日も伸びて、時計の針が対極に並んでも夕焼けには程遠くなった五月某日。皐月賞の一件から精神を病み、しかしおよそ一月の活動休止で元と遜色ないパフォーマンスまで回復した私は、こともあろうか保護者すら付けず独りで皐月賞のレース映像を観るところだった。
精神状態は完全に正常化している。なにしろどうせまた戻ってくるのだから、彼女の死も無かったことになるのだから。さらに言えばたとえ何人殺しても戻るのだから問題ない。そもそも極論、生まれた以上はいずれ死ぬのだからそれが早くなっただけだ。私が気に病む必要は一つも無い。あまりのくだらなさに思わず笑みすら溢れよう。
冷たい麦茶を一口、ドローン映像による人気上位のウマ娘の紹介が始まったところにいくらかの右向き三角を叩きつけ、クロノスタシスのように長い沈黙の後、ゲートが開いた。
親の顔より見た大逃げをする私が一人。先行集団と少し後ろに件のウマ娘含む差し数人、あとは追い込みが少し。私を除いていかにも通常のレース展開といったところである。
乾いた喉に麦茶を流し込み、変わり映えのない1分。最終コーナーから事態が急変する。
件のウマ娘が化け物じみた加速を始める。今までどこに隠していたのかというほどの脚力で膨らんだ先団を内からぶち抜き、そして先頭の私ーー前走終盤の拙さが嘘のように大差で逃げ切りを決めようとする私との一騎打ちーーといったところで、観客席の側にゴム毬のように跳ねていった。
腹の底から込み上げる吐き気を冷えた飲み物で黙らせ、少し巻き戻して彼女を注意深く観察する。加速は、今までの私の出走レースで何度も見ているから問題ではない。そして転倒直前…間違いない。踏み込んだ左足の抜け方が明らかに異常である。おそらく彼女の転倒の原因は実力を超えた速度を無理矢理与えられたことによる、負荷限界の超過。即ちーー"運命の修正力"である。
呼吸がより一層その荒さを増す。では私は本当に何も悪くないではないか。そもそも超えようとするだけで誰かが死ぬような運命を作った奴が悪いのだ。三十日弱の時間をかけてこの程度のことも思いつかなかった自分に苛立ちすら覚える。
何故この世界はそれほどに運命に拘る?それでは我々は決められた動きをするだけの機械ではないか。私達は紛れもなく"人"である。操って動かして劇を演じさせる人形などではない。万が一誰かの人形だったとしても、私達自身にとっては嘘偽りのない"尊い人命"である。
左手のグラスが外圧に耐えかね、爆ぜた破片が掌に突き刺さる。
我々は神を殺す。この質の悪い悲劇と悲観主義の塊のような劣悪で悪辣で下品で悪趣味な昏く歪んだ世界と、それが内包する数十億の命を、あろうことか"別の世界の運命を辿らせる為だけに"作った、どうしようもない屑野郎を、俺がぶっ殺してやる。
この世に生を受けてから今まで、これほどにこの忌々しい執着心に感謝したことはない。さらに時間は無限、手掛かりとなり得る異世界の情報すら我が手中にあるのだ。ただ僕一人が数十いや数百年、はたまたさらに長く苦しむだけでこの世の諸悪の根源をペースト状に轢き潰してピンク色の肉塊にできるのだ!ああ、ありがとうございます、ありがとうございます、我が毒親よ、我等が穢らわしき血筋よ!
精神状態は完全に正常化している。なにしろどうせまた戻ってくるのだから、彼女の死も無かったことになるのだから。さらに言えばたとえ何人殺しても戻るのだから問題ない。そもそも極論、生まれた以上はいずれ死ぬのだからそれが早くなっただけだ。私が気に病む必要は一つも無い。あまりのくだらなさに思わず笑みすら溢れよう。
冷たい麦茶を一口、ドローン映像による人気上位のウマ娘の紹介が始まったところにいくらかの右向き三角を叩きつけ、クロノスタシスのように長い沈黙の後、ゲートが開いた。
親の顔より見た大逃げをする私が一人。先行集団と少し後ろに件のウマ娘含む差し数人、あとは追い込みが少し。私を除いていかにも通常のレース展開といったところである。
乾いた喉に麦茶を流し込み、変わり映えのない1分。最終コーナーから事態が急変する。
件のウマ娘が化け物じみた加速を始める。今までどこに隠していたのかというほどの脚力で膨らんだ先団を内からぶち抜き、そして先頭の私ーー前走終盤の拙さが嘘のように大差で逃げ切りを決めようとする私との一騎打ちーーといったところで、観客席の側にゴム毬のように跳ねていった。
腹の底から込み上げる吐き気を冷えた飲み物で黙らせ、少し巻き戻して彼女を注意深く観察する。加速は、今までの私の出走レースで何度も見ているから問題ではない。そして転倒直前…間違いない。踏み込んだ左足の抜け方が明らかに異常である。おそらく彼女の転倒の原因は実力を超えた速度を無理矢理与えられたことによる、負荷限界の超過。即ちーー"運命の修正力"である。
呼吸がより一層その荒さを増す。では私は本当に何も悪くないではないか。そもそも超えようとするだけで誰かが死ぬような運命を作った奴が悪いのだ。三十日弱の時間をかけてこの程度のことも思いつかなかった自分に苛立ちすら覚える。
何故この世界はそれほどに運命に拘る?それでは我々は決められた動きをするだけの機械ではないか。私達は紛れもなく"人"である。操って動かして劇を演じさせる人形などではない。万が一誰かの人形だったとしても、私達自身にとっては嘘偽りのない"尊い人命"である。
左手のグラスが外圧に耐えかね、爆ぜた破片が掌に突き刺さる。
我々は神を殺す。この質の悪い悲劇と悲観主義の塊のような劣悪で悪辣で下品で悪趣味な昏く歪んだ世界と、それが内包する数十億の命を、あろうことか"別の世界の運命を辿らせる為だけに"作った、どうしようもない屑野郎を、俺がぶっ殺してやる。
この世に生を受けてから今まで、これほどにこの忌々しい執着心に感謝したことはない。さらに時間は無限、手掛かりとなり得る異世界の情報すら我が手中にあるのだ。ただ僕一人が数十いや数百年、はたまたさらに長く苦しむだけでこの世の諸悪の根源をペースト状に轢き潰してピンク色の肉塊にできるのだ!ああ、ありがとうございます、ありがとうございます、我が毒親よ、我等が穢らわしき血筋よ!
…手が痛え。掃除して保健室行くか…