「夢…ですか?」
赤と紫、二色のオダマキの花を右耳につけたウマ娘がまるで『そんな言葉は初めて聞いた』というように真っ赤な瞳を丸くさせる。
彼女はこのチームに新しく所属するウマ娘、クロックワークス。なんでも野良レースに出ていた所をチーフが直々にスカウトしてきたそうだ。
…先輩、結構思いつきで行動するところがあるからなぁ。ちゃんと筋は通すしトレーナーとしての実力も確かだけど、下につく俺らも仕事が増えるから正直やめて欲しい。
…先輩、結構思いつきで行動するところがあるからなぁ。ちゃんと筋は通すしトレーナーとしての実力も確かだけど、下につく俺らも仕事が増えるから正直やめて欲しい。
「ああ、そんなに深く考えないでいいよ。本来はちょっとした入部の挨拶みたいなものだし」
このチームには、少なくとも先代チーフより前から受け継がれている風習がある。
それは、"チームに入るウマ娘は、チームのトレーナーに自分の夢を宣言しなければならない"というもの。
本来は複数の新入生が自己紹介ついでに順番に宣言するような形で軽く終わらせるのだが…今回はメイクデビュー前の追い込み等諸々の都合で一対一で話しているため、少し雰囲気が固苦しくなってしまっている。
それは、"チームに入るウマ娘は、チームのトレーナーに自分の夢を宣言しなければならない"というもの。
本来は複数の新入生が自己紹介ついでに順番に宣言するような形で軽く終わらせるのだが…今回はメイクデビュー前の追い込み等諸々の都合で一対一で話しているため、少し雰囲気が固苦しくなってしまっている。
「………………」
…にしても、返答が遅い。
今回のこれは形式上の面接試験の意味も含んでいる。本当のところを言うとここで不合格にすることはないが、メディア露出もする競走バとしてこれではちょっといただけない。
チーフから少しコミュニケーションに難があると聞いていたが…
今回のこれは形式上の面接試験の意味も含んでいる。本当のところを言うとここで不合格にすることはないが、メディア露出もする競走バとしてこれではちょっといただけない。
チーフから少しコミュニケーションに難があると聞いていたが…
「…夢っていうとちょっと重いかもしれないけど、まあ目標とか、例えば…『勝ちまくって稼ぎたい!』とかでも全然大丈夫だから」
そう言ってからしばらく、やっと重い口が開かれる。
「…速くなりたいです。ちょっと単純すぎるかもしれませんけど」
「具体的には?誰よりも速くなりたいとか?」
「昨日の自分より。可能な限り、どこまでも」
…なかなか珍しい理由だ。
大抵のウマ娘は『あのレースで勝ちたい』とか『憧れに近づきたい』とか、俗なものでは『有名になってチヤホヤされたい』というような他者依存的な欲求が多い。
対して、彼女のような他者に依存しない自己実現欲求を語るウマ娘は少ない。理由としてはそもそもレースというものが他者に依存することなどが考えられるが…
大抵のウマ娘は『あのレースで勝ちたい』とか『憧れに近づきたい』とか、俗なものでは『有名になってチヤホヤされたい』というような他者依存的な欲求が多い。
対して、彼女のような他者に依存しない自己実現欲求を語るウマ娘は少ない。理由としてはそもそもレースというものが他者に依存することなどが考えられるが…
「…なにか不味かったですかね?」
「ああいや、改めて気を引き締めなきゃと思って」
…学生時代の癖が出てしまった。
不安にさせてしまったようで、少し申し訳なく思う。
不安にさせてしまったようで、少し申し訳なく思う。
「じゃあ最後に。他に何か話しておきたいこととかある?例えばタオル使い回すのが生理的に無理とか」
「…そんなこと聞いてもらえるんですか?」
またもや目を丸くして驚く。
「じゃっ、じゃあ、極力後ろから触らないでもらえますか?」
「あ、ああ。もちろんいいけど…」
「これは本当に可能だったらでいいんですけど、他のチームメンバーの方々にも伝えておいてもらえたりは…」
「わかった、伝えておくよ」
「っ…!ありがとうございます!」
笑顔でそう告げられる。
この程度のことにしては過剰に反応しているように感じるが…流石にさっきから気にしすぎか。
この程度のことにしては過剰に反応しているように感じるが…流石にさっきから気にしすぎか。
「じゃあ次、とりあえず今の実力を測ろうか」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「すごい…芝が生き生きしてる…!」
新入生の中には、きちんと整備されているターフで練習したことがない者もいる。
大抵の場合初等部にしかそんな子はいないが、まさか彼女がそれに当てはまるとは…
それこそ初等部のように無邪気に喜ぶ彼女を微笑ましく感じる。
大抵の場合初等部にしかそんな子はいないが、まさか彼女がそれに当てはまるとは…
それこそ初等部のように無邪気に喜ぶ彼女を微笑ましく感じる。
「芝1000m直線、慣れない馬場だったら無理しないでいいからな!」
「っはい!」
さあ、先輩が認めた大逃げはどんなものか…
「じゃあ、行くぞ…」
ーーふと、彼女の瞳が紫に燃えているように見えた。
「スタート!」
瞬間、呑まれる。
最初に感じたのは恐怖だった。
一歩毎に命を捨てているかのような猛々しさと、同時に緻密に着地を制御する理性。
ただ走っているだけなのに『直線上に入れば確実に轢き殺される』と思わせる彼女は、まるで歩行者がいる歩道を大型バイクで走り抜けているような狂気を滲ませていて。
大の大人でありながら、彼女たちを教え導き時に守る立場でありながら、『恐ろしい』と感じてしまった。
一歩毎に命を捨てているかのような猛々しさと、同時に緻密に着地を制御する理性。
ただ走っているだけなのに『直線上に入れば確実に轢き殺される』と思わせる彼女は、まるで歩行者がいる歩道を大型バイクで走り抜けているような狂気を滲ませていて。
大の大人でありながら、彼女たちを教え導き時に守る立場でありながら、『恐ろしい』と感じてしまった。
次に感じたのが驚愕。
縮こまっていて把握しにくかったが、それでもなお遠目に長いと言い切れるほどの脚と、極軽量な上半身を存分に活かしたストライド走法。
これを本などの情報源を除いて一人で手にしたというのだから驚きである。
縮こまっていて把握しにくかったが、それでもなお遠目に長いと言い切れるほどの脚と、極軽量な上半身を存分に活かしたストライド走法。
これを本などの情報源を除いて一人で手にしたというのだから驚きである。
最後に感じたのが貫禄。
デビュー前とは思えないほど堂々とした走りをしている。やはり非公式といえど、レース経験が多いとここまで違うのか…
デビュー前とは思えないほど堂々とした走りをしている。やはり非公式といえど、レース経験が多いとここまで違うのか…
「どう、でしたか?」
「君スゴいよ!馬場と緊張にさえ慣れればもうデビューしても通用するんじゃないか!?」
まあ、流石に今からメイクデビューに登録はできないけど。お世辞でもなんでもなく実力は通用するんじゃないかと思う。
あとは内気なように見えるから、いざ人前に出た時にどれだけ本来の実力を発揮できるか、といったところだが…
あとは内気なように見えるから、いざ人前に出た時にどれだけ本来の実力を発揮できるか、といったところだが…
「やっぱり馬場適正が課題って感じですかね?練習場の整備が行き届いてないのと不良から逃げる都合上、死ぬほど硬い馬場に慣れてるので…」
…何やら物騒な単語が聞こえた気がする。
「不良から逃げる、って…?」
「ああ、野良レース用のターフで練習してると時々ヤバい奴らに目をつけられるんですよ」
「ヤバい奴ら」
「そういうのは基本的に話が通じないので気づき次第逃げることにしてるんです。追いつかれたらどうなるかは知りませんけど…最低でも死ぬんじゃないかと思います」
口ぶりからしておそらく何回もそんな目に遭ってるのに、それでもそんな場所で練習を続ける君も十分『ヤバい奴』だと思う。
「…怖かったりしないの?」
「そういうのは全然無いですね。"前だけ見て走ってるんで"」
彼女は微笑みを浮かべながらそう言い放った。
微笑みを浮かべながら。
微笑みを浮かべながら。
…メンタルトレーニングは少なめでいいかな。
彼女の強さと、それを成す狂気を垣間見た出来事だった…