かり
強い光が部屋に差し込む。
耐えられずに瞼を開く。
私エノラは何の因果か知らないがいきなり入寮した。
しかもあのカラレスと同室。
「……何時?」
開いたスマホは、5時40分といっている。
いつも鳴らない6時のアラームにそっと思いを馳せつつ、首を回す。
寝息1つ立てないほど静かに寝ているのはカラレスミラージュ。
ぼーっと眺めていると、いつぞやのレースが浮かび上がり、目が冴えてくる。
ガサガサと戸棚を漁り、ペットボトルの水とベーグルを取り出す。
何となく毎朝しているので、きっと私がすべきことなんだろう。
ベーグルの甘い香りが部屋を満たす。
「…ん、んんぅ……なんの匂い…?」
おっと、ルームメイトを起こしてしまったようだ。
このモーニングルーティーンも考えものだな、など思いながらベーグルを齧り、水で流し込む。
授業が始まる。1時間目は現国らしい。
さっと教科書を読み返す。
私の記憶喪失は人物にだけ影響を及ぼすものなので、こういう一般的な部分は大丈夫なのだ。人との関わりも一般的だと言われればそこまでなんだが。
「エノラちゃんってなんでそんなに頭いいのさー」
カラレスからそう言われる。
「別に……そうでもないわよ。」
「えー、うっそだー!」
ぶーぶー、なんて聞こえてくるが無視。
改めて目の前のウマ娘をじっと見つめる。
カラレスミラージュ。英語弱者な私じゃ意味は分からないが、なんかいい意味があるのだろう。
顔に目を向けてみる。
───────その虚無に彩られた瞳が欲しい。
────そのピクピクと蠕動するウマ耳が欲しい。
───そのキミを満たす雫1滴1滴が全てを欲しい!
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!
「おーい?」
「…はッ。」
ダメだ、つい思考が暴走してしまう。
頭を振って、再び向き直る。
場所は変わってグラウンド。
ジャージ姿のエノラとカラレスは体操をしていた。
「………なんで君までいるのよ。」
「いいでしょ?別に。」
これ以上何を言っても無駄か。諦めて体操を続ける。
「今日は君と並走するらしい……」
「やった!」
何がそんなに嬉しいか?頭を抱えたくなるが我慢する。
なんて日常的な風景は誰も望んでないだろうし、私の記憶にも残りづらい。
だから、特に印象的だった…話でもしようか。
あれは確か、この間の昼のことだった。
「カラオケ行かない?」
「……カラオケ?」
なんとカラレスからカラオケ…字面が似ている。
とにかく誘われた。断る理由もないので行くことになった。
「エノラちゃんって何歌うの?」
「……私は見る専だから。」
「えーつまんないのー」
タブレットを用いて適当にポテトとかを注文する。
「ほら、何か歌ってよ。適当に盛りあがるから。」
「分かった!それじゃあうまぴょい伝説歌うね!」
「お好きにどうぞ……」
カラレスの歌はかなり上手かった。ポテトも美味かった。
聞いてて普通に盛り上がってしまった。
その盛り上がったテンションのまま、
「せっかくだからなんか歌ってよ!」
なんて言われたら。私は無意識にデンモクに言葉を打ち込んでいた。
「え、えのー…」
「ENOLA、エノーラね。」
この曲は私だ。哀しき電子の音が体に染み渡り、脳を活性化させる。
(まあ、本家様には劣るけどね。)
「ロケットに積んだ…」
「変わった歌詞だねー。」
初心者はこんな反応をするのか。
「悲劇の歌 Ai Yai Yai!!」
こういう不埒な輩はシャウトで黙らせるに限る。
現にポカーンとした表情を浮かべているカラレスを見て小さくガッツポーズ。
「我ら分身のキミ」
いよいよサビに入る。
「あー 今夜キミになろう」
この歌詞は深く聞いたことがなかったが、今の私の心情をストレートに捉えている歌詞だ。
「この身を歌わせて」
私は幾らでもキミに呼びかけよう。
「あー 君が思い出すなら」
あの時のレースで見せた深い深い静寂を。
「あー 星を乗り越えて」
どんな障害だろうと乗り越えて。
キミになろう。
「ふぅ……」
カラレスの方を見ると、何やら俯いてプルプルと震えている。
「カ…カラレス?」
「すっごい上手いじゃん!!」
バッ!と顔を上げて勢いよく言うもんだから咄嗟に後ずさりしてしまう。
「あのシャウトとかほんとにエノラちゃんが出てたの?ってくらい凄かったよ!」
「あ、ありがとう……」
こんなに褒められたのは初めてだ。
いっつもこの奥ゆかしい歌詞と脳を揺さぶるリズムがなぜか否定させるのだ。
「また歌おうね!」
「そうだね……」
本当に私と君は趣味が合う。
───────あの詩は、ただの歌じゃないから。
待っててね。