『どうか全力で射抜いてよ 瞳で私を』
僕、競争ウマ娘バラカドボナールは才能のあるウマ娘だ。自分で言うのも何だが客観的に見て間違いない。
高い上背、長い脚、細身で軽い体躯、高い集中力と持久力。顔も良ければ歌もうまいし絵も描ける。完璧ウマ娘じゃないか? 偉いぞ僕。
高い上背、長い脚、細身で軽い体躯、高い集中力と持久力。顔も良ければ歌もうまいし絵も描ける。完璧ウマ娘じゃないか? 偉いぞ僕。
『君は目撃者だよ――』
なんならレースでも十分な成績を残している。そもそも中央トレセン学園で走っている事自体がそうだけど、その中でも更に、だ。なにせ重賞複数に勝利し、うち2つがGIタイトルともなれば猛者揃いの中央といえど指折りの上澄みだと言って良いだろう。
おまけに言えば今歌っているこの歌自体、ダートGIレースのウィニングライブで幾度も歌っている曲である。それは即ち僕がダートGI戦線で好成績を積み重ねているということであり、僕というウマ娘が自分を天才だと称することに何一つ瑕疵は無いということでもあるのだ。
おまけに言えば今歌っているこの歌自体、ダートGIレースのウィニングライブで幾度も歌っている曲である。それは即ち僕がダートGI戦線で好成績を積み重ねているということであり、僕というウマ娘が自分を天才だと称することに何一つ瑕疵は無いということでもあるのだ。
『――GO AHEAD 未来DAYS!』
ああ、けれどしかし。その僕の才能というやつは。
「……95点。ファル子の勝ちだねっ☆」
「あああああまた負けたッ!?」
「あああああまた負けたッ!?」
彼女を打倒するには些か心許ないものであるようだ。
年の瀬も迫るころ、都内の小さな防音室で騒ぐ2人のウマ娘の声が、それを証明していた。
年の瀬も迫るころ、都内の小さな防音室で騒ぐ2人のウマ娘の声が、それを証明していた。
――――いや、ただのカラオケだけどさ。
「あー歌った歌った……ところで、なぜ急にカラオケを?」
遊びに誘われついてきたカラオケ店で、つい白熱のカラオケバトルを終えた頃。改めて彼女――競争ウマ娘、スマートファルコン……つまり同級生のファル子ちゃんに聞いてみた。
「え? あ、もしかして迷惑だったかな?」
「いえ。僕は見ての通りなので暇だったから構いませんが」
「いえ。僕は見ての通りなので暇だったから構いませんが」
サポーターを巻いた足をゆらゆらと見せて答える。あ、でもこれ少しあてつけになるかな。だって……。
「あわわ、ごめんねっ!? レースの怪我、まだ治ってないのに……」
「あー、いいえ。大丈夫ですよ。お医者さんからは軽い運動くらいはしたほうがいいと言われてまして」
「あー、いいえ。大丈夫ですよ。お医者さんからは軽い運動くらいはしたほうがいいと言われてまして」
なにせこの脚は、彼女とともに出走した過日のレースにてうっかりへし折ってしまったのである。まあ、それについては僕(とトレーナー)が10悪いんで気にしないでほしいということで話はついているんだけれども。
「そ、そう? それなら良かった……」
なのでおそらく彼女は単にレースで走れない僕が鬱屈しているのではないか、それを煽る形になったのではないか――と、だいたいそのような気遣いをしたのではないだろうか。多分。きっと。しらんけど。
「で? 僕はともかくファル子さんは東京大賞典も近いと思いますが、大丈夫なんですか?」
「あ、うん! トレーナーも息抜きは大事だって言ってたから今日は平気だよ☆」
「なら良いですけど」
「あ、うん! トレーナーも息抜きは大事だって言ってたから今日は平気だよ☆」
「なら良いですけど」
割と根性系のファル子ちゃん陣営ではあるが、さりとて前時代的根性論ではウマ娘が育たないことはわかっているようである。いや詰め込み根性トレーニングで勝てる子もいるけどさ。ライスシャワーちゃんとか。
えーとつまり、その試合前の僅かな息抜きタイムに年末暇してる知人を誘ってやろうという考えなのだろうか。
えーとつまり、その試合前の僅かな息抜きタイムに年末暇してる知人を誘ってやろうという考えなのだろうか。
「違うよ!?」
そう伝えたところ、どうも違ったらしい。あれー?
「えーと、じゃあどういう理由でしょうか。いえ、僕としてもこういう時間は楽しいので良いんですけど」
「あ、うん。えーっと……バラカちゃんは次、どのレースに出るのかなって」
「次?」
「あ、うん。えーっと……バラカちゃんは次、どのレースに出るのかなって」
「次?」
つぎ?
あっ駄目だ今思考と言語が一致してフリーズしてたわ。脳内でひらがなだったもん。
で、えーっと次ねえ。
で、えーっと次ねえ。
「そう、次! ……えっと、怪我治るのとか、いつくらいになるのかなーって」
「ああ。怪我なら多分2月か3月か、遅くても4月には。そこからレースに出るなら……多分、11月か12月、GIならJBCクラシックか東京大賞典になると思いますよ」
「そっか……」
「ああ。怪我なら多分2月か3月か、遅くても4月には。そこからレースに出るなら……多分、11月か12月、GIならJBCクラシックか東京大賞典になると思いますよ」
「そっか……」
次のレース、という単語がいまいち頭で形を成さないものの、それはそれとして脳裏の知識を結びつけて出力する。
治療に3ヶ月、リハビリやトレーニングへの復帰、ブランクを鍛え直してレースで見劣りしない程度に復調するとなれば最短でも半年くらいは欲しいから、今言った程度の時期に復帰できる……と思う。多分。
治療に3ヶ月、リハビリやトレーニングへの復帰、ブランクを鍛え直してレースで見劣りしない程度に復調するとなれば最短でも半年くらいは欲しいから、今言った程度の時期に復帰できる……と思う。多分。
「じゃあ、来年はそこで対決だね☆」
「えっ」
「えっ?」
「えっ」
「えっ?」
いや天丼芸は良いんだ。しかし対決。対決かあ。
「そりゃそうか……ファル子さんがマイル行くんでなければ、その時は同じレースですから」
「うんうん! だから――」
「でもまあ、対決ってのは難しいんじゃないでしょうかね」
「――え?」
「うんうん! だから――」
「でもまあ、対決ってのは難しいんじゃないでしょうかね」
「――え?」
僕がつぶやいた言葉に虚を突かれたように、瞠目するファル子ちゃん。
いや、驚かれても困るんだけれど。まあ、わかっていて考えないようにしていたのかもしれないけどさ。
停止したファル子ちゃんを尻目に、現状を説明する。
いや、驚かれても困るんだけれど。まあ、わかっていて考えないようにしていたのかもしれないけどさ。
停止したファル子ちゃんを尻目に、現状を説明する。
「僕が怪我をしてから再戦まではだいたい1年のブランクがあります。鍛え直しても多分……今年くらいの実力でしょう。ですがファル子さんは1年間鍛えて競っていくわけですよ」
「今年の時点で僕は全力全開全身全霊、骨折るくらい頑張ってやっとハナ差勝利ですよ。それが来年となれば――うえッ!?」
「そんな……でも、でも……」
「今年の時点で僕は全力全開全身全霊、骨折るくらい頑張ってやっとハナ差勝利ですよ。それが来年となれば――うえッ!?」
「そんな……でも、でも……」
言葉に詰まるファル子ちゃんの目尻に光るしずく。いやいや待って待って。僕は相手を泣かせて楽しむ趣味は無いんだよ。
えーっと? 僕との再対決が難しいから? それは嬉しいけどうーん難しいのは難しいし……。
えーっと? 僕との再対決が難しいから? それは嬉しいけどうーん難しいのは難しいし……。
「だ、大丈夫ですよファル子さん。きっとすごく強い後輩だって来て、熱いレースが――」
「違うよっ! 私は、私に勝ったバラカちゃんと勝負がしたくて、勝ちたくて……ッ!」
「え、えー……」
「違うよっ! 私は、私に勝ったバラカちゃんと勝負がしたくて、勝ちたくて……ッ!」
「え、えー……」
僕の半端な慰めはカットされ、直球ストレートで返される。
いや嬉しいし、気持ちはわかるよ? 僕だって雑魚を蹴散らして楽しいぜイエーイなんて思わないし、どうせやるならちゃんと勝負して勝ったほうが気持ちいいもんね。分かる分かる。でも難しいもんは難しいんだってば。
そう言葉を尽くすものの納得は難しいらしく、解決しないまま時間が過ぎていく。
ファル子ちゃんも理性では分かっているんだろうけど……うーん、困ったな。
いや嬉しいし、気持ちはわかるよ? 僕だって雑魚を蹴散らして楽しいぜイエーイなんて思わないし、どうせやるならちゃんと勝負して勝ったほうが気持ちいいもんね。分かる分かる。でも難しいもんは難しいんだってば。
そう言葉を尽くすものの納得は難しいらしく、解決しないまま時間が過ぎていく。
ファル子ちゃんも理性では分かっているんだろうけど……うーん、困ったな。
考えれば考えるほど頭が茹だっていく。
そして。
そして。
「ああもう、分かったよ。なんとかしようじゃないか」
「っ、バラカちゃん……?」
「っ、バラカちゃん……?」
そして僕は安直かつ短絡的に抜かしたのだった。バ鹿かな。そうだよ。
けれどこれも、本心といえば本心だ。僕は嘘をつかないのが信条だからね。
けれどこれも、本心といえば本心だ。僕は嘘をつかないのが信条だからね。
「良いぜ、来年だろ? 再対決までに君と戦えるくらい――いいや、君に勝てるくらい仕上げてくれば良いんだよね。やってみせるさ」
「あ、その……」
「勘違いしないで欲しいけど、これは別に僕が君の泣き落としに負けたとかそういう話じゃないぜ。考えてみたら前回の勝利、あれは駄目だ。君は怪我をしない範囲の全力で、僕は怪我を覚悟の全力なんて条件が違う。フェアじゃない」
「あ、その……」
「勘違いしないで欲しいけど、これは別に僕が君の泣き落としに負けたとかそういう話じゃないぜ。考えてみたら前回の勝利、あれは駄目だ。君は怪我をしない範囲の全力で、僕は怪我を覚悟の全力なんて条件が違う。フェアじゃない」
そうだ、そうだとも。
僕はたしかに試合に勝った。あのときは勝負にも勝ったと思ってる。いや、今も思ってるけど。
けれどそれは、完膚なきまでの勝利ではない。ただ1度の勝利のために競技者人生を捨てるなんて、アスリートとしての前提をひっくり返したズルで勝ったに過ぎないんだ。
僕はたしかに試合に勝った。あのときは勝負にも勝ったと思ってる。いや、今も思ってるけど。
けれどそれは、完膚なきまでの勝利ではない。ただ1度の勝利のために競技者人生を捨てるなんて、アスリートとしての前提をひっくり返したズルで勝ったに過ぎないんだ。
「おまけにライブじゃあ怪我してろくに踊らず真ん中に棒立ちで歌っただけ! そんなの不完全燃焼だ。僕はセンターの振り付けだって完璧にマスターしていたのに!」
「バラカちゃん……!」
「だから、もう一度だ。少なくとももう一度、僕は君に勝つ。負けてべそかく君の前で、この上ないセンターのダンスと歌を見せて、それでやっと、僕はきっと燃え尽きることができる」
「バラカちゃん……!」
「だから、もう一度だ。少なくとももう一度、僕は君に勝つ。負けてべそかく君の前で、この上ないセンターのダンスと歌を見せて、それでやっと、僕はきっと燃え尽きることができる」
そこまで言って、彼女の顔を見る。
そこにはもう涙は無く。その戦意を映すように口の端が持ち上がっていた。
そしてその瞳に映る僕の顔も、同じように。
そこにはもう涙は無く。その戦意を映すように口の端が持ち上がっていた。
そしてその瞳に映る僕の顔も、同じように。
「ありがとう、バラカちゃん……だけど、それでも。勝つのは私、ファル子だよ☆ センターの座は譲らないんだから!」
「やっとらしくなりましたね。では、その日までは――」
「ううん、その日からも、だよ」
「えー……? こほん。まあ良いでしょう。では、その日までも、その日からも」
「やっとらしくなりましたね。では、その日までは――」
「ううん、その日からも、だよ」
「えー……? こほん。まあ良いでしょう。では、その日までも、その日からも」
互いに視線を交わして頷きあう。
『僕たち/私達は――ライバルだ』
「ところでバラカちゃん」
「なんですか、ファル子さん」
「やっぱり敬語に戻ってる……さっきの口調、もうやらないの?」
「やりません。あれは黒歴史ですので」
「かっこよかったのにー」
「でしょうね。でもイヤです」
「そこは認めるんだ……」
「なんですか、ファル子さん」
「やっぱり敬語に戻ってる……さっきの口調、もうやらないの?」
「やりません。あれは黒歴史ですので」
「かっこよかったのにー」
「でしょうね。でもイヤです」
「そこは認めるんだ……」