ったころだ。
帝國で写本を手に入れたのは、魔導アカデミアとある修道会の一部ずつだったという。しかしそれは、のちに多く刷りなおされた。聞いた話では、副帝が帝國での複写権を、莫大な金で得たという。
アムリウスが手に入れたのは、修道会で写本され、教皇庁へ引き渡されたものから、さらに軍へと譲渡されたものを、刷りなおしたものだった。出家する前。そう、内戦の終わった後に送られた、あの宅舎でのことだった。
あの宅舎でアムリウスの行っていた、北方軍についての口述筆記は、慇懃に帝國への提出を求められた。拒むつもりはなかった。むしろ隠されてしまう方を案じていた。一方で、帝國からも、様々な資料が送り付けられてくるようになった。読まねばならぬ謂れもなければ、読むように求められもしなかった。ただあの宅舎での無聊を慰めるものは、読書くらいしかなかった。
その中に、一見してアムリウスの目を引くほど分厚い論文であった。そしてアムリウスは、その難解な本に、すっかり取りつかれた。その書物がアムリウスに届けられたのは、ただの確認のためであったらしい。書物を閲覧したもののほとんどが、これを難解で風変わりな自然哲学書として解したが、ごくわずかな人間が、これは砲の弾道を直接に得る手掛かりになると考えたという。この書物の扱っている部分の、ごくわずかなところだ。よくそのようなことに結びつけたものだと思う。後に聞いたことだ。そのために軍は教皇庁に申し出て、写本をさらに得、軍の側でも原版を作って刷ったらしい。
軍の思惑は、破天荒なものだった。これによって砲弾の行く先を、あらかじめ算ずることだ。もちろん物事はそれほど簡単ではない。たとえば砲弾の速さをどうやって得るか。初速を得てから計算していては遅すぎる。撃つ前に、砲弾の速さを得ていなければならない。ある程度は可能だった。ある火薬の込め量ならば、どのくらいの射程を得るかこそ、求められているものだ。ただ、火薬の量と、射程とは、それだけでは互いを決めえない。如何にすれば、砲丸がどのように飛ぶかを算じ得るか、帝國軍は精力的にその研究を行っていたらしい。そしてその研究に少しでも資するものを欲しがっていた。例えば、北方軍はこれらのことをどう考えていたのか、と。
北方辺境もまた、砲を重視していた。その弾道は、砲ごとに射表として得ていた。試射で、決めた装薬によって、ある射程を得ている。並の砲ならそれでいい。皇帝軍も同じような打ち方をしていたはずだ。それで何の問題があろうか。
あったのだ。帝国軍には。将来砲にとっての、大きな問題が。
炸裂する砲弾を使うなら、それまでの砲丸のように地に沿って低く飛び、当たるを幸いになぎ倒すようでは駄目なのだ。何物にも触れずにただ宙の気を切って飛び、そして標的の立つ地に初めて当たらねばならない。そこで砲弾は炸裂する。炸裂する砲弾を有効に使うには、そうするしかない。
もちろんその時のアムリウスは、帝國軍の思惑を知る由もなかった。このような大部の書物が送り付けられてきたことに戸惑い、その訳を察することもできずにいた。ただ、その書物の難解さは、アムリウスの無聊を慰めるに十分だった。これまで神話をそのまま当てはめていた自然の営みの裏に、幾何学的とすらいえる秩序が隠されていると、証明せんとした書物だった。そしてそれこそが、神なるものの示したこの世の理なのだと。その営みこそが、神へ近づくのだと。この書物を記したものにとっては、自らの算術は祈りに近かったのかもしれない。
ただ論文の切り口は古典そのままで、そこにこだわり過ぎているきらいがあった。帳面の上で数式をつづっていても、今一つ納まりが悪い。それも一つや二つでそれはない。さび付いた算術では歯が立たず、アムリウスは幾何の書物を取り寄せさせもした。それでも、かの書物を解したとはとても思えず、帳面ばかりが折り重なってゆく有様だった。しかし、アムリウスにとっては心安らぐと言っていい時でもあった。アムリウスにとっても祈りに近かったのかもしれない。この宅舎の暮らしが、いつかは終わるとわかっていても。それがアムリウスへの皇帝よりの沙汰として終わるのがわかっていてもだ。
刻は不意に来た。
狡猾な、と思わぬではなかった。ネロ将軍の訪問は、まさに不意打ちと言ってよかった。皇帝軍随一と謳われた老将軍だ。
将軍はお止めください、と彼は静かに、不思議なくらいににこやかに言った。わたくしは出家を願い出ております、と。アムリウスは問い返すしかなかった。その閣下が何用ゆえにこの宅舎へ、と。
「あなたにも、出家をお勧めに参りました」
老将軍は、春の花が咲き始めたことを伝えるような、ごく和やかな口ぶりでそう言った。
「一介の修道僧ならば、どこへでも赴くことができます。人里を離れた開拓修道院もよし。あるいは行脚の旅もよし。どなたにでも会うとしても、誰に阻めましょう」
「それは何の思惑なのですか」
「いいえ、わたくしの夢にございます」
老将軍は、修道僧のように笑う。とはいえ、そうそう思うようにはなりませぬからな、と。今後も、たとえ出家したとしても、ずっとそうであろうとアムリウスは思った。老将軍も同じなのであろう。だとしても、悪くはない。アムリウスの心のどこかがそうささやき、一方で、一門はどうするとも問うてくる。なるほど、自由か、とも思う。
答えの出せぬまま、そのあとの日々は荒波のように押し寄せてきた。
それは副帝との面会であり、皇帝陛下御自らのお召でもあった。離宮の一つで、レイヒルフトと対面するのは、まあ予想のうちではあった。だとして、今や何を恐れることがあろうか。内戦の前に見た姿と、あまり変わりのない姿に、アムリウスは驚いてもいた。あの苛烈ないくさを指図したこの者は、あのいくさによって少しも変ええなかったんだろうかと思うほどに。双性者であるから、は答えではないはずだ。そしてレイヒルフトは、内戦の前と変わらぬ慇懃なまでの丁寧な口調でアムリウスに相対した。
『帝國の全力を傾けても、あなた一人を仕留めえなかった』と言ったのは彼をしての冗句だったのではとアムリウスは思っていた。
しかし皇帝の謁見は、その直前までアムリウスには知らされていなかった。離宮へ呼びつけるなど、レイヒルフトが自らアムリウスを見定めるための、悪辣な驚かしだろうと思っていた。だが違っていた。それが今の帝國のやり方なのだ。
皇帝もまた、最後に遠目に見た時と変わらなかった。それはレイヒルフトと違って、呪いに近いとも噂される、生まれ持っての魔導的な気質故ともいう。邪眼を隠す護布に覆われたその面は、見据えるようにアムリウスに向けられていた。もろもろのお定まりのあとに皇帝は言ったのだ。
「北方に大赦を下す」
余の求めは、正統な皇権の確立であり、すでにそれは果たされた、と。
「そなたの書状については聞いておる」
驚くアムリウスにかまわず、皇帝陛下の声は続く。
「余の皇権を揺るがさんとするものらの所業と、帝國への忠誠それがゆえに、誤ったはかりごとに従わざるを得なかったものらについては、よくよく見定めねばならぬ」
なるほど、そのように使われたわけか、ともアムリウスは思った。半分は思惑通りだが、やはり面白くはない。それに帝國の動きはアムリウスが思っていたよりもずっと早い。そう、この速さに幾度となく煮え湯を飲まされてきた。これが彼らの帝國なのだ。
そして彼らが首魁と断じたものの他は、大赦をもって許すという。何もかも、もはや思うがままなのだ。皇帝その人の、というわけでもあるまい。そして皇帝は言う。
「して、アムリウス。そなたは今後に何を望む」
「お答えなさいませ」
宮宰が促す。ままよ、と思うしかない。
「お答え申し上げます」
アムリウスは顔を上げる。
「アドルファスの一門は、我と我が身の助けを求めているかと思われます。我とてグスタファスの者。かのいくさにて彼らを率いながら、今となってそれを捨てられましょうや」
「なるほどそなたの申す通りである」
皇帝は言う。
「余も北方の民を案じておる。すでに民の暮らしを助けるよう、副帝に命じてある。元老院にも、このいくさの惨禍について、諸議員よりの報告をもとめ、ふ、復興献策を立てさせる」
わずかに言葉を噛みかけ、皇帝は傍らの茶を飲んだ。
「他にも、教皇庁はすでに北方に入っていると聞いている。教皇自らとな」
すでに整えられている、というわけだった。彼らはこのようにして、帝國という枠組みを作り、その枠組みの中で縦横に采配を振るっていたのだ。アムリウスは応じる。
「皇帝陛下にそれほどまでのご配慮をいただきながら、今、我一人我が一門にこだわっていかにしましょう。今、我が身に行えることは、その皇帝陛下の御事業に差しさわりとならぬよう、身を慎み暮らすことのみ」
「して、どうする」
「許されるならば、出家いたしたく存じます」
「それがそなたの望みであるならば、余もよくよく考えねばならぬ。それ故に、帝國最強の剣の一振りを失うとしても、な」
何が帝國最強か、とアムリウスは思う。皇帝の背後に控える黒騎士らと、互角以上に切り結ぶだけの自負は今もある。だがそれをしたところでどうなる。
「アムリウス」
皇帝は言う。
「いや、アムリウス・アドルファス・グスタファス卿。その名をもって帯びていた剣を預かる気はないか。出家したとしても、その剣をもって、余への忠誠とする気はないか」
剣という言葉に、まさかと思ったその時、皇帝の背後に控える者の一人がにじり進む。
その姿を見て驚いた。剣匠と称えられた将軍の一人、
ディエゴだった。名のみの平民上がりの男。軍の地位は上がっても、伊達と酔狂の軍装は従士長とさして変わらぬ男。さすがに皇帝陛下の前では、謁見軍装に身を包んではいた。
そのディエゴは、一振りの剣を捧げて見せる。
「・・・・・・・」
さすがのアムリウスも、身じろぎせずにはいられなかった。忘れようはずもない。あれは神具であった。この十年肌身離さず傍に置いた、機神の神具の剣だ。機神モノケロスと対に作られ、それを異界より呼び起こす剣だ。皇帝は言う。
「アムリウス、余はあるべきものはあるべきところにと思う。そなたの忠誠があるべきところにあるのであるならば、その剣もまた、あるべきところにあるべきであろう。どうか」
「御意にございます」
「・・・・・・」
ディエゴ将軍は剣を捧げ持つ姿のまま、アムリウスの前に進み出る。その面は、静かでけれど、何かを面白がっていた。皇帝は言った。
「アムリウス・アドルファス・グスタファス卿。出家を許す。一門と宗家については、良きにはからせよう。それらがあるべきかたちに収まるまで、機神と神具はその身にて預かるがよい」
「・・・・・・」
今も、神具の剣は、アムリウスの教員室にある。
アムリウスが教員室を与えられているわけの一つでもある。神具を収める函は、その函自体に収められるべきところがあるのだ。
忘れることも、抜かぬことも許されぬ。それは今でも、帝國最強の剣の一振りである。
アムリウスは出家した。
修道会に籍を得、学院に場を得た。修道僧としてだけ暮らすことは、もちろんできなかった。ただあの陰険なフーシェとの旅によって、アムリウスの力学教本がずいぶん整理されたのも、確かなことだった。愉快な男ではなかったが、数学を実によく修めていた。それ故に、あの男がその力学教本を教材として使うことを認めざるを得なかった。
いや、それを厭うているわけではない。あの難解な書物を、生徒や生徒が将来接する人々の役に立てばよいとは、アムリウスは心の奥底から思っている。
学院の数学教師らは、帝國数学会で研究が進む微分法を用いて行うほうが良いとしている。だが微分法の教材は力学以上に未整備だった。口伝とも議論ともつかぬ形で、上級課程でなければ修めることことができない。ゆえに、アムリウス自身も学院内講義で微分法を習うこととした。しかし力学そのものを学生に学ばせるために、この微分法を学ばせることが、近道とは思えない。かの書物がそうであったように、幾何を通じても同じ山を登りうる。ただ一つ、変わらないのは、学ばねば知らぬまま、ということだけだ。アムリウス自身も同じなのだ。
「・・・・・・」
扉をたたく音がする。
「入り給え」
力学に使われる幾何のあまりの難解さに、生徒が教えを請いに来ることがある。
躓けば先が無いのが数学だ。また生徒の力も千差万別だ。帝國は広すぎ、また内戦の惨禍の癒えぬ中、生徒が入学までに納められる学問には、埋め切れない差がある。それを導くのも教師の務めだ。アムリウスはこの教員室を、その役目にこそ使いたかった。
「レオニダス学生、入ります」
その声は、生徒のものではなかった。
当世風の揃えの服に身を包み、胸には学内通行許可のしるしをつけた姿だった。麗人、と言っていいが女というわけではない。男というわけでもない。双性者、アムリウスと同じものだ。マルクス・ケイロニウス・レオニダス。今は軍大に籍を置いているという。
「君か。久しぶりだ」
「ご無沙汰しておりました」
言って踵を合わせ、彼は深く頭を下げる。
「お力添えいただいていた研究について、提出論文が受理、評価されました。もってお約束の通り、公開の許されている部分について、お知らせに参りました」
結局、この軍大生の研究に、何年も付き合うことになってしまった。近衛騎士団に請われてとはいえ、機神を用いての空中戦技の実技にまで付き合うことになった。我ながらお人よしだと思う。
「これは」
軍人より差し出されたのは、小ぶりな厚紙の用紙であった。
「書籍番号と、閲覧申請です」
彼の言う約定についても、ほとんど忘れかけていた。聞き取りによって得た口述史については、公開されるかどうか、軍の内部で決められる。ただし、アムリウスには開示されるし、アムリウス以外についての閲覧は、アムリウスが決められる。そのはずだった。
アムリウスは、学院史学部の教員にすら、取りまとめについて一切を示していない。いかなる求めも断っていた。彼らの身勝手な要望から離れて職務をできる場所、アムリウスが教員室を与えられている三つ目の理由だ。
帝國自身が、公史の取りまとめの途上なのだ。アムリウスが何かを示してどうなろうか。大赦はあっても、人ひとりひとりのひとつひとつの傷は埋まったわけではないのだ。思わぬ騒ぎの源になるつもりはなかった。
「・・・・・・」
「何か」
物言わぬ軍人に、アムリウスは問う。応じて彼は言う。
「この先、口述史部分をどのようにするのか、自分では判断がつきかねます。軍大の図書館など、担当が変われば申し送りなどそれきりになるでしょう」
ですから、と軍人は続ける。
「その書籍閲覧票は、それ自体が許可証となっています」
アムリウスは、厚紙を裏返す。そこには裏書きがあった。
『同論は、アムリウス・アドルファス・グスタファス神父の密接な協力によって執筆されたものであり、執筆時の約定によって神父の利用については制限を設けない。また神父の許す代理人による筆写と持ち出しも、神父の持つ権利の一つである。論文を受理した軍大校長はこれを確認し、永続的に許可する。不許可にする理由がある場合は、軍大校長がこれを示す』
「・・・・・・ふむん」
すなわち、アムリウスがこれに署名をして、何者かに預ければ、アムリウスの口述史部分は、開示されるし、筆写も許される。閲覧表には筆者の可否、という欄すらあった。丸をつけるだけでいい。
「神父が是とされたときに、ご随意に」
「まあ、あれだけ時を割いたのだ。これくらいはしてもらわねば困る」
「はい」
「評価は?」
「はい?」
「君の論文の評価だ。評価を受けたと言っただろう」
軍人はいつもの、軍人らしからぬ笑みを見せる。
「もちろん最良の評価を得ました。残念ながらそれ自体、また他にも閲覧制限論文がありましたので、席次順列の対象外ですが」
「『彼』と比べて君自身の判断は」
「自分は『彼』の論文を確認しておりません」
それは判っていた。しかし軍人は言うのだ。
「『彼』と話した所感では、彼の論考は非常に良いものに思われました」
「それは負けを認めたということかな」
「・・・・・・」
何か言いたげに片方の眉を上げて見せた、レオニダス学生は、それからいつも通りに笑って見せる。
「あちらは実績も経験もずっと上ですよ。同列の評価って時点で、勝ち負けは自分に分があると思いませんか」
「帝國では実績をそう判断してくれるのかね」
「いいえ。なので自分もあらゆる力添えを得たわけです」
実のところアムリウスは、『彼』の、つまりヴェルキンの論文の抄訳に目を通していた。彼の論文は、実に普通の論文だった。砲兵の運用について包括的に体系化を目指したものだ。ただ違いは、過去の豊富な経験を盛り込みながら、将来戦の将来砲、ならびに将来火力投射手段についても盛り込んでいた。最終的に敵を撃破する手段を、放つための組織と手段であれば、砲であろうと、何かしら宙を飛翔するものだろうと、かまわないとしていた。そこが、ヴェルキンという男の非凡なところだとアムリウスは思っていた。
そしてアムリウスは、それについていくらかの議論を、ヴェルキンと行っていた。例えば、投射手段の妨害について、だ。機神部隊でいえば、機神の経空襲撃を妨害する手段の確立と、その影響についてだ。
その中間結果があるからこそ、アムリウスは機神モノケロスを駆って、帝國の新機神の空中戦闘戦技研究を支援した。もちろんその高い機密格ゆえに、目の前のレオニダス学生にそれを示したことはなかった。レオニダス学生の方はある程度は感づいていたようだが。
だからこそ、アムリウスとモノケロスが、彼と鑓の機神が、経空行動妨害に耐えうるかの判定を行ったのだから。アムリウスが認めねば、彼の論文の評価など意味が無い。レオニダス学生は要求を満たせなかったものと扱われただろう。アムリウスは応じる。
「言葉通りに受け取っておこう。これは、使わせてもらう」
アムリウスは閲覧票の厚紙をひらひらと振って見せる。
「それで、『彼』とは話をできたわけだ」
「あちらから声をかけてきました」
「・・・・・・」
アムリウスは漏れそうな笑いをかみ殺す。ヴェルキンの方に許可が出たというわけだ。レオニダス学生を、彼らの計画の末端関与者の一人として認めたと。それはすなわち、彼らがともに、次のいくさに備え始めたということだった。
「今から思うと、あなたに援助を求めたこと自体が、何かしら誰かの思惑じゃなかったかと、振り返って考える時がありますよ」
レオニダス学生は言う。彼がヴェルキンの役割に気づいたのは、もっとずっと前からなのだ。アムリウスもうなずく。
「それは君だけじゃない。時と運命を統べる神の天秤の中で、我々は揺すられながらめぐるだけだ」
もちろんともに思い浮かべたものは、神なるものの姿ではないのだが。しかし誰が好き好んでその名を確かめ合おうというのだ。互いに確信しているというのに。
その思惑がどこへ行くのか。帝國それ自体がどこへ向かおうとしているのか、アムリウスは知るべくもない。レオニダス学生もそうだろう。互いにもはやおのれの成すべきことを行うしかないのだ。それは、ここでの話が、終わりを迎えるということなのだ。
「・・・・・・」
控えめに、扉を叩く音がした。
レオニダス学生はアムリウスに向かって背を伸ばし、踵を合わせ、深く頭を下げる。
「長い時間を割いていただき、ありがとうございました」
「私にできることならば、いつでも声をかけてくれ。君たちの道に息災あらんことを」
それからアムリウスは扉の向こうへと言う。
「待ちたまえ。今、来客が帰る」
レオニダス学生は、少しの笑みを見せ、それから扉を開いた。失礼、と扉の向こうの者らに言うと、軽やかに歩み去ってゆく。
彼には彼の、行くべきところがある。
「・・・・・・」
しばらく、扉は開かれたまま、誰も入ってこなかった。アムリウスは言う。
「要件は何かね」
ああ、と慌てたように学生たちが入ってくる。
「今の人、誰ですか?」
「御友人?」
「友人とまでは・・・・・・まあ、あちらがどう思っているかはわからないからな」
物見高い学生たちは、抱えた帳面より、今の来客の方が気になるらしい。
「無用な詮索はやめるように。カッツ、フォルゴル、クリサス、要件は何かね」
学生たちはきまり悪そうに互いに顔を見合わせ、それから要件を思いだしたらしい。
「あの、先生、今日の講義なんですが・・・・・・」
「近似のところか?」
「・・・・・・えーと」
「そこだけじゃなくて・・・・・・」
「まあいい、座り給え。今日の近似と言うことは、その前のどこかが怪しいんじゃないか」
学生たちは、組み椅子にいつものように腰掛けながら、困ったような笑みを浮かべる。学生は自習室で自習するのが基本とされていたが、こっそり教員室に教えを乞いにくることを、アムリウスはむしろ歓迎していた。
それがアムリウスにとっての教員室のもっとも大事な役目だった。
聴取5の扱ってる範囲は、アムリウスのモノケロスと、マル子の鑓の機神の空中スパーリングで、これをクリアしなければ、鑓の機神とその乗り手は、機神部隊と共同行動がとれないと判定されただろう。
アムリウス相手に、まっとうな手段では勝てないので、ちょっとした奇策を使った。そういう話なのだけれど、機神のスパーリングはかなり手ごわいので、あとまわし(まわすどころか書かれないかもしれないw
ちなみにディエゴ、預かれと言われて、そうですか、と預かった。レイヒルフトは、その持ち主になる気はないのだな、と笑った。ディエゴ、機神を断るの一章でもある。誰かが預かるしかないが、シリヤスクスの魔女の筋ではない、というところが多分味噌だったのだ。
帝國のルイーゼはもちろん読んでいて、なにこの冗長さ、ばっかじゃない、と微分法の研究を進めたと思っている。彼女の領域では空気抵抗は無視できず、空気の密度をどうやって計測して、弾道に勘案するか、とかをやってるんだろう。
ヴェルキンの論文は、副帝自身が読んだはずであり、大変面白い論考でしたよ、と評しただろう。サウル・カダフはけっこうなお経でした、と韜晦しつつ、こういうことを考えられる人間なら、まあだいじょうぶでないかい?と評したんだろう。
必要とされる組織と設備、について、若干の祖語が生じると、工兵が大変なことになる、というのは、まあ、この一節がもつとっかかりを共有してるからでもある。
随分勝手にクルル=カリルネタを進めてきているが、まだ一つ、触れてもいないことがある。それは魔導具としての部分で、それはおっぱい元帥が行ったような、あたりのものをすべて吹き飛ばしうる、大量破壊能力と、もう一つおねいちゃんが行う、人智の限りの事象を引き起こす能力。
いずれについても、部隊レベルのものは、まだ考察が及んでいないだろうと考えている。その部分のポテンシャルに気付いているのは、計画中枢の、企画者のみだろうと。