ケイレイの手慰み 暴走 黒騎士のルキアニス 2

黒騎士のルキアニス (3)
 離れているのに重く大きな槌音が響いてくる。
 連なるその響きは、まるで終わりのない雷槌のようだ。雷槌とはよく言ったものだと思う。鋭く重く強い力が鉄を鉄甲へと変える。帝國の機装甲は、槌によって作られる。
 工房で機卒の打つ槌が、機体の甲を作り、骨組みを作り、その刃を作る。もっともルキアニスはこういった作り物のことは良く知らない。ルキアニスは工部でなく戦士だ。それどころか今は黒騎士に列せられている。
 けれどいまだに戸惑いを感じている。押し流されるまま、在るべきところでないところに在る気がする。それこそが過ちだとわかっているのに。時の流れは決して戻ることはなく、決まってしまった流れの中に生きるしかない。そう知ってしまった。
 槌音を聞きながらルキアニスは歩いた。この工房は武器を専門に作るところだ。ほとんどが青の三や白の三のための武器だけれど、数少ないながら黒の二のための武器も作る。ルキアニスの用向きは、その黒の二のための武器だ。とはいえ黒の二自体は、部材の少なからずを東方や魔族領で作っているのだという。東方や魔族領には腕の良い、また魔術にも通じた工部の棟梁がいて、良い鉄を作り、その鉄に魔術を施して隕鉄と成し、さらに帝國の求めるものを作り上げる。この工房にも東方のものや魔族のものもいるという。
 ルキアニスは角を折れて倉庫に入る。この倉庫には、それまでに作られた武器が無造作に並べられている。さすがに地面にそのままということはなく、段々に作られた刀掛台に横たえられていた。
 黒の二のための武器は、人のための武器の五、六倍はある。剣ならば十呎を軽く超え、大斧は三十呎はある。十呎より大きな段平もあれば、剣とも斧ともつかぬ形に打たれたものもある。鑓もあるが多くは無い。それもせいぜい物見鑓くらいの長さのものばかりだ。鑓の穂先が剣ほどもある大身の鑓もいくつかあった。いずれも黒騎士が求め、それに応じて作られたものだ。
 そのような便宜を与えられるのは黒騎士くらいなものだ。それが帝國のやり方でもある。役立つのならば、帝國はいかなることでも行う。
 今ここに横たえられている武器は、求めに応じて作られたものの、何らかのわけがあって差し戻されたものだ。わけといっても必ずしも武器そのものの瑕疵ではなく、ようするに「合わなかった」ということだ。
 そのようなものが十本と言わず二十本と言わず並べられていることにルキアニスは驚いていた。機装甲の武器は大きく、熟練の工部の手でなければ作れない。その高価な武具を己に合わせて作らせたのに、手に合わなかったからと差し戻すことが許されるのだ、と。
 もちろんその許しは、黒騎士ならばこそだ。それだけの働きをせよと求められているということである。黒騎士が敵の戦陣を食い破る牙であり、その牙が要とするなら、どのような武器でも与える。黒騎士だからではない。帝國の求めを果たすために過ぎない。
 そしてルキアニスは今は黒騎士に列せられている。求めれば己のための武器が作られたはずだ。常のルキアニスが行うような斬り込みや、飛び込み突きになじむような。
 大斧なら隊内に予備がいくらでもあった。大斧は強く、重く、長く、黒の二の力ならばこそ操れるものだ。けれどルキアニスにとっては、大斧は重すぎるように思えた。あの大斧を振るう力があるなら、もっと早く鋭く振るえるもののほうが扱いやすいように思う。それに大斧は突き技を使いづらい。だが剣では弱い。
 黒の二が相手にするのは、常に自らよりも多くの敵だ。三機の小隊で、戦列機装甲中隊より多くの敵と相対することもざらにある。
 しかも時が無かった。ルキアニスの小隊には早急に出立するように求められていた。黒騎士に求められているのは、帝國の求めるところで、帝國の求める働きをすることだ。武器が手に合わないから遅らせてくださいというのは、任を受けた黒騎士に許されることではない。
 それでもルキアニスには目算があった。だから工房の倉庫をめぐりあるいていた。ルキアニスのように、大斧では持て余すと考えたものは今までにもいたはずだ。そしてここにあるものの半分は、大斧に飽き足らぬゆえに作られたものだ。
 刀掛台の間を巡り歩き、ルキアニスは足を止める。何かに呼び止められたような気がした。
 手ほどきのようなものだけれどルキアニスは魔導の教えを受けていた。見んとはかることはすなわちそのはかりごとゆえに見られるということであると。それは心を持って生まれなかった物と間にも相通じる。その関わり合いを魔導八相では霊と物の二相の相関として考える。
 ルキアニスはそぞろ歩きに捜していたのではない。ルキアニスが覚醒した、霊物二相の感応をもって探していた。少し戻って、それを見た。
 刀掛台にあるのは十五呎ほどの鑓だ。鑓としてはかなり短い。白の三に乗っていた時に使っていた物見鑓よりもさらに短い。ただ刃は五呎を超えてある。ちょっとした刀くらいだ。ただその形は鑓の穂先をそのまま伸ばしたようなものだ。直刀で、刃も厚い。穂先の付け根には鍔のような張り出しがあり、つづいて長柄があり、最後に長柄の端には、房がつけられ垂れ下がっていた。
 すぐにわかった。それが何を求めて作られたかも。
 こんなものが作られていたなんて思いもよらなかった。知っているものでなければ、わからないはずだ。でも作られていてもおかしくは無い。
 ここにあるということは、上手くゆかなかったのだろうか。けれどそれには使われた痕が見える。見れば刀身にも長柄にも傷があるし、柄の端にある房は汚れ、擦り切れている。
 刀掛台に歩み寄り、ルキアニスは膝をついて手を伸ばした。その鉄に触れる。
「危ない。一人で取ろうなんて思っちゃいけない」
 不意の声にルキアニスは顔を上げ、振り向いた。声の主は、倉庫の入り口から小走りになって来る。工部の服のものだった。その工部のものはルキアニスを見て少しだけ驚いた様子で足を止めた。
「黒騎士の方でしたか」
 そうは見えない、ということなのだろう。ルキアニスは応じる。
「ここにあるものなら、装備品として使って構わないと聞いたので」
「ええ、構いません。持ち出しの時には籍簿に記録しますが」
 言って工部は、ルキアニスの触れようとした鑓へと目を向ける。
「印をつけましょう。あとで人手をやって出させます」
「ためし投げさせてください。狂っていたら、少し曲りを直してもらうかもしれない」
「投げ、ですか?」
 いぶかしげに問い返す工部に、ルキアニスは少し笑みを見せてうなずいた。
 触れたときにわかった。鑓は答えた。応と。言葉ではなく、手ごたえとして。
 きっとこの鑓を作らせた主が、いくさ場で感じた手ごたえのように。その主と同じことを求めれば、同じく応える。この世にあるものは、見て知り感じるものは、同時に見られ知られ感じられるものなのだから。鑓はきっと、ほんとうにルキアニスを呼んだのだ。
 黒騎士にはさまざまな流派の剣技を修めた者が来る。ルキアニスが習い覚えた剣技の主もいた。だからここの鑓がある。使い手がいなければこれはただの、短い奇妙な鑓に過ぎない。これはある技のための鑓だ。その技は常道常用の技などではないとも教えられた。必死の中で活を求める最後の技だと。そのためにならば、剣すら捨てる。それがルキアニスの受けた教えだった。
 けれどこの鑓は、そのさらに向こうにある。その技のために作られた。それは常のように使われたということだ。
 それが黒騎士のありようなのだとルキアニスは思った。そのあらわれるところには必ず死がまき散らされなければならない。そうせねばならぬところに送り込まれる。それは送り込まれるものにとっても必死のところだ。
 ルキアニスも出立する。ルキアニスにとって最初の出動となるところだ。最初が最後になるかもしれない。
 今のルキアニスにはこの鑓を作らせた黒騎士の心持がすこしわかる。
 剣に掛けて生きるものは、己の技に自ら生死を掛けたいのだから。

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最終更新:2011年11月10日 22:54